未来・第297号


            未来第297号目次(2020年7月2日発行)

 1面  イージスアショア
     政府が配備計画を撤回
     「敵基地攻撃」へ見直しか
     寄稿  元航空自衛官 小多基実夫

     関西電力
     株主代表訴訟始まる
     現旧経営陣ら22人を提訴

     新型コロナ
     感染リスク、政権の対応は
     自粛社会≠ニ人権問題

 2面  大阪市廃止・解体構想
     住民投票へ突進する維新
     9月議会で採決阻止を

     能勢ナイキ
     反対闘争勝利から50年
     住民が基地建設を阻んだ

     京都でも人種差別に抗議
     参加者は千人超える
     6月21日

 3面  宝塚市で教科書集会
     育鵬社歴史≠フ採択許さない
     6月12日      

     〈寄稿〉
     人種差別抗議運動に連帯
     全ての港湾閉鎖しスト
     米西海岸 6月19日     

     歴史修正主義と表現の自由
     永田浩三さん 広島で語る

     伊方3号機を追い詰める
     各地で本訴、仮処分

 4面  争点
     コロナ禍で進むいのちの選別
     「障害者」の切り捨て招く
     関東「障害者」解放委員会 松川 博

     いま読みたい名著 C
     田中伸尚『ドキュメント昭和天皇』全8巻 緑風出版

 5面  投稿
     第2弾は池袋でやりました!!
     自粛警察にノー! 緊急アクション
     6月14日 東京

     大阪府警本部前で集会
     武委員長と湯川副委員長を奪還
     6月13日

     緊急事態宣言と労働委員会
     寄稿 愛知連帯ユニオン 佐藤隆

 6面  本の紹介
     『こころの病に挑んだ知の巨人』
     (山竹伸二著、ちくま新書/900円+税)

     (シネマ案内)
     中国の激動を生きた家族
     『在りし日の歌』(2019年/中国/185分)
     監督 ワン・シャオシュアイ

     連載
     命をみつめて見えてきたものO
     有野 まるこ

       

イージスアショア

政府が配備計画を撤回
「敵基地攻撃」へ見直しか

寄稿  元航空自衛官 小多基実夫

6月15日、河野太郎防衛大臣は「秋田・山口両県への配備計画を進めてきたイージス・アショアの配備プロセス(手続き)を停止する」と発表。25日に計画の撤回を表明した。理由は、同システムのSM―3ミサイルを発射した場合、ブースター(第1段目のロケット)を発射場内に落下させることが困難だからというもの。住民への被害を考慮して配備を中止したかのようにアピールしているが騙されてはならない。

すでに明らかになっているようにイージス・アショアを秋田県と山口県に配備しようとしたのは、米軍拠点のハワイとグアムへ向かう弾道ミサイルの飛行コースの真下に位置するからである。しかし日本の上空を通過する時のミサイルの高度(600キロ以上)にはSM―3(約300キロ)は届かないため発射する機会がなく、当然ブースターが落下する心配もない。この位置に設置する意義は、ハワイ、グアムへ向かう弾道ミサイルのレーダー追跡のデータを米軍に提供するため以外にない。今回、これを「停止」して、それよりも敵基地攻撃能力を保持するという方向に切り替えたと判断しなければならない。
今回の問題を契機にして、「ブースター落下の危険性」が強調されだした。確かに重量200キロのSM―3のブースターが高度2000〜3000メートルから落下してくれば大惨事である。しかし自衛隊では迎撃ミサイルの発射に際して、弾頭の破片やブースターの市街地などへの落下は当然視されてきた。
私が所属していた垂直発射式のナイキミサイルは、ブースターだけで4・5トンあり、燃え尽きた空筒は鋼鉄製のため1トンの重量があるといわれた。これが3000メートル上空から落下するのだ。その下敷きになれば基地は壊滅する。そのため発射台は90度の垂直でなく87・5度または85度に設定するようにされていた。つまり近隣に海があれば海に、なければ市街地に落下させるのが前提なのである。住民の安全は犠牲にして軍事拠点を守るという沖縄戦の皇軍と同じ論理に貫かれているのである。
ナイキの後継ミサイル、PAC―3も同様だ。これは300キロと小型のため分離・落下させるブースターはないが、迎撃に成功すれば攻撃ミサイルもろとも、弾頭やミサイル本体がバラバラになって落下する。命中しなかった場合は自爆したミサイルが降り注ぐ。
東京では防衛省(市ヶ谷)にPAC―3を常駐させているが、もし発射されれば、新宿・中央・文京・千代田・渋谷・世田谷・港・豊島などの市街地が犠牲になる。河野が言うように住民の安全に配慮しているのならば、真っ先にPAC―3ミサイルを都心の市ヶ谷から撤去しなくてはならない。

国内で発射訓練ゼロ

こういう兵器だから自衛隊は半世紀以上にわたって国内の演習で1発も発射していない。毎年米国ニューメキシコの演習場まで運んで実射しているのだ。
現在のミサイルでは、ブースターが分離されて落下するもの、ブースターが燃え尽きても切り離さないもの、そもそもブースターが付いていないものと様々である。それは各ミサイルの飛翔の特性に応じて決まる。だから、軍事基地に反対する理由は「ブースターが落ちてきて危険だから」ということよりも、「ミサイル攻撃の目標にされるから」の方が重要である。最低でも市街地の近隣から軍事基地を一掃しなければならない。

先制攻撃を検討

安倍政権は、年内にも「国家安全保障戦略(NSS)」を改定し、国家安全保障会議(NSC) でイージス・アショアに変わる新たなミサイル防衛体制や「敵基地攻撃能力」の保有を議論し、「防衛計画の大綱」や「中期防衛力整備計画」を見直し・決定すると言われている。中国(ロシア、朝鮮)のミサイル基地に対して先制攻撃をおこなう「敵基地攻撃能力」を有する基地は、相手国から先制攻撃を受ける対象となる。
今回の「停止」は、山口、秋田の地元住民のたたかいが安倍政権の軍事政策を変更させたもの。辺野古、宮古島、石垣をはじめ全国で自衛隊と米軍の基地撤去に立ち上がろう。

関西電力
株主代表訴訟始まる
現旧経営陣ら22人を提訴

6月23日、関電株主代表訴訟があらたに始まった。関電の個人株主49人が約92億円の損害賠償を求めて、大阪地裁に提訴した。被告は関電の現旧役員ら経営陣と監査役を含めて計22人。提訴に先だち、大阪地裁前で集会。井戸謙一弁護士(写真)は「会社が赤字で経営難に落ちいったとき、関電役員だけ補填してもらっていた。社会的に許されない」と述べ、河合弘之弁護士は「目的は日本から原発をなくすこと。関電は旧経営陣5人を提訴したが、内容的にあまい。厳しく責任を追及する」と話した。

