関生弾圧
争議に刑事弾圧は違憲
熊沢誠さん 「戦後未曽有の組合潰し」
10日、「ストライキが犯罪か! 労働組合つぶしの大弾圧を許さない集会」(主催 実行委員会)が大阪市立西区民センターで開催された。集会には徳島県の全港湾の仲間も駆けつけ、関西全域から労組、市民、弁護士、知識人など520人が参加した。
集会は全国金属機械労働組合港合同委員長の中村吉政さんと大阪教育合同労働組合執行委員長大椿裕子さんの2人の司会で始まった。主催者を代表して全港湾大阪支部委員長の樋口万浩さんは、全港湾が沖縄で自衛隊関連物品が事前協議協約を無視して運搬された問題で全国ストを構えて交渉中であることを報告しながら、全日建関西地区生コン支部にたいする弾圧の粉砕へ奮起を訴えた。
「胸を張って闘う」
つづいて関生支部副委員長の坂田冬樹さんが現状を報告した。昨年7月18日以来、滋賀県警と大阪府警は延べ63人逮捕(うち組合員57人逮捕)、組合員38人を起訴。120カ所を超える家宅捜査を強行した。なかでも悪質な滋賀県警刑事部組織犯罪対策課による捜査・逮捕・取り調べの状況が詳細に明らかにされた。「捜索令状を読み上げない」、「逮捕状を提示しない」、「早朝4時の家宅捜索」、「家族に組合脱退を強要」という常軌を逸した違法捜査である。さらに警察は「組合事務所の貸与、賃上げも労働組合に脅されたもの」とする見込み捜査で、関生支部が築いてきた労使協定、産別賃金も弾圧の対象にしようとしている。6月28日〜29日のG20大阪サミットにかこつけた弾圧であると弾劾し、関生支部は屈服することなく胸を張って明るく闘いぬくと宣言した。 この後、現在滋賀県警大津署に勾留されている被弾圧者からのメッセージを太田健義弁護士が紹介。「分断を許さず春闘とメーデーをたたかおう。社会を変えるまでたたかおう」という訴えに会場は大きな拍手で応えた。
争議権の破壊
次に甲南大名誉教授で研究会「職場の人権」代表の熊沢誠さんが講演をおこなった。関生支部への弾圧について、熊沢さんは、「関生支部への弾圧は、争議権の刑事免責を否定する戦後未曾有の組合つぶしだ」とし、弾圧の背景として「日本の労働運動総体が著しく後退し、ストのない国になってしまった」ことをあげた。そして「関生支部の運動が産業政策をもって中小生コン事業者を協同組合に組織し、共同受注・共同発注体制をつくって、ゼネコン・セメント資本と対決し価格を維持する仕組みをつくりあげた。こうした資本への挑戦が弾圧された」と弾圧の本質を明らかにした。そして最後に、「この弾圧をめぐって国会で証人喚問するくらいのたたかいが必要だ。良心的労働組合や政党に働きかけて社会問題化していかなければならない」と檄をとばした。
異常な弾圧
連帯あいさつでは、大阪労働者弁護団の中井雅人弁護士、労働組合つぶしの大弾圧を許さない実行委員会・京滋の西村修さん、ひょうごユニオンの小西純一郎さん、元衆議院議員・服部良一さんが発言。
中井弁護士は、「滋賀県警が1つの事件で8か月間にわたって逮捕を繰り返し、検事調べもなしに起訴している。それに同調した大津地裁が保釈を認めず、判決以前に実質的に刑罰を科しているに等しい」とこの弾圧の異常さを指摘した。
服部さんは「労働争議において実力をともなうのは当たり前だ。当たり前の争議権が侵害されている。関西のたたかいの先頭にいた関生支部への弾圧はわれわれへの攻撃だ。この問題に野党がしっかり発言することが重要だ。はっきりモノを言う議員を国会へ送ることが関生弾圧に勝利する道だ」とのべた。
集会決議案を全港湾大阪支部書記長の小林勝彦さんが読み上げ、満場の拍手で採択された。最後に「団結がんばろう」の三唱で集会を締めくくった。
すべての原発を廃炉へ
「3・11」福島事故から8年
各地で集会
「3・11」福島第一原発事故から8年、各地で原発廃止を訴える集会が開かれた。
9日、大阪市内では「さよなら原発関西アクション2019」がエルおおさか大ホールで開かれ、800人が参加し集会後デモ行進(写真)。福井市の「原発のない新しい福井へメモリアルアクション」には500人が参加。同日、滋賀県大津市では「原発のない社会へ2019びわこ集会」に1000人が参加。元裁判官の樋口英明さんは「原発の危険性は被害の大きさがあまりに大きいことと、地震に関しての確率も大きすぎる。このままでは国は滅びる」と訴えた。
10日は、「バイバイ原発3・11きょうと」が京都市の円山公園音楽堂で開かれ、1500人が参加した。
東電3被告に厳正判決を
10b超の津波予想を無視
東電3被告の責任を明らかにする海渡雄一弁護士(10日 都内) |
10日、専修大学神田キャンパスで「東電・刑事裁判 厳正判決を求める全国集会」(主催・福島原発刑事訴訟支援団)がおこなわれた。
福島原発刑事訴訟支援団団長の佐藤和良さんは、この裁判について「日本社会が『法の支配』でなく『人治』になっているなか、何としても有罪判決を勝ち取ることが必要。『法の支配』を取り戻すために、『誰一人裁かれなかった』ということがあってはならない」と話した。
大河陽子弁護士は、双葉病院からの避難について「道路が封鎖されていたため、大渋滞の中を大回りで移動したが、バスの中は排泄物の匂いが充満していた。足元に崩れ落ちた人もいた。高校に着くまでに3人、到着後に11人亡くなった。避難させるべきだったのかなど、検証する意義は大きい」と当時の様子を生々しく報告した。
東電の犯罪
海渡雄一弁護士は、さまざまな記録や証言を引用して被告3人の言い逃れが成立しないことを証明した。
「政府・保安院は地震調査研究推進本部(推本)の長期評価に基づく津波対策の検討を求めてきたが、東電は02年から津波の計算を引き延ばしてきた。保安院のこの対策指示が徹底されていれば事故は防ぐことはできた。東電の津波対策担当・高尾誠氏は推本の長期評価を取り入れるべきだと考えていた。しかし想定される津波の高さが10メートルを超えることがわかり、対策工事の規模が大きくなるので社内が動揺した。同年3月、東電設計が出した津波の高さは福島第一原発の敷地南側で15・70メートル、北側で13・687メートル。東電は東電設計に『計算の条件を変えたり津波の動き方を変えることで津波を小さくできないか』と圧力をかけたが拒否された。
7月31日には武藤栄被告が高尾氏に『土木学会に検討してもらうこと』などを指示。土木学会で検討しても津波の高さが10メートルを超えることがわかっていたが、工事は武藤被告らの判断で見送られ続けた。08年8月には少なくとも13・6メートルの津波に耐えられなければならないことを東電は確認していた。11年には保安院から東電に対して『保安院として耐えられないと判断した時は何らかの指示を出す可能性もある』との連絡が入った。このとき東電は原発を停止せざるをえない可能性があると考えていた。」
