1面
軍拡・戦争挑発、定数削減、農業切りすて
クーデタ攻撃の高市政権を打倒しよう
原発つづけるための乾式貯蔵を阻止
自然エネルギーへ転換を 11・30高浜
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| 集会を終え高浜町内を力強くデモ行進(11月30日福井県高浜町) |
発足から2カ月。高市政権が極右としての地金を出し、クーデタ的攻撃を強めてきた。党内基盤は弱いが、極右派の結集・マスコミの追従で自民党再編も企む。持論の大軍拡・戦争態勢構築は、11月7日の「台湾有事」答弁で臨戦態勢に。原子力潜水艦建造・非核三原則見直しと原発再稼働は、核兵器保有への衝動だ。緊急経済対策は効果未定で、米価高騰には「市場に任せる」とし、「お米券」配布で米価は過去最高値に。更に維新との政策合意で衆議院議席定数の強行削減を狙う。年末政局が緊張すれば、1月解散・総選挙すらしかねない。安保・沖縄・反原発闘争の大衆的構築と消費税廃止・生活防衛で、短期の内に高市内閣を打倒しよう。
(1)柏崎刈羽原発の再稼働にのめり込む東電と政府
新潟県の花角知事は、柏崎刈羽原発6、7号機の再稼働に同意することを表明した。絶対許すことは出来ない。
柏崎刈羽原発をめぐっては、経営危機にある東電にとって起死回生の方策とされてきた。そのために政府や東電はありとあらゆる策動をおこなってきた。にもかかわらず、新潟県民を先頭にした全国の力で、3・11を引き起こした東電の原発を動かすことはまかりならないというたたかいの前に進まず、また東電自身のでたらめきわまりないやり方に対して、あの規制委員会でさえ実質的な運転禁止命令を出さざるをえなかったのだ。
この間一貫して同意に向けて、策動してきたのが花角知事である。新潟県は3・11を受けて、県独自の検証委員会を作り、その報告をまって、再稼働について検討するとしてきた。にもかかわらず、調査報告についてはあいまいにした。また、同意に当たってはひろく県民の声を聞くとしながら、それも裏切った。再稼働について県民にひろく聞くといいながら、県民投票を求める多くの県民の声を無視したのである。
この間、県は3回にわたってアンケート調査をおこなってきたのである。その県民アンケート調査でも「賛否拮抗」であった。さらに3・11を引き起こした東電に対する強烈な不信が表明されているにもかかわらず同意を表明したのである。
さらに、県民の意思を確認するといい、県民投票や知事選でなく、県議会で信任をえることで済まそうとしている。
なぜアンケート調査を3回もおこなう必要があったのか。この間のカネのばら撒きなどによって再稼働賛成が多数を取ると読んだのが、そうなっていないのだ。むしろ「賛否拮抗」ということは「否」が多数派だということである。また、県民投票でなく県議会で承認をえるということは、県民投票をやった場合は負けるからである。
このように、今回の同意は不正義そのものである。また、同意の裏側をめぐる報道も流れている。
柏崎刈羽の再稼働については、県議会での承認をまって、年明けにも再稼働しようとたくらんでいるが、許してはならない。新潟県民を先頭に全国の力で再稼働を阻止しよう。
(2)高浜で、乾式貯蔵NO!の火柱が
このような情勢の中で、11・30原発つづけるための乾式貯蔵NO!全国集会@高浜は高浜町文化会館に4百人の結集で大成功した。
乾式貯蔵は増え続ける使用済み核燃料の行き先がない中で、原発延命の方策の柱である。使用済み核燃料プールは、水冷保管している使用済み燃料で満杯に近づきつつある。若狭の原発ではあと数年でプールが満杯になり、運転できなくなる。したがって、プールに空きを作るために陸上の乾式貯蔵に移そうとしているのだ。
いま、各地の原発で、乾式に移そうとしている。その中で、11・30は、乾式貯蔵について初めての全国闘争として闘われた。ややもすると乾式貯蔵の問題はたんなる「乾式か、プールか」という保管方法の問題にされてきたきらいがあるが、今回、原発続けるためにプールを空ける必要から乾式貯蔵をおこなうということであり、逆に言えば、乾式貯蔵の策動を打ち破れば、原発は運転できなくなるのである。
全国的に乾式貯蔵に走ろうとする中で、乾式貯蔵NO!の火柱が上がった。女川原発や川内原発でも新たなたたかいが始まりつつある。
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| 戦闘的アピールを発する中嶌哲演さん(左)と木原壯林さん(右) |
(3)6・7全国集会inおおさか
2025年は反原発闘争が激しくたたかわれた。来る26年は待ったなしの一年になろうとしている。
すでに〈老朽原発うごかすな!実行委員会〉は、「6・7原発のない明日を! 全国集会inおおさか 〜原発依存を加速する政権ゆるすな〜」を決定し準備に入った。6・7を当面の大きな結節環として、反原発闘争の高揚をたたかいとろう。柏崎刈羽や泊で再稼働が狙われている。新潟や北海道の人々と力を合わせ、全国の力でたたかい抜こう。
6・7は、高市政権の戦争への突進を反原発闘争で立ち向かおうというたたかいである。
また「非核3原則」見直し、「原子力潜水艦」所持を表明し核武装を狙う高市を許してはならない。
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| 町内デモの終点「JR若狭高浜駅」(福井県高浜町) |
(4)原発全廃、自然エネルギーのみで成り立つ社会を
2026年をたたかい抜くにあたって、反原発闘争団体の強化・拡大が問われている。
〈老朽原発うごかすな!実行委員会〉は2020年、運転開始以来以来40年をはるかに超えた高浜1号機、2号機、美浜3号機の40年超の延長運転の策動が強まる中で、200団体以上、800人を超える個人の賛同を得て結成された。それ以降、福井−関西の地で果敢に闘争を展開し、全国的にも注目を集める存在として、たたかい抜いてきた。
しかし、いまや情勢は大きく転換した。戦争を実際にできる国に大きく転換したのである。原発をめぐっては、「将来的には原発を減らしていく」という方向を180度転換させ、未来永劫原発をフル活用する方向に舵を切った。22年8月、岸田は原発の新増設を打ち出し(8・24GX実行会議)、それまでの「将来的には原発をなくす」という方針を大転換した。
そして、原発規制について、それまでの環境省主導から経産省主導へと転換させ、40年ルールの改悪、GX脱炭素電源法をまともな審議もないまま成立させた。原発依存社会に向かって、第7次エネルギー基本計画を打ち出した。それまでのエネルギー消費量は、省エネ技術の活用や人口減少で減るとされていたが、AIや大型電算センターなどが莫大なエネルギーを消費するとしてむしろエネルギー消費は増加するとして、原発を徹底的に活用するとした。沸騰水型原発である女川原発2号機や島根原発2号機を再稼働し、ついには柏崎刈羽原発6、7号機や泊原発3号機も再稼働させようとしている。25年7月には、関電は美浜原発での新増設を打ち出し、11月から美浜原発敷地内外での調査を開始した。
原発をめぐる裁判では、22年7月の最高裁決定(3・11東電福島第一原発の過酷事故に国の責任はないとした)以降、不当判決が続いており、この11月28日にも、美浜3号機と高浜1〜4号機差止めを求める即時抗告審では、名古屋高裁金沢支部裁判所が棄却決定を出した。
