アメリカ・イスラエルのイラン侵略許すな
3・19日米会談 自衛隊中東派兵阻止
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米・イスラエルはイラン攻撃をやめよ(3月1日 JR大阪駅前で緊急弾劾行動) |
2月28日、米軍とイスラエル軍は共同作戦を展開し、イランに大規模な軍事侵略を開始した。先制攻撃で、イスラエル軍はイランの最高指導者ハメネイ師の邸宅を爆撃し、ハメネイ師を殺害した。
その後、米軍とイスラエル軍はイランの約2千の標的を攻撃(3日まで)し、防空能力を大幅に低下させている。イランの死者数は1日ごとに増加し、6日現在で1332人に増えている。米国とイスラエル軍は長期戦を構えており、戦闘はますます拡大しようとしている。
トランプは議会を無視して、一部の人間だけで軍事作戦を決定した。このような帝国主義的な暴挙は許されない。トランプとネタニヤフの行為を弾劾し、世界中で怒りの声をあげよう。人民の怒りと行動だけが、この戦争を止めることができる。
イラン攻撃の背景
ネタニヤフは、みずからの権力維持のためにイランの体制転覆を悲願としている。今回の攻撃もネタニヤフが積極的に動き、トランプを説得して、米軍の参加を促してきた。
原子力空母「エーブラハム・リンカーン」を中心とする空母打撃群がアラビア湾沖に集結。2月27日に、原子力空母「ジェラルド・フォード」が地中海のイスラエル沖に到着するのをまって、米軍とイスラエル軍は攻撃を開始した。
トランプは「イランの核武装を断固として阻止する」と述べるが、米国の核武装こそが許されない。今年にはいって「イラン核交渉」を再開したが、トランプは話し合いで解決する気持ちはさらさらなく、武力攻撃のための時間稼ぎにすぎなかった。
3月4日、米国の潜水艦がイランのフリゲート艦を魚雷攻撃し、これを撃沈させた。この軍艦はスリランカ沖の公海上を通行していた。
いっぽう、イランはイスラエルと中東諸国(クウェート、アラブ首長国連邦、カタール、サウジアラビア)にある米軍基地や石油精製施設を攻撃している。
2日、イラン革命防衛隊はホルムズ海峡の封鎖を宣言した。現在、タンカーはホルムズ海峡を通過できなくなっている。
なお、イラン軍報道官は6日、ホルムズ海峡について「封鎖しておらず、するつもりもない」と述べ、米国とイスラエルに関係しない船舶の通過を認める」と発言。
米国(トランプ)の狙い
米軍は今回の軍事行動を「壮大な怒り」作戦と名づけている。トランプは2月28日の声明で、今回の軍事行動を「イランの体制から切迫した脅威を取り除き、米国民を守るため」「イランが核計画の再開や長距離ミサイルの開発継続を試みている」と説明し、「我々の攻撃が終わった時、政権を奪え」とイラン民衆に反乱を促している。
イランの政治体制を転覆し、アメリカの要求を聞く政権にかえること、これがトランプの狙いだ。また、トランプ政権はイラクにいるクルド人勢力に武器を供与して、イランとの地上戦を画策している。
今年1月にも、米国はベネズエラでマドゥロ大統領を拘束する軍事作戦を展開した。第2次世界大戦後に確立したアメリカを中心にする支配体制が崩壊し、米国は経済的にも没落し、トランプは帝国主義的な「力による支配」をおこなっている。トランプの侵略戦争は、ますます泥沼化していくだろう。
イスラエル(ネタニヤフ)のたくらみ
ネタニヤフは「大イスラエル」構想をかかげて、中東における領土拡大を狙っている。この計画はパレスチナ、シリア、イラク、サウジアラビアの北部などを併合して、新たな「大イスラエル」をつくろうとするもの。この「大イスラエル」構想が中東で戦争をつくりだしているのだ。
トランプとネタニヤフに共通しているのは、自国の帝国主義的な権益だ。ヒトラーが「第3帝国」を夢みたのと同じく、かならず敗北に終わる。人民はこのような野望をけっして許してはならない。
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| 神戸でも行動(3月4日 三宮マルイ前) |
イランの支配体制
イランでは昨年12月から今年1月にかけて、反政府デモが拡大した。イランの国内支配体制にほころびが出ている。トランプとネタニヤフはこれを好機ととらえ、今回の軍事作戦を決断した。
イランはハメネイ師を失ったが、反米を柱にする支配体制は揺るがない。トランプが夢見る政権が登場することはない。それよりも、イラン政府は国内の治安悪化を恐れている。今後、国内の反体制派の動向をみながら、新しい指導体制を構築していくだろう。
日本政府(高市首相)の対応
ホルムズ海峡の封鎖は高市早苗政府にとっておおきな打撃になるだろう。3月に、日米首脳会談がおこなわれる。この時、トランプは高市にどのような要求を突きつけてくるのだろうか。
トランプの要求は「カネを拠出すること」で済むだろうか。今後の情勢によっては、日本政府が存立危機事態ないし重要影響事態に認定し、後方支援を含めて自衛隊(日本軍)を中東に派兵派遣する可能性もありえる。対外戦争がますます切迫してきている。今こそ、歴史的な反戦行動にたとう。
熊本健軍駐屯地へのミサイル搬入弾劾
3月9日未明、陸上自衛隊西部方面総監部がある熊本健軍駐屯地に、初めて12式ミサイル改良型が搬入された。1000キロの長射程ミサイルは「専守防衛」を越えて中国大陸まで届くもので、文字どおり相手基地を先制的に攻撃する兵器に他ならない。今回のイスラエル・アメリカのイラン侵略戦争でも、イスラエルは1000キロ離れたイランに先制的にミサイルを撃ち込んでいる。熊本の長射程ミサイルは中国の敵対感情を醸成することは間違いない。そのため健軍駐屯地司令部の地下化を進めようとしている。
これに対し周辺に住む熊本市民は、「ミサイルが飛んできたら逃げ場がない。なぜ今、長射程ミサイルを配備するのか。説明会を開け」と、昨年11月、今年2月と1000人を超す集会を開いた。反対運動の拡大を恐れる当局は、搬入を深夜に、しかも正門からはダミーの車両を入れ、本物は裏門から入れた。怒りは拡大し、熊本市長や県知事も、説明会を求めている。
3月末配備に対し、大分敷戸や静岡富士駐屯地や、ミサイル製造工場である三菱小牧北工場でも抗議行動がおこなわれた。3月15日には、原子力潜水艦建造が狙われる神戸港でも「ミナト神戸を軍事使用するな」の集会が開かれた。全国の連携で、長射程ミサイル配備・軍事大国化に反対していこう。
(おわび)
第434号(3月19日付)が編集の都合で発行が遅れたことをお詫びします。次号は通常発行です。
2面
2・23熊本
ストップ長射程ミサイル・弾薬庫
健軍駐屯地・平和の輪1200人
