未来・第426号


            未来第426号目次(2025年11月20日発行)

 1面  生活破壊と軍事大国化の高市内閣
     原子力潜水艦建造・核武装・武器輸出許すな
     原発つづけるための乾式貯蔵NO!
     11・30高浜現地全国集会へ

 2面  狭山事件の再審を求める市民集会
     家令裁判長は証拠調べを
     10・31東京

     狭山市民の会
     ハナマダンに出店
     11・2尼崎      

     生活保護基準引き下げ違憲訴訟
     最高裁判決の意義を広めよう
     11・3尼崎

 3面  《シリーズ 安保3文書研究 B》
     日本の軍拡と軍産学複合体
     栗原瞳

     トランプ来日反対・新首相&天皇会談反対

 4面  「日の丸・君が代」強制反対!
     「10・23通達」撤回!
     10・26東京

     アジア初の脱原発=台湾から来日(下)
     東京・大阪で講演会を開催  

 5面  〈投稿〉
     全学連矢嶋委員長声明を読んで
     被差別当該を抑圧した革共同
     五井洋子

     極右が「移民政策反対」デモ
     参政党との対決を

 6面  古代文明から学ぶ(上)
     国家なき「文明」社会
     崎山洋

    (映画評)
     『非常戒厳前夜』
     監督: キム・ヨンジン 2025年

     (連載)
     連載 私が推す労働運動関係のほん(最終回)
     大庭伸介

 7面  〈寄稿〉
     手話で語る講演会 9月23日大阪
     「手話と私」(下)
     杉村尚子

 8面  砂川闘争70周年記念トークセッション
     とどけ平和の声
     10月18日立川

     冬期カンパアピール
     高市政権との闘いに      

           

1面

生活破壊と軍事大国化の高市内閣
原子力潜水艦建造・核武装・武器輸出許すな
原発つづけるための乾式貯蔵NO!
11・30高浜現地全国集会へ

11・3大阪憲法集会に2500人

通例扇町公園の集会が、今年は中之島公園で開催。高市政権の発足で憲法改悪と軍備拡大への危機感で2500にんが集まり会場一杯となった。写真は、上が演壇右側(西側)、下が演壇左側(東側)(11月3日 大阪市)

高市内閣が「強い日本をつくる」と軍事大国化・戦争をする国へのめりこんでいる。最大のものは「台湾有事は存立危機事態になりうる」との11月7日予算委員会での答弁だ。これは歴代内閣が明確に示すことを避けてきたものを、「高支持率」と党内右派分子の勢いを借りて、自らの極右性を暴露したものに他ならない。他にも、日米同盟の強化のもと、「安保3文書・軍事費のGDP比2%の前倒し」「国家情報局創設」「次世代動力(原子力)潜水艦建造」「防衛装備品輸出3原則の改廃=殺傷力ある武器輸出」と枚挙にいとまがない。さすがに「台湾有事」発言は本音を語ったものとして外交的にもまずいとなり、歴代内閣の見解を踏襲すると軌道修正したが、高市内閣こそ「台湾有事」をあおった安倍・麻生政権の継承者であることを暴露した。

期待値としての高支持率

この高市内閣が各種世論調査では、小泉、鳩山内閣に次ぐ支持率を誇っている。しかしながらこれは、初の女性宰相、2世・3世政治家でなく、東大卒の官僚でもなく、普通の家庭に育った勉強家・努力家としての期待値である。就任1カ月弱、飛び跳ねる派手な外交ショー、「働きまくる勉強家」として所信表明演説をおこない、野党の愚問に助けられて予算委員会を乗り切った。しかし自民党の支持率は上がらず、11月9日投開票の江戸川区区議選では自民党は17人擁立し10人当選の惨敗(野党の公明党は8人当選)で、決して高市内閣は支持されているわけではない。
さらに党内基盤は脆弱で統制が利かず、黄川田沖縄・北方大臣の失言、裏金議員の擁護には批判がやまず、そして少数与党としてすがった「N国党」は、立花孝志が人民の怒りの前に逮捕と、わずか1カ月で支配のほころびが散見し始めた。
またトランプにすがれば大丈夫と飛び跳ねたが、トランプには中間選挙を前に落日の影が。ニューヨーク市長に民主社会主義者が当選した姿は、トランプにすがる各国支配者の明日の姿だ。
更に連立相手の維新は共同代表の金銭問題が噴出し、議席削減には赤信号が。高市内閣との対決を強めよう。

緊急経済対策は実体ナシ

所信表明ではまず緊急経済対策と言ったものの、困窮する生活苦を突破する大規模な施策は何もない。ガソリン税減税は年内合意したが、年間わずか5000円ほどだ。高市が公約としていた食料品消費税減税(5兆円規模)は放棄。同じく2万円の緊急給付金もなし。円安・インフレ基調は変わらず、賃上げを上回る物価高には打つ手なし。そして歴代自民党政権がおこなってきた猫の目農政は、前農相と新農相が増産から減産へ180度方針転換し、米価は高止まりどころか5キロ5000円になろうとしている。
更に労働行政では、残業規制の撤廃に走り、再度過労死を多発させようとしている。また医療の縮小も激しい。許されることではない。

軍事大国化に人民の反撃を

このような経済無策だが、軍備拡張だけは天井知らずだ。防衛省有識者会議(誰が構成メンバーかは秘匿)は榊原元経団連会長を先頭に、軍需拡大に全力投球。特に「次世代動力」の潜水艦建造と武器輸出には、財界の意向・維新との政策協定・トランプの容認が一体となり、「原子力を排除しない」(小泉防衛相)と、一気に留め金を外そうとしている。
造船能力がゼロ化しているアメリカを尻目に、中国・韓国に次いで造船力を持つ日本は、三菱重工・川崎重工・IHIといった軍需産業が大幅受注増、株価爆上げだ。特に潜水艦建造は、三菱重工・川崎重工が世界最高水準で、通常型でも海中から空中にミサイルを飛ばすSLV型建造に踏み出した。そして動力源を原子力にしてSLBMを発射すれば世界有数の実戦的な軍事大国となるのだ。
このような軍備増強の中で、「南西シフト」で琉球弧に米軍基地と一体で自衛隊基地を建設し、最新兵器が配備されていく。10月末までの自衛隊統合演習(JX)は史上最大の日米豪演習で5万人以上が参加した。九州各地の基地群(宮崎新田原、佐賀空港オスプレイ、大分日出生台など)のフル稼働の上に、熊本健軍駐屯地には12式ミサイル=能力向上型が配備されようとしている。全国に弾薬庫を増設し、先制攻撃(敵地攻撃)のミサイルを配備し、前線に輸送する。
これに対し10・19祝園闘争は、沖縄・西日本ネットワークの力で2700人が結集する大闘争となった。11月9日熊本健軍駐屯地への長射程ミサイル配備には、地元商店街・アーケード内に1200人が集まり、説明会開催を求め、高市・小泉を揺り動かし始めている。
原子力潜水艦建造にも怒りが噴出する。原潜建造は神戸港の三菱・川重の潜水艦造船所以外ではできない。その神戸港には「非核神戸方式」があるが、これの破壊のため米艦船の入港が狙われている。祝園のミサイルは神戸港から沖縄に運ばれる。原子力基本法には「平和利用」があり、軍艦への起用は法律違反で、原潜建造は核武装に一直線だ。反原発闘争とも連携し、許してはならない。
沖縄では沖縄を再び戦場にする攻撃=辺野古新基地建設・自衛隊南西シフトに対し、首長選で敗北が続いたが、与那国町長選から、潮目が変わった。全国の反戦・反基地のうねりを、26年1月名護市長選に繋げよう。西日本各地の闘いを先頭に、高市戦争内閣と対決する運動を創り出そう。

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2面

狭山事件の再審を求める市民集会
家令裁判長は証拠調べを
10・31 東京

車上から訴える石川早智子さん(10月31日 東京)

10月31日、「石川一雄さんの雪冤を! 東京高裁は再審開始を!」求める市民集会が東京・芝公園で開催され、九州・四国など全国から1200人が参加しました。主催は、狭山事件の再審を求める市民集会実行委員会。
音楽ユニット〈公園でchill〉がプレイベント。
開会あいさつ(部落解放同盟)、つづいて各政党代表(立憲・国民・社民・れいわ)のあいさつと国会議員の紹介。

