未来・第273号


            未来第273号目次(2019年7月4日発行)

 1面  地に墜ちたG20の権威”
     厳戒の大阪市内で連続闘争

     私達が決める沖縄の未来
     県民投票の会元山仁士郎さんが訴え
     6月22日 京都

 2面  関生弾圧 警察、裁判所に強く抗議
     6月18日〜19日 京都、滋賀で12人逮捕

     朝鮮半島と日本に平和を
     安倍改憲阻止は市民革命
     東京

     沖縄意見広告運動
     新基地断念を!4紙に
     賛同 過去最高1万8千超

 3面  40年超え老朽原発の危険性
     反原発自治体議員・市民連盟関西総会 長沢啓行さんが講演

     被爆74年「8・6ヒロシマ平和の夕べ」
     被ばくを拒否するヒロシマ

 4面  4回連載 マルクス革命論をあらためて学ぶ 三船 二郎
     第二章 プロレタリアートの独裁とはなにか(第3回)

     ポーランド紀行2019(第2回)
     山岳地帯のない農業大国
     ―古来諸外国からの侵略受ける
     平 和好

     (夏期特別カンパのお願い)

 5面  人体実験・細菌戦
     731部隊将校に学位授与
     暴かれる日本医学界の闇

     私と天皇制 E
     「吸血旗」掲揚ポールに突き刺さった鋸の刃

     (短信)
     ●関電社長が原発の新増設・立て替えに言及

 6面  ワンクリックの向こう側
     ――アマゾン搾取倉庫 (上)
     請戸 耕市

       

地に墜ちたG20の権威”
厳戒の大阪市内で連続闘争

新町北公園で集会を終え、御堂筋を難波までデモ行進。沿道の市民の注目を集めた(6月23日 大阪市内)

G20大阪サミットは、、米中対立や米・イラン危機、保護主義の台頭、気候変動や地球環境汚染、移民・難民問題の深刻化といったグローバリゼーションが直面している危機にたいして、G20という枠組みがなんら有効な手立てを講ずることができなくなったことをあらためて示した。一方、G20への抗議行動に参加するために来日した韓国の市民団体のメンバーが入国を拒否され、強制帰国させられるという事態が相次いだ。これは徴用工問題などをめぐって日本政府が韓国政府に対して敵視政策を取っていることの現れだ。このような妨害に抗して、G20大阪NO! アクション・ウィークがたたかい抜かれた。

韓国の市民団体を入国拒否

6月28日から29日にかけて、大阪市住之江区のインテックス大阪で開催されたG20サミット。その警備のために全国から3万人を超える警察官を動員し、会場周辺や関西空港周辺では厳戒態勢がとられ、すべての車両を対象に検問が実施され、空港内での手荷物検査も強化された。
2016年のG7伊勢志摩サミットでは、2万3千人の警官を動員したが、今回はそれを上回る規模となった。サミットを前後する4日間(27日〜30日)は、大阪市内では大規模な交通規制がおこなわれた。阪神高速は環状線など10路線(計約160キロ)が早朝から深夜まで全面通行止め。一般道でも首脳らの移動にあわせて、宿泊場所周辺など市内9カ所で頻繁に通行止めとなった。24日から、JRや私鉄の各駅ではコインロッカーやゴミ箱が閉鎖されるなど多くの市民が不便を強制された。また6月27日、28日は大阪府立、大阪市立のすべての学校が臨時休校になったほか、一部のごみ収集も休止となった。インテックス大阪の最寄り駅が利用停止なった。このようにG20の開催は市民生活にも大きな影響を与えた。

23日に御堂筋デモ

サミット開催に先立つ6月23日、大阪市内で「G20大阪サミットNO! アクション・ウィーク集会・デモ」がおこなわれ、200人が参加した。主催は同実行委員会。この行動に参加する予定だったAWC韓国委員会のイ・キョンジャさんにたいして、6月21日、福岡空港入管は入国を拒否し、強制帰国させた。これは明らかにサミット抗議闘争たいする政治弾圧である。集会ではイ・キョンジャさんの連帯メッセージが読み上げられ、抗議声明が集会参加者全員で採択された。
アクション・ウィークの呼びかけ人を代表して、大阪労働学校アソシエ校長の斉藤日出治さんがあいさつ。斉藤さんは「G20は金融危機や気候変動など、グローバル資本主義の危機に対応するために発足した。しかしそうした危機を生み出したのは、G20の構成国である先進諸国の経済政策だ。これは滑稽な事態であるが、そうも言っていられないのは、G20がこれに対処する能力を失っているということだ。それを押し隠すために厳戒警備を敷いている。そのために市民生活が圧迫されている。対処能力を失った各国は、自国第一主義、保護主義に走っている。米、中のような経済大国でさえそうなのだ。このようにして、G20の権威はますます地に落ちている。グローバル資本主義に対決できるのは地域に根差して生活する私たちの力である。今日の行動で私たちのそうした力を存分に示したい」と話した。
海外からのメッセージが紹介されあと、「私たちの未来は私たちが決める」をテーマにした発言がつづいた。大阪府議会議員の野々上愛さんは「今日の行動は、日本の民主主義の最前線だ。安倍政権に対抗できるのは、国際社会の真に民主主義的な民衆の連帯だ」と訴えた。
集会ではこのほか、フィリピンの移住労働者の組織ミグランテの代表、リニア新幹線に反対する市民団体、京丹後市のXバンドレーダー基地に反対する市民団体、9条改憲阻止共同行動が発言した。また労働組合からは連帯ユニオン関西地区生コン支部、釜ヶ崎日雇労働組合がアピールをおこなった。集会後のデモは、大阪市の中心を南北に走る御堂筋を南下し、沿道の市民の注目を集めた。

首脳会議にデモ

サミット会場の対岸で抗議(6月28日 大阪市内)

サミット初日の6月28日には、首脳会議の開会時刻にあわせて、会場のインテックス大阪がある咲洲の対岸に位置する天保山公園で抗議集会とデモがおこなわれた。250人が参加した。
この集会に参加する予定だった韓国平和オモニの会のメンバー7人が、26日、来日した関西空港の入管当局によって入国を拒否された。メンバーには中学生2人も含まれていた。彼女たちは空港内で長時間拘束され、強制帰国させられた。このニュースを韓国メディアは即日報道した。集会では、入国拒否と非人道的拘束にたいする抗議声明を採択した。
集会では、香港から来日中の世界キリスト者の会のメンバーが発言。香港市民のたたかいへの支援と連帯を訴えた。集会後、サミット会場をのぞむ岸壁までデモ行進した。

私達が決める沖縄の未来
県民投票の会元山仁士郎さんが訴え
6月22日 京都

市民・若者主導の県民投票を元山さんが報告(6月22日 京都市内)