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| 健軍駐屯地を包囲する1200人の市民(2月23日熊本) |
2月23日、熊本市で「ストップ! 長射程ミサイル・弾薬庫 健軍駐屯地を平和の輪でつなごう! 2026」がおこなわれた。今年度中にも健軍駐屯地に射程1千キロを超える長射程ミサイルが配備されることになっている。それに抗議するため、駐屯地をヒューマンチェーンで囲もうという行動だ。主催は〈ストップ! 長射程ミサイル・県民の会〉である。
集合場所の健軍本町公園は、路面電車の電車通りから「健軍交番前」電停を降りて15分ほど坂道を登ってゆかねばならない。周辺は丘陵部に開かれた住宅地であり、戸建てや集合住宅が立ち並ぶところだ。12時半ごろに公園に到着すると、すでに多くの人が様々なのぼり旗やプラカード、横断幕を持って集まっていた。前段集会をおこなって歌を歌ったり、自分たちのビラを撒いたりしている。主催者から本日の行動に関するチラシと、「熊本を戦場にしない!」と書かれたプラカードをいただく。プラカードにはミサイルや軍用機が飛び交う「戦場」が描かれていた。公園内で包囲行動準備のため、A組、B組、C組の3班に分かれたが、地域等でどこのグループに入るかが決められているわけではない。
住民説明会を拒む国
13時から集会開始。司会あいさつの後、〈ストップ! 長射程ミサイル・県民の会〉会長で、健軍商店街の近くに住む山下雅彦さんが発言。11月9日に商店街で開いた集会には1千人以上が参加した、国はかたくなに住民説明会を拒んでいる、少なくとも説明会は開くべきだ。集会での発言を集めたブックレットも飛ぶように売れ、150部しか残っていない。
右翼の妨害
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| 右翼の妨害はねのけ全国各地から集会に(2月23日熊本) |
この日は「天皇誕生日」ということもあり、右翼が50人以上、街宣車20台以上で熊本に集結し、集会妨害のため公園周辺を、突撃ラッパや軍歌など大音量で流し、罵声をあびせながら走り回っていた。また街宣車に乗らず日の丸を掲げてアピールしている徒歩右翼や、「ユーチューバー右翼」も来ているので、そうした右翼の挑発には乗らない、右翼に対し声を上げたり、指さしたりしないこと、トラブルが起きたら警察(警察も総動員で警備)を呼ぶことという主催者からの注意事項が伝達された。街宣右翼の騒音で、登壇者の話がかき消されることもあった。
全国各地から参加
参加者の地域が発表された。沖縄、大分、熊本、愛媛、東京、広島、大阪、京都、高知、長崎、宮崎、鹿児島、福岡、愛知…。その時点では主催者側も参加者数は把握しきれておらず、後に1200人と発表された。
日本国憲法前文をみんなで読んだ後、13時15分から行動開始。公園を出てバス通り(県道第二空港線)を東に進み、健軍駐屯地正門前へ向かう。多くの人が狭い歩道を歩き、信号機で止められるのでなかなか前に進むことができない。それでも正門前を過ぎ「自衛隊通り」に沿って敷地の外を北に向かった。敷地内から自衛官が何人か集まってこちらを見ていた。右翼はあいかわらず大音量でがなり立てながら、駐屯地を街宣車で周回している。
駐屯地を完全に包囲
ヒューマンチェーンをつなぐため、歩道の上を行ったり来たりする。朝から天候に恵まれ、暖かだったこの日は水分補給も必要なくらい喉が渇く。14時ごろに「最後の隊列が公園から出た」とアナウンスがあった。14時半に駐屯地を完全に包囲し、ヒューマンチェーンがつながった。やったぞ! 駐屯地向かいのローソンのところに駐車している主催者の街宣車から、「この街にミサイルいらない。どこの街にもミサイルいらない。基地より暮らし、平和が一番、平和の準備ばせなんたい(しなければならない)」などのコールが発せられ、みんなで唱和した。街宣車の上から主催者や、〈ノーモア沖縄戦 命どぅ宝の会〉具志堅隆松さんがあいさつした。
一旦解散し、集会をおこなった公園に戻る。改めて周辺が住宅地であり、そのど真ん中に敵基地攻撃をするための長射程ミサイルが配備されることの危険性を認識させられる。
具志堅隆松さんは「日本の基地はジュネーブ条約の軍民分離の原則が守られていない」と指摘していた。
今回、1200人もの参加者が集まり、駐屯地包囲行動を成功させた。全国から大勢の人が集まった結果であるが、やはり九州各地、そして地元熊本からの参加が多数だったようだ。
3面
2・22 舞鶴フィールドワーク
対ロシア・朝鮮にらむ大軍港
2月22日、舞鶴軍港に新たに造られる弾薬庫見学のフィールドワークに参加した。舞鶴は言わずと知れた対ロシア・朝鮮をにらんだ明治以降の日本海側の最大の軍港。日露戦争時の旅順攻撃・日本海海戦の出撃拠点であり、シベリア出兵の拠点、さらには敗戦時の「岸壁の母」で知られる引揚地点ともなった。近代百数十年一貫した軍港としてあり続けた。湾の形状は入り口が狭く湾内にも半島や小島があり(攻撃しにくい)、軍港の東舞鶴とフェリー岸壁などの西舞鶴に大きく広がっている。
この天然の軍港舞鶴が、昨今また大きく変貌しようとしている。一つは舞鶴を母港とするイージス艦「みょうこう」「あたご」に対地攻撃用の「トマホーク」配備が本年度から始まり、敵基地攻撃が可能となることだ。市役所近辺の赤レンガ棟という舞鶴を象徴する建物北の北吸係留所が舞鶴軍港の心臓部である。また秋田と山口で建設が策動され失敗したイージスアショアの代わりにと、イージスシステム搭載艦が接岸できるよう浚渫工事がおこなわれている。
今回のフィールドワークは一昨年来取り組んできた祝園弾薬庫増設反対運動のグループを中心に、舞鶴軍港周辺の弾薬庫建設の形状・進行状況を見るフィールドワークである。湾全体が見下ろせる標高300mの五老岳に登る前に、マイクロバス2台に分乗し、北吸岸壁から旧鎮守府を通り、トンネルをぬけ、航空基地、機雷倉庫、京大の施設などを通り、海上保安官の養成学校である海上保安学校を右手に見た。要するに舞鶴には、着岸バース、造船所(製造・修理)、弾薬庫、機雷倉庫、航空部隊、海上保安庁とあらゆる軍事施設が湾岸に連続的に配置されているということだ。
続いて今回の見学のメインの白浜火薬庫と小さな島=乙島にある火薬庫を見る。いわゆる覆土式庫で、外から大体の形状が分る(祝園では敷地内に入れないため形状が判らない)。