3被告の罪は重い
つづいて指定弁護士の論告の重要部分が読み上げられた。
「死亡した人の数は44人、負傷した人の数は13人に上ります。避難を余儀なくされ、長時間にわたる過酷、悲惨な搬送等の状況の中で、命を失わなければいけなかった被害者の苦しみ、無念さはあまりにも大きいものです。被告ら3人は、いずれも、東京電力の最高経営層に属する人達です。それにもかかわらず、福島第一原子力発電所の10メートル盤を超えて津波が襲来する可能性があることを知りながら、何一つ対策をしませんでした。だからこそ、被告ら3人の犯情は、業務上過失致死傷の中でも、極めて重い。よって、被告人ら3人は、禁固5年に処するのが相当である」
2面
争点
改憲攻撃と日米同盟(上) 汐崎恭介
安倍改憲を先取り 新防衛大綱
新防衛大綱・新中期防 ―「専守防衛の逸脱」
昨年12月18日、政府は「平成31年度以降に係る防衛計画の大綱」と「平成31年度から平成35年度までを対象とする中期防衛力整備計画」(中期防)を閣議決定した。新しい防衛計画の大綱では、「中国の軍事力拡大」が「地域・国際社会の懸念事項となっている」と記し、攻撃型兵器の導入や南西諸島への自衛隊配備の強化を打ち出した。「基盤的防衛力構想」からの大転換である。基盤的防衛力構想とは1976年の防衛大綱で打ち出された「防衛力整備」にかんする基本概念で、「日本が周辺地域の不安定要因とならないように、独立国として必要最小限の防衛力を保有する」という考え方である。2010年の防衛大綱改定ではこれに代わるものとして、「機動性・即応性」を重視する動的防衛力の構築を目指す方針が示されていたが、今回の新大綱は「専守防衛の逸脱」という点において従来の構想や方針とは次元を画している。
新大綱と新中期防の主なポイントとしては、@海上自衛隊の護衛艦「いずも」の空母化、Aステルス戦闘機F35BとF35Aの導入、B地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の配備、C宇宙、サイバー、電磁波といった「新領域」を優先的に強化し、相手の通信を妨害する能力の保有などがあげられる。
「いずも」の空母への改修によって自衛隊は戦後初めて空母を保有することになる。計画では、現在保有している「いずも」「かが」の2隻に加えて1隻を新たに建造し、空母3隻体制にする。
空母に搭載するのがステルス戦闘機F35Bだ。ステルス戦闘機はレーダから探知されにくく、敵地の奥深く侵入して攻撃することができる。F35Bは、同じくステルス戦闘機のF35Aとあわせて147機を米国政府から購入する予定だ。F35Aは1機約130億円である。短距離離陸・垂直着陸型のF35Bはさらに高額で1機約143億円もする。これらの戦闘機の購入費だけで、2兆円もの税金が投入される。
イージス・アショアは陸上自衛隊新屋演習場(秋田市)とむつみ演習場(山口県萩市、阿武町)に配備する計画である。導入するイージス・アショアは、弾道ミサイルを宇宙空間で迎撃すること目的にしている。そのため従来型より射程距離が2倍になった新型ミサイルが装備される。イージス・アショアのミサイル発射装置には、迎撃型ミサイルだけでなく、敵地攻撃のための巡航ミサイル「トマホーク」を搭載することができる。昨年1月15日、ロシアのラブロフ外相は、陸自が導入しようとしているイージス・アショアが攻撃用の巡航ミサイルを発射する能力を持っていると指摘し、「(イージス・アショアの)配備はモスクワと東京の関係に影を落とす」と懸念を表明している。
イージス・アショアの配備費用について、防衛省は昨年7月30日、2基で4664億円になるとの見通しを発表した。これには、装備される新型ミサイルSM3ブロック2A(1発約40億円)の費用は入っていない。もしもミサイルをフル装備すれば、総額で7000億円近くになると言われている。
空母の建造やステルス戦闘機の導入は、敵地攻撃のものである。イージス・アショアは巡航ミサイルを装備すれば、先制攻撃用の兵器に早変わりする。いずれも「専守防衛」という自衛隊の建前を大きく逸脱している。
軍事費の拡大という面でも歯止めを失っている。新中期防では5年間の防衛費の予算総額を、現行と比べて2兆8000億円増やし、27兆4700億円と設定された。防衛費の伸び率は年1・1%となる。2019年度予算案で見ると、その防衛費は1・3%増の5兆1574億円となり、過去最大を更新した。
特に問題があるのは米国政府からの兵器購入である。ステルス戦闘機やイージス・アショアなどの兵器は、「対外有償軍事援助」(FMS)という米国独特の売買方式によって、日本政府が米国政府から購入している。FMSとは、米国の武器輸出管理法に基づくもので、@契約価格、納期はあくまで見積もりであり、米政府はこれらに拘束されない、A代金は前払い、B米政府は自国の都合で、一方的に契約解除できる、というものだ。この不公平な条件を受け入れる国にのみ武器を提供するのである。日本政府はこの条件をのんで、超高額の兵器を米国政府から買い続けている。
こうした新防衛大綱と新中期防で打ち出された方針は、自民党改憲案を実質的に先取りするものである。
中国を仮想敵国とする日米同盟の強化
防衛省は「自衛隊の空白地帯を埋める」として奄美大島、宮古島、石垣島、与那国島などに陸上自衛隊2000人の配備計画を進めており、新防衛大綱や新中期防においてもそれらが方針化されている。これらの島嶼には陸自の12式地対艦ミサイルが配備される。その目的は、東中国海から太平洋へでようとする中国軍艦船の航行を阻止することである。自衛隊は中国軍との島嶼局地戦争を想定しているのだ。これは中国を敵国とする日米共同作戦計画である。このような形で中国との軍事的緊張を高めていけば、東アジア全体の平和や安全を脅かしかねない。それは昨年来、米朝間、南北朝鮮間の対話によって進められている、朝鮮戦争の終結と朝鮮半島の非核化へ向かう流れに逆行するものだ。
また自衛隊は、南西諸島を戦場とする局地戦争を想定しながら、肝心の住民の避難については何も考えていない。戦闘に住民が巻き込まれて犠牲になっても構わないというのである。
このような無謀な戦争計画を進める日米軍事同盟の強化が東アジアの平和の実現につながるのか、ということが今こそ真剣に議論されなければならない。そこでは第二次大戦後の国際的な安全保障政策の歴史的な検証が必要になる。
