未来・第386号


            未来第386号目次(2024年3月21日発行)

 1面  3・11 十三年 原発=核は廃絶しかない
     原発強行、不正・腐敗の岸田政権

     
 2面  島根原発2号機再稼働を止めよう
     松江市内で反対集会 3月3日      

     「終わらないフクシマ」
     福島原発事故から13年のつどい
     3・3 加古川      

     沖縄日誌2月
     拡がる基地ノーの声
     うるま市で陸自計画に反対

     3・11尼崎の集い

 3面  2・24 東京青山集会&デモに500人
     ウクライナに平和を!            

 4面  陸上自衛隊・祝園分屯地(京都府精華町)
     ミサイル弾薬庫建設を許さない

 5面  強制不妊 神戸地裁 2月9日
     弁護団が意見陳述      

     追悼 赤堀政夫さん
     「障害者」を主体とする闘争が始まる      

 6面  (本の紹介)
     岩本愼三郎 著
     『党はどこへ行ったのか 私と革共同』
     赤松英一      

     『私と革共同』出版会
     各界から50人が参加

 7面  子育て支援での増税許すな(下)
     高収益下で格差拡大
     大井拓      

     尼崎地区労春闘集会 3月6日
     今こそ労働組合の闘いを      

     (本の紹介)
     『戦雲 要塞化する沖縄、島々の記録』
     三上智恵 著(集英社新書ノンフィクション)

 8面  ラファ攻撃やめろ!
     グローバルアクション全国一斉行動
     3月2日大 阪

     (本の紹介)
     『万博崩壊〜どこが「身を切る改革」か!』
     西谷文和著 23年12月発行 せせらぎ出版

           

3・11 十三年 原発=核は廃絶しかない
原発強行、不正・腐敗の岸田政権

中之島公園に700人が参加(3月10日 大阪)

3・11福島第一原発事故から13年。デブリは取りだせず、汚染水はたれ流しで、事故収束の目途はたたない。いまだ2万人が避難を強いられている。にもかかわらず岸田政権は各地の老朽原発再稼働を狙う。特に能登半島地震直後に美浜原発3号機(福井県)を再稼働させた事は許せない。3・11から13年、改めて原発=核と人類は共存できないことを確認しよう。
他方で岸田政権は昨年来の裏金問題で、党としての謝罪・処分ができず、森元首相らの影響が続く。金子議員「赤ベンツ不倫」、和歌山「下着ダンサー」事件と政権政党の体をなさない。この中で決定・執行される大軍拡予算など何の正当性もない。今や岸田政権は松本人志以上の「裸の王様」だ。人民の持続的決起の上に、4・28補欠選挙3連敗で退陣に追い込もう。

3・11福島第一原発事故13年
各地で闘い(2面にも記事)

3月10日、「さよなら原発 関西アクション」(主催:同実行委員会)が大阪市の中之島公園でおこなわれた。この日は春の日差しもあったが、まだ肌寒い風が吹いていた。集会には「原発やめて!」を訴える市民700人が参加した。
岸田政権は、グリーントランスフォーメーション(GX)という名のもとに、「原発はクリーン・エネルギー」とうそをついて、原発推進に暴走している。1月1日におきた能登半島地震においても、志賀原発が大きな被害をうけている。日本列島は、どこででも地震がおきる。こんなところに原発を建てさせてはいけない。
3月11日、福島原発事故から13年をむかえた。福島第一原発では、いまだに燃料デブリは取り出すことができていないどころか、その状態さえわかっていない。
集会のメイン講演は、おしどりマコ・ケンさん(漫才コンビ、ジャーナリスト)。また、菅野みずえさん(福島県浪江町からの避難者、兵庫県在住)と松下照幸さん(福井県美浜町住民,町会議員)がアピールをおこなった。

市民運動が原発を止めたドイツ

福島第一原発事故を追い続けるおしどりマコ・ケンさん(3月10日 大阪)

おしどりマコ・ケンさんは次のように述べた。「この13年間、わたしたち2人は東京電力の記者会見に1回も休まずに出席してきた。事故当初にはジャーナリストが200人くらい参加していたが、2023年の記者会見では、ついに記者はおしどり2人だけになってしまった。当初から記者会見に参加しているのは、もう自分たちだけだ。2018年に、吉本興行をやめて、芸人として原発事故をずっと取材し続けている」「2011年の3月15日から、広告会社の電通が、政府の〈福島は安全〉キャンペーンを展開している。電通は政府から委託をうけて、メディアにたいしても取材誘導をおこなってきた。原発にかぎらず、電通は国策を推進する宣伝機関として、立ち振る舞っている」「昨年5月、ドイツは原発を廃止した。これが実現できたのはどうしてなのか。政権の力ではなく、市民の運動が強かったからだ。市民は創意工夫して、原発推進側を苦しめてきた。市民運動が原発を止めたのだ。いま、ドイツの市民グループは隣国の原発も止めようと積極的に動いている。ドイツ市民のように、私たちは自分の頭で考えて、自分たちの社会を創り出していこう。そのために行動しよう」。

福島を想う

菅野みずえさんは、「原発事故で、動物たちもたくさん被害をうけている。昨年12月、福島の実家の裏に住む猿の糞(415g)から2339ベクレル、家のスズメバチの巣(10・2g)からはなんと33520ベクレルも検出された。猪が血の泡を吹きながら死んでいく。こんなことはかつてなかったこと。メディアにおいては、原発事故の体験が涙々で語られることがもてはやされている。これはちがうと思う。今必要なのは〈原発は悪い〉を語ることであり、メディアは〈原発反対〉をはっきりさせるべきなのだ。みなさんは〈福島を忘れるな〉ではなく、〈福島を想う〉を実行していただきたい」と語った。

乾式貯蔵は認めない

松下照幸さんは「原発の老朽化が最大のリスクだ。老朽化すれば、事故は予測できない。関西電力は老朽原発を動かすために、ずさんな検査を繰り返している。関西電力は乾式貯蔵をおこなうと言っている。これは使用済み燃料プールに空きをつくって、原発を動かそうとするためだ。これを許してはならない。今度、原発事故をおこすのは、関西電力ではないか」と述べた。
また、青森県〈核燃サイクル阻止1万人訴訟原告団〉代表の浅石紘爾さん(弁護士)からメッセージがあった。再処理工場は核燃料サイクルの要に位置づけられている。アピールでは、再処理工場の本格稼働を阻止する決意が語られた。
集会後、JR大阪駅近くまでデモをおこなった。デモ隊の先頭には、こどもの隊列があり、元気よくシュプレヒコールをあげた。

2面

島根原発2号機再稼働を止めよう
松江市内で反対集会 3月3日

島根原発2号機は、福島第一原発と同じ沸騰水型炉(BWR)。福島第1原発の事故後、12年1月に定期検査で運転を停止していたが、中国電力は、今年6月に原子炉に核燃料を入れたあと、8月に原子炉を起動、再稼働させて発電と送電を開始し、9月には営業運転を再開する計画を示している。

連動する断層

能登半島地震では北陸電力が連動しないと言っていた海域の複数の断層が連動したと言われている。島根原発でも直近の宍道(鹿島)断層(39q)と約6qしか離れていない伯耆沖断層帯が連動する恐れがある。
1号機、2号機は、もともと、半径30q以内には耐震設計上考慮すべき活断層はないとして設置許可され、運転が開始された。ところが、3号機増設に伴う調査で、宍道断層が確認され、しかもこの長さの評価を8qから10q、さらには、22q、39qと変遷させてきた。
3月3日、松江勤労者総合福祉センター(松江テルサ)で島根、鳥取両県知事に対して、能登半島地震における、地震に対する知見と被害状況を踏まえ、再稼働同意を撤回し、原発の安全性と避難計画の実効性を再検討するよう求める集会がひらかれた。