新型コロナ

感染リスク、政権の対応は
自粛社会≠ニ人権問題

高作正博さん

「新型コロナウイルス問題から学ぶ」勉強会が開かれた。講師は、高作正博・関西大教授(6月20日、神戸市内、「高作先生と学ぶ会」)。 高作さんは、はじめに感染症のリスクと教訓について「グローバル時代、人口増大や自然破壊で動物由来の新型感染症の出現リスクが増大、国や地域を越え拡大する。ヒトの移動や食材・食品の輸出入の飛躍的拡大は、従来の検疫により防ぐという考え方が機能しなくなった」と、感染症への政治の対応の重要さを話した。

法的根拠なし

今回のコロナウイルス禍で「安倍政権は、当初、在外日本人と国内発生時への対応は議論したが、国際協力の視点を欠いた。とくに国民に信頼されうる正確な情報を発信すること、迅速・的確な判断と対応があったのか大いに疑問だ。2月25日以降、感染拡大を防ぐ基本方針と要請がされたが、軽症なら自宅療養、集団発生時には施設の休業やイベント自粛、学校の臨時休校要請など、いずれも法的根拠もない」。
安倍首相のリーダーシップについて、「利己主義ではなく利他主義、謙虚さ、他者からの信頼、難局への対処する決断・行動力が求められる。『責任は私にある』と繰り返しながら、具体的責任は一言も言わない。憲法や法解釈の恣意的な変更にも及ぶ」「政権批判への回避からの政治判断であり、感染拡大への対処ではない」と指摘した。

店名公表の問題性

休業「指示」と、従わない事業者名の公表の問題性。「指示、要請には法的拘束力はないが、横並び意識の強い日本では事実上の義務に転化する可能性もある。一方、パチンコ店の例では、休業せず店名を公表した所に逆に集中してしまう結果も出た。新型インフル等特措法第45条は、『要請、指示には、その旨を公表しなければならない』とされる。要請・指示の公表であり、店名までは解釈できない。自分に感染するかもという恐怖のなかでは、単に情報提供するだけでも責任は生じる。制裁・処分としてなら当事者からの意見聴取、法制手続きが必要だ」。

自粛社会の課題

新型コロナ時代の人権問題は重要だ。移動の制限について「今回は自粛にとどまった。禁止・命令への変化なら、感染症法の適用、責任の所在は明確になる。しかし、人権制限の程度は厳しい。強制隔離政策の違憲性は明らかであり、罰則をともなう場合はなお厳格な規制を要する。
自粛社会≠ヘ、元に戻りにくい。メルケル・ドイツ首相の開かれた民主主義の下では、政治で下される決定の透明性を確保し、説明を尽くす、という誠意あるテレビ演説は、安倍政権の態度とは比較にならないほど民主主義の本質に沿っている」と評価した。
「治療の際の順番、条件、ワクチンの接種順など命の選別、いわゆるトリアージ≠熄dい課題だ。また感染情報は、従来は個人情報を含まず感染者数の把握だった。公衆衛生上とはいえ、個人情報の収集にも及ぶ監視システムを安易に認めてはならない」とした。

2面

大阪市廃止・解体構想

住民投票へ突進する維新
9月議会で採決阻止を

6月11日、大阪市を解体する制度案を作る第34回法定協議会が大阪市役所で4カ月ぶりに開催された。コロナ下で中断されていたが、19日の採決のため強行スケジュールとして開催された。市民への説明会は開催しないままだ。大阪府・大阪市は、「反対意見は聞かない」と言っていた出前協議会も開かなかった。出前協議会で実施予定だった「各会派からの意見表明」を動画で撮影してアップすることで説明会の代わりにした。だがそのユーチューブの視聴も、260万人の市民に対してわずか700人にも届いていない。これで「やった」ということにしたが、説明責任を全うしているとは到底言い難い。

82件の間違い

午後1時に開催された法定協では、「82件にわたる間違い」や「十全なコロナ対策のため延期を」求める発言が自民党、共産党の市会議員から出された。
「82件にわたる間違い」とは、大阪市の副首都推進局のホームページに詳細が掲載されている、「『大都市制度(総合区設置及び特別区設置)の経済効果に関する調査検討業務』の調査結果に係る報告書」、つまり維新が「都構想の経済効果額を算出した」といっている嘉悦学園の報告書に、またまちがいがあったというもの。2月には大阪市公正職務審査委員会が「複数の記載誤りと思われる箇所が確認されることから、本件報告書の内容を市の取り組みとして取り扱う場合は、必要な確認を行い、適切な対処をとったうえで取り扱われたい」と指摘され、22カ所に誤記があったとして修正している。今回は制度移行によって得られる10年間の経済効果額について、これまでの最大1兆506億円から1兆373億円に減額するなど、記述や図表を含め計60カ所を訂正した。計算誤りなどが主な原因だが、もうこのような報告書は信頼できない。住民投票の際の市民への説明にも使うべきではない。しかし松井市長は、「都構想の経済効果が否定されたものではない」と再検討を拒否した。
この法定協に報告された「都構想」制度案に対する市民意見(5月末締め切り)は、意見者総数888人、意見件数2376件で、中でも「コロナ感染禍の時に都構想論議は中止せよ」が596件あった。都構想の進め方に対して反対の意見が集中された。 市民は、今回のコロナ禍で、苦しい状況に置かれている。これから多くの倒産や失業が懸念されている。インバウンドによる経済成長も、もはや期待することができない。新型コロナ感染症の「第2波」に備えた検査や医療・介護・教育の体制も、これから整備しなければならない。
大阪府・市の今年度の予算にはカジノ・万博関連の「不要不急」な予算がある。 淀川左岸線の2期工事というのは、カジノ・万博に間に合わせるために国にわざわざ頼んで前倒ししたもの。

職員不足が深刻

大阪市の定額給付金担当職員は18人しかいない。申請書が届いていない家がまだかなりある。松井が6月28日支給日と発表したため現場は大混乱している。休業要請支援金・休業要請外支援金については書類審査に毎日100人近くの職員が動員されているが、申請窓口は目詰まり、給付の目途さえ示されていない。大阪府では介護現場でのクラスター発生時の人材確保策の予算化ができていない。介護など必要な事業に職員を配置するなど至急の対応が必要だ。
市民は明日の特別区設置などより今日の生活を求めている。また、コロナによる経済的ダメージは大きくこれまでの議論の前提が根本から変わっている。住民投票の強行はゆるされない。
11日の法定協に対し、「カジノ問題を考える大阪ネットワーク」「STOP! カジノ大阪」など、9団体で構成する「大阪カジノに反対する9団体懇談会」による「大阪市廃止構想」法定協議会への市民アピールがおこなわれた。雨の中、約100人が抗議のアピールに参加した。
市役所南側では服部良一さんや大石あきこさんらがアピール。大石さんは自らも府職員だった経歴に踏まえ、現在府・市で働く労働者が首長の思いつきや「やってる感」演出に振り回され混乱の中にありながらも、コロナウイルスとの対峙を必死でおこなっていることに感謝の意も込めて発言した。副首都推進局に府市計84人とカジノ誘致のIR推進局に府市計43人の職員が働いているが、他の部署からはコロナ対策に回されても、ここからは人は出されない。「いま、府・市ではカジノ・都構想を進めるための作業が優先されている。このことに悔しい思いをしている労働者がたくさんいる。生活に苦しんでいる市民のためにその労働を回せ」と訴えた。