6月22日、「基地のない平和な沖縄・日本・東アジアを! 6・22京都集会」が円山野外音楽堂でおこなわれ、450人が参加した。
米軍Xバンドレーダ基地がある京丹後市から〈米軍基地建設を憂う宇川有志の会〉永井友昭事務局長、沖縄から〈辺野古県民投票の会〉代表の元山仁士郎さんが講演した。
永井さんはこの間の米軍と防衛省による約束破りの状況を怒りを込めて訴えた。
元山さんは2月24日にあった辺野古の米軍基地建設のための埋め立てを問う県民投票が、72%の反対票になった大勝利の報告を詳しく説明した。昨年5月23日から7月23日の間に10万950筆の署名を集めたが、メインスローガンは、「話そう基地のこと。決めよう、沖縄の未来。」で、県民が県民投票で自らの意思を示せるように考えた。そして世代間の対話、島々の対話を実現し、感覚の違いを知り、埋めようとした。辺野古の現場から人を削くと批判があったが、現地に足を運べない人々が動いた。そして沖縄政治史初の、政治・社会的実績を残した市民・若者主導の運動となった、と報告。参加者は、元山さんの提起に、京都でもこうした市民・若者主導の運動をなんとしてもつくりだしたいと決意を新たにした。
集会では、川口真由美さんとおもちゃ楽団の歌と演奏があった。
集会の終わりに突然雨が降ってきたが、雨のなか、四条河原町から市役所前までデモ行進をした。

2面

関生弾圧 警察、裁判所に強く抗議
6月18日〜19日 京都、滋賀で12人逮捕

大阪地裁内の傍聴団と連帯して、裁判所前で終日抗議行動(6月19日)

6月19日、全日建関西地区生コン支部にたいするストライキ弾圧の公判に合わせて、大阪地裁前で緊急座り込み闘争が終日おこなわれ、参加者は100人を超えた。主催は、労働組合つぶしの大弾圧を許さない実行委員会。5月15日に続いて2回目の取り組みだ。この日の午後には大阪府警と大阪地裁に「違法捜査の中止」、「接見禁止解除、即時釈放」と「公正裁判による無罪判決」を求める全国署名を提出。この署名提出には平和フォーラムの藤本泰成共同代表、大阪平和人権センターの太田保事務局次長、全日建中央本部の小谷野毅書記長、関生支部の武洋一書記長、全港湾大阪支部の小林勝彦書記長らが参加。署名は3カ月で団体1139筆、個人2万3061筆にのぼった。
座り込み集会は朝8時半から夕方5時まで、シュプレヒコールや歌などのパフォーマンスを繰り広げ、法廷内外が一体となってたたかわれた。集会では、関生支部の取り組んできた産業政策運動やコンプライアンス(法令違反摘発)活動が弾圧の対象となっていることが明らかにされた。またこの弾圧に反対する取り組みが関西圏の労働運動とさまざまな社会運動との、交流の場となっていることが語られた。

新たな大弾圧

6月18日滋賀、19日京都とたてつづけに新たな弾圧事件がおきた。
18日の弾圧は滋賀県警組織犯罪対策課によるもの。滋賀県大津市内のネッツトヨタびわこの店舗新築工事に対するコンプライアンス活動が威力業務妨害とされ、関生支部の組合員4人が逮捕された。これは湖東協組事件、大津協組事件とおなじ類型の弾圧。逮捕者の1人は昨年11月に大津協組事件で逮捕され、今月初めに6カ月半ぶりに保釈されたばかり。また、逮捕令状を示されなかった組合員もいる。
19日の京都の弾圧は生コン業者・村田建材(京都府木津川市)で働いていた非正規雇用の生コン運転手が組合に加入して正社員化を求めたことを「強要未遂および恐喝未遂」として不当逮捕したものだが、事実はつぎのようなものだ。
一昨年10月、生コン運転手が組合に加入し、社会保険の加入など正社員化を要求した。しかし、会社は団交拒否。組合員が保育園に提出する「就労証明書」に社印の押印を求めたところ、組合加入以前は毎年押印していたが、これも拒否。それに組合が抗議したことが「強要未遂」とされた。
その年12月、会社は団交に応じないまま工場を偽装閉鎖した。このとき争議解決の仲介の労をとった洛南生コン協同組合が、工場を閉鎖するならプラントを解体・撤去し、ミキサー車1台を協同組合に無償譲渡する旨の念書を同社と交わした。これが「恐喝未遂」とされた。ところが翌年春、同社は約束を守らず事業再開の動きをみせた。

マル暴が前面に

そこで2018年6月と9月、組合は団交拒否と偽装閉鎖について大阪府労働委員会に救済を申し立てた。今年4月と5月には府労委で証人尋問がおこなわれた、6月20日には双方が提出した和解案をもとに和解調査が予定されていた。この純然たる労働争議にもっぱら暴力団対策で活動する組織犯罪対策課(マル暴)が乗り込んできて刑事事件化し、和解調査の前日に逮捕するという暴挙に出たのだ。
この弾圧で関生支部の武健一委員長ら組合役員と組合員の計5人が逮捕された。洛南生コン協同組合の理事長など事業者2人も逮捕され、あわせて7人が逮捕された。うちひとりは、昨年8月に逮捕され、今年3月に7カ月ぶりに保釈されたばかり。また武委員長ほか1人は4回目の逮捕である。
京都府警は6月20日と21日の2日間、関生支部と労使関係がある事業所4カ所などを家宅捜索。大阪広域協組の関生支部排除の不当労働行為と軌を一にしたように、大阪府警や滋賀県警は、事業者に対して「関生支部と手を切れ」といわんばかりの家宅捜索や任意出頭をくりかえしてきた。取り調べにおいても警察は「関生支部つぶしが目的だ」と口にしている。
昨年7月の湖東協組事件で事業者が最初に逮捕されて以来、今回で逮捕は12回目。組合員がのべ67人、事業者が8人、合計のべ75人逮捕という空前の権力弾圧事件にたいして、国連の人権機関への訴えも準備されている。また今秋、大阪で全国集会が予定されている。「関生弾圧の真実」をあらゆる人々に訴え、全国的な反撃を組織しよう。「支援する会」の結成やカンパ活動を強化しよう。