避難計画は実現不可能

「原発震災!『避難計画』は住民を守らない」と題して、島根原発差止訴訟にかかわった大河陽子弁護士が講演した。
大川弁護士は「(1)全国で唯一、県庁所在地に立地している。県庁も市役所も10キロ圏内にある。(2)放射能防御施設が土砂災害警戒地区内に6カ所もある。(3)在宅介護を受けている人は屋内退避と規定されているだけで、屋内退避中の医療介護を受けられる避難計画は策定されていない。(4)30キロ圏内の避難行動要支援者は4万人近いが、支援者有りは1万人に満たない。(5)病院の避難計画は各施設にまかされている。(6)バス運転手要請の基準は原子力災害対策指針と矛盾し、バスによる避難はできない。(7)能登半島地震を見れば退避は不可能。(8)検査場所通過に極めて長時間を要する。(9)避難計画に基づいて避難した場合の被ばく量の大きさ」と、鮮明に提起した。
集会には住民350人が集まり、さらに松江駅周辺を回るデモがおこなわれた。「老朽原発動かすな」の幟がひときわ目を引いていた。

裁判闘争も

運転差し止めを求めた訴訟が広島高裁松江支部でたたかわれている。1994年4月、市民140人が、松江地方裁判所に、島根原発1号機(廃炉を決定している)、2号機の運転差し止めを求める訴訟を提起した。そして、2010年5月31日、訴えを棄却する不当判決が言い渡された。
山陰両県の住民が2号機の運転差し止めを求めた仮処分が2023年3月に申し立てられた。第4回審尋(非公開)が2月19日、広島高裁松江支部であり、審尋は今回で終了した。裁判所は4月以降に判断をするという。住民側は燃料が搬入される6月までに判断を出すように要求している。
あらゆる手段で島根原発の再稼働を止めよう。(坂井真二)

「終わらないフクシマ」
福島原発事故から13年のつどい 3・3 加古川

3月3日兵庫県加古川総合庁舎で、福島原発事故から13年のつどいが開かれ50人が参加した。主催は脱原発はりまアクション。(写真)
開会の前に地元の菅野さんと小野さんの歌が披露され、1時半に開会。司会の宮嵜さんが主催者あいさつ。そして弁護士の坂本知可さんが「福島原発事故ひょうご訴訟の現状について」講演。
坂本さんの話の趣旨は、福島原発事故は国際原子力事故評価尺度で最も深刻なレベル7に該当する原発事故であること、よって非常に広範囲にわたる地域が放射性物質により汚染された。この訴訟の目的は、本件原発事故の責任を明確に、被害者への完全賠償の実現、恒久的な補償制度の確立、避難の権利の確立、原発事故の再発防止策の徹底、の5点である。また原発賠償ひょうご訴訟の特徴は、原告の中には子どもたちも多数含まれている、母子避難などの世帯分離のケースが複数あること、自主的避難区域の避難者も多いこと、など写真を駆使して丁寧に説明した。
次に避難者の槙奈緒美さんは、福島県富岡町で病気療養中に東日本大震災と原発事故が起こり、避難指示が出ても、自力で避難するしかなく、車があること、運転できることが前提だった。仕方なく高齢の父親が運転する車で避難した。社会的弱者の避難を想定していない避難指示を考え、原発をなくしていきたい、と語った。最後に主催者から3月21日第一審判決には、多くの方が神戸地裁に結集して下さい、と呼びかけた。(大北健三)

沖縄日誌2月
拡がる基地ノーの声
うるま市で陸自計画に反対

2月1日 うるま市石川で、防衛省の石川東山のゴルフ場跡地への陸上自衛隊訓練場計画に、石川地区の15自治区で構成する自治会長会が「計画反対」を決め「地域全体で取り組む」とした。「予定地が民家や教育施設に隣接しており、騒音なども懸念される」と危機感を表わした。
同日、辺野古新基地建設で辺野古崎周辺の護岸工事が着手された。護岸はK5で辺野古側の埋め立てられた工区A―1の延長線の護岸である。まだ完成していないK5〜7の護岸工事が本格的に進むとみられる。

2日 辺野古新基地建設で、大浦湾側に投入するための土砂を辺野古の埋め立て区域に仮置きする作業が始まった。本部町で採取した土砂は1月より海上から辺野古に持ち込まれている。計画では百立方メートル、工期は9月まで。仮置きした土砂を大浦湾側に投入する時期は未定。

3日 玉城デニー知事は、政府に対し、うるま市の陸上自衛隊訓練場計画に「地元の意向を尊重する姿勢を示していただきたい」とコメントを発表。
同日 名護市辺野古のキャンプ・シュワブゲート前で、毎月第1土曜の「県民大行動」に市民850人が参加。共同代表の糸数慶子さんは、大浦湾側の工事が代執行で強行される中で「首相の聞く耳はどこにあるのか」と岸田政権を糾弾した。照屋副知事は代執行訴訟の判決に「日本の三権分立はどこに行ったのか」と怒りをあらわにした。現場でたたかう市民から報告があり抗議行動への参加が呼びかけられた。

6日 沖縄戦遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」は国会内で防衛省担当者に名護市辺野古の新基地建設に使用する土砂を本島南部地域から採取しないよう要請した。賛同署名6万筆以上(1月現在)の一部を今回提出した。

11日 うるま市の自衛隊訓練場計画で防衛省は、旭区と東山区の住民説明会を開いた。住民280人が参加。「区民のことを何も考えていない」と反対の声が上がった。

13日 県議会の照屋守之副議長(元自民党県連会長や幹事長歴任・うるま市区選出・県議選6月16日投開票見すえ)は「訓練場は造るべきでない」と反対を表明。保革を超えた判断になるとした。

16日 辺野古新基地建設のサンゴ移植を巡る訴訟で、福岡高裁那覇支部(三浦隆志裁判長)は農水相の指示は「違法」とした県の訴えを棄却した。県の敗訴が確定。県は「不当」とし対応を検討。

18日 宮古島市で陸上自衛隊宮古島駐屯地創立5周年式典が開かれた。式典に反対する市民と支援者50人が抗議の声を上げた。

24日 うるま市の陸自訓練場計画に、「訓練場断念」を求め旧石川市の元市長・市議が保革を超え「OB」会を結成。会長に元自民県議。

27日 自民党県連は、うるま市の陸自訓練場計画に「白紙撤回」を求める方針を示した。公明党県本部も「白紙撤回」の方針。県議会では全会一致で撤回を求める動き。うるま市長は賛否を明らかにせず。

28日 石垣市でPAC3の弾薬を搬出した。PAC3は昨年4月宮古・石垣・与那国に配備された。朝鮮民主主義人民共和国の3度の衛星打ち上げに展開したが破壊措置は実施されず、12月に必要な部隊を残し半分に減らす方針を打ち出した。それぞれの地域で順次作業がおこなわれている。(杉山)

3・11尼崎の集い

3月11日、JR尼崎駅で街宣、アピール、黙祷がおこなわれ40人近くが参加した。













3面

2・24 東京青山集会&デモに500人
ウクライナに平和を!