カジノも万博も破綻

カジノ・万博も破綻している。府市が大阪湾の人工島=夢洲に誘致するIRの公募に応じたのは、オリックスとの共同事業体で事業を計画する米国カジノ大手、MGMリゾーツ・インターナショナルのみ。しかも新型コロナウイルスの影響で業界では財務が悪化。発言に立った〈カジノ問題を考える大阪ネットワーク〉代表の桜田照雄・阪南大教授はMGMについて、「投資ファンドからの巨額の借金を返さないといけない。夢洲へ1兆円の投資ができるのか」と、同社の営業状況や財務諸表を分析してカジノの破産を明らかにした。
しかし協議会では、来る19日の協議会で協定書案を採決するとの方針が強行された。
そして6月19日、「大阪市廃止構想」の第35回の法定協議会が開催された。20人の委員の内、会長(維新)を除き、賛成16人(維新・公明・自民府議)、反対3人(自民市議2、共産1)となり、自民府議2人は態度を変えて賛成にまわった。
この日も12時から市役所南側と淀屋橋の北側で抗議行動がおこなわれた。「9月初旬の府議会・市議会での採決をさせない運動を盛り上げよう。コロナ被害対策・第2次感染防止対策に全力を。大阪市廃止構想を中止せよ」と市民団体が共同でアピールした。さらに9月議会での採決阻止に向けて一層の共同・連携を確認して一連の抗議行動を締めくくった。(剛田 力)

能勢ナイキ

反対闘争勝利から50年
住民が基地建設を阻んだ

集会で講演する前田哲男さん(6月19日 大阪市内)

6月19日、大阪市内で「能勢ナイキ基地建設反対闘争勝利50年記念集会」がひらかれた。主催は「戦争をさせない1000人委員会・大阪」で、おおさか総がかり行動実行委員会が協賛。集会には100人を越える人々が参加した。

反対闘争の始まり

能勢ナイキ基地建設反対闘争は、今から50年前の1970年6月22日に新聞報道で「大阪北部能勢町にナイキ基地建設か」という報道なされたのを契機に、地元能勢町を先頭に周辺自治体や、全関西で「ナイキ基地建設反対」の運動が高揚し、地道な反対運動の結果、77年3月に三原防衛庁長官(当時)が、正式に能勢ナイキ基地設置の取りやめを表明し、基地建設反対闘争に勝利した稀有のたたかいである。当時の第三次防衛力整備計画の柱であったナイキJミサイル(核搭載可能なナイキ・ハーキュリーミサイルの日本版)の基地建設を阻止したのだ。
当時、全学連・反戦青年委員会は、「能勢ナイキ基地反対全学連・反戦現地闘争本部」を立ち上げ、70年8月に予定地とされた能勢町天王地区に、地元住民の協力によって現地闘争本部を構え、地元天王地区の「ナイキ基地建設設置反対全住民期成同盟」や、能勢町在住の若者を中心とした「ナイキを考える会」、「ナイキ基地建設反対住民連絡会議」など地元住民のたたかいを支え、一心となってたたかってきた。

民有地を軍事基地に

また、能勢ナイキ基地反対闘争は、民有地を新たな軍事基地にしようとする攻撃でもあった。実際にナイキJの配備が計画された候補地は、自衛隊基地や演習場であった。能勢の場合は、純粋の民有地であり、そこに新たに軍事基地を建設するという一歩踏み込んだ攻撃でもあり、軍事基地のためには、どこであろうと全国で必要であれば軍事基地として使用するという攻撃でもあった。能勢のたたかいはこの攻撃をも頓挫させたのだ。
集会では、元総評豊中地区センター事務局次長の一丸雅和さんが「能勢ナイキ基地反対闘争の経過と教訓」を提起、ジャーナリストの前田哲男さんが「『朝鮮戦争70年 安保60年』と『基地日本』の現況」と題して講演した。また本集会には、「能勢町ナイキ基地設置反対住民連絡会議」事務局長・阪根俊夫さん、イージスアショア配備に反対してたたかっている秋田などから連帯のメッセージが寄せられた。

京都でも人種差別に抗議
参加者は千人超える
6月21日

6月21日、京都市内で人種差別への抗議デモがおこなわれ、参加者は1000人をこえた(写真)。円山公園には、大勢の外国人の若者が集まった。もちろん日本人やアジア系の若者も参加している。主催者の女性は、この間、白人警察官に殺された黒人の名前を数十名読み上げ、これは報道された人だけで、この背後に数千人がいると訴えた。そしてジョージ・フロイドさんが首に膝を押しつけられた8分46秒黙祷し、京都市役所前まで、デモ行進。沿道から何人もが「ブラック・ライブズ・マター」のコールに呼応して拳をふり上げた。

3面

宝塚市で教科書集会
育鵬社歴史≠フ採択許さない

6月12日

2020年の教科書採択の季節がやってきた。通例市民の目に届かない所で、一部特定集団のアンケートなどで採択が左右されたり、またコロナ禍で展示会が縮小されたりするなかで、「子どもたちの未来を拓く教科書を選ぶ!」集いが6月12日に宝塚市内で開かれた。
宝塚市は05年の教科書採択が社会問題となり、地元の教職員組合や市民団体、さらには関西全域の市民が駆けつけ「つくる会」教科書を阻止した所だ。今回はその時の運動の記憶がほぼ忘れられた中で、市民グループの発題で当時を知る大島淡紅子市会議員や運動を担った人も参加しての集会となった。
まずは主催者から今年の教科書採択のポイントが、中学校社会科歴史と社会科公民、さらには小学校道徳について説明があった。中学校歴史教科書では「学び舎」の教科書が「民衆の視点から歴史が生き生きと語られている」ということで非常に優れているが、内容が高度な面もあり私学進学校以外での採択は困難とのこと。他方「育鵬社」の教科書(写真右下)は「日本の歴史を天皇の統治」として記述、また「日本の侵略戦争と植民地支配をアジア解放として正当化する」ものとして紹介された。実際この教科書では1943年に開催された、満州国や自由インド政府などアジアの傀儡政権を集めた大東亜会議が東条英機の写真とともに2ページにわたり紹介されるというもので、会場からも怒りの声が上がった。
次に、この15年間で「つくる会」「育鵬社」系の教科書が採択されていった横浜と大阪の実情が横浜に住んでいた人、大阪で教員をしていた人から語られた。特に大阪では、橋下元大阪府知事の扇動や、特定の企業の経営者が従業員に展示会に行かせ大量のアンケートを書かせたことが採用に繋がったと暴露された。
ついで大島市議から、宝塚での03年以降の教科書採択の歴史が語られ、また本年度の展示会・アンケートなど教科書採択の流れが説明された。かつては反動の市長と文科省出身者の教育長がいて、右翼団体が一体となって「つくる会教科書」の採択攻撃がなされた。それに対し多くの市民が声を上げて阻止したことを、教育長は「静謐な環境ではなかった」と悔しさを滲ませ語った。今はそういう環境ではないが、教科書全般がひどいものになっており、市民・保護者が関心を持たないといけない。今年はコロナ禍で展示期間が縮小されるが、可能な限り展示会に行って「子どもたちの未来を拓く教科書」を選ぼうと訴えた。その後、市民代表の選定委員に声をかけていこう、展示会でアンケートを、など活発な意見が交わされ、7月8日までの展示会(宝塚市教育総合センター)に行き、アンケートを書こうとまとめられ、集会を終えた。(久保井 健二)

