未来・第419号


            未来第419号目次(2025年8月7日発行)

 1面  参院選 自公過半数割れ 下野・分解へ
     日本人ファーストと全面対決を

     関電 美浜原発敷地内の
     原発新増設許すな   

 2面  7・12スタンディング 大阪
     イスラエルに制裁を
     ガザ 即時停戦・人道物資を入れろ

     #女の価値を生む産まないで決めるな!!!
     全国一斉緊急ACTION 大阪
     7月13日

 3面  生活保護基準引き下げ違憲訴訟 勝訴!
     最高裁判決学習会が開かれる 7月6日大阪

 4面  投稿 宮古島紀行(上)
     進む最前線での基地強化
     西川雄二

     沖縄日誌6月
     許せない西田発言
     基地にまつわる事故と犯罪      

 5面  祝園弾薬庫増設工事説明会を強行
     7月22日 京田辺市で開催

     投稿
     差別・排外主義と対決を
     都議選・参院選を闘いぬいて
     新川幸雄(「視覚障害」の活動家)

 6面  投稿
     極右勢力の台頭に危機感を!

     追悼 古井正代さん、ありがとう

     (本の紹介)
     『アメリカの新右翼』
     井上弘貴著 新潮選書 2025年

 7面  通信KOSUGI
     アジアには「戦後」などなかった
     わたしの戦後80年・リレートーク集会
     7月7日 国会正門前

     外国人優遇が生活苦の原因?
     スパイ法制定狙う参政党(上)
     木戸雄一

 8面  参院選
     自民・公明惨敗 立憲・維新横ばい
     共産半減 れいわは奮闘

     参院選総括 左派野党の闘い方
     前進したれいわも課題残す      

     兵庫 参政党以上のデマの立花惨敗
     維新、参政、斎藤派の国民も落選

           

参院選 自公過半数割れ 下野・分解へ 日本人ファーストと全面対決を

れいわ愛知、数千人の市民が街頭演説を聞く(7月12日、名古屋駅前)

自民党・公明党政権が崩壊へ

7月20日投開票の参議院選は、自民・公明が衆議院に続き過半数を割るという歴史的惨敗となった。「失われた30年」「経済失政」「裏金問題」の責任を問われての歴史的敗北である。他方野党第一党の立憲民主党は、この人民の困苦・現状打破の思いに応えることができず選択肢としてスルーされ、議席は横ばい、比例票は野党第3位なる敗北だった。停滞・既成野党化が言われて久しい維新は、京都で1議席を得なかったら選挙区議席は大阪のみという完全な地方政党に転落した。
この支配の危機・経済的困苦をついて、「日本人ファースト」なるナショナリズムをくすぐり、「日本の困窮の責任は外国人優遇にある」とする参政党が躍進し14議席を得た。また反共労働運動を背景に、中間層の手取りを増やすとする国民民主党も躍進した。
過半数議席を失った自民党は党内抗争が激化し、分裂・下野・分解の危機にある。参政党の躍進は、石破首相を媚中=親中国とする自民党右派たちが地域単位で参政党に投票したもので、このため自衛隊出身の佐藤正久やヘイトの杉田水脈・和田政宗ら名だたる自民党右派が落選した。この支配の危機を促進し、自公政権支配を一日も早く終わらせなくてはならない。同時に、高市早苗らを担いで自民党右派結集を図る動きも断罪し、政権交代にとどまらない、資本主義の危機からその終焉を目指す闘いに突入しなくてはならない。

極右排外主義・参政党との対決を

自民党をも瓦解させつつある参政党は、2020年に結成。天皇制を賛美し、現憲法体系を全面敵視し、基本的人権を全面削除する極右政党である。世界的な極右政党の台頭に倣い、差別・排外主義で混迷する日本政治を席巻することを狙っている。そのため日本人ファーストや、核保有、徴兵制などと言い、左翼・民主派・反対派を「非国民」呼ばわりし、その撲滅のために「スパイ防止法」の制定を狙っている。既に選挙戦のさなかから演説防衛のため防衛隊を組織して、激突に備えた。党首・神谷宗弊はヒトラーの『我が闘争』を愛読書とし、この間のカウンターグループへの敵視を強めている。
一部識者の中に「分断を拡大する」として参政党との対決を避ける論調があるが、排外主義の跳梁をいったん許せば取り返しがつかなくなる。われわれは在特会登場以降、かれらヘイト集団との対決をおこなってきたが、国政政党となった参政党との対決は全人民的課題として今後の闘いの軸に据えていかなくてはならない。

原発新増設・全国基地整備に対し、今秋大闘争を

政治危機が全面露呈した支配階級は、これらの突破をもかけて原発再稼働・新増設と、スタンドオフミサイル戦略のもと全国基地網・港湾・弾薬庫網の整備に全力をあげている。
九州・沖縄地域での基地強化は、馬毛島への自衛官配備、佐賀空港へのオスプレイ配備につづき、関西地域で祝園ミサイル弾薬庫の増設工事を8月にも始めようとしている。敵基地先制攻撃戦略のもと、東京ドーム100個分の広さを持つ祝園弾薬庫を14棟増設し、舞鶴のイージス艦にトマホークを運び、12式ミサイル(能力向上型)を海自東神戸基地から沖縄に運ぼうとしている。戦争の様式が変わり、関西各地が戦争を担う実体として再編されていく。10・19祝園現地での全国集会を頂点に反戦・反基地の闘いのうねりを大きく創り出していこう。
この間老朽原発の再稼働を推し進めてきた関西電力は、ついに原発の新増設に踏み込んできた。活断層の巣の上にある美浜原発敷地内に、新原発を建設するというのだ。巨額の費用と20年の建設期間中に、原発反対運動を消滅させようというのだ。この暴挙に対して、7月30日美浜現地闘争が闘われ、8月2日には多数の人々が関電本店(大阪市)に中止を求めて集まった。今夏・今秋原発新増設反対、ミサイル弾薬庫増設反対の巨大な闘いを巻き起こそう。

関電 美浜原発敷地内の
原発新増設許すな

関電原子力事業本部前で抗議(7月30日)

7月22日関西電力は、美浜原発(福井県美浜町)の敷地内に新原発の建設を進めることを正式に発表した。活断層の巣と言われる美浜原発の敷地内と周辺で地質調査を始めるという。
2011年3月11日の福島第一原発事故から14年半がたつが、いまだ故郷に帰れない人が多数いる。他方で、この期間に電力不足で停電になったという話は聞いたことがない。事故が起これば20兆円(現在までの東電事故に関わる費用)もの費用がかかるが、その費用も避難計画も何のリアリティもないまま、再び「原発安全神話」にのめりこみ、環境と人民を災難に巻き込もうとしている。安倍政権までは脱原発の機運が持続していたが、岸田政権以降原発建設を認める方向に公然と転換した。これを許せば、若狭湾岸一帯は再び原発銀座にさせられ、事故等の被害は関西一円に及ぶ。この暴挙を絶対に許してはならない。
この暴挙に対して7月30日美浜現地、町役場から関電原子力事業本部周辺で、炎天を衝いて抗議行動が闘われた。また8月2日には関西一円から数百人が関電本店を包囲し抗議行動を繰り広げた。関西電力は直ちに美浜原発内の新原発建設を中止せよ!

