未来・第329号


            未来第329号目次(2021年11月4日発行)

 1面  総選挙 安倍政治継承許さず全国で決起
     敵基地攻撃と改憲と原発推進
     3Aと一体の岸田政権打倒を

     美浜3号機運転停止 10月23日
     25日「もう動かすな」現地行動

 2面  原発推進の岸田政権と対決を
     MOX燃料11月後半、高浜原発へ
     搬入阻止行動に起とう

     関電株主訴訟 10月6日大阪地裁
     金品受取、報酬闇補填を追及

 3面  奮闘する各地の候補者

     若者・女性と地域の人々の決起
     兵庫8区 つじ恵候補      

     大阪5区 大石あきこ候補
     難しい問題に対しても
     連日市民と街頭で対話     

     大阪9区 大椿ゆうこ候補
     弱い者が本音を言える
     福島党首らと北摂地域を回る

     第71回総がかり 国会前で

 4面  閣議決定で歴史は変えられない
     10月20日水曜行動 新宿

     天海訴訟
     千葉市が介護保険優先
     65歳以上の「障害者」の権利奪う

     〈投稿〉
     アイヌ民族の遺骨返還・自決権を
     日高渡

 5面  沖縄レポート(10月1日〜22日)
     再開 辺野古新基地反対行動

     関生弾圧10月20日
     公正な裁判求め
     大阪高裁に要請行動

     10・17京都
     新自由主義に変わる社会を
     15年目の行動恥辱なきことを”

     高松高裁判決
     原発事故「国の責任」
     原発賠償愛媛訴訟

 6面  投稿 私たちの運動にとって地域社会とは何か
     〈地区党建設〉の今日的意味を問う
     青木健次郎

 7面  『時代はさらに資本論』を読んで (下)
     松崎五郎

     運動つぶしの重要土地利用規制法(下)
     「ファクション」から生まれた土地利用規制法
     築紫健

 8面  「日の丸・君が代」反対?大阪ネットが総会
     強まる同調圧力と教育破壊

     三里塚・新やぐら裁判
     東京高裁

     『展望』27号紹介
     闘いの蓄積の中から新しい理論・路線を

               

総選挙 安倍政治継承許さず全国で決起
敵基地攻撃と改憲と原発推進
3Aと一体の岸田政権打倒を

消費税5%と野党共闘で政権交代を訴える(10月26日、尼崎市内)

自民党総裁選の過程で、「分配なくして成長なし」と言って「令和所得倍増」「金融所得課税の強化」を打ちだしていた岸田は、首相になるや否や、その主張をいとも簡単に投げ捨て、安倍・菅継承政権の正体を現した。「信頼と共感を最優先」「丁寧な対話」というのも全くの空文句だ。

敵基地先制攻撃と改憲

今回の衆院選で岸田自民党は、「相手領域内でミサイルを阻止する能力の保有」すなわ「敵基地先制攻撃」という憲法違反の公約を掲げた。安倍元首相が昨年辞めるときに結論を出せと言い残したものである。さらには「NATO諸国の国防予算GDP比目標(2%以上)を念頭に防衛関係費の増額」。安倍が防衛予算を5兆円を超えるまでに増大させてきたが、2倍の10兆円に増やすというのだ。長距離巡航ミサイル(スタンド・オフ・ミサイル)などの攻撃型兵器を導入し、自衛隊を欧米並みの軍隊に変えていくものだ。
「自由で開かれたインド太平洋」を日米同盟基軸に、豪、印、ASEAN、台湾、欧州などと推進する。中国を敵視した「対中国軍事包囲網」である。島嶼防衛戦争と称して石垣島・宮古島・奄美大島にミサイル基地建設を強行し、沖縄・南西諸島に自衛隊を配備しつつある。沖縄の民意に反する辺野古新基地建設は「唯一の解決策だ」と推進を明言。
岸田は、「総裁としての任期中に4項目について憲法改正の実現を目指す」と宣言した。

コロナ対策は無策

コロナによって日本では医療が崩壊し、自宅放置され、救える命が救えなくなり1万8229人(10/27現在)もの命が失われた。コロナの百万人当たりの死者数が、中国3・2人、ニュージーランド5・6人、シンガポール10・3人、台湾35・3人、豪州45・8人、韓国47・0人に対して、日本は136・2人。衝撃的な数字だ。新自由主義政策で、20年以上、感染症病床や感染症治療を担う公立・公的病院や保健所を大幅に削減し、医師数を抑制してきたことが原因だ。2017年、日本の人口1千人当たり医師数は2・3人でOECD35カ国中30番目、世界193カ国中61番目。欧米に比べて貧弱な医療だ。「今だけ、カネだけ、自分だけ」の政治が跋扈してきた結果だ。人の命を大切にする政治に変えねばならない。

総選挙公示日の国会前行動(10月19日)

「新しい資本主義」?

「新しい資本主義で分厚い中間層を再構築する」というが、「金融緩和、機動的な財政出動、成長戦略を総動員」というアベノミクスの三番煎じ。「成長と分配の好循環」も安倍と同じ。労働分配率向上にむけて賃上げをおこなう企業への税制支援や看護・介護・保育労働者の収入を増やすため「公的価格」の見直しをおこなうと表明。欧米諸国の実質賃金が右肩上がりで上昇しているのに、日本の実質賃金は、この20年間にわたって下がり続けている。アベノミクスは格差貧困をつくり、非正規雇用労働者を4割にも増やしただけだ。最低賃金を1500円にし、非正規雇用労働者の正規化、労働者派遣を廃止し直接雇用にすべき。消費税は撤廃し、法人税増税、金融所得課税を強化し所得税は累進課税を強化し金持ちからもっと税金をとるべきだ。

ジェンダー平等が全くなし

選択的夫婦別姓を認めないのは、世界で日本だけ。主要9政党のうち選択的夫婦別姓制度に反対しているのは自民党だけ。選択的夫婦別姓制度、LGBT平等法、同姓婚を認める民法改正などを実現していくべきだ。
岸田政権は、要所に経産省人脈をすえた原発推進内閣だ。10月22日新たなエネルギー基本計画を閣議決定し、公約で、原発の再稼働推進と、核融合の開発を国をあげて推進するとしている。エネルギー基本計画は、2030年度に再生可能エネルギーの割合を発電量全体の「36〜38%」に引き上げ、原発は「20〜22%」と従来の目標を維持。原発を「重要なベースロード電源」と位置づけ「必要な規模を持続的に活用していく」という許せないものだ。
岸田は10月11日、衆院代表質問で、甘利幹事長のURの土地売却をめぐっての現金受領疑惑、森友・公文書改ざん問題、河井夫妻1・5億円問題、日本学術会議の任命拒否問題などについて、従来の見解を繰り返し、再調査を拒否した。牧島かれんデジタル相は、NTTの秘書室長から2回接待を受けている。「政治とカネ」問題や国家の私物化で腐敗した政治を絶ちきり、民主主義を取り戻さなければ未来はない。
衆院選で、安倍継承で麻生・甘利と一体(3A)の岸田極悪政権を打倒しよう。

美浜3号機運転停止 10月23日
25日「もう動かすな」現地行動

老朽原発・美浜3号機の前で行動(10月25日)

40年超え老朽原発である関電・美浜3号機が10月23日に停止した。さる6月23日に大きな反対の声を無視して再稼働(原子炉起動)したものの、特定重大事故等対処施設の完成が法的期限である10月25日に間に合わなかったため停止に追い込まれたものである。7月末の営業運転からわずか3カ月で停止となった。