このような流れに対して、原発全廃、自然エネルギーのみで成り立つ社会を展望できる反原発運動の再構築が急務になっている。他方、主体側から言えば2011年3・11直後のあのたたかいの高揚をいまこそ再来させなければならない。
26年はわれわれの存在が問われるような年になる。全力で闘おう。
2面
投稿
11・30原発つづけるための乾式貯蔵NO!全国集会に参加して
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11月30日、関西電力高浜原発のある福井県高浜町で、原発つづけるための乾式貯蔵NO!全国集会がひらかれたので参加した(写真)。
午前は前段行動
この年最後の穏やかな秋日和となった。大型バス、マイクロバス、自家用車などで、京都、大阪、滋賀、兵庫、奈良から早朝、高浜の音海展望台に結集、2百人のデモで高浜原発北ゲートに向かった。ゲート前は、参加者で一杯いっぱいになり、救護車も入れなかった。午前11時過ぎにゲート前集会が始まった。関電への申入れ書を読み上げ、手交。全員でシュプレヒコール。
この日は、定期検査中の高浜1号機が再稼働するというので、それへの抗議としても声をあげた。
ゲート前での抗議行動の後、全員で高浜町文化会館に車で移動。会場周辺で、弁当をひらきながら、再会に喜ぶひとたちもあった。
11月10日には、美浜で新原発のための地質調査開始への緊急抗議、17日には、MOX燃料が、遠くフランスから高浜原発に運び込まれたり、原発=原発立地=関西一円の危機が、見えない津波のように襲ってきている。
午後から全国集会
高浜町文化会館での全国集会は、ちょうど1時から始まった。主催者挨拶の中嶌哲演さんが、右翼の街宣車のいやがらせの「先導」で、挨拶の時間にまにあわなかったので、木原壯林さんの「使用済み核燃料の行き場はない」ミニ講演が先におこなわれた。司会は地元の戸嶋久美子さん。
使用済み核燃料の「乾式貯蔵」って何? なぜ原発延命なだけなの? という聴衆の疑問をキレイに払拭した。
その後、中嶌哲演さんが主催者あいさつ。地元の苦境の説明で、集会は熱い共感にもりあがった。工場現地へのお金のバラマキが、また現地を分断している。お金をつみあげても、命、生業は、事故の一瞬で吹き飛ぶことの不安に耐える経験は、地元の人でなければ、わからない。
大阪の熊取にある京都大学原子炉実験所(当時)で働いていた東山幸弘さんは退職後、高浜の実家に帰って、常に集会に参加してくれている。
遠方からは、宮城、鹿児島川内、上関、新潟(稼働が決まりそうな柏崎刈羽)とそれぞれビデオメッセージを寄せてくれた。
そのほか、全国各地(23団体・個人)から、メッセージが寄せられ、当日配付の冊子に掲載されていた。
石川県珠洲市からかけつけた北野進さんは、志賀原発のホットニュースをパワーポイントを使い紹介。「アジア初の原発ゼロ達成の台湾報告」の佐藤大介さん、愛知岐阜の老朽原発40年廃炉訴訟市民の会の面々が登壇。共同代表の草地妙子さんがアピール。
発言の最後は、美浜原発から10qに住む〈オール福井反原発連絡会〉の山本雅彦さんが、専門的な地震、活断層そして、司法の堕落、美浜の地層調査は関電がやってはダメという告発。
集会宣言及び「(後日おこなわれる予定の)高浜町への申入れ書」を採択。集会参加者は4百人だった。
最後に元気よく全員でシュプレヒコールをあげて町内デモに出た。道々、玄関先で熱心にデモ隊を見守ってくれる人びと。
午後4時すぎ、右翼の妨害街宣車が約10台来ていたが、ののしり、罵倒するだけで意味不明、デモはシュプレヒコールで反撃して、無事終えた。(大阪の一参加者)
非核神戸方式破壊許さない
米艦船入港阻止へ奮闘
高市内閣の、「非核三原則」見直し、原子力潜水艦建造計画の中で、神戸港の軍事使用問題が喫緊の課題になってきた。
米当局は神戸港を使用する際には核兵器不保持を証明せねばならない「非核神戸方式」が目の上のたんこぶ。これを無力化するために今年3月、兵庫県下の市民運動・社会運動が斎藤知事辞職を求めて闘っているさなか、小型船をコソ泥的に入港させた。
今年度中に再度入港させ「非核神戸方式」をなし崩しにとの噂のなか、12月9日、粟原富夫神戸市議がこの件で神戸市を糾した。市当局は引き続き「非核神戸方式」を堅持するとしたが、米艦船の入港予定については言及しなかった。
国内で潜水艦建造能力を持つ2つの造船所があり、沖縄に祝園弾薬庫のミサイル・弾薬を運ぶ海上自衛隊阪神基地隊がある神戸港。軍事使用を許さない会は12・14討論集会から、本格的大衆的運動を構築していく。
辺野古ブルーアクション
新宿で数十人が行動
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12月6日、新宿駅南口で毎月恒例の「辺野古に新基地は作らせない? 新宿南口 連続辺野古ブルーアクション」(呼びかけ:沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック)がおこなわれ、数十人の市民が、道行く人に辺野古新基地建設阻止を訴えた(写真上)。
マイクを取ったある人は「沖縄戦後の米軍による占領中に住民が収容所に入れられてその間に家も畑も重機でならされて基地にされた。私のおじは基地に土地を取られたからブラジル移民になるしかなく、移民先の日本人の間でも差別された」と訴えた。
3面
戦争だけはしちゃならん
沖縄先頭に全国から熊本に
11月24日
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11月24日、「戦争だけはしちゃならん!熊本大行動」が、陸自・健軍駐屯地に近い熊本市立体育館(青年会館ホール)でおこなわれた(写真左)。この集会は、〈平和を求め軍拡を許さない女たちの会 熊本〉、〈熊本県平和委員会〉、〈自主・平和・民主のための広範な国民連合・熊本〉、〈戦争とめよう!沖縄・西日本ネットワーク〉、〈日本ジャーナリスト会議〉、以上5団体が主催。
集会は2部で構成され、午前(10時半〜正午)の部は、具志堅隆松さん(沖縄戦遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」代表)が基調講演をおこなった。この集会には約350人が参加した。午後(1時半〜5時)の部では、松野信夫弁護士の主催者挨拶と各地から闘いの報告が。発言者の基調は@長射程ミサイル配備反対、Aわたしたちは加害者になるのはイヤだ、この2点が強調された。
具志堅隆松さんの講演
具志堅さんは、沖縄での遺骨発掘作業について語った。発掘調査をするように遺骨を分析し、この人はどのような状態で亡くなったのかを考察していく。このようにして、具志堅さんは当時の戦闘情況を再現していく。
具志堅さんは「発掘された遺骨はDNA鑑定をして、遺族のもとに返してあげたい。戦死者にたいする態度が問われている。遺骨は人であり、モノではない。遺骨をみていると、人間は謙虚になる。本来は日本政府がこれをおこなうべきなのだが、日本政府は遺骨を放置している」と語る。
そのうえで、具志堅さんは「戦争は人災であり、止めることができる」ことを強調した。具志堅さんは「わたしたちが主権者なのだ。わたしたちの意思を無視して、政府は一方的に戦争をすることはできない。地方自治体の首長は、国の専管事項だから何も言う立場にないといって逃げるのではなく、住民の命と生活をまもることに徹するべきだ。今は、まだ自由に発言することができる。わたしたちは主権者として、人間として、声をあげていこう」と訴えた。
