革共同通信・第10号

2008年6月3日発行

アフリカを略奪するG8

7月7日から9日にかけて北海道・洞爺湖で開催される、G8サミットの主要テーマのひとつが、アフリカ問題である。
いま、アフリカの貧困層は、世界的な食糧価格の高騰に直撃を受けている。5月30日に閉幕した第4回アフリカ開発会議で、日本政府は、アフリカ向け途上国援助(ODA)と民間投資を「5年間で倍増させる(最大40億ドル)」と表明した。しかし、こうした「支援策」は、アフリカの飢餓や貧困から救うどころか、事態をますます悪化させるものでしかない。

アフリカに飢餓と貧困をつくり出す構造 モノカルチャーの押しつけ

そもそも、なぜ、アフリカ諸国が食糧の輸入に頼らなければならないのか。それは、植民地時代に、コーヒー、ココア、綿などの単一換金作物(モノカルチャー)農業を押しつけられたことが原因である。第二次大戦後、アフリカ諸国はつぎつぎと独立し、食糧の自給体制の確立を目指した。
ところが、世界銀行(世銀)などは、「開発融資」の条件として、「モノカルチャー作物の生産の継続と穀物輸入」をつきつけて、これを妨害してきたのである。

「構造調整プログラム」が国を破壊

このような「開発融資」によって、アフリカ諸国は借金漬けとなり、1990年代にはサハラ砂漠以南の国ぐにで債務危機(返済不能)が発生した。世銀やIMFは、債務危機におちいったアフリカ諸国に追加融資の条件として農業を破壊する「構造調整プログラム」を課した。
世銀やIMFの「構造調整プログラム」は、アフリカ諸国政府に、国内需要のためにではなく輸出のための生産を行なうこと、貿易障壁と関税を削減すること、さらに主要な公共部門である電気通信・電力・鉱業・製造業・輸送機関などの民営化を強要した。各国政府は、この条件にしたがうために、衛生・福祉・教育などへの財政支出を急速にきり詰めたのである。
その結果、民営化によって大量の失業者が生み出され、輸入自由化によって国内農業が破壊され、これらの諸国を、深刻な貧困、飢餓と公衆衛生の悪化の中にたたき落としていったのである。

水まで民営化しコレラが大発生

事態はこれにとどまらなかった。
21世紀に入ると世銀は、「公衆衛生の悪化の原因は、水の供給不足にある」といって、「水の民営化」を融資の条件として強制しはじめたのである。02年5月の時点で、ヨーロッパの6つの大企業が南アフリカなどの各国政府と18件以上もの水の民営化の契約を交わした。これによって水道料金を払えない貧困層は水の供給を絶たれてしまった。
02年、南アフリカでコレラが大発生し、14万人が感染した。その原因は、水道工事料金の不払いを理由に、企業が、クワズル・ナタール州への水の供給を停止したためであった。いまでも南アフリカでは毎年4万人以上の子供たちが下痢のために死亡しているという。(ゴールドマン「緑の帝国」)

日本もアフリカ略奪の元凶 日本も世銀の債権国

世銀のやっていることは、「開発融資」を通したアフリカ諸国に対する植民地支配そのものである。この世銀の5大債権国のひとつが日本である。今回政府が発表した途上国援助(ODA)も、世銀の「開発融資」としてアフリカ諸国へ貸し付けられるのである。それがアフリカの人民への抑圧と、さらなる搾取と収奪の強化しか意味しないことは明らかであろう。

食糧援助が農業を破壊

日本政府は、アフリカの食糧危機に対して、総額1億ドルの緊急食糧支援の「相当部分をアフリカに向ける」と発表した。また、干ばつに強く収量が多いといわれる「ネリカ米」の普及を促進して、アフリカでの米生産を10年間で倍増させる計画をうちだした。
食糧支援は、無料の食糧がアフリカのひとびとに直接とどけられるわけではない。各国政府が輸入する食料の代金を日本政府が肩代わりするだけである。
したがって、安い輸入穀物が市場にでまわり、国内の零細な営農をつぶすことにしかならない。これまでも安い輸入穀物がでまわることで多くの零細な農民が破産して農地を捨て、放置された農地が砂漠化してきた。たんなる食糧援助は、この悪循環を促進するだけである。

「ネリカ米」はアフリカの希望か?

