生活破壊 戦争準備の石破自公政権を下野へ
ネタニヤフ トランプのイラン核攻撃弾劾
排外主義あおる右派許すな
「関税戦争」を仕掛けたアメリカ帝国主義・トランプの世界支配の破綻が音を立てて進んでいる。中東危機の打開をイスラエルのイラン攻撃と一体となり、イラン核施設への攻撃をB2爆撃機からバンカーバスター爆弾でおこなったが(12日間戦争)、それで中東再支配ができるわけではない。それよりトランプ・ネタニヤフの蛮行に、全世界で「NO WAR! NO KING」の声が巻きおこっている。逆にアメリカはすでに内戦状態にある。
日本の石破政権はトランプの要求をのみ、軍事大国化と生活破壊の政治を進めている。「失われた30年」への怒りに、変わらぬ政治腐敗と給付金=バラマキ政治は東京都民から見透かされ、都議選で自民党・公明党は歴史的敗北を喫した。反移民を掲げる極右・排外主義勢力が西欧各国で台頭し、6月兵庫県尼崎市議選でも、後退する自民・公明・維新に代わり排外主義・ヘイト勢力が上位を占めた。統治能力欠如を示す維新が、兵庫県知事斎藤のように「独裁権力化」し、それと極右勢力が結合していく。
この反動との対決を回避しては人権と民主主義は守れない。7月参議院選は、自民・公明・排外主義右派と対決し、生活防衛・増税反対、軍備強化反対派が勝つ必要がある。れいわ・木村英子、社民・大椿ゆうこのような闘う議員が求められている。
7月参議院選で自民・公明の大敗と下野を実現し、疾風怒涛の階級闘争を闘い抜いていこう。
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イスラエルのイラン攻撃・ガザへのジェノサイドに抗議して、関西ガザ緊急アクションが抗議行動(6月21日JR大阪駅前) |
京都・祝園 長射程ミサイル弾薬庫反対
7月工事説明会弾劾、10月全国闘争へ
陸上自衛隊祝園分屯地(京都府精華町祝園)では、大型ミサイル弾薬庫の建設がこの7月にもはじまろうとしている。この緊迫する情勢のなかで6月15日、精華町交流ホールで「祝園ミサイル弾薬庫に反対する学習会」が開催された。関西圏から約230人が参加した。集会後、ピースパレードをおこなった。主催は、京都・祝園ミサイル弾薬庫問題を考える住民ネットワーク。
祝園現地でおこなわれる全関西集会は、昨年の8月以来で、約10カ月ぶりだ。集会がはじまる前、右翼たちは街宣車をくり出して、集会を妨害しようとしていたが、これはまったく逆効果だった。
集会では、ジャーナリストの布施祐仁さんが「新たな戦前にしないために」というテーマで講演した。講演の後、ただちに〈祝園ネットワーク〉の第2回総会が同所でおこなわれた。代表3人、副代表7人、運営委員長1人が選出され、この新たな体制で2年目がスタートした。
ピースパレードは、昨年8月と同じルートで、町役場→JR祝園駅前→消防署前→町役場前とまわる約30分のコース。町中を走る車の中から、隊列に応答してドライバーが手をさかんに振っていた。
〈布施祐仁さんの講演〉
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切迫する弾薬庫増設工事を前に、説明会を求め230人が学習会(6月15日京都府精華町) |
なぜ、祝園なのか
防衛省は南西諸島を防衛する≠ニ称して、2019年から島々にミサイル部隊を配備してきた。2022年12月に安保3文書が改定された。こうして、2025年度から射程1000qをこえる12式地対艦誘導弾・能力向上型が配備される。
来年、政府はトマホーク4百発をアメリカから輸入し、イージス艦に搭載する計画だ。イージス艦はおおきく性格が変わる。ミサイルを迎撃する艦船から、敵基地を攻撃するための艦船に変わるのだ。
こうなれば、自衛隊のあり方が根本的に転換し、専守防衛をかなぐりすてて、敵基地攻撃に変わってしまう。祝園弾薬庫は、このための兵站基地に位置付けられている。また、南西諸島(琉球弧)で戦闘がはじまれば、全国から兵隊が南西諸島に補充される計画になっている。
長距離ミサイル弾薬庫
祝園分屯地には、新たに14棟の弾薬庫が増設される。それはすべて覆土式で造られる。政府は2032年ころまでに全国で130棟の弾薬庫を増設する方針で、この約一割が祝園に造られる。貯蔵されるのは長距離ミサイルの弾頭だ。
来年3月までに、海上自衛隊阪神基地(神戸港)に海上輸送群が造られる計画になっている。こうなれば、祝園から高速道路を利用して神戸港まで運び、南西諸島にミサイルを運ぶのではないか。
陸自祝園分屯地は海上自衛隊の弾薬庫としても共同利用される。舞鶴港には2隻のイージス艦が駐留しており、これに搭載するトマホークの弾頭が祝園弾薬庫に貯蔵されることになるだろう。
市民への影響
弾薬庫の建設は市民生活にどのような影響を与えるのだろうか。4点指摘しておきたい。@平時においても、弾薬庫は爆発リスクがある、A有事になれば、弾薬庫は確実に攻撃される目標になる、Bわたしたちも「戦争の加害者」になってしまう、C軍拡は市民の生活を破壊する。
トランプ政権が登場して以降、日本人の意識にも変化が起きている。4月27日付「朝日新聞」によれば、「有事になれば、アメリカは日本を守らない」という意見が77%にたっしている。このなかで、「日本の軍事力を強化するべき」という意見が増えている。これは大変危険な兆候だ。(講演はここまで)
〈7月に工事説明会〉
布施さんの講演は、「アメリカの戦争に巻き込まれる日本」という対米従属論であった。世界的に不安定化する軍事情勢のなかで、「ふたたび侵略戦争につきすすむ日本政府」という捉え方も可能ではないか。政府はすでにこのような決断をおこなっている。
もしそうならば、「新たな戦前にさせない」という決意はどういうものであり、どのように行動するべきなのか。わたしたちにも、あらたな決断がせまられている。
政府は地元住民にむけて、弾薬庫増設の説明会は一切開かず、工事だけの説明会をして、強行着工しようと狙っている。住民は、弾薬庫増設の説明会を求めている。問答無用の着工を阻止しよう。
2面
トランプによるイラン核施設爆撃・破壊弾劾
全世界の反戦闘争と連帯し闘おう
イランは核兵器を製造していない
アメリカのタルシ・ギャバード国家情報長官は今年3月、米上院の公聴会で「イランは核兵器を製造していない」と証言し、「最高指導者のハメネイ師は2003年に停止した核兵器開発の再開を許可していない」と述べている。なお、米中央情報局(CIA)をも統括するのが国家情報長官である。
周知のとおり、米中央情報局(CIA)は主に大統領と大統領顧問団に情報を提供することを目的としている。CIAを統括する米国家情報長官が「イランは核兵器を製造していない」というのだ。
「イランは核兵器を製造していない」という同長官の証言はBBC(英)が6月19日に報道し、AFP(仏)も6月21日に報道した。同じく6月21日、毎日新聞と読売新聞もBBCの報道を根拠に「イランは核兵器を製造していない」という米国家情報長官の証言を報道している。
攻撃の根拠を失うトランプとネタニヤフ
トランプとネタニヤフにはイランを攻撃する根拠がない。トランプは6月20日、訪問先の米東部ニュージャージー州で記者から国家情報長官の見解との違いを質問されると「イランは数週間か数か月以内に核兵器保有国になるだろう」と語ったが具体的根拠は示さなかったとBBCと毎日新聞が6月21日に報道した。