基地拡張に反対する闘い
午後の部は、松野弁護士の主催者挨拶からはじまった。松野さんは「政府は着々と戦争を準備している。この時、歴史を振り返ることが重要だ。15年戦争の総括がしっかりおこなわれていない。当時、市民が声をあげられなかった。だからこそ、しっかり声を上げていくことが大切だ」と述べた。
地元の健軍駐屯地にたいする闘いが報告された。山下雅彦さん(「ストップ長射程ミサイル・県民の会」事務局長)は、次のように語った。「11月9日、駐屯地から約1・5qほどの距離にある健軍商店街で『ストップ!長射程ミサイル健軍集会』が開催された。健軍商店街のデモには1200人が参加した。この集会は〈ストップ長射程ミサイル・県民の会〉がはじめて主催した。事務局がビラを千枚も用意していたが、集会前になくなってしまった。熊本市に住む60%の人びとが、長射程ミサイルに反対している。町内会、商店街の人びとが友人に声をかけることによって、これだけの人数が集まった。闘いはこれから。熊本から日本を変えていく」。
西日本各地から、以下のような報告
◇馬毛島(鹿児島)
馬毛島全体が自衛隊の兵站基地になる。現在、島は山が削りとられ、航空母艦のようになっている。工事の影響で、種子島住民の生活はズタズタにされてしまった。2013年1月に工事がはじまっているが、工事期間が大幅に延長され、完成は2030年3月末にずれこむ。
◇新田原基地(宮崎県)
今年8月、新田原基地にF35B戦闘機が配備された。F35Bは陸自佐賀駐屯地に配備されたオスプレイと一体で運用される。陸自相浦駐屯地(佐世保市)にある水陸機動団は米海兵隊と同じように「なぐりこみ部隊」であり、侵略軍隊である。
◇健軍駐屯地(熊本県)
来年3月に、12式対艦誘導弾能力向上型が健軍駐屯地に先行配備される。現在、地下司令部の建設工事がおこなわれている。仮に自衛隊基地が攻撃されないのであれば、司令部を地下化する必要はない。ミサイル基地は攻撃目標になることを示している。また、基地のなかに覆土式弾薬庫(2棟)が造られる。小学校まで5百メートル程度しかなく、保安距離は守られていない。健軍駐屯地には第8地対艦誘導弾連隊の司令部が存在する。
◇敷戸弾薬庫(大分県・陸上自衛隊大分分屯地)
敷戸弾薬庫は大分市の住宅地に存在する。弾薬庫周辺には約4万人が住んでいる。敷戸弾薬庫に9棟の弾薬庫が新たに造られる。今年12月、最初の弾薬庫が完成する。これに反対する集会を12月14日にひらく。また、近くの湯布院駐屯地には第8ミサイル連隊の司令部が置かれている。
◇築城基地(福岡県)
築城基地には航空自衛隊の飛行場がある。2019年、緊急時には米軍に使われることが判明した。滑走路を2700メートルに延長する工事がおこなわれている。米軍と自衛隊が一体化している。米軍の常時使用をさせないために行動していく。
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| 沖縄南西シフトに続いて九州には各県ごとに本格的基地が建設されている |
◇佐賀空港(佐賀県)
今年7月、ついにオスプレイが佐賀空港にやってきた。このオスプレイは水陸機動団を戦地に運ぶために使われる。基地の撤去をめざして、これからもねばり強く抗議運動をおこなっていく。
◇須崎港(高知県)
2023年に、須崎港が「特定利用空港・港湾」に指定された。須崎港は戦前も軍港として使われた。住民は「戦争の足音を感じる」と言い、危機感をいだいている。今年10月に〈須崎港の軍港化に反対する会〉が発足した。
◇岩国基地、呉基地(山口県、広島県)
岩国米軍飛行場は港湾施設も持っており、アジアで有数の出撃基地に変貌している。ここで米軍艦載機による陸上空母離発着訓練(FCLP)がおこなわれた。岩国、広島、呉がリンクして、一大軍事拠点になろうとしている。呉港では日本製鉄跡地問題が浮上している。この跡地を自衛隊基地にする計画が進められている。
◇祝園弾薬庫(京都)
陸自・祝園分屯地に、14棟の覆土式弾薬庫が増設される。この弾薬庫は海上自衛隊の弾薬庫としても使用される。長射程ミサイル弾頭を貯蔵する。神戸の阪神基地を経由して、ミサイル弾頭を南西諸島方面に運ぶと想定されている。
◇東富士演習場(静岡県)
10月に、米軍の長射程ミサイル発射訓練が、国道越えでおこなわれた。東富士演習場にはミサイルを置かない約束になっていたにもかかわらず、8月に長射程ミサイルの配備計画が発表された。現在、これに反対する〈県民の会〉を立ち上げようとしている。
◇〈不戦へのネットワーク(愛知県)〉からメッセージ
名古屋には軍事企業が集中している。三菱重工小牧北工場で、長射程ミサイル能力向上型が製造される。不戦へのネットワークは、小牧基地に抗議行動をおこなっている。
◇高井弘之さん(ノーモア沖縄戦 えひめの会)
〈西日本ネットワーク〉運動の方向性について、次のように提起した。「新自由主義がいきづまっているなかで、没落する帝国主義(G7)が次の戦争を準備している。この戦争を止めるために、次の3点を提起したい。@地方自治体を拠点にして反撃していく。自治体首長に地方自治法の精神をしっかり守らせる。A政府によってあおられている中国脅威論を粉砕していく。B〈西日本ネットワーク〉がつくられた。これをさらに強化し、市民の力で戦争を止める」。
政府の戦争を止める闘い
11月7日、高市首相は「台湾有事は(日本の)存立危機事態になりえる」と発言し、日本単独で戦争をする意思を示した。高市政権は非核三原則の「持ち込み」を容認する姿勢を示している。また、軍事費の対GDP比2%を2年前倒しで実施する方針だ。高市政権は戦争をすることによって、没落する資本主義経済を復活させようとしている。これを断じて許してはならない。
新たな反戦運動が各地でおきている。かつての戦争では、市民は戦争を止めることができなかった。過去の戦争を総括し、今度こそ、政府による戦争策動を市民の力によって止めよう。(寺田理)
4面
シンポジウム
「排外主義・軍事化といかに闘うか」
社会主義の理念でのインターナショナリズムを
11・23 京都
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| 会場一杯の200人が集まり、報告・討論に聞き入った(11月23日 京都市) |
11月23日、「排外主義・軍事化といかに闘うか」と題するシンポジウムが、京都市内でひらかれた。主催は〈反戦・反貧困・反差別共同行動in京都〉。パネリストは、鵜飼哲さん(一橋大学名誉教授)、駒込武さん(京都大学教授)、木戸衛一さん(大阪大学招へい教授)。現在、資本主義(新自由主義)がいきづまっているなかで、資本主義大国は植民地主義を復活させており、社会が右翼化している。これをいかに克服していくかについて、討論がおこなわれた。その要旨を報告する。
右翼化するG7の国ぐに
はじめに、3人のパネリストがそれぞれ問題提起した。
〈鵜飼哲さん〉
高市早苗が首相になり、日本に極右政権が誕生した。これにたいして、イタリアのメローニ首相は同じ女性右翼首相の登場に、大喜びをしている。現在、欧州全体がたいへん右翼化している。ドイツ(ドイツのための選択肢)、フランス(国民連合)、イタリア(イタリアの同胞)というように、極右が最大多数を獲得している。ドイツとフランスでは、野党が連立政権を組んで、かろうじて政権を維持している。