その後、湾全体を見下ろせる五老岳に登る。標高300mだけに曲がりくねった道をバスで10分近く登る。頂上は展望所になっていて、その上にさらに30mほどのタワーがあるがそちらには登らず湾全体を見下ろした。東舞鶴の駅近くは見えないが、地図で描かれた位置関係がよくわかる。対岸も各種基地があり、そこにも弾薬庫が造られるという。また舞鶴湾は戦争に関する史跡も多数あり、浮島丸殉難の碑の位置や、右手奥の舞鶴引揚祈念館も判る。この広大な軍港に最新兵器が配備され、弾薬庫が増設され、トマホークが発射される。再び戦争に向かうことを許してはならないの思いを胸に、午後の実行委員会に参加した。(M)
4面
3・11から15年 各地で脱原発行動
3・8 大阪 400人
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| 元気よくデモに出発(3月8日 大阪) |
東京電力福島第一原発事故がおきてから、今年で15年が経過する。3月8日、「さよなら原発 関西アクション」(主催:同実行委員会)が、大阪市内の中之島公園で開催された。早春の陽だまりはあったが、風は冷たかった。集会には400人が参加した。
15年という節目の集会であったが、参加者は少なかった。人びとのなかに福島が「風化」してきているのではないだろうか。しかし、原発事故によって被害者は暮らしをすっかり奪われてしまった。今までの生活ができなくされた。被害者にとっては、けっして「3・11原発事故」を忘れることはできない。
集会では、福島と福井から2つの報告がおこなわれた。佐藤和良さん(脱原発福島ネットワーク・世話人)が、「東電福島第一原発事故15年」というテーマで講演した。また、石地優さん(原子力発電に反対する福井県民会議事務局次長)は、「関西電力が画策している使用済み核燃料の乾式貯蔵問題」について報告した。
福島の現状
佐藤さんは福島の現状について、次の4点を訴えた。それは@廃炉・ALPS処理汚染水、A除去土壌などの最終処分問題、B帰還困難区域の状況、C「福島イノベーション・コースト構想」。
〈廃炉問題〉
東電と政府は、廃炉が順調に進んでいるかのようにキャンペーンしている。しかし、廃炉作業はまったく進んでいない。燃料デブリは試験的に約0・9c程度取り出されたにすぎない。東京電力の「廃炉措置等に向けた中長期ロードマップ」は絵にかいた餅≠ナあり、2051年廃炉というスケジュールは破綻している。
〈ALPS処理汚染水〉
政府はALPS処理水は汚染水ではないと主張して、太平洋に投棄している。原発建屋への地下水流入を遮断するなど、汚染水の発生をなくす抜本的な対策を講じない限り、汚染水はふえるばかりだ。
〈汚染土の再利用〉
昨年、政府は「福島県内除去土壌等の県外最終処分の実現に向けた基本方針とロードマップ」を策定し、8000Bq/s以下の汚染土を再利用する方針をうちだした。政府は中間貯蔵されている汚染土を公共事業に使用し、全国にばらまこうとしている。「放射性物質は集中管理せよ」が原則であり、全国でこの声をあげていこう。
〈帰還困難区域〉
国は放射線被ばくの管理責任を放棄し、個人の責任に転嫁している。個人の追加被ばく線量は「年間1mSv以下」に決められている。しかし、福島では「年間20mSv以下」の基準が適用されている。こんなダブルスタンダードを許してはならない。
〈福島イノベーション・コースト構想〉
福島の太平洋側を中心に、ロボットなどを使った廃炉ビジネスがつくられ、最先端科学産業が誘致されている。経済の軍事化がねらわれている。
〈反原発の闘い〉
政府は原発推進路線に転換し、福島原発事故はなかったかのように、原発を推進している。しかし、原発事故被害者は、いのちと暮らしを守るために「人間の復興」をめざして闘っている。
福井の現状
石地優さんは福井の原発の現状について、次のように語った。「福井の原発内には、使用済み核燃料がたまってきている。それは六ケ所再処理工場に持っていくことができないからだ。関電は原発敷地内に乾式貯蔵施設をつくろうとしている。これは使用済み核燃料を貯蔵するプールに空きをつくるためなのだ。これができなければ、原発をとめざるをえない。また、日本はすでに40トンをこえるプルトニウムをかかえている。全国で4基のプルサーマル運転をしているが、これだけではプルトニウムを減らすことはできない。プルトニウムが増えすぎると、国際問題になってくるのだ。このように、原発推進政策はいきづまっている」。
皆さんのこと
集会では、菅野みずえさん(原発避難者・原発賠償関西訴訟・原告)、あこさん(ノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパン)がアピールした。菅野さんは「わたしは福島原発事故で暮らしを奪われました。福井で原発事故がおきたら、それはみなさんのことでもあるのです。原発があれば、全国どこでもありえます。共に原発のない社会をつくり出しましょう」と訴えた。集会後、西梅田公園までデモをおこなった。こどもたちがデモの先頭を歩いた。福島第一原発事故を教訓にして、原発のない社会をつくりだそう。
まもりたい いのちとびわ湖
原発のない社会へ びわこ集会
3・7滋賀県大津市
3月7日、滋賀県大津市で「原発のない社会へ 2026びわこ集会」がひらかれ550人が集まった。主催は、原発のない社会へ2026びわこ集会実行委員会。
滋賀県は、関西電力のすべての原発(現在7基が稼働中)が集中する福井県若狭地方が目と鼻の先にあり、万が一原発過酷事故がおこれば、直接甚大な被害を被る隣接県であり、京阪神1400万人の飲み水であるびわ湖をかかえている。
3月とは思えない寒風が吹くなかを集まった人々の熱気のなか、午後2時、集会は始まった。
呼びかけ人代表あいさつ、連帯あいさつに続き、基調報告を滋賀県在住の井戸謙一弁護士がおこなった。
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| 屋内集会に550人が集まった(3月7日滋賀県大津市) |
基調報告
大切なことは、福島原発事故の記憶を風化させないことです。今や、まるで福島原発事故は終わったかのような社会的雰囲気が形成され、今回の衆議院議員選挙では、原発の是非は争点にすらなりませんでした。
原発をなくすために、訴訟と市民運動は車の両輪です。福島原発事故の後、全国の裁判所に原発運転の差し止めを求める多くの訴訟が提起されました。司法判断が変わることが期待されたのです。そして、一定の成果がありました。
しかし、福島事故の記憶が薄れるにつれ、その流れが、変わってきました。
最近の判決・決定の特徴は、大津地裁判決も含め、内容が悪いことです。裁判官が深く検討することなく、安易に流れている。
最近の住民敗訴判決・決定の特徴的な論理は