ネタニヤフは、イスラエルの今回の作戦を、同国の存亡の危機を打開するための先制攻撃だと位置づけ、イランによる核爆弾開発は「目前」に迫っているとした。しかし、この主張は事実ではないことを6月19日、BBCが報道したのだ。
つまり、トランプとネタニヤフはイランが核兵器を製造していないことを知りながら、自国が生き延びるためにイランへの先制攻撃と核施設への爆撃に踏み切ったのだ。
イラク戦争の二の舞
大量破壊兵器をイラクが所持しているとして開始したのがイラク戦争だった。しかし、イラクは大量破壊兵器を所持していなかったことが後に判明している。トランプとネタニヤフのイランへの先制攻撃はイラク戦争の二の舞になりかねないとBBC等のマスコミは報道している。
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スタンディングに涙を浮かべ握手を求めてきたムスリムの女性(5月8日大阪市内) |
トランプとネタニヤフを弾劾するイラン
イランのペゼシュキヤーン大統領は6月20日、「この押しつけられた戦争を終わらせる唯一の道は、イスラエルの侵略を無条件に停止することだ。さもなければわれわれの報復はより激しくなるだろう」として、まず、イスラエルが攻撃をやめることを米帝との協議の前提として強調した。またイランのハティブザデ副外相は「推測や意図を根拠に戦争を始めることがあってはならない」とトランプとネタニヤフを根本的に批判した。
われわれはいかなる反戦闘争を構築するか
周知のとおりアメリカはかつてのような強者ではなくなっている。イラク戦争のときは有志国連合という形で英仏独、さらに日本まで参戦したが、今は、英仏独さらにEUはトランプと距離を置いている。トランプとネタニヤフの国際的孤立はさらに深まっているのだ。「アメリカファースト」「イスラエルファースト」という「強者」の論理はかならず「強者」そのものを破滅に追いやっていく。
トランプやネタニヤフによって殺され、生きられなくされている人々はガザをはじめ全世界で生まれ、そして生きるために立ち上がり始めている。
こうした視点にたった場合、マルクスが『ヘーゲル法哲学批判序説』で指摘しているように「もはや歴史的権原ではなく、ただなお人間的な権原だけを拠点にすることのできる一領域」「社会の他のすべての領域を解放することなしには、自分を解放することができない一領域」「一言でいえば、人間の完全な喪失であり、それゆえにただ人間の完全な再獲得によってのみ自分自身を獲得できる一領域」が、全世界で、トランプやネタニヤフによる血の海の中から生まれてきているのではないだろうか。
反帝国主義・反スターリン主義としての「人間の人間的解放」(マルクス)を掲げるわれわれは、この新しく生まれてきている「一領域」と呼吸し、立場の違いを超えて闘っていくあり方を、現実の階級闘争の中にみずから入ることでつかみとっていくことが求められている。
われわれは「解釈としてのマルクス主義」を全身で拒否する。トランプやネタニヤフによって殺されながらも、不屈に立ち上がっている全世界の人たちと呼吸するなかで、トランプとネタニヤフを打倒していく新たな反戦闘争をつくりあげていく決意である。この論考はその試論である。
ガザ・パレスチナ、イラン等々の民衆との連帯の重要性
トランプ・ネタニヤフによるイラン攻撃の中で今、ガザ・パレスチナの民衆への虐殺が全世界の報道からかき消されようとしている。
しかし、トランプやネタニヤフを打倒していく力はガザ・パレスチナ、イラン等々の民衆との結合にこそある。われわれが圧倒的多数であることをみすえ、トランプ・ネタニヤフをはじめ、全世界の帝国主義を打倒していく反戦闘争をなんとしてもつくりだしていこう。(三船二郎)
ある午後のスタンディングにて
古河潤一
バナー2枚。
パレスチナの旗3枚。
コールをくりかえす。
“Free,Free,Gaza”
“Free,Free,PALESTINE”
“From the river to the sea,PALESTINE will be FREE”
眼の前を道いっぱいに世界中から来た人たちが通る。
コールに合流する人たち。
バナーを持たせてくれと言う人たち。
旗を振る人。
ムスリムの女性が泪をうかべて、私に握手を求めて「アリガトウ」。
私たちと記念写真におさまる人たち。
15歳くらいの白人の青年が、スマホの画面を示す。
“あなたはユダヤ人をどう思いますか”
一瞬、私の脳に衝撃。
私「私はユダヤ人を愛します。私の友人です。世界中で多くの人がそう思っています」。
私の言葉は翻訳されて、スマホの画面に。
私「20世紀のユダヤの歴史は凄惨でした。ロシアでのポグロム。ナチスによるホロコースト。それは私の心の傷です」。
「だが1937年、日本軍は中国、南京で20万人もの市民を虐殺しました。私の心の傷、罪です。今、私はガザの虐殺を止めたいのです」。
イスラエルの青年は続ける。
青年“世界中で戦争があります。イランはイスラエルにミサイルを撃ち込んでいます。なぜガザですか”
私「あなたの言うとおりです。だが、イランがイスラエルに撃ち込んだミサイルに対して、イスラエルがガザに撃ちこんだミサイル、爆弾の数は桁外れです。10・7以来5万人以上の市民が殺されました」。
青年は画面を見つづける。
私「私は、ガザの虐殺を止めたいのです。世界中で人々が、そう思っています。戦争を止める行動が広がっています。いま、いちばん必要なことは、戦争や虐殺を憎むユダヤの人々との連帯です。これいじょう殺さないで下さい。これいじょう死なないで下さい。・・・・・私はユダヤ人を愛します」。
青年「アリガトウゴザイマス」と言う。
ムスリムの女性がもどって来て、5本の水を渡してくれた。
私「ありがとう。SOLIDARITY!」(つづく)
3面
6・8もうやめよう あぶない原発!大集会
全国の連帯で再稼働許さない
全国の住民団体〈発言要旨〉
■青森(核燃料廃棄物搬入阻止実行委員会/中道雅史さん)
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発言する中道雅史さん(6月8日大阪市内) |
使用済み核燃料は、日本ではすべて再処理する計画になっている。六ケ所村の再処理工場でおこなわれる。しかし、再処理工場は停止したままだ。
かつて、日本はフランスとイギリスに再処理を委託していた。1995年4月、フランスから高レベル廃棄物(ガラス固化体)がはじめて返還された。これ以降、フランスとイギリスから1840本のガラス固化体が六ケ所村に運びこまれている。
すでに30年以上がたっているが、最終処分場は造られていない。最終処分場の場所さえ決まっていない。このままでは、青森が最終処分場になってしまう。
日本政府はなぜ「核燃料サイクル」にしがみついているのか。それは、潜在的核武装を狙っているからだ。プルトニウムを取り出して、いつでも核兵器をつくれるように準備をしておくというのだ。わたしたちは、六ケ所の再処理工場に反対していく。
■宮城(みやぎ脱原発・風の会/舘脇章宏さん、ボイスメッセージ)
昨年末、東北電力は女川2号機の再稼働を強行した。
現在、敷地内での乾式貯蔵が持ち上がっている。5月に、原子力規制委員会は乾式貯蔵新設計画を許可した。住民は「このまま永久的に置かれるのではないか」という不安をいだいている。
わたしたちは、この乾式貯蔵計画を中止させることで、原発そのものも止めていきたいと考えている。
■新潟(規制庁・規制委員会を監視する新潟の会/桑原三恵さん、ボイスメッセージ)