7月19日、国会前に600人/記事は次号

TheEND自民党政治
国会議員会館前行動6百人
7月19日

















2面

7・12スタンディング 大阪
イスラエルに制裁を
ガザ 即時停戦・人道物資を入れろ

7月12日、夕刻、大阪駅前・人民広場で「イスラエルに制裁を、即時停戦、人道物資を入れろ、パレスチナ連帯スタンディング」がおこなわれ160人が集まった。主催は、関西ガザ緊急アクション。参加した人々は、おおかれすくなかれ、中東情勢に、居ても立っても居られない風情だった。(写真下)
主催者あいさつで、役重善洋さんは、のどを詰まらせながら開口一番、「ガザ攻撃の犠牲者は21カ月で5万7千人以上、餓死者やがれきの下の行方不明者を含めれば、10万人を超えた」と伝えた。(写真上) カナダでのG7会議(6月15〜17日)では、イスラエルに関して、「我々は、自国を守る権利を有することを確認する。我々は、イスラエルの安全に対する我々の支持を改めて強調する。我々は、また、民間人の保護の重要性を確認する。イランは、地域の不安定及び恐怖の主要な要因である。我々は、イランが決して核兵器を保有できないことについて、一貫して明 確な立場をとってきた」との共同声明を発している。イスラエルは正当な防衛上の権利を行使していると主張し、この会議(米、英、仏、独、伊、EU、カナダ、日本)では、国際司法裁判所のイスラエルへのジェノサイドへの告発は、完全に抑圧されたままだった。
関西ガザ緊急アクションでは、国連人権理事会への特別報告書の中に現れる日本の軍事・民生にわたる2重人格企業ファナックなどへの虐殺荷担への中止の署名を訴えている。またイスラエル製無人機の契約企業、日本エヤークラフトサプライ、海外物産、住商エアロシステム、川崎重工への抗議行動をよびかけている。
また、チラシで「日本の政治・外交のありかたを根本的に変えねばなりません」と訴えている。

参加者からのアピール

参加者からの発言では、ガザの悲劇をないがしろにし、かつての琉球諸島、アイヌの人々、朝鮮の植民地化やアジア諸国への侵略行為をもはや他人事のように見なす姿勢への告発が諄々と説かれた。
兵庫県知事への抗議行動で、ただ庁舎に入っただけで、何もしてはいないのに拘束された学生のスピーチは、正当な市民活動を意図的につぶされた怒りに満ちていた。
さらに、選挙期間中、排外主義の主張で、小さなブームを起こした政党の風潮に対して、海外の男性と結婚したアジアの3人の子の母親(ご自身もアジアのハーフ)は、日本人であることがあたりまえの境遇の人たちが決して理解できない日々。それゆえに、ガザの人々が他人事には思えないという。
また、別の方は、イスラエルがガザ内部に「人道都市」なるものを造成し、あろうことかアウシュビッツのようなパスチナ人収容所に75万人にいたる難民を囲い込み、ついには、全パレスチナ人を収容。不満なものは、出て行けという戦略を構想していることへの糾弾。ほかにも、日本政府が、イスラエル建国記念日にあのナクバの日(5月15日)を選び、万博会場でその日を祝って見せたが、万博主催者の神経がうたがわれるとのスピーチ。
さらに、ガザでイスラエル軍は食糧配給所を設置し、必死で群がる飢えた人々を罠に追い込むように殺戮している。トランプ大統領は、ガザの土地をアメリカ保有の不動産化し、アメリカの土地と植民地化、22%のガザ住民を壊滅的飢餓に追い込んでいると糾弾。
参加した人々は、人口6百万人のパレスチナは、21世紀のホロコーストであり、罪なき受難者のひとびとの声に耳を傾けてほしい、との訴えに共感していた。
イスラエルによるジェノサイドを一刻も早くやめさせよう。
即時停戦と人道物資が必要と訴え(7月12日大阪市)















#女の価値を生む産まないで決めるな!!!
全国一斉緊急ACTION 大阪 7月13日

猛暑のなか70人が行動(7月13日)

7月13日「#女の価値を産む産まないで決めるな!!! 全国一斉緊急ACTION 大阪」が、JR大阪駅前・人民広場でひらかれ、猛暑のなか70人が参加した。
主催は、市民有志大阪実行委員会。
手作りのメッセージボード、プラカードやバナーをかかげ、参政党・神谷宗幣の女性差別・外国人差別発言を徹底弾劾するスタンディングとリレースピーチがおこなわれ、参政党には絶対投票しないよう呼びかけた。通行人は注目し、拍手したり手を振ったり、一緒にメッセージボードを持ったりする人が多かった。
最初に主催者あいさつがあり、「参政党の神谷代表は、少子化対策を訴える際に『今まで間違えていたんですよ。男女共同参画とか』『高齢女性は子どもを産めない。子ども1人当たり、月10万円の教育給付金を渡すから、パートに出るよりも、事務でアルバイトするよりもいいじゃないか』『特に出産を担う女性を尊重しなければいけない』と言った。これは、女性を一個の人格ある個人として尊重するのではなく、その生殖機能を国家の道具かの如く考え、女の価値を産むか産まないかで差をつける発想です。許してはならない」。そして「女の価値は無限大」「私たちは自由だ」と皆でコールした。

デマで差別排外主義を煽動

緊急ACTIONの「大阪声明」が読み上げられた後、12人が次々とマイクを握った。
Aさん「神谷は女子中学生・高校生に『学校を卒業したら就職せずに子どもを3人産んで下さい。子育てが終わったら就職したらいい』という新しいライフプランを提案する。『産んでいない人よりも産んでいる女の方を給料を高くしましょうよ』と言った」。
Bさん「神谷の『外国人は優遇されている』というデマで『外国人を排斥しよう』という人がどんどん出てきている。政治家は差別的な発言をしてはいけない」。
Cさん「神谷は『男女共同参画とか男女平等とかこれまでやりすぎた。これで女の人がどんどん働くようになって、少子化したから国の勢いが衰えてしまった』と言った。男女共同参画とか男女平等を真っ向から否定した。1945年まで女性は選挙権すらなく市民の権利を持っていなかった。戦後、ようやく女性が投票する権利を得た。過去の人たちの積み重ねで男女平等や職業選択の自由など獲得してきた。それを真っ向から否定する参政党・神谷代表は許せない」。
Dさん「差別を放っておいたらジェノサイドや戦争につながる。80年前の日本は差別だらけで、中国や東南アジアに戦争をしかけた。神谷は西田昌司(自民党参院議員)の沖縄差別・歴史修正主義発言を擁護した。神谷は戦争をしたい。それを拒否する思想が沖縄にはある。命どぅ宝、軍隊は住民を守らないという教訓があるからだ。差別だけでなく戦争に向かう参政党に投票してはいけない」。
Eさん「結婚も出産も女1人ではできない。少子化の問題は女性の問題ではなくて、低賃金で先行きの見えない社会で、女性も男性も子どもを産むことに躊躇し、責任が負えない思いがある。そういう根本的な問題を考えようともしていない」。
などと各人が怒りを込めて訴えた。

3面

生活保護基準引き下げ違憲訴訟 勝訴!
最高裁判決学習会が開かれる 7月6日大阪

最高裁で勝利、左は小久保哲郎弁護士(6月27日)

6月27日、生活保護基準引き下げ違憲訴訟の大阪訴訟と愛知訴訟の最高裁判決(宇賀克也裁判長)があり勝利した。その最高裁判決学習会が7月6日大阪市内であり、原告・支援者など数十人が参加した。木下秀雄さん(引き下げアカン! 大阪の会共同代表)が主催者あいさつ。小久保哲郎弁護士が最高裁第3小法廷判決の読み方について解説し、今後の闘いを提起した

