狭山再審へ決意新た2月20日、大阪市内で狭山再審を求める集会が盛りだくさんの内容で成功。集会後デモ行進へ出発した(2面に集会内容) |
コロナ第6波は人災だ
岸田・吉村らは責任をとれ
コロナ第6波感染が止まらない。岸田政権は「出口戦略」を口走ったが、誰も信じない。感染者数は毎日5万人から8万人で高止まりだ。高齢者の重症率・死者数もうなぎ上りで、第6波への本格的な感染対策・医療充実を図らなかった岸田政権の罪は重い。
第6波のオミクロン株は、70代以上の高齢者に重篤な肺炎を引き起こす。しかし、保健所が機能不全に陥り、保健所からの連絡が遅れたり、自宅待機とされ入院できないために死亡者が激増し、2月22日には322人と過去最多となった。
自宅待機者は、2月9日に54万3045人と過去最多。1月は、全国で自宅(高齢者施設、宿泊施設を含む)での死者は138人に達した。最多だった昨年8月の218人に次ぐ多さとなった。
大阪の発症・死者数は最悪
とりわけ大阪は第6波の死者数は445人(2/17まで)で全国一。人口10万人当たりのコロナの死者数(1月以降2/15まで)は、東京1・1人に対し大阪4・0人と4倍近い。大阪の高齢者施設150件でクラスターが発生。入院患者のうち7割以上が70代以上だ。
大阪の惨状は、吉村府知事、松井市長、橋下徹ら維新の政策に原因があることは明らかだ。コロナ禍で病床不足に陥ったのに、政府の「地域医療構想」を推進して、急性期病床を2020年に229床も削減。大阪の公務員の医師・看護師の数を10年間で半分に削減した。20年前は府内に61カ所あった保健所が現在は18カ所と3分の1以下。人口10万人当たりの保健師数も大阪府は全国で3番目に少ない。大阪市にいたっては約270万人を1つの保健所で管轄している。こういう中で保健師はこの2年間過酷な労働環境に置かれている。
大阪市の場合、保健所の重症化リスクのあるコロナ患者に対するファーストタッチ(最初の連絡)は、感染判明から2日以内をめざすが、全く追いつかず、感染者の入力遅れもあり7日後にもなっている。患者は、病状が悪化し、保健所(1本の電話)に電話しても全くつながらない。24時間対応自宅待機SOSセンターや区役所(陽性者を届け出る場所)に電話しても、コロナ患者を受け入れる病院を紹介するだけで、そこに個人が電話しても入院は受けつけない。病状が悪化し救急車を呼ぶしかない状況だ。
大阪府内の持病のある男性は、大阪市保健所から感染判明5日後に連絡があったが「あとは地元保健所に引き継ぎます」といわれ、地元保健所に問い合わせると「大阪市保健所からデータが届いておらず、対応できない」といわれ、自力で往診してくれる医療機関を探し入院できたが「中等症U」まで悪化していたという。
保健所・自治体機能がマヒ
大阪市では、コロナ感染者の発生届の入力遅れが、1月25日〜2月6日提出分、計2万1900件に上った。これほど大規模な入力遅れが生じている自治体は他にない。この遅れが1週間も自宅放置され、重症化し、救える命が救えない事態を引きおこしているのだ。さらに発生届のシステム入力が遅れた問題で、大阪市が委託契約を結ばずに民間業者に16日から入力作業させていた。業者から口頭で伝えられた委託料9650万円で承諾していた。
救急搬送はパンク寸前で、東京では自宅に救急車を呼んで心筋梗塞の疑いがあるとされたのに、搬送先が見つからず自宅で亡くなった。大阪市では、コロナ患者の救急搬送の滞りが深刻で、過去最長の48時間18分もかかった事例がある。2月4日大阪市消防局が、高齢者施設で療養するコロナ患者の症状が悪化した場合、すぐに119番通報するのは控えるよう、市内の施設に通知していた。119番するなとはとんでもないことだ。
大阪府が確保している軽症中等症病床(3194床)の使用率は、2月14日時点で117%を超え、7日には、吉村知事は、入院調整をおこなう際「中等症T、U以上」を基準としてきたのを血中酸素飽和度が93%以下で酸素投与が必要な「中等症U以上」の患者に限るというとんでもない基準を示した。コロナ患者は最初は軽症でも、急速に肺炎が悪化していくので、入院か往診など医療が施されなければ命を守れない。
吉村知事は10日、死者の増加について「コロナに罹患した後に原疾患が重くなったり、老衰で亡くなったりする方も多い。肺炎で亡くなる方は少数だ」と発言。自らのコロナ感染症対策無策、保健所削減・公的医療破壊が引き起こしている事態を居直る吉村・松井を許してはならない。
関生弾圧 高裁不当判決
大阪高裁に向け抗議の声をあげる(2月21日、大阪市内) |
正月には全国で100人程度まで衰えていたコロナの第6派感染拡大が止まらない。連日5万人規模。沖縄・山口・広島から感染が拡大し、1月9日からこの3県でまん延防止措置がとられ、27日からは全国34都道府県に。
水際防止と言いながら、沖縄・岩国などの米軍基地では軍人・軍属などはフリーパス。米軍基地に隣接する3県から拡大し、東京・大阪の大都市に移り、全国に感染拡大。今回はその勢いたるやこれまでの数倍の規模だ。
米軍基地からの感染拡大は当初から危惧されていたが、日米地位協定に遠慮し岸田政権は規制もしなかった。その間にまたたく間に感染が拡大したのである。
これに対し1月23日、大阪市北区にあるアメリカ領事館へ市民団体の呼びかけで緊急行動抗議がおこなわれた。御堂筋を挟む対面には2980円のPCR検査を求める長蛇の列の前で60人が抗議行動。米軍基地を封鎖せよ、日米地位協定の抜本見直し・廃棄のシュプレヒコール。労働組合からは連帯労組関生支部や大阪全労協が、米軍基地からのコロナ感染拡大に手を打たない岸田政権を弾劾。京都のXバンドレーダ基地に反対する市民団体はじめ、大阪・兵庫の市民・団体からは、沖縄を戦場にしようとする陸上自衛隊の南西諸島への配備を弾劾する発言も続いた。
この日は名護市長選の投開票日で、午後の自衛隊の南西諸島配備に反対する集会と一体で、御堂筋対面の市民にも訴えが届く効果的な行動となった。
強制不妊 国に賠償命令
全国で初めて、国に賠償を命じる判決が(2月22日、大阪) |
旧優生保護法下で強制不妊手術を強いられた障害者3人の国家賠償を求める訴訟で、2月22日大阪高裁は、請求を棄却した大阪地裁の判決を覆し、国の責任を認め賠償させる判決を下した。これまでの全国6地裁の判決では、いずれも「20年を過ぎると損害賠償を求める権利が消える」とする除斥期間を適用した不当判決がなされてきたが、今回「そのまま認めることは著しく正義・公平の理念に違反する」として適用を制限し、原告勝利の判決を下した。
(詳細報道は次号)
2面
沖縄現地報告
選挙と現地闘争を一体で
再開されたキャンプ・シュワブゲート前の抗議行動(2月21日) |
2月18日 政府は新型コロナウイルスの「まん延防止等重点措置」適用の沖縄県について、20日で解除すると発表。これを受けて県は21日以降の新たな対処方針を発表。
県の発表を受け、新基地建設反対の抗議行動についても再開する。この間、抗議行動は監視行動のみに限定して続けられてきた。21日以降座り込みなど密にならない行動での抗議行動をおこなう。
「まん延防止等重点措置」適用中も新基地建設の工事は続けられていて、辺野古・大浦湾海上には米軍の揚陸艦が頻繁に現れ、オスプレイ等の訓練が激しくおこなわれていた。
沖縄近海では、日米共同訓練が1月中旬以降3回もおこなわれている。米海軍の原子力空母、巡洋船や駆逐艦での訓練、海自は護衛艦と練習艦が参加。
また、那覇軍港では2月8日から13日にかけて米海兵隊が航空機の離着陸などの訓練をおこなった。県の抗議に米軍側は「(船舶と航空機を使う訓練に)理想的な場所だ」と述べ、今後も訓練に使用する構えだ。
20日 任期満了に伴う石垣市長選(27日投開票)が告示された。4期目を目指す現職の中山義隆氏(自民、公明推薦)と前市議の砥板芳行氏が立候補、一騎打ちとなる。
選挙戦は、現職の市政運営への評価と、22年度末に予定されている石垣島への陸上自衛隊の部隊配備などが争点となる。