それでは、「ネリカ米」の普及計画はどうであろうか。マスコミでは、ネリカ米が「アフリカにも緑の革命」(朝日新聞)をもたらすと、もてはやされている。
ネリカ米とは、多収穫のアジア種と乾燥や害虫に強い西アフリカ種を交配させたハイブリッド種である。そのため、農民は種子生産業者から毎年、種子を買わなければならない。また「ネリカ米」には肥料が必要である。アフリカの零細な農民にこうしたコストを負担する余裕は到底ない。したがって「ネリカ米の普及」は、企業による大規模生産を促進することにしかならない。高収量であるということは、それだけ土地の消耗も激しいということである。やせた土地は放棄されて砂漠化し、新たな農地のために森林が伐採される。アフリカの「緑の革命」とは、農民の困窮と農業の荒廃しかもたらさない。

「緑の革命」は食糧テロリズム

1950年代からはじまった「緑の革命」は、ロックフェラー財団などがスポンサーとなって行なわれた。そこでは、米(アジア)、小麦・トウモロコシ(メキシコ)の高収量品種が開発された。その新品種の種子は、カーギル社(米国)などの穀物メジャーによって独占されていた。そのため、種子やそれに必要な肥料や殺虫剤を買うことができないぼう大な数の農民が農地を奪われた。同時に、豊富にあった伝来品種も駆逐され、これらの地域の食糧危機を生み出していったのである。
「緑の革命」の法外な恩恵をこうむったのは先進国のほんのひとにぎりの穀物メジャーだけであった。
いまアフリカで、これとまったく同じことをやろうとしているのである。

アフリカからの略奪と日本の農業破壊

日本政府は、「ネリカ米」が、日本とアフリカの研究機関の共同で開発されたものであることを強調して、あたかも穀物メジャーとは無関係であるようによそおっている。しかし、そのアフリカの研究機関=「西アフリカ稲開発協会(現・アフリカ稲センター、WARDA)」とは、ロックフェラー財団や世銀などによって設立された国際農業研究協議グループ(CGIAR)の傘下にある研究機関なのだ。
日本帝国主義の食糧輸入政策とは、アジア・アフリカ諸国からの略奪政策そのものである。日本の農業を破壊し、農民から土地を奪いながら、アジア・アフリカの人民を、日々、貧困と飢餓に追いやる帝国主義的な農業政策を、日本の労働者階級・人民は根本的に粉砕しなければならない。

G8粉砕で世界人民の闘争がひとつに

いま、アフリカの人民は、困難な状況をのりこえて、世銀やIMFによる「構造調整プログラム」にたいするたたかいにたち上がっている。それは、中南米や南朝鮮・韓国の労働者・農民のたたかいとひとつのものである。G8サミット粉砕闘争は、日本の労働者階級人民がこの世界大的な闘争へ合流するということである。すべてのたたかう労働者・農民・学生・市民は7・7洞爺湖サミット粉砕闘争にたちあがろう。

