未来・第267号


            未来第267号目次(2019年4月4日発行)

 1面  福島原発事故から8年
     国・東電は責任をとれ
     さようなら原発”1万人
     3月21日東京

     土砂の投入をやめろ
     首相官邸前に2500人
     3月16日

     辺野古新基地
     新工区着手に怒り
     「政府が普天間を固定化」

 2面  争点
     改憲攻撃と日米同盟(下) 汐崎恭介
     「97年転換」と第3次安保闘争

 3面  若狭の老朽原発うごかすな
     地元・高浜町で全国集会
     3月24日      

     主張
     4月統一地方選の課題
     維新政治を終わらせる好機     

     「低い均等待遇」求めていない
     郵政ユニオンが全国拠点スト

 4面  焦点
     「強制不妊救済法案」の問題性 木原 繁
     国と国会は、謝罪と補償を

     私と天皇制B
     「昭和は輝いていた」ならば「平成も輝く」か

 5面  強まる官邸独裁・強権政治
     前川喜平さんが奈良で講演

     生活保護引き下げ違憲訴訟
     地裁が国に「合理性示せ」

     (シネマ案内)
     天皇制国家に挑んだ二人
     ―映画『金子文子と朴烈』―
     監督 イ・ジュンイク 2017年 韓国

     (短信)
     国が原発経営の支援へ
     現状では継続困難認め

 6面  長期連載―変革構想の研究 最終回 アソシエーション(4)
     21世紀のオルタナティブとは何か
     請戸 耕市

     (おわびと訂正)

       

福島原発事故から8年
国・東電は責任をとれ
さようなら原発”1万人
3月21日東京

さよなら原発全国集会でメッセージボードを一斉にかかげる参加者たち(3月21日 都内)

「3・11」福島第一原発事故から8年。「核と人類は絶対に共存できない」という思いの下、脱原発社会の実現を目指す「さようなら原発全国集会」が3月21日、東京・代々木公園で開催された。参加者は1万人に上った。主催は、「さようなら原発」一千万署名 市民の会。福島原発告訴団や避難者支援の団体などからきびしい現状が訴えられた。

呼びかけ人でルポライターの鎌田慧さんは「自分たちが儲かれば人が死んでもかまわないと、全くモラルを欠いている。東海第二原発は、40年を経過しているにもかかわらず、さらに20年も稼働させようとしている。それを規制委員会は許可した。皆さんの住んでいる自治体で原発再稼働するなと議会を動かす取り組みをおこなおう」とあいさつした。

反原発の地方議員を

続いて福島原発告訴団・人見やよいさんが発言、「原発事故から8年。まるで終わってしまったかのように復興だとか、安心だとか、帰還政策だとかが推し進められている。被害の訴えや不安に怯える声には『風評だ』、『福島差別だ』と、まるで私たちが悪いかのように言われる。福島県内3000台のモニタリングポストのうち、被災地域以外の2400台を撤去したいという。福島の汚染土、焼却灰を全国の建築に使おうという動きもある。一番の問題は、原発事故の責任をだれもとっていないということ。9月に出る判決は、必ず有罪を勝ち取れるよう署名に協力をお願いしたい。この後の地方統一選挙、原発に反対する候補者を私たちの手で当選させ、安倍政権にNOを突きつけよう」と訴えた。

自主避難への迫害

福島から、避難の共同センター世話人の熊本美彌子さんは「2年前に住宅提供が打ち切りに。国家公務員宿舎に住む150世帯が、2倍の賃料を払えなければ3月で追いだされる。70世帯の行き先が決まっていない。福島県による民間住宅への住宅補助を打ち切られる人たちがいる。政府によって、自主避難者にたいする見せしめがおこなわれている。避難解除地域の居住率は20パーセントに過ぎない。政府や福島県は、年間20ミリシーベルト以下ならば健康に害はないと言うが、誰もそれを立証していない。私たちは自分たちの本能の力で、真実を見つけていこうと考えている。そのような目をもって、原発のない新しい世の中にしていきたい」と述べた。

自分の問題として

続いて東海村村議会議員の阿部功志さんは「東海第二原発は、去年11月28日で40歳になったが、20年の運転延長が認められてしまった。原電の年間の純利益は17億円だが、安全対策費用は3000億円にふくれあがっている。そこには廃炉の費用1800億円は含まれていない。そこで東京電力や東北電力が金を出すという話がでてきた。東電は東海第二原発を動かすために、福島事故の被災者への保障を打ち切って、1900億円にも上る支援をしようとしている。経産省は、東海第二原発が稼働しなくても2020年頃から年間110億円が入る制度を作った。全額税金でまかなう。こんなことをする反社会的勢力を野放しにしておいていいのか。電気料金が知らないうちに上がるからくり≠伝えていく必要がある」
「去年3月、東海第二原発に限って新安全協定ができた。東海村と周辺5市の首長の同意がなければ原発は動かせないものと私たちは理解しているが、原電はあいまいにしている。周辺の30キロ圏内には96万人が住んでいる。どう考えても事故のときに全員が避難するのは不可能。多くの人が自分の問題ととらえることによって世の中の動きは変わる。ともに手を携えてがんばろう」と述べた。
続いて、沖縄一坪反戦地主会、戦争させない・9条壊すな! 総がかり行動、福島連帯キャラバンから発言が続いた。最後に集会決議文が採択され、渋谷方面と原宿方面の2コースに分かれてデモに出発した。

土砂の投入をやめろ
首相官邸前に2500人
3月16日

首相官邸前で辺野古への土砂投入に抗議する人たち(3月16日)

「沖縄県民投票の黙殺を許さない! 辺野古新基地建設反対!首相官邸前アクション」が3月16日おこなわれた。主催は「止めよう! 辺野古埋立て」国会包囲実行委員会。2500人が参加した。官邸前の集会では「辺野古」県民投票の会代表の元山仁士郎さんなどがアピールした。

辺野古新基地
新工区着手に怒り
「政府が普天間を固定化」

辺野古浜で開かれた海上大行動浜集会(3月25日 名護市内)

民意無視許さない

3月2日 名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前で、毎月第1土曜日の県民大行動が開かれ、これまでで最多の1300人が参加した。2月24日の県民投票で示された「埋め立て反対」の民意に背き工事を続ける安倍政権を強く批判した。
引き続き、「2019年障がい者辺野古のつどい」が開かれ、全国から結集した障がい者をはじめとして400人の市民が参加。