生活保護裁判史上初で歴史に残る判決

裁判官全員が一致してデフレ調整の違法性を認め、引き下げ処分の取り消しを命じた。生活保護基準の裁判で取り消しを命じるのは史上初で歴史に残る判決だ。判決には、宇賀裁判長の詳細な反対意見(「ゆがみ調整2分の1処理」は違法とか国家賠償を認めるべき)と林道晴裁判官の補足意見があり、これらの個別意見も含めてこの判決を捉える必要がある。

判断枠組みについて

厚労大臣の裁量権について「裁量判断の適否に係わる裁判所の審理においては・・・統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性の有無等について審査されるべき」として、老齢加算廃止訴訟の2つの最高裁判決を引用し、同判決が示した「判断過程審査」による判断枠組みを採用した。老齢加算廃止訴訟の最高裁判決なのか朝日訴訟の最高裁判決が先例なのか、最終段階の争いになっていたが、最高裁は当然のように老齢加算廃止裁判を先例とした。
また「生活保護法8条2項」が大臣の裁量に枠をはめているというのが我々の主張であり根幹である。判決は「生活保護法8条2項は、保護基準は、保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすものとすべき旨を規定している」ことを指摘し、「『最低限度の生活の需要を満たす』とは、生活扶助については、最低限度の消費水準を保障する意味と理解されてきた」とこれまでとの首尾一貫性を重視する視点を示した上で、「デフレ調整」の違法性判断を導いている。
宇賀裁判長は個別意見で次のように言っている。保護基準の改定に当たっては「まずは専門技術的判断の部分について判断過程審査をおこない、その部分で判断過程の過誤、欠落が認められれば、政策的判断の部分の違法性に立ち入るまでもなく違法となる」。「専門技術的判断」と「政策的判断」に分けて前者が先行するとした。国民感情とか財政事情とか自民党の公約という「政策判断」が適用できるのか否かが争点になっていた。宇賀裁判長は、まずは専門技術的判断が先行する、その後に政策的判断に進むとした。これは我々の主張であるし京都地裁でも同様である。
さらに「デフレ調整」や「ゆがみ調整の2分の1処理」について厚労省が独断でやり、基準部会の検討を経ていないことが裁判で争いになっていた。宇賀裁判長は、「専門機関の関与がない本件の場合には、厚労省内部において、いかなる資料に基づき、いかなる判断過程を経て、そのような処理がされたのかについて、統計等の客観的な数値との合理的関連性や専門的知見との整合性等について主張立証する必要が生ずる」とし、基準部会の検討を経ていない場合は、国側が説明する必要があると言った。我々の主張と一致する。

デフレ調整について

判決は「物価変動率は・・・それだけでは消費実態を把握するためのものとして限界のある指標」であると指摘し、デフレ調整に当たって「物価変動率のみを直接の指標として用いることについて、基準部会等による審議検討が経られていないなど、その合理性を基礎づけるに足りる専門的知見があるとは認められない」ことから、本件改定が生活保護法3条、8条2項に違反し違法であるとした。これまで生活扶助基準の改定は消費水準を把握することでやってきたのであり、物価変動率は参考資料とされてきた。
下級審はそこだけではなく中味に踏み込んで違法としたが、最高裁は物価変動率を指標としたという一点で違法とした。
宇賀裁判長の個別意見は、厚労省の「生活扶助相当CPI(消費者物価指数)」の算定方法の問題点(@TV、パソコン等の物価下落を増幅、A2008年を物価変動率の起算点としたこと)について述べ、全て違法としている。
また宇賀裁判長は、国側が一般低所得世帯(下から10%の第1・10分位層)の消費水準と比較していることについて「現在も用いられている水準均衡方式のもとでは、一般国民の生活水準との比較をおこなっており、一般低所得世帯の消費水準との比較をおこなっているわけではない」ことを根拠に一蹴している。これも原告側の主張を採用したものといえる。厚労省は一般国民の生活水準との比較をおこなってきた。それがある時期から下位10%の低所得者層の水準に合わせるようになってきたが、安易におこなってはならない。

「ゆがみ調整の2分の1処理」と国家賠償について

多数意見は「ゆがみ調整の2分の1処理」の違法性を認めなかったが、宇賀裁判長は判断過程に過誤があると違法性を認めた。国家賠償について多数意見は認めなかったが、宇賀裁判長は国家賠償を認容すべきとの判断を示した。
まとめれば、判決の多数意見は、物価を考慮したという一点で違法とした。宇賀裁判長が生活保護法8条2項の正当な解釈を示した上、すべての論点において国の姿勢を厳しく批判する詳細で説得力のある判断を示している点に大きな意義がある。

厚労省は謝罪し差額保護費の支給をせよ

小久保弁護士は、裁判は勝って終わりではなく、国を動かすために厚労省や自治体へ行動をおこさねばならないと話した。6月27日勝訴の当日、厚労大臣・福岡資麿宛の要請書を提出し、「@すべての生活保護利用者に対する真摯な謝罪、A2013年改訂前基準との差額保護費の遡及支給、B生活扶助基準と連動する諸制度への影響調査と被害回復」などを要求した。6月30日厚労省交渉をおこない要請書に対する回答を求めたが「検討しています」を繰り返し謝罪すらしない。7月1日福岡厚労大臣は記者会見で「専門家による審議の場を設ける」と突然表明した。これに厳重に抗議し7月7日に再度厚労省交渉をおこなう。7月1日大阪市へも要請書を出した。
最後に、原告や支援者が最高裁判決について喜びの感想を述べ、闘いは終わりではなく始まりだと決意を述べた。(花山香)

〔解説〕ゆがみ調整とは厚労省の説明「所得下位10%層(所得階級第1・10分位層)の消費実態と生活扶助基準の消費実態を、指数を用いて比較したところ、年齢・世帯人員・地域別に『ゆがみ』があり、これを是正するために調整をおこなった」。基準部会の検証数値を厚労省が独断で2分の1にしていたから「2分の1処理」。
国は2013年から生活扶助費を総額670億円削減(デフレ調整580億円+ゆがみ調整90億円)した。

4面

投稿 宮古島紀行(上)
進む最前線での基地強化
西川雄二

完成間近の3棟目の弾薬庫

7月8日から10日まで、短い期間であったが宮古島に行ってきた。8日の夕方に下地島空港に降り立ち、路線バスで宮古島の市街地の宿に行く。翌日から宿で借りた車で、島を回るという行程だ。

保良の弾薬庫

9日の朝、弾薬庫建設がおこなわれている保良の自衛隊分屯地に向かう。おりしも社民党比例候補、山城ひろじ氏が8日から来島しており、この日も島の交差点であいさつをしていたのを車の中から見かけた。
保良分屯地前では、下地博盛さん、薫さんが午前中に座り込みを続けておられる。出入りする車両や工事の様子をチェックし、LINEに流して共有する。ときどき、ダンプを短い時間止めたりもしている。
保良に建設される弾薬庫は3棟であるが、3棟目の弾薬庫もほぼ完成し、周辺の舗装工事を残すのみとなっていた。今、出入りしているダンプは、舗装の合材を積んでいるものだ。ただ3棟目の弾薬庫は、完成した1、2棟目の弾薬庫と比べて小さなサイズとなっている。これは基地の用地取得過程で疑義があり、裁判で争われている部分があるため、用地未確定部分にかからないよう3棟目の弾薬庫サイズを変更したとのことである。もっともそれで配備された一二式誘導弾が弾薬庫に入らない? という話もある。
また今作られている弾薬庫には、これから配備が予想される長射程ミサイルも大きすぎて入らないと言われている。ミサイルは誘導のためにコンピューターを積んでおり、そのため温度・湿度が管理できる弾薬庫が必要だ。そこらへんに「野積み」しておくわけにはいかないのである。そう考えると、九州や京都・祝園に新たに建設される「長射程ミサイル用の弾薬庫」が、いかに対中国戦争で重要なのかということも理解できるだろう。
その他、保良訓練場で、ドローン飛行訓練を夜間にこっそりやった時に、ドローン一台がロストしたが、まだ見つかっていない。ミサイルが保管されていれば「標識」が掲示される…保良にはその標識があるが、千代田駐屯地にはそれが掲げられていない…千代田には誘導弾の弾体はなく、キャニスターだけがあるのではないか? というような話も出た。 山城ひろじ氏が保良の公民館に来るというので、博盛さんは山城氏を迎えに分屯地前から離れ、薫さんとそんなミサイル談義をしてしばらく過ごした。保良に黒い雲がかかり、雨が激しく振り出した時に、山城氏がわざわざ座り込みの現場まで足を延ばし、支持者とともにあいさつに来た。大雨の中で山城氏は、保良の駐屯地建設時に5カ月、ここに居たと訴えられた。