美浜原発で抗議行動

 10月25日、この機会を捉えて、「美浜3号もう動かすな」の声をあげようと、老朽原発うごかすな! 実行委員会がよびかけて美浜現地行動がおこなわれ63人が参加した。
 11時すぎ、美浜原発を目の前ににらむ「シーパーク丹生(丹生漁港環境広場)」で抗議集会が始まった。小浜市明通寺の住職・中嶌哲演さん(原子力 発電に反対する福井県民会議)、オール福井原発連絡会・林広員さんらが発言。集会を終えて、デモに出発。デモ隊は、「美浜3号機もう動かすな!」「このまま廃炉!」の声をあげ、美浜原発ゲート前を2回通るデモをおこなった。

関電原子力事業本部に申し入れ

 その後、全体が車で移動。昼食をはさんで、美浜町役場ちかくの「はあとぴあ(保健福祉センター)」の駐車場に集合し、1時半から関電原子力事業本部に向かって町内デモに出発した。
 事業本部前では、木原壯林さんが熱烈なアピール。続いて、関西各地から参加した大阪、滋賀、京都の仲間がそれぞれの思いをアピールした。
 2時半、原子力事業本部に代表団が入り、申し入れ。申し入れ書では、トラブルを頻発させている関電は「安全に」原発を動かす資質を持ち合わせていないことを明らかにし、即時廃炉の決断を迫った。その後、ふたたび町内デモに移り、「美浜3号もう動かすな」「全ての原発を廃炉に」と訴えた。
 老朽原発動かすな! 実行委員会は、10月23日〜12月4日を、「老朽原発このまま廃炉! キャンペーン」期間として、「できることは全てやろう」を合言葉に関西、全国で行動をよびかけている。
「12・5老朽原発このまま廃炉! 大集会inおおさか」に集まろう。各地での「キャンペーン行動」に参加しよう。

2面

原発推進の岸田政権と対決を
MOX燃料11月後半、高浜原発へ
搬入阻止行動に起とう

原発いらない金曜行動

(10月15日、首相官邸前)

東電本店抗議

経産省前テントひろば・たんぽぽ舎がよびかけ(10月6日)

9月9日の報道によれば、高浜原発3・4号機で使用するMOX燃料を積んだ船が8日、フランス北西部のシェルブール港を出発し、11月後半に高浜原発に到着する見通しです(ルート、日程の詳細は、公表されていません)。
この燃料の製造は、関電がフランスの企業「オラノ」に依頼していたものです。フランスから日本へのMOX燃料の輸送は7回目(高浜原発へは4回目)で、福島原発事故以降では3回目です(前回は4年前の2017年です)。
4年前の2017年9月、対岸の高浜原発に入港するMOX燃料運搬船への抗議行動(ニュース54号より)
高浜原発では現在、3号機で20体、4号機で20体のMOX燃料が使用されていて、両機ともに、最大40体までの使用が認可されています(全燃料体は157体)。現在MOX燃料を使用して、プルサーマル運転をおこなっている原発は、玄海原発3号機、伊方原発3号機、高浜原発3号機・4号機の4基です。
原発は事故確率の高い装置ですが、MOX燃料を使用してプルサーマル運転すれば、以下のような理由で、重大事故の確率がさらに高くなります。
@燃料被覆管が破損しやすい。例えば、酸素と結合し難い白金族元素が生成しやすく、余った酸素が被覆管を腐食します。また、核分裂生成物ガスとヘリウムガスであるアルファ線の放出が多く、燃料棒内の圧力が高くなり、被覆管を破損させやすくなります。
AMOX燃料では、中性子を吸収しやすいアメリシウムの生成量が多く、原子炉の運転や停止をおこなう制御棒やホウ酸の効きが低下します。
B核燃料の不均質化(いわゆるプルトニウムスポットの生成)を招きやすい。
CMOX燃料では、中性子束(中性子密度)が大きく、高出力で、過渡時(出力の増減時)に原子炉の制御が難しくなる。
D使用済みMOX燃料の発熱量は、ウラン燃料に比べて下がり難い。そのため、使用済みウラン燃料の4倍以上も長期にわたって燃料プール内で水冷保管しなければ、空冷保管が可能な状態になりません。なお、燃料保管プールが脆弱であり、冷却水を喪失しやすいことは、福島原発4号機のプールが倒壊寸前であった事実からも明らかです。
危険きわまりないMOX燃料の搬入を許してはなりません。MOX燃料搬入阻止の闘いを準備しましょう。
(木原壯林/老朽原発うごかすな! ニュース54号より)

関電株主訴訟 10月6日大阪地裁
金品受取、報酬闇補填を追及

10月6日、「金品受取&報酬闇補填を追及する関電会社訴訟」第1回口頭弁論が大阪地裁で開かれた。被告は関電旧経営陣の極悪6人。
この日にいたるまでの経緯を説明すると、@関電のたたかう株主からの提訴請求によって、関電が旧経営陣に19億円余の損害賠償請求訴訟を起こした、A株主の代表が共同参加手続きをとり、共同原告になった、B他方、株主は、損害額はもっと大きいとして、旧役員22人を別途訴える株主代表訴訟を提訴した、Cそのうち下記6人については裁判所の判断で、会社訴訟の被告とだぶっているとして分離し、会社訴訟に併合された。
その会社訴訟がこの日に開かれた訴訟である。株主が訴えた22人から分離された6人以外の被告の裁判は株主代表訴訟として別途審理が始まっている。
会社訴訟の被告は、以下の6人。金品を受領していた八木(元会長)、岩根(前社長)、豊松(元副社長)、白井(元取締役)と、闇補填に関与した森(元会長)、八嶋(元監査役)。

厚顔無恥な被告

法廷では原告株主を代表してSさんが意見陳述。
「被告たちは利害関係者から金品を受領して、なぜ平気なのか? なぜ今でも預かっていただけなどと厚顔無恥な主張ができるのか? 1着50万円という庶民からしたら信じられない額の背広の仕立券を費消していたことと、明らかに矛盾する。金沢国税局の査察がなければいつまでも手元に置いていたか使ってしまったのではないかと思われる」、「関電は、特命発注という随意契約で年間いくらの工事額を発注するかを(事前に)約束までしていたにもかかわらず、発注額は適正だったという立場をとり続けている。関電が設置した第三者からなる取締役責任調査委員会が、本来よりも高い金額での発注や不要な発注によって生じた損害は、被告らに還流した3億7千万円を上回ると認定しているにもかかわらず」、「ここでも原発の問題がある。嫌われものの原発を建設し運転していくには利益誘導で異論を排除していく。そのために高い価格で発注して相手を黙らせたり、闇のお金を生み出す構造を維持していく。先日、多くの反対の声を押し切って、原則40年とされた年数を超える老朽美浜3号炉が再稼働した。その際、同意を取り付けるために関電は、これからも随意契約で仕事を出しますと地元に説明して回った。そこに手を付けられるのが嫌で、発注価格は適正だったと主張しているのではないか。私たち株主が訴えなかったら事件はなあなあで済まされ、何も改善されないかもしれない。」

開き直る答弁書

判明しているだけでも3億7千万円にのぼる金品の受領について、被告らは、かの森山栄治との関係悪化などを危惧したため「預かって保管していたに過ぎない」、報酬の闇補填も「業務の実態がある正当な対価だ」と答弁書で主張し、完全に開き直っている。許してはならない。

3面

奮闘する各地の候補者

若者・女性と地域の人々の決起
兵庫8区 つじ恵候補

30人近くでねり歩き(10月24日)