第二次大戦中から戦後初期にかけて、ごく短期間ではあるが、国際社会が連合国(国際連合)による集団安全保障体制の確立を目指していた時期があった。それは、米ソ冷戦の勃発によってすぐに頓挫した。アメリカは北大西洋条約機構(1949年)や日米安全保障条約(1951年)、太平洋安全保障条約(1951年)、東南アジア条約機構(1954年)などの軍事同盟を次々と形成して、ソ連共産圏の封じ込めを図った。一方ソ連はワルシャワ条約機構(1955年)を設立してこれに対抗した。
1989年の米ソ冷戦の終結と91年のソ連崩壊によって国際社会が直面したのは、冷戦終結後の新たな世界秩序をどのように構想するかということであった。国連を中心とした集団安全保障体制を確立するのか、地域の複数の国家が参加することによって形成される多元的安全共同体を目指すのかなど、複数の選択肢が考えられた。日本においても、93年に誕生した細川内閣で、当時新生党の代表幹事であった小沢一郎らが日米安保体制と並行するものとして「国連中心主義」を打ち出していた。また同じ頃、「環日本海経済交流」という形で南北朝鮮、中国、ロシア、日本による東北アジア経済圏が構想されていた。しかし結局それらは日の目をみることなく、唯一の超大国となった米国の覇権的地位を維持するための軍事同盟の再定義およびその再編へと収斂されていった。
こうした軍事同盟の再編は、90年代中盤から急速に進展した新自由主義グローバリゼーションと一体となって進行した。新自由主義グローバリゼーションとは単一の金融市場の形成をめざす資本の運動である。それは米国が他国に対して全面的な市場開放を迫るものである。特にアフリカ、中東、アジアなどの周辺国に対しては経済と軍事の両面で強権的な手段を行使して、「民主化」と称する市場開放を進めた。その典型がイラクに対する「対テロ戦争」であり、シリア、リビアなどの民主化闘争(「アラブの春」)への軍事介入であった。その壮大な失敗によって生み出された矛盾は、シリア難民問題となって爆発し、現在、欧州連合(EU)の基盤を揺るがしている。
一方、先進諸国においては社会保障政策や労働者保護政策を解体され、低所得者層からの収奪が強化されてきた。それによって生み出された格差と貧困の拡大は、先進国諸国におけるナショナリズムの台頭と反緊縮・反グローバリズム運動の拡大という二つの現象を同時に引き起こしている。(つづく)
主張
維新政治に断を下そう
4月7日 大阪で知事市長ダブル選
3月8日、大阪維新の会(維新)の松井一郎・大阪府知事と吉村洋文・大阪市長が府・市議会の議長に辞職を届け出た。維新と公明は大阪都構想にかかわる住民投票の実施時期について交渉を重ねてきた。だが、松井知事が一作年4月17日に維新と公明の間で交わされた密約を暴露するなど対立を激化させていた。統一地方選前最後の開催となった7日の法定協議会でも「11月住民投票の実施を」とする維新に公明は応じず、交渉は決裂した。維新は出直し選挙で「正当性を得られた」と「大阪都構想」を強行するつもりだ。
維新は府・市両議会の第1会派だが、過半数に届いていないため住民投票を実現するには公明党の協力が不可欠だ。今回の辞職表明は、公明党が「都構想」の法定協議会で反対したことへの対抗措置でもある。統一地方選に大阪ダブル選が加われば、公明党は支持母体・創価学会による組織票の力がそがれかねない。松井と吉村の任期が今年11〜12月で満了するため、知事と市長が入れ替わって出馬する「クロス選挙」という奇策に打って出た。当選すれば任期は4年となる。その間に再び公明を脅して協力を取り付けるようという魂胆だ。
維新の党是である「大阪都構想」が15年の住民投票で否決された段階で、維新の命脈は立たれているのだ。今度こそ維新を退場させよう。維新はそのポスターに「脱なれ合いの政治」を掲げているが、維新政治こそ「だましと脅しと密約」の政治ではないか。
大阪市の廃止、カジノ・万博、地下鉄に続く水道の民営化などなどこれ以上の維新政治による大阪の破壊を許してはならない。
維新は野党を装いながら安倍政治を支える最悪の役割を果たしている。安倍政権にとって維新は重要な「補完勢力」だ。大阪ダブル選で維新を破り致命傷を与えれば、安倍改憲に打撃与えることになる。安倍政権と対決し維新とたたかう議員を一人でも多く誕生させよう。(剛田 力)
3面
3・1朝鮮独立運動100周年
南北の恒久平和と統一へ
2月24日 東京
3月1日には、新宿駅東口アルタ前広場でキャンドルアクションをおこなった |
「3・1朝鮮独立運動100周年2・24東京集会」が2月24日、文京区民センターで開かれた。主催は日韓民衆連帯全国ネットワークなどでつくる3・1朝鮮独立運動100周年キャンペーン。韓国から4人の代表が参加した。
4・27時代研究院・国際分科長のソン・ジョンモクさんは「3・1独立運動100周年、南北共同行事の視点から〜100年目の大変革、朝鮮半島の恒久的平和体制と統一の道〜」と題して講演をおこなった。
以下、講演要旨(文責・小見出しとも本紙編集委員会)。
平和的統一が目前に
3・1独立運動は、民族の解放と国民主権の実現が不可分であることを示した民族自主権を守る歴史的な分岐点となった。このときの宣言は、人類平等とすべての民族の独自生存権は正当な権利であるとを訴えた。
朝鮮半島の現代史は、日本と米国という外国勢力による支配と分断の歴史だった。同時に、日本の植民地支配から脱するためのたたかい、米国による分断と支配の歴史を終わらせる歴史だった。民族解放と国民主権の実現のためのたたかいから100年目にして、朝鮮半島はついに外勢による支配と干渉の歴史を終わらせ、継続する戦争と緊張の歴史に幕を引く新たな時代を迎えている。朝鮮半島の恒久的平和と統一を実現する日が目前に迫っている。
朝米首脳会談の基本的性格は、核保有国同士の対話であり談判だ。対話の本質は、朝鮮が核武装・核武力を完成させ、相互に核攻撃が可能となった条件の下で、高まる核戦争の危険を避けるための平和会談だ。よって朝米間では、過去の米ソ会談や米中会談のように、核保有国同士の対等な立場で相互主義の原則が適用される。
南北朝鮮の平和統一を民族全体で合意していくのは、平和統一に向けた南北や海外の政府・政党、社会団体や各界階層の代表が参加する全民族会議、統一大団結のような大規模な政治会合を持つことが重要だ。
安倍首相は、1月28日の施政方針演説で、「北朝鮮との不幸な過去を清算し、国交正常化を目指す」とし、朝鮮との根本的改善の意思を明らかにした。だが一方では、平和憲法の改悪や軍備増強に熱を上げている。このような日本の表裏のある態度は、周辺国に憂慮をもたらし、今後広がる東北アジアにおける多者間安保体制の構成から疎外される結果を生むだろう。唯一日本だけが過去の冷戦の志向から抜け出さずに、大国の顔色をうかがっている。安倍首相は、朝鮮半島の植民地支配の原罪をきっぱり清算し、朝鮮半島の平和統一を積極的に支持し、東北アジアの平和体制構築に寄与すべきだ。その道に進まなくして、日本の名誉と尊厳を守る道はあり得ない。