朝鮮半島と日本に平和を
安倍改憲阻止は市民革命
東京

「朝鮮半島と日本に非核・平和の確立を!」市民連帯行動が6月7・8日の両日にわたって都内でおこなわれた。7日は、午後6時半から日比谷野音で集会がひらかれ、韓国からの訪問団を交えて、多くの労働者、市民が集まった(写真)
高田健さんの開会あいさつに続き、東北アジア平和センター理事長のキム・ヨンホさんが「私は、日本の市民社会が安倍政権の平和憲法改悪を阻止することができれば、ある意味で市民革命に値するものであろうと思います」「世界では、代議制民主主義の裏切りに対して、市民社会の反撃がおこなわれています。…(支配者が)隣の国を敵にするならば、市民社会は友達として、彼らが悪魔と呼ぶなら、我々は文化の多様性の相手として尊敬する。あちらが巨額の資金で米国の武器を買おうとするなら、我々は市民の福祉のため未来のためにそのお金を使うべきであろうと思います。ロンドン市民は、トランプさんの訪問にノーと言いました。日本の市民もノーと言いましょう。これが、3・1運動100年を迎えた韓国の市民社会が日本の市民社会に伝えるメッセージです」と連帯を込めてあいさつした。
次に、民主労総副委員長のオム・ミギョンさん。「韓国と日本はとても遠い隣国となっています。これは、侵略戦争の歴史によるものです。…私たち韓日民衆が力を合わせてこのつらい戦争の歴史を解決していきましょう」「(韓国の)一部の政治家は韓国労働者の純粋な気持ちを捻じ曲げ、日韓関係をこじらせています」「核の脅威と核兵器のない東北アジアと世界の非核化のために国際連帯を強めましょう」「日本では、在日韓国・朝鮮人は差別の中でつらい思いをしています。…未来の子どもたちには、歴史の痛みや差別の悲しさを味合わせてはなりません。連帯と団結で、東北アジアの平和と明るい未来のためにともにたたかいましょう」とあいさつした。
東京朝鮮中高級学校の学生による演奏をはさんで、日本の市民団体からアピールがおこなわれ、銀座へとデモ行進に出た。

国際シンポジウム

翌八日は、午後1時半から星陵会館で国際シンポジウムがひらかれた。
はじめに、憲法共同センター代表の小田川義和さん、韓国YMCA全国連盟事務総長のキム・ギョンミンさん、東北アジア平和センターのキム・ヨンホさんから挨拶を受け、シンポジウムに移った。
司会は、総がかり行動の福山真劫さん。キム・ヨンホさん、ハン・チュンモクさん、朝鮮大学校教員のリ・ビョンフイさん、ピースデポの湯浅一郎さん、日朝国交正常化連絡会の和田春樹さん、立命館大学の庵逧由香さんの7人のシンポジストが「日朝国交正常化は東アジアの平和の核心」「ハノイ会談の評価と非核、平和の道筋」「植民地問題と過去の清算」などのテーマで意見表明した。
この2日間の行動に参加する中で、安倍政権が日朝・東北アジアの非核・平和の動きにたいする頑強な妨害物になっていることを強く感じた。他方で韓国の人々が、日本の平和運動・市民運動にたいして極めて強い期待を持って注視していることもわかった。われわれは、この期待に真に応えられる運動を日本で作り出すことができるのかが重要な課題であると感じた。(藤崎博)

沖縄意見広告運動
新基地断念を!4紙に
賛同 過去最高1万8千超

6月13日、第10期沖縄意見広告報告関西集会が大阪で開かれた。今回は過去最高の1万8663名の賛同(個人・団体)を得て、6月9日の毎日新聞、東京新聞、琉球新報、沖縄タイムスに2面ぶち抜きで意見広告が掲載された。内容は「民意は示された。辺野古新基地断念を!」というもの。この種の意見広告としては最大規模で、大きな反響を生みだしている。
主催者あいさつは元衆院議員の服部良一さん。毎年、意見広告運動の先頭に立ってきた武建一代表世話人、西山直洋キャラバン隊長を関生弾圧で獄中に奪われている中で、主催者を代表して発言。
ついで全国キャラバン隊の報告が隊長の小林勝彦さん(全港湾大阪支部書記長)と隊員からおこなわれた。キャラバンは2月沖縄から、九州、四国、山陰と各地の受け入れ団体ともに沖縄連帯の輪を広げていった。
講演は恵泉女学園大教授のイ・ヨンチェさん。逮捕、投獄された学生運動の話や、韓国の青年がすごす軍隊の話から始まり、初めて日本に来たときの感想、ドイツと比較して南北分断が、遅れること40年で「統一」に向かっていると話した。そして南北会談・米朝会談は必ず「統一」と「平和」、東アジアの平和的共存に向かうもので、沖縄米軍基地はこの流れに逆行するものとした。
講演のあとは、川口真由美さんの歌や、キャラバンを受け入れた全港湾四国地本などからあいさつ。
特別報告で永嶋靖久弁護士は、関生弾圧の異常さを明らかにした。被告を外に出さないために4件の弾圧を系統的におこない、それぞれの公判を毎週入れて、被告と組合を疲弊させ、解体しようとしている。
最後に、事務局と寺田全国世話人が、関生弾圧に負けず、沖縄現地と連携して、来期も沖縄意見広告運動を展開していくと決意表明し、集会をおえた。

3面

40年超え老朽原発の危険性
反原発自治体議員・市民連盟関西総会 長沢啓行さんが講演投稿
「改憲発議」させない闘いを

ぼう大な資料を駆使した長沢さんの講演
(6月23日 大阪府高槻市内)

6月23日、反原発自治体議員・市民連盟関西ブロックの第3回総会・講演会が大阪府高槻市内で開かれ、各地の自治体議員や市民60人が参加した。集会では、長沢啓行さん(大阪府立大学名誉教授)が「老朽原発をとめるために、その諸問題を考える」と題して講演した。長沢さんは老朽原発の40年超え運転が問題になるなかで、運動的に重要な問題点を4点にしぼって話した。長沢さんが暴露した「新検査制度」については、ほとんど世間では知られていない。ここではこの問題に少し解説を加えて報告したい。
いくつかの点で質疑がなされ、全国の事務局からの答弁がなされた。なお、総会では今年度の活動方針が提起された。また、集会では現地からの報告として木原壯林さん(若狭の原発を考える会)がアメーバ行動などの報告をした。また、自治体議員の報告として是永宙さん(滋賀県高島市議会議員)と田中陽介さん(滋賀県野洲市議会議員)から各自治体での取り組み報告があった。

原発「新検査制度」

スリーマイル島原発事故後、アメリカでは原発の設備利用率が1980年代に50〜60%で低迷しており、原発の採算が合わなくなっていた。これでは事業者は原発に投資をしない。そこで原発の稼働率を上げるために、米原子力規制委員会(NRC)は規制を緩和した。要は、定期検査期間を短くし、原発の連続運転期間を長くすること。02年、設備利用率は90%を超えるまでに至った。
2010年頃日本では、このアメリカの方式をまねて電力会社は利益追求のために稼働率を上げようとしていた。しかし、11年に福島原発事故がおき、この方針はいったん消滅した。新検査制度が2020年から運用されるが、これを復活させようとするものだ。原子炉等規制法改訂は、すでに17年4月におこなわれている。
この新検査制度では、今までの「施設定期検査」を「定期事業者検査」と名称を変え、責任主体を原子力規制委員会から電力会社に移行させる。原子力規制委員会は責任を負わないで、事業者がすべて責任を負うシステムに変わる。また、規制委員会はいつでも抜き打ち検査ができるようになる。この点を持ちあげて、メディアでは「規制庁の立ち入り検査がいつでもできるようになり、検査がきびしくなる」と報じられている。しかし、逆なのだ。電力会社は自分の経営判断で自由におこなえるようになる。
現在、定期検査は13カ月ごとにおこなわれているが、法令的には最長で24カ月まで延ばすことができるようになっている。
われわれはこの新検査制度を暴露し、再稼働反対の武器にする必要がある。長沢さんの講演要旨を掲載する。