第7次エネルギー基本計画で「原発の最大限活用」が打ち出された。そのターゲットは、老朽原発の稼働延長と柏崎刈羽原発6・7号機の再稼働だ。柏崎刈羽6・7号機は、すでに核燃料を入れる作業を終わっている。
原発は地震に弱い。避難計画は机上の空論だ。こうした原発が抱えている問題を根気強く訴えていくことが大切だ。
■愛知(老朽原発40年廃炉訴訟市民の会/草地妙子さん)
私たちは9年間かけて原発廃炉訴訟を闘ってきた。この3月に、名古屋地裁で判決があった。
ひどい判決だった。2点を指摘しておきたい。判決は東電原発事故の被害について、まったく触れていない。また、老朽原発の問題点について全体像を見ていない。
このままでは、東電原発事故をこえる事故が、いつどこで起きてもおかしくない。こういう状況になっている。裁判は名古屋高裁へとつづく。これからも闘っていきたい。
■石川(志賀原発を廃炉に! 訴訟原告団長/北野進さん、ボイスメッセージ)
能登半島地震から1年5カ月がたつ。能登半島では、今もぶきみな地震活動が続いている。活断層が150qにわたり動いた影響で、地震がおきやすくなっているのだ。
原発震災になれば逃げることができない。能登半島地震で、おおきな犠牲の上にこのことが実証された。
北陸電力は志賀原発の早期再稼働を画策している。住民の安全などまったく考えていない。このなかで「100ミリSvを超える被ばくでも大丈夫」いう放射能安全神話が流されている。政府と電力会社の横暴を許すわけにはいかない。
■福井(原子力発電に反対する福井県民会議/石地優さん)
福井では、使用済み核燃料の行き場をどうするのか、原発の廃炉で発生する放射性廃棄物の廃炉ビジネス、この2点が問題になっている。
乾式貯蔵を言い出しているのは、使用済み核燃料の行き場がないからだ。今後とも、六ケ所再処理工場は動かない。「先送り」と「責任をとらない」、電力会社はこれを繰り返してきた。この体制を切り崩していこう。
■東電福島第1原発事故避難者/菅野みずえさん)
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発言する菅野みずえさん(6月8日大阪市内) |
福島の被災者は今まで保険料を免除されていた。今年4月から、負担するようになった。福島では病気がひろがっている。放射性物質は、大地にしみ込んでいる。しかし、今も空間線量で語られている。現状認識が上書き≠ウれていない。
まるで原発事故が終わったかのように「福島を忘れない」という言葉が語られている。原発事故はけっして終わっていない。東電が事故をおこしたのであり、東電福島第1原発事故と言ってもらいたい。
■台湾が脱原発(ノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパン/佐藤大介さん)
東電原発事故をうけて、台湾で脱原発運動が大きくまきおこった。2013年に、23万人のデモ。14年4月に5万人デモをおこない、これで第4原発の建設を凍結に追い込んだ。
台湾には6基の原発があったが、今年5月17日に第3原発2号機が停止した。これで稼働する原発はなくなった。台湾は、アジアではじめて脱原発を実現した。
5月13日、立法院で「原発延長法」が可決された。このように原発推進派は、しつこく原発推進を画策している。8月23日には、再稼働をめぐって国民投票がおこなわれる。日本で原発を止めることが最大の連帯だ。
東電株主代表訴訟
東京高裁が逆転不当判決
6月6日
6月6日、東京電力株主代表訴訟の控訴審判決が東京高裁であった。木納敏和裁判長は、一審判決を取り消し、株主側の請求を棄却した。株主側は控訴する。
原告の株主(42人)は「原発事故を再びおこしてはならない」との想いから、経営責任を旧経営陣5人、勝俣恒久・元会長(24年に死去)、清水正孝・元社長、武黒一郎・元副社長、武藤栄・元副社長、小森明生・元常務にたいして経営責任を求めていた。原告には、東電福島第1原発事故の被災者も入っている。
今年3月、強制起訴された別の刑事裁判においても、最高裁は「事故は予測できなかった」として、旧経営陣の刑事責任を認めなかった。原発事故をおこしても、経営陣は刑事責任も民事責任も問われない。こんなことは社会的に許されない。
裁判の経過
株主は「津波対策を怠って会社に損害を与えた」として、23兆円の賠償をもとめて、2012年3月に提訴した。2022年、東京地裁は旧経営陣4人にたいして13兆3210億円の賠償(株主訴訟では、賠償金は原告ではなく、会社に支払われる)を命じた。
今回の高裁判決は、この地裁判決を覆して、旧経営陣に責任はないとした。判決は「東電が集中して負うべきもの」として、東電にすべての責任を押しつけた。
電力会社の経営陣が原発導入を決定する。この経営判断になんら責任が問われないのならば、経営者は国の方針に従い、会社の利潤追求のために、原発を推進できることになる。今回の判決は第7次エネルギー基本計画にそったものであり、司法の側がこれを追認するものだ。
高裁判決の内容
原発事故裁判において、「巨大津波の予測はできたか」(予見可能性)と「事故を防ぐ対策をとることができたか」(結果回避可能性)、この2点が主要な争点になってきた。責任を問うためには、この両方を満たす必要がある。
住民が国に賠償を求めた原発事故避難者集団訴訟の最高裁判決(2022年6月)では、国の責任を否定した。これ以降、原発事故避難者集団訴訟では、国の責任を認めない判決が続いている。
今回の判決は、「予見可能性」に高いハードルを設定している。判決では、「予見可能性」には「原発を停止しなければ過酷事故が生じうる」程度の確実性が必要だと言っている。こうして、地震予測「長期評価」にはこれほどの信頼性はなく、「津波は予知できなかった」と結論付ける。
国の機関である地震調査研究推進本部は、2002年7月に「今後30年以内にマグニチュード8級の地震が発生する確率は20%程度」とする「長期評価」を出していた。東電はこれに従い、最大15・7mの津波が福島第1原発に襲来する可能性を試算した。東電の担当部署は「津波対策は不可避」と考え、経営陣に判断をゆだねた。しかし、経営陣は津波対策をおこなわなかった。
現在の科学水準では、地震の日時を予知できない。南海トラフ地震を考えれば、このことはよくわかる。当時、「長期評価」は、信頼しうる最高の水準だった。東京電力は東日本大震災と同程度の津波を試算しており、これによって「予見可能性」はあった。
運動の力で脱原発を
今回の判断に従えば、原発を停止する程度の具体的危険が切迫しない限り、経営責任は問われないことになる。原発事故によって、周辺住民のみならず、きわめて広範囲の人々の生活や人生が一変させられた。生業がうばわれ、地域の紐帯がつぶされた。
司法は住民の人権をかえりみず、国と企業の側に立ち、原発を推進している。今回の判決は、このことを示している。怒りをもって、運動の力でこの現実を変えていこう。
4面
沖西ネット東京交流集会
6月7日
専守防衛破壊する長射程ミサイル
6月7日、東京・日本教育会館で「戦争止めよう! 沖縄・西日本ネットワーク」の東京交流集会が開催され、会場に超満員の200人以上の市民が集まった。
集会は、総がかり行動実行委員会・菱山南帆子さんの司会で始まった。
開会あいさつ
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共同代表の海北由希子さん |
ネットワーク共同代表の海北由希子さんが開会あいさつ。