石川早智子さんが登壇

本年3月、62年間無実を訴え、生涯をかけて権力のでっち上げ犯罪を告発・断罪してきた石川一雄さんの無念の死、その遺志を継ぎ狭山事件第4次再審の請求人となってたたかう妻の早智子さんが登壇。一雄さんの逝去後にみつかった短歌を紹介。一雄さんが狭山をたたかうすべての人とともにあり、見守っていること、一雄さんの無念を晴らすまで闘うと切々と訴えました。
弁護団報告・基調報告をはさんで冤罪被害者=青木惠子さん(大阪・東住吉事件)、西山美香さん(滋賀県・湖東記念病院事件)が連帯アピール。
〈狭山事件の再審を求める市民の会〉鎌田慧さんは、第4次再審請求で開始した新百万人署名21万筆を作家の落合恵子さん、評論家の佐高信さんとともに東京高裁に提出し、事実調べをおこなうよう要請したことを報告。
集会後、参加者は芝公園から日比谷公園までのデモをやりぬき、有志が「地べたの法廷(裁判所門前行動)」で東京高裁第4刑事部(家令裁判長)に「事実調べ・再審開始を」の呼びかけの声を直接届けました。

家令裁判長は事実調べの決断を

警察・検察が己の失態や自己保身のために冤罪を生み出してきたことは、袴田事件や福井女子中学生殺害事件など再審・無罪の判決で裁判所によって厳しく指摘されています。 法の正義=公平・公正を歪めているのは、戦争と差別、人権抑圧の金権腐敗(裏金・統一教会カルト)自民党政権と結託して権力の一角を占めてきた最高検・最高裁の自己中官僚であることはあきらかです。それは袴田事件の無罪判決をうけた静岡県警本部長と検事正が袴田さんに直接謝罪をおこなったにもかかわらず、最高責任者の畝本検事総長が「到底承服できない」と不満の談話を出したことに示されています。狭山弁護団の報告によると、検察は家令裁判長が退官前に判断を下すことを回避するための「引き延ばし作戦」に出ています。狭山事件担当の吉波・田澤の両検察官は、自民の裏金議員を不問に付した直後に検事総長に就任した畝本に忖度するのをやめ、石川一雄さん「無実の証拠」をすべて開示し、再審に同意せよ。家令裁判長は、退官の置き土産に門野裁判長が「証拠開示」に道をひらき、大野裁判長が弁護団によるプレゼンテーションを提案した例にならい来年3月の定年退官までに証拠調べに着手して再審の門を開くこと。それが民意であることを自覚して「あとを濁さない」退官を迎え、法の正義が死んでいないことを示してほしい。

「再審法改正」議員立法での成立を

狭山第4次再審請求と車の両輪としてたたかわれている「再審法改正」をめぐる動きが緊迫しています。
再審法改正を求める超党派の議員連盟による法案提出(6月18日、野党6党=立憲・国民・社民・共産・れいわ・参政)の動きをつぶすため法務省が「法制審議会」をもうけて急ピッチで審議をおこない、「証拠開示の制限」などを盛り込んだ改悪法案の国会提出をもくろんでいます。 
今の臨時国会で、議員立法による成立が決定的に重要となっています。日弁連や再審法改正をめざす市民の会、冤罪とたたかう仲間と連帯したたかいぬこう。(平井二郎)

狭山市民の会
ハナマダンに出店
11・2尼崎

署名・パンフ販売のテント。作業所の野菜がたくさん売れた(11月2日 尼崎市)

11月2日、尼崎市役所横で第16回ハナマダンが開催され、在日朝鮮人や日本人など1000人が参加した。朝鮮の歌や踊り、日本人側の出し物、各種料理などに多くの人が交流を深めた。「狭山事件の再審を求める尼崎市民の会」は例年のようにテント1張りの中に、署名やパンフを並べた。特に恒例の作業所の野菜販売は今年も好評で2万円近くの売り上げ。狭山パンフも売れ、署名も集まり、交流の深まった有意義な1日であった。

生活保護基準引き下げ違憲訴訟
最高裁判決の意義を広めよう
11・3尼崎

11月3日尼崎市で、連続市民講座第三回目として、生活保護基準引き下げ違憲訴訟最高裁で原告勝訴の意義を広めよう、と題する学習会がありました、講師はこの裁判を精力的に闘った弁護団事務局長の和田信也弁護士でした。

和田弁護士の話に聞きいった(11月3日 尼崎)

安倍政権下の生活保護たたき

まずこの裁判の経緯ついて、今年6月27日最高裁は2013年から2015年におこなわれた生活保護基準の大幅な引き下げは「違法」と判断し、減額処分を取り消す判断を下した。この判決は、国の「デフレ調整」手法の合理性を認めず、裁量権の逸脱または乱用があったと指摘したものです。
和田さんは次のように語った。前提として生活保護制度とは「健康で文化的な最低限度の生活」憲法25条1項を保障するものである。ところが2012年安倍政権による保護費10%削減の公約で、生活保護バッシングが吹き荒れた。当時はデフレだったので保護基準が引き下げられた。

デフレ調整は違法

最高裁判決の内容については、法廷意見ではゆがみ調整は適法だが、デフレ調整は違法とのこと、理由として一般国民との不均衡との判断は適法、物価変動率のみを直接の指標としたことは合理性を欠く、物価と最低限度の消費水準との関係や、従前の水準均衡方式による改定との連続性、整合性の観点を含め、専門的知見に基づいた十分な説明が必要、と述べた。
次に宇賀裁判官の反対意見については、ゆがみ調整の2分の1処理は違法、秘匿されていた上、増額分も2分の1にすることは激変緩和措置と矛盾する。ゆがみ調整とデフレ調整を併用することは違法、両者の関係について、専門技術的見地からの検討がおこなわれていない。国家賠償を認めること、最低限度の生活を満たせない状態を9年以上強いてきた。
被害回復の要求に関しては、被害回復と再発防止は当然だが、原告以外は対象外になっている。原告だけの問題ではない。

判決を実施させる今後の闘いが必要

最後に判決後の情勢として、厚労省の専門家会議が公開されたり、地方自治体で意見書採択がされた。原告支援者らが厚労省に被害回復の申し入れや決起集会を開催したりしている。また生活保護利用者は国ではなく近くの福祉事務所に不満をぶつける事も問題になっている。
70分にわたって和田弁護士は分かり易く語り、勝訴の意義について生活保護はナショナルミニマムとして様々な社会保障制度と連動しており、生活保護利用者のみならず、広く一般市民の生活を守るための重要な判決となった。生活保護は最低賃金、住民税非課税・地方税減免、保育料減免、就学援助、奨学金・授業料減免など実に47の制度と連動している、とまとめられた。
講演後2人の裁判原告の当事者から報告があり、長い裁判の中で亡くなった原告の無念を、かえすにたる判決でした、皆必死に闘ったことが勝利につながった、と話した。またある市民は「和田先生の話を聞かせてもらい涙しました、改めて闘いはこれからです、厚労省の専門部会の検討で、判決の具体化が決まるのです。厚労省への高市政権の圧力に抗して、私たちの働きかけも必要です、とりわけても、国籍条項で在日外国人のまっとうな権利に制限をかけてくる、分断の行政姿勢を糺していくことが、日本人支援者に問われている」と感想を話してくれた。参加者は多くはなかったが、生活保護問題について理解できて良い学習会でした。(摩耶健)

3面

     

《シリーズ 安保3文書研究 B》
日本の軍拡と軍産学複合体
栗原瞳

2022年岸田政権による「安保3文書」改定以来、政府は急速に軍拡と軍需産業育成・兵器開発を進めている。米国の軍産複合体を調べて、日本の軍産学複合体の状況について考察した。

[T]アメリカの軍産学複合体

軍産複合体とは、軍事的組織と兵器産業が結合して生まれる軍事体制のこと。第二次世界大戦までは、民間産業が戦時には兵器生産をおこなっていたが、原子爆弾が兵器生産のあり方を変えた。米国では、第二次大戦後の冷戦期にアイゼンハワー大統領が軍産複合体を選択した。戦争の有無に関わらず恒に兵器を生産する産業=恒常的兵器産業が生まれる。
軍事費の一部を割いて軍事的研究開発費(軍事的R&D)を設けた。それは「基礎研究、応用研究、先端技術研究」に配分され、国防省内機関、兵器産業、大学、連邦研究開発センターなどが受取り、軍事研究・開発し、新鋭兵器の製造に至る。国防省内機関とは、DARPA(国防高等研究計画局)とミサイル防衛局のこと。DARPAは軍産複合体の司令塔的な役割を果たしている。
レーガンの軍拡期(1983〜89)に軍事的R&Dが一段と増え、1988年に600億ドル(軍事費の10%)に。レーガンは、軍事的R&Dを戦略的防衛構想のために使用し米国中の大学に宇宙予算としてばらまいた。兵器産業に独占されていた軍事的R&Dが、直接に科学者の手に渡るようになり、科学者は軍と産業に並んで兵器生産のトリオを構成。「軍産複合体」に代わって「軍産学連携」と呼ばれるようになった。