21日 名護市キャンプ・シュワブゲート前で抗議行動が再開された。1カ月半ぶりの抗議行動に市民30人が座り込んだ。ゲート前からは工事車両など数十台が搬入された。市民はゲート前のデモ行進や、基地に向けて「新基地建設許さないぞ」「違法工事を直ちにやめろ」などのシュプレヒコールをあげ抗議した。(杉山)
狭山今年こそ再審へ 2月20日大阪
石川さんと一体 熱い発言続く
発言する西山美香さんと青木恵子さん(後方) |
2月20日、大阪市内で開かれた、「第6回狭山事件の再審を実現しよう市民のつどいin関西」は盛りだくさんの内容に、400人近くの人が熱心に聞き入り大成功を収めた。
冒頭、地元あいさつとして部落解放同盟大阪府連・高橋定副委員長が、新たな証拠・鑑定を武器に鑑定人尋問をやらせ再審の扉を開こうと訴えた。
ついで東住吉えん罪事件被害者の青木惠子さんと、湖東記念病院えん罪事件被害者の西山美香さんが、えん罪判決を下す司法の恐ろしさと、無罪を勝ち取っての国賠訴訟の進行状況と、狭山の石川さんへの連帯の訴えをした。その後89歳でも元気いっぱいの袴田秀子さんが中継で、「86歳の弟の巌が元気なうちに再審開始を実現しよう」と訴えた。記念講演は元東京高裁判事で弁護士の木谷明さんが中継で、「違法捜査とえん罪」について「えん罪がなぜ起こるのか」を詳しく具体的に述べた。
休憩をはさんで、識字運動を長く取り組んできた山本栄子さんからの訴え、その後大椿ゆうこさん(社民党副党首)、尾辻かな子さん(立憲民主党・前衆議院議員)、大石あきこさん(れいわ新選組・衆議院議員)の3人の政治家から心に響く連帯のアピールがあった。
埼玉から中継で、「石川一雄さんを支える埼玉東部市民の会」がアピール。石川一雄さんと石川早智子さんからのアピールでは、今年こそ鑑定人尋問をおこなわせ再審を勝ち取るという訴えがあった。ついで3つの和太鼓集団の演奏が尼崎からリモート中継され、音の響きが伝わり大きな拍手が送られた。
最後に記念撮影と実行委からのまとめで集会を終え、その後天王寺公園までのデモ行進に出発した。
(記念講演内容や発言の詳細は次号)
設計変更不承認 断固支持
大阪駅前でアピール行動
JR大阪駅前での行動(2月11日) |
2月11日、休日の午後、大阪駅前で「玉城デニー知事の設計変更不承認を支持します」アピール行動がおこなわれた。主催はSTOP!辺野古新基地建設!大阪アクション。
昨年11月25日、沖縄県の玉城デニー知事は、辺野古新基地埋め立て工事の設計変更を不承認にした。施工実績のない海面下90メートルの軟弱地盤を改良して埋め立てることは不可能であり、設計変更不承認は当然だ。
また設計変更には沖縄島南部の沖縄戦犠牲者の遺骨が眠る土を埋め立てに使うことが計画されており、人道上も絶対認められない。
玉城デニー知事の設計変更不承認を支持し、辺野古新基地建設とめろの声を全国から上げていこう。
東電刑事裁判・控訴審
被告救済の方向に怒り
2月9日東京高裁
2月9日、東京高裁で東京電力幹部3人の責任を問う東電刑事裁判・控訴審第2回公判が開かれた。この日の焦点は、検察役の指定弁護士が求めていた、現場検証と証人3人の採用だった(本紙335号参照)。
公判前から東京高裁前には140人が集まり、公正な決定を下すようにと声を上げた。しかしながら、不当にも共に不採用となったばかりか、証人については供述調書さえ採用しないとした。被告を救済する方向を鮮明にしたとしか思えないと怒りの声が上がった。
あきらめず、運動を拡大してこの流れを変え、絶対に有罪に持ち込もうと誓い合った。(写真上)
3面
3・11福島第一原発事故から11年
今こそ老朽原発廃炉へ
(1)「老朽原発うごかすな」の闘いは大きく前進
関電や原発推進勢力が原則40年廃炉の約束を破って、40年をはるかに超えた老朽原発高浜1・2号機、美浜3号機を動かそうという策動に対して、われわれは真っ向立ち向かい全力で闘い抜いてきた。
地元同意をめぐる議会や町長、知事に対する行動、現地行動、昨年の「6・6老朽原発うごかすな! 大集会」、「12・5老朽原発このまま廃炉!大集会」を、コロナ蔓延の中で、強要された自粛に抗して、「老朽原発うごかすな」「老朽原発廃炉」の大きな声を上げた。
高浜1・2号機は動かすことはできず、美浜3号機は6月23日に再稼働されたが、わずか、3カ月しか営業運転運転ができず、10月23日停止を余儀なくされた。関電の策動に対して、真っ向立ち向かった結果勝ち取った大きな成果である。
〈老朽原発うごかすな〉の陣形をさらに強く大きくしていこう。老朽原発再稼働の策動をストップさせ、老朽原発廃炉を突破口に原発全廃をかちとろう。
(2)22年〜23年過程は正念場
老朽原発・美浜3号機前での抗議行動 (21年6月23日、福井県美浜町) |
関電は、美浜3号機について、22年9月に特重施設が完成するとして、10月に再び動かそうと策動している。また、高浜原発1・2号機についても特重施設の完成を待って、23年6月、7月に動かそうとしている。
この美浜3号機、高浜1・2号機再稼働を絶対許さない、実際に廃炉に叩き込んでいくようなわれわれの大きな闘いが求められているのである。
日本の原発の現状
今、稼働中の原発は高浜3・4号機、大飯3・4号機、伊方3号機、玄海4号機、川内1号機の5原発7基である。40年超えの問題が横たわっている。川内1・2号機は運転開始から37〜36年を超えており、高浜3・4号機は37年〜36年を超えている。
また、規制委員会の適合審査に合格した原発は女川原発2号機、40年を超えている東海第二原発、柏崎刈羽原発6・7号機、島根原発2号機の5基である。女川2号機は、すでに宮城県知事が同意を表明して、安全対策工事が22年度中に完成するといわれている。東海第二については、水戸地裁で一審で運転禁止命令が出され、日本原子力発電は控訴した。柏崎刈羽6・7号機については、テロ対策設備に重大な欠陥があることと東電の対応をめぐって、事実上運転禁止命令が出されている。島根原発については先日松江市長が住民の反対の声を無視して、同意を表明、島根県知事の判断が焦点になっている。
高浜1・2号機、美浜3号機再稼働の策動を打ち破ることはきわめて重要だ。
また、われわれの闘いはアジアの原発をめぐる動きに連動している。
美浜3号機をめぐっては、大阪地裁に運転差し止めを求める仮処分が申し立てられており、この3月にも第3回審尋が開かれ、近々何らかの決定が出されようとしている。これまでの審尋は、関電の悪あがきを打ち破って攻勢的にたたかわれている。また名古屋地裁でも、老朽原発廃炉訴訟がたたかわれている。それとは別に3月には「原発バックフィット・停止義務づけ訴訟」の判決が出る。これら全国で闘われている「老朽原発うごかすな! 行動」と一体のものとしてわれわれも全力でたたかおう。
関電社長は福井県知事との間で、「23年末までに、中間貯蔵地の候補を県外に見つける。もし見つけられなければ(40年超え原発は)運転中といえども止める」と約束した。この約束を実行させねばならない。使用済み核燃料問題は若狭の原発のアキレス腱であり、プールはあと数年で満杯になり運転できなくなる。
さらに福島第一原発の汚染水問題である。23年から海上に垂れ流そうとしている。
(3)岸田政権の原発・核政策
岸田は原発推進内閣であり、「核抑止力」政策を極めて強く押し進めようとしている。さらに新型炉の開発を掲げている。
昨年10月22日に閣議決定した第6次エネルギー基本計画では、2050年カーボンニュートラルに向け、2030年の目標として、温室効果ガスを46%削減ときわめて低い目標をかかげ、再生エネルギー36〜38%、原子力は20〜22%、水素・アンモニア1%、LNG20%、石炭19%、石油など2%を上げている。石炭発電19%というきわめて高い数値を掲げている。原発20〜22%を達成するためには、30基程度の原発が稼働することが必要でありながら、原発新増設に触れることができない。そのために、40年超え原発の稼働や既存原発をフル稼働することを狙っている。すでに、定期点検の期間延長や点検体制の改悪がすすめられようとしている。「過酷運転」を狙っているのだ。