@ 科学技術を用いた装置や機器に絶対的な安全性を求めることはできない。何らかの危険性はあっても、その危険性が社会通念上容認できる水準以下と考えられる場合、または、その危険性の程度が人間によって管理できると考えられる場合には、その危険性の程度とその利用により得られる利益の大きさとの比較衡量の上で、これを安全なものとして利用することが社会的に許容されており、原発も同様である。
A 原発が備えるべき安全性は、社会通念を基準として判断する。
B 原子力規制委員会が策定した新規制基準は、社会通念上求められる程度の安全性を形にしたものである。
C 原子力規制委員会が設置許可をしている原発は、新規制基準に適合していると判断されたのだから、社会的に許容される程度の安全性が確保されていると推認できる。
D それでも具体的危険があるというのであれば、その危険性を原告が立証すべきである。
E 原告らの主張は抽象的危険を言うものにすぎない。
このように、裁判所は、まず、原発に「絶対的安全性」、すなわち100%の安全性を求めることはできないとしています。
世論調査では、原発の再稼働に賛成する人が増えてきたと伝えられています。しかし、賛成する人たちも多くは「安全な原発なら」という留保が付きます。ここで「安全」とは、どのレベルの「安全」を言っているのか、判断しなければなりません。ところが、裁判所は、この判断をせずに原子力規制委員会に丸投げする。
原子力規制委員会が「原発が備えるべき安全性のレベル」を想定してはならないということではなく、原子力規制委員会が想定した「原発が備えるべき安全性のレベル」が正しいのか、すなわち、社会通念と一致しているのかを裁判所がチェックしなければならない。ところが、裁判所はそれをしない。これは裁判所の職務放棄。
浜岡原発のデータ不正操作事件が発覚しました。この不正操作事件の深刻さは、中部電力が不正をしたという点ではありません。原子力規制委員会は、既に浜岡3、4号機の基準地震動を「概ね妥当」と評価していました。外部通報があるまで、原子力規制委員会が不正に気付くことができなかったことこそが、深刻な問題なのです。
最近の裁判例の多くは、原子力規制委員会による適合判断(設置許可)が出ていれば、「その原発の安全性が確保されていると推認できる」と言っています。しかし、原子力規制委員会は、原子力事業者のデータ選択、評価をチェックしていないのです。このことが明らかになった以上、そんな推認ができるはずがありません。今後、裁判所はこの判断枠組みを維持できないはずです。浜岡データ不正事件は、原発訴訟の流れを変える可能性があります。
事態は複雑です。日本という多数者が福島という少数者を圧迫し、福島で健康不安のない多数者が福島で病気になった少数者を圧迫し、人々は分断されています。同じ福島原発事故の被害者なのに分断されてしまっています。それを横目に、政府の政策は、美しい言葉で彩られています。除染によって取り除いた汚染土を全国にばらまくのは、負担を福島だけに押し付けず、全国で分かち合うためだそうです。汚染水を海に放出するのは廃炉作業をスムーズに進めるためだそうです。将来の原発事故の際に屋内退避を原則としてなるべく避難させないのは、避難による過酷な生活を避けるためだそうです。そして、その美しい言葉によって、私たちは今まで以上に被ばくさせられることになります。
将来、原発事故が起こったらどう行動するのか、どうやって子どもを守るのか、そもそも原発事故を起こさせないためどう行動するのか、私たちは自分の頭で学び、考えなければなりません。そして、核利用をなくすために闘っている全国の人々、世界の人々と繋がっていくことが必要です。
避難者から
つづいて避難者からの発言で、東電福島第1原発事故により、福島県から滋賀県に避難したSさんは「原発は人間がコントロールできる技術ではない。外へ出た放射能は消えることはない」と語り、一刻もはやい原発全廃を訴えた。
集会アピールは「原発ゼロを求める国民世論を高め、原発推進勢力を包囲、孤立させ、自治体とも手を取り合って、老朽原発とすべての原発の再稼働を許さず、放射能からびわ湖を守り、私たちと子々孫々の生活を守りましょう」と結んだ。
プラカード「老朽原発うごかすな」を掲げるアクションを最後におこない、閉会。
集会後のデモは関西電力滋賀支社前をとおるデモコースで、国道を進み、横を走り抜ける車からはクラクションや手を振るかたちで多くの激励が寄せられた。
イベント
集会の前、10時半からイベントがあり、@末田一秀さん(はんげんぱつ新聞編集長)の講演「原発優先政策が私たちの暮らしに与える影響は」、A福田章典医師に聞く安定ヨウ素剤の使用方法、B青田恵子さん布絵展、さらに昼食後にはもうひとつの講演会として木村真三さん(獨協医科大学准教授)のお話「チェルノブイリ40年、福島15年、原発事故を振り返る」があった。
5面
〈投稿〉
沖縄振興策・米軍再編交付金と名護市長選(下)
名護市在住 島袋利久
(承前)
2010年4月25日、読谷村にて「普天間基地の県内移設に反対する県民大会」がありました。住民大会と県民大会の日程が重なり、辺野古区民有志が大会の日程変更を求めましたが、「日にちは変えられない」と地域ボスの古波蔵廣行政委員長の鶴の一声で却下されました。
辺野古区に降りる分収金の管理や国からの直接の交付金等多額なお金が入ります。また、各地主には別個軍用地料が入ります。辺野古区だけでも、米軍軍用地主の70%、220人(区民1600人、2014年時)います。反戦地主は1人です。
辺野古在住の軍用地主は親子3代働かずに生活している世帯が複数あります。彼等は米軍基地と共存共栄しています。しかし、区民全体が潤っているわけではありません。辺野古上部落を歩いて見渡せば廃屋もあり、改装、新築家屋が多くあります。辺野古住民は貧富の格差が大きく、住民は軍用地料や地域に落ちる米軍再編交付金により分断され不満も強くあります。
天皇と沖縄
平和主義者と宣伝された現天皇ナルヒトは沖縄自民党の最高顧問である仲井真弘多元県知事を「辺野古埋め立て工事を推進」したことを評価し、最高の「旭日大綬章」を与えました。このナルヒトの仲井真への勲章授与が政治的行為に当たらないと誰が言えるでしょうか。
1945年2月14日、近衛文麿は「もはや敗戦は必至」と戦争終結の決断を上奏しました。しかし、ヒロヒトは「天皇制護持」と自らの命ごいの為に「今一度戦果をあげてから」と戦争を引き延ばしました。そのためこの時期、1945年3月東京大空襲、4月沖縄戦が開始、8月6日広島、9日長崎原爆投下と50万人以上が虐殺されました。戦後ヒロヒトはアメリカ・マッカーサー元帥に「沖縄を25年ないし50年、それ以上の占領を希望する」天皇メッセージを届け、ヒロヒトは占領政策に協力することにより戦争責任の免訴を願い出た事はあまりにも有名なことです。その、戦犯天皇の「遺徳」を継ぐナルヒトは天皇ヒロヒトの戦争犯罪、責任をすべて居直り「平和主義者」を装い沖縄自民党最高顧問に「旭日大綬章」を授与したことを平和を願うウチナンチューは不快に思っています。