「さんしんの日」

4日 沖縄は「さんしんの日」で、午後0時全島一斉に三線が奏でられ平和を祈った。キャンプ・シュワブゲート前でも三線が奏でられた。
16日 那覇市おもろまち新都心公園で「土砂投入を許さない! ジュゴン・サンゴを守り、辺野古新基地建設断念を求める3・16県民大会」が開かれ県内外から市民1万人が参加。稲嶺進共同代表は「2月の県民投票で民意を示したつもりが、防衛省はその結果が出る前から工事を続行するつもりだった。そんな話があるのか」と怒りのこぶしを突き上げた。
謝花喜一郎副知事は玉城デニー知事のあいさつを代読し、「辺野古が唯一と政府がこだわることこそ普天間の固定化につながる。辺野古埋め立て反対の民意を尊重し、たたかい続ける」と決意を表明した。

新工区で土砂投入

25日 午後3時頃、沖縄防衛局は辺野古新基地建設で新たな工区への土砂投入を開始した。海上抗議団は、早朝より抗議船9隻、カヌー45艇に100人が乗り込み「工事をやめろ」と抗議の声を上げた。キャンプ・シュワブゲート前では最大600人が結集した。ゲート前は抗議のデモで埋め尽くされ、工事車両は入れなかった。
午後から辺野古の浜で「土砂投入許さない海上大行動浜集会」が開かれ700人が参加。安次富浩ヘリ基地反対協共同代表は「県民投票で示された民意を無視する政府の暴挙を許してはいけない」と呼びかけた。(杉山)

2面

争点
改憲攻撃と日米同盟(下) 汐崎恭介
「97年転換」と第3次安保闘争

日米安保の再定義と構造改革路線
辺野古に土砂を投入している大林組に抗議のスタンディングがおこなわれた(3月22日 JR品川駅)

日本においても冷戦後の日米安保同盟の再定義と新自由主義への政策転換は同時に進行した。97年の日米ガイドライン改定と橋本「6大改革」(小泉構造改革はこれを踏襲したもの)の提唱である。このとき、日本の支配階級は、すべてにおいて日米同盟を最優先させることを決断した。それによって米国が主導するグローバリゼーションの波に乗り、バブル崩壊以降の日本経済の低迷を打開するという賭に出たのだ。これを「97年転換」と呼ぶことにしよう。
97年ガイドライン改定の直接の目的は、日本の有事法体制を早急に確立して日米共同作戦を実行可能にすることであった。その次の目標は、憲法を改悪して集団的自衛権を行使できるようにすることであり、06年の第1次安倍政権はそれを目指していた。しかしその野望は「聖域なき構造改革」路線に対する民衆の怒りに爆発によって粉砕された。
今日の安倍政権による改憲攻撃は、97年転換以降の日本の支配階級による攻撃の延長である。しかし日本を取り巻く情勢は、97年時と比べて様変わりしている。第1に、07〜08年サブプライムローン危機の爆発によって新自由主義グローバリゼーションはその破産が明らかになっている。第2に、トランプ政権の登場に象徴されるように、米国はじめ先進諸国内部でグローバリゼーションに背を向ける勢力が台頭している。第3に、この20年余の間に中国がGDPで日本を抜いて、世界第2位の経済大国となり、東アジアをめぐる状況が激変している。もはや米国覇権の時代が終りを迎えつつある。第4に、以上のすべてを集約する事態として、「最後の冷戦」といわれる朝鮮半島の南北分断体制が解消に向かっている。

日本政府 対 沖縄県

そしてこれが実践的には最も重要な点であるが、第5に、日米同盟再編の要とされた沖縄の米軍基地問題が20年以上を経て、その解決に向かうどころか、いまや日本政府と沖縄県との辺野古新基地建設をめぐる全面的な対立へと発展していることである。
われわれの眼前で進行しているのは、2014年の翁長県政の誕生からすでに4年余にわたって、「沖縄の自己決定権の行使」を掲げ、辺野古新基地建設に反対する「オール沖縄」が、地方政府(沖縄県)の権力を掌握し、中央政府(日本政府)と対峙しているという事態である。これは本質的に言えば、中央権力に対する地方権力の反乱であり、内乱である。
日本政府が辺野古新基地建設強行にこだわっている最大の理由は、オール沖縄を解体し、内乱を鎮圧することにあると言っても過言ではない。だからこそ政府は、機動隊の暴力を前面に押し立て、法も民主主義も無視するという文字どおりの内乱鎮圧の手段に訴えているのだ。それは日本社会に根深く存在する植民地主義を、むきだしの国家暴力という形で可視化している。そうやって沖縄から燃えあがった反乱の火の手をあらゆる場所に拡散しているのである。これは日本政府の政治的敗北である。

首相官邸前で辺野古工事強行に多くに人が抗議の声をあげた(3月16日)

オルタナティブの創造

以上から明らかなように、「97年転換」は、同盟再編という面においても、新自由主義政策という面においても全面的に破産している。安倍政権の最大の矛盾点は、破産した「97年転換」をあくまで強行しようとしていることにある。米国がすでに世界の警察を演じるだけの経済力を喪失しているときに、日米同盟を維持するということは、日本が米国に代わって、近隣諸国との政治的軍事的緊張関係を増幅させながら、「日米安保」のための軍事的財政的負担を限りなく引き受けるということである。また、資本にたいする抜本的な規制強化を回避して、金融・財政の両面にわたる大規模な緩和策をとったことによって、国内に深刻な階級矛盾を生み出している。日本の貧困率は15・6%(2015年)である。これは世帯の可処分所得が年間122万円以下の貧困層が1970万人存在するということだ。重大な危機が進行している。
ここ20年余にわたる国内のあらゆる闘争は、この97年転換(日米同盟再編と新自由主義政策の一体的展開)にたいするたたかいであったと言っても過言ではない。そのたたかいの全体を仮に第3次安保闘争と呼ぶとすれば、それはこうした現状を根本的に変革する民衆運動であり、その全体をつらぬくテーマは、「97年転換」に対置すべき政治・経済・文化の全面にわたるオルタナティブを民衆の側から創造することである。