19日の公示以降、つじ恵さんは駅前の朝立ち夕立だけでなく、スーパー前やマンション前の辻立ち、商店街練り歩き、地域個人演説会とフル稼働している。これを支えているのが、れいわに共感する女性たちと学生、さらに地域住民たちだ。
公示後もボランティアの数は衰えず、24日の日曜日は中央商店街を30人で練り歩き、手持ちの名刺がなくなった。尼崎の商店街はこの20年、寂れる一方。「消費税の値上げはあっても、給料は上がらなかった。商店街も町全体も沈みかけている。まずは消費税を5%に引き下げ、そして廃止、その法案を弁護士でもある私に出させてほしい」と訴えると共感が広がる。
大阪の一番の近郊都市として増え続けるマンション前でも訴え。ベランダから手を振る人も多い。尼崎6地域の地域個人演説会でも、声かけあって参加してくれる。
また学生たちもれいわの奨学金棒引きに共感し連日ボランティアに参加。個人演説会での学生の訴えは新鮮で共感を呼ぶ。
女性たちは「ウグイス」や証紙貼りや電話かけに、また比例区の街頭ビラまきに参加。抑圧されてきた自己の政治的主張をぶつけ、40人を超えたライン網は、女性たちの元気な声であふれている。
最後まで勝利を目指した決起が続く。

大阪5区 大石あきこ候補
難しい問題に対しても
連日市民と街頭で対話

定番の十三駅東口で

大石あきこさんは連日、街頭宣伝に立ち、有権者に熱く語る。
私は10月21日のJR加島駅前、同22日のJR西九条駅前、同24日の阪急十三駅東口の街頭宣伝に参加した。
大石さんは大きなボードでこの25年間で所得が108万円も激減したことを示し自己の政策を訴える。また聴衆からの質問に答えていく。人々の思いに応えずして国会で闘えないし、社会も変えられない。こういう姿勢が他の政党とは根本的に違うところだ。
西九条駅前では20万円/月のコロナ脱却給付金はいつまで支給するのか、安倍政権のときは住所がないとして路上生活者には給付金が支給されなかったがどうするのか、女性差別とどのように闘うのかという質問が出された。阪急十三駅東口では、維新は嫌いだがどうやって社会の成長をつくるのかという質問もあった。これらの質問に大石さんはデータを示しながら的確に答えた。
当選させるため推薦はがきをはじめ、電話かけが必要だ。今ほど一票の重みを感じるときはない。闘う大石をなんとしても国会に送り込もう。(M)

大阪9区 大椿ゆうこ候補
弱い者が本音を言える
福島党首らと北摂地域を回る

福島党首とともに

公示前だがそのラストスパートとして16日〜17日、川西能勢口から、池田、箕面、さらには茨木全域を回った。川西能勢口は兵庫県ながら、大阪府能勢町、豊能町の入り口。
16日午前、ここで兵庫県議の北上あきひとさんの激励を受け、福島みずほ社民党党首と一体で大椿ゆうこさんが訴えた。福島党首は「選挙だけでなく運動も持つのが社民党。特に弱いものが本音を出せる社会をみんなで作ろう」と訴える。大椿さんは非正規雇用労働者としての自己の経験から、新自由主義社会批判をおこない、100人あまりの聴衆が熱心に聴きいった。

第71回総がかり 国会前で

10月19日、第71回総がかり「19日行動」が衆議院第二議員会館前を中心におこなわれた。ちょうどこの日は、総選挙の公示日と重なった。
国会議員をはじめとして発言者からは口々に、野党共闘の進捗状況が語られた。「200以上の選挙区で与党との一騎打ちとなった」「政権交代の準備が整った」「岸田は軍事費GDP2%を口にしている(現在は約1%)。戦争を避けるための政権交代、生存のための政権交代だ!」等々。
また、沖縄辺野古新基地建設に沖縄戦での遺骨が含まれる土砂を使用しようとしている問題、性暴力事件をもみ消した中村格をご褒美として警察庁トップに据えた件、コロナ対策の基盤となったはずであった医療を崩壊させてきたのは自公だとの弾劾などが語られた。
集まった6百人へ「それぞれの地域での勝利を」と呼びかけて、この日の行動を終えた。(写真は1面)

おことわり

『未来』は隔週発行のため、10月31日投開票の衆議院選では、10月27日段階までしか報道できず、発行(11月4日付)前に結果が出ます。次の330号(11月18日付)で、結果と総括を掲載します。



4面

閣議決定で歴史は変えられない
10月20日水曜行動 新宿

10月20日、12時半から新宿駅西口で「日本軍『慰安婦』問題の解決は女性の人権・平和の未来をひらく!」として、第45回水曜行動in新宿が開かれた。戦時性暴力問題連絡協議会呼びかけで、20人以上が参加した(写真)
毎月第3水曜日の新宿西口でのこのスタンディングアピール、リーフを配り、マイクでのアピールが続いている。コロナ感染の危険もあって、4月からオンラインでの取り組みだったが、久しぶりの街頭での行動。
オープンマイクは、〈女たちの戦争と平和資料館(WAM)〉の名誉館長が「慰安婦」問題をめぐる全体状況を話した。そしてこの日のテーマ、政府の教科書への介入問題を2人のスピーカーが訴えた。政府が「従軍慰安婦」や「強制連行」という用語を教科書に使用するのは不適切とする閣議決定をした。現在使用中の教科書や検定済みの教科書までも、「変更」を強制したのだ。とんでもないことだ。歴史の事実を政治によって壊すことなどできるはずもない。インドネシアの戦犯裁判(スマラン事件)によって「日本軍による強制連行」が、また1937年の「野戦酒保規程改正」によって「日本軍による慰安所設置」が明らかとなっており、こうした公文書が多数あることは政府自身が知っていることだ。日本政府がこれを否定しようとしても、これほどの歴史的事実を国際的にも否定しようがない。この問題を強く批判するアピールだった。
さらに台湾の被害者に関するアピールもあった。台湾の被害女性たちが残した言葉は、「日本政府の謝罪」だ。それが実現できていない。私たちの責任をいまさらながら強く感じる。
最後は若者からの発言。「いのちを犠牲にする日本の入管行政と慰安婦問題は繋がっていて、植民地支配を反省できていない」と根本問題を問い直す怒りの発言だった。
1時間超で配ったリーフは2百枚。最近は通行の市民も、以前よりよく受け取ってくれるようになった。(深津)

天海訴訟
千葉市が介護保険優先
65歳以上の「障害者」の権利奪う

10月13日、東京高裁で天海訴訟控訴審の第1回口頭弁論がひらかれた(写真)
障害者福祉サービスを利用しながら生活していた「障害者」の天海正克さんに対し、65歳になったことを理由に介護保険の申請をおこなうよう千葉市が要請。
高齢者を対象とした介護保険によるサービスは「障害者」のニーズとは異なること等を理由に、天海さんはこれを拒否して従来通りの障害者福祉を申請。
これに対して千葉市は、障害者福祉の提供を拒否するという恐るべき報復を実行。非課税世帯レベルの収入しかない天海さんがこれまで通りの生活を続けるためには、月14万円の利用料が必要になる状態に追い込んだ。
天海さんはこれを不当として提訴したが今年5月、千葉地裁は千葉市の主張を支持する判決を下した。これを受けて天海さんが控訴し、この日を迎えることとなった。
開廷前、裁判所前には40人が集まり、支援や天海さんの声に耳を傾けた。また、午前中には6500筆を超える署名を提出。ほぼ満席となった大法廷でのやり取りの後、場所を移し、本裁判の重要性を確認する報告会が持たれた。
千葉市・千葉地裁が依拠する介護保険優先という策動を、障害者運動が打ち砕いてきた歴史がある。全面的な取消しの検討という約束は自民党政権の返り咲きによりたなざらし状態だが、一律に移行させるのではなく個別に検討すべきとの通達を厚労省に出させている。多くの「障害者」が個別の交渉で65歳以降もこれまで通りの生活を維持しており、中には高裁まで持ち込んで勝利した事例さえある。
今回の千葉市の攻撃は、これまでに「障害者」が獲得してきたこの地平をひっくり返す意味を持っている。天海さん自身、運動が勝ち取った成果を無にしたくないという思いを語っている。絶対に勝利しよう。