新型炉や新たな技術の開発が標榜されている。膨大な国費を投入しながら破産した高速炉に固執している。小型モジュール炉の開発や、核融合炉の開発などがうたわれている。小型モジュール炉の開発などは、原子炉を小型化(10万キロワット級の原発)し、プレハブのように工場内で製造し、原発敷地内に据えようというものであり、なんら安全性も担保されていないし、10万キロワットにすれば原発は安全であるとはならない。
新技術の開発で、水素やアンモニアの利用が言われている。石炭にアンモニアを混合して燃やすことを追求している。JERA(株)は碧南火力発電所(100万キロワット)でアンモニア20%の混燃実証実験をおこなおうとしているが、研究室段階での話しでしかなく、アンモニアはNOX(酸性雨の原因)を出す。また、製造時にCO2を排出するのであり、CO2削減をうたいながら、メリットはない。
いま、原発はクリーン、カーボンニュートラル達成のためには原発の利用が不可欠、というキャンペーンが電力会社や原発推進派から叫ばれている。EUでも原発は有用という論議がされている。
こういう策動を許してはならない。原発は人類の手で制御できるシステムではなく、ひとたび大事故を起こせば取り返しがつかない事態になることはチェルノブイリや福島が示している。使用済み核燃料は10万年単位で保管しなければならないのである。「クリーンな原発」というのはうそとペテンの論理である。こういううそとペテンを許してはならない。
(4)5・29大集会に集まろう
老朽原発うごかすな! 実行委員会は、1月22日多くの団体、個人が参加して、第20回実行委員会を開き、5月29日に大阪で大集会を開催することを決定した。「原発のない明日を 〜老朽原発このまま廃炉! 大集会inおおさか〜」である。
5・29はあの「3・11」直後のような広範な反原発のうねりを再現する闘いとして実現しよう。「やれることは何でもやる」を合言葉に5月に攻め上ろう。5・29大集会の大成功を実現しよう。
原発いらない金曜行動 2月18日首相官邸前
原発推進派の動きを弾劾
2月18日、9回目となる〈原発いらない金曜行動〉が官邸前で開かれ、140人が参加。この日はとりわけ、小泉ら元首相5人がEU欧州委員会に送った書簡をめぐる原発推進派の動きを弾劾する発言が注目された(写真)。
書簡はカーボンニュートラル達成のために原発を利用することに反対するという趣旨のものだったが、その中の「原発事故で多くの子どもたちが甲状腺がんに苦しんでいる」旨の一文に対して、自民党はじめ原発推進勢力が激しいバッシングをおこなっている。300人近くの小児甲状腺がん患者に対し、何の根拠もなく「過剰診察の結果」と言い放っているのである。
ひばく当時6歳から16歳だった患者6人が先日おこした「3・11子ども甲状腺がん裁判」に関わる弁護士から支援の訴えもあった。この裁判を応援しようという空気に包まれた行動となった。
4面
カジノ誘致を中止・撤回せよ
2月10日 大阪市役所に200人
2月10日、大阪市議会の開会日にあわせて大阪市役所前に、カジノ誘致に反対する大阪・市民交流会等9団体を中心にして200人を超える人が集まり、ノボリやボードをもち、カジノ反対を熱く訴えた(写真)。集まった署名は7万1千余筆(ネット署名34700筆を含む)。この署名を大阪府知事と大阪市長に突き付けた。
維新・公明が条例案を否決
この日、自民党市議団は「大阪市におけるカジノを含む統合型リゾート施設(IR)誘致についての住民投票に関する条例案」を提出した。「公明を除く各会派が討論をおこない、意見が真っ向から対立した」(2/11、毎日新聞)が、採決では維新と公明が反対して住民投票条例案は否決された。市議会ではカジノ誘致反対派の存在がくっきりと浮かび上がり、市民の生活を踏みにじる維新の悪質さと「毒食わば皿まで」の公明の裏切りがより鮮明になった。
790億円ではすまない
大阪市港区にあるユニバーサルスタジオジャパン(USJ)のジュラシックパークは巨大な遊園地で大人も子どもも大勢そこで遊んでいる。しかし、そこは元々住友金属の土地で、自社で出た有毒物質等をそこで処分していた。その土壌改良には4000億円かかったといわれている。カジノ予定地の夢洲は大阪のゴミ捨て場であり、汚染物質だろうとなんでも捨てられている。夢洲の土壌改良は大阪市が積算する790億円程度ではすまないことは明らかだ。
最後は市民の負担
カジノ業者といったん契約すると、住民の意思を反映して契約解除を求めても大阪府と大阪市に「賠償金」の支払い義務が課せられ、後戻りできない。
大阪府と大阪市は三菱UFJ銀行と三井住友銀行から5500億円を借り入れることになっている。しかし、この事業が破綻すればこの巨額の借金をどう返すのか。銀行からすれば相手が大阪府と大阪市だから取りっぱぐれのない巨額の儲け口なのだ。結局、大阪市民と府民の負担として重くのしかかっていく。
カジノは止められる
今、各所でカジノ反対運動が熱く始まっている。大石あきこ衆院議員(れいわ)の選挙区の大阪5区(夢洲がある此花区を含む)ではこの1カ月で数万枚という驚異的なポスティングがおこなわれ、多くの人たちが反対署名をわざわざ事務所まで届けてくれたり、郵送してくれたりしている。
維新の松井大阪市長や吉村大阪府知事は2月から3月の市議会・府議会で数の力で「同意」決議を上げ、4月に国に申請するという。こういう地域の人たちとつながっていく地道な運動が維新に代わる政治勢力の基礎となっていく。カジノ反対の大きな住民運動を。
生活保護基準引き下げ違憲訴訟 控訴審
不適切な数値使用を批判
多数参加の報告集会(1月27日) |
1月27日、生活保護基準引き下げ違憲訴訟の控訴審第3回口頭弁論が大阪高裁でひらかれた。初めに原告女性が意見陳述。夫がもやもや病という難病になり生活保護を利用するように。体温調節ができず、電気代が1カ月1万円以上かかる。節約生活で、娘は大学進学をあきらめ就職、私は脊柱間狭窄症であると苦しい生活実態を述べた。
次に清水亮宏弁護士が、経済統計学者鈴木雄大先生など3人の学者から意見書が提出され、3人とも「生活扶助相当CPI(消費者物価指数)は『物価変動による可処分所得の実質的変動』を測定する指標として明らかに不適切」だとしている。08年から11年の物価下落は、総務省統計ではマイナス2・35%なのに、厚労省のマイナス4・78%は、「極めて大きな値」「『計算ミス』を疑うほど」(鈴木意見書)だとして、計算方法の誤りを全面的に明らかにした。
第1に、生活保護世帯と異なる世帯類型の消費構造を前提に作成している。生活保護世帯の消費実態をあらわす社会保障生計調査があるのに、家計調査[一般世帯]のデータを使用。生活保護世帯は一般世帯と比べ、生活必需品目への支出割合が大きく、教養娯楽品目の支出は相当低い。
第2に、総務省のCPIはラスパイレス方式で、5年ごとに基準年を設定し、基準時の品目とウエイト(購入個数)を固定する。厚労省は品目とウエイトを固定していない。異なるウエイト・品目を元に算出された数値は単純比較できない。さらに08年と11年との比較は、基準年が異なるので、接続係数で調整するが、厚労省は接続係数による新旧接続をしていない。
第3に、厚労省は、パーシェ方式(08〜10年)とラスパイレス方式(10〜11年)という異なる計算方式を混ぜ合わせている。異なる計算方式はありえない。
第4に、購入してもいないテレビ等のウエイトを過大にし、より大きなマイナスに。以上のような不合理な計算方法の結果「マイナス4・78%」という異常な値になった。数値自体が計算方法の異常性を示している。妥当な値は、1%台中盤から2%程度(学者の試算)だと結論づけた。