2月24日、ロシアの侵攻弾劾し500人が結集(東京・青山公園)

ロシアのウクライナ侵攻から2年 ウクライナに平和を! 2・24青山集会が、2月23日、青山公園に500人を集めておこなわれた。主催は、さようなら原発1000万人アクションと戦争させない・9条壊すな! 総がかり行動実行委員会。

命から物事を考えていく

冒頭、主催者挨拶で平和フォーラムの藤本泰成さんは「2022年2月24日ロシアのウクライナ侵攻から2年がたった。590万人が国内避難し、市民1万人以上が亡くなり、約2万人が負傷している。この2年間のロシア・ウクライナ両軍の死者は50万人と言われている。NHKのウクライナ問題を取り上げた特集番組で、有名な音楽家は、演奏をせずに戦闘用のドローンを操縦し、有名なカメラマンは、長く悩んだ後に武器を取ることにした。50万人もの徴兵がおこなわれている中で戦闘服を作っている人は、『もう生き残ることはできないだろう。こんなことなら最初から逃げていればよかった』と述べている。戦争の終わりは見えない。戦争が終わるまで生きていけるかもわからない。ロシアの侵略と戦うウクライナの人々に、国際社会はいつまで頑張れと言わなければならないのか。戦争は、どんなに立派な大義があれ人の命を理不尽に壊していく。一人の弱き人間だとしたら、侵略する側も侵略される側も失われる命を考えるならば、理不尽であることに違いはない。
陸上自衛隊・海上自衛官の靖国参拝がおこなわれたが、本当に恐ろしいこと。靖国が果たしてきた役割を考えるなら、自衛官の行為は許しがたいものだ。進め一億火の玉だ。欲しがりません勝つまでは、あの時代の日本社会、靖国で会おう、自ら弾丸となって若者が死んでいった。私たち日本人は戦後79年、戦争というものをどう考えてきたのか。私たちは決してウクライナに頑張れとは言えない。生きていく果てにしか幸せはない。命に寄り添う政治と社会、そう求めて運動を進めてきた。早くウクライナに戦火がやむことを、またパレスチナに平和が戻ることを、日本の政治が、そして世界が命から物事を考えていくことを切望する」と発言した。

自民党政権にレッドカードを

中川五郎さんのギター弾き語りをはさんで、総がかり行動実行委員会・小田川義和さんが発言。「国際法に全面的に違反をしているロシアのウクライナ侵略が始まって2年、今なお違法な侵略が継続し、ロシアの戦争犯罪が続いていることに、強い怒りをもって抗議の声を上げたい。核兵器の使用までちらつかせる圧倒的軍事力を持つ国が、自らの意に反する行動をおこなった国を侵略し、その領土の一部を強奪する、そんな野蛮な不正義を、法のルールによって是正することができない。国際平和の実現を最もの目的とする国連が、安全保障理事会の常任理事国によって機能不全の状態に陥っている。イスラエルによるパレスチナ・ガザへの集団的懲罰、ジェノサイドに対して国際社会の一致した行動が制約されている。国連のグテーレス事務総長は2月8日の国連総会で『安保理は理事国どうし、アメリカとロシアの過去最悪の対立で行き詰っており、機能不全になり、より深刻である』と国連の苦悩を述べた。
一昨年4月26日、国連総会は、安保理で常任理事国が拒否権を行使した場合、総会での説明を求める決議案を採択した。ウクライナに侵攻したロシアが、拒否権を行使し、自国への非難決議案を廃案に追い込んだことへの危機感が、国際社会で共有された結果だ。
昨年9月9日インドで開催されたG20では、ウクライナへの軍事侵攻について、全ての国が領土の獲得のための威嚇や武力の行使を控えなければならないと明記した。また核兵器の使用や威嚇は容認できないという首脳宣言を、ロシアも含めて採択をしている。不十分な点は沢山あるが、グローバルサウスなどの国々や小国が、軍事ブロック化の道ではなく、粘り強い対話で国際法のルールに則った紛争解決を目指す動きを積み重ねてきた結果である。軍事ブロック化に組み込まれれば、小国が軍事大国に翻弄され、紛争に巻き込まれるということは明らかだ。
同様のことはイスラエルによるパレスチナへの侵攻をジェノサイドと告発した南アフリカと、これに賛同する国々の動きにも示されている。平和を愛する諸国民の公正と真偽を信頼し、われらの安全と生存を保持しようと決意した憲法前文の立場からしても、国際法、国連憲章のルールによって、ロシアはウクライナから手を引け、戦争をやめろと、日本政府が国際社会の先頭に立つよう求め続けていくこと、それが私たちの責務だ。その点でも今日のような行動を繰り返していくことが大切ではないか。
ウクライナ経済復興推進会議なるものが開催された。戦火の未だやまない中で、復興ビジネスを前面に打ち出す会議を開催する岸田政権には、強い違和感を覚える。帝国データバンクの調査によると、ロシアで経済活動を続ける外国企業の2022年売り上げランキングで、実質の1位は日本のタバコ産業JTの子会社、JTインターナショナルだ。ロシアで事業展開する日本企業168社中、完全に撤退をしているのは2割だ。なによりも日本は、石油・天然ガス開発事業であるサハリン2から、年間約600万トンの天然ガスを輸入し続けている。ロシアにウクライナ侵略をやめさせるために、経済制裁をおこなっているはずだがザル状態だ。戦争をやめさせる努力の積み上げを、今こそ日本政府に強く求めたい。力と力の対立では平和は絶対に生まれない。大軍拡、戦争準備、憲法九条改憲を同時に進める自民党政権にレッドカードを、裏金づくりの自民党政権を終わらせるために、今声を上げ、行動を」と述べた。

原発の即時廃止を

続いて、さようなら原発1000万人アクション(原子力資料情報室・松久保肇さん)が発言。「今回の戦争で、原発が標的になった。ロシア軍は開戦直後にチェルノブイリ原発を占拠した。その後、欧州最大の原発で6基の原発があるザポリージャ原発は、今なお占拠されたまま。ウクライナは電源の約6割を原発に頼っている。占領は電力危機に直結する。ジュネーブ条約では、ダムや原発への攻撃を禁じている。ロシアも加盟している。複数の高圧電線がつながっているが、切断が度々起きている。ディーゼルの非常電源を使って、電源を供給するなどおこなっているが、燃料が滞る可能性もあり、非常に不安定な状態だ。戦争が長期化する中で、双方非常に危険な行為をおこなっている。ロシア軍は原発の建屋の中に兵器を置いたり、地雷網を設置したりなどし軍事基地化を進めている。ウクライナも原発への攻撃を3回おこなったと発表されている。原発の送電網のロシア側への切り替えを阻止するためにおこなったということだが、非常に危険な行為であることに違いはない。ウクライナにはザポリージャ原発以外にも運転中の原発があるが、弾道ミサイルが飛来したり、ドローンが飛んできたりなどしている。また攻撃のためかは定かではないが、昨年の6月にはダムが決壊した。ザポリージャ原発の水源にも使われている。原発は攻撃の対象にならないという暗黙の前提があったが、今は全く先が見通せない。皆さんと一緒に原発の即時廃止を求めていきたい」。
その後ウクライナから18年前に来日し、演奏活動を続けてきたカテリーナさんの演奏がおこなわれた。カテリーナさんはチェルノブイリ原発から2・5キロのところで生まれ、19歳のときに日本にやってきて、ウクライナの民族楽器であるバンドゥーラの演奏をしながら歌い続けてきた。この日もウクライナの曲2曲と、日本の「翼をください」を、バンドゥーラの演奏とともに、美しい声で歌い、曲の合間にバンドゥーラの説明をするとともに、ウクライナでの戦争が早く終わることを願う思いを語った。
閉会挨拶ののち、三河台公園に向かってデモ行進に出た。(大崎健)

4面

陸上自衛隊・祝園分屯地(京都府精華町)
ミサイル弾薬庫建設を許さない

岸田文雄政権は2022年12月に「安保3文書」を改定し、このなかで、敵基地攻撃能力を保持し、自衛隊の継戦能力をたかめることを打ち出した。自衛隊施設の強靭化がおこなわれ、日本全土で「出撃基地化」がすすめられている。
ミサイル配備とともに、その弾薬の保管場所が必要になっている。大型弾薬庫(防衛省は「火薬庫」と言っている)が全国で造られようとしている。しかし、政府は具体的なことを説明していない。各地で、自衛隊弾薬庫建設に反対する地元住民が立ちあがっている。あらたな反基地運動が始まった。