〈投稿〉
アイヌ民族の遺骨返還・自決権を
日高渡

10月24日に東京・南部労政会館でひらかれた「10・24アイヌ民族講演学習会―アイヌ民族の遺骨返還・自決権をかちとろう」(主催、ピリカ全国実・関東グループ、共催、東大のアイヌ民族遺骨を返還させる会)と、翌25日の東大への抗議行動に参加しました。

24日の講演学習会

冒頭、今年2月9日に亡くなったピリカ全国実代表の川村シンリツ・エオリパック・アイヌさんに黙祷を捧げました。
基調報告で主催者は、今年白老に開設された「民族共生象徴空間」(ウポポイ)の「慰霊・研究施設」に約1287体のアイヌ民族の遺骨が収容されているが、これはアイヌ民族への遺骨返還ではなく、全てコタン(郷土)へ返還させなければならないと訴えた。

木村二三夫さんが講演

〈平取「アイヌ遺骨」を考える会〉共同代表・木村二三夫さんが講演。
「札幌市白石区で『白石区開基150年』という記念事業 (※2020年の予定だったが今年に延期)の名称を改めさせ(〈開基〉を削った)、同胞の名誉を一部取り戻した」「国民の過半数の反対を押し切って開催したオリパラや入管の問題が大きくなっている。無能な内閣によりオリパラ開催中にコロナをまき散らした」「オーストラリアをはじめ、複数の国のアスリートたちが(競技場で)人種差別に抗議した。日本選手団は世界の人権問題に何のアクションも起こさなかった」「日本は単一民族国家ではない。多民族文化国家でなくてはならない」「私たちアイヌ民族がどんな悪い事をしたのか。明治以来150年の日本によるアイヌへの不正義が続いている。小金井良精(東京帝大医学部教授)の手によって遺骨数十体が拉致されて研究対象にされた。東大で実験動物の供養祭はやるが、アイヌへの慰霊はやらない」「昨年10月、文部科学省の『地域返還ガイドライン』で30数体の遺骨が平取町に返ってきた。東大は遺骨をモノ扱いしてトラックで輸送してきた。東大には今も小金井良精がアイヌの頭骨を持っている像が立っている。コロンブス像もエドワード・コルストン(※奴隷貿易で財を成した英の篤志家)の像もベルギー国王レオポルド2世(※コンゴ侵略とゴムのプランテーションで有名)の像も引き倒されたのに」「私の先祖は新冠の御料牧場の工事で強制労働させられ、地域を追い出されて祖母は平取に流れ着いた。道内の強制移住先で『いつの間にかアイヌがいなくなった』と言われるが、誰のせいなのか」「小金井は小樽から入り、遺骨と、一緒に埋葬されている道具や装身具を盗んだ。脳髄や肉片が着いた遺骨も盗んだ」「(東大等の大学は)国連決議(※先住民族の権利に関する国際連合宣言) 第12条 (宗教的伝統と慣習の権利、遺骨の返還)を無視して『研究』している」「アイヌ(男性)が漁労等の強制労働に駆り出され、メノコ(女性)が和人の妾にされた、というのが松浦武四郎の日誌に書いてある。メノコが梅毒で苦しんでのたうち回る姿を何度も見たと書いてある」「(旧土人保護法のもとで)アイヌが不潔極まりないとして強制移住させられたが、病気を持ち込んだのは和人」「不都合な過去に目を閉ざす者に未来はない」
東京・新大久保のアイヌ民族料理店「ハルコロ」店主の宇佐照代さんは釧路に生まれてから祖母などからアイヌ文化を受け継ぎ、渋谷の「アースデイ」(民族・国籍・信条・政党・宗派をこえて、地球環境を守る意思表示をする国際連帯行動)に娘さんと一緒に参加するなどこれまでのアイヌ文化継承者としての歩みをスライドで発表し、最後にムックリ(口琴)を演奏しました。

翌25日、東大本部へ抗議行動

事前に訪問日時を伝えていたにも関わらず、出てきたのは名前すら名乗らない東大の総務課の係長と称する人物。「昨年は一応担当者が出てきたのに今回は不誠実ではないか」「一部返還した遺骨もトラックで運んでくるとは何事か」「実験動物の慰霊は毎年やるのに遺骨の慰霊をやらないとは、アイヌは動物以下か」等々と徹底追及し、木村さん・宇佐さんによる小金井良精像(※非公開のフロアにある)の確認を要求して、お二人を像の場所に通させることができました。残りの参加者で赤門前に移動し、イチャルパ(先祖供養の儀式)の準備を開始。木村さん・宇佐さんが合流してからの儀式に私も参加させていただきました。
通りかかった学生が、「この問題は知らなかった」と熱心に説明を聞いていました。

5面

沖縄レポート(10月1日〜22日)
再開 辺野古新基地反対行動

10月1日 沖縄の新型コロナウイルス感染拡大防止の緊急事態宣言は、全国の宣言解除と同じ9月30日に解除された。辺野古新基地建設反対の抗議行動も1日から再開された。
 2日 第1土曜日のこの日、オール沖縄会議はキャンプ・シュワブゲート前で約1年ぶりに土曜集会を開催した。まだコロナ禍であり動員を制限したにもかかわらず、150人の市民が結集した。「ブルーアクション」と称して、ここでやりながら動画配信などおこない、各島ぐるみ会議はそれぞれの場でアピール行動をやることを確認した。集会では、県選出の国会議員や名護市長選予定候補の岸本洋平・名護市議などが、辺野古新基地建設反対の立場を鮮明にした。また、玉城デニー知事は「辺野古移設断念、対話で解決策を求める民主主義の姿勢を政府に粘り強く求めていく」とメッセージを寄せた。
 9日 海上行動隊は、台風対策でフロートが撤去されている「N2護岸」に接近し監視行動。「N2護岸」は120メートルほど完成されていることが分かった。また、メートルかさあげの埋め立て工事も予定通りには進んでいないことが確認された。

屋良さんらの勝利めざし衆院選始まる

屋良朝博さんが訴える(10月16日)

16日 衆院選挙公示前のこの日、沖縄3区予定候補の屋良朝博さんは、玉城デニー知事とともに、名護市内4カ所で街宣活動に決起した。3区は島尻安伊子(元参議院議員、元沖縄担当相)との激突が予想され、予断を許さない状態で、街宣にも熱が入る。屋良さんはマイクを手に「岸田政権は安倍・菅政権のコピーである。国民の民意を組み込んでいない。政権交代を実現し、政治を国民の手に取り戻そう」と熱弁をふるった。玉城デニー知事は「沖縄のコロナ終息を促進し、自立した沖縄の未来をつくりたい。屋良予定候補に国会で訴えてほしい」とエールを送った。
 19日 衆院選が公示された。沖縄では予定通り4選挙区にオール沖縄会議の候補者が立候補した。候補者はそれぞれの地で第一声を発し選挙戦がスタート。
 21日 屋良朝博氏は名護市内で街頭演説。350人の市民が耳を傾けた。副知事の照屋義実さん、稲嶺進前名護市長や名護市議が「ヤンバルから屋良さんを押し上げよう」と必勝を訴えた。
 22日 沖縄防衛局は「K8護岸」の延伸工事を入札公告した。「K8護岸」は全長515メートルのうち250メートルを完成させた。(土砂搬入護岸に使用している)今回190メートル延伸する。「K8護岸」の延伸上には軟弱地盤が広がっており、地盤改良が必要である。防衛局が昨年4月、県に出した変更承認申請を、玉城デニー知事は承認しない構えで、埋め立て工事を進められる見通しは立っていない。(杉山)