【講演要旨】

老朽原発にかかわる問題点はたくさんあるが、今日は4点について考えてみたい。@中性子照射脆化の問題、A来年4月から導入される新検査制度の全体像、B40年超え運転に関する特別点検の問題点、C原発廃炉費用を託送料金で回収する問題について述べる。

中性子脆化

第1に、「中性子脆化」の問題について。中性子が照射されると、金属は脆くなる。常温状態では金属はねばりをもっている。しかし、温度を低くしていくと茶碗のように割れるようになる。材料実験から、破断時の吸収エネルギーが41ジュールになるときの温度をもとめる。これを脆化温度という。金属に中性子があたれば、この脆化温度はだんだん高くなっていく。中性子脆化温度の上昇度は高浜1号機が一番高く、美浜3号機、高浜2号機とつづく。高浜1号機では脆性遷移温度が89℃(圧力容器母材、2015年4月)になっている。
中性子による脆化は金属に含まれている銅などの不純物の含有量に依存するといわれているが、くわしいメカニズムはわかっていない。理論式はあるが、メカニズムがわかっていないのだから、当然にも現実とあわない。

新検査制度

第2に「新検査制度」の問題について述べる。新検査制度は来年4月からはじまる。新しく健全性評価基準(「維持基準」)が導入されて、これ以下であれば、たとえ原発にひび割れ状態が発生しても原発を動かすことができる。01年に、東京電力のデータ捏造が発覚し、大問題になった。この時に、国が考えた対処方針は「きびしい基準があるからデータ隠しがおきる→これを緩和すればデータ隠しは起きなくなる」ということであった。これが「維持基準」の根底にある思想だ。
すでに連続運転期間は24カ月以内であれば、電力会社が規制委員会に申請すれば自分で決めることができる。電力会社は原発から利益を出すために、できるだけ長く連続運転をしたいのだ。
また、新検査制度によって定期検査は「定期事業者検査」となり、イメージが大きく変わる。事業者の責任で定期検査をおこなうことになり、これで検査期間が大幅に縮小される。また、定期検査期間を短くするために、一部分は運転中に検査ができるようになる。
この新検査制度が老朽原発の再稼働につかわれる。今のままでは電力会社が老朽原発に投資しても、利益をえることができない。原発の設備利用率を高めることが必要なのだ。すでにアメリカがやった規制緩和を、それから19年たって日本でやろうとしている。これには福島原発事故はなかったことにされ、事故の教訓はいっさい反映されていない。

特別点検

第3に、40年超え運転の際におこなわれる「特別点検」について。これは圧力容器の一部分でしかやらない。それも見える所だけ目視検査をおこなう。
金属のひび割れは超音波探査検査でも簡単に見つからない。たとえ小さなひび割れが見つかっても、「維持基準」をみたせば交換しなくても運転できるようになる。このように、特別点検といっても、結論ありきで、ずさんなものだ。

廃炉会計制度

最後に、「廃炉会計制度」について述べる。電力会社は原発を廃炉にすると、その時点での未償却資産と積立不足金は託送料金で回収できるようになっている。つまり、廃炉費用は消費者が全額負担することになるから、電力会社は安心して老朽原発に投資できる。電力会社が40年超え原発を動かすようにするために、国はこの仕組みをつくった。
こんな新検査制度を導入しなければ、原発は(経営的には)動かせないのだ。運動をとおして、この問題で怒りを広めていくことが重要だ。こんな検査制度のもとで、原発を運転させてはいけない。再稼働を阻止するために、新検査制度の問題を暴露していこう。(津田保夫)

被爆74年「8・6ヒロシマ平和の夕べ」
被ばくを拒否するヒロシマ

被爆74年をむかえる「8・6ヒロシマ平和の夕べ」。案内状からおもな内容を紹介する。


「平和講演」は河合弘之さん。河合さんは「被爆地ヒロシマが被曝を拒否する」伊方運転差止広島裁判の弁護団長。映画『日本と原発』シリーズを製作、監督しているほか、著書で「原発訴訟が社会を変える」と訴えてきた。
被爆証言は90歳、切明千枝子さん。15歳のとき被爆、校庭で下級生たちの遺体を井ゲタに組み焼くという壮絶な体験をした。「いまが危うい。加害、被害を伝え戦争を拒む」と。
沖縄から高里鈴代さんに沖縄戦と米軍基地による沖縄の現状、「女性の人権と基地・軍隊」を話してもらう。
「子ども脱被ばく裁判の会」水戸喜世子さんと福島・避難者・阿部ゆりかさん(高校3年生)から福島事故の「8年」を聞く。
歌と演奏 setomayuさん(被爆三世)、まとめは米澤鐡志さん(広島・電車内被爆者)。

案内チラシにある絵は、高校生たちが被爆者の話を聴きとり、その情景を絵に描いた1枚。被爆を「伝えよう」とする高校生世代がいる。08年から現在まで計126点が完成、「原爆資料館」に保管され、写真版は借り出しができる。
チラシ裏面は、人類が初めて製造・実験した3発の原爆から、福島原発に埋もれる880トンのデブリまでの「核の時代」を紹介。人類史上初の原爆1発目は1945年7月、アメリカ・ニューメキシコ州トリニティの荒野で実験され、わずか3週間後に残る2発がヒロシマ、ナガサキに投下された。その後、ビキニをはじめ地球上の大気中核実験は2000回を超える。3発の原爆(現在、世界には1万5千発)、チェルノブイリ、福島の極限的大事故に至るこれまでが写真と短文で紹介される。
長崎で被爆した作家・林京子は被爆から50余年後にトリニティ・サイトに立ち、「原爆の閃光を浴びたのは、私たちが最初ではなかった。(ここで)閃光は曠野へ、無防備に立つ山肌へ走った」「死者をまたぎ、(原爆を知らず)爆心地へ向かって逃げた」と、自身の肉体と精神、大地に刻まれた「核」について書き残している。
来年は被爆75年。「核と原発廃止」は、途なお半ばである。何度でもヒロシマ・ナガサキ・福島を思い起こしてほしい。原爆資料館(広島では「平和記念」というより、原爆資料館と呼ぶことが多い)がリニューアルされた。本館(公園正面)に原資料中心の展示コーナーができた。「こんなものじゃなかったのー」という被曝者の声も聞くが、ぜひ訪れてみたい。(た)