〈寄稿〉

人種差別抗議運動に連帯
全ての港湾閉鎖しスト

米西海岸 6月19日

アメリカでは、6月19日を「ジューンティーンス」と呼び、1865年に奴隷解放を最後に受け入れたテキサス州が奴隷解放宣言を読み上げ、真の奴隷解放が実現した歴史的な記念日である。例年、アメリカ各地で奴隷解放を祝う行事がおこなわれているが、今年は5月25日にミネアポリス警察官により殺害されたジョージ・フロイド氏の事件に端を発した抗議活動が拡大し、6月19日には3万8000人の労働組合の造船所労働者が、米国の太平洋岸の29の全ての港とカナダの6つの港を閉鎖するストライキに発展した。
主にアフリカ系の人々で構成され、1930年代に黒人労働者を組合員として受け入れた米国で最も進歩的な労働組合の1つである「国際港湾倉庫組合」(ILWU)の主導により、労働者たちは「黒人奴隷解放の日」に人種差別的な警察の残虐行為に対し抗議した。また、数百万人が「ブラック・ライブズ・マター」と声を上げてデモをした。 6月19日の労働アクションを支持する組織と人々の中には、教師、交通機関の労働者、看護師の組合、その他の高校や大学生の組織も含まれ、知識人のアンジェラ・デイヴィス、ミュージシャンのブーツ・ライリー、俳優のダニー・グローヴァーは「ジューンティーンス」の意義についてスピーチした。
カナダも同様に奴隷制、日系カナダ人の強制収容、そして駒形丸事件などの人種差別があったため、カナダの造船所労働者の多くもジューンティーンスの抗議行動に参加した。日系人の強制収容とは、第二次世界大戦時においてアメリカ合衆国やアメリカの影響下にあったペルーやブラジルなどのラテンアメリカ諸国の連合国、またカナダやオーストラリアなどのイギリス連邦においておこなわれた、日系人や日本人移民に対する強制収容所への収監政策であり、12万人の日系アメリカ人と2万人の日系カナダ人が収容された。
愛知連帯ユニオン ジョセフ・エサティエ

歴史修正主義と表現の自由

永田浩三さん 広島で語る

2020年は中学校教科書採択の年。6月20日、広島市内で「教科書問題を考える市民ネットワーク・ひろしま」の総会が開かれ、永田浩三さん(武蔵大学教授・元NHKプロデューサー)が講演した。
永田さんは、コロナの時代に政権は自粛・自衛を迫り、緊急事態宣言を発するなか、憲法に緊急事態条項を追加するため、地ならしをしている。長期にわたる軍事費の増大と医療・社会保障費削減の流れの中でのコロナ禍。格差が顕在化していると指摘した。
NHK時代に自らに加えられた、当時の安倍・現首相による慰安婦問題の番組への改編圧力、93年8月4日の河野談話と、それへの攻撃などに触れながら、歴史修正主義に立ち向かう重要性について訴えた。自らが広島被爆二世であること、朝鮮人被爆者の存在、昭和天皇の原爆投下容認、奄美・沖縄の日本本土からの切り離しの提案(憲法違反の政治行為)、知花昌一さんの「日の丸」焼き捨てなどに触れ、教科書における歴史修正主義の危険性を指摘した。芸術における表現の自由への圧力は、事実報道の自由への圧力に直結する。歴史への真摯な向き合い方、検証に耐えうる「記録の保存」と、不利益はあっても記録を残し、後世の歴史家の審判を仰ぐ覚悟はあるかと。
教科書における歴史修正主義の問題。それは表現、言論の自由を守ることと一体だ。「1本のマッチの灯りが周辺の闇の深さを教えてくれる」「芸術とは少数派の小さな声。炭鉱の坑道におけるカナリアのような存在」と、表現をめぐる重要さを強調した。(哲)

伊方3号機を追い詰める
各地で本訴、仮処分

6月5日、広島地方裁判所で、3月11日に申し立てた伊方原発運転差止新規仮処分の進行協議(非公開)がおこななわれ、終了後に河合弘之弁護団長が記者会見を開いた。会場は換気、マイク消毒、参加者の手指消毒やマスク着用などによる感染症対策を講じ、リモートによる記者会見と、その傍聴も実施された(写真)
河合弁護団長は、今回の新規仮処分はこれまでの裁判闘争のやり方を大きく変更し発展させ、従来のテクニカルな学術論争から、市民誰もが参加、理解しやすく納得できるよう、原発の危険性を明らかにしていく裁判闘争に舵を切ると表明した。具体的には、「一般建築より遥かに劣る伊方原発の耐震基準」を前面に押し出し、大手ハウスメーカーの約3000〜5000ガルの耐震基準地震動(最大加速度)に比べ、四国電力伊方3号機の耐震基準地震動(最大加速度)はわずか650ガルしかないいことなどを明らかにしていく、と述べた。
また、もしパンデミック下で原発事故が起きた際は、放射能から逃れるために避難所を密閉空間にすれば避難所の換気ができなくなり、感染症リスクがとてつもなく拡大する事態になってしまう。したがって普段はもちろん、パンデミック下では何よりも原発の稼働を停止することが最優先されるべきだと徹底的に問うと語った。
伊方3号機は、広島裁判に続く山口裁判の仮処分の勝利により、現在は稼働を停止している。広島裁判原告団・応援団は、本訴と新規仮処分、愛媛、山口、大分の原告団とともに伊方包囲網を強め、たたかう。(江田 宏)

4面

争点コロナ禍で進むいのちの選別
「障害者」の切り捨て招く

関東「障害者」解放委員会 松川 博

新型コロナウイルス感染による医療崩壊が、イタリア、スペイン、フランス、アメリカなどで起こったことが報道された。その中でイタリアでは、「麻酔鎮痛集中治療学会」が治療の年齢制限を提起し、80歳や75歳以上の人を切り捨てる医療機関もあった、と報じられた。スペインでは、高齢者ケア施設に高齢者が取り残され、ベッドで死亡していたとのことだ。感染発覚後に、職員が立ち去ったと言う。フランスでも、高齢者施設で発症した患者を、病院が受け入れないということが起こった。そして、各国で、こうした医療崩壊が起きた場合の治療の優先順位(=いのちの選別)についての検討がおこなわれている。
こうした動きにたいして、世界の「障害者」団体が反対の声を上げ、日本でも「障害者」、人工呼吸器ユーザーとその家族、「脳死」・「尊厳死・安楽死」や優生政策に反対してきたグループが次々と声明を発した。
そもそも、新型コロナウイルスパンデミックはなぜ起きたのか。それは、経済を目的とする自然の開発により、新たなウイルスとの接触の機会が増えるとともに、生産構造を他国化し、観光産業を推進した結果、人と人の全世界的な接触もまた増えたからだ。2010年から18年にかけて、国際観光客数は、8億人から14億人に増えた(『世界』6月号、デビッド・ハーベイ)。しかし、各国政府は、これに見合った検疫体制を作ってこなかった。
また、医療崩壊は、なぜ、「先進国」と言われる地域で起こったのか。経済を優先する新自由主義の下で、病院のベッド数を減らし、感染症に対する体制を減らしてきてしまったためだ。日本で、保健所の数が1995年と比較すると半分ほどに減らされてきたし、国立感染症研究所や地方衛生研究所の予算も減らしてきた。病床については、「全世代型社会保障検討会議」なども動員して、病床数の大幅削減を進めようとしていたところに、新型コロナウイルス感染が発生したのだ。しかし厚労省は、依然として病床削減をおこなおうとしている。