関生弾圧10月20日
公正な裁判求め 大阪高裁に要請行動

10月20日、「全日建関西生コン支部に関わる裁判の公正な判決を求める大阪高裁要請行動」がおこなわれた。フォーラム平和・人権・環境がよびかけたもので、9月21日、10月5日に続き第3回目の行動(写真左下)
2府2県の警察および検察がでっち上げ起訴した事件は、大阪、大津、京都、和歌山の4地裁で不当な有罪判決が出ている。いずれも控訴し、現在大阪高裁でたたかわれている。

前段集会

午後1時、大阪地裁・高裁の正門前に50人の仲間が集まり、要請行動にさきだって前段集会がおこなわれた。
海渡雄一弁護士(関西生コンを支援する会共同代表/警察や検察等の逮捕や起訴は違法だとして、国および滋賀県、京都府、和歌山県の4者を相手取り、総額2千万円の損害賠償を求めて東京地方裁判所に提訴した民事訴訟の弁護団長)、全水道、埼玉、千葉、神奈川の仲間が次々と発言。
地元関西からは、〈労働組合つぶしの大弾圧を許さない実行委員会・大阪〉、〈労働組合つぶしの大弾圧を許さない! 京滋実行委員会〉、若狭の原発を考える会、米軍Xバンドレーダー基地反対・京都連絡会、などが発言。
その後、署名を携えた申入れ団を送り出し、集会は続いた。
申入れ団が戻ってきた後、全日建の小谷野毅書記長が報告とまとめ発言をした。この日までに提出された「公正判決を求める署名」は1594団体、個人署名3万筆となった。

10・17京都
新自由主義に変わる社会を
15年目の行動恥辱なきことを”

第15回、反戦・反貧困・反差別共同行動が京都・円山野外音楽堂で開催された。今年は「変えよう! 日本と世界 ポストコロナ/新自由主義に代わる社会をめざそう/自公政権を打倒しよう!」というテーマだ。
初めに、主催者あいさつ、連帯のアピールでGDPの2%が軍事費となる岸田内閣の軍拡に対して、戦争への道を止めようと訴えた。反戦フォークシンガー・中川五郎さんが登壇し、飛入り参加のクマさんの太鼓にあわせて「平和に生きる権利」など4曲が歌われた。
講演は、鵜飼哲さん(一橋大学名誉教授)がおこない、ポストコロナ/新自由主義に代わる社会をめざそうという内容であった。先に出された「平和に生きる権利」の歌はビクトル・ハラがチリ軍事クーデターが起こったときに作詞したもので、好戦的反動勢力の支配の転覆を目指そうと強くアピールした。
特別アピールは社民党の服部良一さんがおこない、何としても自公政権を倒そうと訴えた。集会のまとめを新開純也さんがおこなった。15年目を迎えた反戦・反貧困・反差別共同行動のこれまでの戦いの記録を『死ぬ日まで空を仰ぎ 一点の恥辱なきことを』という本にまとめたということが報告された。
最後に、インターナショナルを斉唱し、京都市役所までデモ行進をおこなった(写真)。集会参加者は360人だった。きびしいコロナ禍での集会であったが、岸田内閣を打倒し、新しい社会をつくろうという盛り上がった集会となった。(東和子)

高松高裁判決
原発事故「国の責任」
原発賠償愛媛訴訟

福島第一原発事故で愛媛県に避難した10世帯23人が国と東電に損害賠償を求めた訴訟で
9月29日高松高裁で判決があり、神山隆一裁判長は、国と東電の責任を認め、約4600万円の賠償を命じた。賠償額は、避難指示の対象になった原告について、「ふるさと喪失慰謝料」を認めるなど、1審の約2700万円から上積みされた。
判決は、争点となった政府の「地震調査研究推進本部」が02年7月に公表した地震予測「長期評価」について、「相応の科学的信頼性がある」と評価。国が東電に対し、長期評価に基づくシミュレーションを指示していれば、津波が到来する危険性を認識できたと認定。規制権限を行使しなかったことは「著しく合理性を欠く」と国の責任を認めた。
同様の訴訟のうち、(東電だけでなく)国の責任を問う裁判は、地裁段階では17の判決が出ている。国の責任を認めたのが9判決、認めずが8判決。
高裁段階では、本判決が4例目の判決で、国の責任を認めたのはこれで3例目となった。
当日、応援にかけつけた「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟(生業訴訟)の弁護団事務局長を務める馬奈木厳太郎弁護士は、「『(国の)責任』論は決着がついたと思っている」と述べた。

6面

投稿 私たちの運動にとって地域社会とは何か
〈地区党建設〉の今日的意味を問う
青木健次郎

本紙326号に「〈反戦派労働運動〉の継承・発展を」と題する記事が載っていました。それに触発されて、1962年に開かれた革共同第三回拡大全国委員会総会(三全総)のもう一つの柱〈地区党建設〉の今日的な意味を問い直してみたいと思います。
「地区党建設という問題は、この三全総においてはじめて日本の革命的左翼のなかで実践的につくられてきた」(『本多延嘉著作選』第五巻、前進社)のです。
三全総の席上、黒田寛一は「地区党建設とはどういう意味か」と質問しています。彼が政治的資質を欠く存在であることを、象徴的に示す発言です。黒田は三全総路線に敵対して革マル派を結成し、反革命の側に転落しました。

地区反戦の土壌をつくった地区労の存在と活動

私たちの運動にとって、地域社会はどういう位置にあるのでしょうか。第一に、労働力が再生産される場です。第二に、労働者が失業者や「在日」の人たち、外国人労働者、農民、小零細商工業者、主婦、学生などと出会い交流するフィールドである。第三に、介護や環境、教育その他さまざまな問題を解決するために連帯して闘う舞台です。
革命は労働者人民が生活上の不満と怒りを爆発させることによって始まります(ロシア革命における「パンと平和」を想起しましょう)。ですから、革命をめざす党が職場と居住地の細胞を基本組織として、地区党建設をすすめるのは至極当然のことです。
では労働運動をはじめとする社会運動は、地域社会とどうかかわってきたのでしょうか。
1947〜49年に、日本共産党(以下、日共)は地域人民闘争なるものを展開しました。例えば郵便局の労働者がトイレの電灯を明るくせよなどと「一人一要求」を掲げて、勤務時間中に入れ替わり立ち替わり局長室を訪れて解決を求めます。郵便や電信・電話の機能をマヒさせるためです(郵・電分離は1952年)。そして地域の党員やシンパを総動員して郵便局や市役所に押し掛け、通信システムの正常化を迫ります。この闘いを地方から中央へと発展させるという戦略です。
この闘いは中心的な活動家が逮捕されると、何物も遺さず敗北しました。火を着けた党の上級機関のオルグは闘いの現場に姿を見せず、何も責任をとろうとしませんでした。国家権力との直接的な対決を避けて、労働者や地域の住民を駆り立てた日和見主義的な闘いでしかなかったのです。
1953年の尼崎製鋼の争議は、「町ぐるみ」の闘いと言われました。商店街は争議団とその家族に食料や日用品を安売りし、医師会や農協まで争議支援を決議したりしたのです。しかし大企業を買弁資本(敵)、尼鋼など中小企業を民族資本(味方)とみなす中国革命の戦略を真似して、尼鋼資本との対決を避けたために惨敗に終わりました。
1960年、三井三池炭鉱で「総資本と総労働の対決」と言われた大争議が繰り広げられました。当時、同じ福岡県内の筑豊地帯では中小炭鉱の閉山・合理化が相次いでいました。7万人もの失業者がドン底生活のなかで悪戦苦闘していたのです。九州大学助教授の奥田八二(後の福岡県知事)は現地に滞在して、実態の把握に努めました。しかし同じ九大の教授で三池労組の学習会の講師をしていた向坂逸郎(社会主義協会代表)から、「そんな所をうろついていないで早く三池に来い」と叱られてしまったのです。
三池労組も筑豊の失業者たちと連帯して闘う視点を欠いていました。三池争議が筑豊の失業者たちの闘いと結合すれば地域社会を大きく揺るがし、勝利の展望を切り開く可能性を秘めていたことは否定できません。
一方その頃、全国的に市・区を単位に地区労が組織されていました。地区労は労働組合の恒常的な共闘組織で、未組織労働者の組織化や争議の支援をはじめ労働相談、労災認定などに積極的に取り組んだのです。さらに環境や教育など地域のさまざまな問題を住民と共に解決するセンターの役割も果しました。その活動には多くの同志が参加し、活動家としての幅を広げていったのです。
地区労は地区反戦青年委員会づくりの土壌を形成し、70年安保闘争では地域あげての大結集をかちとりました。ところが1989年に結成された「連合」は、こうした地区労を解体に追い込んで支配階級に奉仕したのです。