(注)8月5日、6日は入館待ち混雑が予想され、両日は開館が午後8時まで延長される。資料館関係者は、「遅い時間の方が、やや緩和されるかもしれません」と話している。

「8・6ヒロシマ平和の夕べ」
とき:8月6日(火) 開会 午後0時50分
ところ:広島YMCA 国際文化ホール参加費1000円(高校生以下・福島避難者無料)
主催:8・6ヒロシマ平和の夕べ
TEL:090ー2063ー9452
E-mail:86h@heiwayube.org



4面

4回連載 マルクス革命論をあらためて学ぶ 三船 二郎
第二章 プロレタリアートの独裁とはなにか(第3回)

共産主義と資本主義は原理が違う

いうまでもなく共産主義と資本主義はその原理が根本的に違う。両者を峻別するわかりやすい要素を指摘すれば、資本主義の下では労働者は賃金奴隷とされており、共産主義では労働者は賃金奴隷から自己を解放しているということである。

共産主義への過渡期の存在について

資本主義と共産主義とはその原理が根本的に違う以上、両者の間に過渡期が存在することは当然のことである。その過渡期は、賃金奴隷とされた労働者が立ち上がり、資本家に対する生死をかけた階級闘争に勝利することによって自己を解放し、さらに支配階級に高めることによって開始される。
パリコミューンは1871年3月18日から開始されたが、マルクスはその3日後に出された「フランス共和国官報」を引用することによってパリのプロレタリアートがどのように状況を判断し、政治権力を掌握することの必要性と権利性を理解し、決断したのかについて『フランスの内乱』で生々しく記している。
「パリのプロレタリアは、支配階級の怠慢と裏切りとのなかにあって、公務の指揮を自分たちの手ににぎることによって時局を収拾すべき時が来たことを理解した。・・・・彼らは、政府権力を掌握することによって自分自身の運命の主人となることが、彼らのさしせまった義務であり、絶対的権利であることを理解した」(フランス共和国官報パリ、1871年3月21日付号)(マルクス・エンゲルス全集17巻『フランスの内乱』312p)。
パリのプロレタリアートは誰かから指示されたのではなく、自分たちの主体的意志と決断によって自ら「政府権力を掌握」することによって「自分自身の運命の主人」となっていったのだ。このようにプロレタリアートの独裁は革命主体としてのプロレタリアートの意志と決断によってはじめて具体的に進んでいき、自ら共産主義への過渡期を切り開いていくのである。

マルクスのプロ独論について

マルクスのプロ独論で一番有名なものは『ゴータ綱領批判』である。以下、該当部分を引用する。
「資本主義社会と共産主義社会とのあいだには、前者から後者への革命的転化の時期がある。この時期に照応して政治上の過渡期がある。この時期の国家は、プロレタリアートの革命的独裁以外のなにものでもありえない。」(『ゴータ綱領批判』国民文庫56p)
ここで重要なことは、マルクスは「この時期に照応して政治上の過渡期がある」「この時期の国家は、プロレタリアートの革命的独裁以外のなにものでもありえない」と指摘していることである。つまり、マルクスは共産主義を実現していくためにはプロレタリアートによる「共産主義の政治」が必要だといっているのである。

「共産主義の政治」について

プロレタリアートが立ち上がり支配階級となるだけでは、それはまだ出発点にすぎない。共産主義を実現していくためには支配階級となったプロレタリアートによる「共産主義の政治」の実行が必要なのである。
それはどのようなものなのか。パリコミューンを例にとれば、「常備軍を廃止し、これを武装した人民ととりかえることであった」し、「警察を中央政府の道具ではなく、責任を負う、いつでも解任できるコミューンの機関にする」ことであったし、「コミューンの議員以下、公務は労働者の賃金で果たす」こと等々であった。しかし、これらはぼう大な「共産主義の政治」の一部にすぎない。このような「共産主義の政治」を行うためにはパリコミューンがそうであったように当然、政治権力を獲得することが第一の課題であるのは誰にでもわかることである。

◆プロ独の二つの要素

ひとつは、いうまでもなく最下層のプロレタリアートが立ち上がってすべての上部構造をけし飛ばすという歴史的暴力的行為がプロレタリアートに「いっさいのふるい汚物をはらいのけて社会のあたらしい樹立の力」(『ドイツ・イデオロギー』)を与えることである。
もうひとつは、「社会のあたらしい樹立の力」を与えられたプロレタリアートが資本家階級を含めてすべてを解放し、階級そのものを廃絶するための「共産主義の政治」を次々と実行するという要素である。
このふたつの要素の統一がプロ独である。なお、支配階級となったプロレタリアートが内部からわき上がるように生みだす「共産主義の政治」は、パリコミューンがそうであったように、プロレタリアートの解放にむけての「欲求」に根差すものであり、これはマルクスが『ドイツ・イデオロギー』等で指摘している人間的「欲求」そのものである。

『ゴータ綱領批判』の指摘について

マルクスは『ゴータ綱領批判』で共産主義社会と資本主義社会の違いを価値論レベルではっきりさせている。共産主義社会では低次であろうと高次であろうと「生産者はその生産物を交換しない」(『ゴータ綱領批判』国民文庫43p)。なぜなら共産主義社会では人間労働はもはや「価値」という資本主義特有の歪んだ形態をとらないため、人間労働はそのまま人間労働となり、「資本主義社会とはちがって、個々の労働は、もはや間接にではなく直接に、総労働の構成部分として存在しているからである」(同43p)。
なぜそうなるのか。「価値」という形態には労働者の賃金奴隷への転落が前提されており、人間労働がそのまま人間労働になるということには労働者の賃金奴隷からの解放が前提されているからである。

労働の本質と共産主義について

マルクスは『資本論』の中で労働の本質を「人間と自然とのあいだの物質代謝」(『資本論』大月書店 第1分冊85p)だとしている。そうであるならば「人間と自然とのあいだの物質代謝」は資本に支配された「労働」という形をとる必要はない。共産主義は、資本主義やそれ以前の非人間的な「人間と自然とのあいだの物質代謝」を人間的なものに回復することでもある。つまり、労働が自然との関係で人間の本質的行為となることである。言い換えると、資本のために働くのではなく解放された類のために働くということ、したがって「労働そのものが第一の生命要求」(『ゴータ綱領批判』全集19巻19p)となることである。

◆人間の本史をつくりだすプロレタリアート

資本を廃絶したプロレタリアート、つまり賃金奴隷から自己を解放した人間たちは、資本主義とはまったく違う形で生産、すなわち人間の生命活動としての「人間と自然とのあいだの物質代謝」を組織し始めるのである。それは自分たちの内発的意思によって「人間と自然とのあいだの物質代謝」を組織していくのである。
しかし、賃金奴隷から自己を解放した人間たちだからといって、最初から意思疎通が十分にできるわけではない。初期的には意思疎通が不十分であっても、しかし、そこから新たな「生命活動」たる「人間と自然とのあいだの物質代謝」が開始されるのである。そして、意思疎通が発展するにつれ、人間たちの意識的行為による新たな歴史、すなわち人間の本史の創造が開始されていくのである。この唯物論的な条件をつくり出すのがプロ独の歴史的課題である。プロ独は、このように唯物論的、かつ、創造的に考えていくべきものなのである。(つづく)