日仏合同軍事演習がすでに2回も太平洋でおこなわれている。内容は「外国からきたゲリラに拉致された人質を奪還する」というもの。フランスは太平洋に今も植民地を持っている。その植民地を守るために、日本の自衛隊が協力する。こんな演習がおこなわれている。日本もフランスも、植民地主義をまったく反省していない。この植民地主義こそが、国内の右翼化を引き起こしている原因である。
〈駒込武さん〉
高市首相は、「台湾有事は日本の存立危機事態にあたる」と言った。そもそも、日清戦争後の講和条約で、日本は清国から台湾を割譲した。その後、日本は1945年まで台湾を植民地支配してきた。このことが、今日の台湾を困難に追いやっている。高市首相はこの歴史を忘れている。
1949年からは、蒋介石が中国大陸から逃げて、台湾にやってきた。国民党政府は、もとから住んでいた台湾人にたいして白色テロ支配をおこない、台湾で中華民国を勝手に名のってきた。中華民国は辛亥革命の1年後(1912年)にできているが、1949年まで台湾人は中華民国を一度として経験していなかった。
1972年、日中共同声明において、中国政府は日本への戦争賠償請求を放棄した。これと引き換えに、中国共産党は別の利益を確保した。台湾の民衆は「このことで自分たちは中国政府から見捨てられた」と感じている。また、日本の人びとは「中国共産党は心が大きい」といって感謝した。このことによって、日本人民は戦争加害に向き合うことを放棄してしまった。
〈木戸衛一さん〉
ドイツでは社会の分断が大きくなっている。社会不安の中で、〈ドイツのための選択肢(AfD)〉の支持者が増えている。ウクライナ戦争がおきて以後、ドイツは軍事費をますます増強し、軍事力を強化している。今年5月、ドイツはリトアニアに5千人規模の連邦軍を派兵した。また、徴兵制の復活がささやかれている。
戦後、ドイツは「過去の克服」をおこない、世界で好意的に受けとめられてきた。しかし、イスラエルのガザ攻撃にたいして、ドイツ政府はイスラエルを支持した。パレスチナを支持する人びとにたいして「反ユダヤ主義」とレッテルをはり、これらの人びとを逮捕している。このとき、今までヘイトスピーチを取り締まってきた「民衆扇動罪」(ドイツ刑法130条)が、パレスチナ支持者に適用された。また、「武器なしに平和をつくる」という戦後ドイツの伝統的な平和運動はパレスチナ人から批判をうけて、存在感をなくしている。ドイツ政府は植民地主義を反省していない。いったい、ドイツはどこに向かうのか。
このあと、木戸さんが司会をおこない、3人の討論がおこなわれた。
新たな闘いがはじまっている
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| 鵜飼(右)、駒込(中)、木戸(左)の3人がパネル討論(11月23日 京都市) |
木戸 基調の提起をしてもらった。このなかで、とくに強調しておきたいところがあれば補強してほしい。
鵜飼 ヨーロッパは「ファシズム2・0」とも言うべき情況になっている。このなかで、新たな闘いがはじまっている。フランスでは、この運動を「新人民戦線」と呼んでいる。1930年代の人民戦線とは違う新しい人民戦線の運動だ。ドイツでも左翼党が復活し、「反ユダヤ主義」にたいする抗議運動がおきている。今日、パレスチナの闘いに連帯していくなかで、世界中の抵抗運動がはじまっている。この点が非常に重要なところだ。
駒込 参政党をめぐる動向に触れておきたい。反グローバル運動勢力の一部分が参政党に流れている。反グローバリズムが日本ナショナリズムに回帰している。これはヨーロッパの右翼運動でもみられる傾向だ。われわれは社会主義の理念にもとづいたインターナショナリズムを強調していく。このことが必要だ。
植民地主義を克服する
木戸 ヨーロッパの右翼運動のなかで、「ユダヤ的キリスト教的伝統」というフレーズが強調されています。このような伝統はあるのですか。
鵜飼 まさに真逆であって、こんなことはありえない。使用者の意図は「イスラム嫌い」という事だろう。フランスにおいても、右翼を支持している人びと(国民の30%)は、自国の植民地主義を反省していない。
木戸 加害者は被害者を批判できるのか。イスラエルによるガザ攻撃のなかで、ドイツはこの問題に直面している。
駒込 日本は、かつて中国を侵略した。しかし、わたしは中国政府を批判できると思っている。日本は台湾にたいして植民地支配をおこなった。台湾の歴史に日本が深く係っている。この歴史を知ることが重要だ。植民地にしていく過程で、日本政府は先住民を皆殺していった。先住民にたいする弾圧の歴史を知ること。そして、台湾の運命は台湾人が決める、このことを忘れないことだ。
木戸 かつて、帝国主義時代にドイツはアフリカのナミビアを植民地にしていた。ナミビアで「強制収容所」がはじめて造られた。ナチスがつくった「強制収容所」は、まさにナミビアの経験によっている。アフリカでおこなったことをヨーロッパでもおこなった。
では、われわれは植民地主義をどのようにのりこえていけばよいのだろうか。
鵜飼 ヨーロッパ的啓蒙主義だけでは不十分になっている。国際法を国内化し、主権国家の枠組みをこえていく必要がある。
駒込 国民国家が終点ではない。台湾は国連に加盟していないから国際法のなかで「国」とは認められていない。このことの問題を指摘しておきたい。つまり、「国」に属さない人びとは「人間ではない」という理屈で、国際法的に「無差別に殺してよい」という理屈をつくりだす。現在、イスラエルはガザでこれをおこなっている。
天皇制について
木戸 最後に、天皇制の問題について聞きたい。排外主義を問題にするとき、われわれはここを避けることはできない。
鵜飼 イスラエル人(シオニスト)は、「自分たちは何者なのか」、「何をしているのか」、このことをまったくわかっていない。シオニストは「虚偽意識のバブル」のなかで生きている。天皇制はこれと同じだ。天皇制がある限り、この「虚偽意識のバブル」は日本人のなかに存在する。この点を問題にしていかないと、日本の民主化はありえない。
駒込 1945年に台湾は日本の植民地支配から解放されるが、49年に国民党が台湾にやってきた。その後、台湾で天皇制批判がおこなわれた。このなかで「いまだ日本人民は血塗られている」と弾劾している。この天皇制批判は国民党政府からはげしい弾圧を受けた。蒋介石と毛沢東にたいする批判でもあったからだ。われわれは、このことをしっかり知る必要がある。
木戸 天皇制は選民思想であり、加害を正当化し、加害者を凶暴化させる。日本人民の手で天皇制をなくしていく。本日の討論のなかで、いろいろな課題が提出された。植民地主義を克服するために、排外主義の潮流に抗して闘っていこう。
5面
安田浩一講演会 東京
歴史否定と差別の現場を取材すること
11月29日、三多摩地域で「安田浩一『犠牲者と出会うための旅』 〜歴史否定と差別の現場を取材すること〜」と題するノンフィクションライター安田さんの講演会(実行委主催)がひらかれた。以下、講演内容を紹介する。
講演要旨
(講演等で喋っていると右翼的な人に罵声を浴びることがあるが)私は罵声に対しては罵声で対抗するようにしている。(現在の排外主義デマが蔓延する状況について)戦後80年の日本が生み出したのがこの程度の状況。埼玉県八潮市のパキスタン人の社長(来日して数十年間様々な仕事で財を成して現在は飲食店を経営)は、私が諫めなければいけないくらい「日本大好き」と言っていたが、最近の排外主義の噴出で「もう(日本での商売を)やめようか」と言っている。北海道江別市で何者かが中古車店にロケット花火を打ち込む映像(防犯カメラ)が報道されている。2009年の京都の朝鮮学校への右翼の脅迫、ウトロの放火事件を想起させる。