千代田駐屯地

山城氏の演説を聞いてから保良を離れ、千代田駐屯地前で〈ミサイル基地いらない宮古島住民連絡会〉清水早子さんと落ち合い、案内してもらう。雨は千代田のほうではあまり降らず、11時ぐらいには止んだ。まず駐屯地の周辺をぐるりと一周する。駐屯地内には2023年4月の陸上自衛隊ヘリ墜落事故で亡くなった第8師団長ら幹部を含む10人の犠牲者を祈念する「黒鷹の勇士」という碑がある。「黒鷹」とは墜落したヘリ、ブラックホークから採ったものだが、それにしても「英霊化」まるだしのネーミングで、気持ち悪いものだ。駐屯地敷地内には、ミサイル部隊の車両や2月に搬入された電子戦部隊の車両が並べられている。もっとも、一部のミサイル部隊車両は九州の日出生台演習場で演習中ということで、数が少なくなっている。駐屯地も普段より静かなのだそうだ。フェンスの向こう側には目隠しのためのハイビスカスが植えられているのだが、それがずいぶん大きくなって撮影もやりにくくなった。
なお駐屯地周辺で中の写真を撮ろうとすると、警備の自衛官がやってきて撮影を止めるよう注意されるが、これは何の法的根拠もない。今回も車両に乗って一人の自衛官が現れた。清水さんといっしょだったので、「いつものことか」と思ったのだろう、車から降りてきたものの、何も言わずニコニコしている。体はがっしりしているが、気の優しそうな青年だった。
駐屯地には、保良にあるのと同じような弾薬庫や、グラウンドも見える。グラウンドに隣接して、レンジャー訓練ができる場所も整備されるそうだ。また電子戦部隊のために駐屯地を拡張する計画もあり、予定地となっている畑にも案内してもらった。(つづく)
「黒鷹の勇士」の碑が、千代田駐屯地内にある
















沖縄日誌6月
許せない西田発言
基地にまつわる事故と犯罪

6月2日 那覇地裁で、2024年5月、県内で女性の首を絞めるなどの暴行を加えてけがを負わせ、性的暴行を加えたとして不同意性交致傷の罪で起訴された、在沖米海兵隊上等兵の裁判員裁判初公判が開かれた。
被告は「疑われるようなことは一切していない」と起訴事実を否認し、無罪を主張した。5日まで審議され、9日に論告求刑公判、24日に判決公判が開かれる。

7日 名護市辺野古のキャンプ・シュワブゲート前で辺野古「第50回県民大行動」を開催。「県民大行動」は2017年10月から毎月第1土曜日に開催、今回50回を迎えた。市民560人が参加。稲嶺進共同代表は「50回を迎えても現状はひどくなっている。沖縄のみんなが力を合わせることで解決の道が開ける」と述べた。玉城デニー知事も「新基地建設反対運動に対する強い思いと奮闘に心からお礼する」とメッセージを寄せた。

10日 読谷村親志の米軍嘉手納弾薬庫地区内の県の不発弾保管庫で不発弾が爆発した。陸自所属の隊員4人が負傷した。
爆発があった保管庫は、不発弾を一時的に保管する県の施設。県が1983年に設置し、陸自が不発弾を保管している。沖縄戦当時使用された弾薬量は約20万トンで、その5%に当たる1万トンが不発弾として残されたと推測される。
これまで、住民や米軍、自衛隊によって処理されてきたが、今なお1856トンが埋没されており、すべてを処理するには100年以上かかるといわれている。

18日 名護市辺野古のキャンプ・シュワブゲート前で2014年7月7日から抗議活動を始めて18日で4000日目を迎えた。
座り込みの市民は「記念日ではない」と普段通りの抗議行動をおこなった。この日もダンプカーなど約5百台が基地内に入った。台数は1〜2年前より1・5倍に増えている。工事開始から座り込む市民は「3〜5年で終わると思っていた、自分の命が尽きるか、工事が終わるまでたたかい続ける」と決意を示した。

19日 辺野古の新基地建設に戦没者の遺骨が残る沖縄島南部の土砂を使用しないように政府に訴えるため、沖縄戦遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」の具志堅隆松代表は、那覇市の県民広場でハンガーストライキを始めた。「慰霊の日」の23日まで続ける。

23日 「慰霊の日」糸満市摩文仁の平和祈念公園で、戦後80年沖縄全戦没者追悼式(県・県議会主催)が開かれた。玉城デニー知事は「万国津梁の精神により国際社会とともに恒久平和の実現に貢献したい」とする平和宣言を発表した。石破首相のあいさつに、県民が抗議の声を上げた。石破首相は追悼式後ひめゆりの塔を訪れたが「西田昌司発言」には触れなかった。

24日 那覇地裁で在沖米海兵隊上等兵の判決公判があり、那覇地裁は被告に懲役7年(求刑懲役10年)を言い渡した。これまで、2日から公判がひらかれ、9日の論告求刑公判で懲役10年が求刑されていた。

28日 名護市辺野古の新基地建設で、土砂搬出の同市安和桟橋で起きた死傷事故から28日で1年となった。新基地建設に反対する市民百人が、亡くなった警備員の追悼と重傷を負った女性の回復を願い、工事を続ける防衛局に抗議する追悼、抗議集会を事故現場付近で開いた。(杉山)

5面

祝園弾薬庫増設工事説明会を強行
7月22日 京田辺市で開催

10・19現地全国集会へ。70人が集まり第1回実行委(7月21日京都)

7月22日、陸上自衛隊祝園分屯地に関する「火薬庫等の整備に係る工事の説明会」が、京都府京田辺市の中央公民館でおこなわれた。 しかも、防衛省(あるいは近畿中部防衛局)が主催ではなく、自治体である京田辺市が主催するという設定からして逃げをうった説明会であった。
しかも開催する前から「弾薬庫増設の全体像・詳細などは説明しない。どのような工事をするかの説明だけだ」と強弁していた。

説明会

説明会には京田辺市民80人が参加した。司会は京田辺市がおこない、防衛省近畿中部防衛局が工事の説明をした。
近畿中部防衛局は、工事は安全におこなわれ、心配はいらないと説明した。しかし、弾薬の種類等、住民の知りたいことについてはいっさい回答しなかった。あくまで「工事そのものの説明」に終始し、あらたな弾薬庫建設(長射程ミサイル弾薬庫増設)について住民の理解が得られる内容ではなかったというか、そもそも「軍事機密」と称して、内容の説明はまったくなかった。
参加者は「これでは納得できない」と、再度の説明会開催を要求した。また、「京田辺市は市民に説明する責任がある。どちらの側に立っているのか」と、市行政にたいする責任を追及した。
弾薬庫の工事は、8月にもはじまる。10月19日に、祝園現地で全国集会がおこなわれる。闘いは正念場になった。ミサイル弾薬庫建設に反対していこう。