裁判後の報告集会で小久保哲郎弁護士が「CPIで私たちに有利になっている。国側は、判断枠組みで闘おうとしている。裁判長は年度内に判決を書きたいと言っており、大阪が一番先の判決になるかも知れない」と報告。 次回期日は、4月21日、7月13日、いずれも15時 大阪高裁202号法廷
維新と対決する書籍と雑誌
西谷文和『自公の罪 維新の毒』『世界』3月号
7月参議院選挙に向けて、岸田政権を右に牽引する維新との対決が急務となっている。昨年衆議院選挙で敗北以降の野党第一党=立憲民主党の混迷を続け、そのスキを激しくつくのが連合・芳野友子会長と、松井一郎・吉村洋文・橋下徹らの「維新の会」である。特に維新は、改憲国民投票を言い、菅「ヒットラー」発言や小泉元首相らの脱原発の動きを激しく非難し、岸田政権右傾化の急先鋒となっている。大阪ではカジノ=バクチで経済成長を進めようとし、れいわの大石あきこ衆議院議員を橋下徹が「名誉棄損」(どこが?)で訴えたり、さらにはいまだ単独首長を持たない兵庫では3月西宮市長選を「兵庫攻略の第1歩」と叫び、右傾化の反動的突出を図っている。
そんな折、この10年以上にわたり大阪維新と対峙してきたフリージャーナリスト西谷文和さんが『自公の罪 維新の毒 次こそ政権交代。7つの解毒剤』という維新批判の好テキストを上梓した。内容は古賀茂明(元経産官僚)、藤原辰史(京都大准教授)、上西充子(法政大教授)らとの対談をメインに西谷さんの主張を各所にちりばめた「維新の毒の解毒剤」となっている。それぞれの分野の識者との対談は、維新やアベ・スガ政治批判、「感染症ムラ」「コロナパンデミックの中での農業」など示唆に富む対談となっている。
中でも西谷さん自身の「維新のウソと野望に騙されるな」は、サラ金会社=武富士の顧問弁護士だった吉村や、高校退学寸前のヤンキー・松井一郎が府議の父親の力・利権をいかに受け継いだかや、アベ・スガとの結びつきなど、大手マスコミが取り上げない「真実の維新」を暴露している。その上で大阪がいかにしてコロナワースト1になったかを、「維新府政12年の失敗」として具体的数字で検証している。2021年12月のこの本の刊行時は第6波オミクロン株の感染拡大前だったため、吉村・松井・橋下は余裕をかまして正月のテレビに出まくっていたが、1月中旬からの感染爆発で、吉村は例の暗い顔で責任転嫁。松井は大阪市の保健所行政の遅れ追及にしどろもどろ、馬場共同代表は「何の関係もない橋下=ヒットラー」に抗議して菅元首相に怒鳴り込んだが追い払われ、橋下は「政治的中立のTV番組」に出ずっぱり。4悪人はバラバラだ。ここで一発カウンターをくらわせば、維新はぐらぐらになる。その重要な武器が西谷文和・編のこの本だ。
今一つは雑誌『世界』3月号。特集Tは経済安保批判で、特集Uは維新批判。特に維新批判では、大阪の教育について語る久保敬木川南小学校校長らの対談は出色の出来。2006年に教育基本法が改悪されて以降の教育破壊を文科省はできなかったが、橋下以下の維新の大阪府知事がやった。そのことがいかに大阪の教育を破壊し、教職員や子どもたちや地域社会に重くのしかかったかの現実がよくわかる。個別の攻撃を超えて、維新の進める新自由主義攻撃の典型である教育の民営化=私企業化の現場的実態に対し、反撃の先頭に立つ久保校長らと私たちもつながらなくてはならない。
「おごる平家は久しからず」で、維新批判の声が「平家討伐」のように各地で上がり始めた。大阪で、西宮市長選で、「維新討伐」に決起し、富士川・宇治川の合戦から維新打倒の「淀川の合戦」に攻め上っていこう。
5面
連帯ユニオン議員ネット大会
採択された3つの決議 紹介
2月5日、連帯ユニオン議員ネット第17回大会の成功が勝ちとられた(本紙前号報道)。長時間にわたる報告・討論とともに、日頃の闘いに踏まえた決議が採択された。その中の3つの決議を紹介する。(本紙編集委員会)
危険な老朽原発の再稼働に反対する決議
熱心な討論がつづいた |
「連帯ユニオン議員ネット」に集う私たちは、2005年結成以来反原発運動に取り組み、福島第一原発事故の後は、若狭の原発の再稼働に反対してきました。
福島第一原発事故は、原発が重大事故を起こせば、農地を奪われ海を奪われ職場を失い生活基盤を根底から破壊されることを教えました。被害者の多くは今も故郷に帰れず、戻った方も被害自治体で苦難の生活を続けています。
この事故を教訓に世界は脱原発に向かい、昨年12月31日にはドイツは、残った6カ所の原発のうち3カ所を35年ぶりに停止し、今年末には残る3カ所を停止し稼働する原発を無くします。アジアでも昨年12月、台湾で貢寮(ゴンリャオ)に建設中の第四原発に関わる国民投票で原発反対派が勝利し、2025年原発ゼロに向かいます。
ところが、日本では岸田政権が、第6次エネルギー基本計画で2030年度の総発電量における原子力発電の比率を20〜22%とし、原発に固執する姿勢を表明しました。
原発を主要なベースロード電源と位置づけその活用を維持するとした一方で、反対世論を意識し新増設や建て替えについては盛り込むことができませんでした。
そのために、当面は運転開始後40年を超える老朽原発に頼る以外なく、危険な老朽原発の再稼働が次々と予定されています。
関西電力は、45年を超える老朽原発の運転の強行をねらい、特定重大事故等対処施設(テロ対策施設)が未完成で停止を余儀なくされた美浜3号機を今年10月に、高浜1・2号機を来年5月に動かそうとしています。
日本原電は、東日本大震災で被災した東海第二原発を今年9月予定の再稼働に向け、準備工事を進めています。続いて東北電力女川原発2号機、中国電力島根原発2号機の再稼働が準備されています。
こうした老朽原発の運転を阻み、新設を止めれば、2033年には若狭湾から、2049年には全国から稼働する原発が無くなります。
私たち地方議員は、住民のいのちと暮らしを守り、子どもたちの未来を保障するために、危険な老朽原発の再稼働に反対し、原発に頼らない社会を築き上げることを誓います。
2022年2月5日連帯ユニオン議員ネット第17回参加者一同
日本政府と地方自治体による朝鮮学校差別を許さず共に闘う決議
全ての子どもの教育機会均等をうたい2010年より始められた高校無償化制度から朝鮮学校のみが排除され12年を迎えました。
全国5つの朝鮮高校が「高校無償化」制度の適用を求めて闘った裁判について、最高裁は7月27日、最後の広島高裁不当判決に対して上告を棄却する不当決定を下しました。
安倍政権によって始まった「朝鮮学校」差別政策は、菅、岸田政権も変わることなく、朝鮮学校への差別はいまだ続いています。
19年10月1日から施行された「幼保無償化」の中でも朝鮮幼稚園は不当に排除され、「新しい支援策」として、一部自治体では朝鮮幼稚園の授業料保護者支援が始まりましたが、全朝鮮幼稚園在園者にはいたっていません。
またコロナ下の「学生支援緊急給付金」においても朝鮮大学生が排除され、国連の4人の特別報告者から是正を求める共同書簡が日本政府にあてて出されています。
国連では朝鮮学校への差別是正勧告がすでに3回も出されてきましたが日本政府は無視をしたままです。
高校無償化排除をきっかけに各地方自治体の朝鮮学校に対する補助金カットも続出し、事態は、朝鮮学校の存続危機となっています。
日本政府が朝鮮学校に対する差別政策を改めることは、国内における排外主義を抑制し、多文化共生社会の実現に向けた大きな一歩になるだけでなく、東北アジアの平和実現へとつながる極めて重要な課題です。
またヘイトスピーチを差別として許さない地方自治体の動きも重要となっています。個人のヘイトスピーチは処罰の対象となるにも関わらず、国や地方自治体が朝鮮学校への補助金を打ち切り差別する官製ヘイトは司法で裁かれない理不尽さを許すことはできません。
連帯議員ネット参加者一同は、日本政府と、地方自治体での朝鮮学校差別を許さずともに闘うことを決議します。
2022年2月5日連帯ユニオン議員ネット第17回大会
特別決議 大阪カジノ計画を葬ろう!