支配・干渉の歴史に終止符を
朝米平和協定 核心は米軍撤収
2月23日
2月23日、大阪市内で「3・1独立運動100周年 朝鮮戦争の終結と東アジアの恒久平和の実現を目指す2・23大阪集会」がひらかれた。主催は同集会実行委員会。
主催者あいさつで日韓平和連帯共同代表の山元一英さんは次のように発言した。
日本政府に憤り
「南北分断と朝鮮戦争の終焉、東アジアの核廃絶に向けた動きが南北会談と板門店宣言ではじまった。これは朝鮮と韓国だけの問題ではない。平和を求める日本の国民にとっても支持して喜ぶべきものだが、日本政府の態度には非常に憤りを感じる。日本はかつて植民地支配の中で朝鮮人民に創氏改名を強要し、『皇国臣民』の名で日本の戦争に駆り出した。慰安婦問題や徴用工問題を生みだした。
にもかかわらず日本政府は、65年日韓条約で解決済みとして植民地支配の事実を覆い隠し、『韓国の方がおかしい』という宣伝をおこなっている。この状況を私たち日本人はどう考えるのか。日本が犯した過ちをしっかり学んで、今後の日韓連帯とアジアの平和運動を日本人が共にたたかうための契機になればと思う。」
次に、コリア・インターナショナル・ピース・フォーラム共同代表のリュウ・ギョンワンさんが講演をおこなった。以下、要点を紹介する。
戦争の危機の終りへ
民族解放と民主主義の実現の最初の号砲を上げて以来、今や100年ぶりについに外勢による支配と干渉の歴史に終わりを告げ、限りない戦争の危険と緊張の歴史を終わらせる時代をひらいている。
ハノイ会談は、シンガポール共同声明の原則的合意の具体的実践方案を合意することが最重要だ。朝米関係の正常化については、ハノイ会談では両国の相互往来・相互交流を推進し、常時的連絡体系で合意するものと思われる。
朝鮮半島の恒久的で強固な平和体系の構築の核心は朝米の平和協定である。平和協定の核心的議題は米軍撤収の問題である。
朝鮮半島の完全な非核化は、朝鮮の一方的核廃棄でなく、米との相互の安全保障を前提としている。安全保障は、非軍事措置だけでなく実質的で軍事的脅威を除去する時に実現する。問題は米国が朝鮮の核凍結に相互の軍事的安全保障措置をどのようにとるのかにかかっている。
朝鮮半島の挙族的統一運動が今始まった。金正恩委員長は新年の辞で、全民族的合意に基づく平和的統一方案を模索することが今年の核心的議題であると明らかにした。これは、南側と平和統一方案の合意を積極的に推進することの予告である。
日本は植民地支配を清算し、朝鮮半島の平和統一を支持しなければならない。
成田空港反対闘争
農地強制取り上げ許さない
3月31日 成田市内で全国集会
2月25日、大阪市内で三里塚学習会(関実主催)がひらかれ45人が参加した。市東孝雄さんの農地をめぐる請求異議裁判1審千葉地裁での昨年12月不当判決を受け、これに徹底的に反撃するとともに、3・31全国集会にむけた学習会である。
講演に立った三里塚弁護団の大口昭彦弁護士は最初に、耳慣れない「異議裁判」制度をわかりやすく解説。そのうえで裁判では、@空港会社の強制執行権の放棄の社会的公約(成田シンポ・円卓会議での公約)、A信義則違背と権利濫用(シンポ・円卓会議、小泉英政氏との和解、過酷執行の違憲性、日本農業危機における本件執行の問題性)、B離作補償の不履行の3点の内容を訴え、市東さんの農地の強制取り上げ、強制執行の停止を求めてきた。
しかし1審判決は、そのことごとくを退ける、あるいは無視する判決を強行。控訴審において、改めてこれらの点について徹底追及していくことが明らかにされた。
さらに三里塚関係の他の裁判の現況と課題を報告。国策裁判ゆえに厳しいが、その意義・問題点、とりわけ現在進行中の「成田空港の機能強化」とのたたかいへの波及・関連を明らかにした。弁護団とともに、すべての三里塚裁判の勝利のためにたたかっていこう。
学習会に先立って、労組大弾圧とたたかう全日建関西地区生コン支部の武洋一書記長より、支援・連帯のアピールがおこなわれた。
控訴審をめぐっては、すでに攻防が始まっている。裁判中の強制執行停止を実現しているとはいえ、3次にわたって計550万円の「保証金」が裁判所から求められている。反対同盟の「400万円カンパ」要請に応えていこう。
空港機能強化と称して、夜間飛行の延長が本年10月ダイヤ(冬ダイヤ)から始まろうとしている。建設時・開港時からの夜間飛行禁止(夜11時〜早朝6時)の約束を反古にし、A滑走路について夜12時までに飛行延長するものであり、24時間空港化に大きく踏み出そうとしている。また、「地域振興策」の成田財特法の延長(成田用水の改修なども含む)も決定され、北総台地全体の廃村化が進もうとしている。しかし、空港会社がくりかえしおこなう「説明会」と称する一方的な決定の押しつけに、地域住民の不安と怒りは、さらに高まり増幅している。
三里塚と北総地域の怒り、そして全国の怒りを3・31全国総決起集会に結集しよう。
3・31三里塚全国集会
とき:3月31日(日) 正午
※デモ出発 午後2時半
ところ:成田市赤坂公園(成田ニュータウン内)
JR成田駅から約2q
バスはJR成田駅西口乗り場2番線発
中台線「赤坂公園」下車
中央通り線「保険福祉館」下車
主催:三里塚芝山連合空港反対同盟
日本の植民地責任の自覚
水野直樹さんが大阪で講演
3月6日
3月6日、戦争あかん! ロックアクションはヨンデネット大阪と共催で、京都大学名誉教授の水野直樹さん(写真)を迎えて講演会を開いた。タイトルは「日本の植民地支配責任から考える東アジアの平和」。以下、水野さん話を要約して紹介する。(文責 本紙編集委員会)
東京の朝鮮人留学生が1919年2月28日に独立宣言を発し、それを起草者の一人が命がけで朝鮮半島に密かに持ち込んだ。それが増し刷りされ、あるいは要約されて都市部から農村に広められた。運動の大半は学生の同盟休校や朝鮮人商店の閉店、労働者のストなど平和的示威であった。地域によって独立示威運動の様相も違い、多面的複合的な運動であった。
多くは独立宣言文を朗読、大極旗を掲げて役所などの前に押しかけ「独立万歳」を叫んだり、鐘、太鼓、ラッパを打ち鳴らす祝祭の様だった。ある村では警官4人ほどが駐在していたが、一時的に撤退。そういう村にたいして日本は、放火や発砲で村人を虐殺した。
3・1独立宣言は朝鮮民族の独立意志を示すと同時に、日本がまちがった道を歩んでアジアを植民地支配していることを明らかにした。ところが日本は最後まで植民地支配に固執し、今日においても東アジアの平和に寄与するという姿勢がない。日本の植民地支配が朝鮮半島分断をもたらした一因であったことを自覚すべきである。
4面
焦点