実物大ミサイルの横断幕(6月15日精華町)

質疑応答

Q 準備工事は4月からはじまっている。説明会の開催が遅すぎる。工事説明会にしては、内容がずさんすぎる。住民を軽視しているのではないか。
A まだ工事には着手していない。工事は8月に着手する。
Q 敷地の隣で米を作っている。新しくつくるとされる14棟はどの辺につくるのか、その場所を教えてもらいたい。農作業をするのに不安だ。
A 具体的には答えられない。
Q 弾薬類を貯蔵すると言っているが、弾薬類とは何をさすのか。このなかにトマホークや長射程ミサイルは含まれるのか。
A 自衛隊の能力が明らかになるので、具体的には答えられない。
Q 何が置かれるのか、具体的に言ってもらわないと心配だ。
A 爆発規模は爆薬の重量によるものであり、ミサイル等の種類には関係ない。
Q 「ミサイルが発射可能なアセットも祝園分屯地にはなく、配備する計画もありません」はわかっている。ミサイルの弾頭が保管されるのか。説明では、このことがあいまいにされている。長射程ミサイルの弾頭を保管するのかどうか、イエスかノーで、はっきり答えてもらいたい。
A 住民の心配はわからないではない。しかし、具体的に答えることはできない。
Q 「答えられない」では、納得できない。主権者は住民なのだ。防衛省の方々は憲法にある「主権者」をどのように理解しているのか。住民の安全よりも軍事のほうが上におかれているのではないか。
A 住民を軽視しているわけではない。
Q 海上自衛隊は説明会に来ていない。海上自衛隊の共用はないのか。
A 海上自衛隊の弾薬庫も造られる。
Q 「確認書(1960年、当時の防衛庁、自衛隊と精華町との間で締結された23項目の確認書)」が結ばれている。これはどうなっているのか。
A 契約的な意味合いはないものと理解している。
Q 弾薬庫はまず最初に攻撃される。弾薬庫は住民にとっては迷惑な施設だ。住民が納得できないのだから、工事を中止してもらいたい。
A 地元の住民にとっては迷惑な施設かも知れないが、国全体と国民を守るために必要なものなので、理解してもらいたい。
Q 食料の自給率(カロリーベース)は40%をきっている。また、原発が狙われたらアウト。ミサイルで国が守れるのか。戦争をするのではなく、外交を通じて、外国と仲よくしてもらいたい。
A 外交には防衛力が必要だ。国全体の防衛力を強化していく。抑止力をつけることによって、我が国への攻撃を思いとどまらせることができる。
Q 国連の「旧敵国条項」は今も生きているのか。
A 不勉強で、存じあげていない。
Q 活断層はどうなっているのか。
A 文献調査をおこなっている。敷地内に活断層は存在しない。
Q 現在、周辺に住宅地が広がっている。軍事優先で、ここに住む住民の安全を考えていないのではないか。
A 弾薬庫の敷地は広く、十分な保安距離を確保できているので、爆発しても大丈夫だ。
Q 参加した住民は納得できない。説明会は破綻した。京田辺市行政は住民の生活を守る責任者として、どのように考えているのか。
A(京田辺市)市民が納得していただけるように持っていきたい。
Q この説明では納得できない。再度、説明会をおこなうのか。
A(京田辺市)前向きに検討していきたい。

説明会は3回

祝園弾薬庫は、京都府の京田辺市と精華町にまたがって立地している。そのため、今回の住民説明会は7月22日(京田辺市)、24日(精華町)、26日(精華町)と3回にわけておこなわれた。主催は、それぞれの市、町。参加できるのは開催市町の住民に限られた。

投稿
差別・排外主義と対決を
都議選・参院選を闘いぬいて
新川幸雄(「視覚障害」の活動家)

今期都議選には、東京の杉並選挙区から、金正則さんが立候補した。私は、この金正則さんを応援して闘った。
金正則さんは、宮崎県生まれ。福岡の高校を出て、東京に50年、ここ杉並では西荻窪に30年住む、現在70歳の在日3世である。小学生の時に日本の「平和憲法」に触れて感激し、「この憲法下で社会を良くする活動ができる」と、ずっと信じてきたが、68歳の時、隣の武蔵野市の住民投票条例案が否決されて、「在日を含む住民ならば誰でも投票ができる」という見通しが断たれたことから決意し、日本の国籍を取得して、69歳で初めて選挙の投票行動をおこない、今期70歳で初めて被選挙権を行使したのである。
金正則さんにとって、69歳まで選挙権を行使できないということがどれほど苦しいことだったか。日本というこの国にいながら、社会を良くしていこうとする自分の思いを何ら反映させることができないつらさ―まさに「お前は日本人じゃないんだよ」とはっきりと突きつけられるつらさに何十年も耐えてきた。そして、選挙権・被選挙権を行使するためには日本国籍を取得しなければならないということがどれだけ苦しいことなのかを、私たちは考えなければならない。日本国籍を取得することは、「朝鮮人としての文化・体質・表現など、一切を捨てろ」ということが突きつけられる。在日の仲間からも「お前も朝鮮人であることを捨てるのか」といわれるつらさを強いられるのである。69歳にして初めて選挙権を行使し、70歳にして初めての被選挙権の行使という陰には、それまでの長きにわたって苦しまなければならなかった日本の選挙制度、多様性を否定する狭隘な心情があることを考えなければならない。
いざ選挙戦が始まると、金さんを苦しめる悪罵が繰り返し繰り返し投げつけられた。「帰化人を議会に送るな」。なんだこれは! 人の痛みを感じることもできない奴らが、「立候補したならば何を言っても許される」とばかりに押し寄せてきた。「日本人ではない」ということは、ここまではいつくばらなければならないのかと、金さんを苦しめる行為であった。私も、「日本人はこんなに人の事を思うこともできない人間なのか」と情けない気持ちでいっぱいだった。残念ながら金正則さんは落選。しかしそれにもかかわらず、私に「またやりましょう」と明るく声をかけてくださいました。

    次に私は参議院選挙において、れいわ新選組の木村えいこさんの当選を目指して、必死で闘った。私の中には、「障害者の国会議員は絶対に必要である」という思いが強く渦巻いていた。それで、木村えいこさんは、12万7653票。堂々の当選だった。
ところが今期参議院選挙では、怪しからん主張をふりまいて、それで何人も当選するというとんでもないことが起きた。参政党である。(つづく)

6面

投稿
極右勢力の台頭に危機感を!