[U]日本の軍産学複合体の状況

武器輸出三原則撤廃

2014年4月安倍政権が武器輸出三原則を撤廃し、防衛装備移転三原則を閣議決定。日本の武器輸出を国策とする大転換である。この10年で武器輸出としては、三菱電機製の警戒管制レーダー4基のフィリピンへの輸出のみ。2025年8月三菱重工の最新鋭「もがみ」型護衛艦の改良型を、豪に共同開発して11隻輸出すると発表。殺傷能力の高い兵器輸出として初である。

防衛装備庁の軍事研究に大学が参加

2015年防衛省内に防衛装備庁が設置された。防衛装備庁は、防衛費から支出される安全保障技術研究推進費を軍事的R&Dとして、大学や研究所や一部企業に配分するのが役割である。
「安全保障技術研究推進制度」は軍事技術に応用可能な基礎研究に費用を助成するもの。17年3月日本学術会議はこれを拒否し「軍事目的のための科学研究を行わない」とした。だが22年7月学術会議は事実上容認する姿勢に転じ、同制度への応募が増加傾向に。防衛装備庁は、大学に応募を促すために、25年度から補助金で支援する「タイプD」を新設。その結果25年度の応募は大学123件(前年度44件)、公的研究機関83件、企業134件、全体で約1・7倍の340件と急増した。補助率100%で5年間で最大20億円の補助金を交付する。この他に陸上装備研究所と大学との共同研究もおこなわれている。

経済安全保障推進法の「Kプログラム」でも軍事研究開発

2022年5月経済安全保障推進法成立。安全保障政策の1つである「先端重要技術(官民技術協力)」のなかに、内閣府の主導による「経済安全保障重要技術育成プログラム(Kプログラム)」があり、ここでも軍事研究開発がおこなわれている。「Kプログラムでは、重要技術の実用化を強力に支援(これまでに計5千億円を措置)」。宇宙・航空領域では、「衛星コンステレーション・ネットワークシステム技術、高性能小型衛星技術」「小型無人機」「超音速要素技術、極超音速要素技術」など。
25年度の軍事予算の目玉は宇宙関連事業で、敵基地攻撃などの目標探知などに使うため、多数の小型人工衛星を連携させる「衛星コンステレーション」を構築する。25年度末から段階的に打ち上げ、27年度中の運用開始を目指す。Kプログラムは軍事研究開発であり、これに大学や企業の技術者・研究者が参加している。

兵器産業育成と武器輸出推進

@2023年6月防衛生産基盤強化法を制定。武器工場の設備増強や武器輸出に税金を投入する。軍需企業が事業継続困難になった場合、国有化したり別の企業に委託する。
武器輸出の促進を狙い、一部の経費を税金でまかなうために「防衛装備移転円滑化基金」を新設し23、24、25年度で計1200億円の予算。24年度までに輸出が内定したのはインドへの艦船用アンテナ1件(15億円)だけ。
A2023年4月外務省が「同志国」軍に武器を無償でプレゼントする政府安全保障能力強化支援(OSA)を創設した。25年度のOSA予算は81億円で、最大9カ国を支援対象とする予定だ。OSAによる供与は、24年にフィリピン、マレーシア、25年インドネシア、ベトナムなど。
B殺傷武器の輸出解禁 空自F2戦闘機の後継となる次期戦闘機を、英、日(三菱重工)、伊が2035年を目処に共同開発する。この戦闘機の第三国への輸出を24年3月閣議決定だけで認めた。

学術会議を解体し、軍産学複合体を企む

「安保3文書」を具体化した2023年度の軍事費は、対前年度比で26%増の6兆8219億円。研究開発費(他分野も含め)は、3・1倍の8968億円。これは軍事費の13%にあたる。米国でレーガンの時、軍事研究開発費10%と比べれば、日本は米国並みになったといえる。
石破政権は25年6月、日本学術会議法人化法を強行成立させた。学術会議を解体し政府の統制下に置くことが狙いだ。政府は、科学者を戦争のための軍事研究に協力させ、日本における軍産学複合体をつくろうとしている。日本を戦争と死の商人国家にしないために、断固として闘おう。

トランプ来日反対・新首相&天皇会談反対

10月26日、都内で「TRUMP NOT WELCOME ガザ虐殺を許すな!〈トランプ来日反対・新首相&天皇会談反対!〉」と題してデモがおこなわれ、小雨の降る中、多数の労働者・市民が集まった。主催は、10・26デモ トランプ来日・新首相&天皇会談に反対する実行委員会。
新橋駅に集まって、打ち合わせとして情勢を確認。サンケン弾圧当該の尾澤孝司さんが、韓国のメーカーが米に現地工場を作るために派遣したスタッフがトランプ政権によって強制送還され、関税問題での横暴もあって韓国の労働者の多くがトランプに怒っていることなどを報告した。
デモ隊は新橋駅前を出発、海外メディアや外国人観光客と思われる人々にカメラ・スマホを向けられながら銀座を縦断した。

(闘争案内)

いま、ここにいるわたしを排除するな DEMONSTRATION
とき:11月23日(日)午後2時
ところ:中之島公園・女性像前、集合
主催:御堂筋デモ実行委員会

シンポジウム 排外主義・軍事化といかに闘うか
パネリスト:鵜飼哲さん、駒込武さん、木戸衛一さん
とき:11月23日(日)午後1時〜4時
ところ:キャンパスプラザ京都・第3講義室
主催:反戦・反貧困・反差別共同行動in京都

沖縄を再び戦場にさせない!スタンディングアピール
とき:11月24日(月休)午後1時〜2時
ところ:大阪駅前南口バスターミナル前(人民広場)
主催:沖縄を再び戦場にさせない実行委員会

狭山事件の再審を!関西キャラバンスタート集会
講演:徳田靖之弁護士「狭山事件を検証する〜寺尾判決の矛盾を突く〜」
とき:11月29日(土)午後1時
ところ:釜ケ崎ふるさとの家

11・29パレスチナ連帯デー 不屈のガザに連帯スタンディング
とき:11月29日(土)午後6時〜7時
ところ:大阪駅前南東広場(人民広場)
主催:関西ガザ緊急アクション

地方議会の今 ヘイトの台頭と対抗
講師:瀧大知さん
とき:11月30日(日)午後2時
ところ:東京都品川区南部労政会館・第6会議室
主催:差別・排外主義に反対する連絡会

スパイ防止法とは何か
講師:永嶋靖久さん(弁護士)
とき:12月13日(土)午後2時
ところ:PLP会館4階(大阪市北区)
主催:とめよう改憲! おおさかネットワーク
共催:共謀罪に反対する市民連絡会・関西

12・14神戸港の軍事使用に反対する討論集会
報告:粟原富夫(神戸市議)
とき:12月14日(日)午後2時
ところ:神戸市中央区民センター・11階
主催:神戸港の軍事使用に反対する会



4面

「日の丸・君が代」強制反対!
「10・23通達」撤回!
10・26東京

10月26日、都内で「『日の丸・君が代』強制反対! 『10・23通達』撤回! 学校に自由と人権を! 10・26集会」がおこなわれ120人の労働者・市民が集まった。主催は、「10・23通達」関連裁判訴訟団・元訴訟団9団体からなる実行委員会。