日本におけるいのちの選別の推進

21世紀に入り、政府と財界は、「尊厳死・安楽死」の推進を行ってきたが、新型コロナウイルス感染状況の下で、新たな展開が開始されている。
3月30日、東大大学院の「生命・医療倫理教育研究センター」を中心とする〈生命・医療倫理研究会〉の有志は「感染爆発時の人工呼吸器の配分プロセス」を提言した。「助かる可能性」の大きい人に、医療資源を集中するとしている。そこでは、高齢者や「障碍者」への差別を禁止してはいない。
さらに、4月8日には、かつて心臓移植にもかかわっていた石蔵医師による人工呼吸器も含む「高度な医療機器を譲る意思」を示す「集中治療を譲る意志カード」がネット上に公開された。
こうした動きをも背景に、政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議(以下、専門家会議)は、「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」の4月1日版の中で、「諸外国の医療現場で起きている厳しい事態を踏まえれば、様々な将来の可能性も想定し、人工呼吸器など限られた医療資源の活用のあり方について、市民にも認識を共有して行くことが必要と考える。」と記載した。報道によると、人工呼吸器使用の有無などを意思表示を求めることを考えていたようだ。
そして、4月22日版の中では、こうした主張にたいして「優生思想による判断が行われかねない」という批判が起こっていることを認識しつつ、「人工呼吸器や人工心肺装置など、限られた集中治療の活用について、今後、一部の医療機関では治療の優先度をつける必要に迫られる局面も想定されうる」としつつ、「学会が中心となって、緊急事態に限った倫理的な判断を多様な立場の人々の意見を取り入れて、更に議論を進めるべきである」と、命の選別の基準作りを呼び掛けている。
専門家会議は、医療体制の強化や必要物資の増産も求める記載もしているのだが、必要量の目標数値設定などをして、要求することはしていない。厚生労働省は、必要な医療器材、感染防護資材の目標値を立てて生産すべきだ、という市民の要求に対しては、「生産ラインを作った企業がその物資が必要なくなった時にどうするのか」と、ここでも、人のいのちよりも企業を優先する姿勢をとるのだ。

日本医師会の動き

専門家会議の呼びかけに答えるように、日本医師会総合政策研究機構は、この種の研究を進めている。そのホームページには5月に入り、「BMA COVID―19 の倫理的諸問題 ガイダンス文書(日本語版)」と「諸外国における COVID―19 関連のアドバンス・ケア・プランニングの概況」の二つの論文が掲載されている。
前の訳文の「BMA」とは、英国医師会のことだ。英国医師会が医療器材・体制の不足状態が起こった時に、だれに治療をすべきかの選択の基準を示したものだ。後の調査報告書は、石倉医師の「譲る意志カード」のように、人工呼吸器をも含めた「高度医療」を使うか使わないかの意思表示を、外国ではどのように扱っているのかを調べたものだ。

英国医師会のガイダンスについて

この文章の初めに、「本ガイダンス文書は、日本の研究者に広く利用していただくことを目的に翻訳したもので、日本医師会の見解を述べるものではない」と記載されている。そう書かなければならないほど、すさまじい内容なのだ。
選別の観点は、まず、治療した場合の回復の可能性というところから始められる。さらに、回復した後に、より長く生きられる人を選ぶ観点も示される。誰が考えても明らかなように、より長く生きるかどうかなど、誰にも判るはずはない。高齢者を切り捨てる論理でしかない。
しかし、すでに臓器移植の適用基準の中で、年齢制限などが合法化されていることを引き合いに出している。そして次に、「社会に不可欠なサービスの維持」と題して、社会的役割の観点が示される。この部分を以下に引用する。
「パンデミック時の緊急医療や社会的ケアの側面に直接取り組む者や、特に希少で代わりのスキルを持つ者に加えて、必要不可欠なサービスの維持のために、多くの公的・民間分野の活動の担い手が不可欠である。これには緊急サービス、安全保障、必要不可欠な製品・サービス、交通や電気・水道・下水システムなどのユーティリティ、テレコミュニケーション、衛生管理などの極めて重要なインフラのメンテナンスに携わる人々が含まれる。
また、統治構造の機能継続も優先する必要がある。ワクチンや抗ウイルス剤、その他の重要な医療製品をはじめとする対応手段の生産に関与する重要人物も、この優先集団に含まれる。必要不可欠な業種や適用すべき評価基準を決定するのは政府であると、我々は考える。」
これでは、大多数の「障害者」は、切り捨てられる。
このような線引きの観点を実際には提示しつつ、その文章の中では、「年齢や障がいに関連する単純な『線引き』方針は、非倫理的であるだけでなく、直接的な差別となるため違法でもある」とも書かれている。結局非常事態の場合には、差別であろうが違法であろうが、社会のためには選別せざるを得ない、ということにしかならない。
上述したように、ウイルス感染が蔓延化する状況を作り、それにも関わらず、医療体制を後退させてきた政策責任者の責任を問わずに、いのちの選別だけが進もうとしている。新型コロナウイルス感染が収まっても、こうした選別の発想が平時に持ち込まれる可能性がある。とりわけ、経済的な混乱が続けば、その可能性は一層大きくなる。
イタリアでは、医療崩壊状態の中で80歳以上の患者への人工呼吸器などの「高度医療」をおこなわない医療機関が出てきたことが話題となった。しかし、スウェーデンではすでに、80歳以上の人は、ICUでの治療をおこなわないということが平時におこなわれている。
また、余病があり、医師の判断で「80歳以上と同程度」と診断されれば、それ以下の年齢の患者もICUでの治療は受けられない。スウェーデンでは、新型コロナウイルス感染者に占める死亡率が高いが、高齢者施設でのクラスターや上述した医療制度がこうした状況を作り出している。
あらゆる市民のいのちを守る世界を作るためにたたかおう。