今治のタオル産業を支えているのはほとんど外国人。岡山のジーンズを除いて日本の地場産業と言えるものは外国人が支えている。岐阜県で大手アパレルの下請けで服を作っているメーカーで、パターンを起こして、ボタンをつける手前まで作るのに1時間かかる。大手からもらえるのは1着分750円。現地の最低賃金を下回っている。業界の集まりで社長が親会社の社長に改善を訴えると「選択肢が二つあります。一つは海外に生産拠点を移す。二つ目は、今の機材等を売却する」と言われた。
倒産しかないと思っていたらブローカーがきて、技能実習生を使えば最低賃金を大きく下回る人件費で仕事ができると提案された。その会社は技能実習生の待遇が問題となって結局廃業。福祉、製造業、サービス業等々、好むと好まざるとに関わらず我々は外国人に生かされている。第二次大戦中の米国で日本人がマンザナー収容所に収容されたが、収容されたのは日本人だけ。日本人に対して差別的なことを書いてある看板を、忘れないようにあえて残してある。差別と偏見の先にあるのは殺戮と戦争だ。
(戦時中の山口県宇部市の長生炭鉱事故犠牲者の遺骨が潜水調査で出てきたことについて)水没事故がなぜ起こったか。コストを掛けずに海底から37mという浅い所(当時の基準でも海底から47m以上の深い所を掘らなければいけない)を掘ったから。
事故に遭わずに助かった人は、海上の船の音が聞こえたことを妻に言うと直ちに仕事をやめるように言われたという。『特高月報』1939年11月・12月号に同炭鉱から17名の朝鮮人の逃亡の記録があった。1991年に〈長生炭鉱の「水非常」を歴史に刻む会〉が発足、産業報国会に事故の犠牲者の名簿があり、自宅住所に事情を書いた手紙を送ったら10通返事が戻ってきた。
韓国遺族会が結成され、それまであった慰霊碑ではなく、韓国遺族会側の意思を反映した日本人犠牲者(現場では管理職で抑圧する側)と朝鮮人犠牲者の名前を分けた慰霊碑が2013年にできた。〈刻む会〉の中心的な人が完成記念の会合で酒も入って喜んでいたら、韓国遺族会の皆さんの反応が冷たい。「碑を立てて終わりか?」と言われた(そこから遺骨回収の取り組みが始まった)。
坑口を開けるだけでも大変な手続きが必要だった。費用をクラウドファンディングで集めることができたが潜水調査自体が大変。あちこちで危険な潜水をしてきたダイバーが「こういう困難な潜水をやるのは自分しかいない」と手を挙げてくれた。余計な政治的背景がないから理屈をつけて撤収するということがない。日本政府は傍観を決め込んでいる。12月23日に政府交渉をやる。声を上げること、金を集めること、何よりもこの事実に向き合うことが必要。
雑誌の紹介
『現代思想12 特集・排外主義の時代』
青土社刊・1800円+税
日本階級闘争は石破自民党を少数与党に追い込こんだ7月参議院選挙から新たな段階に突入した。それは「日本人ファースト」を掲げ、日本の没落=「失われた30年」(賃金下落、日本の政治・経済的後退、1人当たりGDP32位など)の原因を外国人に求める参政党の躍進がもたらした影響だ。石破退陣を求める自民党右派の決起は任期途中での自民党総裁選となり、フルスペックの総裁選に5候補が立候補したが大方の小泉進次郎勝利の予測を覆し、極右高市早苗が初の女性自民党総裁となった。
この極右派の当選に連立与党の公明党が高市を嫌い政権から離脱。青ざめた高市は一方で国民民主に接近するとともに、より右派で議席多数の維新との連立協議をおこない、17項目の合意の元10月21日高市内閣を発足させた。首相選出直後に高市は派手な外交ショーを繰り広げ、臨時国会で好スタートを切り、小泉、鳩山に次ぐ歴代3位・75%の支持率を記録した。11月7日の「台湾海峡有事」答弁もこの高支持率・反中国扇動で乗り切りを狙っている。外交的には極めて厳しい環境にありながらも、自民党極右派・ネトウヨ・反動マスコミに助けられ、支配階級の政治の危機を排外主義扇動で乗り切ろうとしている。
@7月参議院選での参政党の圧勝 A自民党総裁選での小泉を破っての極右・高市の勝利 B旧来の政権の基本姿勢を超えた「台湾有事」答弁 C乗り切りの硬直姿勢と「反対する者は日本人ではない」とする反中国感情の鼓吹〜これがこの数カ月の政治的激動の姿である。
この排外主義の大洪水を巡ってネトウヨどもの攻撃に立ち向かい、心ある知識人やジャーナリスト・芸能人も声をあげている。西欧の右派ポピュリズムの分析をおこない、また窮地に直面するレイシズムの総本山・トランプの現状、ニューヨーク市長選に勝利したマムダニの闘いの紹介など、果敢な闘いが繰り広げられている。
そんななか硬派の雑誌『現代思想』が「特集・排外主義の時代」を刊行した。正直かつてのような言論界をリードする著名な文化人・学者ではない人々・研究者ではあるが、あらゆる角度から「排外主義の時代」に迫っている。評者の非力から20本近くの論稿を紹介することはできないが、いくつかの論稿を紹介しながら、ともに排外主義と闘う戦線を構築できたらと思う。
巻頭は「討論 序列化する社会に抗して 倉橋耕平・高橋幸」である。社会学・メディア文化論・ジェンダー論の研究者と社会学研究者の対談だ。2人の討論の中に、今日の日本社会・政治のはらむ問題点が表出されている。
まずは排外主義の現在地を、2007年頃からの「在日特権を許さない市民の会」からとらえ、この国の排外主義は「中国・韓国に対する嫌悪感の組織化」として押さえる。同時にこの頃から「ネット右翼」というSNSを使用する集団が現れる。
これへの反撃が各地で展開され、在特会は京都朝鮮学校や徳島県教組に対する襲撃(のちにN国になる部分もいた)などで逮捕者が出て停滞する。対抗行動はヘイトスピーチ禁止条例などを制定し運動と規制をおこなう。挫折したレイシストは次に矛先を川口市のクルド人問題に移す。と同時に選挙での街頭宣伝方式と、兵庫県知事選以降のネットと「犬笛」を駆使するようになる。
国政選挙時、全国で外国人居住区へ押しかけ、大都市での街頭演説での排外主義攻撃をしたのが参政党の「日本人ファースト」である。単に韓国・中国、クルド人に対する憎悪組織化から、「失われた30年」の原因を外国人に求め、日本は素晴らしい国・侵略戦争ではないという歴史修正主義と一体となり、「日本はスゴイ」「外国人は二級市民」という序列付けが、偏差値・格付け世代に浸透していく。さらにそれを国家レベルの戦争的対立に高めるのが、高市の「台湾有事」「中国敵視」である。
次にスリランカ人ウイシュマさん問題に典型の「高まる外国人の『処分可能性』」として鈴木江理子(移民政策・人口政策研究者)が論じている。「好ましい外国人」と「好ましくない外国人」の線引きをする「出入国管理及び難民認定法」を取り上げる。ここでは「在留資格の取り消し」「難民申請者の地位の不安定化」「法的地位の不安定化」が論じられている。そして「進まぬ外国人の権利拡大」の項では、国際人権規約や難民条約の発効により公営住宅への入居、国民健康保険や国民年金の加入、児童手当の受給などの権利が(生活保護は「準用」)外国人にも認められるようになったことを明記しているが、レイシストたちはこれを「特権」というわけだ。