ナルヒトと自維政権はヒロヒトの戦争責任も問わず、謝罪もしないで沖縄を再び天皇制イデオロギーで汚染し「喜んで天皇の為に死ねる」自衛隊=天皇の軍隊を育成しています。そして、天皇主義者ファシスト高市早苗を先頭に中国侵略戦争の弾避けに沖縄を再び「捨石」にしようとしているのです。
天皇アキヒト、ナルヒトの「沖縄慰霊の旅」とは戦争犯罪は無かった事にするものです。
それは沖縄を宣撫、平定し天皇制に組織しようとしているものです。これらの天皇の行為は沖縄戦に於ける皇軍兵士=「軍隊は沖縄住民を守らない」「いや戦争続行のためには住民を殺す」との血の教訓を解体する反戦平和運動への妨害、干渉であり敵対行為ではないでしょうか。
最後に
辺野古区は1950年代海兵隊基地キャンプ・シュワブ建設以来、地元利害を中心に基地と共存共栄を目的に辺野古区を「琉米親善」のモデル地域にして来ました。辺野古区は10区ありますが、特別区としてキャンプ・シュワブを11区にしています。辺野古区のおまつり行事、ハリー大会や大綱引き等には沖縄防衛局、名護市長やシュワブ基地司令官を始めとした多くの米兵が参加し辺野古の浜や運動場はいっぱいになります。しかし、辺野古区民は全てもろ手を挙げて基地建設に賛成しているわけではありません。
現在、辺野古区内は厳しい締め付けがあり、「辺野古命を守る会」は高齢化のために活動停止になっていますが、辺野古住民が中心になり「辺野古有志テイダの会」や「辺野古住民訴訟団」は、@埋め立て承認取り消し、A知事の埋め立て工事の不承認を支持する、B代執行の取り消しを求める3件の住民訴訟が闘われています。
われわれは名護市長選、衆院選の敗退により厳しい政治状況におかれましたが決して諦めることなく「辺野古新基地反対」を堅持しこれからも「沖縄島ぐるみ会議」「オール沖縄会議」を先頭に反戦平和、反基地、反安保闘争を担う県内外の仲間達と共に辺野古、大浦湾での海上行動及び安和、塩川、宮城島で土砂搬入搬出阻止行動を果敢に展開している仲間達と連帯、共闘します。
自民・維新政権の戦争政策と真っ向から闘い、沖縄を二度と戦場にさせない為に自衛隊ミサイル基地撤去、沖縄からミサイル先制攻撃は絶対させない陣形を構築し朝鮮、中国民族排外主義を克服し国際主義の旗のもと、日米軍事訓練「アイアン・フィスト26」反対。高市打倒、憲法改悪阻止、日米地位協定、日米安保廃棄、天皇の軍隊=自衛隊解体を。(おわり)
辺野古ブルーアクション 3月7日
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辺野古ブルーアクション(3月7日) |
3月7日、新宿駅南口で毎月恒例の「辺野古に新基地は作らせない!! 新宿南口 連続辺野古ブルーアクション」(呼びかけ:沖縄一坪反戦地主会関東ブロック)が行われ、強い風の中、多くの市民が集まって、沖縄の基地被害、南西諸島の戦争重圧、辺野古基地建設の不当性を訴え、米帝・トランプのイラン・ベネズエラ侵略を弾劾した。
関東以外に住んでいてたまたま所用でたまたま東京に来たという若い女性が、沖縄の基地の現実を許してしまっていることを忘れてはならないと訴えた。(写真上)
6面
〈昭和100年〉を撃つ!C
「せめてこれだけは」の願いに応えよう
かつて戦後の一時期、労働者階級を最大の基盤にして社会主義の旗を掲げた日本社会党が政権の座についたことがある。その後においてもピーク時166人の衆議院議員を擁し、憲法改悪を阻止する砦の役割を果した。
しかし、この党は絶えず「左・右」の対立に揺れ続けた。1949年、党の性格をめぐって「森戸・稲村論争」なるものが展開された。「国民政党であるべきだ」と主張する「右派」の代表的論客は森戸辰男であった。彼は戦前クロポトキンの思想を紹介して東大助教授の座を追われ、後年広島大学の学長を努めた人物である。
「階級政党をめざすべき」と主張した「左派」の代表的論客は稲村順三であった。彼は東大新人会を経て『労農』同人になり、小作争議の争議指導などに当たった人物である。この論争は一向にかみ合うことなく、アイマイなままに終った。
私は森戸を右翼社会民主主義者として軽蔑していたが、後年その見方を根本的に改めざるを得なくなった。
彼が現憲法制定をめぐる論議の過程で、「すべて国民は、健康にして文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という条項を加えるべきだと執拗に主張したことを知ったからである。
彼はドイツ留学中、ワイマール憲法とその実際に触れた。同憲法には国民の生活を最低限度保護する規定があったが、かなり緩い内容で実効性を伴なっていなかった。森戸はその知見にもとづいて、より明確な規定を新憲法に盛り込もうと孤軍奮闘し、その結果、憲法第25条として日の目を見ることになった。
森戸は戦前大阪にあった大原社会問題研究所のスタッフとして、大阪労働者学校の講師をつとめ、夫人とともに物心両面にわたって熱心に協力した。当時、東京や名古屋・北九州にも労働者学校が存在したが、大阪のそれは100%労働組合の出資で自主的に運営されていた。森戸はこのとき労働者の実生活を知り、それが憲法第25条の制定に生かされた面もあったものと思われる。
数年前、生活保護の不正受給をマスメディアが針小棒大にとりあげたことがある。そのとき自民党の片山さつき議員が「このままでは生活保護が国を亡ぼす」とわめきたてた。
今、その片山が財務大臣として膨大な軍事費の増大に必死である。その引き換えとして低所得者層にたいする棄民政策が一層強化されようとしている。
憲法第25条が低所得者層の生活保護を求める運動の法的根拠として生かされていることはよく知られている。
私たちは、不毛な論争にエネルギーを費す愚を避けて、現実に生きている人たちの「せめてこれだけは」という切実な願いに応える視点から、ものごとを考え、闘いの出発点とすべきではないだろうか。
大庭伸介
国際女性デー
「女性のエンパワメントと政治」
3月8日大阪
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3月8日、大阪市内で「International Womyn's Day シンポジウム 女性のエンパワメントと政治」という集会がおこなわれた。主催はウーマンズパレード実行委員会。