「自衛隊の長射程ミサイル(配備)は外国に攻撃ができるので憲法違反、と政府は答弁してきた。その憲法解釈を閣議決定で覆したのは安倍内閣の悪弊。中国をにらんだ軍事大国化が進んでいる。大分では弾薬庫を『2棟造る』と言っていたのに『7棟造る』ということになった。(住民に対する)だまし討ちだ」。
ジャーナリスト吉田敏浩さんが講演
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ジャーナリストの吉田敏浩さん |
吉田さんは「戦争の加害者にも被害者にもならないために 大軍拡・米日軍事一体化・戦争準備に反対を」と題して講演。膨大なレジュメに沿って語られた内容の一部を紹介する。
「2022年12月16日に岸田政権が『安保3文書』(『国家安全保障戦略』『国家防衛戦略』『防衛力整備計画』)を閣議決定して以来、石破政権下でも『専守防衛』路線を逸脱し、他国を先制攻撃できる長射程ミサイル(射程千〜3千キロ)の導入など、攻撃性が著しい大軍拡、米日軍事一体化、戦争準備の動きが進む。
2024年10月23日〜11月1日、自衛隊と米軍を合わせた参加人員約4万5千人という過去最大級の日米共同統合演習『キーン・ソード25』が、沖縄県与那国島から鹿児島県種子島にかけて連なる南西諸島と九州を中心に、沖縄から北海道まで全国各地でおこなわれた。
新石垣空港や与那国空港から『患者』(戦時に負傷した自衛隊・住民を想定したとみられる)を陸自V22オスプレイで沖縄本島に搬送するための訓練。陸自与那国駐屯地から住民や観光客を陸自V22オスプレイで島外に避難させるための訓練。徳之島などでは島全体を戦場に見立て、海岸、漁港、運動公園、山地などで着上陸・パラシュート降下・偵察・山地機動など、民間地を幅広く使う『生地訓練』。いずれも沖縄や九州が戦場となり、米軍や自衛隊だけでなく民間人にも被害が及ぶことを想定したもの。
今年3月30日に初来日した米トランプ政権のヘグセス国防長官は、中谷元防衛大臣との会談後の共同記者会見で、台湾有事を念頭に『西太平洋におけるあらゆる有事に直面した場合、日本は最前線に立つことになる』と強調した。
米軍は日米『指揮統制』連携の強化に向けて、在日米軍管理の権限だけ持つ在日米軍司令官(横田基地に司令部)に、在日米軍部隊の指揮統制・作戦計画などの権限も持たせるよう、インド太平洋軍司令官(ハワイに司令部)の下で機能する統合軍司令部として在日米軍司令部を再編成する。統合軍司令部は自衛隊の統合作戦司令部と緊密に連携。そのための専門部署を都心の赤坂プレスセンター(麻布米軍ヘリ基地)に新設する方針。
自衛隊が事実上米軍の指揮下に置かれる『シームレスな統合』により、『統帥権』が、事実上アメリカに握られて、(敗戦前とは)別種の『統帥権の独立』状態におちいって、米軍主導の米日軍事一体化の『聖域』が作り出されるのではないか。自衛隊は事実上憲法の枠外に出て、実質的に文民統制も効かなくなるのではないか。
そもそも『安保3文書』の『国家防衛戦略』には、『万が一、抑止が破れ、我が国への侵攻』が起きた場合も想定して対処するとある。政府は抑止力向上を唱えて軍拡を正当化するが、抑止力が万能ではないことは明らかで、それを前提に戦略を立てている。現に核兵器、爆発物、生物・化学兵器、高高度での核爆発による電磁パルス攻撃などに耐えられるよう自衛隊基地『強靭化』のため、全国283地区で、基地や防衛省施設の主要部分の地下化、壁の強化などを進める計画がある。5年間で約4兆円の予算をつけ、12636棟を建て替え、5120棟を改修するという。戦時に国民・市民が被害を受けても、自衛隊組織が生き残ることを優先。2025年度予算では基地の『強靭化』に3568億円を計上(主要司令部の地下化、戦闘機の分散パッド〔掩体壕〕などに874億円、建物の構造強化など既存施設の更新に2694億円)。工事は進んでいる。
政府は『防衛力強化は抑止力向上のため』と軍拡を正当化するが、抑止力が有効であるのなら、そもそも基地の『強靭化』や先島諸島(宮古・石垣等)住民約12万人の九州各県・山口県への避難(戦時疎開)計画など必要ないはずだ。政府の『抑止力論』はまやかしである。避難計画も実現性が薄く、机上の空論といえる。棄民政策の一環である。
『歴史の連環』――そういえば私はかつて遠くビルマ(ミャンマー)北部のカチン州の山地の村で、その一端にふれていたと思い当たる。1985〜88年、私はカチン州とシャン州を歩いて旅し、3年半あまり滞在して、カチン人など少数民族の自治権運動と、山地で焼き畑をいとなみ森と共に暮らす人びとの生活、文化を取材した。ビルマは多民族国家で、多数民族ビルマ人中心の軍事政権が長年続き、少数民族を抑圧していた。少数民族の人々は軍事政権に抵抗し、自治権を求めてゲリラ闘争を続けていた。カチン州で年配の村人たちから、『ジャパン・マジャンを知っているね。ほら、あなたのお父さんやおじさんの世代の日本人、日本の兵士、日本の軍隊が攻め込んできた戦争のことだよ』と何度も話しかけられた。当時、私はカチン語を覚えて会話もできるようになっていた。『ジャパン』は英語からの借用語で日本を意味し、『マジャン』はカチン語で『戦争』を意味する。『ジャパン・マジャン』とは直訳すれば『日本戦争』で、アジア・太平洋戦争のこと。カチン州は日本軍とアメリカ・イギリス・中国の連合軍による激戦の地だった。日本軍・日本人がやって来て起こした戦争だから『日本戦争』と名づけられた。初めて聞くその言葉と、私の顔を見つめる人たちの視線の前で、戸惑うばかりだった。続いて語られる様々な話を聞くうちに、何度も立ちすくむような思いにとらわれた。『日本軍に軍用道路などの工事に駆り出されたことがあります。そして、いまでも覚えている日本語があります。キヲツケ! バッカヤロ! 言われた後に平手打ちや拳が飛んでくることもありました』『父親が日本軍の憲兵隊に連合軍のスパイだと疑われて捕らえられ、拷問された末に殺された。父はスパイではなかったのに…。』『村に日本軍の飛行機から爆弾を落とされました。いったい、どうしてこんな山奥の村にまで爆弾を落したりしたんでしょうか。私たちは、ヒロシマ、ナガサキに原爆が落とされて多くの人たちが死んだこと、いまも放射能による病気で苦しむ人がいることを知っています。日本人は、カチン州の小さな山の村に日本軍が爆弾を落としたことを知っているでしょうか』。
私は知らなかった。返す言葉がなかった。日本軍の爆弾の破片を見せられて、手のひらに乗せられたときは、うつむくしかなかった。日本人の多くが忘れ去ろうとしているあの戦争を、『日本戦争』と呼んで記憶し語り伝えている人々が目の前にいる。…あの戦争をアジアの側から見たら、どう見えるのか。アジアの歴史の鏡に日本という国は、日本人はどのように映っているのか。自問自答を迫られると同時に、ふたたび『日本戦争』と呼ばれるような戦争をけっして繰り返してはならない、という課題を自覚させられる経験だった。
各地で弾薬庫・基地建設、ミサイル部隊配備、空港・港湾の軍事利用、自衛隊や米軍の基地強化、武器輸出などに反対する運動は、いわば『炭鉱のカナリア』的な意義も持つ。危険の予兆を告げ知らせる役割を果たす存在を意味する。(戦争体制づくりの危険性と実際の戦争での人権侵害等を)予見し、社会に知らせる、警鐘を鳴らす重要な役割を果たしている。主権者として声を上げる大切さを身をもって示している」。
各地から報告