いま読みたい名著 C

田中伸尚『ドキュメント昭和天皇』全8巻 緑風出版

東京電力も政府も、福島第一原発の大爆発事故の責任をほおかむりしたままです。裁判所もそれに加担しています。「モリ・カケ・サクラ」も同様です。こうした無責任な支配構造の大本は、天皇制に行きつきます。
大元帥陛下昭和天皇は、思想形成期に乃木大将や東郷元帥などの軍人が中心になって教育されました。彼は日常生活でも軍服を着用し、机上作戦や演習が大好きでした。戦前の日本は陸・海軍を統合する常設機関がなく、彼はどの軍人よりも軍隊や戦争を詳細に把握していました。
ときには直接指揮もしました。神風特別攻撃隊を発案した将校がスライドを使って説明したら、彼は「これは素晴らしい。実用化を急げ」と督励しています。100%死を前提にした戦術で失われる若い兵士の命など、全く眼中になかったからと考えられます。
日本は中国を侵略し、2000万人以上の中国人を殺害しました。しかし昭和天皇はその責任をとらないばかりか、自分の地位を守るため、アメリカに沖縄をいつまでも自由に使ってくださいと申し出ました。これは憲法に違反する行為です。
この書は昭和天皇自身の言動をはじめ、彼の側近や重臣、軍の首脳、外務官僚らの日記や手記、公文書など、一次資料を丹念に分析しています。天皇制に関する群書のなかで、実証性という点で断然他を圧しています。ジャーナリストらしい歯切れのいい文章で、アジア太平洋戦争で天皇が果たした役割と、誰も責任をとらない支配の仕組みを克明に描いています。
だからこそ、天皇制右翼が本書の新聞広告に執ような圧力を加え、中止に追い込んだのです。
日本軍性奴隷についても当然、昭和天皇はゴーサインを発していたはずです。戦争と軍隊に関することは、すべて天皇の裁可を仰いで実施されていたからです。
平成天皇も今の天皇も、昭和天皇を手本にすると公言しています。東日本大震災の直後、平成天皇は国民に団結を訴えました。政府や東電に非難が集中することを防ぐためです。
著者は「天皇裕仁の死去前後の状況は、この国が紛うかたなく『天皇の国家』であることを顕にした」と記しています。
最近、靖国神社や護国神社に参拝する若者が増えています。天皇制とそれを支える国民の意識について、考えるべきときです。(Q生)

5面

投稿
第2弾は池袋でやりました!!
自粛警察にノー! 緊急アクション

6月14日 東京

コロナに乗じたヘイトをやめろ!第2弾 池袋でデモ
(6月14日 東京)

「一人ひとりが接触者を8割減らす」という考え方に基づいた緊急事態宣言の下で、市民の外出や経済活動が「自粛」に追い込まれました。市民は不要不急の外出はしないように求められ、街の商店は店を開かないように圧力をかけられ、事業を停止した企業から多くの労働者が解雇されています。「自粛」しない商店・事業所に対して嫌がらせをする「自粛警察」まで現れて、多くの人々の日常生活が破壊されたのです。新型コロナウイルスの感染予防を大義名分に掲げた緊急事態宣言と「自粛」強要が、地域における監視と密告を横行させました。さらにそれが差別と分断を生み出し、特に外国人に対しては排外主義の激化として襲いかかっている現状に対して、〈差別・排外主義に反対する連絡会〉がよびかけて標記の緊急行動がおこなわれました。
メインゲストはジャーナリスト安田浩一さんです。その話からは、時を経るごとに激しくなった外国人への排外主義的な攻撃の様子がよくわかりました。
まず、商店が中国人の入店を拒むところからヘイトが始まりました。それが、中国人の経営する商店・飲食店への嫌がらせへと拡大します。一方で「官製ヘイト」も起こります。さいたま市が市内の幼稚園にマスクを配る際に、朝鮮学校付属の幼稚園への配布を除外したのです。その方針が多くに抗議の声によって撤回させられると、かわって当該の幼稚園に「外国人のくせにマスクを求めるのか」「日本人と同じ権利があると思っているのか」というヘイトメールが殺到します。愛知県では、病院に対して「外国人の診察をやめろ」という嫌がらせがありました。ただでさえ緊急事態宣言で生活が苦しくなっているところに、外国人差別というさらなる抑圧が襲いかかったのです。
この日は、午後2時半から3時の池袋東口駅前広場での事前情宣と3時半からの集会・デモの2部構成でした。雨模様の天気の中を駆けつけてくれた7団体から発言を受けました。
デモは、池袋東口近辺を1周する2・6q1時間のコース。特筆するべきは、沿道のビラの受け取りの良さです。用意していたビラを、デモ前半の30分ですべて撒ききってしまいました。10人近くの方が続けてビラを受け取ってくれるということが、何回もありました。連絡会のデモ行進でここまで受け取りがいいというのは、記憶にありません。また、デモの途中で飛び入りの参加者もありました。20代前半の方で、デモ初体験だそうです。おかしなことがあったら声をあげないといけないと思っていましたということで、躊躇なくデモ隊列に入ったとのことです。交流会も2次会までお付き合いいただきました。
デモ終了時の参加者は70人。この日は、多くの行動が重なっていました。代々木公園では黒人差別に抗議する「ブラック・ライブズ・マター」運動のデモ行進があり、3500人の参加者。また、レイシズム団体も渋谷と秋葉原でヘイト街宣・ヘイトデモをおこない、それぞれ抗議のカウンター行動が取り組まれました。期せずして、反差別・反排外主義の同時行動になったわけです。

ロックダウンの犯罪性

安田さんと7団体からは、それぞれ貴重な視点をいただきましたが、その中から一つ紹介します。「ロックダウン」と「ステイホーム」です。今回の新型コロナウイルスの感染予防でキーワードになっていました。ロックダウンは「都市封鎖」、ステイホームは「家ですごそう」です。ところが、このロックダウンというのは、イスラエルによるパレスチナ民衆弾圧に使われた方法とのことです。抵抗するパレスチナ民衆を封じ込めるために都市を封鎖したことが始まりだそうです。
そして、ステイホームは見方を変えれば「人を家から出さない」ということになります。法的な強制力を持たせれば、「外出禁止令」になります。日本では、ロックダウンはされなかったし、ステイホームも強制力は持ちませんでした。しかし、方向性としては「治安弾圧」の方向性をはっきり持っているものだったわけです。安田さんが、最後に「なぜ私はヘイトスピーチに反対するのか。それは、差別と偏見の向こうに戦争と殺戮があるからです」と発言。
差別・排外主義が治安弾圧と結びついた後に、戦争と殺戮がやってくる。今私達は、その歴史の入り口に立たされているのではないか。そんなことを感じさせられた行動でした。