ポーランド紀行2019(第2回)
山岳地帯のない農業大国
―古来諸外国からの侵略受ける
平 和好

なお、レーニン造船所、ワレサ、ソリダルノスチなどの説明はほとんど無く、ワレサ氏が労組リーダーから初代大統領になったものの、あまり成果が上げられなかったのか、鳴かず飛ばずみたいなのは残念だ。ベンツの5つ星バスで毎日数百キロ=計数千キロ走る、ブルーコメッツが出てきそうな森と泉と黄色の菜種と緑の小麦畑だらけの旅であった。
ポーランドは山岳がほとんどない。農業大国で、穀物の売買で大きな利益を上げて来たそうだ。それで王様が巨大な城、宗教が巨大な教会を全土に建てられた。鎌倉時代に小さな木造の屋敷に住んでいた侍たちが「やあやあ、われこそは」と叫んでいる頃、ここポーランドではグダニスクの木造クレーンや、ドイツ騎士団要塞だったマルボルク城などの、われわれから見るとクレーンがなければ建てられないと思える城壁や巨大で荘厳な教会が全土に作られていたようだ。世界遺産が20以上ある!
こういう技術力と経済力、さらには人民の9割がキリスト教の熱心な信者という状況からみると、古来、スウェーデン、ドイツ、ロシア、オーストリア、モンゴル、十字軍、オスマントルコはじめ、諸外国から侵略と支配され続けの「悠久の歴史」であった理由がわからなくなる。試論として「王様と宗教」で永遠の独裁政治を続けたい勢力と人民の間に「真の団結」が形成できなかったのでは? と考えるが、その仮説の正否は後日の科学的検証にゆだねたい。
飲食料品の物価は日本より少しだけ安い程度だが、まあまあ美味しい。何より水道水が飲めるのは世界的に珍しい。欧米資本主義国の通例としてチップが必要だ。ホテルのいわゆる枕銭、公共トイレの大多数は60円から100円ほどの小銭を毎回必要とするので10日間の累計は結構な額になる。
余談ながら各地に巨大な風車が何十基と立っており、目撃しただけで千近い。風力発電に力を入れているようだ。軍備にあまり税金を浪費する必要もなく、アメリカにいじめられず外交関係も落ち着いているからと思うが、「経済は良い」との説明だった。EU加盟だがユーロは通用せず、通貨は、聞いたことも見たこともないズロチ。
落ち着いた田舎国家(失礼!)だが100年前はもっと陰鬱な状況だっただろうから、進取の気性が旺盛な、青春まっただ中のショパンやローザが「亡命」したくなったのは容易に想像できる。(つづく)

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5面

人体実験・細菌戦
731部隊将校に学位授与
暴かれる日本医学界の闇

6月1日、京都大学総合人間学部で「731・細菌部隊における研究と学位」という講演がおこなわれた。講師は慶応大学名誉教授・松村高夫さん。松村さんはこれまで何度も中国に足を運んで現地調査をおこない、731部隊による細菌戦の実態解明に尽力してきた。「満州第731部隊軍医将校の学位授与の検証を京大に求める会(以下、「検証する会」と略す)」が主催。松村さんは講演のなかで恐るべき事実を明らかにした。(香月顕介)

満州第731部隊。表向きの名称は「関東軍防疫給水部隊」である。しかし実際におこなっていたのは、細菌戦の研究と実行であり、そのための人体実験であった。この731部隊に所属していた軍医将校たちが、戦後、人体実験の「研究成果」をもとに作成した論文によって学位を授与されていた。近年の調査によってその事実を裏付ける証拠が次々と発見されている。
その中の一人が、京都帝国大学医学部出身の平澤正欣である。平澤の陸軍における階級は軍医少佐である。731部隊では細菌戦の実施研究をおこなう第2部の課長だった。平澤はノミの研究者で、ペスト菌に感染させたノミを使用した細菌戦を研究していた。
平澤は1945年9月26日、「イヌノミのペスト媒介能力に就いての実験的研究」という論文で京都帝国大学から医学博士の学位を授与された。平澤の所属は「陸軍軍医学校防疫研究室(部長 石井少将)」と記されている。「石井少将」とは731部隊の部隊長、石井四郎のことである。この学位論文の要旨は次のようなものだ。1940年9月下旬、日本のかいらい国家「満州国」の首都「新京」でペストが流行した。これは新京から60キロほどはなれたところにある農安という街で流行したペストがイヌノミを媒介して伝播したものであった。それまでペストがイヌノミによってヒトに感染することが知られていなかったため、その新事実を報告するというものである。

「特殊実験」

論文の中には、平澤がおこなった「特殊実験」にかんする記述がある。ペストに感染したイヌノミを「9頭」の「さる」の太ももに付着させ、うち「3頭」が発症して死亡したという感染実験の記録だが、そこには次のような不可解な記述がある。「発症さるハ付着後6―8日ニシテ頭痛、高熱、食欲不振ヲ訴ヘ」たというのだ。「さる」が「訴えた」とはどういうことか。これこそは、感染実験に使われたのが「さる」ではなく、人間であったことの動かぬ証拠なのだ。
戦時中、「特殊実験」とは人体実験のことであり、「さる」とは人間のことであることは医学関係者の間では周知の事実であった。つまり京都大学は、平澤の論文が人体実験の報告であることを知りながら、学位を授与したのである。
問題はそれだけではない。1940年9月下旬、新京で流行したペストは農安という街から伝播したものだった。実は同年6月、731部隊が農安でペスト感染ノミを散布していたのである。つまり新京で流行したペストは731部隊が散布した細菌兵器によるものだったのだ。731部隊は、ペストを流行させた地域に「防疫部隊」と称していちはやく赴き、感染者の遺体を解剖して標本を採取し、感染経路などを徹底的に調査して、細菌戦の「成果」を検証していた。平澤の学位論文はまさに実際におこなわれた細菌戦の検証報告をもとに作成されたものだったのだ。

細菌戦態勢の確立

ハルビン近郊の平房に本部を置いていた731部隊は、1940年12月、対ソ戦にそなえて、支部4つと研究所1つを設立し、長春に姉妹部隊である関東軍軍馬防疫廠(通称100部隊)を設立していた。ハルビンの防疫給水部は大規模な部隊だったのである。
このような防疫給水部は中国各地につくられていた。1940年までに北京に「甲」1855部隊、南京に「栄」1644部隊、広東に「波」8064部隊が設立され、それぞれが数支部から数十支部を有していた。1942年に日本軍がシンガポールを占領すると、そこに「岡」9420部隊がつくられた。これらの部隊は、それぞれ関東軍、北支那派遣軍、中支那派遣軍、南支那派遣軍、南方派遣軍の指揮下に置かれていた。こうした細菌戦態勢の確立に石井四郎の果たした役割は大きいが、それ以上に、日本陸軍全体による細菌戦組織が中国大陸からシンガポールにいたるまで網の目のように形成されていたことに注目しなければならない。