主催者のひとりである杉村尚子さんが基調報告。「3月8日はどういう日か。1908年、米国のシカゴで女性労働者たちがパンと女性参政権を求めて決起したのが最初の国際女性デー。ドイツの社会主義者クララ・ツェトキンが国際女性デーをつくろうと提起した。1917年3月8日にロシアの女性たちが第一次世界大戦下で『パンと平和』を掲げて決起し、ロシア革命の勝利につながった。革命によって女性参政権を勝ち取った。そのことから、3月8日が国際女性デーに決まった。高市政権の戦争政策に対して、今こそパンと平和と女性差別反対を掲げていかなければならない」と訴えた。
会場から発言
4人の方が発言。
Aさんは、自分の人生を語り「夫のDVから逃れるために離婚した。女性が自立するためには経済的自立は必要条件だ」と話した。
方清子さんは、日本軍『慰安婦』問題について話した。「1991年金学順さんの決起によって、戦時性暴力であり、悪いのは日本政府であると国際社会が動き出す。被害者が悪とされてきたのが反転した。日本政府が国連の勧告を無視して、『慰安婦』問題をなかったことにし、再び戦争をしようとしている。これに対し声をあげていく」。
若い女性は「戦争は犯罪。戦争・差別反対で一致して行動したら戦争は止められる」と発言。またトランス女性も発言した。
その後、質疑応答や意見表明などが活発におこなわれた。
街頭でスタンディング
集会後、街頭でスタンディングをして、「女性の賃金上げろ」「非正規労働なくせ」「男も家事をしろよ」「軍事費よりも命と暮らしが大事」と女性解放・戦争反対を訴えた(写真上)。(花本香)
(本の紹介)
『百年の挽歌―原発、戦争、美しい村』
青木理著
福島県飯舘村の一農民家庭の原発事故被災のルポルタージュ。巻末に、「本書は書下ろし作品です」と簡単な一行がある。今年は、あの東電福島第一原発事故から15年という見出しで、様々な集会や報道特集記事が多くある。が、この書籍の初版発行日は、2026年1月31日。著者の作品を書く動機は、巻頭序章『衝撃の朝』から始まるが、飯舘村最長老の102歳の老人の自死事件にあった。この事件は、「3・11」事故後の4月12日に起きた。その報道などは、翌日以降ではあるが、この作品を創作するために、ほぼ10年以上要したことになる。1ページ42字詰め17行、220ページほどの作品にかけた著者の情熱と思索には、想像を絶するなにかがある。ニュース性が、いわば、共同体の歴史とイデオロギーを描破しているのだ。
新聞や週刊誌で報じられる特集記事に好適の事件のニュース性だが、「本書は書下ろし作品です」とあるように、取材対象の1家庭の諸人物の描き方が、他者の視線を超えている。ほぼ、小説作品でも珍しいほどの距離感が喪失している。登場人物の感情やおもいが、そのまま描かれる。そうして生まれた作品は、福島県の飯舘村の村民のだれそれではなく、自分の家族のような感触なのである。
原子力の科学技術の歴史や東電の原発の最新設備、責任政党や労働組合、地方政治家や電事連などの諸人物の挙動、責任感覚などは、ほんのすこしだけでてくるが、記述の手法は、本文とはまるで異なる。いわば一般的な文脈は、まるでないが、いわば、十年間にわたる時々刻々の書き込みが、彫刻刀で削り出されるような重量感のある筆致と言え、悲劇の挽歌という重力、圧力の大きな事象を歌という芸術形式に昇華、結晶化しえている。そして、小説よりも奇なる事件が、誰にでも納得できる悲劇として描ききられている。交響楽を聴いた後のようなカタルシスもあった。
ルポルタージュとはいえ、小説の真髄を味わうような感動が、結末の章にはあらわれる。この内容は、やはり、読んでいただかなくてはあじわえないと愚考するしだい。宣伝めいてはいるが、ナショナリズムの宣伝などは決してしていない。純粋な「なにもない」飯舘の村びとに起こった悲劇の歴史だった。
15年経とうが、忘れていいことなどは、この事故にはない。(南方史郎)
(闘争案内)
講演会「パレスチナ・ガザの歴史と現在」
講師:岡真理(早稲田大学)
とき:4月12日(日)午後2時〜4時半
ところ:東京大空襲・戦災資料センター
主催:東京大空襲・戦災資料センター
戦争とめよう!4・19大阪集会
とき:4月19日(日)午後2時〜4時半
講演:小西誠さん(軍事ジャーナリスト・元自衛官)
ところ:大阪市立住まい情報センターホール
主催:戦争とめよう!4・19大阪集会実行委員会
チェルノブイリ40年・フクシマ15年の集い
とき:4月26日(日)午後1時半〜4時半
ところ:大阪市総合生涯学習センター(第1研修室)
主催:チェルノブイリ・ヒバクシャ救援関西
ピースフェスタinおおさか2026
とき:5月10日(日)午前11時〜午後4時
ところ:いくのパーク(大阪市生野区・御幸森小学校跡)
主催:ピースフェスタ実行委員会
7面
投稿
第10回 狭山事件の再審を実現しよう
「問い直す わたしたちの狭山」
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| 小気味よい神田さんの講談に沸いた(2月23日 大阪市) |
第10回 狭山事件の再審を実現しよう市民のつどいin関西『問い直す わたしたちの狭山』と題して、2月23日13時から大阪西成区民センターにおいて、300人を超える参加者で開催されました。
オープニングはカオリンズ、アカリトバリの「翼をください」。
石川一雄さんの短歌「私が小鳥 縦横無尽に とんで行く 冤罪訴え 支援のお願い」が思い出されます。
司会者より、「昨年3月11日、天に召された石川さんの闘いに深く学び、黙祷をいたします」と。一雄さんの遺志を継いで闘い続ける参加者の気持ちが一つになった始まりでした。
地元あいさつを部落解放同盟大阪府連書記次長の袈裟丸朝子さんが「第4次再審を闘い抜く」決意表明。政党あいさつをれいわ新選組大石あきこさんが「衆議院選挙で当選できなかった原因を反省しながら、差別との闘い、狭山再審の闘いに深く学び、勝利を皆さんと一緒に目指します」と。ビデオメッセージで石川早智子さんは「亡き一雄さんへの思いと何としても再審を勝ち取り、見えない手錠をはずすまで。皆さんのお力を。再審法の改正、家令裁判長への最後の訴えをやり抜く」決意を語りました。その早智子さんの思いを受けて本集会のメインテーマ講談「石川一雄〜塀の中の学び」。講談師 神田かおりさんの熱弁が始まった。