沖縄県の経済戦略

この点で注目したいのは、沖縄県が2015年に策定した、「沖縄県アジア経済戦略構想」である。それは「沖縄の地理的優位性を生かし、アジア経済と連動することで、アジアの活力を取り込み沖縄県の自立型経済を発展」させるために、「沖縄の持つ地域力、文化力、人間力、自然力等のソフトパワーを活かし」「リーディング産業の拡充・強化や、国際物流拠点の形成を進める」というものである。この経済戦略で沖縄県は「日本とアジアの架け橋となる」ことをめざしている。それは軍事同盟に依拠しない地域的な安全保障構想という画期的な側面を持っている。当然にもこの経済戦略は日本政府が進めている米軍基地強化や島嶼局地戦争を想定した南西諸島への自衛隊配備とは相容れない。もちろん沖縄県は日米安保体制を否定しているわけではない。むしろ肯定的な立場を表明している。しかし一方で、日米同盟一辺倒の日本政府に対して明確なオルタナティブを提示しているのである。オール沖縄のたたかいは、現時点における第3次安保闘争の最高の到達点であるといえるだろう。
このような沖縄の状況に比して、国内の政治状況は依然として危機的である。内閣支持率は40%前後という高水準を維持しており、国会内では安倍政権に対決できる勢力がいまだ存在していない。この状況をいかにして打開すべきだろうか。

新しい政治的表現

この問題を解くカギは、くり返しになるが、日米同盟の再編が新自由主義政策と一体的に展開されてきたことにある(かつての60年安保闘争や70年安保闘争も、石炭から石油へのエネルギー転換や基幹産業における合理化攻撃と一体的に進行していた)。
日米同盟の再編が新自由主義政策と一体的に展開されてきたということは、それと対峙する第3次安保闘争の主体はあらゆる地域や階層にまたがって存在しているということである。新自由主義攻撃とは、労働法制の解体などの規制緩和策、社会保障制度や公共サービスを解体する民営化に加えて、低賃金政策と一体となった低所得者層からの金融的収奪の全体のことであり、新自由主義とのたたかいとは、野放しにされた資本の暴力に対する強力な規制や統制を求める広範な住民の運動である。その闘争主体の多様性は、到底、既成政党の狭い枠組には収まりきれるものではない。だからこそ、沖縄では政党の枠を超えた「オール沖縄」というまったく新しい政治的表現形態の登場が必要だったのである。こうした新しい政治的表現形態は、特定の(狭い)利害しか代表することができない既成政党による政治をその根幹から脅かす力を持っている。玉城知事が選挙で圧勝した理由も、県民投票が圧倒的な成功をおさめた理由も、そして日本政府がオール沖縄を恐れる理由もここにある。つまり、国内の政治状況を打開するには次のことを理解しなければならない。それは第3次安保闘争という観点から見たとき、新自由主義攻撃によって踏みつけられた、住民の広範な怒りに根差した運動を推進することと、改憲攻撃と対決することは完全に一体であるということだ。そしてその全体を包み込む新しい政治的表現形態を民衆運動の中から創造しなければならないということだ。
韓国のろうそく革命がそうであるように、フランスの黄色いベスト運動がそうであるように、この運動の中にこそ、資本主義に代わる新たな社会をめざす体制変革のエネルギーがあるのだ。(了)

3面

若狭の老朽原発うごかすな
地元・高浜町で全国集会
3月24日

全国集会に先立っておこなわれた関西電力高浜原発にたいする抗議と申し入れ(3月24日)

様相一変の高浜原発

3月24日、福井県高浜町で「老朽原発うごかすな! 高浜全国集会」がひらかれ、関西、福井、名古屋などから350人が集まり、老朽高浜1・2号機、美浜3号機の再稼動をたくらむ関西電力に対する、第一弾のたたかいとしてたたかいとられた。主催は〈原発うごかすな! 実行委員会@関西・福井〉。
本集会に先立ち、関西からの参加者を中心にした有志による「高浜原発ゲート前行動」が取り組まれた。高浜原発直近の展望所に集まった参加者は、若狭の原発を考える会・木原壯林さんのあいさつをうけて、原発北ゲートまでデモ行進。関電への申し入れをおこなった。
高浜原発は様相を一変させていた。高浜1・2号機は包帯をぐるぐる巻きにされたかのように、敷地内のあちこちで工事がおこなわれている。

地元から発言続く

午後2時から高浜町文化会館で全国集会が始まった。司会は反原発自治体議員・市民連盟関西ブロックの二木洋子さんと、若狭の原発を考える会・木戸惠子さん。
主催者あいさつで木原壯林さんは、「なんとしても老朽原発の再稼動を止めるために、さらに大きな声を上げよう」と訴え、5月19日の関電包囲全国集会に大結集しようと呼びかけた。
福井から中嶌哲演さん、全国各地で反原発をたたかう団体から東海第二原発の地元(メッセージ)、東京・たんぽぽ舎、柏崎刈羽原発絶対反対地元住民有志(メッセージ)、脱原発アクションin香川からアピールがあった。また全国からメッセージが寄せられた。
名古屋でたたかわれている高浜1・2号機、美浜3号機についての老朽原発廃炉訴訟当事者から、40年廃炉訴訟市民の会共同代表・草地妙子さんと、40年廃炉訴訟弁護団長・北村栄さんが同訴訟の現状を報告。ともにたたかう決意を語った。
「老朽原発うごかすな!」の掛け声とともに一斉にプラカード掲げるアクションをおこなったあと、京都府北部の宮津市、舞鶴市、綾部市、若狭湾一帯の福井県高浜町、おおい町、小浜市、若狭町、美浜町、敦賀市、滋賀県高島市の住民から、地元での取り組みの報告、現状が語られた。
労働組合の発言として、ユニオンネットワーク・京都、釜ヶ崎日雇労働組合、フォーラム平和関西ブロック、福井県労連、京都総評からたたかう決意を受けた。閉会あいさつをオール福井反原発連絡会の林広員さんがおこなった。
集会後、町内デモにうって出た。先導車両から地元住民向けのアピールが流され、デモ隊列からはコールが響きわたり、家の外に出て迎える人、2階から手を振る人などが多数見られた。
3・24高浜全国集会は、老朽原発再稼動を止める第一弾として勝ち取られた。引き続き、5・19関電包囲全国集会を成功させよう。来年7月(高浜1号機)といわれる老朽原発の再稼動にたいして、創意工夫を凝らした闘争を取り組もう。老朽原発の再稼動を絶対に止めよう。(仰木 明)

主張
4月統一地方選の課題
維新政治を終わらせる好機

大阪市の有権者にとってはダブル選挙ならぬ「4重選挙」の投開票がまじかに迫った。同日実施になるため、地方議員選挙では維新候補者の追い風となると評されている。松井と吉村は、破産した密約の相手の公明党だけを一方的に悪者とし、維新を有利にしようとする極めて身勝手な党利党略で大阪府知事、大阪市長の辞任を強行した。だが維新は大阪「都」構想に反対の公明党となぜ、どのような密約を結んだのか、理由や経緯などを明らかにしない。大阪市の廃止という重大事を政党間の密約で進めようとし、それが破綻したから「民意を問う」という。しかし維新に何ら成算はない。4つの選挙すべてに勝たなければ死に体となる。
堺市では竹山市長の政治資金収支報告書の記載漏れをめぐって追及がおこなわれている。維新市議団は市長不信任決議案を提出したが真相究明などそっちのけ。市長の座をかすめ取り、他の選挙を有利するねらいで選挙に持ち込もうという維新の醜悪な延命策動だ。