決議案を提案するやはた愛参議院選予定候補 |
大阪府・大阪市はカジノを誘致するための「区域整備計画案」概要を公表しました。この計画案には、カジノの事業期間が35年という長期間であり、土地売却ではなく月額428円/u という低額の賃料(年約25億円)で提供することを示しています。いったん契約を締結すると、住民の意思を反映して契約解除を求めても、大阪府・市に「賠償金」支払い義務を課され、後戻りできない仕組みである事は伏せられています。
また、松井市長の「カジノには一切税金を使いません」という発言に反して、カジノ用地にかかる土壌汚染や液状化対策などに約790億円もの大阪市の負担を明らかにしました。夢洲に新設する駅の建設費用も市負担です。「計画案」では、IR区域整備の意義として「大阪の更なる成長に向けて」を謳い、「世界中から新たに人・モノ・投資を呼び込むIRの導入は不可欠」としています。しかし、IR売上の8割(約4200億円)がカジノであり、IRとはカジノ中心の賭博場でしかありません。
一方、IR万博は半年したら解体撤去する事になっており、カジノこそが主目的と見て間違いありません。しかも、オリックスは「客が全員日本人の前提でプランニングを作っている」と説明しており、カジノのターゲットは外国人観光客ではなく、日本に暮らす人々です。
年間4200億円ものカジノの収益とは、ギャンブル依存症を量産し、家庭崩壊など人の不幸の上に生み出す現実を直視しなければなりません。ところが「計画案」にはギャンブル依存症による社会的損失には一切触れず、ギャンブル依存症対策費に14億円、警察官の増員に約33億円(340人)と計上しているだけです。
大阪府が国にカジノ誘致を申請するには、大阪府民の理解と合意が必要です。しかし、これまでのどの世論調査の結果でも、カジノ誘致に反対が多数です。
こうした民意を無視して、府市両議会での「同意決議」(3月)、国への申請(4月)を強行する事は断じて許されません。
今後の住民への説明スケジュールは、12月23日に「区域整備計画案」が公表されて以降、パブリックコメントを約1カ月間実施し、住民説明会を1月・2月で計11カ所、公聴会は4回開催するとしています。しかし880万人の府民の理解と合意を得るには、極めて不十分だと言わなければなりません。
◆IR推進局に対してアンケート調査の実施で府民・市民の声を聞くこと、ギャンブル依存症などによる社会的損失を示すよう強く求めなければなりません。コロナ禍で暮らしや営業が一層厳しくなっています。カジノよりくらし・医療・教育・防災に税金を使うことが求められます。人の不幸で儲けるカジノ誘致にのめり込むなど論外です。また、カジノ誘致計画が必要とする巨額の税金投入は、当然ながら府民・市民に負担増として回ってきます。
家庭崩壊・犯罪増加など他人事ではない社会的損失が発生することは韓国の例でも明らかです。まさに府民・市民にとって、いや不足分を国費で負担する事になっているので日本で暮らす全ての人が被害者です。
◆孫子の代まで累を及ぼすカジノ誘致を断念させるまで各団体・個人と広く連帯して署名運動・宣伝活動等に全力でとりくみましょう。
6面
関西の沖縄人運動
崎浜盛喜さんが講演 2月20日東京
2月20日、〈「日本『復帰』50年」を問う 関西の沖縄人運動〉と題する講演会が都内でひらかれ、予定の人数を大幅に上回る参加があった。主催は、沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック(写真)。
講師の崎浜盛喜さん(奈良―沖縄連帯委員会代表、琉球人遺骨返還を求める奈良県会議共同代表)は1947年北中城村瑞慶覧生まれ。以下、講演の一部を紹介する。
キャンプ瑞慶覧
「1945年の沖縄戦で、4月2日に米軍は瑞慶覧に侵略。うちの家族が隠れていたら米軍兵士が日本語で『デテコイ』と言った。ハワイから帰って来ていたおじが米軍と話をつけて、殺されずに収容された。名幸という所のガマはガス弾で攻撃され、80数名が亡くなって生き残ったのは赤ん坊含め3名。うちは部落の住民全員が捕虜収容所に収容され、60歳の祖父、3歳の兄が餓死・病死した」「米軍は130世帯の住居を焼き払い、田畑を破壊して米軍基地を建設した(キャンプ瑞慶覧)。今なお瑞慶覧地区の75%が基地。その翌日に米軍は南の宜野湾村を占領して普天間飛行場を建設した」「戦後、毎夜米兵数人が自宅や近隣の家に『ママさん』『ネ〜さん』と言いながら強姦目的で侵入してきた。父と幼い兄弟は母と姉を守るため抵抗した。住民が自警団を作って対抗した。兵士が侵入したら皆で鐘を叩いて抗議した。こちらが暴力に訴えたら撃ち殺される。実際にそういう事件があった」「『日本に復帰したら平和憲法の下で基地は無くなる』と言われる中で『標準語励行運動』が激化した。学校では標準語、家では沖縄語を使うのが日常となった」
奈良教育大学に留学
「『国費留学生』として普天間高校から奈良教育大学に入った。寮に入ると、大阪から来た学生が大阪弁で『口撃』してきた。『意味が分からない(本当)から標準語で話してください』と言うと『あほか!』(ママ)と言われた」「言葉の問題と共に部落差別の問題があった。『瑞慶覧の部落は』と言うと変な顔をされた」「今年は全国水平社結成百周年。私はベトナム反戦と人権に目覚めて活動を始め、部落解放同盟奈良県連に就職した。狭山闘争勝利と部落解放特別措置法導入を訴えて全国を回った。『橋のない川』糾弾闘争で起訴された」
クブングアー
「大阪市大正区北恩加島・小林町の沖縄部落が『クブングアー』(窪地)と呼ばれた。1910年代末〜20年代の『ソテツ地獄』の頃から沖縄人が大阪にやってきて港湾・製鉄所で働いた。20年代に大阪木材市場ができると多くの沖縄人がここに集住した。広大な湿地帯にバラックが建てられた。(他の多くの働き口が)『求人あり、但し朝鮮人・琉球人お断り』で避難地となった。戦後、大阪市がこの沖縄部落を不良住宅地域とした『戦災復興区画整理事業』を施行、70年頃から『住宅改良事業』の合併事業となり立ち退き強制が激しくなった。最後に残された所が『窪地』となった。愛称と同時に卑下する意味で『クブングアー』と呼ばれた。
74年11月、『クブングアー(北恩加島・小林地区)の立ち退き問題を考える会』を結成、沖縄への差別と沖縄人同士・沖縄人と日本人との連帯を訴え、大阪市の差別を糾弾することを目的とした。75年1月18日に『北恩加島・小林町くらしを守る会』を結成、大阪市差別行政糾弾闘争を展開した」「住民は個別の切り崩しに遭った。寝返った者・転んだ者を非難してはいけないというのが議論の結論だった」「『不法占拠者』の強制立ち退きを阻止し、『補償』と改良住宅への入居を勝ち取り、『権利者』への補償金の増額・環境整備等々を実現した」
沖縄青年山口君を支援する全国連絡会
「沖縄から大阪に出て就職して過酷な条件の中で離職、一旦帰郷してから元の職場に再就職を頼むとひどく罵倒された青年が社長宅に火をつけ、社長夫人が亡くなった事件の被告(山口君)を支援する運動をおこなった。集団就職者青年たちの生活実態を明らかにし、歴史的な差別支配を明らかにする等の目標を掲げた。74年4月21日に『沖縄青年山口君を支援する全国連絡会』を結成。本人は同年5月24日、『あまりにひどすぎる』という遺書を残して大阪拘置所の独房で自殺した」