他にも16本の論考がある。評者の力と紙数上、全部紹介することができないが、ぜひ手にしてこの国で排外主義と闘う共同戦線構築の一助にしてもらえたらと思う。(Q)
6面
立花孝志逮捕・起訴で窮地
違法2馬力選挙の斎藤知事は退陣を
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| くりかえしおこなわれる県庁包囲ヒューマンチェーン(9月18日) |
立花逮捕・起訴でN国壊滅へ
兵庫県知事選から1年の11月9日、ついにデマとフェイクと犬笛で兵庫県政をかく乱してきたN国党党首の立花孝志が逮捕された。当初立花周辺の支援者、ホリエモンや福永弁護士らは48時間で釈放、名誉棄損で逮捕は人権権侵害などと言い張ったが、起訴され、他案件も次々立件され、有罪になれば現在の執行猶予は取り消され、長期にわたる拘禁生活は避けられない。このためN国の唯一の国会議員はいち早く離党し自民党との会派も解消。「みんつく党」・「NHK受信料不払い」など他の案件でも次々と立件が避けられず、N国は雲散霧消寸前だ。さらに立花は膨大な借金から逃れるため自己破産の手続きを始めたという。
立花が権勢をふるってきたのは、自称「法律に詳しいから逮捕されない」という言動と、一定数のN国信者を使ってのネット攻撃・犬笛に他ならない。
その際最大の効果を発揮したのが24年11月兵庫県知事選だ。当初から当選目的ではない、斎藤さんは悪くないという2馬力選挙を実施。これに繋がる維新県議らが立花に様々の情報を提供し、兵庫県知事選はウソとデマが席巻し、斎藤元彦の勝利となった。その原動力・張本人である立花が立件されたのだ。
斎藤知事は関学大で授業できず
斎藤県知事は「最終的には司法の判断」と、百条委員会や第三者委員会の報告を完全に無視したが、相棒の立花が逮捕され全面自供で有罪になれば、当然にも斎藤の責任が問われる。111万票という知事選空前の得票を得ながら、まともな記者会見一つできず、1年たっても県民の信認は得られていない。11月下旬には斎藤の総務省時代の部下である関学大教授が斎藤の公開講座を企画したが、抗議の声が拡散し関学大法学部長は不承認のメッセージを発し、斎藤は関学大上ヶ原キャンパスに登場できなかった。
私人逮捕でも立花ら送検
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| 抗議する人に車上から私人逮捕を指示する立花孝志(6月15日尼崎塚口さんさんタウン) |
立花のここまでの暴挙の増長は、当初県選管・県警らが市民の抗議の声を過少評価し見過ごしてきたことにある。死亡した竹内県議への集中攻撃、奥谷百条委員長の自宅突撃、さらにはネットによる犬笛は、竹内夫人の刑事告発・今回の逮捕までやむことはなかった。さらには立花のデマ宣伝への抗議行動には、選挙妨害として「私人逮捕」で威嚇し、6月尼崎市議選ではそれを実行した。現場では私服警官が制止しているのに、立花の指示のもと「討伐隊シロー」らが暴力をふるった。竹内夫人が告発するまではこの乱暴狼藉が横行した。
立花の言動に触発されて、全国でネトウヨらが街宣活動と称してヘイトスピーチが繰り返され、それを国政選挙で実施したのが参政党だった。
しかしながら、この元祖ネトウヨ・立花らの乱暴狼藉に粘り強くカウンター行動を闘った市民の力で、遂に立花とN国党は壊滅寸前に追い込まれた。既に石丸現象は消滅し、猛威を振るったネトウヨどもへの反撃は着実に広がっている。次は斎藤県知事だ。警察・検察に頼るのではなく、市民の粘り強い持続的な闘いが必ず斎藤を倒すことを確信し闘い続けよう。(久保耕一)
兵庫県庁不当弾圧事件で有罪
72日間勾留と罰金10万円
11月27日
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| 神戸地裁の不当判決を門前で弾劾(11月27日神戸市) |
11月27日、請願のため兵庫県庁に行き、短時間拡声器を使用した大学生の判決が神戸地裁であり、入子光臣裁判長は求刑通り建造物侵入罪で罰金10万円を言い渡した。弁護側は斎藤知事に辞職を求める請願行為だと主張していたが、入子裁判長は「抗議活動が目的だった」とした。罰金10万円は未決勾留期間が72日間あり、1日当たり5000円の補償金と相殺されるので支払う必要がないものだ。
裁判後、近くの婦人会館で報告集会がおこなわれ50人が参加した。北本修二弁護士の説明によると、検察も裁判長も最後まで業務妨害を立証できなかった。業務ひとつに支障があったことの証明がなされないまま、「職員の業務に支障を来しかねない恐れがあり許されないだろう」などと憶測の判決文を読み上げたのだ。
また、庁舎管理規則は法律や条例ではなく単なる規則だ。ただの規則を知事と管財課長が拡大解釈して警告することもなく、規則違反であることを知らされず規則違反が法律違反に変換されて、72日も勾留されて、有罪にされている。
斎藤元彦兵庫県知事を批判する人々には、少しでも法規・規則に違反するなら、逮捕・勾留し無理やり有罪にしてしまうことが問題である、と述べた。
庁舎管理規則の違反は「退去を命じることができる」のであり、退去を命じないままの建造物侵入罪はありえない。拡声器の使用は、通例「迷惑」をかけ「使用中止」の警告がなされない限りの使用は合法でこの件ではいっさい警告などなされていない。県庁への立ち入りは、一般市民も斎藤支援者も斎藤反対派も、もちろん合法である。
あともう一つの矛盾は、斎藤知事派の大勢の人がアポなしで県庁ロビーで奇声をあげても許されている。政治的公平性に欠いている、この点について裁判長は「抗議目的の立ち入りと大きく異なる」と判決文に書き、裁判所が斎藤の味方であることをはしなくも暴露した。
このように問題だらけで納得しがたい判決で、控訴するかどうかは判決文をじっくりと読んで判断したいとのこと。11・27不当判決を徹底弾劾し、兵庫と兵庫県政に自由と民主主義と人権を実現していこう。(大北健三)
7面
第6回大逆事件サミット 岡山10月25〜26日
100年後を考える運動を
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| 井原市長ら200人が参加し盛りあがる |
10月25日〜26日、岡山県井原市で第6回大逆事件サミットが開催された。事件から100年目の2011年高知県四万十(中村)市で第1回が開催されて以降、コロナ禍もこえて2〜3年に1回サミットが開催されてきた。前回は2023年10月神戸市で開催。今回はかねてから開催が望まれていた森近運平の故郷=井原市での開催となり、地元市長・市議らこれまで最高の200人以上が参加する盛況となった。
森近運平は岡山県農学校を卒業し、農事試験場や県庁に勤め、農業の振興に尽くしてきた。その中で「農業は社会主義のもと改良進歩がある」との考えに至り、幸徳秋水・堺利彦が始めた『平民新聞』の発行に協力してきた。しかし弾圧・『平民新聞』廃刊のあと1909年に岡山に帰郷し温室園芸に従事中、大逆事件に連座し1911年に刑死となった。
「天皇暗殺」とは何の関係もなかった典型的な冤罪であったが、大逆事件ということで刑死後は森近に触れることはこの地ではタブーとなった。しかし戦後幸徳秋水の故郷の土佐・中村に住み無罪を訴えてきた坂本清馬が、1961年に森近運平の妹=栄子さんと出会い一緒に再審を求めた。1960年代に中村で「大逆事件の真実を明らかにする会」が発足。大河内一男(元東大総長)・塩田庄兵衛(元東京都立大学長)ら多くの弁護士・学者・歴史家・文化人が大逆事件の権力犯罪性に目を向け犠牲者救援の運動を広く展開した。