2面

弁論分離は重大な誤り 5・27国労臨大闘争弾圧裁判

「5・27国労臨大闘争弾圧」とは、02年5月27日の国労臨時全国大会において、ビラまき・説得活動を行った国労組合員らが、国労本部の被害届によって、逮捕・起訴された事件である。
この裁判闘争において、08年2月22日、8人の被告団のうちの富田被告団長ら7被告が、弁護団を全員解任した。続いて、3月24日、富田被告団長らは、同じ被告団の松崎被告との弁論分離を要求した。これを受けて、東京地裁は、5月23日に公判を分離して再開するという重大な事態が起こっている。 
5月15日付で発行された「国労5・27臨大闘争弾圧を許さない会」の会報32号において、分離を主張する富田被告団長ら7被告の意見と、統一公判を要求する佐藤昭夫弁護団長および松崎被告の意見が、それぞれ公表された。
私たちは、国鉄1047 名闘争の勝利と、5・27裁判闘争の勝利にむけてともにたたかってきた者として、この弁護団解任と弁論分離に強く反対する。国鉄1047名闘争にの分裂を持ち込んではならない。
一.統一公判は大原則だ
国家権力による政治弾圧とたたかう裁判闘争において、被告が分離公判を要求するということは、まさに前代未聞である。
国家権力は、政治弾圧において、集団で逮捕・起訴した場合、被告らを個別に分断し、たったひとりでも被告人に「罪」を認めさせ、のこる全員をも有罪にしようとする。そして、事態の政治的本質をぬきに、「違法行為」の部分だけを切り出そうとする。
そうした権力の攻撃にたいして、公判分離を認めず、あくまで統一公判を守るのが、政治弾圧とたたかう裁判闘争の原則である。
二.弁論分離する正当な理由はない
今回、富田被告団長らの7被告の弁論分離要求の理由は―
@革共同の分裂によって、06年5月以降、松崎被告と富田被告団長ら7被告が、組織的な対立関係に入った。その後、松崎被告が、国労本部の「鉄道運輸機構訴訟」を肯定的に評価した。
A松崎被告が、富田被告団長らによる弁護人解任を弾劾する声明を出した。
B松崎被告が、08年4月18日に、「革共同7被告の『分離裁判要求』を弾劾する」という声明を出した。この声明は松崎被告の「転向声明」である。
C同じくこの声明は、国労本部を全面的に免罪し、賛美したものである。
―はたしてこれらが弁論分離を要求しなければならない理由になるだろうか。
@について、被告の間で、所属する党派の違いによって組織的な対立が生じたことをもって、公判の分離を要求することにはならないのは当然のことである。
だから、Aについて、弁護団全員解任を弾劾するのは当然のことであり、分離要求の理由になるわけがない。
Bについて、百歩ゆずって、もしも、松崎被告が「転向」を表明したのであれば、むしろ富田被告団長ら7 被告は、松崎被告を統一公判につなぎとめるために全力をあげなければならないはずである。
Cについて、松崎被告が、弁護側冒頭陳述で一致した路線を変更するつもりはないと表明している以上、理由にならない。 佐藤弁護団長や松崎被告は、裁判闘争の方針において、何ひとつ変更がないと表明している。したがって、弁論分離を要求する理由はないのである。
三.権力に屈服し裁判闘争と国鉄闘争陣形を破壊
国労本部の変質・屈服とたたかう5・27裁判闘争は、あくまで原地原職復帰をめざす国鉄1047名闘争と一体のたたかいである。それは今日の日本階級闘争において、原則的・戦闘的な労働組合運動復権の鍵をなすたたかいである。
だからこそ、裁判闘争を支える「許さない会」の陣形は、多くの人びとを結集し、その主体的なたたかいとして、裁判闘争がたたかわれてきたのである。今回の富田被告団長ら7被告による弁護団解任と弁論分離の要求は、裁判闘争を敗北に導き、国鉄闘争陣形を破壊する暴挙である。
そもそも5・27裁判闘争に超党派で結集をよびかけておきながら、党派的利害で分裂をすることなど、言語道断である。 これは国家権力を利する行為である。
四.戦後の闘いの地平を反故にする裏切り
歴史をひもとけば、似たような事例がある。
1949年、静岡において、「清水一般自由労働組合」と「在日本朝鮮人連盟」が、シャウプ税制勧告税金闘争の中で、清水税務署の前で国税局監督官との5時間以上の団体交渉をたたかった。その現場で27人が逮捕、24人が起訴された。6年におよぶ裁判闘争の過程で、1950年、日本共産党が、国際派と所感派に分裂した。その影響で、被告団の一部が国際派に同調した。
これにたいして、日共中央(所感派)の指示で、所感派の被告が、国際派の被告との分離を要求した。
しかし、多くの非党員の被告、弁護団、支援者らが抗議して統一公判が守られ、無罪判決をかちとった。
このようにして、日本の労働者階級は、裁判闘争において、統一公判の原則をまもりぬいてきたのである。この歴史を反故(ほご)にすることはゆるされない。
五.弁護団解任の問題
さらに、7被告が「弁護士が被告人を無視して裁判を進めようとした」という理由で弁護団を解任したことも、大問題である。
ここでいう「理由」は、それが事実であるとすれば、それだけで弁護士懲戒請求の理由となる。弁護士懲戒とは、弁護士生命にかかわる問題である。富田被告団長ら7被告による弁護団解任は、国家権力とそれにつらなる反動分子に、格好の攻撃材料を与えている。
しかし、佐藤弁護団長の見解によれば、この「理由」は事実無根である。私たちは、富田被告団長ら7被告が解任した弁護士たちが、権力とのたたかいにおいて、一貫して原則的・献身的にたたかってこられた方がたであり、およそ「被告を無視」するような弁護団でないことを知っている。
たたかう弁護士を解任する、しかもその立場を危うくするのは、佐藤弁護団長も書いているとおり、まさに「人としての信義に反する」行為である。
われわれは、弁護団解任・弁論分離は重大な原則違反・誤りであり、ただちに公判を再統一し、「許さない会」陣形をたてなおし、無罪判決と国鉄1047名闘争の勝利にむけ、ともにたたかうことを訴えるものである。