権利は自分たちで守るもの
「大阪解放教育読本『にんげん』(中学生用)に『沖縄が問いかけるもの』が掲載された(69年7月、全国解放教育研究会編)。琉球政府行政主席・屋良朝苗は差別の質の違いと在本土沖縄県人からの掲載反対の声を理由に削除を要請した。反対意見の主旨は『沖縄と部落が一緒にされては困る』というもの。兵庫沖縄県人会や『関西・沖縄県人差別問題研究会』等は掲載に賛同する主張を展開した」
「『同和』というのは同じ民族同士仲良く、ということ。琉球・アイヌには(国は)『同化』を宣言してやってきた」「向こうから『違う』(※だから同化)と言われてきたのに、なぜ(沖縄の方から復帰運動の中で)『同じ』と言わなければならないのか」「権利は自分たちで守るもの。憲法や条約で守られていると言うだけではどうしようもない」「琉球遺骨返還請求訴訟(京都地裁)が4月21日に判決だが闘い抜く」
どういう社会を作るのか
「石垣・宮古の基地の問題で、有事の際の住民の避難計画のことを自衛隊に問い合わせたら『住民を守るのは自衛隊ではなく地方自治体の任務です』と言った」「安保・米軍基地反対と(だけ)言っている時代ではない。その先にどういう社会を作るのかが問題になっている」「沖縄の労組・政党は本土の労組・政党の支店になっている。そんなものに我々の運命を託せるのか」(池上涼)
琉球遺骨返還訴訟が結審
京大は骨神を百按司墓に返せ
大嶺幸夫
一度も出廷しなかった京大当局
1月20日、京都地方裁判所において琉球遺骨返還請求訴訟の第12回口頭弁論が開かれ結審した。被告である京都大学は、ついに一度たりとも法廷に姿を現すことはなかった。京大当局のこの不誠実な対応は、松島泰勝さん(原告、龍谷大学教授)への面会拒否・門前払いという対応と全く同一の姿勢と態度である。こうした京大当局の姿勢と態度にこそ、この琉球遺骨返還請求訴訟の本質と歴史的意義が示されている。この日の法廷は、裁判所に対する要請として原告側最終意見陳述を金城実さんが述べ、弁護側のまとめを丹羽雅雄弁護団長がおこなって終了した。判決は4月21日。
ここで、これまでの12回の法廷を振り返り、この裁判闘争の獲得目標と本質・歴史的意義について確認しておきたい。
元の百按司墓に返せ
この裁判闘争の直接の獲得目標は、1929年に京都帝国大学の医学部助教授であった金関丈夫が遺骨継承者たちに何ひとつ相談することなく、百按司墓から人類学の学術標本と称して盗掘した人骨(骨神)を元の百按司墓に返還させることだ。しかしながら京大当局は金関が持ち帰った遺骨が人類学の貴重な学術標本であることを金科玉条にして返還を拒否し、しかも百按司墓の人骨の直接の継承者は存在しないこと、当時の県庁上層部や警察上層部の許可を得て合法的に遺骨は収集されたと主張する。
京大当局の遺骨返還拒否の論拠は、原告団・弁護団の法廷での反論で、完膚なきまでに粉砕された。まず、「百按司墓には直接の遺骨継承者は存在しない」と言うが、これは京大当局が自らの琉球人差別者としての存在に全く無自覚であることを自己暴露するものだ。琉球の墓制は一般的に門中墓制度であり、門中墓と遺骨(骨神)は一族郎党の共同所有である。門中墓は琉球人の生活の基盤を成している。門中墓のグソー(あの世)の御先祖様の骨神と現世の人たちとの心の交流を媒介として門中行事が営まれ、門中同士の共同性が形成され、育まれていく。金関はこうした生きた現実としての琉球人の生活環境を無視し、門中の人たちに何一つ相談することなく、琉球の最初の統一王朝である第一尚氏の門中墓とされる百按司墓から26体の遺骨を収集し、持ち去った。これを「盗掘」と言わずして何と言うのか!
京大当局がこの金関の行為を盗掘ではないと主張し続けるなら、もはや彼らに学者としての資格はない。なぜなら、学者(学問・研究を追究する者)とは、あくまで事実に基づいて物事の真理を明らかにしていく者でなければならないからだ。第一尚氏の子孫である原告の亀谷さんや玉城さんは百按司墓に骨神が存在しないことを知った時に驚天動地のショックを覚えた。盗掘された骨神が存在しない百按司墓に手を合わせてきたことに対するむなしさ・やるせなさ、骨神を盗掘したことに対する心底からの怒り、盗掘された骨神を何としても百按司墓に取り戻さなければならないという強い思い、を語っている。人間として、生活者として極めて当然の感性だ。京大当局には亀谷さんや玉城さんの気持ちに思いを寄せることなく、人間性に踏まえた生活者の感覚などは全く存在しない。人間的感性を喪失している京大当局は学者として失格である。
植民地主義的差別支配
さらに京大当局は金関の遺骨収集は合法的であったから遺骨を返す必要はないと主張する。金関は盗掘した遺骨を警察の承認を得ただけで、京都帝国大学に持ち去った。盗掘した遺骨を、たとえ警察の承認を得たからと言って持ち去ることが、どうして合法的だといえるのか。しかも当時の琉球は大和による差別支配にあって、警察を含む行政・教育関係の上層部の大半をヤマトンチュウが占めていたのだ。金関は琉球に対する植民地主義的差別構造の下で警察の承認を得て盗掘した遺骨を持ち去ったのであって、とてもじゃないが「合法的」と言えるものではない。これを「合法的」だと主張し続けるなら、それは黒を白と言いくるめるものであり、真理を解明しようとする科学的研究者としての立場を放棄して曲学阿世の徒に成り下がったと言わざるを得ない。
京大当局が遺骨を返還しないという「根拠」は完全に粉砕された。法廷で明らかにされた諸事実に踏まえるならば、遺骨は原告の亀谷さんや玉城さんらを含む遺骨継承者に返還され、百按司墓に骨神として収納されなければならない。
日本帝国主義の琉球に対する植民地主義的差別支配を背景として、学術標本の収集を口実に学知の植民地主義を貫いて遺骨を盗掘したことを一切反省することなく擁護する京大当局のおぞましい思想性と体質を打ち破っていく必要がある。
判決は4月21日
琉球人とヤマトンチュウのそれぞれの立場から琉球差別と闘い、ともに共同体・共同性を形成していくことを基礎にして、4月21日の判決に立ち向かっていこう。
7面
水平社創立(1922年3月3日)から100年
「水平社の闘い」は階級闘争の指標
津田保夫
はじめに
2022年3月3日、全国水平社が結成されて百年をむかえる。この時、朝治武さんが『全国水平社1922―1942 差別と解放の苦悩』(筑摩新書)を出した。本書では、1871年「解放令」発布から近代の部落差別の歴史を書きおこし、水平社が看板をおろす1942年まで、水平社運動の闘いを紹介している。本書の特徴は、水平社の闘いと意義を日本と世界の動向を考慮にいれつつ、総体的にえがいていることだ。本書に学びながら、水平社結成の意義を考えていきたい。
全国水平社の結成
百年前の3月3日、京都を中心に約千人が京都市公会堂(岡崎公会堂)に集まり、午後1時から全国水平社創立大会がはじまった。京都の南梅吉が開会の辞を述べ、奈良の坂本清一郎が経過報告をおこなった。つづいて、京都の桜田規矩三が「綱領」を朗読した。
綱領
一.特殊部落民は部落民自身の行動によって絶対の解放を期す
一、吾々特殊部落民は絶対に経済の自由と職業の自由を社会に要求し以て獲得を期す