生活困窮者支援の現場

つくろい東京ファンド代表理事の稲葉剛さんが「生活困窮者支援の現場から」と題して講演した。以下、講演概要を紹介する。

「母が広島で乳児被ばくしていて、平和に関心があった。ピースボート等に参加した。学生の時に(ホームレスがいる)路上の現状に衝撃を受けて支援活動に関わった。中野区で『ハウジングファースト』を掲げてビルのワンフロアを安く貸してもらって住居の提供をした。ビッグイシュー基金を立ち上げ、その代表をしている。
憲法25条は国に『貧困と闘いなさい』と求めるものだが、国は『敵前逃亡』しようとしている。生活保護が最後のセーフティーネットだが、ほとんど機能していない。
93年〜98年のバブル崩壊後に、目に見えて新宿西口に段ボールハウスが増えた。当時でホームレスの平均年齢が55歳、今は60歳を超えている。彼らの多くは中卒で、『金の卵』として建設に従事し、現場を転々としていた人々。自分が建てたビルの下で寝ていた。
1994年春、たまたま新聞でホームレス排除の記事を見た。当事者に直接話を聴いた。行政は排除しかしない。段ボールハウス撤去の時に毛布まで持って行く。住所がないから病院にもかかれない。役所の窓口で追い返される。救急搬送されても病院のたらい回しをされる。年間40〜50人が新宿で亡くなる。大阪では年間2百人。これが2000年代の話。
90年代中ごろから『絶対的貧困』が広がった。94年に新宿の炊き出しを始めたら並んだのは2百人。その後どんどん増えた。2003年には全国で93人が餓死している。これが減ったのは役所の『水際作戦』との闘いがあったから。北九州市では2005年から3年連続で(生活保護を受給できなかった人が)餓死している。市長が替わって改善された。
役所の職員の言動が乱暴。2000年代になって、宇都宮さんなどの法律家が援軍についてくれた。(役所への対応の)ノウハウを教わって(生活保護受給への壁を)突破できるようになった。
厚労省のホームレス実態調査で2003年には25296人だったのが2025年には2591人。10分の1になった。生活保護受給が増えていった。1950年に制度ができた時の受給者は88万人、1995年が一番少なかった。『123号通知』(1981年11月17日厚生省社会局保護課長・監査指導課長通知)で抑制された。
生活保護受給者は210万人まで増えたが、2012年から受給者を減らす動きがある。東京では露骨な『水際作戦』は支援者がいるとできないが、地方では深刻な例がある。例えば群馬県桐生市。1カ月7万円の支給が決まっているのに毎日ハローワークに通うことが求められ、行った証明書を持って来たら千円支給。土日の分は金曜日にまとめてもらえたらしいが、月に3万数千円しかもらえていなかった。ケースワーカーのケース記録は1件しか残っておらず、13件は記録なし。調べたら(受給者から集めた)印鑑が千数百本出てきた。本人の承諾なしに使われていた。親族に仕送りを依頼して断られたのに『仕送りができる』と記録が改ざんされていた。母子家庭の受給が少なく、『(受給するためには)子どもを児童相談所に預けないといけません』と言われていた。昨年から現地調査団を作って申し入れをしていた。今年3月、桐生市長が謝罪した。群馬県は桐生市の生活保護施行事務の監査を2回していた。警察OBが4人も入っていて(※厚労省が補助金まで出して勧めている)『大声を上げることもあったが問題ない』と報告されていた。
(仕切りを作るなどして寝転がることを防ぐ)『排除ベンチ』が街にあふれている。生活保護行政にもこういうスタイルが残っている。
2012年3月、世耕弘成氏が『フルスペック人権』論を展開した。生活保護受給者は『一定の権利の制限があっても仕方ない』と。高市も『さもしい顔をしてもらえるものはもらう』と生活保護利用者をバッシングした。2012年12月26日発足した第二次安倍内閣で厚労相になった田村憲久は翌日の会見で『(生活保護支給額を)下げないと言うことはないと思います』と発言した。生活保護の支給額はルール上、政治的な都合で決めてはいけない。学識経験者等の会議を経ないといけない。田村の発言はまだ議論が続いていた時。自民党と厚労省が相談して下げた。引き下げる理屈として出されたのが『デフレ調整』。2008年に物価が高かったのだが、これを起点にして調整するのがおかしい。2008年以降、TVとPCが下がった。地デジとウィンドウズの切り替えで大量に売れてから値下がりしたから(生活必需品は下がっていない)。
『いのちのとりで裁判』は大阪・愛知が最高裁にかかっている。今年6月27日、『デフレ調整』を違法とする判決が出た。専門家の意見も聞かず官僚の独断で下げたのを取り消す判決だった。
厚労省は自分達の意に沿った『専門家』だけ集めている。諮問委員会で『いのちのとりで裁判』原告がヒヤリングを受けた後、傍聴しようとしたら退席させられた。
生活保護は47の支援制度と連動している。『土台が沈んだら皆沈む』というわけ。
人権保障は『ゼロ・サムゲーム』(参加者の得点と失点の総和が同じになる勝負事)ではない。裁判への注目と支援をお願いします。社会保障審議会基準部会の部会長代理をした岩田正美先生(日本女子大学名誉教授)は『部会として引き下げは認めていない』と証言した。引き下げの歯止めになる研究者はみんな排除されたので(今後について)予断を許さない」

東京「君が代」裁判第五次訴訟

東京「君が代」裁判第五次訴訟弁護団の加藤文也弁護士は同じ事務所の先輩である新井章弁護士が、誰も原告代理人になろうとしなかった朝日訴訟を若い時に担当して勝利したこと、長沼ナイキ基地訴訟の判決前に右翼雑誌「ゼンボウ」が青法協に所属していた福島重雄裁判長を攻撃し、地裁所長から働きかけ(※「平賀書簡問題」)を受けたこと、今回の「君が代」裁判で元文科事務次官の前川喜平氏が証言に前向きであることなどが語られた。
集会の最後に、「何よりも『子どもたちを再び戦場に送らない』ために」と、「日の丸・君が代強制・教育破壊と闘うこと」が集会アピールとして決議された。(巣鴨二郎)

アジア初の脱原発=台湾から来日(下)
東京・大阪で講演会を開催

第18案に関する国民投票

8月23日に実施された国民投票について、林正原さんは次のように総括した。
「2025年5月、第3原発が稼働から40年をむかえ、運転が終了した。原発推進派は第3原発の稼働延長を求めて、国民投票実施をもくろんだ。初めて、立法院(国会)の提案で8月23日に国民投票が実施された。
国民投票で問われたことは、〈第3原発が主務機関の同意を経て、安全性が確認された後に、あなたは運転を継続することに同意しますか〉という内容だった。微妙な問い方で、〈同意する〉に誘導している。
投票結果は、再稼働に賛成が60%、反対が40%だった。しかし、投票総数が規定に達しなかったために、この案は「否決」された。この国民投票は野党議員にたいするボイコット運動をはぐらかすためにおこなわれたものであり、大多数の民衆はこれを棄権することによって抗議の意思を示した。しかし、国民投票結果は、再稼働賛成が上まわっており、今後の動向に注意する必要がある」

これからの課題

まとめとして、台湾の反原発運動の課題について、崔?欣さんは次のように提起した。
「世界で原発ルネッサンスが叫ばれている。半導体産業などが、電力の安定供給のために原発を動かせと圧力をかけている。台湾海峡で戦争が起きた時にむけて、電力確保のために原発が必要だという声もある。原発推進派は原発稼働をあきらめていない。頼政権はSMR炉の導入などをほのめかしている。この2〜3年、推進派との闘いは予断をゆるさない。
台湾では、核燃料廃棄物の置き場がなくなる。高レベル廃棄物処理場も未解決問題として存在している。私たちは原発ではなく、グリーン・エネルギーを求めている。これからも、原発ゼロのたたかいを続けていきたい」
台湾は、3・11をうけて、ついに原発ゼロを実現した。日本においても、3・11原発事故を教訓にして、台湾民衆の闘いに学び、原発ゼロを実現しよう。日本政府は東電福島第一原発事故をなかったことにしようとしている。この策動を許してはならない。(おわり)

原発・核燃からの撤退を!巨大地震と津波の前に!
*「私たちが再処理を拒否する理由」青森からの報告 浅石紘爾
*「核の時代80年の歴史」 加藤登紀子
特別報告:山崎誠(衆院議員)
とき:11月22日(土)午後1時40分  
ところ:ドーンセンター(大阪市中央区)
主催:脱原発政策実現ネットワーク関西・福井ブロック

原発つづけるための乾式貯蔵NO!全国集会@高浜〜使用済み核燃料の行き場はない〜
と き:11月30日(日)午後1時〜2時半
※集会後デモ(解散午後4時)
ところ:(福井県)高浜町文化会館
主催:老朽原発うごかすな!実行委員会