支配階級は地域で大衆を扇動しアジア侵略への道を切り開いた

支配階級はアジア侵略の野望を秘めて、地域社会を一貫して重視してきました。
1930年暮れから翌31年夏にかけて、陸軍は全国1866カ所で165万5000人もの聴衆を集めて講演会を開きました。講師は各師団の佐官級の将校です。
当時農村は疲弊のドン底にあえぎ、「娘身売りの場合は相談されたし」と書いた大きな紙が村役場の入口に張り出される有り様でした。各地で武装した農民の決起が頻発し、農民組合の左派(日共系)は「すべての耕地を農民に無償で分け与えよ」と要求しました。
それに対して将校たちは講演の中で「国土が狭く人口が多い我が国では、すべての耕地を農民に分け与えても、息子や娘を上の学校(中等学校や高等女学校)に進学させるだけの余裕は得られない。それよりも広大で肥沃な『満洲』(中国東北地方)に移民すれば、諸君はたちまち旦那衆になれる」と扇動しました。石堂清倫は講演会場から出てきた農民たちの眼が輝いていたと記しています(『20世紀の意味』平凡社)。
「満洲」侵略を企んでいた軍部は、国民の支持が得られるか全く自信がありませんでした。しかし1931年9月、「満洲事変」が勃発すると国民が歓呼の声を挙げたので安堵の胸をなでおろしたのです(陸軍将校らの親睦組織・偕行社の機関誌『偕行社記事』)。彼らの扇動が功を奏した結果でした。
他方、日共は軍部の謀略による「満洲事変」に人民大衆が反対の声を挙げるだろうと期待していました。ところが大衆が真逆の反応を示したので、獄中にあった幹部たちの内面に動揺が生じました。弾圧の司令塔である思想検事は大衆が熱烈に戦争を支持したのは、日共がナショナリズムを克服していないからだと判断しました。そこでナショナリズムの核である天皇制の問題をテコに、転向政策をおしすすめたのです。その結果、獄中の最高幹部を皮切りに日共は雪崩を打って転向状態に陥ってしまいました。
支配階級はかねてから、天皇制イデオロギーを地域社会の隅々にまで浸透させる努力を積み重ねてきました。学校の諸行事では校長が教育勅語を「奉読」し、町内会の会合は皇居遥拝から始まりました。義務教育を終えた者は青年学校に入れられ、軍人勅諭に基づく軍国主義教育を叩き込まれたのです。一方日共は数多く発行した非合法パンフでも、軍人勅諭や教育勅語に対する批判を全くおこなっていません。彼らが国家権力に太刀打ちできなかったのは当然です。
1934年、関西地方を戦前最大の室戸台風が襲いました。工場が密集する大阪市大正区は一面泥海と化し、全工場が1カ月にわたって操業停止に追い込まれたのです。そのとき港南消費組合常任書記の和田四三四はただちに行動を起こし、泥水をかきわけて救援活動の先頭に立ちました。そして全国から寄せられた見舞金や救援物資の公平で自主的な配分を求める署名を、各戸から集めるために奔走したのです。和田の必死の活動は労働者たちの絶大な信頼を集め、奮起を促しました。その結果、各工場主に1人も解雇させないことを誓約させ、休業中の賃金全額支給と臨時給や傷病手当の先払いをかちとったのです。
その実績を背景にして、大阪・港南の労働組合は所属組織の違いをのりこえ、労働戦線の全的統一を求める行動を起こしました。工場街の一角から始まった運動は瞬く間に全国に広がり、大きな成果を挙げたのです。
1995年の阪神淡路大震災のとき、神戸の長田地区の街工場はすべて焼失し、工場主も行方不明で労働者たちは途方に暮れました。同志たちが彼らの先頭に立って行政機関に大衆行動を繰り返し、雇用保険の遡及適用を獲得した素晴らしい実績があります。

地域から棄民政策に反撃の狼煙を

近年、地球温暖化によって大規模な災害が頻発し多くの人命が奪われています。3・11東日本大震災の被災者は10年後の今も棄民状態に放置されています。新型コロナウイルスに感染して自宅療養を強いられた人たちは何人も亡くなり、後遺症に苦しむ人も少なくありません。働き口を失った母親とその子どもたちはマトモな食事にありつけない状態です。
こうした現実に対して具体的に救援の手をさしのべ、地域社会の片隅でもがき苦しんでいる住民の声を集め、ネットなどを駆使して一大運動を呼びかけるのは、共産主義者の努めではないでしょうか。ところが、革共同を僭称する江戸川グループをはじめ多くの新左翼は、「救援主義反対! 階級的視点を!」などと叫ぶばかりです。
今こそ、共産主義者が献身性と徹底性を発揮して奮闘すべきときです。その活動をつうじて〈地区党建設〉を現実に甦らせようではありませんか。地区党なくして革命は達成できないことを肝に銘じ、勝利に向かって前進しましょう。(10月15日記)

7面

『時代はさらに資本論』を読んで (下)
松崎五郎

(2)青柳和身氏の人口再生産論

資本主義化により人口増大

これは、原因と結果を逆転させて論じている誤りだと思います。資本主義の発展期において、例えば日本では明治期において、あるいは現在発展途上国において人口が爆発的に増大しているのは、資本主義化が始まったからであって、人口が増加したから資本主義化したのではありません。
資本主義以前の生産の基軸は農業で、生産量は土地の広さに制限されていました。だから人口はほとんど変わりませんでした(江戸期は約3千万人で推移)。それが明治・資本主義になって人口増が生じたのは、工業が軸になり、富が労働量によって創られるようになったからです。つまり、労働量が増えれば、資本主義では富が増大するのです。
社会の総労働量を増やす方法は、各労働者の労働時間を増やすか、労働人口を増やすかしかありません。民衆自身が、労働者数を増やすこと(子どもの多産)で、各家庭の富の増加を求めたのです。
その上で資本主義は、資本の有機的構成を高度化すること(生産性の向上)で少ない労働でより多くの富を作り出すようになりました。それは同時に、新たな失業者を生み出すことになりました。だからマルクスは、資本主義の人口法則として「資本は相対的過剰人口(失業者)を生み出す」と明らかにしたのです。
歴史的には「産めよふやせよ」と人口増を国をあげて奨励したときがありましたが、それは、戦争のための兵士の募集と、それによる生産人口の減少を防ぐためにしたのです。原因は戦争なのです。筆者はこの視点では何一つ検討していないようです。 