岸田政権による軍拡

自衛隊基地建設の動きについて、昨年(2023年)1年間をふり返っておこう。2023年1月、馬毛島(鹿児島県)で自衛隊基地建設工事が始まった。3月、陸自・石垣駐屯地が開設された。8月には、民間技術、空港・港湾の軍事利用で関係閣僚会議を立ち上げた。10月、木原防衛相が長距離ミサイルの前倒し配備を指示。11月に、陸自大分分屯地で大型弾薬庫建設が始まった。
防衛省は全国14カ所に弾薬庫新設を計画しており、24年度の予算に222億円を計上した。これらの弾薬庫が戦時の補給拠点になる。沖縄には陸自沖縄訓練場(5棟)、奄美大島に瀬戸内分屯地(3棟)が造られる。九州では、大分県大分分屯地(3棟)、宮崎県えびの駐屯地(2棟)、鹿児島県さつま町にもあらたに計画されている。京都府海自舞鶴地区(3棟)、京都府祝園分屯地(8棟)、青森県むつ市の海自大湊地区(4棟)にも造られる。北海道では、6カ所が建設予定になっている。防衛省は、2032年度までに130棟もの大型弾薬庫を全国に建設する方針をもっている。
また、政府は民間空港(14カ所)と港湾(24カ所)、合計38カ所を「特定利用空港・港湾」に指定して、軍事力強化の目的で整備・拡充する方針を打ち出している。その候補地は北海道(5カ所)、九州(16カ所)、沖縄県(12カ所)におよぶ。関西近辺では、高知県(高知港、須崎港、宿毛湾港)、香川県(高松港)、福井県(敦賀港)などだ。現在、地方自治体が空港・港湾を管理している。政府は「自衛隊・海上保安庁の艦船・航空機の 円滑な利用にも資するよう、必要な整備又は既存事業の促進」と称して、空港・港湾を自由に使えるよう狙っているが、これを許してはならない。

陸自・祝園分屯地とは

陸上自衛隊祝園分屯地(京都府相楽郡精華町)は、陸上自衛隊宇治駐屯地のもとに位置づけられている。現在、祝園分屯地には弾薬庫(上屋式、覆土式、地中式)がある。少なくとも7000トンの弾薬が、ここに貯蔵されている。祝園分屯地は、本州の陸上自衛隊弾薬庫施設のなかで最大級の規模を誇る。
祝園分屯地の敷地面積は約470ヘクタールで、東京ドーム100個分にあたる。精華町面積の約6分の1が、この自衛隊基地になっている。この広大な丘陵地(竹と雑木の林)のなかに、弾薬庫が造られている。弾薬庫は外見ではわからない。これは攻撃から守るためだけではなく、住民からも隠されているためだ。
祝園分屯地の北側には、京都府立大学農学部が隣接している。南側には、関西文化学術研究都市がひろがっており、企業の研究施設や国立国会図書館関西館などが存在している。現在、企業誘致が進められ、敷地造成もおこなわれている。こういう平和的な地域に、弾薬庫が隠れるように存在している。
ここに、防衛省は大型弾薬庫を8棟増設する方針だ。すでに調査がおこなわれている。今年度予算に設計・工事費の102億円が計上されており、今年にも建設が始まろうとしている。
防衛省は、陸上自衛隊だけではなく、海上自衛隊の弾薬も保管する方針にしている。陸自はここに「12式地対艦誘導弾能力向上型」(12式ミサイルの射程を約1000qに延長する)の弾薬を貯蔵する。海自はイージス艦に搭載する巡航ミサイル「トマホーク」の弾頭を保管する。こうして、祝園分屯地は、敵基地を攻撃するための最前線基地に変わろうとしている。

祝園弾薬庫の経緯

1940年、禁野火薬庫(現在の枚方市禁野本町)が祝園に移転。以来、祝園は「東洋一の弾薬庫」として、大日本帝国陸軍の弾薬庫として使われてきた。その歴史を簡単にみておきたい。
禁野火薬庫(大阪陸軍兵器支廠禁野火薬庫)は、枚方地域の軍事施設としては最初に造られ、1897年2月に開所した。この時、陸軍は住民に火薬を格納することを隠したうえで、強制的に土地を買収した。当時、火薬は宇治製造所で造られており、鉄道でここまで運んできた。
1938年、禁野火薬庫の隣に枚方製造所(陸軍造兵廠大阪工廠枚方製造所)がつくられ、枚方一帯は軍需工場地帯になっていく。枚方製造所では、あらゆる砲弾と爆弾が製造されていた。アジア侵略戦争の拡大とともに、火薬の需要に応えきれなくなっていく。1942年に香里製造所(東京第2陸軍造兵廠香里製作所)が完成し、ここで火薬が製造されるようになる。こうして、枚方一帯は兵器・爆弾の一貫製造工場に変貌していった。
禁野火薬庫は、爆発事故を2度もおこしている。1909年8月20日、第1倉庫(ダイナマイト2500s)、続いて第2倉庫(黒色火薬9000s)で、つぎつぎに爆発がおきた。この事故では、死者こそ出なかったが、負傷者は10人、家屋の大破25戸、小破1470戸に及んでいる。この2年後に、禁野火薬庫が新築された。
1939年3月1日、禁野火薬庫はふたたび大爆発事故をおこした。作業員が砲弾の解体作業をしているときに、爆薬に引火。この事故で、死者94人、負傷者602人、家屋の全半壊821戸、4400世帯以上が被災している。爆発はのべ30回、4時間もつづいた。家屋は24時間も燃え続けた。爆発音は京阪一帯に響きわたった。爆発とともに鉄片などが飛んでくるため、住民は座布団などをかぶって避難したらしい。
陸軍は爆発事故を内密に処理し、宇治製造所に近い地域に代替地を探した。こうして、交通の便がよい祝園に決まった。爆発事故から半年後、39年の11月から買収、測量、工事が始まった。
戦後、米軍が祝園弾薬庫を接収して、朝鮮戦争の補給基地とした。1960年、祝園基地は日米安保条約によって陸上自衛隊に移管。この時、地元住民は土地の返還を要求して、弾薬庫撤去運動をおこしている。しかし、陸上自衛隊は町長と協定書を結んで、今日まで弾薬庫として使用してきた。1992年4月、祝園弾薬庫内で大爆発音が発生し、「謎の大音響事件」がおきている。

ミサイル弾薬庫建設に絶対反対

地図をみてもわかるように、祝園分屯地の南側にはニュータウン(光台、精華台など)がひろがっている。弾薬庫は住宅地に密接している。日本が戦争を始めれば、この地域が最初にミサイル攻撃を受けるのはまちがいない。こんなところに大型ミサイルの弾薬庫を造らせてはならない。住民にとって、これは平和的生存権権をかけた闘いだ。戦争に反対するだけでなく、自分たちの生活する地域を戦争に使わせてはならない。
2021年6月に「土地利用規制法」が成立し、自衛隊施設の1q周辺は「注視区域」(第5条)に指定できる。この注視区域において、政府は「機能を阻害する行為やその恐れ」があったと判断したならば、住民に罰則付きの命令をだすことができる。周辺ニュータウンは、この区域に入っている。
また、祝園分屯地内の真ん中には活断層(松野山活動セグメント)が走っている。地震によって活断層が動く可能性がある。地すべりによって火災が発生し、誘爆はおきないだろうか。こんなところに弾薬庫を建設して大丈夫なのだろうか。住民はこういう疑問をいだいている。この時、禁野火薬庫の爆発事故が教訓にされなければならない。
大型ミサイル配備による弾薬庫建設は全国におよんでいる。沖縄県民は辺野古新基地建設に反対している。大分市でも、市民が反対に立ちあがっている。港湾の軍事的整備には高松、高知で運動が始まっている。
3月20日、「京都・祝園ミサイル弾薬庫問題を考える住民ネットワーク」結成集会が地元の精華町でひらかれた。祝園弾薬庫建設に反対する住民団体が立ち上がったのだ。
地元住民の決起につづき、関西全域から自らの課題として、祝園弾薬庫建設反対の闘いに立ち上がろう。(寺田理)