5面

〈投稿〉
全学連矢嶋委員長声明を読んで
被差別当該を抑圧した革共同
五井洋子

全学連矢嶋委員長声明を読みました。非常に感銘をうけています。そして同時にかつて共に革共同に所属して党を作ってきた者として、私たちもまた責任を負っていることを踏まえなければなりません。
 性的関係の人間的再生と奪還は、女性解放の基底をなすものであり、またマルクスが言うようにその社会が人間的であるか否かを測る基準でもあります。
矢嶋委員長は、差別が被差別者においても内面化することから、そのかかった靄を視界から取り除くことが必要であると自覚されています。そして連れ合いの石田さんへの差別糾弾と獲得に起ち、同時にこの闘いを党組織の差別的現実の変革をもめざす立場で貫こうとされました。全く正しい立場だと思います。
 差別への糾弾は、あくまでも糾弾者の主体的格闘を原点に進んでいくものです。そしてその共有を政治局と諸同志に求めたことは全く正しい事でした。それは、多忙な活動の中で強いられる「無家庭状態」をいかに克服していくのかという問いでもありました。革共同が長年念仏のように唱えてきた「家族問題の革命的解決」の空疎さが今さらながらあぶり出されたともいえるでしょう。性的関係、家族関係形成への格闘を放棄するのかという、連れ合いの石田さんに向けられた矢嶋さんの人間的な怒りと問いが原点でした。そしてそれにとどまらず、差別的現実の上に安穏と開き直る男性指導部、政治局への突きつけでもありました。
 ところがあろうことか政治局は糾弾主体当該である矢嶋委員長を無視し、彼女の頭越しに「石田反革命」規定をおこない、石田さんの除名・追放で事足れりとしました。自らが問われていることに頬かむりして開き直り、「正義の鉄槌を振りおろした者」として登場しようとしたのです。最もあくどいのは、矢嶋同志とその糾弾そのものをつぶそうとしたことです。
こうして革共同は、政治局を筆頭とする組織内の女性差別を、時に政治主義的に利用もしながら温存してきました。野島、中野・・・性暴力・性差別加害者の名は枚挙にいとまがありません。党組織とその成員も、帝国主義の女性差別と無縁ではなく、絶えず自らを問い返さなければ腐敗の沼に転落していくほかはありません。
 政治局は、学生たちに差別襲撃を繰り返すに至っています。そして、この官僚組織は、常に政治局への無批判な追従者を作り出します。関西地方委員会の我が元同志たちもまた、「石田反革命」という無内容な旗印の下、学生たちに襲いかかり、相も変らぬ醜態をさらしています。どこまでも政治局と一緒に泥舟に乗って沈んでいくのでしょう。
全学連の今回の決起は、ある日突然起こったのではなく4・28差別事件への当該を中心とする格闘、真摯な総括の過程をさらに一歩進めようとする主体的闘いの中で生じました。そこで形成されてきた女性解放・人間解放を目指す思いと確信はかけがえのないものです。それが政治局の欺瞞を見抜き批判し乗り越えるまでに至っています。私たちはこの階級的財産である矢嶋委員長と全学連の闘いを守りたいという思いでいっぱいです。
 革共同は、エンゲルスの『家族・私有財産・国家の起源』を元に「女性解放理論」を創ってきました。しかし、女性差別の現実の中で、多くの女性が苦しみ起ち上がっていることには冷淡でした。大衆運動を「帝国主義打倒がない」「革命がない」となで切りし、そこから学ぼうとはしませんでした。
例えば、あれほどの高揚をみたリブ運動は「便所からの解放」を掲げ、「母でも便所でもない私を生きる」という人間宣言ともいうべき内容で女性解放の新たな地平を切り開きました。優生保護法改悪阻止闘争の中で障がい者たちから批判された「『産む産まないは女が決める』というスローガンは障がい者差別だ」という問いにも、今から思えば不十分なところもありますが、必死に受け止め答えようとする立場を持っていました。しかし、革共同は女性たちの苦闘に無関心で悪罵を投げつけるだけでした。
そもそも革共同は大衆運動に対しては、「党の同心円的拡大」論という利用主義でしか接近せず、革命の主体が大衆自身であるという根本を否定する傲慢な党至上主義、一種のエリート主義また代行主義に陥っていました。ここから統一戦線も自己利害だけに基づく極めて貧弱なものでした。
「無謬の党」などはありえません。永い歴史をもつ差別を構造的に組みいれた差別社会である帝国主義国家の下で生きている以上、私たちは例外なく差別の影響を色濃く持っています。そして「革命を起こし帝国主義国家権力を打倒したら自動的に差別はなくなる」というのは嘘です。権力奪取は被差別者の解放の前提条件を作るものでしかなく、被差別者当該を先頭とした人類の長い闘いの全過程を経て初めて実現できるものでしょう。この時、被害者、被差別者の加害者への糾弾を軸としながら、加害者の獲得の闘いもまた重要です。全てを除名・追放的あり方で解決できないことであるからこそ、民間の心ある専門家たちが、加害者のケアをしその再生への道を支えているのです。性暴力事件の再発を防ぐ有効な方法として性教育とともに世界各国で実践されています。それでないと極端にいえば、人類の半分である男性のほとんどを抹殺しないといけなくなるでしょう。組織による権利停止等の一定の処分は必要な時があるかもしれません。しかし、核心は少なくとも反省の立場に立つ加害者の再生に、組織は自らも生み出した責任があるものとして同質の自己批判をして、関わり続けることではないでしょうか。
私たちもまた自らの組織で起こった性加害の加害者と党の自己批判の渦中にいます。被害者にいまだ謝罪できていない段階で公表はできません。しかし必ずや解決する覚悟です。
今、高市政権の下で日本帝国主義はすさまじいスピードで侵略戦争に突き進んでいます。先日タイ人の少女が性奴隷として人身売買されたことが、本人の必死の助けを求める言動によって明るみに出ました。
これが日本帝国主義とその下で蠢く日本人男性の性暴力の実態です。植民地人民を虫けらのように扱い、性奴隷としてほしいままに強姦する日本人男性のおぞましさは、戦前の皇軍と何ら変わりません。戦争と女性差別の嵐に抗し、階級性を守らなければなりません。
矢嶋委員長と全学連の方々の闘いに心からの拍手を送ります。(11月8日、記)

極右が「移民政策反対」デモ
参政党との対決を

10月26日、極右勢力による「移民政策反対」デモが東京3カ所(新宿駅前、自民党本部前、首相官邸前)、大阪(扇町公園)、札幌、山形、新潟、群馬、栃木、茨城、千葉、埼玉、愛知、愛媛、福岡、熊本の計16カ所でおこなわれた。
大阪は、護虎会の主催で扇町公園でおこなわれた(写真)。主催者発表で4千人とだったが、実際は、デモの隊列は4梯団で多くても千人程度。この集会とデモにたまたま遭遇した人(以下、Aさん)からそのときの様子を聞いたところ、以下のようだった。

異様だった

知らぬまに極右勢力がこんなに大きくなっていることに驚くとともに、日の丸がたくさん掲げられていて異様だった。戦前の日本では、出征兵士を日の丸を振って見送ったと聞いていたが、まるでそのときの様子を彷彿させるようだった。

参政党が多かった

日本第一党(旧在特会)のノボリもあったが、多くのデモ参加者が参政党のキーホルダーをつけていたので、近くでデモ隊に抗議していた人に「この人たちは参政党ですか」と聞くと「参政党です」と答えが返ってきた。

若い人と女性が多かった

若い人だけでなく、マルチ(ねずみ講)をしているのではないかと思われるようなこぎれいな服装の女性が多かった。

肌感覚でこの異様さを見るべき Aさんは、このデモ隊の異様さを一度自分の目でみてみるべきだ、「百聞は一見にしかず」だと指摘した。

参政党と真向から闘うことが必要

私は、Aさんからスマホで録画した映像を見せてもらったが、参加者のほとんどが日の丸の小旗を打ち振る隊列が延々と続いていた。
デモ隊の中には確かに、伝統的な思想右翼もいるし日本第一党(旧在特会)もいるが、参政党などに扇動された人たちも多くいるのではないかと思われる。
ヨーロッパの極右は左翼の主張を丸呑みしたうえで、「移民反対」をつけくわえているといわれている。左翼の主張を極右が丸呑みしているのだから、有権者からすると左翼も極右も政策としてはほとんど同じに見える。違うのは「移民反対」を付け加えていることである。排外主義的価値観と対決できていない場合、多くの有権者が「移民反対」の排外主義に流れているのではないか。
日本では、参政党が意識的にれいわつぶしをかけ、れいわの消費税ゼロを自分のスローガンにしている。日本第一党(旧在特会)までが消費税反対、累進課税を主張している。
れいわは積極財政を掲げているが、高市政権も積極財政を掲げている。
したがって、積極財政をれいわが掲げても、有権者からみると日本第一党(旧在特会)も、参政党も、高市政権も同じに見えるのではないか。
参政党と高市政権を串刺しにして真向から闘うと、旗幟を鮮明にすることが、れいわをはじめとした左派勢力が支持を伸ばす核心点になるだろう。

6面

古代文明から学ぶ(上)
国家なき「文明」社会
崎山洋

四大文明(エジプト、メソポタミア、インダス、黄河)のことは知っていると思うが、『3カ月でマスターする古代文明』という番組がNHK・Eテレで10〜12月に放送された。インディ・ジョーンズでハリソン・フォードが活躍するのは中東の印象が多かったと思うが、考古学・人類学はもっと地味だ。