戦犯免責

日本の敗戦後、アメリカは1945年から47年にかけて4回にわたって細菌戦の専門家を日本に送って調査をおこなった。47年に来日したフェル調査団とヒル調査団は、石井四郎など731部隊の幹部を尋問し、部隊幹部を戦犯免責する代わりに人体実験を含む細菌戦関連の一次資料をアメリカが根こそぎ入手した。こうして日本陸軍がおこなっていた細菌戦と人体実験の事実は闇から闇へと葬られたのである。
731部隊の医者たちは、「戦犯免責」をうけるためにアメリカへの情報提供などで協力していた。こうした731部隊の医学部卒業生に戦後、京大が学位を授与していたことが、近年の調査で明らかになってきた。これらの学位論文では細菌戦や人体実験にかかわるような記述は一切ないが、唯一の例外が平澤論文だったのである。なぜ京大が人体実験をした結果だと分かる論文を審査し、学位を授与したのか。それは平澤が論文を提出したのが敗戦直前の45年5月31日であり、論文の審査が6月6日におこなわれたからであろう。その直後の6月11日、平澤が戦死したため、人体実験にかんする記述の変更を求めることができなくなり、そのまま敗戦後の9月に学位を授与することになったと思われる。
昨年7月、「検証する会」は京都大学にたいして、平澤の学位論文に「人道上看過できないねつ造と医の倫理に反する不正な箇所が含まれている疑いがある」として、論文中の「実験動物がサルであったかヒトであったかを検証」し、「ヒトであったことが判明した場合、すみやかに学位授与を取消」すように要請した。
これを受けた野田副学長は「過去を変えることはできないが、未来に生かすようしたい」と述べて調査を約束した。ところが今年2月8日、京大は「予備調査の結果、本調査は実施しない」と回答してきた。

731を繰り返さない

講演の最後に松村さんは、こうした京大の対応は大学としての尊厳を著しく傷つけるだけではないとして、次のように語った。
この問題は、石井四郎をはじめとする京大医学部出身者が731部隊に送られ、嘱託として731部隊に研究を依頼していたということに対する基本的な反省にかかわる問題である。平澤論文の問題性を認めたら、これが突破口となって次々と問題が波及していくことは目に見えている。これは日本の医学界の731部隊と細菌戦へのかかわりの問題へといかざるを得ないのである。だからこそ大きな圧力がかかっているのだろう。私たちは二度と731部隊の過ちを繰り返さないために、明らかにされた事実をより多くの人に広め、京大に自己批判をさせなければならない。(了)

私と天皇制 E
「吸血旗」掲揚ポールに突き刺さった鋸の刃

高校に通学していた或る朝、登校したら校庭の一角が騒がしかった。近付いてみると、掲揚塔に大きな鋸の刃が突き刺さっていた。切断しようとしたが木製のポールがしなったので、鋸の刃が動かなくなって、そのまま放置されたらしい。
教室に入ると、机の抽出しに「吸血旗日の丸」を糾弾するビラが入っていた。2000万人ものアジアの民衆を殺害して血塗られた日の丸の旗は、侵略の象徴であり、その復活を許してはならないと書いてあった。
しかし半日もたたないうちに、この事件は生徒の話題から消えた。学校当局が「犯人」捜しをしなかったらしく、処分者も出なかった。
その頃私は数人の同級生と学習会に参加していたが、休憩タイムに鋸事件について発言した。主観的な意図は正しくても、多くの仲間の共感を呼ばない自慰的な行為に過ぎない、という趣旨だったと記憶している。
その途端に座が白けて、だれ一人何も言わなかった。
それを境に学習会の連絡が途絶え、彼らと疎遠になった。恐らく鋸事件の実行グループと学習会のメンバーがダブっていたのだろう。私は彼らのオルグ対象から外されたわけである。
自己満足的な「英雄主義」、「おれたちは正しい」として同僚の意識や気分を考慮しない主観主義、多くの仲間とともに行動しようとしない姿勢、そして異論に耳を傾けようとせず物理的に排除する――戦前から現在にいたる日本の左翼の悪しき伝統である。
私もその影響を受けて育ってきた1人だ。既成左翼を批判して登場した「新左翼」も同様である。革命主体の階級形成とは真逆の活動スタイルであることは言うまでもない。
そして、右翼=熱烈な天皇制支持者の思考や習性にも通じるものではないだろうか。
これでは、国民のほとんどが天皇制を無批判に受け入れている現状を変革することなど、とてもおぼつかない。
天皇制について考えるたびに、あの鋸の刃が思い出される。(Q生)

(短信)
●関電社長が原発の新増設・立て替えに言及

電気事業連合会(電事連)の新会長に関電の岩根社長が就任した(6月14日)会見で、「安全性や経済性に優れた炉に挑戦し、原発の将来の可能性を高める努力をしたい」、「新増設や立て替えは国のエネルギー政策。電力側として人材や技術を向上させたい」と述べた。福島事故をを経て、さすがに安倍政権ですら原発の新増設、立て替えに言及できないなかでの飛び抜けた発言だ。許せない。

6面

ワンクリックの向こう側
――アマゾン搾取倉庫 (上)
請戸 耕市

アマゾンは、インターネット小売りのグローバル企業。巨大IT企業群GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)の一つ。今年1月7日時点の株式時価総額が7970億ドルで世界最大に。そのアマゾンの倉庫に、イギリスのジャーナリストがピッカー(商品をピックアップする仕事)として潜入、その実態を取材した。ちょうど2016年6月の「EU離脱」国民投票の直前だった。移民労働者が、休憩もトイレもままならない過酷かつ屈辱的な労働を強いられ、地元の住民は、雇用喪失と地域社会の破壊に喘いでいる―これがグローバリズムの実態だ。そして今日明日の日本でもある。以下、J・ブラッドワース著『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した』(邦訳・本年3月刊)第1章を要約して再構成した。

監視と効率

イングランド中西部の片田舎ルージリー。かつては炭鉱町だが1993年に閉山、2011年にアマゾンが進出してきた。サッカー場10面ほどの巨大倉庫の中で、24時間体制で約1200人が就業。その大半が東欧からの移民労働者だった。
私(著者)の仕事はオーダー・ピッカー。注文品を探して細長い通路を行き来し、2メートル超の棚から下ろして、本、家電、食品などの商品をトートという箱に詰め、ベルトコンベヤーに乗せる。
私は1時間当たり約90品をピックアップ、トートを1日約40箱扱った。作業は24時間体制、私のシフトは13時から23時半の10時間半。歩行距離は1日平均で約16キロ、最長で23キロ。ピッカーの動きは、腕に装着した端末で常時追跡されている。「ペースが落ちている。スピードアップして」。デスクで監視するライン・マネージャーから警告を受ける。
さらに、ピッカーは、商品をトートに集める速さでランク付けされ、下位ランクのピッカーには指導が入る。

食事は数分!