しかしながら再審請求は65年12月に棄却され、最高裁への特別抗告も開始されず、坂本清馬も亡くなる。しかしその後中村市で幸徳秋水を顕彰する活動が続けられ、中村には幸徳秋水顕彰の碑が建てられた。また和歌山県新宮市でも大石誠之助ら6人の犠牲者の名誉回復を実現する運動が粘り強く続けられ、大石誠之助は名誉市民となった。大逆事件サミットはこれらの運動を受け継ぎ、2011年の高知県四万十市(中村、幸徳秋水の故郷)を皮切りに、福岡都町(堺利彦)、大阪(管野スガ)、新宮(大石誠之助ら)、神戸(岡林寅松、小松丑次)で開催され、今回念願の岡山県井原市開催となった。
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| 辻本・山泉・森山さんがパネル (10月25日 岡山県伊原市) |
サミットでは地元・岡山井原市の森山誠一さん、東京から山泉進さん、新宮の辻本雄一さんが討論。前記サミット開催地以外にも、東京・長野・京都などで大逆事件を糾弾し犠牲者を救援する団体と、海外(オーストラリア)からも参加者があった。参加者が過去最高なのは、高市政権成立とともに「スパイ防止法」の制定が叫ばれる時勢に抗してか。 各地からの報告では四万十市の元市長・田中全さんから、坂本清馬の記録映画『いごっそう革命児 坂本清馬』の製作が進行中で、完成すれば上映運動を全国で展開したいと報告があった。大逆事件から115年。いまだ、袴田事件・狭山事件・大川原化工機事件など権力犯罪・冤罪事件が止むことはない。再審法の改正が求められているのに、反動的論議が続いていると聞く。その上スパイ防止法の制定も叫ばれる。幸徳秋水は「小さなことにくよくよせず、100年の先を考えよう」と刑場に赴いたが、100年後の私たちは、いまだ彼らの願い届かずの思いを胸に、闘いを持続していこう。(松田耕典)
いらんちゃフェスタ
京都を出撃基地にするな
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11月9日、米軍Xバンドレーダー基地がある、京都府の最北端=京丹後市内において、「米軍基地いらんちゃフェスタ2025」がひらかれ、丹後文化会館に450人が集まった(写真)。主催は、米軍基地建設反対丹後連絡会、米軍基地建設を憂う宇川有志の会。
冒頭、米軍基地建設を憂う宇川有志の会代表の増田光夫さんがあいさつ。「新しい戦前が始まっている。戦前の教訓をふまえ、隣人、子ども達に戦争してはいけないと語っていくことが重要だ」と強調した。
本集会のスローガン「京都を出撃基地にするな!」のもと、京都府各地で進む戦争体制作りに対して、府下4地域から現地報告がおこなわれた。
@京都・祝園ミサイル弾薬庫問題を考える住民ネットワーク(ほうそのネット)から副代表の神田高弘さん、A憲法・平和舞鶴ネットから小西洋一さん、B福知山平和委員会・北部平和ネットから水谷徳夫さん、C米軍基地建設を憂う宇川有志の会から永井友昭さん。
永井さんは、「今日の集会を起点に、日本は戦争しない、米軍基地はいらないという私たちの思いを京丹後全体と全国に発信して高市政権の進める軍拡にノーを突きつけよう」と訴えた。
協賛団体として@米軍Xバンドレーダー基地反対・近畿連絡会、A止めよう!経ヶ岬の米軍レーダー・危険な戦争準備を許さない緊急京都府民の会、B米軍基地いらない京都府民の会、が発言した。
最後に行動提起があり、市内デモに出発した。
米軍基地前で抗議集会
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| 京丹後市内をデモ行進(11月9日) |
いらんちゃフェスタに先だって、午前中、同市経ヶ岬にある米軍Xバンドレーダー基地のゲート前で、抗議行動がおこなわれた。主催は、米軍Xバンドレーダー基地反対・近畿連絡会。
10年以上、毎日、米軍Xバンドレーダー基地の監視活動を続けている地元の永井友昭さんがかけつけあいさつ。米軍Xバンドレーダー基地反対・京都連絡会、南西諸島への自衛隊配備に反対する大阪の会、ほうそのネットが発言。
ほうそのネットの神田さんは、「ミサイル弾薬庫増設は止められる。財源の根本を断とう。軍事費削って増設止めよう」と訴えた。
(闘争案内)
なかったことにはさせない?今も続く女性差別と性暴力〜日韓合意から10年〜
講師:深沢潮さん
とき:12月18日(木)午後6時半
ところ:ドーンセンター特別会議室
主催:日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク
伊方原発このまま廃炉!伊方原発現地集会
とき:12月20日(土)
午前10時 伊方原発ゲート前
正午 九町にて街宣行動
主催:伊方から原発をなくす会
「被爆80年・敗戦80年 ストップ軍事力強化 核廃絶へ」討論集会,br> とき:12月21日(日)午後1時半〜4時
ところ:阿倍野市民学習センター・第一研修室
呼びかけ:非核・平和のひろば 〜ノーモア・ヒバクシャ 核廃絶を〜
天皇制と治安維持法の100年
講師:矢野宏さん(ジャーナリスト)
とき:12月23日(火)午後6時半
ところ:エルおおさか701
主催:参戦と天皇制に反対する連続行動
福井原発訴訟(滋賀)判決
とき:12月25日(木)午後2時
ところ:大津地裁
2026 元旦行動
とき:1月1日(木)午前10時
ところ:大阪府警本部前
主催:労働組合つぶしの大弾圧を許さない実行委員会
武器をイスラエルに送るな 安保理決議反対 米領事館前抗議行動
とき:1月9日(金)正午〜午後1時
ところ:米領事館前(大阪市北区)
主催:ひとりから私から行動を平和市民アクション/関西ガザ緊急アクション
世界の核惨事と放射能ヒバク〜隠されたヒバクの恐ろしさ〜
とき:1月17日(土)午後2時半〜4時半
ところ:大阪市北区・国労大阪会館1Fホール
主催:脱原発政策実現ネットワーク関西・福井ブロック
玄海原発控訴審判決
とき:1月20日(火)
午後2時半 行政訴訟(国)判決
午後2時45分 全基差止(九電)判決
午後3時 記者会見・報告集会
核問題特別委員会 公開講演会
講演:鴨下全生さん(福島原発被害東京訴訟原告)
津久井進さん(原発賠償ひょうご訴訟弁護団長)
とき:2月21日(土)午後2時〜4時半
ところ:大阪クリスチャンセンター1階大ホール
主催:大阪教区核問題特別委員会
8面
知花盛康さんを追悼する
昌一さんとともに読谷村で闘う
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2025年11月22日に知花盛康さんが大腸癌で亡くなりました。79歳でした。ここに心から哀悼の意を表したいと思います。
知花盛康さんは知花昌一さんと共に知花闘争を担い、その核心にしっかりと座って采配を振るい、昌一さんの闘いを支えました。