この間の事実経過

07年11月18日 富田被告団長ら7被告が米村事務局員を解任
08年2月4日   7被告と弁護団が事務局員問題で合意
   2月8日    天田・安田派書記長と一瀬弁護人が面談
   2月22日   7被告が佐藤弁護団長ら9人の弁護人全員を解任
   3月24日   7被告が裁判所に松崎被告との「弁論分離申入書」提出
   4月2日    裁判所が弁論分離請求却下を決定
   5月12日   裁判所が弁論分離を決定

「『障害者』自立支援法」の撤廃を―厚生労働省交渉に参加して

「『障害者』自立支援法」の撤廃に向けて、厚生労働省との交渉が行なわれ参加してきた。この交渉は、自立支援法の制定以前から継続的に行なわれているものである。参加者は、「重度脳性まひ者」、「知的障害者」とその親、「視覚障害者」、「精神障害者」、介助・支援の労働者など、約70人であった。

「『障害者』自立支援法」のもとでは「障害者」は生きていけない

「『障害者』自立支援法」は、06年4月に施行された法律で、それまで原則無料だった「障害者」介助を有料化し、6万円の年金の収入しかない人から1万5千円、8万円の収入の人からは2万4千円をとりたてるというあくどい法律である。
それにたいして、一昨年には1万5千人の集会、昨年には6千人の集会がひらかれるなど、「障害者」のたたかいによって、自己負担上限を減額する措置を、政府・自民党に強いている。
しかし、医療費や義足代などは1割負担のままだ。これは憲法25条の「健康で文化的な最低限の生活を保障する」国の義務に反するものである。
しかも、有料化と同時に、「報酬単価」を定め、国の支払額を決めている。24時間介助を必要としている「最重度障害者」の介助でさえ、最初の4時間は1600円/時間、次の4時間は1500円/時間と定められ、8時間を越えると国からは支給されない。ここから事業所の必要経費と社会保険と利潤部分を引いたものが介助労働者の賃金だ。介助労働者のほとんどが年収200万円以下のワーキングプアであり離職者があとを絶たない。

厚労省に怒りの糾弾

交渉では、「障害者」から次つぎと怒りがたたきつけられた。
「絶対におかしい。常時介護を必要としている障害者として、重度障害者は地域で生きていくのが当たり前という考えで運動をやってきた。自立支援法そのものを廃止して新しい制度をつくってほしい。24時間介助をうけられなくなる」。
「『利用している事業所のヘルパーが1人辞めて3人から2人になったので、事業所をたたむかもしれない』と言われた。いつまで苦労せよというのか。すべて報酬単価が原因だ。ヘルパーが明日いなくなる心配を、いつまでしなければならないのか」などと口ぐちに糾弾した。
厚労省はしぶしぶと、「単価が安いという指摘を受けている。今年秋に結果が出る経営実態調査を見て、来年4月に報酬単価改定を行なう予定だ。(8時間を上限とする)『国庫負担基準』についても議論していく。ヘルパー賃金のことも考えてはいる。上と相談してお答えしたい」と回答した。

福祉獲得に敵対する安田派

『前進』2339号は「医療福祉労働者委員会」署名論文で、「『社会保障拡充運動』は労働者の闘う道ではない」とうちだした。「憲法にもとづく基本的人権の保障、社会保障制度は、資本主義につなぎとめる鎖です」「社会保障は体制維持装置でしかありません」などと社会保障を闘争化することに敵対することを宣言した。
資本家階級は、基本的人権や社会保障を、体制の補完物という予防反革命的な意図をもっておこなっている。しかし同時に、それは労働者人民が資本家階級に実力行使で強制した「譲歩」なのだ。
60年安保闘争と同時期の朝日闘争(生活保護費の非人間的に低額な状況を改善させた闘争)にせよ、70年安保・沖縄闘争の高揚の中で本格的に始まった「障害者」の地域自立生活運動にせよ、福祉は「障害者」が実力でたたかいとってきたものではなかったか。『前進』の論文は、「障害者」の生き様を否定し敵対している。
私たちは、「障害者」の生きる権利の拡大を旗印にたたかおう。「障害者」解放・日本帝国主義打倒をたたかいとろう。(TG)

3面

5・24神戸環境サミットに反対行動 洞爺湖サミット粉砕へ前進

CO2削減する気なしの議長報告

洞爺湖G8サミットにむけて、5月24 日から26 日、神戸市内で環境相会合が開かれた。 議長総括では、「温室効果ガス排出量を2050 年までに半減」としたのみで、数値すら示さず。削減に転じる時期は、「今後10〜20年」とし、これまでの「確認」よりも逆に延びた。
帝国主義・先進国によるG8サミットが、いかにでたらめで利潤追求に終始している会合であるかがよくわかる。