国家なき「文明」社会=インダス文明

文明とは、これまで近代西洋で確立された歴史観によっている。そこにおいては文明の起源も、自由と平等の理念も、デモクラシーの起源も古代ギリシャの思想と、その系譜上に位置づけられるとされた。初期ヨーロッパの思想(啓蒙思想)と革命(フランス革命)の中に求められた。
一般に文明=中央集権的な支配や軍事力の存在を前提に語られるが、文明は必ずしも単一の発展段階に収まらないこと、人間の社会のあり方は多様である。
インダス文明では都市はあるが、権力者の存在をうかがわせる遺跡が見つからないという。権力者がいない都市文明があった。権力者のいない社会のあり方が想像されたり、進歩史観への疑問が出ている。
知人から『3カ月でわかる古代文明』の読書をすすめられたので、NHKの『3カ月でわかる古代文明11月号』を購入した。「王も武器も持たない文明、メソポタミアとは真逆の発展を遂げたインダス文明、大河のほとりに栄えた謎多き都市文明に迫る」とある。
インダス文明は国家を持たない文明社会であった。都市や貨幣、文字、そして外部社会との限定的接触は存在するが、中央集権的な社会構造、王や王墓、神殿、労働集約的な灌漑事業、特定穀物の偏重大量生産、極端な集住、富の集中、武器・戦争、社会全体にいきわたる強力な宗教などの痕跡はない。文字はあったが、解読されていない。当時(紀元前2500年ごろ)のメソポタミアを中心とする関係の中で、その半周辺として独自の文明を歩んだインダス。空白地に生まれたモヘンジョダロ。在地社会の外れに生まれた都市。(このあたりはウォーラーステインの中心・半周辺・周辺という概念とつながる)。
ここでウイットフォーゲルによれば、歴史的な発展段階を示すものとみられていた異なる社会のあり方を、共時的な空間構造においてみる視点を提起した。中心は周辺や亜周辺よりも発展しているなどの見方を廃し、かつ中心〜周辺〜亜周辺の境界とは流動的なものであるという視点から、オリエントの専制国家を中心とし、その周辺と、その外側にある亜周辺を区別して説明した。〈周辺=距離が近いため征服されたり吸収され、やがて同化されることで、社会組織、信仰体系、物質文化等々において構造的同質性を強化してゆく。逆に中心に侵入して征服することもできる空間〉〈亜周辺=中心の文明が伝わるほどには近接した空間でありながら、中心による直接的支配のおそれがない。中心に存在する国家体制や官僚制のような中央集権的あるいは集権的制度を根本的に拒否するなど文明制度の取捨選択をおこない、それを独自に発展させることができる〉と。
インダスは当時の中心である南メソポタミアの亜周辺にあり、基本的に半乾燥気候帯、しかし土壌の養分供給力、肥料保持能力は高く、全体として大規模感慨をおこなわずとも多様かつ豊富な農作物と、各種資源を自前で確保できる「環境」にあった。(つづく)

(映画評)
『非常戒厳前夜』
監督: キム・ヨンジン 2025年

2024年12月3日、尹錫悦・韓国大統領(当時)は突如として「非常戒厳」を宣布した。この時、大統領はテレビで「親愛なる国民の皆様、私は北韓の共産勢力の脅威から自由大韓民国を守り、我が国民の自由と幸福を略奪する破廉恥な従北反国家勢力を一挙に排除し、自由憲政秩序を守り抜くため、非常戒厳を宣布します・・」と演説。この戒厳令布告にたいして、韓国人民は国会に押しかけ、いち早く立ちあがった。その背後には、「民衆ジャーナリズムと尹錫悦」との長い闘いがあった。
「非常戒厳」宣布以降、韓国民衆は怒りをもって、200万人のデモを繰り返した。こうして、25年1月に尹錫悦は内乱容疑で逮捕されることになった。2025年7月、尹錫悦は特殊公務執行妨害容疑で再逮捕された。さらに8月、妻のキム・ゴンビが株価操作や収賄容疑で逮捕される事態に発展している。

メディアと権力

19年、韓国メディア「ニュース打破」は検察総長候補者公聴会でおこなった尹錫悦の発言を問題にした。ハン・サンジン記者は、その発言に「偽証がある」ことを記事にして、告発した。さらに20年2月に、「ニュース打破」は妻のキム・ゴンビによるドイツモーターズ株価操作疑惑を報道している。尹錫悦は、つぎつぎに不正を暴かれていった。
22年3月、尹錫悦は大統領に就任する。23年9月、尹錫悦は権力を盾にして「ニュース打破」を「名誉棄損」で訴える。この時、キム・ヨンジンは「ニュース打破」の代表をしていた。「ニュース打破」本部と2人の記者(ハン・サンジン、ポン・ジウク)の自宅が家宅捜索を受ける。12月にはキム・ヨンジンの自宅にも捜索が入った。
尹錫悦は「一部の人びとはフェイク・ニュースを商品化し、利益を得ようとしている。彼らこそ、私たちの未来を脅かす反自由主義勢力なのだ」(2024年8月、光復節で演説)と述べているように、尹はメディアにたいして政治介入を繰り返しおこなってきた。

民主主義を実現する道

ドキュメンタリー映画『非常戒厳前夜』の制作は「ニュース打破」がおこない、監督はキム・ヨンジン記者(「ニュース打破」元代表)。「ニュース打破」は調査報道専門の独立メディアで、2012年に設立されている。企業から広告をいっさい受けないで、市民(6万人)のカンパによって運営されている。映画は、権力の弾圧過程を記録した映像と当事者の証言で構成されている。この作品は「ニュース打破」と国家権力との闘いの記録だ。映画の原題は「押収捜索−内乱の始まり」であり、映画の内実をよく表現している。

  民主主義国において、人民が主権者であり、人民は権力を監視する。権力は国民に従うべきなのだ。しかし、尹錫悦・元大統領がおこなったように、国家権力は国民に忠誠を求める。人民は国家権力と闘わなくてはいけない。「ニュース打破」は、この精神をつらぬいている。日本のメディアはどうだろうか。メディアは権力と闘っているのだろうか。安倍晋三政権以降、政治権力は体制に抗うノイズを消そうとしている。韓国で起きたことは他人事ではない。自国のこととして、この映画をみてほしい。

(連載)
連載 私が推す労働運動関係のほん(最終回)
大庭伸介

H『尼鋼の職場闘争』 鈴木栄一著(本音を語る会)

眼を見張るような内容がギッシリつまった書である。1947年から50年にかけて、尼崎製鋼(全労働者2000人)の鋼管工場(200人)では「働きやすい我等の職場をつくろう」をスローガンに、組合執行部と関係なく職場労働者が自主性を貫いて職場闘争を展開した。その結果、労働時間と生産を完全にコントロールするまでになった。それを可能にしたのは徹底した話し合いであり、著者はその中心を担った。
しかし、生産物が自分たちのものでなく、明確な社会的目的意識を欠き、「前段階的解放区」であったと総括している。職場闘争と革命の関連性も含めて、現場労働者の視点から労働運動の本質に迫る稀有の書である(エルおおさかのエル・ライブラリーか、国会図書館にある)。

I『反戦派労働運動』 陶山健一著(亜紀書房)

冒頭の「人間解放をめざす労働運動」は、革命を志す者にとって、労働運動に取り組む基本的視点と展望を示す白眉の論考。執筆以来半世紀以上を経た今なお、いささかも色あせることのない内容である。
長崎造船をはじめいくつかの最先端の闘いを紹介し、内在する問題を鋭く分析している。
70年安保闘争で国家権力に真正面から闘いを挑んだ反戦派労働者を生み出した過程を、責任ある組織者の立場から具体的に描いている。
「闘いの中で自らが変革されない闘いはその闘いがインチキである証拠である」と、労働運動の主体の変革を強調。読む者をして自省を求められる必読の書である。

7面

〈寄稿〉
手話で語る講演会 9月23日大阪
「手話と私」(下)
杉村尚子

(承前)

そこでアメリカ手話と出会い、アメリカ手話とイギリスのケント州ルーツを持つヴィンヤード手話は融合してアメリカ手話をさらに豊かにして、ろう者たちは成人の手話話者として島に帰ってきた。手話をきちんと学んでいましたし、ろう学校は期間が長かったので(聴者の学校5年 ろう学校10年)、またろう学校では口話のための無駄な時間を使わなかったのでむしろろう者のほうが物知りだったそうです。ろう者は島の中で普通に働き、税金を納め、議論に参加していた。聴者と結婚する人もいればろう者同士で結婚する人もいた。アメリカの多くの州では先ほど話したように障害者への攻撃が広がっているころ、この島のろう者はおよそ違う人生を送っていました。障害は環境がつくるということをはっきりと示してくれる島です。今ではろう者が島の外で結婚したり、就職したりしてろう者は居なくなってしまいました。このろう者がいなくなってしまったことにのちに述べる電話の発明者ベルの働きかけがあったといわれています。日本でも四国に宮窪という漁師村があり、ここでは40人に一人ぐらいの割合でろう者がいたそうですが、ヴィンヤードと同じように宮窪手話として形成されました。ここも同じように聴者もろう者も手話で話していたそうです。
ついでなので手話の長所を挙げると遠くの人と話せる、うるさいところ、あるいは逆に釣りをするなど静かにしたいとき、隣の人に聞かれたくないときなどに便利です。