だましの政治

「(反対派は)大阪市が無くなると不安をあおっているだけです。大阪都構想は役所の役割分担の話。この駅前が消えてなくなるのか。(大阪市の)土地や街並みが無くなるわけじゃない」。
2017年5月の住民投票で、都にもならず大阪市を廃止する構想だと正しく認識していた人のうち9割近くが住民投票で「反対」を投じた。 だから維新は大阪「都」構想が大阪市を廃止するものだというシンプルな事実を隠す。今回の選挙でも詭弁を繰り返している。当時の大阪市長だった橋下徹は、「大阪都構想の住民投票は1回限り」と言っていたがこれもだましだった。反対が圧倒的だと見るや、カジノについては選挙で何も言わない。

大阪の破壊すすむ

大阪の教育は深刻だ。吉村は「維新は大阪市の教育予算を5倍にした」とウソをふりまいているが、その破たんがあらわになるや、矛先を現場教師に向け、「テスト成績の結果によって学校ごとに教員の給与額に反映させる」とぶちあげた。1回の「チャレンジテスト」で高校受験の内申点が決められる。府立高校は、「3年連続定員割れ」で廃校の対象とされ、これまで6校が廃校になった。現場では慢性的な教員不足と長時間労働が深刻。「子どもの貧困」も大阪府は全国ワースト2位。大阪府が16年に実施した子どもの実態調査によると子どものいる世帯の貧困率は14・9%にも及ぶ。
維新は「大阪経済はよくなった」と宣伝する。しかし彼らが挙げるのは「インバウンド(外国人の訪日旅行者)の増大」でしかない。大阪府内の経済成長率は全国平均に追いつかず、東京や愛知などの大都市部との差は広がりつつある。製造業では事業所、従業員、出荷高ともに全国シェアを下げ続けている。
府民の所得や消費は増えていない。家計消費も落ち込んだまま。18年度の府予算をみると、大阪経済の主役である中小企業へのものづくり支援予算は07年度の4分の1、商店街など小売業振興予算は25分の1に激減させている。そして「IR=カジノ」など、ゼネコン浪費の大型事業にまたぞろ巨額の税金を注ごうとしている。

安倍を串刺しに

安倍の改憲戦略には維新との二人三脚がある。「過労死促進法」とまでいわれた「働き方改革」法案やカジノ実施法案採決を強行した昨年夏の通常国会では、安倍内閣が提出した81本の法案で維新が反対したのは、参院選挙制度改定案と受動喫煙対策法案の2本だけ、賛成率97・5%であった。会期末、7月19日の衆院本会議。日本維新の会は野党5党が提出した安倍内閣不信任案に反対。「改憲に協力しなければいつでも維新と組んで切るぞ」と公明党を脅す装置ともなっている。
「都」構想は完全に行きづまった。維新政治を終わらせる大きなチャンスだ。維新を倒して、安倍改憲を阻止しよう。(剛田 力)

「低い均等待遇」求めていない
郵政ユニオンが全国拠点スト

3月19日、神戸市・灘郵便局前でおこなわれた郵政産業労働者ユニオン(郵政ユニオン)のストライキ集会(写真左)に参加した。郵政ユニオンは2月以降、賃上げ、非正規雇用労働者の待遇改善と正社員化、大幅増員などの春闘要求を掲げ、日本郵政グループと交渉を重ねてきたが、4年連続のベアゼロなど納得のいく回答が得られなかった。
この日、全国の拠点でストに入った。灘郵便局でも、郵政ユニオン灘支部に属する非正規雇用労働者の組合員4人がストに突入。局前でひらかれた集会には、郵政ユニオン近畿の各支部、兵庫労連、神戸地区労などの労働組合、地元の市議会議員らが多数支援にかけつけた。
日本郵政は、昨年春闘で非正規雇用労働者の中に差をつけながらわずかの待遇改善をおこなう一方、一般職(正社員)への住居手当廃止などの不利益変更をおこなった。「低い方に合わせる均等待遇」など労働者は求めていない。社会的にも大きな批判が起こった。今春闘でも同様の手法で、扶養手当を無期転換した非正規雇用労働者にのみ新設し、その一方、正社員の扶養手当のうち配偶者に対する部分を12000円から6000円に引き下げた(子どもへの扶養手当は3000円から6000円に上げる)。JP労組は反論もなくあっさりこれを認め妥結。JP労組はむしろ、この妥結内容を誇らしげに打ち出していたようだ。対して郵政ユニオンは、会社の業績が上向いているにもかかわらずあくまでベアゼロを続け、さらに結局は会社の持ち出しなしという誠実さのかけらもない回答を到底受け入れることはできないと、ストに踏み切った。郵政ユニオン労働者の訴えからは、そんな思いが伝わってきた。
ストに入った労働者は、「ストを含め最も原則的にたたかう労働組合である連帯ユニオン関生支部への弾圧を許さず連帯してたたかう」と表明した。
昨年と今年の日本郵政(結託するJP労組)の動きには、労働契約法20条裁判の影響がまちがいなくある。まがりなりにも非正規雇用労働者に手当や休暇などを一部認めざるをえない状況になっていることは、昨年末と今年1月の東西の高裁判決で手当、休暇の一定部分が認められ、最高裁でもそれが認められると判断しているからではないか。裁判闘争や、その他様々な取り組み、そしてスト。あらゆる運動を一体的に大きく展開させることで、非正規雇用労働者のさらなる権利拡大がかち取れる。この日のストは、そのような運動の新たな出発点となった。(浅田洋二)

4面

焦点
「強制不妊救済法案」の問題性 木原 繁
国と国会は、謝罪と補償を

与党ワーキングチーム(WT)と超党派議連(以下、2つをあわせて「議員団」)は3月14日、旧優生保護法(以下、「旧法」)をめぐる「強制不妊救済法案」の決定を発表し、4月中成立の方針を打ち出した。国は、飯塚淳子さんの国に謝罪と補償を求める1997年以来の訴え、4度にわたる国連の勧告、日弁連の厚労相宛の意見書(2017年)等をことごとく無視、門前払いにしてきた。しかし、昨年1月以降の全国7地裁計20人による国賠訴訟に追いつめられたあげく、ついに国会は「法案」発表を余儀なくされることになった。