CO2でマネーゲーム

もともと、温暖化とCO2の関係は科学的に解明されていない。
帝国主義は、新自由主義政策とグローバリズムがもたらす戦争・貧困・格差という問題を、「環境問題」にすり替え、「地球の危機」「市民の責任」であるかのように宣伝し、よりいっそう戦争・貧困・格差を推進している。 CO2排出量の削減問題も、炭素クレジット(注)によるマネーゲーム、市場取り引きにすりかわっている。電力資本・原子力産業は、原発を推進しCO2排出規制に反対している。

G8に弾劾あいつぐ

これにたいし、兵庫・関西の諸団体・個人が幅広く集まり実行委員会を重ね、5月24日、25日の2日間、「環境サミットに反対、市民が提案するもう一つの環境サミット」を開いた。立場や党派のちがいをこえて、労働者・市民約300 人が参加した。
24日は、原子力、農業問題、環境汚染、政治・運動論など5分科会で28件の報告と討論がおこなわれた。 報告者の多くが「環境サミットに反対」を表明。淡路の空を守る会、神戸空港の中止を求める市民の会などから騒音被害や神戸空港島により、とくに空港東側の大阪湾がエビやカニも住めない「死の海」になっていること、環境相会合をやっている連中こそ環境破壊の元凶である、と弾劾があいついだ。
兵庫の百万人署名運動からは、「グローバリズムと格差教育」の問題が報告された。
イラクの子どもを救う会の西谷さんは、劣化ウラン弾の被害の様子を実写の映像を示しながら、「戦争こそが環境破壊だ」と話した。

注目を集めた集会

全体会では、「環境をいいながら、遺伝子組みかえ作物を世界にばらまき、ビジネスチャンスを広げようとする環境相会合、G8サミットに反対する」、「原発は、事故ぬきに運転できない。放射性廃棄物を何万年も管理できない。核兵器に転用できる。活断層群のうえに何10 基もの原発を建設している」と、その危険性がきびしく批判された。
24日夕方には、あいにくの雨にもめげず約200 人が、「G8で勝手に決めるな」、「CO2で金儲けするな」、「大阪、京都でのサミット反対」、「洞爺湖サミットに反対し、北海道へ行こう」と、三宮までデモ行進した。神戸の繁華街をねり歩くデモは、注目をあつめ、新聞も写真入りで報道した。大阪、京都の行動をやりぬき、北海道現地闘争へ集まろう。(兵庫・労働者通信員M・N)
【注】炭素クレジットとは、温室効果ガスの排出枠や削減量を、企業間や各国間で売買する際に使用する単位。1クレジット=1トン(二酸化炭素換算)。国などが、排出量を排出枠内におさめた場合や、先進国が途上国で温室効果ガス削減プロジェクトを実施したときに発生する。この炭素クレジットを購入すれば、その分だけ排出量を削減したとみなされる。これは排出量削減が困難な日本などにとっては、絶好の抜け道になっている。すでに二酸化炭素市場なるものが生まれ、マネーゲームが繰りひろげられており、まじめに「温暖化対策」をやっているとは言いがたい状況がある。

3面

「入管問題を考える関西集会」 5月18日京都大学で開催

「入管問題を考える関西集会」が、光州蜂起から28年目の5月18日、京都大学で、220人の参加のもとに開催され、参加しました。

冒頭に林歳徳さんを追悼

集会は趙博さんの熱い歌声ではじまり、まず、さる4月27日、急逝された林歳徳さんへの追悼文が読みあげられました。
林さんは、指紋押捺拒否闘争を最先頭でたたかわれ、また東西研究交流集会には毎回のように参加され、日本の労働者民衆のたたかいとの連帯を希求されていました。林さんの全存在を賭けたたたかいに応えてたたかい抜く決意を集会参加者一同かためました。
連帯の挨拶として、李相泰さんのメッセージが読みあげられ、次に入居差別訴訟原告の康由美弁護士、在日外国人障害年金訴訟原告団長の金洙榮さんから民族差別にもとづく入居差別、「障害者」無年金攻撃に対する裁判闘争のたたかいの報告がされました。

日本軍「慰安婦」問題など戦争責任追及

そして、日本軍「慰安婦」問題を先頭でたたかわれているヨソンフェ大阪の方清子さん、第2次不二越強制連行・強制労働訴訟を支援する北陸連絡会、ウトロ問題を広げる会事務局長の水谷さんから提起がありました。
方さんからは、たたかいの成果として国連の人権委員会で「慰安婦」問題の解決を求める決議が採択されたこと、宝塚市議会からも「政府の誠実な対応を求める意見書」が国会に提出されたことが報告されました。しかし日本政府は公式謝罪、立法による解決を拒否しており、その中で被害者の方がたが次つぎと亡くなられており、解決はいましかない、と訴えられました。