参議院選挙で参政党が議席を大幅に伸ばした。比例区の得票数は自民党、国民民主に次いで3番目に多い。
『東京新聞』(7/22)によると、フランスの『ルモンド』紙は「極右の新党、参政党が今回の選挙でポピュリズム的な扇動役となり、排外主義的な政策を掲げて歴史的な得票率を記録した」と報じている。韓国の『聯合ニュース』は、「民心の右傾化」にも警戒感を示している。
かつて石原慎太郎が東京都知事になったとき、『朝日新聞』は『ルモンド』紙が「日本の首都の首長に右翼が就任」と、ベタ記事を載せたことがある。
なぜか日本人の多くは、〈右翼〉というと迷彩服を着て街宣車でガナリたてる輩を連想する傾向がある。国道1号線のすぐ近くに住む私は、日曜日には必ず彼らの絶叫を耳にした。あるとき「天皇カイカの御為に…」と、「陛下」を「階下」と読み違えていたのに苦笑した記憶がある。なぜか最近、彼らの姿をあまり見かけない。
参政党の強みは、すでに約155人の地方議員を擁していることだ。
「参政党の訴えは日本の課題とは全く異なる。そのうちボロが出て、さすがに見透かされそうだ。なし崩し的に勢力が拡大する前に、国民も神谷氏(参政党代表)のカラクリに気づくのではないか」と、成蹊大の伊藤昌亮教授(メディア研究)は言っている(『東京』7/22)。しかし、これは甘い見方である。
ヒトラーの半生記『我が闘争』を読むと、小心者で貧弱な人物像しか浮かびあがってこない。しかし極右を侮ってはいけない。
ナチスが権力をとる直前、日本の経団連にあたるドイツ工業連盟は、機関紙に「今や深淵(深刻な経済危機)からブルジョア支配を救うただひとつの方法は、他の一層直接的な方法によって労働者階級を分裂させ、それを国家機構に結びつけることである。この点にヒトラー運動の究極的な可能性と任務がある」という社説を掲げた。
参院選の投票日前夜、東京の目抜きの広場でおこなわれた参政党代表・神谷の演説会場の光景をテレビで観た。集まった聴衆の多さもさることながら、ほとんどの人がペンライトをふりかざし、日の丸の旗も目立った。
地域に根を張った極右勢力の登場を、日本資本主義の末路の反映にすぎないと高踏的に冷笑する人間がいるとしたら、その人間はファシズム台頭の共犯者であると言うべきであろう。(大庭伸介)

追悼 古井正代さん、ありがとう

2011年の年末だっただろうか、経産省前テント広場の行動に、わたしも参加した。わたしは「視覚障害者」だが、参加者の中に脳性マヒの方が来られていることを、声で知った。当時、東京の反原発行動で、こうした方とお会いすることはあまりなかったので、あいさつに伺った。
この方こそ、この6月16日まで優生思想と闘い続けて逝去された古井正代さんだった。いただいた名刺から、国際的な活動もされていることを知り、「こういう方もいらっしゃるのだなあ」と思っていた。
彼女は2011年「3・11」後、福島に入り、被災者を支援するとともに、原発災害後に起こりやすい優生主義的な考え方や行動が起こらないように腐心されたことを後で知った。チェルノブイリ事故の後、ヨーロッパでは、中絶する女性の増加などが報じられたことがある。福島の地元に〈あいえるの会〉など、地道に取り組まれている「障害者」のグループもあった。
彼女の生涯の闘いは、人をふるい分ける優生主義との闘いだったと思う。1979年の養護学校義務化に対する反対闘争にも参加されておられた。「障害者」を地域の学校から引き離し、分離別学体制を強化することに反対して、文部省前での座り込みなど、激しい闘いがおこなわれた。
そして、昨年5月29日の優生保護法被害をめぐる最高裁大法廷の弁論、7月3日の同法廷の判決の際にも、傍聴に駆けつけられておられた。
末期がんと診断された後にも、ドイツに行き、ナチスによる「安楽死」と称する「障害者」の虐殺現場を見聞に行かれたのだった。
また、辺野古基地反対運動にも参加され、現地にも行って闘われたとのことだ。
他方、彼女のかかわった人々には、人生を生き抜くエネルギーを与え続けたのではないだろうか。「年取って歩けなくなったら、電動車いすに乗ればええんや。それで街に出て行けばええんや」と彼女は語っていた。
「障害者」解放運動の諸先輩が亡くなっていく。それは寂しいし、志を引き継ごうとするわたしなどにとっては、責任のプレッシャーを感じることでもある。
古井さんは、食事もとれない中、亡くなった後のプランとして葬儀ではなく、「正代まつり」を企画してきたとのことだ。彼女の前でこんなわたしの気持ちを語ったら、「何をしんきくさいことを言うんや。楽しんでやれ」という言葉が聞こえるような気がする。
関東「障害者」解放委員会 松木真

(本の紹介)
『アメリカの新右翼』
井上弘貴著 新潮選書 2025年

本書は第2次トランプ政権発足の背景に、何が起こっているかを知る題材となる。

右派の思想的再編

アメリカ社会の正統な政治原理である古典的自由主義、20世紀に入ってのリベラリズムは、それぞれ左派と右派の両方からの挑戦を受けてきた。
多様性とポリティカル・コレクトネスを標榜する今日のリベラルにたいして、「反体制右派」はネオコンやグローバリズムを後押しする右派エリートへの不平不満を原動力にしている。
変化の兆候は顕著になっている。とくに、第2次トランプ政権発足によって現在のところ右派に主導権が移ったかに見える。
現在のアメリカの新しい右派(=第3のニューライトとよばれる)は、従来の右派と異なりアメリカの思想的基盤である古典的自由主義にも懐疑の目を向け、よりナショナリズムを重視し、よりキリスト教的価値観を重んじ、よりテクノロジーを受け入れ、より極右との親和性を強めている。
このような右派の思想的再編を捉えなければ、第2次トランプ政権の行く末は見定められない。
人種、ジェンダー、セクシュアリティー、宗教をめぐる議論の二極化を「文化戦争」ととらえ、右の急進主義を束ねるブランドになったのが、オルトライト(Alt-right)。これはポリィカル・コレクトネスや多文化主義によって「白人のアイデンティティ」が危機に瀕していると考える立場である。
その後、オルトライトはネオナチや反ユダヤ主義的極右とそれに批判的な「軽めのオルトライト」の2つの流れに分裂した。オルトライトの後を継ぐ形で第3のニューライトが台頭した。

戦後第3のニューライト

本書が主題的に扱っている戦後第3のニューライトは、その内部にポストリベラル右派、ナトコン(ナショナルコンサーヴァティズム、国民保守主義)、テック右派、オルトライトを突破口に躍り出た極右主義などを抱える複数の潮流の集合体である。ここに反トランプから親トランプに転向したヴァンス(副大統領)がからんでくる。
従来、左派は進歩を語り、右派は保守を語っていたが、左右の区別が変わりつつある。イーロン・マスクのようにテクノロジーの無限の進歩を信じる人たちが極右的価値観を体現している。
第1章では、2010年代オバマ政権から第1次トランプ政権にかけておきた左右両極によってアメリカ社会が大きく揺さぶられてきたこと。とくに、オルトライトの歴史的的意味を述べる。
第2章では、リベラルないし左派からのアメリカへ異議申し立てとして「批判的人種理論」、「1619プロジェクト」とそれに関する右派との論争を見る(1619年はヴァージニア植民地に20〜30人の黒人たちが奴隷として連れてこられた年)。
第3章は、第3のニューライトの台頭について。これまでアメリカの根幹をなしてきた建国の父祖たちを含む古典的自由主義を真っ向から否定する新しいタイプの右派が、従来の右派を追い落とす形で影響力を及ぼしつつある。ヴァンス(副大統領)とも交流。
第4章は、第3のニューライトのなかで独自のピーター・ティールの思想について。
第5章は、フランスの特異な極右思想家、ルノー・カミュについて検討。
第6章は、「右派進歩主義」と呼びうる思想の台頭を展望し、右派進歩主義を現在もっとも体現した人物としてイーロン・マスクを位置づける。

注)ポリィカル・コレクトネス=人種、ジェンダー、セクシュアリティなどに基づくあらゆる差別的な表現をなくそうという考え方

注)古典的自由主義とは、個人の自由を重視し、「小さな政府」を志向し、国家の役割よりも市場の役割を重視する政治思想・経済思想のこと。(O)

7面

通信KOSUGI
アジアには「戦後」などなかった
わたしの戦後80年・リレートーク集会
7月7日 国会正門前

戦後80年、二度と戦争をしないと国会前へ(7月7日東京)