被害者の思いと尊厳をふたたび踏みにじる暴挙

法案の前文の前半は次のように書かれている。
「1948年制定の旧優生保護法に基づき、あるいは同法の存在を背景として、多くの方々が、特定の疾病や傷害を有すること等を理由に、96年に優生手術に関する規定を削除する改正が施行されるまでの間において生殖を不能にする手術または放射線の照射を受けることを強いられ、心身に多大な苦痛を受けてきた。このことに対して、我々は、それぞれの立場において、真摯に反省し、心から深くおわびする」。
「生殖を不能にする手術」を合法化し、「心身に多大な苦痛」を与えた者は誰かという核心問題から逃げ回り、「我々」なる言辞をもってそれをごまかす意図が鮮明な文章だ。「我々」について、与党WT座長の田村憲久(元厚労相)は次のように言う。「政府と国会が含まれる。広くは地方自治体、優生思想という風潮があったことからすると社会も含まれるかもしれない」。つまり、「我々」は、「政府・国会含んだ1億総ざんげ」のペテン的な言説で国の責任を他に転嫁するものなのだ。
法案の問題点はそれにとどまらない。補償でなく「一時金」。しかも国賠訴訟で求める1100万円〜3850万円に対してわずか320万円である。人間として全否定したことの償いがこんなもので許されるのか。再び三たび被害者の尊厳を傷つけ侮辱するものでなくて何か。
さらに、旧法の違憲性・違法性について言及を認めない。謝罪を「おわび」に。本人への通知はせず、支給の対象は名乗り出た者のみとする。被害者認定について20数年訴えを無視してきた厚労省内に設置した審査会でおこなう、などなど。
以上は被害当事者や被害弁護団の訴えをことごとく無視したものであり、「一時金」についても事前の提案さえなかった。法案は、文字どおり、被害者不在の上からの一方的通告いがいの何ものでもない。

原告・家族たちの怒りと憤り

●飯塚淳子さん(法案について)「私たちの前で首相や大臣たちは謝ってほしい」 (昨年5月の提訴のあと)「(いくら裁判に勝っても)心が晴れることはないです。人生がなくなってるんですもん。消えることはないです。これは」
2月8日の仙台地裁の証人尋問で、国側代理人が飯塚さんに投げつけた言辞を見よ。「訴訟を起こすために活動を続けてきたのか」
飯塚さんは、この下劣かつ冷酷な国の態度を全身を震わせて糾弾した。
「いいかげんなまま問題を片付けられて人生が終るのは困るんです。優生保護法のことだけで人生が終ってしまう。ずっとそういう(差別的な)扱いを受けてきたんですよ」 ●小島喜久夫さん(10代後半に不妊手術を強制された)
「国の謝罪も明記されておらず納得できない。旧法があったから、手術を受けさせられた。国が作った法律がすべての大本だ」、「生身の体にメスを入れられ、死ぬまで子どもができなくなった。手術のことは周りに言えず、妻にもウソをついた。お金が欲しいわけじゃないが、あんまりじゃないか。これだけのことをされて320万円とは … 」
●渡辺数美さん(小学生の時に不妊手術を強制された)
「人を愚弄するのか。臭い物にふたをして、問題を早く幕引きしたいのだろう」。提訴している以上、一時金の支給を請求するつもりはないと断言し「裁判所は国の言いなりにならず良心ある判断をしてほしい」。
渡辺さんは昨年10月10日の第1回口頭弁論で、涙ながらに次のように語った。
「この裁判で、否応なしに手術するという国の傲慢さを追及したい。国に一矢報いなければ、死んでも死にきれない」。国の争う姿勢にたいしては「障がい者も、健常者と同様に生きる権利がある。こんな仕打ちができる国は、血も涙もない」。
●鈴木由美さん(生まれつき脳性まひで12歳で強制不妊手術を受けた)
手術の光景を思い出すと恐怖で身体がけいれんする後遺症に悩まされ33歳頃までほぼ寝たきりだった。「おわび」の主体がはっきりしないと指摘し、「(強制不妊問題が)誰の責任か、ぼやかされている。取り返しのつかないことをしたのは政府や国会だとはっきりさせた上で謝ってもらいたい」、「手術によって奪われた青春や人生がこれだけの価値と言われたようで寂しい」
●佐藤路子さん(15歳の時、不妊手術を強制され、昨年1月に全国初の国賠訴訟を仙台地裁に起こした佐藤由美さんの義姉)
「強制手術を認める法律があったから、地方自治体も医師も従った。責任を負うのは『国』だということをきちんと明記すべきだ」、「(救済法は)障がい者を見下しているとしか思えない。こんな法律が成立すれば、さらに障がい者の名誉と尊厳は傷つけられる」

すべての原告・被害者にたいする国の謝罪と補償を

原告やその家族たちの怒りは、法案の問題性、欺瞞性を核心的に暴いている。そして、あらためて「旧優生保護法による強制不妊手術 国は謝罪と補償を」の要求の全面的正当性を明らかにしている。
旧法は子どもや家族をもつことの自己決定権の侵害という一点で明白な違憲である。1966年に旧法が廃止され、「母体保護法」に改定された理由が障がい者差別であったという事実そのものが、「旧法=違憲」の動かぬ証明だ。
旧法の第1条は「この法律は、優生上の見地から不良の子孫の出生を防止するとともに、母体の生命健康を保護することを目的とする」である。
旧法は、このような目的のもとに、障がい者にたいして強制不妊手術・中絶手術や子宮摘出などをおこなうことをとおして、障がい者を子々孫々にわたって社会から合法的に絶滅していくことを本質としている。それは、ナチス・ドイツの「T4作戦」のような障がい者の直接的な大量殺害を自己目的的におこなったことと形の上では違うが、その本質において異なるところはない。
以上のような諸点に鑑み、旧法とそれに基づく「同意」を含む2万人超の強制不妊手術は「人道にたいする罪」という以外にない国家犯罪であった。

日本国憲法施行の翌年の1948年に全会一致で成立した旧法は、阪神淡路大震災の翌年である1996年(「平成8年」)まで半世紀にわたって続いた。国によるこの戦後最大の人権侵害にたいして、つい最近まで私たちの社会は障がい者差別への屈服と加担、旧法への無知・無関心によってこれを支えてきた。筆者自身、このことを心から恥じ、反省し、被害当事者と連帯して国の謝罪と補償を勝ちとることをとおして、二度と繰り返さぬことを固く誓う。