5面

強制不妊 神戸地裁 2月9日
弁護団が意見陳述

旧優生保護法(以下、旧法。1948〜96年)下で不妊手術を強制されたのは憲法違反だとして、川野正子さんと山川百恵さん(いずれも仮名、聴覚障がいのある60代女性)による兵庫訴訟第3次提訴(23年3月)の弁護団意見陳述が2月9日、神戸地裁 (裁判長・島岡大雄)でおこなわれた。羽田惇子弁護士が15分間、前回裁判までに提出した5つの準備書面に触れつつ意見陳述した。要旨は次のようである。

国が被害者に対しておこなった行為の残酷さとその責任の重大性。旧法と優生政策推進による被害の実態、優生思想、障がい者差別の社会的拡大と浸透。
被害を受けたろう者が、自らの手術や被害を認識し、裁判を起こすために必要な情報に繋がり、実際に裁判を起こすことがどれほど難しいことであるのか。
国が除斥期間適用を主張する理由は、長い時間の経過で法律関係が不確かなものになることを防ぐという「法的安定性」だが、しかし、憲法に定められた基本的人権を著しく侵害した国の責任が、「法的安定性」を保つために作られた民法上の一制度に過ぎない除斥期間によって免れることが許されるはずがない。これが許されるのか否か、「正義・公平」の観点から判断することを求める。
意見陳述を受け、裁判長は国側代理人に対し、反論があれば、3月18日までに提出するよう指示し、双方に次回期日を5月23日(木)15時、101法廷と指定し、閉廷した。

優生保護法問題の政治的早期・全面解決を求める3・21院内集会(各地Zoom集会)の成功を

閉廷後16〜18時、近くの会場で報告集会。参加者80人(+Zoom15人)
司会を「被害者とともに歩む兵庫の会」の井上さん。
藤原精吾弁護団長が、本日の意見陳述の意義と今後の闘いの方向性についての提起。
津田隆男弁護士と強制不妊情報開示請求裁判を闘う「京都新聞」記者・森敏之さんはじめ集会参加者との間の質疑応答、障害者諸団体からの報告、主催者からの100万筆署名運動の現状と取り組み強化の訴え。

最高裁大法廷の動きに関する藤原弁護団長、津田弁護士の報告(この間の主要各紙の報道と併せ、以下に記す)。

昨年11月1日、最高裁に係属する5つの事件について、上告受理がなされ、大法廷に回付された。最高裁においては、小法廷では、5人の裁判官が判断をおこない、大法廷では、最高裁の裁判官全員の15人で判断をおこなう。大法廷は、憲法判断や判例変更、重要な法律解釈が含まれるものなどのごく少数の事件しか取り扱わない。今回、最高裁は事件を大法廷に回付したので、本件を重要な問題として取り上げたということである。

全国12地裁・支部に起こされた強制不妊国賠訴訟のうち、大法廷での審理対象となったのは、昨23年6月までに言い渡された5件の高裁判決。いずれも旧法を「違憲」と判断した点では共通するものの、国の賠償責任に関しては、不法行為(=優生手術)から20年経つと賠償請求権が消滅するとした旧民法の「除斥期間」適用の是非で判断が分かれた。原告は4件(大阪2件、東京、札幌各1件)で勝訴し、1件(仙台)で敗訴した。大法廷に回付したので、本件を重要な問題として取り上げたということである。

最高裁大法廷(裁判長・戸倉三郎長官)は2月14日、原告、被告双方の意見を聴く弁論を5月29日に開くことを決定した。午前と午後に分けて開かれる。
判決は今夏にも言い渡され、除斥期間適用の是非。旧法に関する憲法判断が示される可能性がある。

判断の対象となる5件の高裁判決について。

■原告勝訴の4件は次の通り。
▼2022年2・22大阪高裁判決(第1審は大阪地裁。 大阪訴訟第1次提訴の空ひばりさん〔仮名〕と第2次提訴の野村花子・太朗夫妻〔仮名〕
▼2022年3・11東京高裁判決(原告は北三郎さん〔活動名〕)
▼2023年3・16札幌高裁判決(原告は小島喜久夫さん)
▼2023年3・23大阪高裁判決(第1審は神戸地裁。原告は5人。高尾辰夫さん〔仮名。2020年死去〕・奈美恵さん〔仮名〕夫妻、小林寶二さん・喜美子さん〔2022年死去〕夫妻、鈴木由美さん)
■原告敗訴は2022年6・1仙台高裁判決――原告は被害者で最初に声を上げた飯塚淳子さん〔仮名〕、全国で最初に提訴(2018年1月、仙台地裁)した佐藤由美さん〔仮名〕
最高裁大法廷が5月29日に弁論開催を決定、今夏にも初判決の見通し。
「優生保護法裁判に正義・公平の理念にもとづく最高裁判決を」100万筆署名を最高裁に集中しよう。

優生保護法は終わったが優生保護法問題は終わっていない。原告の方々の不屈のたたかいに学び連帯し、最高裁の勝利判決をかちとり、ともに早期全面解決の道を切り開こう。(木々繁)

追悼 赤堀政夫さん
「障害者」を主体とする闘争が始まる

「島田事件」で「障害者」差別に基づく冤罪により死刑囚とされた赤堀政夫さんが、2月22日に94歳で亡くなった。赤堀闘争を闘い抜いた者として、大きな衝撃を受けた。一方で、差別冤罪を打ち砕き、赤堀さんを私たちの元に取り戻した事実はやはり大きい。赤堀さんは息を引き取るまで権力犯罪に対する怒りを忘れずに、袴田さんをはじめとする冤罪被害者に寄り添い支援し続けた。

島田事件とは

静岡県島田市で1954年3月、6歳の少女が連れ去られ、三日後に大井川の川岸の山林の中で遺体となって見つかった。2カ月後の5月24日、「精神障害者」の赤堀さんが犯人として逮捕された。そして、過酷な取り調べによって「自白」が強制された。裁判では、初公判以来一貫して無実を訴え続け、4回目の再審請求で再審開始を勝ち取り、1989年1月31日に無罪を勝ち取った。

「障害者」解放闘争が闘いをけん引

当初は国民救援会と「島田事件対策協議会」が支援活動を担っていたが、「障害者」差別による冤罪というとらえ方はほぼ皆無だった。その後に全障連(全国障害者解放運動連絡会議)と全国「精神病」者集団(現在のそれとはまったく違う戦闘的組織)が全国闘争の一つとして「赤堀闘争」を課題の一つに挙げ、そこで初めて「障害者」差別による冤罪であることを訴えることとなった。この訴えにこたえる形で我々を含む革命的左翼各派が闘争に加わり、闘いは大きく前進した。
また、それまでの「健常者」中心の組織から「障害者」を主体とする「赤堀中央闘争委員会」に組織改編し、名実ともに「障害者」自身の主体的闘争となった。
年に一度の静岡市内での全国集会には、毎回数百人の「障害者」と支援者が集まった。最終場面では全国の「障害者」が静岡市内に集まり、72日間に及ぶリレーハンガーストライキを闘って再審無罪を訴えた。全国各地での学習会や集会、繰り返しおこなわれた島田現地調査。そうした精力的な闘いの中で確実に戦闘的「障害者」の主体が育っていった。もちろん、私もその一人である。赤堀闘争は、赤堀さん自身を権力のくびきから解放したと同時に、多くの「障害者」の自己解放の闘いでもあったのだ。
最後に、赤堀さんの人となりについて少し述べたい。私は、仙台拘置支所に収監中の赤堀さんに何度か面会した。赤堀さんは、明日にも死刑執行があるのではという極限状況にもかかわらず、穏やかに語り始めて、まずは私を含めた支援者への気遣いを示す優しい人柄だったという印象がある。また、東京で赤堀さんを迎えての集会への参加依頼に「病」者集団の大野さんの家にお尋ねした時も、傍らで静かに私たちの話に理解を示してくれたと私は感じた。
赤堀さんが亡くなられたことは、返す返すも残念で仕方がない。残された私たちは、赤堀さんのでっち上げに対する悔しさ・怒りをけっして忘れず、この差別社会と闘い続ける義務がある。(関東「障害者」解放委員会A)