一、我等は人間性の原理に覚醒し人類最高の完成に向かつて突進す
次に、奈良の駒井喜作が「宣言」を朗読した。
全国に散在する吾が特殊部落民よ団結せよ。
長い間虐められて来た兄弟よ、過去半世紀間に種々なる方法と、多くの人々とによつてなされた我等の為めの運動が、何等の有難い効果を齎らさなかつた事実は、夫等のすべてが吾々によつて、又他の人々によつて毎に人間を冒涜されてゐた罰であつたのだ。そしてこれ等の人間を勦るかの如き運動は、かへつて多くの兄弟を堕落させた事を想へば、此際吾等の中より人間を尊敬する事によつて自ら解放せんとする者の集団運動を起こせるは、寧ろ必然である。
・・・
水平社は、かくして生まれた。
人の世に熱あれ、人間に光あれ。
さらに、奈良の米田富が「決議」を朗読した。
一、吾々ニ対シ穢多及ヒ特殊部落民等ノ言行ニヨツテ侮辱ノ意志ヲ表示シタル時ハ徹底的糾弾ヲ為ス。
一、全国水平社京都本部ニ於テ我等団結ノ統一ヲ図ル為メ月間雑誌『水平』ヲ発行ス。
一、部落民ノ絶対多数ヲ門信徒トスル東西両本願寺ガ此際我々ノ運動ニ対シテ抱蔵スル赤裸々ナル意見ヲ聴取シ其ノ回答ニヨリ機宜ノ行動ヲトルコト。
右決議ス
参加者が総立ちになって、綱領、宣言、決議が可決された。会場は大拍手と歓喜につつまれた。
水平社が結成されるまで
米騒動(1918年)をへて、日本の階級闘争は激しさを増していった。労働組合が各地でつくられ、労働争議が激しく闘われている。1922年4月に、日本農民組合も結成されている。この年、日本共産党も非合法下でつくられた。
この頃、部落青年を中心にして部落差別と闘うための自主的な組織が全国各地でつくられていった。1920年5月、奈良県の柏原(御所市)では、坂本清一郎、西光万吉、駒井喜作らによって燕会がつくられた。この燕会が中心母体になって、全国組織に成長していく。
全国水平社の同盟員は部落民自身が自らの力と団結の力によって、自らの解放と差別のない社会への変革をめざした。佐野学の「特殊部落民解放論」(1921年『解放』7月号)を学びつつ、ここから共産主義思想を積極的に学んでいった。この論文で、佐野は@部落民自身が決起することの意義、A社会的連帯闘争の重要性、B社会改造による被抑圧者全体の解放を強調している。また、佐野は水平社結成直後に書いた「水平社の運動」(1922年『解放』6月号)という論文でも、「民族運動という意識を明確にすると同時に、最終の目標が全社会の改造に存することを徹底させる事」、「一切の宗教的気分を斥くべき事」と述べている。ここで佐野は「民族運動」と言っているが、部落民の独自的な運動を強調している。また、宣言には、西光万吉の影響によって宗教的な思想が色濃く反映されているが、佐野はこれを戒めたのだろう。
差別糾弾闘争を展開
全国水平社は、差別糾弾闘争を徹底的に闘った。従来の部落改善・融和運動にたいする反省から生みだされた方針であり、ここに水平社結成の精神がこめられていた。それは差別者にたいする怒りの発現であり、闘う主体の形成にとっても必要だった。当然、国家権力からはげしい弾圧をうけることになる。
御所・小林水平社による大正高等小学校差別糾弾闘争(1922年5月)は、水平社結成直後に闘われた。また、血を流して大日本国粋会と闘った水国争闘事件(1923年3月)、水平社の糾弾闘争にたいして周辺住民が被差別部落を襲撃した世良田村事件(1925年1月)、軍隊内の部落差別にたいする福岡連帯差別糾弾闘争(1923年3月)、結婚差別にたいする高松結婚差別糾弾闘争(1932年12月)などが、全国水平社運動の歴史にしるされている。
1927年11月、名古屋練兵場で陸軍特別大演習がおこなわれ、天皇ヒロヒトが閲兵をしていた時、北原泰作は天皇に直訴状をわたそうとしたが、憲兵に取り押さえられた。直訴状には、軍隊内での差別事件の頻発とその解決を願う内容であった。この事件は、軍隊内での部落差別の現実と部落差別と天皇制の問題を社会にさし示した。北原は天皇に部落差別の解決を期待した。水平社はこのことを批判したが、これ以上の取り組みをしなかった。むしろ、この事件は支配権力の側に大きな衝撃をもたらした。
女性の闘い
婦人水平社の闘いについてふれておきたい。創立大会では、大阪の岡部よし子が婦人代表として登壇している。1923年第2回大会で、奈良・柏原の阪本数枝が「全国婦人水平社設立の件」を提案し、可決された。彼女は「男ばかりが水平運動をやってもだめだ。よろしく婦人も水平運動をやらねばならない」と述べた。第5回大会(1926年5月)には、福岡の西田ハルが「婦人の問題にたいし、男の方は無関心です」と告発している。しかし、婦人水平社は全体として低調であり、1927年には歴史から姿を消した。
水平社の闘いを今日に受け継ぐ
社会改造をめざす水平社は、権力から激しい弾圧をうけた。また、水平社は激しく闘ったがゆえに、路線闘争もはげしくおこなわれた。理論的には、第5回大会でアナ・ボル論争がおこなわれ、これ以降も継続されていく。糾弾闘争方針にたいする論争もおきている。これらの論争は「闘いをどのようにおこなうか」というところに、その核心があった。だからこそ、これは起こるべき論争だったし、必要な論争でもあった。
問題は、権力の弾圧にたいして持ちこたえられなかったことだ。1928年3・15弾圧では、指導部が根こそぎ逮捕された。この弾圧によって、水平社はおおきな曲がり角をむかえることになる。
その後、中国にたいする侵略戦争がすすんでいくなかで、水平社はしだいに戦争協力に傾いていった。こうして、1942年1月には水平社の名前も消えた。
御所市柏原の3青年を中心にする燕会が全国水平社結成の原動力になった。現在、この柏原の地に水平社博物館が建てられている。JR掖上駅から西光寺にむかってまっすぐ道路が延びている。この地域は柏原の地場産業の中心だった。かつては、桐の製材工場や商店がたち並んでいた。
全国水平社が結成百周年をむかえ、水平社博物館は今年3月3日にリニューアル・オープンする。行政はここを「人権のふるさと」と称しているが、水平社の歴史は「ふるさと」になってはならない。今日においても、部落解放闘争の拠点なのだ。
水平社結成から百年をへて、世界の資本主義体制は危機におちいっている。部落差別事件は深刻さをましており、インターネットによる部落差別など、新たな差別もひきおこされている。だからこそ、水平社の闘いは歴史のエピソードであってはならない。水平社の闘いを具体的にみつめなおす、この作業が必要だ。今日においても、水平社の闘いは部落解放運動に限らず、あらゆる階級闘争の指標なのだ。
8面
JAL争議の全面解決を
都労委での闘い開始
原油先物取引による損失等で経営破たん状態にあったJAL(日本航空)は2010年12月31日、パイロット・客室乗務員165人を不当解雇した。被解雇者による今日まで連綿と続く闘いにより、経営側は「解決したい」と表明し始めてはいるが膠着状態にある。この状況を打開すべく、定年に達し組合員資格を失った3人が新組合を結成、JALと国交省を相手取り都労委での闘いを開始。これで165人全員の早期解決を目指す。