私と天皇制B
「昭和は輝いていた」ならば「平成も輝く」か

この原稿を書いている3月下旬、元号をめぐってメディアが騒ぎ立てている。何ごとにつけ「平成最後の――」を枕詞にうたいあげ、新時代への期待をもりあげようとしている。
政府は事前にもれるのを防ぐため、新元号発表の4月1日、関係者の外出を禁じ携帯電話も没収するそうだ。そこまでして元号にモッタイをつけ、天皇制の神秘性を演出しようとしている。涙ぐましい努力という他ない。
天皇が替り元号が新しくなれば、素晴らしい時代が訪れるという策動など、たとえそれが幻想にすぎないとしても、時代後れも甚だしい。
現在、元号を使っている国は世界中で日本だけだ。私たちは世界で最も遅れた国に住んでいることを自覚しなければならない。
テレビに「昭和は輝いていた」という番組がある。新聞のテレビ番組欄でこれを見たとき、我と我が眼を疑った。2000万人のアジアの民衆を殺し、310万人の自国民を死に追いやった「昭和が輝いていた」とは!
今、日本人の多くは昭和天皇裕仁について、自然観察に熱心で相撲好きのオジサンというイメージを抱いているかも知れない。
しかし裕仁はアジア太平洋戦争の敗戦まで、名実ともに日本軍の最高司令官として君臨し、軍隊の編制や配備・移動はおろか、特攻隊や「慰安所」の設置にいたるまで、すべて彼の裁可を仰いでおこなわれていたのだ。
ガダルカナル島で初めて米軍との地上戦に敗れた陸軍参謀本部はパニックに陥った。このとき裕仁は徹底抗戦を命じ、制海・制空権を米軍に握られたなかで、兵員や武器・弾薬・食糧の輸送が強行された。結果は惨たんたるもので、ほとんどの兵隊が餓死した。厳しい統制下におかれていた新聞でさえ、「餓島」と記した。
私の長兄も「ガ島」ならぬ「餓島」で「戦死」した。享年20歳。既に父を失っていたので、将来を嘱望されていた長兄の死によって、母と残された7人の子どもは大黒柱を失い、家は大きく傾いた。
今、格差と貧困がますます深刻化し、沖縄や南西諸島では戦争準備の基地建設が強行されつつある。
何年か後に「平成は輝いていた」などというフザケタ番組を作らせないためにも、私たちはたたかい抜くことが求められている。
再び、権力者やその太鼓持ちどもに踊らされ、ゴマかされ、利用され、捨てられる愚かな存在になりたくなければ。(Q生)

5面

強まる官邸独裁・強権政治
前川喜平さんが奈良で講演

3月9日、「第16回奈良からつながる市民の集い」が奈良市内でひらかれ、前川喜平さん(元文科省事務次官)が「忖度(そんたく)と改ざんの政治に民衆はどう立ち向かうか」というテーマで講演した。主催は特定非営利活動法人・市民ひろばなら小草。講演要旨は以下のとおり。(文責 本紙編集委員会

安倍政権の危険性

安倍政権が6年以上続いており、その馬脚が現れてきている。大企業の不正、役所の忖度と改ざんなど、日本社会全体がおかしなことになっている。今日、官邸の政治支配がますます強まっている。
統計不正のきっかけは厚労省役人の失態だが、中江元哉・元首相秘書官が登場してきてから、その様相が変わった。統計の抽出や計算方法を変えた。偽装があるのではないか。景気は後退しており、アベノミクスはあきらかに失敗している。
ロシア外交も明らかな失敗。中国や北朝鮮に対する対応のように、権力者が敵をつくり、国民に脅威をあおるやりかたは非常に危険だ。
今年4月から、新たな制度での外国人受け入れがはじまる。しかし、安倍は「移民政策ではない」と言っている。この背景にあるのは「日本は血でつながった日本民族で成り立つ国であり、外国人は日本人ではない」というイデオロギーだ。これでは、必ずヘイトなどの問題がでてくる。
加計学園問題については事実関係が明らかになっている。文科省文書で「いかにして」がわかり、愛媛県文書で「誰によって」が明確になった。安倍総理自身が加計学園の加計孝太郎氏のために行政を私物化したものにほかならない。
安倍政権は人事権をフル活用している。最高裁判事、NHK会長、日銀総裁、内閣法制局長官など、人事権を自分たちの権力の都合のよいように使いこなしているのだ。
2015年9月に、わたしは国会前でシールズのデモに参加した。集団的自衛権は憲法違反であり、国民として許せなかったからだ。
今や、自民党は極右政党になっている。「改憲派でなければ自民党員にあらず」という雰囲気になっている。最高裁判事も官邸になびいている。三権分立が危なくなっている。
新自由主義に抗うために、われわれはしっかり理論をたてるべきだ。競争、市場化にさらしてはいけないものがある。教育と福祉だ。市民社会の公共的分野を守っていこう。

生活保護引き下げ違憲訴訟
地裁が国に「合理性示せ」

3月12日、生活保護基準引き下げ違憲訴訟第16回口頭弁論が大阪地裁大法廷でおこなわれた(写真左は大阪地裁前の集会)。
国の「国際人権規約に法的拘束力はない」という主張に原告側は反論の弁論をおこなった。楠晋一弁護士は、憲法98条2項は「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守する」となっており、条約としての社会権規約は法律より上位に位置していること、社会権規約に基づいた取り消し訴訟や国家賠償が認められていることを指摘した。さらに大阪高裁が15年12月25日、「社会権規約の規定の内容は、法や憲法の解釈に反映されるべき」という画期的判決を出していることも指摘した。
弁論終了後、弁護団は裁判所が進行協議の中で、国にたいして「いいかげんにしろ」と発言したことを明らかにした。国は弁護団の求釈明には抽象的なことしか答えず、裁判所が弁護団の準備書面にたいする反論を国に出すように命じてもいまだに反論を出そうともしていないことに対する裁判所の怒りの表明である。裁判長はさらに「生活保護という行政行為に関しては国は完全に自由な裁量権を持っているわけではない」とも指摘したとのことである。
さらに裁判長は世帯によって条件がまったく違うのに一律下げたことに国は合理性があると考えているのか、合理性があると考えているならその理由を示すこと、基準部会の答申内容を厚労省が勝手に2分の1にしたことについても合理性があるというならその理由を示すことを要求したのである。