6面

(本の紹介)
岩本愼三郎 著
『党はどこへ行ったのか 私と革共同』
赤松英一

ウクライナ、パレスティナ、ミャンマーなどの激しい戦乱と抵抗・解放の闘い、アメリカ、ロシア、中国などの奥深い混迷と危機、自民党政権の底知れぬ腐敗と悪政などを見るにつけ、(欧米における新たな社会運動の広がりと対比しても)日本における社会運動の長い低迷に心が重くなります。
もちろん、そんな中でも沖縄(辺野古や南西諸島前線化)や原発さらにパレスティナなどの政治課題や身近な社会的課題に少数でも声を上げ、行動を続ける人々が存在していることは確かであり、心から敬意を表します。
と同時に、60年代後半から70年代初頭までの時期、日本でも青年・学生を中心に、その世代における意識的部分の主流が革命を目指す運動を激しく展開しながら、それが敗北・挫折し、発展させられなかったことの総括が必要であることを強く感じます。

本来その課題は、あの叛乱・闘争の最大の推進力であった党派、革命的共産主義者同盟(略称:革共同、その学生組織の名をとって「中核派」と通称されています)が第一に担うべきものです。しかし非合法・非公然体制を理由に自己保身・自己絶対化した中央指導部(人格的に言えば清水丈夫議長)が、路線や方針をその都度転変させながら常に「勝利」を呼号し続けることによって、総括とは無縁な組織になってしまいました。
そうした中、2008年まで組織の中心メンバーの一人であった著者から出された真摯な総括本が、表題作です。出版が遅すぎた感は否めないものの、意義ある論考であることは間違いありません。

筆者の岩本さんを紹介するにあたり、経歴的に重要なポイントを四つ挙げます。
第一は、彼が生粋の革共同であるとともに大衆運動を組織した実績のある活動家であること。革共同が創設された1959年、東京工業大学に入学直後安保闘争に参加し、ブント(安保全学連の主流を成した共産主義者同盟)が存在しなかったこともあって、革共同に加盟。62〜63年、学生戦線の圧倒的多数が革マル派に分裂したのに抗して、政治局を支持する極少数のメンバーと共に中核派を結成し、東工大を拠点化します。
第二は、本多延嘉書記長の直弟子、直系活動家であること。その能力を見込んで機関紙『前進』編集長に抜擢され、本多さんの死の直前まで手取り足取りで指導されたそう。つまり、革共同の最も良き部分、その真髄を知る立場にあったということです。
第三は、雑誌『破防法研究』の編集・発行や「百万人署名運動」の事務局を通して党外の多彩な人士と付き合い、信頼され、共同行動を組織したこと。本多書記長亡き後、組織指導の本流から外されて就いた任務が結果として、幅広い視野・見識と党の外からも運動と組織を理解する力を身につけることとなったと思われます。
第四は、1991年、革共同が革命軍戦略・軍事闘争基軸路線を転換し労働運動・大衆運動に取り組むにあたって、国鉄担当の労働運動対策員に任命されたこと。そのことの意義は後述します。
ちなみに、80年前後から綱領的異論派であることを表明しながら、なお革共同の専従活動家であり続けた僕が、最後に希望して配属されたのが『破防法研究』編集部と国家機密法反対懇親会事務局を担う部署であったため、93年に離党するまで岩本さんは僕の直属の上司であり、仲間であった関係です。

さて、肝心の総括=本書の内容ですが、革共同の内情に興味も関心もない方を対象に、詳細に論じることはやめておきましょう。ここでは一般の方にとっても社会運動史的に重要で、意味のある論点に絞って紹介することにします。それは、革マル派との対決の問題及びそれと関連する国鉄分割民営化反対闘争に関わることです。
70年代を通した革共同及び解放派と革マル派との「党派間戦争」が60年〜70年闘争期の「新左翼」への期待や共感を喪失させ、社会運動を停滞させる大きな要因の一つになったことは否定できません。僕もその戦いを担った当事者として、問題性を痛感しています。
しかしこの問題を革命を目指す党派間の「内ゲバ」一般として論じることは絶対に間違っています。本書第T部「私と革共同─光と影の幾年月」の第3章「いわゆる『内ゲバ』について」の記述は、革マル派というカルト宗派の異様なあり方、70年闘争期において革マル派との対決がなぜ大衆的な課題とならざるを得なかったのかを、極めて説得的に描き出しています。
その問題は、国鉄分割民営化反対闘争において、実は全人民的な課題となるのです。

本書第T部第5章「国鉄分割・民営化と『戦後政治の総決算』」で明らかにされているように、中曽根内閣の臨調・行革攻撃は、資本主義の危機を「公共」の解体=資本による全社会領域の包摂・収奪=新自由主義の全面展開によって突破せんとするものでしたが、その最大の前提かつ目的こそ国労・総評解体という反革命階級戦争でした。
なぜか。戦後、全国津々浦々に国鉄の職場があり国労があった。その国労を中心に教組や全逓や自治労などを含めて各地に地区労が組織され、これが地域の労働組合を支え、総評の土台を形成し、選挙の時は社会党を押し上げたわけです。本工中心主義的な歪みを始め、多くの限界があったものの、これが自民党の暴走に歯止めをかけてきたのです。


その国労を解体し、国鉄労働者40万人を20万人に削減する未曾有の大攻撃がなぜ可能になったのか? 
マスコミをあげての国鉄国賊キャンペーンによる世論形成もさることながら、松崎明を頭目とする動労革マルの尖兵化なくして、国労解体はありえませんでした。自分たちの組織を温存し主流派になるためには、労働運動全体・社会運動全体を壊滅させても構わない、いやそのための尖兵に化すという動労革マルのおぞましい姿こそ、革マル派の本質そのものなのです。
だからこそ革マル派との対決は、革命軍戦略による軍事対決一辺倒ではなく、沖縄問題・国鉄問題と結合させつつ、持久戦的に全人民を巻き込んだ解放戦争として闘う必要があったし、そこにこそ勝利の道筋があったことが明らかです。

本書は分割・民営化後の国鉄労働者の闘いについても、第6章「国鉄1047名闘争始末記─革共同の失われた30年@」において詳しく描いています。この章は、労働運動に携わったり、関心を抱き続けてきた人や、中核派は嫌いだが動労千葉は評価し応援するとしてきた人にとっては、貴重な記録と言えるでしょう。
ただし、著者自身が苦渋を込めて述べているように、分析は正確ながら、直接労働者を組織し方針を実現していくべき労対指導部としては、その突っ込み不足が物足らないのが残念です。

実のところ、今日(2月22日)東京で本書の出版記念会が開催されるのです。諸般の事情で参加を断念することにしましたが、本稿をもってエールを送ることにします。盛会を祈り、本書が広く読まれることを願います。(社会評論社 2024年1月刊 3300円)

*本稿は、個人Facebookページに発表したものを本人了解の上、転載したものです(編集部)

『私と革共同』出版会
各界から50人が参加

党派を超え50人が参加。乾杯の音頭をとる三上治さん(2月22日 東京)