7月7日夕方、「日本敗戦から80年が経過した今年、この日を忘れずに記憶し、アジアの人びとと歴史認識を共有し、『二度と戦争をしない』という誓いを新たにするため、国会正門前で、『私の戦後80年宣言』を述べる。清算されない植民地主義は、現在の在日コリアンへの差別や沖縄への基地押し付け、非人道的な入管体制などを生み出してきた。現在進行中の差別や虐殺、戦争への加担を止めるため、そして日本政府の責任を問うために、そして、石破首相には、公式な形で、しかも加害の歴史と向き合った内容の『首相談話』を発表するよう求める」として、国会正門前でのリレートーク集会が始まった。(写真)
7月7日、この日は言うまでもなく「盧溝橋事件」があった日だ。1937年の7月7日、この日をきっかけに、大日本帝国がそれまで侵してきた朝鮮半島や中国に対しての侵略と植民地主義を、さらに南京大虐殺などを始めとする全面戦争にまで拡大させたのであった。
加害の歴史に向き合わない歴代の自民党政治と、何よりもあの参政党などを始めとする排外主義者どもがはびこるこの国。強化される入管体制、ヘイトスピーチ蔓延のこの社会に、私たちこそがしっかりと向き合う日にしたいと思い、国会正門前でのリレートーク集会に参加した。2百人の市民が集まっていた。
そしてわれわれにとって「7・7」とは、革共同をはじめとする革命的左翼が、1970年7月7日に華僑青年闘争委員会に結集する在日中国人青年から告発・糾弾を受け、「7・7自己批判」をおこなったのであった。われわれは、この告発・糾弾を共産主義者の党としてきびしくとらえかえし、差別・抑圧問題にたいする帝国主義国抑圧民族プロレタリアートとその党の立つべき思想的立脚点を確立してきた。それが「7・7思想」である。

「抑圧民族のみなさん」と呼びかけられ

最初に発言された黒井秋夫さん(父親が中国戦線に従軍/PTSDの日本兵家族会・寄り添う市民の会)が、「今から55年前、自分が20歳のとき、日比谷野音の集会で華僑の青年から、いきなり「抑圧民族のみなさん!」と呼びかけられ、その時天からカミナリが落ちたような気がした。そうした声を壇上から言われた私はどう答えていけばいいのか、このことをその後55年間考え続けてきたのです。そしてようやくその答えが見つかったようです。」と発言、参加者に黙祷を呼びかけていた。
この集会、多くの貴重な発言が続いた。主な発言者は、朝鮮学校への国をあげての差別を糾弾した朴金優綺さん(在日本朝鮮人人権協会)、梁澄子さん、崎浜空音さん(沖縄出身/大学生)、矢野秀喜さん(強制動員問題解決と過去清算のための共同行動)、畠山澄子さん(ピースボート)ら10数人。

日本軍「慰安婦」問題解決全国行動共同代表の梁澄子さんが訴え

「戦後」と言う言葉

なかでも、日本軍「慰安婦」問題解決全国行動共同代表の梁澄子さんは日本軍によって性奴隷とされ、その重大な被害、そして「戦後」もなお、その傷をいやすこともなかった女性たちのことを訴えた。
「戦後と言う言葉は日本人が勝手に独占してきた言葉だ」「アジアには戦後なんかなかったのだ。」
「…この言葉を初めて聞いた時に重く受け止めました。日本軍『慰安婦』問題を取り組んできた私として、その言葉がストンと胸に落ちました。戦後にならなかった『戦後』、解放にならなかった『解放』。
「慰安婦」被害者は、戦争が終わっても故郷に帰れない人が多かったのです。
やっとの思いで故国に帰っても故郷には帰れない。
自らを汚れた存在だと思ってしまっている。帰って父母にあわせる顔がない。 
故郷がピョンヤンの吉元玉さんはソウルに戻ったが、ピョンヤンには帰れない。38度線が引かれ、その後朝鮮戦争が始まってしまった。帰郷もできないままの一生でした。
『慰安婦』問題では、その戦時下での被害だけが言われることが多いが、戦後もその被害は終わっていないのです。中国に連行されて性奴隷とされた被害者も、多くは故郷には帰れなかったのです。戦争が終わっても、その被害を知っている人達のなかに囲まれていた。そのまま村に閉じ込められ、時には酷いことを言われる、そしてまた自らを恥じ、祖国に帰れない…。
フィリピン、東ティモール、インドネシアなどの国々にもそういう被害者が多く存在しています。
このことを加害の国の日本人はどれだけ知っているのか。まずこうしたことを知ることだ、そして知ることがあったら周りに伝えていかなくてはならない。…」と。
戦後80年と言われる今日のこの社会、われわれとしても、さらに問われている。
(神奈川・深津利樹)

外国人優遇が生活苦の原因?
スパイ法制定狙う参政党(上)
木戸雄一

ヘイト発言防衛に列を組む参政党メンバー(7月12日大阪)

今次参議院選で「日本人ファースト」「外国人優遇が日本人の貧困の原因」なる排外主義を全面的に掲げた参政党が、比例区で742万票と14議席を獲得した。自民党失政による「失われた30年」での労働者・人民の生活苦の原因を「外国人優遇」にすり替え、自民党右派(岩盤右派)や中間層の支持をかっさらったのだ。
参政党は、西欧・アメリカ新右翼の台頭に倣い、2020年に発足した極右・排外主義政党である。綱領では「先人の叡智を活かし、天皇を中心に一つにまとまる平和な国をつくる。日本国の自立と繁栄を追求し、人類の発展に寄与する。日本の精神と伝統を活かし、調和社会のモデルをつくる」と、天皇を中心とした国家づくりを披歴している。そこには労働者人民の基本的人権はみじんもなく、自省のない歴史観=歴史修正主義で国民を統合しようとしている。
党首・神谷宗幣は、次から次に暴言を吐くとともに、それが批判の対象になるや「選挙中のスローガン」などと言い逃れをしている。以下論証すように彼らは、再びアジア侵略戦争への道を掃き清めていく正真正銘の排外主義者・歴史修正主義者に他ならない。
選挙中の彼らの発言で広く知られたものには、「核武装は安上がり、徴兵制は教育に良い」(東京選出・さや)などをはじめ、参政党演説の「妨害者」を非国民として決めつけ、これを取材する新聞記者を排除し、この事実が伝わらないようにしてきた。
党首の神谷はスパイ防止法の制定を公言しているが、それは「外国からの日本に対するスパイ」ではなく、日本国内の共産主義・左翼をはじめ、それに繋がる公務員(そこには財務省も含まれるという実に荒唐無稽な主張)を摘発し牢獄に入れるものである。
また彼らの主張する「創憲」なるものは、国家主権を上におき、人民の権利=基本的人権は一切なく、現憲法の平和主義・国民主権・基本的人権の尊重を全面否定し、現憲法体系とは100%相いれないものである。それゆえ、改憲=創憲はクーデターでしかできないものである。
この参政党のでたらめな主張が知れ渡り始めるなか、各地で広範な市民によるカウンター行動が取り組まれたが、これに対しては8万5000人と称する党員の中から、オレンジのユニフォームに「日本奪還」など書いた街頭演説防衛隊を組織した。兵庫県斎藤知事問題を取材し続けてきたTBS「報道特集」を批判し、川崎市でヘイト攻撃と闘い共生社会をめざす取り組みを取材してきた神奈川新聞の記者を記者会見から排除した。
参政党問題取り上げ批判することに対し、「批判はかえって分断を生む」「排外主義問題はデリケート」と言う一部識者がいるが全く間違っている。「外国人は犯罪率が高い」とか「特権を得ている」というのはフェイクである。事実にもとづかない言動をなす政党・議員を歳費・政党助成金を支給する中に、この国の民主主義の再生はない。参政党=ヘイト集団を徹底的に批判することを通じて、排外主義への弱点をもった戦後民主主義を乗り越え再生させる道がある。(つづく)