(シネマ案内)
天皇制国家に挑んだ二人
―映画『金子文子と朴烈』―
監督 イ・ジュンイク 2017年 韓国

1922年、東京。朴烈は人力車を引いている。代金が不足していたので、客に抗議する。客は「朝鮮人のくせに生意気だ、いやなら朝鮮に帰れ」となぐりかかる。今日のヘイト集団を連想させるかのように、映画はこのシーンから始まる。
金子文子は朴烈の書いた「犬ころ」という詩と思想に魅せられて、一方的に同棲をせまる。金子はこのように大胆で積極的な性格だったようだ。ふたりはアナーキスト思想の同志。23年4月に、在日朝鮮人と日本人で不逞社をつくり、政治活動をはじめる。
同年9月1日、関東大震災がおきる。「朝鮮人が井戸に毒を投げ込んだ」というデマが広がり、自警団による朝鮮人の無差別虐殺がはじまる。社会不安のなかで、9月3日に朴と金子は予防拘禁で逮捕される。
国家権力はふたりの供述をもとに、皇太子(ヒロヒト)暗殺のために爆裂弾を準備したという筋書きをデッチあげ、ふたりを反逆罪で死刑に落とし込めようとする。ここから、ふたりの獄中闘争がはじまる。日本国家を相手に法廷でたたかうのだ。朴烈は日本による朝鮮の不当な植民地支配と、民族の尊厳をあざむく天皇制を批判する。金子文子は獄中で『何が私をこうさせたか』を執筆しつつ、法廷では天皇制国家批判を展開する。
金子は次のように述べている。「如何なる朝鮮人の思想より日本に対する叛逆的気分を除き去ることは出来ないでありましょう。 私は大正8年、中朝鮮に居て朝鮮の独立騒擾の光景を目撃して、私すら権力への叛逆気分が起り、朝鮮の方の為さる独立運動を思うと時、他人の事とは思い得ぬ程の感激が胸に湧きます」(第4回予審訊問調書)、「元々国家とか社会とか民族とか又は君主とか云うものは一つの概念に過ぎない。処が此の概念の君主に尊厳と権力と神聖とを附与せんが為にねじ上げた処の代表的なるものは、此の日本に現在行われて居る処の神授君権説であります」(第12回予審訊問調書)。
ふたりは死刑に処せられることを望んだ。自分たちの死は朝鮮にも報道されるだろうから、そのほうが革命運動にとって重要だと考えた。ふたりの判決は死刑だった。しかし、「天皇の慈悲」という口実のもと恩赦によって無期に減刑される。ふたりはこれに抗議し、書面を破りすてる。
その後、金子文子は宇都宮刑務所栃木支所に移され、ここで獄死した(26年7月23日)。刑務所は首つり自殺と発表しているが、これは疑問視されている。朴列は戦後45年10月27日に出獄し、74年まで生きた。 イ・ジュンイク監督は若き朴烈を植民地支配とたたかった民族の英雄として描いている。現在も徴用工や軍隊「慰安婦」問題に現れているように、朴烈の発する怒りは朝鮮の人々が日本国家にいだいている怒りでもある。金子文子の怒りは今日の非正規雇用労働者や女性の怒りでもある。こういう映画が韓国でつくられたのは朴槿恵政権を打倒した民衆の力があるからだ。これを理解できない安倍政権は、かつての植民地主義者と同じようにふるまい、韓国政府に圧力をかけ、韓国民衆の怒りをかっている。この映画は韓国で235万人の観客を集めている。(鹿田研三)

(短信)
国が原発経営の支援へ
現状では継続困難認め

「原発支援へ補助制度案、経産省検討」と3月23日『朝日』が大きく報じた。20年度末までに創設をめざす。どういう制度か。簡単にいうと、いまのままでは原発の電気はもうからず、電力会社はやっていけないから、倒産しないよう国が乗り出すという話。某大手電力会社幹部は「原発はリスクが大きすぎる。制度支援がなければ続けることは難しい」とぬけぬけと語る。
電力小売り業者が大手電力から電気を買う時に、非化石エネルギー由来の電気(原発、自然エネルギー)を一定割合で買うことを義務づけ、原発電気の「市場価格」に原発を支える費用を転嫁するという制度。原発を「温室効果ガスを排出しない電源」と位置づけ、環境への貢献で付加価値をもたらしているという屁理屈だ。自然エネルギーの伸長を圧迫しながら、高価格の原発電気を買わざるを得ない方向に誘導する。

6面

長期連載―変革構想の研究 最終回 アソシエーション(4)
21世紀のオルタナティブとは何か
請戸 耕市

今年元旦、大阪府警前でおこなわれた関西地区生コン支部弾圧への抗議闘争

アソシエーションはどこに?

アソシエーション(協同組織、協同組合的社会、新しい社会)について、3回にわたって論及してきた。まとめとして5点述べたい。
第1点。〈社会的なもの〉とか、〈潜在しているものを、意識的に顕在化させるのがアソシエーションだ〉と述べてきたが、そういう〈社会的なもの〉とか、〈アソシエーションの萌芽〉というものが一体どこにあるのか、という問題である。
身近な例を二つほど挙げたい(当該の皆さんにたいする僭越をお許し願う)。

関生の運動

一つは、激しい弾圧の最中にある「連帯ユニオン関生支部(以下、関生)」の運動だろう。
関生の運動を、勝手ながら端的に言えば―労働者のヘゲモニーで企業の枠を超え、産業政策をもって、中小事業者を協同組合的に組織し、大資本に立ち向かって規制を加えることで、労働者の雇用と権利を守る―という運動といえるだろう。
これは、日経連会長(1981年)をして「資本主義の根幹にかかわる」と言わしめた通り、大資本の支配を内側から蚕食する―カイコのように侵していく―アソシエーション運動に他ならない。だから激しい攻撃にさらされている。

介護・福祉の取組み

もう一つ例を挙げれば「介護・福祉総がかり行動」だろう。
高齢者の介護という問題が、大げさではなく、人類が未だ経験したことのない、重大テーマになっている。ところが、国家・資本はこれを解決できない。しかし、現実の方はどんどん深刻になっていく。
そこで、介護労働者と事業者と利用者が、立場や団体にとらわれずに大同団結して、改悪を重ねている介護保険制度に立ち向かって、生きるための、ギリギリの取り組みを開始している。
これも紛れもなく〈アソシエーションの萌芽〉だといえる。 二つの例をあげたが、このように見て行くと、実は、いたるところにアソシエーション運動の可能性が見出せるのではないか。沖縄の島ぐるみのたたかいも、そういう観点でとらえ返すことができるではないか。そう考えている。

矛盾を拡大する陣地戦

2点目は、資本主義社会の原理的な仕組みについて若干。

労働とその転倒

一つは、社会をつくっているのは人間の労働だ、ということだ。これはゆるぎない事実。
しかしまた、その人間の労働の力が、資本の力として、つまり、他者の力になってしまって、転倒して発現している。これが資本主義、近代ブルジョア社会だ。
そして、資本や国家が、人間自身の力の発現でありながら、あたかも、自身の手に負えない強大なものであるかのように現れてしまっている。
ここに、支配という問題の難しさがある。しかしまた、人間自身の力で必ず自己を解放できる、という根拠もここにある。