知花闘争とは1987年10月26日に沖縄県の読谷村で開催された第42回国民体育大会(沖縄国体)のソフトボール会場に掲揚された日の丸を知花昌一さんが引き下ろして焼き捨てた闘いを契機に、その裁判闘争を基軸にしてそれと関連して展開された大衆闘争の総体を指します。沖縄国体が打ち出される数年前に昌一さんや盛康さんら読谷村の青年有志で結成された〈平和のための読谷村実行委員会〉は様々な平和運動・活動をおこなっていました。そこへ沖縄国体ソフトボール会場への日の丸掲揚問題が巻き起こってきました。日本帝国主義による琉球差別や2千万人にも上るアジアの人達を虐殺した侵略戦争の象徴である日の丸をソフトボール会場に掲揚するのは絶対に許せないということで、昌一さんと盛康さんを先頭にして〈平和のための読谷村実行委員会〉は立ち上がり、ソフトボール会場前で他の抗議団と共に抗議行動を展開しました。その中から昌一さんは並々ならぬ決意を胸に秘めて日の丸焼き捨ての単独行動に決起したのです。警察は大ショックを受けて昌一さんを現場逮捕しようと必死になったが、昌一さんは支援の連係プレーでいったん現場から逃れることが出来ました。昌一さんを現場逮捕できなかった警察は昌一さんの逮捕を妨害したとして、公務執行妨害罪をデッチ上げて盛康さんを不当逮捕しました。
盛康さんの裁判は本人のデッチ上げに対する心底からの怒りと不退転の決意に満ちた闘いを軸に弁護士の粘り強い援護と現場で支援の人が撮った盛康さんの無罪を決定的に示すビデオの提出、そして多くの支援の人達の力で「警察官の供述は信用できない」として完全無罪を勝ち取りました。この過程で、お連れ合いの艶子さんが子どもたちを育てながら気苦労も重なりお疲れのようでしたが、盛康さんへの差し入れと面会に歯を食いしばって通い続けるお姿は感動的でした。艶子さんのこうした支えは獄中の盛康さんにとって力強い励ましになったのではないでしょうか。
盛康さんのがっちりした体格と重厚な風貌、太い声でぼそぼそとしっかりした口調で話す語り口、どっしりと腰を据えて落ち着いた態度で行動する在り方は、人に対する優しさと人間性の破壊に対する根底的な怒り、そして不動の信念を感じさせるものがありました。
何よりも盛康さんが知花闘争の核心にでんと構え、昌一さんをしっかりと支え、運動と闘いの中で振るう采配の仕方は目を見張るものがあり、尊敬の念を禁じ得ませんでした。知花闘争は1972年5・15のペテン的「返還」後における沖縄闘争の中でCTS闘争を引き継ぐ歴史的な闘いであり、その精神は現在の日本帝国主義の対中国戦争政策における新たな沖縄戦を阻止する闘いに貫かれています。辺野古新基地建設阻止の闘いやミサイル基地を基軸とした対中国戦争へ向けた出撃拠点設置による琉球弧の戦場化を阻止する闘いを通して、琉球の歴史的解放と日本帝国主義打倒=日本革命へと発展させていく必要があります。盛康さんの優しさと厳しさに相呼応し、知花闘争で示された盛康さんの采配の仕方を学んで今日的に生かしながら闘っていきたいと思います。
盛康さん、どうかニライカナイから私たちの闘いを見守ってください。 合掌
座喜味盛純
訃報 藤尾周作さん
兵庫県自立教育労働者組合元委員長で、私たちの運動に長年にわたって様々な協力をいただいた藤尾周作さんが12月2日に75歳で亡くなった。
藤尾さんは戦後間もない1950年生まれ。当時大流行したポリオ(小児麻痺)に罹患し、生涯にわたり右足に装身具をつけての歩行となった。大学では理学部数学科で学び、当時の学生運動を支持した。卒業後は丹波地方を中心に生涯数学教師として、持ち前の正義感から組合活動・仲間づくりをおこない、同僚や教え子から慕われた。
1990年代初頭、市立尼崎高校で障害を持つ生徒を不合格にする事件が起こったが、市尼高校の自立労組に結集する3教員と藤尾さんら自立労組の奮闘が1年後の勝利に繋がった。委員長時代は丹波から神戸まで出てきて組合指導に当った。定年後は趣味の囲碁道場と丹波の「九条の会」運動を牽引した。
困難を押しての長い間のご協力、本当にありがとうございました。
大久保一彦
NY市 マムダニの勝利
雑誌『地平』1月号 内田聖子論稿より
11月4日ニューヨーク市長選で、米国民主社会主義者のゾーラン・マムダニ(34才)が「家賃を凍結」「公共バスを無料に」「富裕層に課税を」掲げて当選した。マムダニはイスラム教徒で移民である。さらに、西部ワシントン州シアトル市長選で社会主義者と名乗るケイティ・ウィルソン(43才)が、生活苦改善・富裕層課税などを掲げて勝利した。すばらしい。横暴なトランプ専制政治を覆す闘いの始まりといえる。
マムダニの勝利について、『地平26年1月号』の内田聖子さんの論文に詳しく書いてあるので内容を紹介する。
専制政治から希望の政治へ
826万人の市民の多くが、家賃や物価の高騰、トランプ政権下で強まる移民排除と差別に直面している。それに対し、マムダニは「専制政治から希望の政治へ」というビジョンを掲げて勝利した。
マムダニの公約集には、さまざまな政策が詳細に提示されている。例えば2030年までに市の賃金水準を時給30ドルまで引き上げることや、中小企業支援のための予算を500%増やすなど。どの政策も、すべての市民を政治的・経済的苦境から守り、国家や大企業に対峙する内容である。
テックワーカーたちが支援
ニューヨーク市はアマゾンやグーグル、メタ、マイクロソフトなどの重要拠点である。
2025年7月時点でグーグルの一般従業員からマムダニへの寄付は約4万500ドルで、他の企業や団体よりも多かった。メタの従業員やアマゾン従業員からの寄付もある。マムダニが集めた個人寄付は399万3501ドル(約6億2150万円)で、寄付者の内99・5%が少額の寄付者だった。テックワーカーを中心に草の根の市民が支えた選挙戦だったといえる。「テック業界で高級を得ている人であっても、ニューヨークで住宅を購入するのは難しいという現実があり、マムダニの『手頃な価格の住宅』は、若いテックワーカーたちにも響いた」のだ。
テックワーカーたちがマムダニを支援したもう1つの背景には、この数年、ニューヨーク市で起こった様々な運動がある。
2021年アマゾンの倉庫では、労働者が待遇改善や正当な報酬を求め労働組合を結成しようと試みたが、アマゾンはこれをあらゆる手段で阻止しようとした。また2024年、グーグルがイスラエルと交わしたクラウドコンピューティング契約をめぐり、同社のニューヨーク市オフィスで従業員が座り込みの抗議行動をおこなった。イスラエルに提供される監視技術によってパレスチナ人が攻撃を受けているため、従業員たちは「私たちは人を殺す技術を開発しているのではない」と契約破棄を訴えたのだ。その従業員たちはデモ直後に解雇された。
都市の貧困
さらに、ニューヨーク市には、医療や福祉などの公共サービス、十分なインターネット環境が整備されていない貧困層や移民のコミュニティも多い。こうした地域で、支援してきた草の根の団体や活動家たちもマムダニを支持した。
無権利な労働者や移民を守る公約
マムダニの公約には「プラットフォームビジネスの搾取から労働者を守る」というのがある。ウーバーイーツやドアダッシュなどの配達アプリ業界の配達員への支援拡大策(安全確保など)を打ち出している。トランプの移民強制送還策から市民を保護する方針を明確に打ち出している。
内田さんは、「マムダニのビジョンは、個別の政策実現を超えた『都市のあり方自体の変革』である。…国家の壁は厚く、自治体だけで実現できる政策には制約があり、またすさまじい抵抗が多方面から起こることは間違いない。しかし、大企業や国家を恐れないフィアレスシティ(恐れない都市)の先頭にニューヨーク市が立ち、…そのネットワークが各国・各地に広がることを願う」と締め括っている。こういう闘いに私たちも学ばなければいけない。
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