労働者不足ではない

また現在日本では「少子・高齢化」が叫ばれ、コロナ禍で海外渡航を制限しながらも、東南アジアからの「技能実習」という名の出稼ぎ労働者の入国を「生産がストップするから」と大量に認めてきました。他方でコロナ禍を理由に非正規職の労働者が大量に解雇されています。人がいない(足りない)のではなく、資本が欲しい低賃金の労働者がいないだけです。国民には最低賃金の制限がありますが、東南アジアの出稼ぎ労働者は 「技能実習生」とされ、最低賃金以下の「賃金」しか支払われず奴隷労働を強いられています。

(3)松尾匡氏の拡大再生産論

松尾氏は、最初に再生産表式を簡潔に解説し次いで拡大再生産表式について3点「留意点」(批判点)を述べています。 

「消費財生産(U)が過剰」で恐慌

1点目は「再生産表式モデルでは全般的過剰生産は表現できない」です。  
マルクスの再生産表式は、総生産を生産財生産Tと消費財生産Uに分け、価値通りの交換がおこなわれているとして、今年度の各生産物が次年度にどう配分されるかを検討したものです。
単純再生産の場合は、T(V+M)=UCがなりたたねばならないことを明らかにして、拡大再生産論の結論で、問題はT(V+M)とUCとの比較(>、=、<)に帰着すると述べ、T(V+M)>UCは生産財のT(V+M)に余りが出るので拡大再生産は可能であり、資本主義の正常な発展期である。T(V+M)<UCは、消費財UCすべての交換は無理で余りが出るので「Uにおける過剰生産」で、恐慌を引き起こすと展開しています。生産財・消費財のどちらで余り=売れ残りが出るかで事態は異なります。「=」は単純再生産です。
マルクスは「Uにおける過剰生産」と言っているのであって「全般的過剰生産」とは言っていません。マルクスがT、Uを比較して問題を立てているのを、T、Uを合計したら変わらないからこのモデルはおかしいと松尾氏は主張しているのですから、的はずれです。
消費財生産(U)の過剰生産が恐慌=全般的危機(全般的過剰ではありません)として現れるのは、資本主義では貨幣を媒介にして生産物の交換(流通)がおこなわれているからです。Uで支払いが滞ればTも滞らざるをえないということです。そして全産業で倒産が巻き起こり、商品流通はストップします。もし貨幣がなければ、Uが過剰生産に陥れば過剰な分だけUの生産が部分的に停止し、Uの在庫が増えるだけです。恐慌は起こりません。

資本の部門間移動

2点目は「各部門の利潤が自部門の蓄積に回る想定になっていて、資本の部門間移動が考えられていない」です。
これもおかしな話です。マルクスは「恐慌後、資本移動が起こる」と述べていて、常時資本間移動が起こるとは述べていません。当然です。資本移動とは、巨大な生産設備の変更を意味します。それが常時起こると考える方がおかしいのです。
だから資本主義では、株=架空の貨幣資本の日常的売買や、それに伴う株価の変動として資本の移動は擬制的に表現されています(実際の資本材は移動していない)。

賃金は前払い

3点目は「賃金が前払いか後払いか」です。
マルクスは当然前払いですが、松尾氏自身も「賃金先払い的現実がある」と言いながら、「後払いで考えてみよう」と展開しているのですから、矛盾もいいところです。
資本主義での賃金は後払いです。資本家は、前払いすると労働者は労働しないと考えているからなのです。だが労働者にとっては、前払いでなければ生きていけません。最初の賃金が入るまでの労働期間どうやって生きろと言うのかです。
その上で再生産表式は、今年度の生産物が次年度にどう配分されるかを検討するものです。だから、前払いでもらった賃金で労働者が買う消費財は 前年度に生産された物です。それを松尾氏は、労賃を後払いとすることで今年度の生産物を買うとしているのですから、再生産表式をまったく理解していないと思われます。

運動つぶしの重要土地利用規制法(下)
「ファクション」から生まれた土地利用規制法
築紫健

 ドイツの歴史はさらにステージが進むことを教えている。ナチは政権を掌握した後、1933年に「人民と国家の保護のための政令」を布告し、個人の自由にかかわるワイマール憲法の条文を無期限で宙吊りにした。その効力は第三帝国の崩壊まで続いた。ここではナチ政権以前と以後で大きな違いがでてくる。というのも、ワイマール政府の例外状態では、客観的事実に基づいて、国家の安全に対する危機を判断する余地がまだ残されていた。だが私権の無期限停止を定めたナチ政権の下では、もはや例外状態はエンドレスに延長され、「例外状態の恒常化」が起こったのである。これをステージ3と呼ぼう。いつ例外状態が終わるかといえば、国家の危機回避を政権が判断したときか、政権そのものが崩壊したときである。結局は後者だったことは言うまでもない。最後のステージ4は、例外状態の恒常化が徹底される事態、すなわち政令に反する者を強制収容所に移送する段階である。実際にヒトラーが第三帝国の首相に選出されたとき、ヒムラーはダッハウに「政治犯のための強制収容所」を設置した。収容所は刑法や懲役法といった通常の法秩序の外に置かれたまま、SSによって運営された。だからこそナチ政権は、通常の法秩序を宙吊りにさせたまま、ユダヤ市民の権利や法的保護を剥奪し、法的にも身体的にも「裸」にしてガス室まで移送することができたのである(アガンベン『ホモ・サケル』「近代的なもののノモスとしての収容所」)。

交差点での「アナキスト柔軟体操」

 話を本法に戻すと、私たちはいまステージ2にいることは確実である。というのもこの法は、国家の安全保障に対する危機を前提に、通常の法秩序を宙吊りにしながら、政府の権力行使を可能にするものだからである。それだけではない。施行期日の定める5年後に十分な検証がないまま延長されれば、ステージ2から3に近づくことになる。こうした事態は残念ながら日本だけに限らない。20年前の「9・11」の直後に米国政府が出した愛国者法は、まさに例外状態の布告の世界的な合図となった。
 ではどうすればよいか。最初のたとえ話に戻れば、車の往来が少ない交差点に信号機は本当に必要なのかを日頃から考えることだ。人類学者のジェームズ・スコットはそうした「日常型の抵抗」の一つを「アナキスト柔軟体操」と呼んだ。道理に反した信号機(≒法律)には、その日が訪れた時にそれを破る勇気と精神が必要になる。そのためには常日頃から「準備万端」でなくてはならないからだ(スコット『実践 日々のアナキズム』5頁)。「必要性のない信号機」は所轄の警察署に廃止を申し出ることができる。法律も同じで、廃止や再検討を求める意見書を提出した自治体で廃止運動も始まっている。(おわり)

8面

「日の丸・君が代」反対 大阪ネットが総会
強まる同調圧力と教育破壊

精神の戒厳令

10月2日、大阪市内で〈「日の丸・君が代」強制反対・不起立処分を撤回させる大阪ネットワーク〉の年次総会が開かれ80人(ZOOMを含む)が参加した。
冒頭、大阪ネット代表の黒田伊彦さんがあいさつ。黒田さんは「東京五輪・パラリンピックにみる『日の丸・君が代』と天皇制と反差別のたたかい」と題して以下のように発言。
東京オリンピック・パラリンピックは68%の人々がコロナ禍での安心安全な開催はできないと、開催反対55%、賛成33%(7/17〜18朝日新聞世論調査)という世論のなかで、宇都宮健児弁護士らの呼びかけによる五輪反対署名65万筆が政府につきつけられる状況の中で強行された。
開会式で天皇が起立して開会宣言をしている時、隣の菅首相(当時)や小池都知事は着席していたが途中で起立。かつての1964年東京オリンピック、1998年長野五輪では周囲は座っていた。だが今回は「菅、小池は不敬」と右翼からの避難にさらされた。「君が代」斉唱で起立しないのは非常識だ、非国民だという同調圧力が強まっている。学校の卒・入学式でも「君が代」の起立斉唱をしない者は罰せられて当然だという風潮が強まり、憲法19条の思想良心の自由が圧殺され、精神の戒厳令ともいうべき憲法停止の状況を下支えしている。