「パパンパンパン、このホールの机は上等、皆さんの熱意も最高、この講談は石川さんの死後昨年5月に、13年前の『石川一雄の学問のすすめ』をベースにして発表したものです」と。石川さんの生い立ち、小学校時代の差別体験、奉公の辛さ、字を書けずに困った地元の会社時代、事件当時の思い出、別件逮捕、お母さんへの思い、とりわけても獄中生活で、字を教えてくれた看守さんへの思い出、感謝が、無慈悲な法権力の牙城を食い破り生き抜いた石川さんの無罪をかちとる糧になった。しかし、それは並大抵の努力ではなかった。「無実」という字から始まり、千字文の毎日の日課をやり通すこと、さぼりたい気持ちを見抜いて看守さんが石川さんを叱咤激励し、「臥薪嘗胆」という難しい字の意味を教えてくれて繰り返し書くことで、今の自分がいる。多くの参加者が涙を流し、聞き入った。まさに今問い直す狭山再審闘争の原点の再発見でした。万雷の拍手の中、神田さんは休憩の間、ご自分の本『3・11後を生き抜く力声を持て』にサインを入れ、私と一緒に売ってくださいました。「石川さんは、私の故郷福島によく来てくださり、地元に狭山市民の会も出来て活動しているのよ」と彼女は話された。日々の狭山の闘いの進む道筋のインスピレーションを頂いた。
冤罪アピール
日野町事件冤罪被害者家族阪原弘次さんは「私は父が怒るところを見たことがないほど、静かで穏やかな人でした。でも警察は『罪を犯したことを認めなかったら娘の嫁ぎ先に行って、何もかも言ってやるぞ』と脅して、自白を強要したのです。許せません。何としても再審を勝ち取りたい」と。翌日、最高裁が大阪高検の特別抗告を棄却し再審開始が決まりました。市内の支援者から、この集会の影響、力もあったのでしょうねと感想が述べられた。テレビでの阪原さん、袴田秀子さんとのツーショットは再審運動の展望を示してくれました。
福井中学生殺人事件冤罪被害者の前川彰司さんは「若い頃住んだ西成なので、なつかしい」と笑いを取り、苦しみ抜いた末の昨年7月18日、名古屋高裁金沢支部が検察官の控訴を棄却し、一審の無罪判決を支持。同8月1日名古屋高等検察庁が上告を断念=再審無罪が確定。同12月9日前川さん、刑事訴訟法に基づく裁判費用の補償を福井地裁に請求。40年に及ぶ闘いの中で、狭山の再審を待ち望んできた思いを熱っぽく語ってくれた。そして、最高裁の白鳥・財田川決定『疑わしきは被告人の利益に』という刑事裁判の鉄則にどれだけ勇気をもらったかしれません。石川一雄さんの無罪をかちとるためには、今まで以上の大きな輪を作りましょうと。交流会でもこれまでの経験を話し、「本当に苦労されたのだな」と涙ぐむ参加者も。
つづいて、『大崎事件は問いかける』の著者、弁護士鴨志田祐美さんが再審の扉を開けていく記念講演として、「再審法改正をめぐる攻防と今後の展望」と訴えがありました。
再審法改正を求める動きは先の衆議院解散によって、議員立法案は「廃案」になっている。法制審メンバーはほとんどが検察官あがりなので、2月12日総会において法制審批判の声明を提出した。ポイントは、一つ、被告請求人にすべての証拠を開示すること、もう一つは、検察の横暴な抗告を禁止することです。根拠は、国会は唯一の立法機関です。国は、「刑訴法の改正は法制審での議論を経て閣法によるべき」と言い放つが、閣法を義務付ける法的根拠はありません。憲法41条は「国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である」と規定し国会が国家権力の中で中心的な位置を占め、立法権を正しく独占する原則(国会中心立法権)を定めています。法制審の答申に拘束されることなく、冤罪被害者を迅速・確実に救済できる法案に修正して成立させるべき。その為にも再審法改正の国会署名と国会への働きかけをとことん推し進めましょう。やれば出来ます。稲田朋美議員ですら、再審法改正を強く求めている。超党派で、とりわけてもここに集まった皆さん方が中心になって、早智子さんの思いを力に変えていきましょう。迫力のあるメッセージでした。
学生がアピール
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| 集会後、新今宮駅までデモ行進(2月23日) |
現在日本に部落差別が厳然として残っていることを不動産屋の言葉から感じ取り、石川さんにかけられた見えない手錠をはずすまで自分たち学生が闘わなければこの国はよくならないと訴えた。
閉会のあいさつは釜ヶ崎で長年、労働者の命と暮らしを守る立場から、10回目の集いの意義をまとめた。
支援者の一人は、「高市内閣は人の命をないがしろにしている、差別との闘いは戦争への政治を止めることとひとつ。石川さんの無念を晴らしていくことが、日本を変えていくこと」と。
私は、集会実行委員会の一人として、10回目の集会に関わり、大変勉強させてもらいました。
何よりも石川一雄さんの生き様が私に迫ってきます。
体調の加減でしばらく書くことから離れていたことを謝ります。一雄さんの無罪をかちとる思いに立ち返り、私も書き続け、闘い続けることを記しご報告とします。
小山一彦
(闘争案内)
反戦・反排外 御堂筋1000人デモ
とき:3月20日(金休)午後3時半 ※午後4時デモスタート
ところ:堀江公園(大阪市西区)
主催:反戦・反排外 御堂筋1000人デモ実行委員会
「どうなる?どうする?外交・防衛政策と沖縄」
演と対談:高良沙哉さん・飯島滋明さん
とき:3月21日(土)午後1時50分〜3時45分
ところ:エルシアター(エルおおさか2F)
主催:とめよう戦争への道・めざそうアジアの平和2026春 関西のつどい実行委員会
福島からあなたに伝えたいこと〜国・東電に奪われた いのち・ふるさと・くらし・そして尊厳〜
お話:武藤類子さん、末田一秀さん
とき:3月22日(日)午後2時〜4時/集会後デモ
ところ:兵庫県学校厚生会館3F大会議室
主催:脱原発兵庫ネットワーク
芝山現地闘争
とき:3月29日(日)午後1時開場 ※集会後デモ行進
ところ:芝山文化センターホール
連絡先:三里塚芝山連合空港反対同盟
パレスチナ土地の日 連帯集会&デモ
とき:3月29日(日)午後3時 ※御堂筋デモ出発午後4時10分
ところ:新阿波座公園(大阪市西区)
主催:関西ガザ緊急アクション
排外主義を考える」学習会第3弾〜参政党といかに闘うか〜
講演:上林惠理子弁護士
映画:『ワタシタチハ ニンゲンダ』上映
とき:3月29日(日)午後1時半〜5時
ところ:PLP会館(4階・中会議室)
主催:三都近畿れいわボランティア集団
みんなの声を届けよう!『ミサイルいらん!』長射程ミサイル搬入反対!敷戸現地集会・デモ
とき:3月29日(日)午後1時半〜4時
ところ:(大分市)敷戸校区公民館(JR豊肥線敷戸駅から徒歩20分)
主催:大分敷戸ミサイル弾薬庫問題を考える市民の会
酒井杏郎出版記念集会『代島治彦の奇妙な謝罪』〜10・8羽田から日大
記念講演:「ラディカリズムの現在」酒井隆史(立命館大学教授)
とき:4月5日(日)午後2時