講演の後、防衛省等との政府交渉の報告、具志堅隆松さんから沖縄島の報告、石垣島・佐賀オスプレイ反対闘争・馬毛島・熊本健軍駐屯地・大分(敷戸弾薬庫)・呉市日鉄工場跡地(自衛隊基地に戻されようとしている)・京都府祝園、練馬駐屯地、神奈川(横須賀、横浜市神奈川区の強襲揚陸艇基地)といった各地からの報告がなされた。
5面
投稿 追悼 島袋里奈さん九回忌(中)
米軍犯罪根絶 日米軍事植民地から解放への道
沖縄戦と朝鮮人強制連行を記録する会 金 治明
2016・6・19県民大会
元海兵隊員による残虐な蛮行を糾弾!被害者を追悼し海兵隊の撤退を求める県民大会が那覇市奥武山陸上競技場で6万5千人の参加で開催されました。
自民党、公明党、維新の会は女性暴行殺人事件をオール沖縄が政治的に利用するとし、また、海兵隊の撤退と普天間基地の辺野古移設反対を掲げている事を理由に県民大会には参加しませんでした。
沖縄県議会では初めて「海兵隊撤退」の決議を上げました。自公維新は県議選、参院選を意識して政治的に対応し、「ウチナンチューの命より議席獲得」を優先したのです。
県選出の自公維新議員の7人、西銘恒三郎、国場幸之助、比嘉奈津美、下地幹郎、儀間光男氏は、県民大会は超党派ではなく「オール沖縄」の大会だと主張し参加しませんでした。因みに、島袋里奈さんの門中(親戚、家族)に島袋吉和前名護市長が居ます。島袋前市長は親族である里奈さんの冥福を祈るよりも、両親に名護市民追悼会や県民大会等の集会には「政治的に利用されるから」参加するなと圧力をかけた事は衆知の事実です。
[注]島袋吉和氏は名護市長時代、辺野古新基地建設に合意し、受け入れた人物です。
大会の冒頭、参加者全員で黙祷し県民大会は開催されました。事件で殺害された島袋里奈さんの父親から「なぜ娘は殺されなければならなかったのか。次の被害者を出させないためにも全基地撤去、新基地建設断念は県民が一つになれば可能だ」とメッセージが読み上げられました。
オール沖縄共同代表の一人、金秀グループの呉屋守将会長は「今回の事件で亡くなった女性を(米軍関係の)最後の犠牲者にするべく、具体的な有効策を講じることが我々に託された責務だ」と県民大会で抗議し、海兵隊の撤退を求める意義を強調。決議の採択後は参加者が一斉に「怒りは限度を超えた」「海兵隊は撤退を」と書かれたメッセージボードを掲げました。
主催者は、県民大会に呼応した集会が全国61カ所で開かれたと報告しました。東京では国会前の集会に約1万人(主催者発表)が集まり「辺野古新基地建設反対」「日米地位協定は抜本改定を」とシュプレヒコールを上げました。
登壇した女性共同代表の玉城愛さんは「被害者は私だったかもしれない」「安倍晋三さん、本土に住む皆さん、事件の第二の加害者はあなた達ですよ、しっかり沖縄に向き合って頂けませんか」と語気を強め訴えました。昨年の崎浜さんの12・22大会発言とは非対象です。
県民大会後の沖縄県議選では翁長知事与党派が過半数を遙かに超え勝利しました。参院選では自公、維新は0議席になりました。ウチナンチューは審判を下し里奈さんの死を無駄にはしませんでした。2024年岸田自公政権は6月16日、県議会選挙まで少女誘拐暴行事件を6カ月間も隠ぺい情報操作し、6月23日「沖縄慰霊の日」の終了まで公表しませんでした。その結果2024年6月の沖縄県議選ではオール沖縄20対自公維新28議席で勝利しました。
島袋里奈さんが殺害された4月28日はサンフランシスコ講和条約により沖縄が本土から切り離され、アメリカによる異民族支配が開始された日です。沖縄では4月28日を「屈辱に日」として捉え、復帰運動の原点にしていました。(朝鮮人、中国人は無国籍にされ戦後補償から排除)
里奈さんは1995年、少女暴行事件の起きた年にキャンプ・シュワブ海兵隊基地所在地の名護市内で生を受けました。里奈さんの20年間の短い人生は米軍支配による苦難、悲劇の歴史を背負わされた沖縄を象徴する生涯でした。
ちなみに、島袋里奈さんの実家は私が経営する店から5分も離れておらず、友人である辺野古の海人(漁師)の娘さんと職場が同じで、とても仲良しでした。里奈さんは一人娘の一人っ子です。両親の悲しみ怒りがどれだけ深いものか、と友人の犯人に対する怒りは大変なものでした。まるで我が娘が米兵による暴行致死の被害者にされた如く身近な事件として感じ取っていました。それほど名護市民は深く悲しみと心の傷を負ったのです。(つづく)
沖縄日誌5月 再び戦場にするな
西田参院議員発言を許さない
5月1日 米海兵隊員の男が県内女性への不同意性交の罪で起訴されたことを受け、玉城デニー知事は米軍を県庁に呼びだして抗議する予定だったが、米軍が県の呼び出しに応じず、県側が米軍基地内で抗議することとなった。
3日 那覇市でひらかれた、県神社庁や政治団体「神道政治連盟」「日本会議」主催の「憲法シンポジュウム」(共催・自民党県連)で自民党の西田昌司参議院議員が講演で、何十年前かに訪れたひめゆりの塔について「要するに日本軍がどんどん入ってきてひめゆりの(学徒)隊が死ぬことになった。アメリカが入ってきて沖縄は解放されたという文脈で書いている」と発言。「ひどい歴史の書き換えだ」とも、沖縄戦教育についても「ここまで間違った歴史教育は(自身の選挙区である)京都でもしていない。かなり無茶な教育をされている」と述べた。
ひめゆり平和祈念資料館の館長は西田議員が指摘した内容について「塔や資料館の記述にはない」「史実や歴史に誠実に向き合って発言してほしい」と語った。
7日 東京の国会内で西田議員は記者団の取材に「(一連の発言は)撤回しない」と明言した。県内では抗議の声が高まっている。7日に開かれた沖縄の県議会運営会議では自民も含めた抗議決議と意見書を出す方向で一致。
9日 東京の国会内で西田議員は会見し「ひめゆりの塔の名前を出して講演したこと自体、非常に不適切だった」と謝罪・撤回したが、「歴史の書き換え」という主張は訂正せず。
10日 参政党の神谷宗幣代表が青森県内の街頭演説で、西田発言について「本質的に彼が言っていることは間違っていない」と述べ、西田議員に同調した。
11日 沖縄の日本復帰から15日で53年となるのを前に、「5・15平和行進」(平和運動センター宮古島主催)が宮古島市から始まった。「宮古島を軍事の島にしないで」などののぼりを掲げ行進した。
13日 沖縄島北部の陸地に、米軍普天間飛行場所属のヘリから重さ18キロの発火性部品が落下した。住民は「人の上に落ちたら死人が出る」と憤りの声を上げた。米軍は今年1月にも伊江島で4百キロの物資を落下させている。
15日 石垣市内で「八重山地区5・15平和行進」(同地区実行委員会主催)が開催された。参加者は「基地のない平和な沖縄を」と声を上げ行進した。
16日 沖縄県議会は臨時会で、西田氏に改めての謝罪や撤回を、自民党に西田氏の厳格な処分などを求める抗議決議を賛成多数(賛成44、反対2)で可決した。
17日 北谷町内で「5・15平和とくらしを守る県民大会」(同実行委員会主催)が開催され、県内外から2千人が参加。大会の前には、「第48回5・15平和行進」が読谷村役場(嘉手納基地コース)と宜野湾市の嘉数高台公園(普天間基地コース)から出発し大会に合流した。
19日 名護市辺野古のキャンプ・シュワブゲート前で、5・15平和行進の参加者ら4百人が抗議集会を開いた。
29日 県議会代表団は国会内で西田氏事務所を訪ね、16日に賛成多数で可決した抗議決議を提出した。西田氏本人は対応せず。西田氏は30日発売の月刊誌『正論』(産経新聞社)で一部削除した発言以外は「事実だ」と改めて主張し、訂正する考えは示さなかった。(杉山)