維新による教育破壊とのたたかい

続いて、この1年間の経過報告、会計報告、質疑応答、役員人事の提案・承認があった。
特別報告では、@7・16〜18「表現の不自由展かんさい」について、実行委員会メンバーと弁護団が報告。大阪ネットによる情報公開請求取り組みも報告された。A『ルポ「日の丸・君が代」強制』著者=永尾俊彦さんが、同書の出版にむけて取材を通じて感じたことを話した。
その後、卒業式などでの「君が代」斉唱時不起立で処分されたり、再任用を拒否された3人の教員が裁判闘争などの報告をした。
つづいて、大阪府中学生チャレンジテスト差別出題についてとりくみが報告された。
まとめとして大阪ネットから、今後のたたかいの方向性として「君が代」強制との闘い、維新による教育破壊とのたたかいをさらに力強く取り組んでいくことが提起され、来年「2・11」集会での再会をアピールした。

三里塚・新やぐら裁判
東京高裁

裁判後の記者会見。右端が萩原富雄さん(10月20日)

10月20日、市東さんの農地に立つ「空港反対」の大看板と「やぐら」の撤去をめぐる東京高裁での控訴審第1回がひらかれた。法廷開始前のデモでは、「重要証人を採用しろ」「証人調べをおこなえ」とシュプレヒコールをし、早期結審を許さない構えを確認した。

萩原富雄さんが陳述

この日の法廷では、反対同盟・萩原富雄さんが意見陳述、弁護人6人が意見陳述をした。
意見陳述では、土地の強制収用を断念したにも関わらず、農地を取りたいがために、法を捻じ曲げ規則などという立憲主義に反するやり方で取ろうとしているところに、反対闘争の源が在る。そもそも市東さんは自作農になって当たり前だったのだ。それを、敗戦後、自作農への切り替え手続きの期間を過ぎてしか帰れなかったことから小作農を強いられている訳で、すべて国の責任以外の何物でもない。北総台地は、1965年の農林省の公文書でも、「岩手、南部九州と並ぶ日本で3本の指に入る大農経営にも適した肥沃な土地」といわれていると、その文書を読み上げて突き付けた。
また、空港公団(現NAA・成田空港株式会社)の弱点はシンポ・円卓会議で「強制執行はしない」と公約した。だから、「市東さんの場合はこれと違う」という理屈をひねり出そうとしているが、大木よねさんの土地を引き継いだ小泉英政さんとの和解では、「シンポの精神」を確認し、総裁が謝罪し、小泉さんに東峰の土地を「死ぬまで使ってください」と貸し付けた。

次回は研究者3人

次回口頭弁論は来年1月19日。研究者3人の証人調べをおこなう。コロナで空港がどうなっているのか? コロナ以降も大量消費などありえない状況なんだということ、さらには大看板や「やぐら」は表現の自由の問題であり、抵抗権の問題なんだということ、そして「土地の取得・賃借権の解約など無効」ということを明らかにしてもらう。市東さんの土地の買収に絡んだ敵性証人の調べも要求していく、と語気鋭く追及した。
こんなでたらめな裁判で、農地が取られてよいのか。怒りを爆発させて、高裁に迫っていこう!(大木健一朗)

『展望』27号紹介
闘いの蓄積の中から新しい理論・路線を

岸田政権は、倒壊寸前の菅政権の危機を疑似政権交代であるかのような虚構で人民をだまし、自公政権の危機をのりきらんとした。しかし、岸田政権の反動的正体は明白である。自民党総裁選時の言説と国会での首相所信表明の内容がまったく違う。曰く、「成長も分配も」から「成長なくして分配なし」。モリ・カケ・桜問題は「調査しない」。河井選挙違反で自民党本部からの1・5億円についても「調査を」から「沈黙」へ。安保防衛政策は完全に継承。また原発推進人脈を多く配置。このように岸田は、安倍・菅継承政権であることは明白である。

岸本論文では

再出発にあたって歴史的総括と闘いの展望を述べた。それぞれの結節点において戦闘的総括と否定すべきものがあるが2021〜22年を闘い抜くために、まず反帝国主義・反スターリン主義戦略が依然として有効であることを前提に述べている。革共同と再建協の60年余の歴史を総括することが必要である(機微にかかわるものは触れていない点もあるが今後論議を深めてほしい)。3・11以後の、戦争法反対闘争以来、大衆運動路線と左派共闘路線の上に今後の方向を形成していかなくてはならない。

情勢論としては

塩川論文は米帝論と中国論について踏み込んでいる。コロナパンデミックについては、ウイルス感染症に弱い社会のシステムとの闘いを挙げている。
戦後の米帝世界支配の経緯とアメリカの階級構造、黒人奴隷制度と激しい分断社会に踏み込んで米帝支配のあり方と矛盾を暴きだした。資本主義形成過程においてヨーロッパの帝国主義はどこも奴隷制を不可欠のものとしてきたが、アメリカは他のどの国よりも産業資本主義形成過程でもっと特異な過程を経ており、それが今日もアメリカの階級形成の特徴をなしている。
その克服の方向性として、ANSWER連合や戦争と排外主義と闘う全国運動・組織と地域での日常的に差別・排外主義と闘う運動などに着目している。
また、中国の世界戦略として、@上海協力機構、Aアジアインフラ投資銀行、B一帯一路構想を分析し、現代中国の規定として「国家資本主義」とか「帝国主義」という論があるが、資本主義と「社会主義」(スターリン主義)の悪いところのキメラのような存在としている。また、社会階級の構造の特徴として、@特殊な戸籍制度(都市と農村に分かれたもの)、A私有財産はない建前上、資産の相続は認めない、B土地の公有制(都市では国有、農村では集体有)とまとめた。この中で、農民革命の反革命的疎外態としての現状に対して労働者の階級的再生のために農民工と少数民族を中国第2革命の主体として連帯と支持の対象として掲げている。ともあれ、現代世界認識の端緒として提起した。

仰木論文は

老朽原発再稼働阻止闘争の戦略的意義と若狭の原発の現状にふまえて闘うべく、日本帝国主義の第6次エネルギー基本計画の中核に踏み込んでその反動性と破産性を暴いた。現地闘争と裁判闘争を軸に原発廃止を確認。

党内性差別事件―真の謝罪のために

『未来』掲載のシリーズを再整理した。♯Mee Too運動に学びつつ、革共同の女性解放論を再確立しなくてはならないし、その過程で男性メンバーの総括・反省に自己解放的決起を促している。

三船論文は

ミャンマー国軍のクーデター以来、幾多の犠牲を越えて闘うミャンマー人民の闘いに対して、我々が何をなすべきかを問うものである。日本のミャンマー侵略の実態を知ることと、軍事政権の隠れた後ろ盾になっている日系資本、日本政府のミャンマー政策と闘わなくてはならない。

平良論文は

琉球人遺骨返還訴訟の意義を展開したものである。特に「学知の植民地主義」による琉球差別との闘いが重要だと思う。裁判闘争勝利への決起を訴えている。沖縄日誌とともに読んでもらいたい。

伊藤論文は

在日朝鮮人運動の先頭に立たれた姜徳相先生との交流のあった者としての追悼論文だ。