出退勤、休憩、トイレの出入り時にはセキュリティ・ゲートで身体検査があり、混雑して通過に十数分かかる。この時間は無給で、混雑しても遅刻は許されない。
公式には、シフト1日で、30分休憩1回と10分休憩2回がある。
10分休憩には、移動のための5分が追加されている。しかし実際は、倉庫の端から歩き、さらに混雑するセキュリティ・チェックを経ると、休憩は実質6分になってしまう。10分休憩は有給だが、移動のための5分は無給。
30分休憩は食事だが、同じシフトの労働者が同時に食堂に殺到するので、混雑と行列で食事を手にするまでに15分。残りの15分で、食事を終え、さらにセキュリティ・ゲートの混雑を突破し、倉庫の持ち場まで戻らなければならない。だから、食事は数分で胃に流し込むだけ。この30分休憩は無給。
トイレさえ、「idle time(怠けている時間)」と非難される。

不払いと懲罰

ピッカーは、派遣会社と契約し、アマゾンの倉庫に派遣される。
契約は、週当たりの労働時間の取り決めがない「ゼロ時間契約」、契約書もない。
最初の契約は9カ月間、その後は継続されるか、切り捨てられるか。「有能なスタッフには正社員のチャンスが」と派遣会社は言うが、現実は、「この仕事をしたい人が70人ほど待っている。だから期待するな」。
派遣会社から毎週給料が振り込まれるが、その額が実働より少ないことが何度も。抗議すると、次の週に未払い分が支払われたが、またすぐに同じことが。それが何回も繰り返された。
しかも、派遣会社は給料明細書を出し渋り、ようやく出してきた明細は複雑で、適正かどうかを計算しようもなかった。みな派遣会社による不払いを経験していた。
ポイント制の懲罰制度がある。アマゾン運航のバスの故障で遅刻しても1点。入院中の家族のために早退しても1点。5週間も残業して「もう、無理」といったら1点。病気で5日間休むと5点。
6点たまったら「リリース」、つまり解雇。アマゾンにとって病気とは「怠け者」、懲罰対象なのだ。

母国の困窮と移民

アマゾンの倉庫で働く労働者のほとんどが移民だ。その多くが東欧系で、ルーマニア人が非常に多い。逆にイギリス人はほとんどいない。
「家族に仕送りしている。何とか生き延びられるように」。ルーマニアでは、手取りの収入だけでは普通の生活ができない。だからイギリスにやってくる。
こういうルーマニアの困窮が、アマゾンの運営を可能にしている。
派遣会社は、ルーマニアの困窮に付け込み、甘言で誘って、移民労働者をイギリスに連れてくる。「ロンドンの高級百貨店に派遣されます」と。しかし、着いて見るとそこはロンドンではなく元炭鉱町の片田舎。そして仕事は「クソみたい」。
ここで、移民労働者たちは、動物のように働いて仕送りをし、あるいは金を貯めてルーマニアに帰り、また数か月後に戻ってくる。これを繰り返している。
仕事を始めた移民労働者は、派遣会社の甘言がウソ、アマゾンの仕事がクソだとわかる。中でも彼らが嫌悪しているのは、派遣会社からの屈辱的な扱いだ。「あいつら、奴隷に向かって話すような口調だ」。しかし、職場の状況について騒ぎ立てたら、「すぐに代わりの人間を送り込むだけ」と脅され、だから権利を主張せずに耐えている。

家賃の吊り上げ

派遣会社だけではない。イギリスでは、賃貸収入を目的とした不動産投資市場が急速に拡大、悪徳な大家が移民をカモにする。
最初は安い家賃を提示して移民労働者をおびき寄せ、彼らの生活が落ち着いて引っ越しが面倒に感じる頃に、家賃を吊り上げる。
しかも、その住居は、築50年の老朽化した炭坑労働者用の長屋式住宅で、それを5人でシェアしている。
つまり、アマゾン、派遣会社、大家が、寄ってたかって移民を食い物にしている。
ところが、ワンクリックで好みの商品を手に入れるイギリスの中流階級には、このアマゾン倉庫内の現実は見えていない。それは1世紀前、インドの搾取工場の現実が見えなかったのと同じ。見かけは変わっても本質は変わっていない。

衰退と不安定雇用

たしかに、2011年以降、町ではルーマニア人の脅威≠煬セわれている。しかし、その脅威や不安の正体を住民らもつかみつつある。
40年前、炭坑も発電所も、熟練労働者が大勢雇われていた。機械工、電気技師など、いい仕事ばかりだった。しかし、熟練労働は消えて行った。炭鉱も発電所も閉鎖・縮小され、製造業は、労働者の権利にうるさくない国に生産ラインを移転していった。
多くの労働者が、失業保険と不定期で短期の仕事で食いつないだ。
アマゾンの進出の話に、町は「衰退の20年が終わって経済が再生する」と期待し興奮した。
アマゾンは来たが現実は違った。雇用創出は、不安定で低賃金で屈辱的な仕事だけだった。アマゾンの仕事では家族を養ったり、家を買ったりできない。
さらに、資本主義の強大な力によって、イギリスの労働者の昔ながらの生活や文化が破壊され、アメリカ流のそれに圧倒されていく。このことに脅威と不安を感じた。 「仕事がない。あっても最低賃金で、短期契約と恐怖にもとづく仕事だ。昔は誰もが『おれは炭坑夫だ』と誇りをもっていた。しかし、いまは『アマゾンでちょっと働いているだけ』という」(元・炭坑の機械工)
「町全体が40、50年前より貧しくなった。それでもアマゾンの要求をすべて受け入れなければならないのか?町は東欧人だらけ。でもそれが、われわれが対抗しなきゃいけない相手なのか?」(労働党の地方議員)
「たくさんの仕事が生まれるはずだったのに。いま、この町では怒りが渦巻いている。誰もがアマゾンでは働きたがらない。腕におかしな機械をつけられて」(子育て中の女性)
進出当初の期待と興奮はとうに消え失せ、怒りに転化していた。その怒りは移民に向けられたものではなく、アマゾンのやり方にたいするものだった。イギリスの労働者は、アマゾンに動物のように働かされることを拒むようになっていた。だから、アマゾンは、東欧の移民労働者の確保に必死になっている。
アマゾンの雇用を拒むイギリスの労働者はむしろ健全な感覚だろう。ところが、新自由主義的な見方からはしばしば「恥」とされている。
私が話した地域住民の多くは労働党の支持者だが、そのほぼ全員が、国民投票(2016年6月実施)で「EU離脱に投票する」と言った。
大事なことは、彼らの選択の真意は、移民の拒否ではなく、町の著しい衰退と不安定な雇用しかもたらさないアマゾン流の資本主義の拒否であった。(つづく)