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6面
投稿
大庭伸介著『歴史の暗に埋もれた朝鮮戦争下の清水港・山猫スト』を読んで
『レッド』出版記念会での著者による「朝鮮戦争下の清水港・山猫スト」講演に大幅に加筆して、本書が出版されました。その意味で、本書は『レッド』の続編と位置付けられます。
タイトルから、「朝鮮戦争下に決起した山猫スト」の描写が主であると推測されるかもしれませんが、それは結末部分であり、本書はいかにして労働者を組織して、どのようにたたかい、それが反戦ストにまで結実したのか、という「過程」に重きが置かれています。
〈清水自由労組の生き生きとした闘い〉
まず、1950年朝鮮戦争勃発時の日本の状況が叙述されます。日本の労働運動は、産別会議が凋落、「最低な情況」にあり、日本共産党は50年分裂で不毛な分派闘争を繰り広げ、反主流派も大衆的な反対行動を組織することができなかった、と著者は述べます。当時の党内の状態をさらに詳しく知りたいと思い、私は小山弘健氏の『戦後日本共産党史』を紐解きました。「党内闘争はますます深刻化していき、全党のエネルギーがほとんどこの内争にそそぎこまれるありさまだった。そのため、(50年)7月から年末にかけて朝鮮戦争の進展に対しても、レッドパージに対しても、有効な対策を立てたり、大規模な大衆闘争を組織したりすることが何ひとつできなかった」と、「前衛」とは名ばかりの深刻な状況に陥っていたのでした。
そのなかで、清水の失業者の組織化に2人の若き共産主義者が挑戦していく様子が生き生きと綴られます。清水一般自由労働組合の創意工夫あふれた闘いです。対行政の集団交渉によって獲得した成果を組合員以外の下積みの労働者にも平等に分配することで信頼を勝ち取っていく、対資本においても源泉徴収のゴマカシを正す闘いなど、一つひとつの勝利を積み重ねていくことが、組合の団結を固め、強く成長していく…。この場面は、組合で集団交渉を経験した者なら、誰でもその場の高揚感や労働者たちの自信に満ちた表情を思い浮かべることができるでしょう。
しかし、日本共産党は、こうしたたたかいの先頭に立っていた委員長の堀さん、書記長の浅野さんに対して不当な除名処分を下します。その失意を打ち破り、朝鮮戦争反対の行動に立ち上がっていきます。人力頼りの港湾荷役作業の逆手を取り、15人の力持ちが仕事を休み、それに呼応して下積み労働者がサボタージュすることで、清水港の荷役業務を止める=山猫ストに成功したのです。しかも、1枚のチラシも敵の手に渡すことなく、弾圧を回避することができました。
この山猫ストを成功に導いた力の源泉は何か?…と著者は問います。それは、第1に「自由労組が、〈人間として生きていくために必要なことは何でも取り上げて闘う〉という姿勢を貫いて、下積み労働者の支持を獲得したこと」、第2に「闘い方をすべて仲間たちの話合いの中で決め、体を張って集団行動を展開、あくまでも自分たちの発意にもとづいて闘いを組織したこと」と具体的に総括します。
〈著者の「階級形成論」〉
著者は、けっして経済闘争と政治闘争を切り分けたり、まして対立的に論じたりすることはしません。むしろ、経済闘争であれ政治闘争であれ、労働者(労働組合)の主体的で具体的なたたかいを組織する過程において階級形成を勝ち取っていく、というゆるぎない確信です。この「たたかいの中での階級形成論」にこそ著者の独自性と求心力があるのではないか、と私は考えます。
それを整理したのは次の文章です。「労働者階級自己解放の思想を個別具体的な闘いにおいて貫徹していくことが求められている。そして、それを保障する戦術を提起しなければならない。…労働者は大衆行動に参加することを通して自己解放の萌芽を体で感じ意識を変革していくのである。」(『レフト』所収「三田村四朗についての研究ノート」)
本書が、単に1950年代を歴史的に回顧するのではなく、今日の「新たな戦前」にどう対峙するのか、というきわめてアクチュアルな問題意識で書かれていること、そして現場労働者に向けて「自ら、闘い方や方針を創り出す発想と力を持とう」と訴えていることを真摯に受け止めたいと思います。
〈私自身の反省〉
本書が自由労組書記長の浅野健次郎氏から何度もヒアリングして著したことに、改めて著者に敬意を表したいと思います。そして、同時に私自身欠落していたことに深く反省の思いを感じます。
1990年代初頭にPKO派兵反対運動のなかで知己を得た元日本共産党の労働運動研究者のFさん。朝鮮戦争当時、全電通の職場細胞キャップだった彼は、朝鮮戦争に反対する行動を行うことを細胞会議で決議し、同志とともに深夜「米帝の朝鮮侵略戦争反対!」の伝単(ステッカー)を立川の米軍基地周辺に決死の思いで貼って回った、と語ってくれたことがありました。当時、若かった私は「ただのステ貼りじゃないか」とその行動を軽視してしまい、詳しい聞き取りや記録を残すことをしませんでした。本書を読み、改めて後悔の念を持ちました。反主流派に属していたFさんはさまざまな迫害の中で、職場細胞として自主的に反戦行動に決起したのです。
朝鮮戦争下での困難な状況に置かれた共産主義者が、党の指導なしに主体的に情勢に向き合い、何ができるか、浅野さんたちと同じく自分の頭で考えぬきながら決起した「歴史の暗に埋もれた」無数のたたかいがあったことに想いを馳せたいと思います。
最後に。「あとがき」に記念講演での私のささやかな助力について過分なことばが記されています。私は、東京での出版記念会の成功にかかわることができたことに、これまでの大庭さんの大きな仕事に少しは恩返しができたのではないか、と安堵し同時に嬉しくもありました。その結晶である本書は、コンパクトで読みやすく、現在労働運動の現場で苦闘している活動家を勇気づけることは間違いありません。本書が党派を超えて多くの労働者に広く読まれることを心から望みます。(野田浩二/東京・労働者)
治安維持法100年を問う(最終回)
〈新たな戦前〉を迎え、究極の治安立法を万全の態勢で阻止しよう
前にも記したが、治安維持法が初めて本格的に適用されたのは、1928年3月15日、日本共産党にたいする全国一斉大検挙であった。
そのとき、共産党関西地方委員長の春日庄次郎も逮捕された。彼は第一審で懲役8年の刑を宣告されたとき、刑期の長さにびっくりしたと後年語っている(『思想と人間』角川書店。なお控訴審判決は懲役10年)。
春日は印刷工出身で、左翼労働運動の闘士であった。それまで治安警察法で何回も逮捕されていた。「労働組合死刑法」と言われた治安警察法は1900年に制定され、労働組合への勧誘や争議の扇動、さらに女性の政談集会参加を禁止する法律で、最高刑は懲役1年であった。
弾圧慣れしていた春日の感覚では、8年もの長期刑は一瞬信じられなかったのであろう。
しかしこれは春日に限らず、他のメンバーも大同小異であった。治安維持法が従来の治安弾圧法とくらべて飛躍的にグレードアップした凶悪な弾圧法規であるという認識が、彼らに欠落していたことを示している。
そのころ左翼であるほど弾圧されることを、むしろ自分たちの戦闘性の証明であると誇りにする風潮があった。
治安維持法の制定には、左翼だけでなく、右寄りの政党や労働組合さえも反対を表明している。しかし上記のエピソードは、治安維持法の内容や制定の意図をしっかりと把握し、深刻に受け止めていなかった証明である。
ひるがえって、1995年のオウム真理教にたいする破壊活動防止法の団体適用の策動に、どれだけの政治組織や活動家が、それを阻止する行動を展開したか?