8面

参院選
自民・公明惨敗 立憲・維新横ばい
共産半減 れいわは奮闘

7月20日投開票の参議院選は、自公政権が過半数を失う歴史的惨敗となった。この新たな人民の決起を、運動と選挙を一体で発展させる新たな地平をつくりだそう。

沖縄選挙区 タカラさちかさん当選

この間首長選で敗北が続いていた沖縄では、オール沖縄のタカラさちか候補が、自民・公明候補に3万票以上の差をつけて初当選した。
沖縄では辺野古新基地建設と琉球諸島への陸上自衛隊ミサイル基地化がどんどん進むとともに、米兵犯罪が頻発するも米軍・日本政府・警察が一体となり選挙に影響がないように隠蔽し続けてきた。
さらに自公政権の失政による生活苦が続いてきた。これに対する怒りがマグマようにたまっていた中、オール沖縄は新たな候補としてタカラさちかさんを擁立し、全市民団体も一体となって奮闘し勝利を収めた。全国の人々はこの勝利に続こう。

比例 木村英子さん当選
大椿さんは6万票

尼崎での木村英子さん(7月6日)

本紙紙面で支持を訴えたれいわ新選組の木村英子さんは比例区で12万7000票を獲得し堂々再選された。前回は特別枠であったが今回は6年の実績掲げ、障碍者の議席が必要なことを訴え高得票となった。この得票は日教組を背景に4期目の当選をきめた立憲民主党議員会長・水岡俊一さんを上回り、さらに自民党の佐藤正久(元自衛隊)、山東昭子、杉田水脈、和田政宗ら名だたる反動・ヘイトを落選に追い込む大きな力になった。木村さんの勝利を心から喜びたい。

大椿ゆうこさん奮闘

本拠地・大阪茨木市で訴える大椿さん(7月17日)

もう一人の大椿ゆうこさんは、前回途中繰り上げで2年余の議員活動ながら、6万近くの票を獲得した。
社民党はラサール石井さんが20万の高得票をえて1議席を獲得したが、大椿さんの議席は得られなかった。議席はなくても闘いの最前線に立ちつづける大椿さんとともに今後も闘おう。

参院選総括 左派野党の闘い方
前進したれいわも課題残す

せっかく自公政権の過半数割れが実現しながら、参政党という極右・排外主義集団の登場に対し、「民主主義」を名乗る政党が明白な対決をできなかったことが、今次参議院選挙の最大の特徴だろう。
野党第一党の立憲民主党は現状維持の議席で、比例得票は野党第3党となった。選択肢から「スルー」されたのである。兵庫県では前明石市長の実績と発信力を持つ泉房穂候補が82万を票を得たが、唯一の支持政党=立憲は比例でわずか23万票しか得てない。複数立候補の東京では3年任期の7位に1人滑り込んだが本来定員6では共倒れということになる。政権危機や排外主義党を前に闘えない「民主党」とは何だろう。

日本共産党は出直しを

日本共産党の敗北・衰退もやまない。公明党と並び支持者の高齢化が言われるが、今一つは党内民主主義の機能不全とセクト主義だろう。兵庫ではこれまでの参議院選では自・公・維VS立憲+共産の対決構図が続いてきたが、共産が早々と独自候補を立て野党が1本化せず敗北が続いてきた。今回も10回以上落選の候補を早々と立てると、他野党も次々立候補。3議席を13人で争う全国有数の激戦区となった。この中で共産党の得た票はれいわ新人候補と変わらぬ8万7千票。過去の参議院選・知事選も含めて最低票。比例もれいわの15万票をはるかに下回る11万票でしかない。
東京は有力候補ながら6位(最下位)当選。最強の京都で議席を失い、それなりの組織力を誇った大阪でも立憲と並び(22万と21万)、れいわ新人にも急追された(17万)。
選挙後の総括は常に「路線・政策は正しいが、活動量が及ばなかった。だから組織建設、『赤旗』拡大」であるが、この総括自身を変えないとあと1〜2回の選挙で消滅するのではないか。

地域に根ざした日常的活動を

本紙が紙面を割いて支援した「れいわ新選組」は比例で前回を150万以上上回る388万票を獲得した(共産286万票、社民121万票)奮闘・勝利と言わねばならない。しかし議席は2→3で辛勝。なぜだろう。確かに東京(山本)、神奈川(三好)、愛知(つじ)などは20万票を超え、埼玉・千葉も20万近く取り、本格政党の姿を垣間見せた。しかしながら相変わらず落選すれば総支部長はいなくなり、県の組織は消滅する。果たして一体全体「自公政権を終わらせる、与党も野党も茶番」の訴えを引き続き選挙民は信じられるのかということだ。
今一つは3年前まではある種新興政党として「ライバル」関係であった参政党との対決をこの3年間してきたのかということだ。当時「反ワクチン」「反マスク」を実践する参政党は、れいわの集会に押しかけ「反ワクチンを公約に!」と候補者に迫ってきた。今回は「日本人ファーストに同調せよ」と迫られたわけだ。向こうが攻撃的な「党派闘争」を仕掛けてきているのに、「相手にしない」では勝てない。しかも「この国全体を排外主義にする」ための。れいわ新選組がこの国の行く末を決める重大なポジションを占めつつある。であるがゆえに戦闘的な総括の上に新たな飛躍を望んでやまない。
選挙後も意気高く闘う京阪神のれいわボランティア「三都物語」(7月27日阪神甲子園にて)

兵庫 参政党以上のデマの立花惨敗
維新、参政、斎藤派の国民も落選兵庫 参政党以上のデマの立花惨敗
維新、参政、斎藤派の国民も落選

フェイクやデマとSNS選挙の先駆けとなった24年都知事選・兵庫県知事選。特に兵庫は斎藤県政がいまだ信任を得ず、また2馬力選挙・デマ宣伝の限りを尽くしたNHK党立花孝志が立候補した兵庫県選挙区はかつてない注目選挙区となった。
ここではある意味「完全勝利」であった。まずは立花孝志の惨敗である。確かに昨年11月兵庫県知事選は立花の2馬力選挙なしに斎藤元彦の勝利はなかった。他方で立花は借金まみれのN党を国政政党に復活させ(今は単なる政治団体・諸派)、政党交付金給付で再建をたくらんだ。そのため立花は最も票の取れる兵庫に立候補したのだ。斎藤攻撃の黒幕を泉に仕立て、泉攻撃の選挙戦をおこなったが、得票は16万弱の惨敗でN党の国政政党復活はならなかった。
泉房穂候補はその発言の奔放さで毀誉褒貶があるが、明石市長12年の実績は他の追随を許さない。立憲の支援は受けたが無所属とし全国最高得票を得た。人々の生活苦が外国人や社会的弱者のせいではないことを選挙戦で立証したのだ。
与党自民・公明への批判は相次いだが、他方で維新や参政党、斎藤県政支持の国民候補を許さず落選させた。労組活動家のなかには、維新や国民でなく公明党のため戦略投票をおこなった者もいた。
斎藤県政との闘いの1年で、立花を惨敗させ、維新・参政・国民を落選させ、公明2位、自民3位にしたのは、連続した闘いの蓄積による民度の高まりだろう。次は我々が民主主義と人権の県政を奪還する番だ。
今後の兵庫の市民運動が県政、国政課題に果敢に挑戦することが問われている。
(岸本耕志)