韓国国会議長が謝罪要求
天皇と日本人民の責任問う
文議長発言は当然
2月9日、文喜相・韓国国会議長が「近く退位されるのだから、天皇がそれ(謝罪)をおこなうことを願う…(天皇は)戦争犯罪の主犯の息子ではないのか。そのような人が、高齢の元『慰安婦』の手を握り、本当に申し訳なかったと言えば、これを最後に問題は解決される」と天皇アキヒトに謝罪を要求した。
この発言に日本の保守層は激甚に反応している。安倍首相は「甚だしく不適切であり、極めて遺憾。強く抗議する」、河野外相は「到底受け入れられるものではなく、無礼な発言」(2月12日)と立て続けに批判した。
日本政府の謝罪要求にたいして、文議長は「心からの謝罪が一言あれば終わる話を、(日本側が)長い間引きずっているのかというのが私の話の本質だ…被害者の最後の許しが出るまで謝罪しろということだ…(私が)謝罪する事案ではない」と突っぱねた。
皇国日本の犯罪
そもそも、アキヒトの曾祖父明治天皇は天皇の名で韓国併合を裁可し、植民地化した張本人であり、祖父大正天皇の時代も、父昭和天皇の時代も、アキヒトの皇太子の時代も、1945年9月9日まで、朝鮮人を人とも思わない朝鮮植民地支配が継続していた。
1875年江華島砲撃を皮切りに、1910年韓国を併合し、天皇政治によって朝鮮人民は、土地を奪われ、政治的自立を奪われ、戦争中には軍隊「慰安婦」、強制徴用など苛酷な人生を強いられたのであり、主犯の息子として、アキヒトが父たちの政治の誤りを自ら反省し、被害者に謝罪し、同じ道を歩まないこと(天皇制の廃止)は人としてのあるべき道である。
75年10月31日、記者会見で戦争責任について問われた昭和天皇ヒロヒトは「そういう言葉のアヤについては、そういう文学方面はあまり研究もしていないので、よくわかりませんから、そういう問題についてはお答えできかねます」と答えた。
アジアで数千万の人々が天皇の軍隊によって殺されたことを「言葉のアヤ」とか「文学方面」などといって、謝罪を拒否している。その後、ヒロヒトがこの発言を撤回したとか謝罪したという話しは聞かない。
84年9月、ヒロヒトが「今世紀の一時期において、両国の間に不幸な過去が存したことは誠に遺憾であり、再び繰り返されてはならない」と発言しているが、侵略と植民地支配の最高責任者として、植民地支配を「不幸な過去」などと他人事のように言いなしている。どこに「謝罪」の誠意が見られるだろうか。
90年5月、アキヒトの「わが国によってもたらされたこの不幸な時期に、貴国の人々が味わわれた苦しみを思い、私は痛惜の念を禁じえません」も、昭和天皇と同じトリック発言だ。「貴国の人々が味わわれた苦しみ」の原因は誰だったのかを明確にすることが反省であり、謝罪なのだ。
94年3月、アキヒトは「わが国が朝鮮半島の人々に多大の苦難を与えた一時期がありました。私は先年、このことにつき私の深い悲しみの気持ちを表明いたしましたが、今も変わらぬ気持ちを抱いております。戦後、我が国民は、過去の歴史に対する深い反省の上に立って…」と発言したが、植民地支配の責任をとるべきは最高責任者・天皇であるにもかかわらず、「国民」を主語にするのは欺瞞である。しかも、ただ「悲しい」としか言っていないのだ。しかも、「反省」の主語はアキヒトではなく、「国民」として責任を転嫁している。そもそも、「反省」と「謝罪」を口にしながら、皇位を継承したことが誤りなのである。
このように、糠に釘を打つような発言を繰り返して、あたかも戦争責任を認め、謝罪しているかのように演出している。しかし政府はもちろん天皇も反省も謝罪もしていないことを見抜かれており、36年間の植民地支配に呻吟し涙を枯らした朝鮮人民は、天皇と政府にくりかえし反省と謝罪を求めている。文喜相・韓国国会議長の要求は100%理にかなっている。
天皇制打倒へ
天皇の生前退位、新天皇の即位が間近に迫っている。89年1月ヒロヒトの死とアキヒトの即位から90年11月即位の礼・大嘗祭に至る天皇制イデオロギーの垂れ流しの状況が再現されようとしている。
他方で皇位継承に伴う「即位の礼」や「大嘗祭」に国費を支出するのは、憲法の政教分離の原則に反するとして、支出の差し止めと国に損害賠償を求めた訴訟など天皇制に「NO!」をつきつけるたたかいが始まっている。
これには東京地裁は2月12日までに、支出差し止め請求については「訴えが不適法」として、却下する判決を言い渡した。
皇位継承儀式をテコにして天皇制イデオロギーを強制し、日本をふたたび侵略戦争国家にしようとする、安倍首相の黒い野望に立ち向かおう。(須磨 明)
琉球遺骨返還請求裁判
大学の植民地主義を告発
京都地裁
裁判後の報告集会(3月8日) |
3月8日、京都地方裁判所において琉球遺骨返還訴訟の第1回口頭弁論が開かれた。この裁判は、1928年から29年にかけて旧京都帝国大学助教授で人類学者の金関丈夫が沖縄県今帰仁村にある百按司墓などを含む県内各地から盗み出した遺骨を返還するよう京都大学に求めて起こされたものである。原告は百按司墓に葬られていた第一尚氏の子孫2人と龍谷大学教授の松島泰勝さん、衆院議員の照屋寛徳さん、彫刻家の金城実さんの5人である。調査によって京都大学には26体の遺骨が保管されていることが確認されている。
原告の松島さんは、17年5月から京大にたいして琉球人遺骨にかんする問い合わせをおこない、その実見や返還をくり返し求めていたが、京大側はこれを一切無視し、話し合いに応じることもしなかった。そのため昨年12月4日、松島さんらは提訴に踏み切った。松島さんは提訴の理由を「京大の対応は琉球人の遺骨だけでなく、生きている琉球人にたいする植民地主義である。泣き寝入りしたのでは、その植民地主義が固定化、強化されると考えた」と述べている。
8日の口頭弁論は地裁の大法廷で開かれたが、傍聴席は満席となった。裁判では、弁護人が訴状要旨を陳述した後、原告で第一尚氏の子孫である亀谷正子さんが意見陳述した。亀谷さんは17年10月、松島さんの講演で、金関が百按司墓から遺骨59体を持ち去ったことを知ったとき、「身の毛もよだつような衝撃を受けた」と述べ、「松島さんを琉球・沖縄人と認識していなければ取れない横柄な対応に、同時に、琉球・沖縄人全員が侮蔑・差別された気持ちになり、京都大学に激しい憤りを覚え、許せないと思いました」と京大の対応を批判。また「1965年に亡くなった母方祖父の洗骨の場に立ち会った時、祖父の頭骨を抱えて泣きながら洗っていた叔母の姿を昨日のことのように思い出します」と涙で声を詰まらせた。そして最後に「私は第一尚氏の末裔として、(先祖の遺骨に)一日も早く故郷にお戻りいただき、長き不在をお慰めしたいと望んでいます。裁判官は京大の琉球民族差別に与することなく、司法の良心を示してください」と結んだ。