それ以降毎年のように組織的犯罪対策法案や共謀罪法案などの治安弾圧法案が、目白押しに国会に上程された。
そのとき「左翼」を自任する組織や活動家のうち、どれだけの部分が、何が何でも阻止しようと必死になって闘ったか? 街頭宣伝や決起集会・デモを全力あげてやり切ったと、胸を張って言い切れるだろうか?
共謀罪法案の成立を阻止するため、共同行動の中軸を担っていた党派の代表2人と、国会議員・弁護士から1人ずつの計4人が、深夜早朝を問わず毎日1回必ず顔を合わせて情報を交換し、具体的な対策を練った。そして3回も廃案に追い込んだのである。国会史上かつてない快挙であった。
だが東京オリンピックを目前にして、テロ対策強化のキャンペーンが張られるなかで、日本維新の会の議員が法務委員会の結論を待たずに、衆議院本会議に同じ内容のテロ対策法案採決の緊急動議を提案し、アッという間に成立してしまった。
いま〈新たな戦前〉下で、国家権力は実際に戦争を始めるためには、現状の治安弾圧体制が万全だとは認識していないだろう。
つぎつぎと情報伝達のツールが開発されているなかで、国家権力は最終的とも言うべき超絶の弾圧法規の策定を急いでいるに違いない。
大庭伸介
(長期間掲載してくれた編集部およびお読みいただいた読者の皆さんに感謝します)
〈新たな戦前〉下の現在(いま)、必読の小冊子
歴史の暗に埋もれた
朝鮮戦争下の清水港・山猫スト
元清水一般自由労働組合書記長の証言
(本紙掲載記事に大幅な加筆)
■失業者の集団が下積み労働者の圧倒的支持を得て、平場の話合いで戦術を決め、米軍用物資の搬出阻止に成功!
書砦梁山泊出版部発行/大庭伸介著
1部990円/本紙でも扱っています。
7面
通信KOSUGI
ヘイト議員がカウンター市民の列に乱入して恫喝
川崎駅頭でのヘイト街宣許さない
日韓基本条約締結60年 いまだこの「日韓条約体制」が続いている
今年は「昭和100年」、「戦後80年」などと言われ、「戦争をする国」づくりと結びついた世論形成がされようとしている。そして日本の「敗戦80年」は朝鮮半島の人たちにとっては解放と分断の80年だ。
また、過去の植民地支配を正当化し、朝鮮半島の南半分とだけ国交を結んだ日韓条約から60年の年でもある。1965年6月22日締結。今も日本と朝鮮半島の関係を規定している日韓条約。この「日韓条約60年」を問わなければならない。「日韓条約と請求権協定ですべて解決済み」をもって、日本軍「慰安婦」問題や強制連行・強制労働問題などの賠償責任を居直り続けて来た60年だった。「日韓条約体制」というものがいまだに続いている。この問題と懸命に取り組んできた韓国の市民の方々が来日して「日韓条約60年と植民地主義を問う」集会が6月20日、21日とあった。
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カウンター60人以上がヘイトと対峙 |
戦後80年、川崎の街でも
「戦後80年」、川崎の街でも、朝鮮半島出身の人たちによる戦後直後の「ドブロク闘争」があり、70年代からの日立闘争、指紋押捺拒否闘争、国籍条項撤廃・廃止のたたかいなどの苦闘の歴史の上に、在日の人々の奮闘と支援の日本人によって全国に先駆けて罰則付きの「ヘイトスピーチ規制条例」を設置させてきた。
しかし、この条例によっても、真の解決、真の規制にはなっていないのが現実だ。6月15日に川崎駅頭であったヘイトスピーチ街宣。ここでヘイトの市議がカウンターの人たちの列に乱入し恫喝するという事件が起こった。
この街に住む在日の人たちが国会議員を呼び説得して成立した「ヘイトスピーチ規制法」(理念法であるが)、そして川崎市議会の全会派でつくった「ヘイト規制条例」、確かにそのためもあって、「朝鮮人は死ね」「殺せ」というような露骨な差別扇動でのデモはなくなった。インターネット上でのヘイトスピーチも480件が削除要請されている。しかしそれでもネットを通じたヘイトスピーチがさらに跋扈している。
ヘイト議員がカウンター市民の列に乱入
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日の丸をマントにした戸田市議の河合 |
6月15日、埼玉県戸田市のれっきとした市議会議員の河合悠祐が3人の支持者を引き連れ、ヘイトグループとカウンター市民が接触しないように設置した鉄柵の隙間から市民のスペースに入り込み、大太鼓で対抗していた川崎市民たちに迫って恫喝をしたのだ。ヘイト河合らは市民との「もみあい」になって太鼓を台座から落とし、スピーカーを倒した。これはまったくゆるせない「ヘイトクライム=犯罪」ではないか。
神奈川県警はそんな悪質な奴らをカウンターの人々の列に突っ込ませてしまった。法があり、条例があるにもかかわらず、この実態、どう責任をとるというのか。
戸田市議の河合は川口市など埼玉県南に暮らすクルドの人々を「社会の敵」として「排斥運動」を公然とやっている悪質極まりないヘイト議員だ。「クルドの子どもが万引きしている」との真っ赤なウソをSNSでばらまき、クルド料理店への嫌がらせの電話やヘイトスピーチで店の営業を妨害し、クルド人が働いている労働現場を無断撮影し、注意されたことに対して、「クルド人に嫌がらせをされた」とまったくのウソを言って市民を欺き、こうした差別を正当化している。
昨年11月、さいたま地裁は、川口市にある「日本クルド文化協会」事務所から半径6百メートル内でのデモを禁止する仮処分を決定した。
こんなヤツら、そしてヘイト市議などはまったく許せない。
選挙運動でのヘイトスピーチ
今回の東京都議会選挙でもヘイトスピーチがおこなわれた。杉並区から立候補した在日の金正則さんに対して、「朝鮮人だ」「自分の国に帰れ」などという大量の書き込みがSNSでばらまかれている。
川崎でも7月の参議院選挙に、市内でヘイトスピーチを繰り返してきた差別主義者・佐久間吾一が立候補を予定している。佐久間は前回2019年の川崎市議選に立候補し、こともあろうに在日の街=川崎区池上町で第一声をあげると予告をしていた。佐久間は「在日の人々が不法占拠している」と誹謗中傷を繰り返し、へイトスピーチのために立候補したのだった。
選挙活動においても当然ヘイトスピーチは許されない。宣伝カーなどでの差別扇動などについても監視していかなくてはならない。
ヘイトを許さない全国的な市民のたたかいをさらに大きくつくっていく必要がある。
そして1965年という日韓条約が締結された同じ年につくられた「人種差別撤廃条約」。この条約が求めている「差別を禁止する法律」をこの国において制定させること、そして各都道府県での「ヘイト禁止条例」をしっかりと策定することが求められている。
私たちの取り組み、戦後80年、日韓条約60年の今日、私たちは厳しく問い直し、取り組んでいかなくてはならない。(神奈川・深津利樹)
(本の紹介)
『安倍三代』
青木理著 2017年・単行本
朝日新聞出版
安倍晋三暗殺は、22年7月8日。その後、岸田、石破と自民党政権は続く。自民党の統一教会との関係、裏金問題、米価の高騰と国内問題は、政権党の足場をくずす事件が続く。海外では、パレスチナへのイスラエルによるジェノサイド、また、ロシアによるウクライナ侵略戦争そして、イスラエル支援の米国による「イラン核開発阻止」を口実とした空爆。イスラエルとイランにいる日本人は、大挙して避難を開始。また韓国から4500人のアメリカ兵が、南洋の米軍基地へ移動した。核兵器を持つ国家の戦争は、極めて深刻な状況となっている。