長い間手話は禁止されていた 弾圧された言語

驚くべきことに日本では長い間手話は禁止されていました。
話をする人の唇を読み取り、自身では発音する「口話法」と呼ばれる方法で教育をしてきました。先生たちは口話がおろそかになるといって手話を禁止し、自分自身も手話を知りませんでした。口話法は中途失聴、難聴の人たちには合う人もたまにいますが、ろう者には全く合わない。第一言語の習得が遅れてしまった。また口話法で授業をするので授業の中身がわからない。歴史も数学も!これが一番の問題だったと思います。学習権を奪われてしまった。口話法は今でこそ失敗だったとようやく認められていますが、いまだろう者に謝罪されていません。日本で口話法が崩壊を始めたのは90年代でまさについ最近まで口話法が席巻していたのです。ろう者たちは厳しい弾圧にも負けず、手話を守り続け、発展させてきました。

手話の成長期

手話はろう者のコミュニティができて初めて出来上がり、成長します。なので日本では江戸時代都市圏では地域の素朴な手話はありましたが、多くのろう者は農村で孤立していた。
明治時代に京都にろう学校ができたり、明治の元老山尾庸三の尽力により東京にろう学校ができてろう者はコミュニティを作ることができた。もちろん手話で教えていました。ろう学校は手話を成長させる手話研究所であったといえるでしょう。1880年ごろから1930年ごろまでのわずか50年で急速な成長を成し遂げました。「手話を」教える、 「手話で」教えるので高度な教育内容を実現できた。ろうの先生はこどもたちのモデル、誇りだった。 大正時代少しずつ口話法が広がり始め、戦後は厳しい口話時代になりました。

1880年

1880年ミラノにおけるろう教育者の集まりで口話法をすすめようと決定しました。聞こえる教師ばかりが集まり、純粋口話法で進めることを決定しました。純粋口話法とはろう児は唇を読み取り、ろう者は自分で声を出す。手話を禁止する。ろう者のコミュニティの砦である寄宿舎は禁止する。という内容でこの頃からろう教育の暗黒の時代が始まりました。
日本ではようやくろう学校ができた頃で世界情勢とは全く関係なく手話で教えていました。しかし義務教育ではなかったので多くのろう者は学校に行けないか、地域の学校で放置されていました。

1900年パリ会議

ろう者を排除して純粋口話法を再確認しました。関連する会議でエドワード ギャローデットと、グラハム・ベルが激突しました。エドワード・ギャローデットとはアメリカ人で、父親がフランスに行き手話による教育法を学んできた人です。その時、ろうである教師を連れてきて、このろう教師がアメリカで手話を広めました。なのでアメリカ手話はフランス手話によく似ているといわれています。息子であるエドワード・ギャローデットはろう者だけのための大学の初代学長になりました。自身の妻も母親もろう者でした。(つまり父親もろう者と結婚しました。)彼は手話と口話の併用を主張し、ろうコミュニティの大切さを主張していました。またろうの先生の大切さをよく知っていました。

ベルは優生運動の中心人物

一方口話法を普及しようとしたのは、かのグラハム・ベルで、彼はろう教育にかかわっていました。自分の母親と妻が難聴で補聴器を作ろうとして失敗し、聴者の役に立つ電話を作ってしまった人物です。ちなみに聴力の単位をデシベルといいますがこのベルの名前からとりました。ベルはその後電話で大儲けをして、彼の会社はどんどん大きくなり、その後ベトナム戦争でヘリコプターでまたまた大儲けしました。今問題になっているオスプレイを作ったベル社は元をただせば彼の会社です。オスプレイは何度も墜落しており、沖縄で粉々になって墜落したこともあります。
ベルは手話の禁止、寄宿舎の廃止、ろう教師の追放をしつこく主張しました。つまり手話をこの世の中からなくし、ろうコミュニティを無くし、ろう者の誇りを奪おうとしました。手話を禁止したミラノ宣言から20年たち、口話法の失敗は明らかとなり、ろう者の学力の低下は明らかだったにもかかわらず、口話法を強く主張しました。電話の発明で大金持ちになり、そのお金で世界の優生運動の中心人物になっていました。彼の資金と名声がなければ世界の優生運動は広がることができなかったといえるでしょう。またろう者はここまで執拗に口話法を強制されることもなかったに違いありません。

1933年

1933年はヒットラーがドイツで政権を握った年です。同じ年日本は満州を侵略しそのために世界から批判されて国際連盟を脱退しました。
そしてこの年、鳩山文部大臣(鳩山元首相の父)が全国のろう学校校長会で口話法を推奨し激励したために、以後口話法一色となりました。もともと障害児教育に熱心ではなく、ろう教育に何の方針も持っていなかった文部省でしたが、戦争を進めるにあたり言葉の統一、方言の撲滅を狙っていたため手話という非標準語を無くそうとしました。さらに手話は声を出さないのでスパイや軍の統制の乱れを恐れたという話もあります。この校長会で手話と口話の併用を主張した大阪市立ろう学校校長高橋潔と口話法の校長たちが大口論になりました。
当時日本はミラノ会議とは関係なく手話による教育を進めていましたが、口話法が最新の教育法として取り入れられてから徐々に口話法の学校が増えていきました。西川吉之助という近江商人の大金持ちが、たまたま自分の娘が難聴だったので、全財産をはたいて口話法の学校を作り、その娘の声がラジオで放送されるなど大宣伝され口話法は徐々に広がっていきました。その中で大阪市立ろう学校は手話を守り抜いた学校として有名です。若き校長は高橋潔。もともと音楽を専攻していた人でその手話は優雅そのものだったといわれています。最後の教え子たちは今80歳代後半で美しい手話はそのまま伝統となっています。
口話法が決定されたために、ろうの先生も子供たちを教えることができなくなりました。昔はろうの先生が国語も、歴史も教えていたのに、つまりきちんと手話が伝授され、子どもたちは授業の内容を十分に理解していたのに、その伝統は切断されてしまいました。
ちなみにヒットラーが政権を握る二年前、大阪市立ろう学校の教師、藤井東洋男はヨーロッパの世界ろう者会議に参加し、「障害者は断種せよ」というナチスの意見を聞き、激怒して日本に帰りました。帰国後、その怒りをろう者の雑誌に反対意見を書きました。

優生思想とろう者

優生運動とは初期的には金髪、青い目、高身長、賢い人を増やせ!という考え方。本当に傲慢そのものです。裏を返せば貧しい人、障害者を無くせ!つまり障害者を断種せよ!殺せという悪魔の運動でした。1920年代アメリカではたくさんの障害者が殺されたり断種されたりしました。このアメリカの優生運動から学んだのがドイツのヒットラーで障害者殺しのT4作戦、ユダヤ人大量虐殺につながっていきました。
優生思想はヒットラーで終わりませんでした。戦後にできた旧優生保護法は障害者がいない健常者ばかりの社会を作ろうとした悪魔の法律でした。聴者の言葉を強制した口話法が厳しく教育されたのはむしろ戦後で、口話法はまさに旧優生保護法とともにあったといえるでしょう。つい最近までろう者は幼いころは聴者の社会に合わせるために手話という言葉を奪われ、あるものはだまされてむりやり断種され、もし妊娠した時はむりやり中絶されるという社会だったのです。

ろう者のたたかいの勝利

日本手話は日本語から大きな影響を受けていますが、全く違う体系、全く違う単語を持つ一つの独立した言語です。なので日本語を話しながら手話で話すということはそもそも無理なのです。ろう者は口話法という優生思想に負けることなく、手話を守り抜いてきました。また優生保護法という「障害者は強制的に断種してもよい」という法律にも勝利し、国の補償と謝罪を他の障害者とともにかちとりました。
手話万歳!手話に拍手!(おわり/3回連載を2回に変更)

8面

砂川闘争70周年記念トークセッション
とどけ平和の声
10月18日立川

10月18日、東京・立川市内で「講演会〜基地に抗う 砂川の大地からとどけ平和の声 砂川闘争70周年記念トークセッション」が開かれ、多くの市民が集まった(写真)。主催は、砂川平和ひろば。