2月22日東京・神田で岩本愼三郎著『党はどこへ行ったのか〜私と革共同』の出版会が開かれた。元『前進』編集長で、『破防法研究』や「百万人署名運動」事務局を担ってきた人物が「松本意見書」を契機に革共同を除名になる。それへの反論を世に問うことが少し遅くなったきらいはあったが、昨年末に社会評論社から出版され、この日各界から50人ほどが集まって出版記念会となった。
司会は斎藤政明さん(元横浜市大)で、冒頭に社会評論社から「レッドアーカイブ」シリーズをこれまで4冊刊行してきた川口顕さんらと、出版元の社会評論社の松田健二社長が出版のいきさつなどを紹介。岩本さんは例によって恬淡とした表情ながらも、「世に問う」意義を語った。
続いて長きにわたりともに闘ってきた革共同内外の人物から、経産省テントひろばを今も続ける三上治さんが乾杯の音頭。それ以降は90歳近くの人も含め懇親・旧交を温めながらの発言が続いた。最初は奥浩平と繋がる横浜市大の関係者、出身校=東京工大の関係者、救援連絡センターの山中幸男事務局長、『ピスカートル』の仲間で高校同級生の管孝行さんなどがエピソードも交え話が続いた。革共同関係では、弁護士、元日大全共闘、元自治体議員、再建協議会(関西派)などが発言。各テーブルで元反戦青年委、解放派、ブント、ノンセクト、元国労組合員などが熱く歓談。共通したのはカクマルとの闘いが「内ゲバ」ではないことと、本多書記長への敬愛だと思われた。自民党支配の限界が全面露呈し、人民の行動が待たれる時、最後の闘いのため「腰の火縄」を備える有意義な出版会だったと思う。(Q)

7面

子育て支援での増税許すな(下)
高収益下で格差拡大
大井拓

(承前)

1月16日経団連は2024年春闘の経営側の交渉指針として「賃上げ継続は責務」と強調したが、過去のベアゼロの反省はなく、非正規雇用労働者の処遇改善にも本気度は感じられない。厚労省集計は昨年の賃上げ率は3・6%で30年ぶりの高さだが、それでも物価上昇分に届かず、実質賃金はマイナスのままだ。
大銀行も軒並み高収益を記録している。ゼロ金利政策で預金利子は底辺に張り付いたままだが、一足先に大銀行は貸出金利をアップして(合理化その他もあるが)稼いでいるのだ。日経平均株価は34年ぶりの高値を記録した。円安や日銀政策・金融緩和の継続や外国からの資金流入など言われているが、株を所有する富裕層が儲かるかもしれないが庶民にとっては関係ない。対極で物価高対策で消費支出が減少している。昨年第4四半期のGDP伸び率がマイナスを記録した(個人消費は3期連続でマイナス)。
大企業は金だけ、今だけ、自分だけ、のスタイルをやめるべきだ。税金は金持から。

予算案と税制

国会審議中の24年度予算案と「税制改正大綱」では、軍事費の1兆円増加は言うまでもないが、反人民的な内容が著しい。
「安保3文書」にもとづいて、全国の空港・港湾の軍事利用に向けてばく大な予算で整備が着手され、自衛隊基地や弾薬庫などの増強が進められ、「国民保護」と称して「台湾有事」のキャンペーンのもと南西諸島(琉球弧)での避難の計画の策定を強制しようしている。戦争国家へ動員しようとするものだ。
税制では、戦略分野国内生産促進税制として政府が戦略物資と認定した分野では10年間減税する。知的財産からの所得を7年間減税。次期戦闘機開発に必要な物品の輸入は消費税を免除も。
社会保障関係費は、「自然増」を除けば抑制が続いている。エッセンシャルワークといいながら、社会保障関係費はますます切り縮められ、人間の再生産(医療や介護、保育・教育など)にかかわるものが軽視され続けている。
沖縄振興予算は県が求める3千億円台を3年連続で下回り、辺野古新基地に反対する沖縄県に圧力をかけ続けている。
原発推進のために原発産業を優遇し再稼働を加速させ、次世代原発と称して開発費を大幅増額し、破綻した核燃サイクルなどにも予算を投入しようとしている。万博・カジノへの税金投入をやめさせなくてはならない。

庶民には増税、自民は脱税

岸田は国民に確定申告を呼びかけたが、中小零細やフリーランスはインボイス導入で税を取り立てているのに自民党は裏金で脱税にいそしんでいるのだ。
こんな政権は1日も早く終わらせよう。(おわり)

尼崎地区労春闘集会 3月6日
今こそ労働組合の闘いを

職場闘争を報告(3月6日 尼崎市)

3月6日、尼崎地区労主催の春闘学習会が開かれ50人が参加した。司会は地区労事務局次長の一ノ瀬剛さん。
酒井浩二地区労議長は、地球温暖化や戦争が起こり、人類自体が存亡の危機にある時代に、日本の政治は自民党の裏金問題にみる「領収書なき支配」に怒りが充満。この中で労働者の闘い・労働組合の闘いが、職場・地域・政治の中で求められている。大阪万博に典型の祝賀的資本主義と対決していこうと挨拶。
続いて、全港湾大阪支部、兵庫土建労組、関西合同労組、武庫川ユニオン傘下の2分会が、今春闘の課題や職場闘争の現状などを報告した。関西合同労組は毎年「メーデー尼崎」を闘ってきたが、この日は摂津分会の佐々木伸良分会長(関西合同労組委員長)が、物価高に見合った7%・2万円の賃上げを要求し、職場に蔓延するパワハラと闘うと決意を表明した。武庫川ユニオンの一族支配のレストラン会社の分会は、争議に入り団交を40人の参加で実現したと報告。昨今の春闘集会は形式的なものが多い中で、それぞれの職場の闘いの報告が予定以上長く続いた。

万博中止へ西谷文和さんが講演

後半はこの2年、戦火の続くウクライナ・中東に何度も行き、日本では大阪維新の万博強行と激しく闘ってきた西谷文和さんが講演。西谷さんは、南部ヘルソンや西部リビウなどを訪れ撮影してきた映像をもとに、(ネットでは結構フェイクニュースが多い)ロシアの侵攻で多くの人が傷つき死に、泥沼化している戦争の現状を紹介し、1日も早くウクライナに平和が訪れることを訴えた。
つづいて大阪・関西万博では、去年秋までは「万博・カジノ」を訴えても反応は弱かったが、今は全く違う。在阪メディアも取り上げる。大阪維新が言う「身を切る改革」の何十倍もの赤字は不可避で、万博は間違いなく破産する。それ以前にまともな開催はできない。2本しかない交通アクセス、下水道のないトイレ、高額チケット、それを会社や自治体に下請けさせる。「小学生の遠足に、ボットントイレの万博」に連れて行って子どもは喜ぶのか、と痛烈に批判。国の裏金問題といい、ボットントイレ万博と言い、この国は終わっている。労働者・市民の手でつくりかえようと訴え、大きな拍手を受けた。(久保井)

(本の紹介)
『戦雲 要塞化する沖縄、島々の記録』
三上智恵 著(集英社新書ノンフィクション)

著者の三上智恵さんは映画監督。三上さんは沖縄の高江と辺野古の闘いをドキュメンタリー映画にして、このなかで基地に反対する人びとの生き様を描いてきた。その作品は「標的の村」(2013年)、「戦場ぬ止み」(2015年)、「標的の島 風かたか」(2017年)としてまとめられている。
三上さんは映画撮影と同時に、インターネットサイト「マガジン9」に「三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記」を連載しており、映画公開と同時に、映画と同名タイトルで、これを書籍にしている。『戦場ぬ止み』(日記:2014年7月〜2014年12月)、『標的の島 風かたか』(日記:2015年6月〜2016年12月)。
本書『戦雲』(日記:2017年1月〜2023年3月)は、この続編にあたる。前著の2冊と同じように、映画公開にあわせて出版された。ドキュメンタリー映画「戦雲」は、今年3月から全国で公開される。
本書のタイトル「戦雲」は、石垣島に住む山里節子さんの歌(とぅぱらーま)からとっている。山里さんは、「戦雲がまた湧き出てくるよ/怖ろしくて恐ろしくて眠ろうにも眠れない…」と歌う。このように、本書では沖縄の南西諸島の島々が焦点になっている。
「台湾有事」が岸田文雄政権によって作り出され、日本中で軍事要塞化がすすんでいる。南西諸島にミサイル基地がつぎつぎと造られている。戦争になれば、ここが最初に攻撃されるのだ。