資本の矛盾

今一つは、資本の矛盾についてだ。
資本は、言うまでもなく、徹底的に私的な利害を追求するものだ。しかし、そうでありながら、この私的な利害追求の資本によって社会的な生産が行われている。資本という私的なものによって社会のすべてがつくられている、という矛盾した仕組みになっている。つまり、資本の運動は、〈私的でありながら、社会的である〉という矛盾を抱えている。
この矛盾が、大きなカギをなす。すなわち、〈私的で社会的〉という資本の矛盾を、徹底的に意識的に拡大していく、そういう陣地戦がアソシエーション運動だ、ということができる。そして、矛盾を拡大する陣地戦=社会革命を総括軸に据えてこそ、結節環としての政治革命=起動戦も現実的なものとなる。

歴史の大転換期

3点目。時代は、大きな転換期にさしかかっている、という認識だ。

社会を飲み込む時代

振り返れば、19世紀から20世紀初頭の時期も、歴史の大きな転換期だった。工場法をめぐる労働運動やパリ・コミューン、ロシア革命の時代だ。
端的にどういう時代だったかというと―私的利害を追求する資本の運動が、社会を、ものすごい勢いで飲み込んで行く。人びとが暮らしてきた共同体を破壊し、そこから人びとが放り出されていく。
それにたいして、人びとが様々な社会的な要求を掲げ、さらに革命的な闘争に訴えるが、国家が、公共的な領域をどんどん拡大するという形で、そういう要求や闘争を吸収していく。だから、国家がどんどん肥大化していく。
この時代を一言でいえば、資本と国家が社会を飲み込んで行く時代であった。

社会を破壊する時代

翻って、21世紀の現代は、新自由主義・グローバリズム・金融化の時代だという。それはどういうことか。一言で言ってしまえば、社会にたいして、資本がもはや全く無関心に、その私的利害だけをむき出にして暴走する時代だ。
それは、〈私的な資本が、社会的な生産を行う〉のが資本主義だったが、そういう矛盾したやり方を、これ以上、続けていけないという意味だ。
だから、新自由主義・グローバリズム・金融化は、資本も国家も、私的利害をむき出しにして、社会にたいして破壊しかもたらさない。いま世界中で起こっていることは、まさに社会の破壊ということだ。

歴史の弁証法

つまり、19世紀から20世紀初頭が〈資本・国家が社会を飲み込む時代〉であったが、21世紀は〈資本・国家が社会を破壊する時代〉に局面が転回している。社会の破壊ということは、近代ブルジョア社会―すなわち、人間の労働の力が、資本の力として発現される社会―の、その存立にかかわる歴史的な局面を迎えている、ということだ。
この歴史の大きな転回を貫く動因は、上で見た〈私的で社会的〉という資本の矛盾である。矛盾の故に近代ブルジョア社会は存立してきた。しかしまた矛盾の故に、近代ブルジョア社会が、矛盾の止揚に向かわざるを得ない。そういう歴史の弁証法の貫徹である。
アソシエーションは、矛盾の中からその止揚として産出されていく。

ポピュリズムとオルタナティブ

4点目。オルタナティブ(代案)が焦眉の課題になっている。

焦眉の課題

社会の破壊にたいする人びとの怒りが、差し当たり、ポピュリズムや差別・分断という形で噴出している。それは深刻な問題である。しかし、そこを一皮めくれば、切実な社会的な要求、つまり、雇用であり、生活、教育、医療、介護、環境や社会インフラ、あるいはアイデンティティといった問題について、具体的にどうするのか、という切実な叫びに他ならない。
そのように捉え返すことができる。ではどうして、ポピュリズムや差別・分断なのか?>
それは、新自由主義・グローバリズム・金融化にたいして、オルタナティブ(代案)が見えていないから。まさにこの点に焦眉の課題がある。

労働運動と社会運動

しかしまた、新自由主義・グローバリズム・金融化こそ、オルタナティブを現実化させる。すなわち、資本主義社会がその矛盾の故に、ついに社会を破壊するグローバリズムにまで至り、その矛盾の中からアソシエーションが顕在化していく。
だからこそ、アソシエーションが、運動の具体的な指針になってくる。社会をつくるのは、国家や資本ではなく、労働する諸個人一人ひとりの自覚と行動なのだ。
実際、アメリカの運動に注目する必要がある。グローバリズムによってもっとも激しく社会の破壊が進行しているアメリカで、労働運動と社会運動が地域社会の再生において連携し、グローバリズムとポピュリズムの双方への対抗運動として拡大している。それが政治をも大きく動かしている。
まさに21世紀こそ、アソシエーションの時代なのだ。

革命理論の刷新

5点目。問題は、こういう時代の大転換にたいして、われわれの理論や思想が大きく立ち遅れている、ということである。
革共同は、反スターリン主義を掲げてきた。しかし、本当にスターリン主義と対決し、その根本原因を総括してきたのだろうか?理論においても、体質においても、スターリン主義そのものになってなかっただろうか?
あるいは、マルクス主義を掲げてきたが、それは、マルクスのつかんだ理論を、本当に引き継いできたものだったのだろうか?
反スターリン主義を掲げているから、自分たちは、スターリン主義とは無縁だと思い込んで、真剣な格闘をずっと怠ってきたのではないだろうか?
グローバリゼーションの時代、社会の破壊の時代だからこそ、アソシエーションの時代であり、だからこそ、ヘーゲルやマルクスが問題にしたような、大きな世界観、思想の大きな枠組みといった問題が、改めて、問われていると思う。
だからこそ、もう一度、マルクスを読み直し、単に戦略・戦術の選択ではなく、ましてや解釈の問題ではなく、近代全体を総括するような、世界観や思想の枠組みの次元で、革命理論を考え直すチャンスなのではないか、そういう問題提起をしている次第である。
それが、幾多の敗北の歴史を乗り越える途であり、そして、倒れた同志たち、仲間の皆さん、悪戦苦闘する世界の人びとに報いる途だと確信する。(おわり)

(おわびと訂正)

【おわびと訂正】 本紙前号1面の「関生弾圧 争議に刑事弾圧は違憲」の記事中、熊沢誠さんの肩書きで「研究会『職場の人権』代表」とあるのは誤りで、正しくは「研究会『職場と人権』顧問」です。おわびして訂正します。