裁判終了後、京都弁護士会館で開かれた報告集会で、京大側の答弁書の内容が弁護団から報告された。京大は「当時、金関は行政上の手続きをへているので盗掘ではない」と主張。そして「原告らが第一尚氏の子孫であると主張するなら具体的根拠を示せ」「本件人骨がどのような人物か、そして原告とその人物がどのように結びついているのかを具体的に示せ」と開き直っている。
次回の裁判は5月17日(金)午前11時から、京都地裁101大法廷で開かれる。
投稿
排外主義と闘い、国際連帯貫く
落合薫「分断打破・南北統一のために」を読んで
(『展望』22号所収)
まず1月28日にご逝去された金福童さんのご冥福をお祈りします。そして「慰安婦問題」の未だ全面的解決を拒む日本に生きる一人として謝罪します。
さて『展望』第22号に掲載された落合薫「分断打破・南北統一のために―朝鮮半島危機打破・朝鮮革命への考察」を読んでたたかう決意を述べます。
私はこの論文の核心を韓国と日本の階級闘争が共同闘争として進化・発展するための苦闘として受け止めました。70年7・7自己批判以後、生きる方向を模索し朝鮮近現代史を学習しはじめた私にとって、80年5月の光州蜂起から87年6月民衆抗争までの歴史的地平の大きさを改めて確認すると同時に、落合さんとも共有できると思います。
今年は三・一独立運動から100年になります。19世紀後半からの朝鮮への侵略と植民地支配に対する民族解放闘争、そして45年8・15解放後の幾多のたたかいのなかで、おびただしい無名の人びとの屍を乗りこえてたどり着いた到達地平がのべ1700万人がたちあがった「ろうそく革命」でした。その結果として文在寅政権は誕生しました。運動圏内で文政権への批判は当然あると思いますが、昨年4月27日の南北首脳会談と板門店宣言の成果は後戻りはしません。
では次は何か? です。第一は言うまでもなく「50年朝鮮戦争」の終結から今に続く休戦協定を平和協定締結へと、南北朝鮮人民の矜持にかけて真っ向から掲げることだと思います。
第二には一時頓挫していた南北経済交流、南北間の京義線・東海線の鉄路の連結です。それは東アジアにおける地政学的関係を劇的に変化させることを意味します。
南北間の実体的関係・交流の進展の先は朝鮮民族の自己決定権・自己解放性に関わる問題です。それにたいして日本に生きる私たちは、安倍政権がすすめる戦争国家化、辺野古新基地建設、先島諸島への自衛隊配備、改憲策動にたいするたたかいを全人民的に押し上げていくことが連帯する道だと考えます。
安倍のこの間の傲慢な姿勢は早晩東アジアからの孤立を招来します。それを日本人民にたいする援助として受け止め、あらゆる水路から安倍打倒の流れを大きくするたたかいを私も担います。差別・排外主義とのたたかいは類的存在としての私たちが真に共同性を獲得できる唯一の一歩であると確信します。
65年日韓条約反対闘争、60年代から70年代にかけたベトナム反戦闘争、安保沖縄闘争における日本本土でのたたかいを総括し直し、より深い内実の支援・連帯のたたかいを積み重ねて、人間と人間との、被抑圧民族と抑圧民族との共感・共同のために、私は70年7・7において華青闘をはじめ在日の人たちに心から自己批判したのです。あらためて7・7の核心である国際連帯を、安倍政権の攻撃と正面から対峙しながら、それをつかみ取るために私は喜びをもって苦闘・自闘していきます。(伊藤俊郎)
5面
〈寄稿〉
避難の権利の確立へ(下)森松 明希子
「被ばくからの自由」求める
講演する森松明子さん(1月13日 神戸市) |
国内避難
国際社会から見れば、東日本大震災と原発による避難者は「国内避難民」に当たると言われています。福島原発事故の被害者の人権保護について、国連で少なくとも6回(福島の高放射線地域からの自主避難者に住宅、金銭他の生活援助や…とくに子どもへの定期的な健康モニタリングの提供の継続/許容放射線量を年間1ミリシーベルトに戻し、避難者・住民への支援の継続、特に妊婦、児童に最高水準の心身の健康権利を尊重すること)の勧告が出されています。12年第2回UPR(普遍的定期的審査)勧告、13年人権理事会、社会権規約委員会、14年自由権規約委員会、16年女性差別撤廃委員会、17年第3回UPR勧告です。
日本は、これらの勧告を直ちに受け入れ完全に実施してほしい。私は避難者、母親ですが、そうだからというのではなく、この国の1人の主権者として声をあげています。そういう1人ひとりがいての国でしょう。国があっての私じゃなく、私が、ぼくがあって私たちは国を、社会を作るのでは。大震災、原発事故を真摯に反省し、社会のあり方、国の施策をおこなう。それを抜きに「日本すごい。オリンピックも出来る」というのは違います。東日本大震災及び原発事故を経験し、本当に守られるべき「生きる権利」をとり戻したいという思いが強くなりました。そういう主権者としての立場が、いまの私です。
住民分断する補償金
原発事故をめぐっては、国や東電の責任を問う賠償請求訴訟や生業を戻せという訴訟、地元での訴訟、避難先での訴訟などさまざまおこなわれています。しかし、国や東電は、強制避難区域の人たちを区分して補償金を出し、「ここまでは危険、ここからは大丈夫」という線引きで住民を分断しています。暮らしはお金だけでは成り立ちません。地域のつながりがあり仕事があり、人間があっての暮らしです。
私たちは、広島、長崎の被爆者の辛い犠牲の上に、放射能がいかに根源的に人体に影響を与えるか、1世代では終わらず世代をついで続く、そういうことを知ってきたのに。国や東電、放射能を無視したい人たちは、「戦争と原発をいっしょにするな」「量が違う」と言います。でも、放射線は同じです。
いちばん声を上げられない、弱い立場の人たちほど援助、保護が必要であるのに、その権利が守られていません。例えば子どもたち。それが8年、続いてきています。私の場合、子どもは当時、0歳と3歳。親の私が避難すると決めなければ、何もできません。
昨年、国連人権理事会(ジュネーブ)に行く機会を与えられ、福島の事故と日本の、避難者への対応について次のように訴えました。時間は2分に限られていました。「(一部を抜粋)放射線被ばくから逃れ、健康を享受することは基本的原則です。日本の憲法は『全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免れ平和のうちに生存する権利を有する』と書かれています。しかし、日本政府は市民を守るための施策はほとんど実施してきませんでした。そのうえ、日本政府は放射線量の高い地域への帰還政策にばかり力を注いでいます。日本政府は、国連人権理事会での勧告をただちに完全に受け入れ、実施してください。国連加盟国のみなさん(中略)、福島、東日本の、特に脆弱な子どもたちを、さらなる被ばくから守ることに力をかしてください。」