沖縄からの声

軍隊は自国民を守らない。これは沖縄戦の重要な教訓だ。山里節子さんは「権力者どもが庶民のささやかな生活をつぶし、野心家どもが先祖の土地を売りわたす。彼らの手に委ねていたら、島の生活は奪われ、戦争への道がまた開かれる」と述べる。また、石垣島の石嶺香織さんは「もう、人間らしく闘うということしかないね、人間らーしく。人として生きながら」と語る。
アジア太平洋戦争のなかで、宮古島がどうして攻撃対象になったのか。宮古島に住む下地博盛さんは「米軍が宮古島をあそこまで攻撃したのは、3つも飛行場があったからだ」と述べる。基地があれば、そこが攻撃対象になる。また、宮古島の平良信男さんは、「基地はがん細胞と同じ。ひとつできたら、転移していく」と指摘する。

「戦争をする国」

安倍政権は戦争法(安保関連法)を制定して「戦争できる国」にした。岸田政権は「安保3文書」を改定して「戦争する国」に変えている。日本列島全体が軍事要塞になろうとしている。その最前線にある沖縄から、警鐘が発せられているのだ。
これは沖縄だけの事ではない。時の政府の攻撃にたいして、どのように闘っていくのか、個々人の覚悟が問われている。
山里節子さんは述べる。「祈るだけでは平和はこないけれど、祈りなしには平和はつかめないのよ」。ここで「祈る」とは神に祈ることではなく、精神を集中すること。この言葉をしっかりかみしめたい。(鹿田研三)

映画『戦雲』3月16日より4月5日まで公開

神戸 元町映画館にて パネル展「沖縄の今」も開催
【開催期間】3/16〜4/5 10:00〜19:00ごろ
市民団体「辺野古の海に基地をつくらせない神戸行動」さんによる沖縄の現状を伝えるパネル展を、元町映画館2Fロビーにて開催します。



8面

ラファ攻撃やめろ!
グローバルアクション全国一斉行動
3月2日大 阪

「ラファ攻撃やめろ!」グローバルアクションの一環としてJR大阪駅前でスタンディング&アピール(3月2日 大阪市)

3月2日の夕方、「ラファ攻撃やめろ!」グローバルアクション全国一斉行動の一環として、大阪駅前広場でスタンディング&アピールがおこなわれ、2日前の急な呼びかけにもかかわらず200人が参加した。呼びかけは、関西ガザ緊急アクション。 
夕闇のラッシュの中、多くの通行人が足を止め、発言に聞き入っていた。

世界中の声で止めよう

冒頭は、主催者からのアピール。「イスラエルは空爆や地上戦闘を繰り返し、すでに3万人の人々が殺されました。6万人、7万にのぼる負傷者・行方不明者が出ています。人口の4〜5%が殺されたり、負傷する大惨事がパレスチナで起きています。こんなことが許されるでしょうか。
一昨日も、イスラエルが占領しているガザ北部で、人道支援物資を運んできたトラックに集まってきた人たちに対してイスラエルが戦車から発砲し、122人の人たちを殺し、750人以上の人たちが負傷しました。
イスラエルによる占領下で、市民がなぶり殺しにされています。イスラエルはこのような蛮行をただちにやめよ。ガザ市民に食料、水、薬を届けるよう求めます。
朝日新聞によれば、ガザ人口の4分の1にあたる57万人が飢餓に瀕しています。すでに、子ども、老人、病人たちが次々と死んでいっているのです。イスラエルは虐殺をやめ、ただちに戦闘停止するよう要求します。世界中の声がイスラエルの戦争を止めることができるのです。」 その後は、フリーマイクで、参加者が次々とマイクを握った。

何が起こっているか、知って

(30代女性)「児童福祉に関わる仕事をしていた。今、ガザで起きていることは、イスラエルとパレスチナの〈対等な〉戦争ではありません。イスラエルによる一方的な虐殺です。イスラエルはたくさんの子どもたちを一方的に殺しています。テロリストを制圧しているのではありません。私たちは声をあげなければなりません。みなさん、今ガザで何が起こっているか、知って下さい。ネットで検索すれば出てきます。」

まわりの人と話をする

(20代女性)「このような場で話をするのは初めてです。昨年10月にSNSでガザのことを発信している方の投稿を見るまで、ガザのことやパレスチナの現状は知らなかった。いま世界中の人がガザの現状を見ています。見ているのに、なぜこんなことが続くのか。この集会で少しでも現状を知った方は、自分のまわりの方と話をするだけでも現状を変えることができると思います」。

ひとりひとりが行動を

関西ガザ緊急アクションのメンバーは「スーパーでパンが沢山並んでいるのを見ると、(ガザを想い)何とも言えない気持ちになります。日本政府はこの1月、ジェノサイドの最中、イスラエル製の攻撃型ドローンの購入を検討していることが明らかになりました。日本政府はいまでこそ国連安保理での停戦決議案に賛成していますが、昨年10月末の時点、6千人以上が亡くなっている時点で、国連総会決議に棄権したことを絶対忘れてはいけないと思います。ジェノサイドに反対できない政府、政治なんて意味が無い。
勇気がいることですが、ひとりひとりが行動することには意味があります、(いまの状況を変えることに)プラスになると思います。
何年も続くイスラエルによる封鎖、何十年にもわたる占領を許してきた日本を含む国際社会の動き、これを終わらせなければまた何年後かにジェノサイドが起こります。こんなことは絶対なくしましょう。停戦の後に必ず占領を終わらせましょう」。

(本の紹介)
『万博崩壊〜どこが「身を切る改革」か!』
西谷文和著 23年12月発行 せせらぎ出版

本屋にこの本が平積みされていたので大喜びで買って読んだ。ルポと対談(西谷氏とたつみコータロー、内田樹、金子勝の各氏)で書かれているのでわかりやすかった。「第1部 まだ間に合う、ストップ! 大阪万博」、「第2部 自民、維新から日本を取り戻す」の2部構成。
万博については、大阪港湾局に情報公開請求して提出されたデータや現地調査に基づいており問題点が実によくわかる。夢洲が地下57mまで「N値5」(注)の軟弱地盤ということに驚いた。2階建て家屋でN値20、ビルでN値50以上の強度が必要だ。
杭を打ってパビリオンを建てるには、巨額の費用がかかる。ゼネコンも逃げ出して工事が進まない。1本1億円の杭を何百本打ってカジノビルを建てても沈下してしまう。カジノもできないと確信した。
今年4月からの労働時間上限規制を守っていては間に合わない万博工事。建設をごり押しするために、違法なサービス残業をさせ、労働者の命と健康が脅かされることになる。また夢洲はPCB・ダイオキシンなどの有害物質で土壌汚染されており、建設労働者の命を蝕んでいる。「いのち輝く」をテーマとした万博で真逆のことが。万博は中止しかない。
金子さんは「維新は、大阪の電機産業と医薬品をダメにして、本社は東京に移転。経済で大失敗している。生活保護率日本一、人口は減少、府民所得は全国平均を下回り11位、医療崩壊させコロナの死亡率日本一。それでイベント資本主義に走り、カジノと万博に湯水のように税金を使っている。なんでこれが投資なんだ。完全な税金の無駄使いだ」。そして「明治維新のように中央権力の支配が及ばないところから新しい動きが出てくる。今は地方や女性が『新しい周辺』になり『周辺革命』というものが起きている。東京杉並区で『新しい公共』を大事にする岸本聡子区長の誕生。さらに日野市や世田谷区、中野区、武蔵野市・・・などで『革新的な自治体をつくっていこう』という動きがある。それぞれが給食の無料化、保育の充実、住民参加に力を入れている。生活に密着した、貧困や格差をなくす住民参加の戦いが必要だ」と展望を語っている。力が湧いてくる本だった。(花本香)

(注)N値とは、63・5キロの重りを75pの高さから自由落下させて30p沈むまでの回数。土地の強度を測る。