大阪府警本部前で集会
武委員長と湯川副委員長を奪還

6月13日

6月13日、午後1時半から雨の中、連帯ユニオン関西地区生コン支部の武建一委員長・湯川裕司副委員長の奪還を実現しての報告集会が、大阪府警本部前で開かれた。急な呼びかけにもかかわらず約100人がかけつけた(写真上)
コロナウイルス感染症の影響で大阪府警前抗議行動は約3カ月ぶり。全員が保釈されて、これから反転攻勢をかけようとの意志一致の場となった。
冒頭、武洋一書記長が2人の1年9カ月におよぶ勾留にたいする抗議と、反撃のたたかいへのお礼を述べ、今後裁判闘争に勝利していくとの決意を語った。
前大阪教育合同労組委員長で社民党全国常任幹事の大椿裕子さんの挨拶に始まり、参加した労働組合、市民団体、自治体議員などから連帯の発言があった。若狭の原発を考える会、大阪教育合同労組の増田俊道委員長、大阪全労協、なかまユニオン、全交の山川よしやす代表、日教組奈良市、韓統連、木村真豊中市議、山下けいき前茨木市議などから、大阪府警に対する抗議と奪還を祝う言葉が述べられた。関西合同労組の蒲牟田宏書記長は、武委員長と湯川副委員長の保釈を喜び、十分な静養のうえ、活躍することを期待する、これからが弾圧に対する正念場、6・21シンポジウムから裁判や労働委員会闘争など弾圧を粉砕するために力を合わせてたたかおうと発言。
最後に連帯ユニオン近畿地本の垣沼陽輔委員長が、お礼の言葉と引き続きの闘争への協力を訴え、行動を終えた。

緊急事態宣言と労働委員会

寄稿 愛知連帯ユニオン 佐藤隆

コロナ非常事態宣言と労働委員会闘争、団交拒否事件について貴重な取組みが寄せられた。各地での労働・生活相談の取組みとともに重要テーマへの挑戦であり以下報告です。

1.緊急事態宣言で調査・審問期日を取り消した愛知県労働委員会

4月10日、愛知県が独自のコロナ緊急事態宣言を出したことに従い、愛知県労働委員会は、この期間中の調査・審問期日をすべて取り消しました。愛知連帯ユニオンは、これに抗議し、「手続きに大きな危険はないこと、行政手続きの継続を求めた宣言にも違反すること、労働者の現状は逼迫しており、非常事態宣言を理由に憲法28条の労働三権を奪うことは許されないこと」を直ちに申し入れました。この申し入れには、コミュニティーユニオン東海ネットや市民団体、東海合同労組などが賛同しまた、5月1日にユニオン東海ネットが労働局と愛知県にコロナ対策を申し入れた際にも、労働委員会の問題を取り上げてくれました。

2.緊急事態宣言に便乗した団交拒否事件

こうした労働委員会の動きに便乗し、係争中の日立物流中部と小西生コンの2企業が、コロナ非常事態宣言を理由・口実に新たな団交拒否を行いました。これに対しても直ちに組合は不当労働行為申し立てをしました。
日立は日経連会長を出す日本の中核企業で、日立物流はそのグループ企業。「どんな対策を取ってもリスクはゼロにならない」等と極論を述べ、政府の宣言に従ったという。私たちは宣言下でも労働三権はある、具体的な対策を取って団交をしなかったことは不当労働行為だとして、宣言解除後の団交を実現しつつ、労働委員会でも係争中です。
小西生コンは、関西生コン弾圧を理由に「暴排条例の要請に基づいて反社会集団との取引はできない」と労働協約を破棄、組合員の定年後再雇用を拒否し、既に労働委員会と裁判で係争している企業です。先行する労働委員会が2年間かけて最後陳述を迎える中、新たな労働委員会闘争が始まります。

3.「不当労働行為からの迅速な救済」という使命を捨てる

緊急事態宣言終結後も、労働委員会が調査期日の間隔を2か月間としようとしたことを厳しく弾劾しました。事務局と討論すると、労働委員会規則の「申立から1か月以内に審問を行う」という規定を「1か月以内に調査を行う」と実務上読み替えているとの釈明。国鉄分割民営化時の勝利命令を東京地裁に悉く否定されたことから、「裁判で覆されないように」と驚くべき解釈換えがなされている事実が判明しました。労働委員会闘争を復権させる新たな取り組みが必要です。

4.富めるものは安全、働くものは危機

大阪商工会議所によれば、テレワークを大企業は54・7%が実施している一方、中小企業は9・5%留まる。英・財政問題研究所によれば、所得最下層10%の労働者の三分の一が、最も打撃を受けるレストラン・ホテル・パブ・小売店・輸送業を含む部門で働いているが、所得最上層10%の人々は、わずか二〇分の一しかその部門で働いていないという。,br> 労働者は一方で危険な現場に立ち続け、他方では休業で生活が破綻しつつある。街ではウーバー・イーツの自転車が大きな荷物を抱えて車道や歩道を縫うように走る。白髪が混じる労働者や女性労働者も見受けられるようになった。
どうしてたたかいを「自粛」することができるだろうか。ユニオン事務所連続出勤も、もうすぐ50日を超える。

2020年6月7日

6面

本の紹介
『こころの病に挑んだ知の巨人』

(山竹伸二著、ちくま新書/900円+税)

「森田正馬、土井健郎、河合隼雄、木村敏、中井久夫、明治以降100年にわたる『心の病』との格闘のなかで、彼らは日本の文化にあった精神医療、心の治療の領域を切り開いてきた。日本人の心とは何か。その病をどう癒やすのか。臨床心理学・精神医学の広範な知見を生かしつつ、独自の人間理解から患者と向き合い続けた5人を取り上げ、その理論の本質と功績をわかりやすく解説する。」と、ブックカバーにあります。
身の回りに「病者」が何人かおり、必要に迫られ(助けを求め)心理学やフロイトそしてフロムやフランクフルト学派の人の本を読んできました。今になって、それが救いになっています。病気・病者を対象化し、「病者」が人間らしく生きることができる社会をめざす立場に、自らの身をおくことへの助けとなったからです。
若いころ出会ったある活動家が、人への理解・洞察に鋭かったことに大変感心するとともに、自分もそうありたいと憧れました。マルクス主義とは社会変革と主体変革の交互作用を対象化し、社会的・歴史的存在としての人間本質への深い理解なしに革命などあり得ないという思いから活動に入りました。その動機はそれなりに大きかったと思います。
心理学や精神分析学は曲学阿世に堕したり、本当に正しいのか疑問も大いにあるし、悪用の危険もあったりするからか、活動家の間でも話題に上ることはまずありません。しかし、正しい総括、反省作業や思想的苦闘とはどういうものかを考えるとき、この領域の考え方や知恵は、非常に重要ではないでしょうか。その議論はもっとあって良いのでは。
人間は、何よりも自分を対象化することが一番難しいと思います。〈感情のとらわれ〉の抵抗、〈自己防御の作用〉が、その作業を最大に困難にします。
人間は、2度と同じ生を生き直すことはできません。しかし、総括、反省という格闘の過程を通し、今一度「生き直すことができる」ということが、とてもとても貴重なことです。
精神分析療法で幼児期のトラウマ(心的外傷)と、トラウマからの防衛反応としての症状の追体験と、合理的対象化によって症状の軽減があるように(実際はそんな単純なものではない)、実践と総括での正しい合理的な反省から、次の正しい方向が生まれることは本質的に同じことではないでしょうか。 
とりわけこの書は、日本人臨床医が日本人の理解の追求をおこなっています。西欧の臨床医が西欧人の理解するのとまた違っているはずです。
題名に少し引き気味になるかもしれませんが、この本を読んで強く思ったのは、「心の病」を通しての人間理解が深まるという確信と、社会変革をめざす人々こそ、こういう領域に足を踏み入れ学ぶべきであろうということです。病者に限らず、「人に寄り添う」とはどういうことか、学ぶことが多い本です。
何よりも自己を分析することが鍵であると、読みました。(吉野 透)