生きる権利、健康を享受する権利、命や健康は戦争だけではなく原子力災害でも大きく損なわれるということ。日本で私たちはそれを経験していることを、世界のみなさんに訴えました。
政府や東電は何の責任もとらず、被災者を守る政策もおこなわない。少しでも被ばくを減らそうと保養キャンプをおこなっているのは市民、みなさん、私たちです。国策として原発を推進し、事故を起こした政府や東電はまったく援助も見向きもしていません。
生きる権利を侵害
司法にも、はじめは「裁判で、せめて資料は残せる」と考えていました。最高裁までいっても認められないなら、日本はそういう国だということを世界に示すことになります。国と東電が国策と金儲けのために放射能をばら撒いておいて、「等しくみんな被ばくしているのだからガマンせよ」というのは、生きる権利、命を守る権利への多大なる干渉、侵害です。国は、そのための施策、制度も作らず帰還政策ばかりに力を注ぎ、それを復興と言っている。納得できません。
「なかったこと」にはできません。ヒロシマ・ナガサキはもとより、世界には肌の色や人種、国籍に関係なく、ウラン採掘、核施設、核実験などでの多くの被ばく者が存在しています。私は、私たちが受けた被害から、「被ばくからの自由」という基本的人権を確立する新たなステージに進みたいと考え、行動します。(おわり)
辺野古電子署名主催した ロブ・カジワラさん
琉球人への偏見 根深い”
辺野古新基地反対の電子署名運動を立ち上げたハワイ在住で沖縄4世の音楽家ロブ・カジワラさんの講演会が2月20日に衆議院第一議員会館でおこなわれた(写真)。以下は、その講演要旨(文責・小見出しとも本紙編集委員会)。
『占領された沖縄』
ホワイトハウスへの請願署名を始めた。25万筆を超えて、大勢の有名人が含まれている。
『占領された沖縄』という本を出した。米国の一般の人々に関心を持ってもらうことが目的だ。辺野古のこと、請願のこと、沖縄のこと、運動、文化・歴史、アイデンティティを復興する動きも扱っている。売上は沖縄のために全額使われる。
沖縄の現状を理解するにはその歴史を理解しなければ、と研究を始めた。私自身はミュージシャンだが、生物学者に海洋生物学的な説明を頼んだ。沖縄はオーストラリアのグレートバリアリーフの3倍もサンゴの多様性が豊かだ。甲殻類の多様性のホットスポットでもある。漁業だけでなくダイバーにも多くの便益をもたらしている。辺野古に新基地を建設することは、多くの絶滅危惧種を失うことにつながる。
署名は21万を超えたが、現時点でホワイトハウスからの回答は来ていない。日米の政府から反応がないため国連の人権理事会に提訴したところだ。
日本には琉球人に対する長い偏見の歴史がある。それは1609年の薩摩藩による侵攻から続いている。ユネスコは琉球人が先住民だと認めたが、日本政府はそれを認めていない。24日の県民投票に対しても妨害活動をしてきた。
2000年、クリントン大統領は「ここはアメリカのものだ」という所を減らすと言った。「善き隣人としての責務を果たさないことは許されない」「(米軍基地は沖縄住民が)自ら願ったわけではないことを知っている」と。そのような基地を減らす約束を果たさなかったことは明白だ。
日米地位協定は米独間や米伊間の地位協定と比べて日本に不利なものだ。そこには米国の日本への偏見もある。
つまり自分のことでなければどうなっても構わないということだ。日米がこのような基地押し付けを続けるようなら沖縄の自治と独立を求める声が高まるだろう。私はハワイ人のための権利推進活動にたずさわっている。沖縄を通してハワイの事も学んだ。ハワイの人も独立運動を始めている。「ハワイは米国に不当に占領されている。直ちに独立の回復を」という趣旨の書簡を国連に送っている。そこにはハワイと同様の立場に置かれている人々も独立を回復せねばならないと書いてある。
【定点観測】(2月上旬〜)
安倍政権の改憲動向
2月9日 自民党憲法改正推進本部会議 「地方選、参院選でも憲法を語り、改正にむけた大きなムードづくりを」(下村・本部長)と述べ、街頭演説や集会などで改憲を積極的に取り上げるよう促した。国民の関心を高め、野党が国会での議論を拒めないよう「外堀」を埋めようという狙いだ。1月からは党のインターネット番組「カフェスタ」を始めている。
2月9日 日本維新の会党大会 「(衆参)憲法審査会で議論をリードし、国民投票を実現する」と活動方針に明記し、「(自衛隊をめぐる)改正論に積極的に取り組み、不毛な議論に終止符を打つ」とした。
2月10日 第86回自民党大会 安倍総裁は「いよいよ立党以来の悲願である憲法改正に取り組むとき」と演説。昨年3月大会では「憲法改正案(9条自衛隊明記、緊急事態条項新設など4項目)」を提示、「憲法審査会での幅広い合意形成を図る」とした。「しっかりと自衛隊を明記し、違憲論争に終止符を打とう。自治体の6割以上が自衛官募集への協力を拒否している」と発言した。
2月13日 衆院予算委員会でも「6割以上から必要な協力が得られていない」と述べ、「ある自衛官が息子から『お父さんは違憲なの』と尋ねられた」と例をあげた。「嘘つき」寓話的な国会答弁である。「拒否6割」発言に、「『拒否』には違和感」(広島市)、「憲法改正とは別の議論」(札幌市)、「改憲とは関係ない」(神戸市)、「(自衛隊が)違憲だからではない」(水戸市)、「そもそも提出を求められていない」(浜松市)などの批判と困惑の声が出ている。
6面
投稿
フランス民衆蜂起爆発の秘密を発見
〈フランス左翼〉探検記』を読んで
東京 一読者(2/10)
昨年11月のガソリン税値上げ反対に端を発するフランス民衆の「黄色いベスト」デモは、政府の一定の譲歩をひきだしながら、ますます発展し、とどまるところを知らない。
「さすが革命の伝統に輝く国!」と感心し、勇気づけられている。しかし、それにしてもなぜここまで爆発的な高揚が持続するのか? その疑問が、2年前のたたかいに関する日本人ジャーナリストの現地取材によるこの本を読んで、解けたような気がする。
2016年3月31日、突如としてパリで「立ち上がる夜」という政治改革運動が始まった。ソーシャルメディアを武器として、フランス全土や欧州各地に瞬く間に広がった。共通のテーマは「労働法改正を阻止しよう」という運動だが、毎晩、数千人の老若男女がパリ市内の共和国広場に集まり、いまの生きづらい社会をどう変えられるか、民意を裏切る政治をどう変えるべきか、そんなテーマを初対面の人同士で車座になって議論を重ね、新しい社会を模索し始めたのである。