入管収容所の実態と闘い

入管収容所問題をめぐっては、被収容者の闘いと地道な面会行動で明らかとなった収容所の非人間的で劣悪な実態とそれに対する闘いの報告がされました。ビルマ難民、スリランカ難民それぞれの方からは日本政府の難民認定率の低さ(13%)や収容所での扱いのひどさなどが訴えられ、「日本国民の前で直接訴えたかった」と話されました。
  「沖縄の闘いとの連帯を」として、辺野古に基地を絶対つくらせない大阪行動から発言がありました。
続いて「在日朝鮮人民への不当弾圧を糾弾する訴え」では、在日への恒常的構造的差別として、特に民族教育への抑圧と差別の実態、朝鮮総連への弾圧の実態が訴えられ、この弾圧との闘いを在日自身の問題にとどまることなく、他の運動との共闘の突破口としていきたいとの決意が述べられました。

アジア・在日人民と連帯する労働運動

反「入管法」運動関西交流会事務局から問題提起と決意の表明がおこなわれました。続いて参加団体と個人のアピールがありました。卒業式での不起立闘争をたたかいぬかれた門真市立中学の教員からは、「親からのアジア侵略戦争の経験を聞いたときの衝撃が原点。二度と戦争をしてはならない。その思いを生徒たちにそのまま話した。そうして、多くの生徒、教師たちとともにたたかった。教育労働者として当然のこと。在日・滞日アジア人民と連帯し、ともにたたかう」と、今春の不起立闘争が力強く報告されました。
さらに、サミット外相会議反対の訴えと6月25・26日の京都での集会・デモの提起。発言のしめくくりは、関西合同労組兵庫支部からの熱烈なアピールでした。

私たちの入官闘争路線

私たちの入管闘争の路線私たちの入管闘争とは、外登法、入管法、民族差別を撤廃させるために具体的に闘うことであり、それは滞日、在日アジア人民と連帯し支援・防衛の闘いを具体的につくりあげていくことです。ところが安田派はそれを否定し「民族・国籍・国境を越えた労働者の団結が入管闘争である」と対置しています。それは、私たちが20年近くたたかってきた運動とは全く異質なものです。入管体制をうち破り、民族差別を廃絶することぬきに、「民族・国籍・国境を越えた労働者の団結」はありえません。
日常的に、滞日・在日人民にかけられている生活と生存にかかわる攻撃にたいし、一個一個の課題を全力でたたかい、入管体制を実体的にうち破っていくたたかいをさらにつくり上げていく決意を新たにする集会でした。
「貧困と格差、戦争」に怒る全世界の労働者、被抑圧民族民衆と連帯しサミット反対闘争にたちあがろう。 (労働者通信員N)

チベット人民と在外チベット人民の決起を支持する 中国スターリン主義による民族抑圧を許すな

中国の全国人民代表大会(全人代)の開幕の日の3月14日、チベットで人民決起がおこった。聖火リレーをめぐって、世界各地で抗議行動が展開された。
中国スターリン主義は、1950年代以来、チベットにたいして、残酷な抑圧と虐殺を繰り返してきた。漢族の大量移住政策や漢族の企業による利益の独占、漢族の労働者の流入によるチベット人の失業、教育における漢化の強制、仏教の禁圧と伝統文化の破壊など、民族抑圧の限りを尽くしてきた。
これにたいし、チベット人民は不屈の抵抗運動をつづけてきた。
今回のチベット人民の決起はこの積年の怒りの爆発である。
そして中国の階級闘争が新たな局面に突入している。「改革・開放」路線の矛盾が噴出する中で、中国の労働者階級が、中国第2革命の主体として形成されつつある。この労働者階級が、チベット問題を自らの課題として自覚してたたかうとき、第2革命の展望が開かれる。
日本帝国主義は、中国スターリン主義の危機につけ込んで、経済侵略と搾取・収奪をほしいままにしている。
われわれ日本の労働者階級は、中国の労働者、農民、被抑圧諸民族人民と連帯し、サミット粉砕・改憲阻止から日本帝国主義打倒につき進もう。