2011年3月11日以降の東電福島第1原発の過酷事故の手当ても、汚染水海洋投棄、デブリの回収の困難と、福島を中心とする避難者、被害者への対応責任の回避など、明確なこれでいいという修復・復興の展望は、ないと言っていい。原子力ムラの厚顔無恥とは別の、沖縄から南洋列島への軍拡、沖縄の女性たちへの米兵の相次ぐ性暴力事件に、政権党は、むしろ、米国側に立って傍観している印象はぬぐえない。トランプのショックドクトリンに負けぬように、鉄鋼大手の合併を成功させたというが、巨額の投資をしたまでのことだった。
2022年7月の参院選を前に、自民党一党支配の安倍長期政権が、いわゆるロスジェネ(バブル崩壊ののち就職氷河期に突入し、中産階級の向上心、安定感を喪失した世代)を産み、そうした世代の者に政治家3代目の安倍晋三は暗殺された。この暗殺は、支配体制の陰謀という観測は今のところない。自民党一党支配の票集めのための統一教会との野合の犠牲になった母の献金後の崩壊悲惨への復讐という話が、表面を覆っている。まだ法廷はひらかれない。記録的長期政権を可能にしたものをめぐって、『安倍三代』というルポルタージュを参照してみた。
一人っ子の晋太郎は、どうせ死ぬなら、潔く死ぬと特攻を志願していたくらいだが、戦争の恐ろしさ、不条理、おそるべきファシズムは熟知していた。同郷の岸信介が、娘を紹介し結婚したが、晋太郎は、岸の娘婿ではない、寛の息子だと生涯言い続けた。むしろ、晋三は、岸に溺愛された。帝国大学出身の政治家に囲まれながら、成蹊という大学までの一貫校ですまし、神戸製鋼に腰掛けしていたが、腰の軽い、働き者ではあったようだ。成蹊は、三菱財閥系の学校であり、岸とサブリミナルな感情教育を受けていたように見受けられる。山口県の周辺的な環境で育った父や祖父とはまったくことなり、母(岸の娘)を誘っては、映画鑑賞をしていたくらいで、政治家にならぬのなら映画監督になりたかったという。
晋三は、大自然で育ったのではなく、セキュリティの完璧な特権的な大都市の環境で、人工的な、文化的な感情生活をおくっていた。彼の視界には、政治家や実業家やら成功者たちだけが元気いっぱい活動する姿しかなかったように思われる。庶民には想像しがたい、満州帝国を愛新覚羅溥儀に政権を握らせ、中国一帯を植民地にしてゆくことに挫折し、A級戦犯として、米軍に拉致されながら、愛新覚羅溥儀のように、米軍及び米政府の「かいらい」として生きることを軽々しくこなしてゆく岸は、怪物とみなされていた。自分の命を自在に左右する米国の政策を、軽々と演じてゆく岸を晋三は、畏怖をもってみていたのであろう。憲法の平和精神と核武装という安全保障上の政策は、矛盾しないと言い続けたのは、米国は、核武装及び原子力テクノロジーを悪いとはいえない教育をアメリカの大衆、軍に徹底していたからなのだ。命の恩人にさからう心など普通ない。
この本は、安倍晋三の政策について、批判的に論じる以前に、人間は環境の生物なのだと教えてくれている。しかし民衆の感性とは、けた外れなのだ。(南方史郎)
8面
6・15 兵庫県尼崎市議選が示したもの
自公維の衰退と排外主義派の台頭に、斎藤県政打倒闘争と連結し対決を
尼崎市議選の開票が午前2時半までずれ込んだのは、40位から43位(定数42)まで1800票に4人が並び、最下位当選と次点が3票差であったことによる。前回も1票差で選管の再調査になったが、今回もそれと並ぶ大激戦であった。
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200人からのN国派を前に立花が「私人逮捕」=襲撃を叫んだ(6月14日 尼崎市) |
極右・排外主義派の台頭と、公明票の激減=自公体制の崩壊は近い
トップ当選は参政党で、N国も上位当選し話題になったが、今一つの特徴は公明が12議席全員当選ながら、トップ10には誰も入らなかった事。前回躍進の維新は度重なる不祥事で7人に絞り全員当選も、得票を大幅に減らし7月参議院選の退潮も不可避だ。
公明王国の尼崎で、公明が得票を毎回15%減らしている。昨年10月総選挙でも「常勝関西6候補」が大阪では維新に全敗したが、兵庫8区(尼崎)では自民党との共闘で勝利した。しかし今や少数与党が常態化し今後は自民分裂も含め「連立・大連立の時代」に入るのは必至。その戦略的拠点の尼崎での激減。まもなく全員当選の公明党(小選挙区では自民党をカサ上げ)も落選必至で、ほどなく自公体制は崩れる。
国民民主も失速 代わって参政党などが
連立の時代を国民民主党か維新が担うとされていたが、国民・維新とも政党ガバナンス不全が露呈し、その空白をつき参政、N国、隠れN国、反移民(バックに在特会)、保守党が進出し、5人で得票数は2万を超えた。参政党は15日投票の3市でトップ当選。一時期の国民民主党並みだが、ここも個人独裁の排外主義の党。最初は知らない人が期待して投票してもガバナンス不全が露呈し、情勢決定力にはならないだろう。世界的なトランプ現象、西欧での反移民・極右の台頭と同じく、没落・衰退していくG7資本主義国・帝国主義国での右派の悪あがきの一コマということだろう。しかしながらこれらとの闘いは当面続く。
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雨中で懸命に訴える田中じゅんじさん(6月14日尼崎市) |
左派・リベラルの苦闘は続く
共産、左派・リベラルは残念ながら下位議席争いばかり。共産は衆議院選に2回立候補の人物が3人分の票を取り、議席数は過去最低の3に。かつては最下位すれすれに尼崎では6人、伊丹で4人など当選していたが今や3人、2人。それ以外の左派・リベラルは、無所属1、れいわ1が上位で、これを除けば12人(共産5、立憲3、緑・無3、無1)が下位争い。かつては労働運動の町として旧社会党が14議席の時代があったが労組系もほぼ壊滅。旧来の運動でなく新しい生活防衛に繋がる市民運動が必要だ。
本紙415号に掲載の3人は佐野たくみさんが当選、田中じゅんじさんは3票差で次点、いちのせ剛さんは届かなかった。立花・N国と果敢に闘った田中さんは斎藤知事批判のユーチューバーからも支援を受けたがN国から集中攻撃、3票差の超惜敗。この雪辱戦はN国の違法などを衝き継続中で、2年後の兵庫県議選=統一地方選に必ず繋がるだろう。
N国との闘い方には各種意見があるが、ファシストがその突撃隊を先頭に立花信者200人規模が尼崎で暴走した。批判の大きさに立花は「私人逮捕」と称する警察の介入を扇動した。対抗運動がなければ尼崎はもっと蹂躙され、N国候補はさらに票を上積みしていただろう。また反移民だけを訴える在特会に支援された人物も当選した。今後議会内外で排外主義をあおってくることは必至で、関東の埼玉県川口市、神奈川県川崎市型の激突が想定される中、人権無視・デマ扇動に対し、創意工夫を凝らした闘いが必要だ。
今次尼崎市議選は、斎藤県政・N国=新しいファシズムとの闘いを避ける部分と積極果敢に闘う部分との分岐でもあった。世界的な資本主義の腐敗・腐朽のなか極右が席巻しているが、彼らには未来はなく、国際連帯・インターナショナルな闘いのみが労働者階級・人民の未来を切り開くことを示した市議選だった。