広場のあちこちで、「移民問題委員会」「表現の自由委員会」「ホームレス問題委員会」「精神障がい問題委員会」「メディア問題委員会」「フェミニズム問題委員会」「大衆教育問題委員会」など百近くもの委員会ができ、人垣の後ろから議論に耳を傾けながら、興味がわいたら、その場に座り込んでもよかった。
もともと「立ち上がる夜」は、労働法改正の動きを察知した多くの高校生や大学生が、将来を信じられるような未来を作り出そうとして始めた。
「立ち上がる夜」の参加者の声から、特徴的発言をいくつか紹介しよう。
・「革命というのは闘うばかりじゃない。革命というのは他人の話を聞いて自分を成長させることなんだ」
・「『立ち上がる夜』に来れば、『私はもう孤独ではない』と感じることができた」
・「参加者は、まず問題が何なのかということから、一から明らかにしなければならないのです」
・「どのような形態であろうと権力にノーをつきつけることです。考えることは本質的に立ち向かうことである」
筆者は、フランスでは日常の暮らしが政治である、という感覚がベースにあると言う。
リーダーたちは、「立ち上がる夜では既成の政治に対して、いかにゼロから新しい権力を打ち立てるか、が問われた。政治から排除されてきた人々が再び政治にもどって来るための運動。いかに政治や社会のコンセンサスを持つか模索する『場』である。『私たちは孤独ではない』という感覚、あるいは「『私たちは勝てる』という感覚を獲得した運動」であると表現している。
労働法改正案が昨年8月に成立し、「立ち上がる夜」は広場から姿を消した。
しかし参加者の一人は、「ぼくたちは終ったとは思えないのです。みんなでアイデアを出して権力に立ち向かう。この経験を共有したことで、世界を変えることに気がついた。ですから、広場での運動は終ったとしても、その精神は終っていないと思いますよ」と語っている。
フランスと日本では、人々の歴史的経験や精神的風土が異なる。しかし、ここには民衆運動に共通する教訓が潜んでいるのではないだろうか。(村上良太著、社会評論社)
統計偽装下の19春闘
大阪 名取功二
通常国会で統計偽装が炎上中だ。厚生労働省が毎月発表する「毎月勤労統計」は、私もチェックする重要統計。この統計は雇用保険や労災保険、補償など算出の基礎で労働者の生活に直結している。これが不正に操作されていた。統計法で決められた調査方法(東京など大都市の500人以上事業所は全数調査)を04年に部分調査にこっそり変えた。18年には事業所の入れ替え方法を勝手に変更した。その影響は2000万人に及ぶ。未払い雇用保険、労災保険給付金は数百億円に及ぶという。国家的詐欺だ。
労働者の実質賃金が下がり続け、アベノミクスへの疑問と怒りが拡大するなかで「景気がよくなっている」と偽装するためにおこなわれたのだ。みんなが感じていた「景気悪い、賃金上がらない、節約する」という感覚はまともだった。一律2万円賃上げと最低賃金1500円の実現は当たり前の要求だとつくづく思う。19春闘はこのフェイクとたたかうう本気の春闘を!
派遣村以来10年 安部誠さんを追悼する
関西合同労働組合 米村泰輔
安部誠・東京統一管理職ユニオン元副委員長が2月10日、永眠しました。享年62。2度目の脳溢血から5年余の闘病でした。
安部さんは2008年暮れの「派遣村」実行委員の一人としてその中心を担っていました。リーマンショックでぼう大な派遣労働者が路頭に放り出され、ある人は富士の樹海に行く途中で駅のテレビで派遣村が日比谷公園でおこなわれているというニュースを知り、引き返し歩いて日比谷公園に着いたという話もありました。私が安部さんと知り合ったのはこの派遣村でした。以来10年、東京に行くときは折りをみて安部さんと酒を酌み交わしていました。以下、安部さんの人となりを紹介して追悼の言葉としたいと思います。
「名ばかり店長」で有名となったマクドナルドとのたたかいで安部さんは争議責任者として裁判闘争に勝利しています。名前は店長でも実態が労働者であれば労働者としての権利が保障されるという判例を勝ち取った意義は大きいものがあります。
また、安部さんは全国の争議もたたかい、私は安部さんに頼まれ、神戸市西区の安西工業の団交にも参加しました。この争議は勝利し「安西工業争議勝利記念」の文字が染められたのぼり旗の贈呈を受けました。今となっては安部さんの遺品のように感じています。
遺品には愛用の釣竿と並んでガリ版でつくられた初期の三里塚闘争の古いパンフレットが多数ありました。思いは一つなのだと思います。私はこういう安部さんの意志を継いでさらにたたかっていきたいという思いを強くして帰路につきました。
シリーズ
原発問題を理解するために 最終回
原発は、原爆と同じ
江田 恵
原発も原爆も「燃料」は同じ、ウラン235とプルトニウム239です。そして核分裂の過程で出てくる死の灰も同じです。違うのは、@燃料の濃縮度、A核分裂反応のしくみ、B燃料の量です。
一瞬で核分裂を起こさせるのが原爆。水などの減速材を間に挟みゆっくりと分裂させるのが原発。ただし、原発事故が起これば放出される放射性物質の量は桁違いです。広島原爆で放出された放射性物質は約60sとされていますが、原発事故の放射性物質は数百t単位になります。
日本で原発を作ることは原子力開発。イランやイラク、朝鮮などでは核開発。中国や台湾では原発のことは核電と書く。原子力エネルギーと言いますが、じつは「核」エネルギーなのです。
核発電(原子力発電)を止めねばならない理由は次の5つです。
@運転中もその後も放射線が出続ける、A放射性廃棄物の処理ができない、B放射線による被ばくの被害がある、Cもしも事故が起こると広大な土地と人の営みが奪われる、D核兵器の開発につながる。
運転中の原発の排気塔からはキセノン、クリプトン、ラドンなどの希性ガスという放射性物質が出続け、排水からはトリチウムなどが放出されます。
放射性廃棄物には、使用済み核燃料だけでなく、廃炉の際の原子炉本体、配管、排気塔、タービンその他に汚染された廃棄物が出ます。これらを廃棄する方法も場所も決まっていません。
被ばくには、外部被ばくと内部飛ばくがあり、外部被ばくとは強い放射線を直接浴びること。臨界や核爆発に遭遇したり、使用済み核燃料や放射性物質などに触れたり近づくと被ばくします。内部被ばくは、呼吸や食べ物を通して放射性物質が体内の臓器や血液にとどまり、至近距離から細胞に放射線を浴びせ続けます。チェルノブイリや福島では広大な地域が汚染され、避難をし、土地や家、職業などを奪われています。
使用済み核燃料を再処理して得られるプルトニウムから、原爆を作ることができます。プルトニウムを大量に保管し、人工衛星を軌道に乗せる技術を持っている日本は、核保有国と同じ脅威を他国に与えているのです。(おわり)