4面

全国政治新聞の役割

読者と党員の英知を結集して紙面をつくろう
人民にひろめ『革共同通信』で党を組織しよう

『革共同通信』創刊から半年を経て、読者・党員同志から多くの批評や励ましが寄せられている。
60年代からの支持者は、毎号熟読のうえ、紙面に朱を入れて編集上の注意を寄せてくれている。若い労働者同志は、「『前進』は何をいっているか解らなかったが、質問すると党に疑問を抱いているかのように言われ、遠慮していた。『革共同通信』は論旨が鮮明で解りやすいし、読みやすく書く努力をしてくれている」と、感想を述べてくれた。さらに、古くからの「前進」読者は双方を見比べて、「これは将来必ずいい労働者新聞になる」と励ましてくれた。
「革共同通信」は、次つぎと読者を広げつつある。投稿も寄せられ、注目と期待が集まっている。

真実を伝える新聞

われわれは「武装し戦う革共同」の復権と、「反帝国主義・反スターリン主義」綱領再生のために『革共同通信』を創刊した。安田派中央は革共同機関紙『前進』を私物化し、デマゴギー政治の道具にしてしまった。スターリンの「粛清」をまねた彼らは、党内の反対意見を「除名」「追放」処分によって封殺している。
レーニンは『なにをなすべきか』のなかで、「デマゴーグは労働者階級の最悪の敵である」といっている。スターリンのデマ政治と粛清によって世界革命が圧殺されてきた負の歴史をくり返してはならない。
安田派中央が、『前進』をつかってデマゴギーをふりまくまでに堕落した現在、われわれには真実を伝える義務がある。

革命的理論の復権

革共同の創成以降、70年闘争と二重対峙・対カクマル戦初期までは、スターリン主義による歪曲からマルクス主義をとりもどすために、われわれの運動は理論闘争を特に重視しながらたたかいとられてきた。こうして「沖縄奪還、安保粉砕・日帝打倒」「たたかうアジア人民と連帯し、日本帝国主義のアジア侵略を内乱へ」という世界革命の一環としての日本革命の総路線が確立された。
安保・沖縄闘争と大学闘争のなかで、おおくの人びとが革命的共産主義運動に加わってきた。この革命運動の高揚の中でこそ、当時の本多書記長は党と労働者階級の理論的思想的な発展のために渾身の努力をした。しかし、75年3・14(反革命カクマルによる本多書記長暗殺)以降は、次第に『前進』での「意志一致」が党員の唯一の「義務」であるかのような妙な風潮が党を支配しはじめた。この風潮は、革命家が見識を広げ、自律的・自主的に判断する態度を養うことを阻害し、唯物論的なものの見方、弁証法的な思考を奪っていった。
そして、この官僚主義に変質した集団は、「70年7・7自己批判」を否定するのみならず、07年広島部落差別事件を居直り、「07年7月テーゼ」なる差別論文で「意志一致」し、部落解放闘争を破壊する差別集団に転落したのである。 われわれは、『革共同通信』をつくり、ひろめることを共同の仕事にすることによって、少なからぬ読者およびすべての党員が、自立した共産主義者として有機的に結びつくことを目指す。そういう内実をそなえた全国政治新聞にしていこう。

帝国主義の現実の政治的暴露

本紙の役割は、まず「国家権力の横暴」「資本の不正」「ブルジョア民主主義の欺瞞」「帝国主義の腐敗」を暴露することにある。人民のたたかいを支持し、生活苦や差別・抑圧・弾圧は資本主義=帝国主義が生み出していることを暴露する。われわれは、そのことによってさまざまな闘いを一つの戦列に編成し、社会変革を実現する「正規軍」をつくりだすことができる。
帝国主義の危機が深まると、支配階級による差別・抑圧・排外主義は激化してくる。それにたいする反撃が社会の隅ずみから開始される。農民、女性、「障害者」、被差別部落大衆、在日・滞日外国人をはじめとする自己解放のたたかいが、力強く登場してくる。労働者階級は差別・抑圧の現実を見すえ、それを克服するための主体的反省と、不断の努力により、差別を再生産している歴史的物質的根拠をとりのぞくためにたたかう必要がある。国際的には、帝国主義の侵略戦争に反対し民族解放闘争に連帯してたたかう。
権力と資本に対してたたかう労働者人民の生活とたたたかいに学び、情報を収集し、たたかいの教訓を共有し、階級関係を分析し、帝国主義の不正義を暴露していくための材料を集め、それらを正確に、かつ定期的に編集局に集中しよう。