第1部は「砂川闘争とその前後」について3人の講演

まず立川市市史編纂委員の楢崎茂彌さんが「砂川闘争前史」について語った。「(立川駅北側一帯は)土地も平坦、立川駅から東京とのアクセスも物資の調達も容易、(さらに北に平坦な農地が続いて)延ばしやすいということで陸軍の飛行場ができた。立川の北隣の砂川村への滑走路延伸は当初から目論まれていた」
次に成城大学グローカル研究センター研究員の高原太一さんが「砂川闘争史」を語った。「1955年5月に米軍立川基地滑走路拡張計画が発表されて以降、四次にわたって農民・支援の市民・学生が機動隊と激突した」「米軍の基地拡張計画は68年12月に中止発表された。翌年4月には収容認定取り消しを関係者に通知。その後も防衛施設庁は『買収を続けていく』とした」[注](買収策動が)いつ終わったのかはまだわからない。収用認定が取り消されなければ買収対象)「1973年の日米安全保障協議委員会で、76年立川基地全面返還が決定、横田基地に機能が移され、立川基地には自衛隊が入った」
名古屋大学・成城大学名誉教授の西原和久さんが「砂川と沖縄」と題し、砂川の宮岡政雄さん・沖縄の阿波根昌鴻さんの思想を語った。(第2次砂川闘争)「再び砂川の基地反対闘争が問い返されるのは、ベトナム反戦を通して運動が改めて活性化しだす1967年まで待たなければならなかった」「67年……私の砂川闘争における最頂点の闘いであった」(以上宮岡政雄さん、『砂川闘争の記録』より引用)
「砂川闘争の本質は安保条約が違憲、無効であり、アメリカ軍の駐留は許せないとして、基地そのものの存在に反対する闘争である」「仮に反目する団体でもお互いの立場を守り合い、それぞれの立場を生かしながら基地の拡張に反対するということで接点が求められるならば、基地に反対するという一事で共同行動ができると確認し合えばよい」(以上宮岡政雄さん、『平和の思想』【戦後日本思想大系4】編集・解説/鶴見俊輔 より引用)
(1953年に沖縄の強制的な土地接収が始まり、1954年に作成した「陳情規定」で)「反米的にならない」「耳より上に手を挙げない」「大きな声を出さず、静かに話す」「人間性においては、生産者であるわれわれ農民の方が軍人に勝っている自覚を堅持し、破壊者である軍人を教え導く心構えが大切であること」(『米軍と農民』より引用)
「今あるほとんどの資料館はどこでも、戦争は残酷だ、もう二度としてはいけないといっておりますが、その残酷な戦争は誰がどうしてつくったのかということについてまったくふれていない」(阿波根昌鴻さん、『命こそ宝』より引用)

来賓として招かれた「辺野古」県民投票の会の元山仁士郎さん、立川市長の酒井大史さんが紹介された。元山さんは事前に集会へのメッセージを寄せ、酒井市長は「今の立川市があるのは基地拡張反対運動と先人の労苦があったから」と挨拶で述べた(基地の跡地に昭和記念公園や官庁、商業・イベント施設ができている)。

抗うことの大切さ

第2部として、宮岡政雄さんの次女の福島京子さんが「基地に抗う」と題して語った。
「私が6歳の時から砂川の破壊が始まった。それまでは畑の中を走る五日市街道沿いに街が続く所だった。ダットサンの車が少し走っていた同じ時に基地のフェンスの向こうにはキャデラックの車が走っていた。(主として米兵相手の飲食店が)『日本人の方もお気軽に』という看板を出していた。ここは日本なのに、と理解できなかった。基地の出入りは、日本人従業員はパスを見せる必要があり、米軍人はフリーパス。(毎日のように)父は朝から闘争現場に行っている。(機動隊との激突が終わると)サツマイモの葉が落ちて蔓だけになって、芋がむき出しになっていた。当時のカメラマンは1回ごとに取り換えるマグネシウムの電球を使っていて、(闘争の写真撮影が終わったら)電球が山ほど落ちていた。おもちゃにしていた。
第2次砂川闘争の時には私は高校生で、爆撃機がベトナムに飛んでいた。着陸でオーバーランして、木に引っかかって民家の手前で止まって燃えた。その日は学校を休んだ。夜間のエンジンテストの騒音で勉強ができなかった。
父は六法全書を大切にしていた。『戦後の世の中は民主主義だから』と言って、闘うことを決意している。戦前、2回土地収用が来ている。地権者に相談しても『どうにもならない』と言われたという。(戦後の)今度は国民主権で最後まで闘う、ということで父は六法全書を買った。
(第一次砂川闘争の)激突の後、砂川は忘れ去られようとしていた。色々なところを回って訴えた。北原鉱治さんと原爆記念館前で写真を撮った。
1978年に『個人でできる街づくり』として父が記念館作りを始めた。農地転用の手続き等で、何度も建築申請がはねられた。私が10年前に一人で始めた『砂川平和ひろば』に多くの仲間が集まっている。『砂川の大地から届け平和の声』ということで、国有地に原爆アオギリを植えた。
国の方針だから、とあきらめた人もいる。基地拡張反対で最後まで残ったのは23戸。もし(移転した)他の百戸と同じ道を歩んだら、この会場も立川市役所もなかった(いずれも旧立川基地の跡地にある)。立川基地によって、立川の発展もなかった。抗うことの大切さ、抗い続けることの大切さを学ぶ必要がある」

冬期カンパアピール
高市政権との闘いに

「10・19私たちは二度と戦争をしたくない!平和でこそ文化は香り立つ!祝園全国集会」は、京都府南端の陸自祝園分屯地へのミサイル弾薬庫増設に反対する2700人の市民が結集し大きく高揚した。
沖縄・南西諸島・全土軍事基地化、日米合同演習に対して全国各地で反基地闘争が闘いぬかれている。
高市政権は極反動の正体を明確にしてきた。「台湾有事は、存立危機事態になりうる」などと歴代首相が見解を明確に示すことを避けたものを明言した(11月7日衆院予算委員会)。所信表明や予算委員会答弁では、「安保3文書の前倒し改定」「軍事費GDP比2%の前倒し達成」「国家情報局創設」「防衛装備品移転3原則の5類型の撤廃」や日米同盟の強化を公言した。また、「スパイ防止法」や外国人政策の改悪など排外主義の動きを加速させている。
他方で、裏金議員を要職に登用するなど「政治とカネ」の疑惑に関しては向き合う姿勢はない。自民・維新の連立12項目合意の「議員定数削減」では、衆院比例定数を削減する少数政党の切り捨てであり、民意の無視ではないか。労働問題では、「労働時間規制の緩和」などと、長時間労働や過労死の危機を助長して資本に奉仕しようとしている。
「責任ある積極財政」といって「分配から経済安保へ」と、大軍拡を続けて国債増発を良しとしながら、低所得層を置き去りし、格差・貧困を促進するものである。また、厚労省は「生活保護費減額は違法」の最高裁判決にもかかわらず、再度のむしかえし減額を策動している。経済政策といっても財源が見出せないなかで、石破の「日米関税交渉の妥結」ほどの「成果」は望むべくもない。そうしたなかで、高市は成果をあげる突破口として「スパイ防止法」や安保政策での強行にはしる可能性が高い。軍事予算は過去最高で軍事演習もかつてない頻度だ。きな臭い。まさに、戦争国家づくりの極反動政権だ。戦争を志向する政府はいらない。

カンパ闘争が重要

世界の階級闘争では、命がけの闘いに人民大衆が拠金で運動を支えた。日本においても戦前・戦後の闘いがあり、革命的共産主義運動は60年代から70年安保・沖縄決戦を経て、対カクマル戦争と三里塚や武装闘争の地平を築いた。
「3・11」以降は反原発闘争を共闘し、巨大な人民の決起の渦をつくった。2015年戦争法(安保法制)に対しては国会前を埋め尽くす闘いが実現された。これらの闘いは人民大衆の拠金が支えてきた。
全世界の情勢は一方でウクライナ侵略戦争やガザ虐殺とトランプの関税戦争や核実験再開指示・中南米での国際法違反の攻撃などの戦争政策と議会無視の暴挙。他方で、世界人民の闘いも巻き起こり、アジアではバングラデシュやネパールで青年・学生先頭の決起で反動政権は打倒された。韓国で昨年末、尹政権のクーデターは人民の怒りで粉砕された。 日本の戦争国家化・戦前回帰を主導する極右・反動勢力跳梁を許さず、高市政権と闘いぬくために革共同と革命的左翼の闘いに支援をお願いします。

冬期カンパにご協力をお願いします

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