(シネマ案内)
中国の激動を生きた家族
『在りし日の歌』

(2019年/中国/185分)
監督 ワン・シャオシュアイ

この映画は、中国第6世代の監督ワン・シャオシュアイによる作品。この世代は、文革時代などの政治的テーマを直接取り扱うのではなく、時代とともに変わっていく、変わらないでいる、人間の情念にこだわる。政治的批判は、人びとの生きざまのなかに内包させながら間接的に描いていく。
中国は天安門事件(1989年)を経て、社会主義市場経済(1993年)を進め、現在に至っている。大都市は古い建物が取り壊され、再開発され、高層ビルが作られていく。このなかで、この第6世代の監督は、そこに住む人間の佇まいに注目し、その時代に生きる人間を描こうとしている。
『在りし日の歌』は、80年代から現在までの30年間の物語。友情、夫婦間の愛、親子間の愛情、別れ、再会、誕生、死、人間の生きる喜びと、苦しみ。これらの問題が30年という歳月のなかで語られていく。時間の経過を追って、物語が進行するわけではない。現在の生活を描きながら、必要に応じて過去の出来事がフラッシュバックされる。けっして説明的ではなく、なにげない人間の動きがゆったりとした時間で流れていく。
中国北部の地方都市。ヤオジュンとリーユン夫妻にはシンという息子がいる。インミンとハイイエン夫妻にはハオという息子がいる。2人の子どもは同年同日生まれ。4人ともに同じ国有工場で働き、家族同然に親しく付き合っている。映画は、シンとハオが水遊びをするところからはじまる。シンがおぼれ死ぬ(94年頃)。
80年から、中国では「一人っ子政策」(2015年に廃止)がとられる。リーユンは2人目の子どもを妊娠するが、国家政策に違反するため強制的に堕胎させられる。ヤオジュン夫妻は国策に従った優秀者として表彰をうける(86年頃)。しかし、妻は子どもを産めなくなる身体となり、その後ずっと精神的な苦痛を背負うことになるのだ。
国有企業で合理化がおこなわれ、ヤオジュンとインミンは整理解雇にあう。こうして、ヤオジュンは住みなれた地をはなれる。転々とした後、現在は中国南部のさびれた港町に住んでいる。小さな修理工場を営み、肉体労働をしている。一方、インミンは不動産業に移り、時代の波にのって地元で成功した。
文化大革命の頃、社交ダンスは禁止されていた。改革開放経済にかわり、解放感とともに社交ダンスが民衆のなかに広がっていく。80年代には、まだジルバなどは禁止されていた。ディスコ音楽などは地下ルートで入ってきたが、これを聞いた者は風紀紊乱の罪で当局に逮捕される時代でもあった。
中国人民にとっては、この30年は激動の時代であった。現在、中国は新自由主義経済にのみ込まれ、「金もうけがすべて」という価値観が人びとに広がっている。この映画では、過去へのノスタルジーではなく、人間の存在意味を見つめ直すために、過去の「在りし日」を振り返っている。
最後に、映画の中で歌われる「蛍の歌」について付け加えておきたい。日本の文部省唱歌「蛍の光」の歌詞は、原詩をまったく無視している。今日、4番は歌われることはないが、歌詞は次のとおり。「千島の奥も 沖縄も/八洲のうちの まもりなり/いたらん国に いさおしく/つとめよわがせ つつがなく」。「蛍の光」は、侵略の歌なのだ。われわれは、無批判的にこれを戦後も歌っている。
韓国では、日本統治時代に民衆の抵抗歌としてこのメロディーは使われた。歌詞は今日の大韓民国国歌に受け継がれている。中国では在りし日の友を想う歌として愛されている。アジアの3国で、メロディーはおなじでも、歌詞の内容はこのように違うのだ。(鹿田研三)

連載
命をみつめて見えてきたものO
人間を再び相対化

有野 まるこ

マルクスは「人間は自然の一部である」と、改めて人間を自然の中に相対化した。ちなみに、エンゲルスが1880年に社会主義の入門書として作った『空想から科学へ』には、明確に自然を征服の対象とする立場が示されていて対照的だ。私たちも若い頃、「マルクス主義の必読文献」として手にしてきたが…。
佐々木隆治立教大学准教授による晩期マルクスの物質代謝の思想の論述は興味深く示唆に富んでいる。『カール・マルクス』(ちくま新書2016年)から一部紹介する。 今、生命体と自然環境とのあいだの相互作用をあらわす概念として多く「エコロジー(生態学)」という言葉が使われている。これは1866年、エルンスト・ヘッケルという生物学者によってつくられた概念だが、以前から化学者や生理学者は「物質代謝」という概念で同様の事態をとらえていた。マルクスもこの影響を受け、有機体の循環的な生命活動を説明する概念であった物質代謝を、ひとつの有機体としての経済社会の循環活動を説明するためのアナロジーとして使用した。そして1860年代にはエコロジー的な観点から、いっそう物質代謝概念に注目するようになったという。マルクスが考察の材料とし、高く評価したのが、農芸科学者として名高いリービッヒの見解。
リービッヒによれば、農業が適切に営まれるためには収穫によって土地から奪われた栄養素を補充することが必要であり、そのためには土壌から植物に吸収され、さらに動物によって摂取された栄養素が植物・動物の腐敗・分解の過程をへて大地にかえるという物質代謝がなりたっていなければならない。しかし当時、農産物の多くはロンドンなど大都市で消費されるため土壌成分が大地に戻らない、また短期的利益追求のために休耕を怠り土地が疲弊する、それを補うための肥料(グアノ/鳥のふんなどが化石化したもの)を南米から大量輸入し、南米ではグアノが枯渇するなどの事態が起こっていた。リービッヒは、こうした近代農業の略奪的あり方を厳しく批判したのである。
さらにマルクスの物質代謝論は、狭義のエコロジー問題に用いられただけではなく、『資本論』全編を貫く基本視覚だといって過言ではない、と佐々木准教授はいう。人間は他の生命体と同じように、絶えず自然とやりとりすること=「人間と自然との物質代謝」によってしか生きることができない。衣食住を得るための活動もその物質代謝の媒介であり、他の生命体の活動と共通の性格をもっている。決定的な違いは、人間はその媒介を自覚的に、意識的行為、知的行為として行うこと、マルクスはそれを労働と呼んだ。労働のあり方は多様性をもち時代とともに変化し、人間と自然の関係も変化する。資本主義的生産様式は資本の価値増殖を目的として行われ、生産力の上昇をどこまでも追求するため、リービッヒが強調したように、人間と自然とのあいだの物質代謝をかく乱してしまう。
一方で労働力―労働者を、他方で自然環境を同時に破壊し、資本主義社会、ひいては人類の存在すら脅かすことになるだろう。これこそが資本主義社会の根本問題なのである。佐々木准教授は「物質代謝」をキーワードにした、晩期マルクスの研究と資本主義批判をこのように読み解いている。(つづく)