蜂起の集団的組織者

こうした規則ただしい共同の活動によって、政治的諸事件を注意ぶかく観察し、それらの意義やいろいろの住民層にたいするそれらの影響を評価し、革命党がこれらの事件に働きかけるためにはどうしたらいいのかを考え、研究し、討議し、目的にかなった方法をつくりあげる習慣をつけていこう。
党の規律は、こうした同志間の共同の作業の中で培われる同志的信頼としてつくりだされるのである。
「新聞にたいする材料の規則ただしい供給と、新聞の規則ただしい配布とを確保する」(レーニン)という活動を通して、全国のあらゆる場所に部隊をつくりだし、革命的行動を組織することが『革共同通信』の役割である。
われわれは、こうして公然・非公然の強固な党活動と組織をつくりだし、「人民の海」のなかに「たたかうアジア人民と連帯し、日本帝国主義のアジア侵略を内乱へ」転化すべく蜂起を準備していく。これが本紙のもうひとつの役割である。

革命党を組織する新聞

党の組織論はマルクスの共産主義論、共産主義革命論と不可分一体のものである。
共産主義の党は、労働者大衆とも労働組合とも厳然と区別されなければならない。それは、党の独自の役割として、マルクス主義にもとづいた目的意識的な革命的理論による共産主義的政治を、大衆運動のなかに計画的、系統的にもちこむことがあるからなのである。党は、あらゆる大衆運動を革命運動に結びつけることを目的意識的に追求しなくてはならない。
職場や地域での労働者人民のたたかいは分散し、孤立化している。そのために資本や権力に個別に撃破され、敗北を強いられている。革命党の役割は、こうしたすべてのたたかう勢力に呼びかけ、それを統合して、隊列として整え、決戦に役だつ革命的組織にまで増大させ、強化することである。「この結びつきにこそ、われわれの成功の唯一の保証があるのだ」(レーニン)。 闘争を経験し、運動を指導する能力のある人びとを革命的組織に加え、またそうした能力を党が育て、帝国主義国家権力を打倒することを目標とする、組織された全国規模の政党をつくりだすことで、蜂起とプロレタリア独裁を準備していくのである。『革共同通信』は、すべての人民大衆のたたかいを、プロレタリア革命に結びつけることによって、勝利への展望と確信を人々の中に生み出し、党を組織していくたたかいなのである。

「在日」雑感―FS生

日本は日本である!」―映画『靖国』から見えるもの

映画『靖国YASUKUNI』のなかで、「8・15に靖国参拝をする小泉さん支持!」を訴えて、星条旗を掲げながらアピールするアメリカ人の姿が映し出されている。物珍しさも手伝ってか、多くの参拝客はウェルカム.ムードである。
ところが、誰かが「なんでアメリカの旗なんか掲げてるんだ、ここは神聖な日本の神社だ、出て行け!」と排除しはじめる。〈友好〉ムードは激変して、当のアメリカ人も困惑顔…、警備員が「トラブルのもとだからやめてください」と説得すると、すごすごと立ち去っていった。
このシークエンスは、排外主義とは何かということを如実に物語っている。「日本的でないものはいっさい認めない」「日本人の魂はガイジンにはわからない」「日本文化は独特であって、他に比類を見ない」などという国粋主義は善隣友好をも拒否するという典型が、みごとに描かれている。「靖国神社の外で星条旗を掲げるのはいい。しかし、境内ではいかなる理由があろうと許されない」というのがウヨクの心情、かつ、思想である。「日本は日本である!」彼らのアイデンティティはこれに尽きる。

日本の本質を突きだす在日の存在

さて、「過去の植民地出身者およびその子孫」である者は、日本政府のポツダム宣言受諾によって、日本の支配から解放された独立国民となった、とされる。つい先日まで「日本人( 帝国臣民)である」ことを強要された者が、一夜にして「外国人」となった。それは、52年サンフランシスコ講和条約の発効で法制化され、一斉に日本国籍離脱という処置に付されたことで現実のものとなった。戦後、日本人が日本国民という冠を頂く過程は、被抑圧民族であった多数の人間が「外国人」という身分を強要されるのと軌を一にしている。戦後民主主義の沈め石としての「在日」がここに誕生し、日本の排外主義はそこに生命線を見いだした。
「日本人の皆さんと同じ心情です」というアピールは、ガイジンの領域を越えない限りにおいて認められる。ところが、ガイジンの本分をわきまえず、日本の核心に入ろうものなら、いかなるモノも異物として排除する―これが定言的命法なのだ。かのアメリカ人は、この事情を知らないお人好しであった。大日本帝国がのみ込んだ植民地は、戦後、ニホンから排泄されたにすぎない。「帝国本国」にその自覚があるからこそ、「在日」もガイジンと同列において、過去を洗い流しておきたいのだ。