この流れを支援すべく「JAL争議の全面解決をめざす2・16東京集会」が開かれ、会場191人・オンライン105件が参加。弁護団の指宿昭一弁護士が都労委闘争の意義を語り、支援からは「国鉄闘争も先鋭的な闘いが勝利を導いた」と展望を示した。この新たな闘いの武器を加えた陣形で労働者の権利を再確立していく心奮わせる集会だった(写真)。
『赤石岳、謎の遭難 リニア中央新幹線建設計画の隠された真実』を読んで
一読者
10年程前、京都で老舗の味噌屋の主人から、つぎのような話を聞いた。「地下鉄の建設工事で井戸の水が枯れて、廃業に追い込まれた店が少なくない。うちも同様の状態になったが、300年以上も続いた家業を私の代で絶やすわけにはいかないので、数千万円もかけて敷地内に1000メートル以上も深い井戸を掘って商売を続けている」。
京都盆地の地下は良質の水を大量に蓄えた水瓶のようなものである。そのお陰で京都は酒や和菓子、漬物などの名産に恵まれている。
ところで今、京都の地下鉄工事とは比較にならないスケールの国家的プロジェクトが動き出している。リニア中央新幹線だ。
JRの計画によれば、静岡県の中央部を流れる大井川源流域の地下深くをトンネルが貫くことになっている。南アルプスに沿って南北に走る糸魚川・静岡構造線、フォッサマグナと呼ばれる大地溝帯、さらに中央構造線を地下トンネルが横断するという。その結果、大井川の水量が毎秒2トンも減少すると発表している。
87%が地下トンネル河川の水枯れは必至
本書は、このトンネル建設工事に先立つ地質調査を親会社から依頼された子会社が、涌水量の数値がトンネル建設に影響しない報告書の作成を厳命され、しかも調査地点や通常と異なる調査工法を指定されたことから始まる。部下にデータの改ざんを指示した社長が良心の呵責に耐え切れず、調査地点近くの赤石岳で自死するミステリー仕立ての小説である。
小説ではあるが著者が登山家で周辺の山に詳しく、多くの関係者から取材し客観的なデータを駆使している。極めてリアルで迫真力に富んだ内容で、ほとんどドキュメンタリーといってよいような作品である。
静岡県当局は1月26日、大井川流域の10市町と11の水利団体の見解をとりまとめ、「現状では工事を認めることはできない」とする書面を、JR東海と国土交通省に送付した。
既に南アルプスの山々を自分の庭のように熟知する静岡県の山岳3団体は、トンネル建設工事に反対する意思表示をしている。南アルプスは雷鳥や這い松が生育する地球上の南限であり、トンネル建設工事がこうした生態系を破壊せずにはおかないからである。
この工事が強行されれば、大井川流域の農業はじめとする多くの産業や、周辺に住む人たちの生活に計り知れない被害が及ぶことは、私のようなド素人にも容易に想像できる。一旦水脈を破壊したら、元に戻すのは100%不可能である。既に山梨県のリニア実験線では、いくつもの河川で水枯れが発生している。
JRはリニア新幹線建設の目的は「日本経済の活性化」であり、沿線に全人口の半数を超える合計約6500万人の巨大都市圏が誕生するとPRしている。最高時速517キロで、東京・大阪間を約1時間で走行するという。しかし、東京・名古屋間のルートの何と87%は地下を走行する(名古屋・大阪間のルートは未確定)。乗車料金は東京・大阪間で、現在の新幹線より1000円程高くなると予想されている。一体、だれがこんな乗物を利用するというのか?
リニア新幹線のデメリットは、他にも数えきれない程ある。
走行中の自然災害で阿鼻叫喚の地獄絵図
日本列島は直下型地震がどこでも起こりえる。最近、超大型の自然災害が頻発している。リニア走行中に、かつて経験したことのないような大惨事が発生しないと、だれが保障できるのか。多くの人々が阿鼻叫喚する地獄絵図を想像するとゾッとする。
JRは静岡県当局などの疑問に、「対策は考えています」と答えるのみで、具体策は全く示していない(示せない!)。
リニアが使用する電力は、在来型新幹線の3・5倍とJRは発表している(専門家は4・5倍と指摘)。仮にJRの発表によるとして、東京・大阪間でおよそ原発1基分の電力を消費することになる。
地下深くを掘削することで、重金属やヒ素などの有害物質が出る可能性が大きい。その残土をどう処理するのか。
高圧線などの電力設備による電磁波の健康リスクも問題だ。既に国際ガン研究機関(WHOの下部組織)は、リニア走行によるガン発症の可能性を認定している。
騒音や振動被害も十分に想定される。
以上のような深刻な事態が生じたとき、もはや「想定外」などという常套句は通用しない。『静岡新聞』の記事は、「JRは未来永劫責任を負わねばならない」と警鐘を鳴らしている。
百害あって一利なし≠フリニア新幹線の建設工事を強行しようとし、国が後押しする理由はどこにあるのか。リニアの技術を海外に輸出してボロもうけするためのモデルケースづくりである。ゼネコンの利権もからんでいるだろう。
既に、東京の品川と名古屋ではリニアの駅の建設工事が始まっている。しかし今からでも決して遅くはない。私たちは子どもたちの未来のためにも、リニア新幹線の建設を阻止しなければならない。私はこの本を読んだことをキッカケに、改めてそのことを痛感した。
〔出利葉義次著、星雲社刊、1500円〕
2月9日、記
連載
住民の会 結成50周年を迎えて(4)
三里塚反対同盟と共にさらに前進を
東灘区住民の会事務局長 松原康彦
事あるごとに、私は進さんの想いを聞き、自分の方針(関実として、あるいは住民の会として)を決めていきました。進さんと話し合うために、ただそれだけの理由で三里塚現地に幾度も足を運びました。特に2007年以降は、総ての三里塚についての考えを、進さんとの会話の中で決めていきました。それが、今日の住民の会の50年はもちろんのこと、関実の45年を支えたとも思っています。
その過程では、関実を分裂させようとする企みをはじめ様々なことが、信じられないようなことが起こりましたが、仁王立ちした進さんが、狼狽える私たちを叱咤激励してくれたのです。
2013年10月、土砂降りの中で開かれた全国集会で、方針を激しく提起した萩原進さんは、この2カ月後、心臓の発作で亡くなられました。その3日前に、関西生コンの西山さんなどを案内し、進さん、息子の富夫さん、市東さんなどと三里塚の闘いと関西生コンの闘いを、進さんの希望で、お互いにDVDを持ちより、説明し合って、熱い交流が実現されたのです。私は翌日、三里塚現地を西山さんたちに案内しました。その3日後の未明に進さんが斃れ亡くなられたと、富夫さんから連絡が入ったのです。2日後、朝から三里塚団結野菜市が取り組まれ、必死で野菜をみなさんの所に配り終え、山本善偉さんのところで着替え、ご一緒して葬儀に向かいました。忘れることができません。
これからもよろしく
残念ながら紙数が付きましたので、これらの点でというか、三里塚闘争を巡る私たちの歴史については、詳しい論述は別の機会にしたいと思います。
いずれにしろ、東灘区住民の会は、善偉さんとの43年、三里塚反対同盟との47年、この2つの大きな力を背景に、まったくブレることなくこの50年を前進してきたことを確認できるのではないでしょうか。今も共に歩んでくれ、わずかになったとはいえ私たちを支えていただいている会員のみなさんに心からのお礼を申し上げます。(おわり)
〜新空港反対東灘区住民の会『おしらせ』21年11月18日号から転載〜