ところ:PLP会館5階・大会議室
主催:酒井杏郎出版記念集会実行委員会
8面
三里塚3・29芝山現地へ
反対同盟が戦闘宣言発す
三里塚芝山連合空港反対同盟は、政府・NAAの「第2の開港」攻撃に対し、1月11日に同盟旗開きを開催。260人が結集し新たな戦闘宣言を発した。この訴えに応えて、3月29日、全国から芝山文化センターに結集しよう。
三里塚闘争は1966年7月反対同盟結成以来、国家暴力による農地強奪に立ち向かい、軍事空港建設反対を掲げてたたかい続けて60年という節目の年を迎えた。71年強制収用攻撃、78年暫定開港、83年同盟分裂など幾多の困難と攻撃を打ち破ってきた。そして23年2月強制執行による天神峰農地強奪攻撃は、市東さんの不屈の闘魂と我々の団結ではねかえし、生活と農業を守り抜き勝利した。われわれ農民は空港の敷地内でフェンスに囲まれ、事故の危険や殺人的騒音、排気ガスをあびせられようとも、農地を耕し生活することで空港完成を阻んできた。東峰・天神峰の闘う農民を敷地内に内包させた空港など決して完成とは言えない。ここに三里塚闘争60年の揺るぎない勝利がある。
「日本の国際競争力の強化や地域の活性化を図る」「2030年訪日観光客6000万人」を目指す成田空港の更なる機能強化とは、農業と環境の更なる破壊に他ならない。航空機がまき散らす温暖化ガスは、地球沸騰化と言われるほど深刻な気候危機を招いている。発着回数年間25万回を半減させるのではなく、2倍の50万回を目指す成田空港は重大な環境破壊会社である。また、巨大な物流拠点建設と3500m滑走路建設は、有事となれば軍事拠点となる戦争準備である。絶対に許してはならない。
「新しい成田空港」構想、「第2の開港」プロジェクト、「エアポートシティ構想」、次々とくりだす飽くなき利益追求と農村破壊の先に一体何があるのか。美しい田園や里山の風景、地域の人々の暮らしをかえりみない空港推進者の言う「地域との共生」というお題目は、金もうけ優先の「空港ムラ」の地域への強制であり、すべて欺瞞だ。騒音や落下物など被害を受ける周辺住民とともに「空港拡張差し止め訴訟」「夜間飛行差し止め訴訟」をたたかおう。
アメリカ・トランプ政権は1月3日、ベネズエラを急襲してマドゥロ大統領を拘束した。政権を転覆し石油利権を奪おうとする侵略行為は絶対に許せない。台湾有事への集団的自衛権発動を公言した高市政権に対する中国の反発も高まり、日本への経済的締め付けを強めている。この帝国主義的侵略と戦争の復活に対して世界中の人々が立ち上がっている。
パレスチナ人民虐殺弾劾! 軍国主義の高市政権打倒! 世界の闘う人民と連帯して成田軍事空港粉砕へたたかおう!
再びの沖縄戦を許さない反戦・反基地闘争を全国でたたかおう! 反原発闘争、反差別闘争、農民闘争を共にたたかおう! 南台農地強奪を許さない耕作権裁判控訴審闘争に勝利しよう! 3・29芝山現地闘争に結集しよう!
2026年1月11日
三里塚芝山連合空港反対同盟
朝鮮独立107周年で集会 2月28日
高市政権の軍国主義を批判
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2月28日、東京・文京区民センターで「2026年3・1朝鮮独立運動107周年 大軍拡と戦争国家の道、排外主義反対! 今こそ東アジアの平和な未来を!」と題する企画(主催:「3・1朝鮮独立運動」日本ネットワーク=旧100周年キャンペーン)の屋内集会が開かれた。
この集会でスピーチする予定だった韓国進歩連帯常任共同代表・社会大改革委員会委員長の朴錫運さんが過去の弾圧で有罪になったことを理由に前日に羽田空港で入国を拒否されたこと、すぐに帰国させられればWEBで話をすることもできたが空港で留め置かれて当日夕方の帰国になったためそれも叶わなかったことが怒りを以て報告された。
ジャーナリスト・布施祐仁さんが「高市政権の大軍拡と軍国主義≠フ道を問う 今こそ『信頼による平和』を東アジアに」と題して講演。最初に3・1独立運動書の抜粋が紹介された。
「いま、わが朝鮮を独立させることは、朝鮮人が当然、得られるはずの繁栄を得るというだけではなく、そうしてはならないはずの政治を行い、道義を見失った日本を正しい道に戻して、東アジアをささえるために役割を果たさせようとするものであり、同時に、そのことで中国が感じている不安や恐怖をなくさせようとするためのものである。つまり、朝鮮の独立はつまらない感情の問題として求めているわけではないのである」(※以上「己未独立宣言書」を朝鮮独立100周年キャンペーンが現代語訳したものより)
「『台湾有事』における米『ヘルスケープ(地獄絵図)』作戦で大量のドローンが使用される。防衛省は呉市(※日鉄跡地)で作ろうとしている」
「米の対中政策が変わっている。第1次トランプ政権は、それまでの中国に対する『関与』政策を失敗だったと位置付けて『対抗・抑え込み』に舵を切ったが、それもまた現実的でないとの結論に至ったのではないか。可能な限り『力の均衡』を保ちつつ、共存を図っていった方が米国の利益になるとの判断。背景にあるのは米国の国力の相対的な低下。『米国がアトラスのように世界秩序を支える時代は終わった』と言われている」
「私たちが目指すべきなのは、大国が小国を支配する東アジアではなく、大国も小国も平等に共存共栄する東アジア。東アジアにはすでにASEANが主導してきた対話・協力・信頼醸成の枠組みがある(ASEAN地域フォーラムや東アジア首脳会議など)。日本・韓国とASEANの連携が鍵を握る」
「外交では中国の侵略を抑止できない、と言う人がいるが私はそう考えない。1988年の中国・ベトナムの衝突以降は軍事衝突は起きていない。ASEANは中国をテーブルに載せるのに苦労した」
「高市政権は『米国の歓心を買う道』(防衛費を増やして軍拡して、中国との『力の均衡』に貢献する)をひたすら進みそうだが、これは中国との関係を一層悪化させ、緊張激化による衝突のリスクを高めるとともに、国民生活と財政の破綻を招く『亡国の道』」
入管に妨害されて発言できなかった朴錫運さんに代わり、韓国進歩連帯政策委員長のチュ・ジェジュン氏が尹錫悦の非常戒厳を打ち破った闘いをオンラインで報告した。
「パク・ソグン氏の入国拒否に抗議する」との緊急声明が集会参加者一同の名において決議され、翌日(3月1日)の新宿南口でのリレートークへの参加が呼び掛けられた。
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| 新宿駅前南口で集会(3月1日) |
カンパのお礼
冬期カンパへのご協力ありがとうございました











