森友問題 虚偽答弁
佐川長官を罷免しろ
国税庁、税務署に一斉抗議
大阪国税局前で横断幕を広げて抗議(2月16日) |
確定申告が始まった2月16日、「森友疑惑究明、佐川国税庁長官はやめろ!」全国一斉行動が札幌、東京、名古屋、大阪、神戸、京都、福岡、今治、金沢など全国各地でおこなわれた。
東京・霞ヶ関の国税庁前には約1100人が集まって、森友学園への国有地売却問題で「交渉記録は廃棄した」と国会で答弁した佐川宣寿国税庁長官の罷免などを求め、抗議デモをおこなった。「森友・加計問題の幕引きを許さない市民の会」が主催。
参加者はプラカードなどを手に「納税者一揆を続けるぞ」と声を上げた。発起人の醍醐聰東大名誉教授は「税にたいする人々の憤りが背中を押して今日の行動になった。佐川さんがこのまま長官をつづけるのは、国民の信頼を裏切り、国税庁の職員にとっても迷惑だ。1時間でも早くやめるべきだ。佐川、麻生、安倍の3人は悪代官。3人組の追放を呼びかける」と声を上げた。
大阪では夕方から大阪国税局にたいして約50人が抗議(写真)。
神戸では午後2時、兵庫県庁前に250人が集まった。平日の昼間にもかかわらず市民の関心は高い。県庁前では政党からあいさつがあった。
そのあと森友学園問題で最初に声をあげた豊中市議の木村真さんが発言。この日の午前中から神戸市内で活動していた木村さんは「森友学園事件の発覚からちょうど1年がたつ。籠池前理事長が拘置所に入っているが、その一方で佐川長官や安倍昭恵氏は何の責任も取っていない。彼らの犯罪性はますます明らかになっている。何としても佐川や昭恵氏を国会に引っ張り出そう」と力強く訴えた。
集会の後、参加者は兵庫県庁前から神戸税務署まで、「納税一揆」ののぼり旗をたなびかせてデモ行進。「納税者一揆の爆発だ」「悪代官安倍、麻生、佐川を追放しよう」という呼びかけや、「音声、録音、ウソはない」のコールが通行人の注目を集めた。
正社員との格差は違法
大阪地裁 日本郵便に支払い命令
2月21日、大阪地裁(内藤裕之裁判長)は、郵便局の契約社員労働者ら8人が、正社員と同じ業務内容で手当や休暇制度に格差があるのは違法だとして、日本郵便に正社員と同じ待遇や差額分に当たる約3100万円の支払いを求めた裁判の判決で、扶養や住居の手当など一部の格差を違法と認め、計約300万円の支払いを命じた。
労働条件のちがいが、労働契約法20条で禁じる「不合理な待遇格差」に当たるかどうかが争点となった。今回の判決では、昨年9月の東京地裁判決では争われなかった扶養手当を新たに認めた。また年末年始勤務と住居への手当は全額支給へ範囲を拡大する内容。一方で夏期年末手当や祝日給など5種類の手当については格差の不合理性を否定。
判決後、記者会見した原告側弁護団の森博行弁護士は「請求全てが認められなかったのは不満だが、扶養手当が全額認められたのは非常に素晴らしい」と評価。原告側は全員控訴する方針だ。
内藤裁判長は、正社員が対象の扶養手当(配偶者で月1万2000円など)について「生活保障給の性質があり、職務内容によって必要性が大きく左右されない」と述べ、不合理と認めた。
人民新聞弾圧 山田洋一編集長が保釈 逮捕・勾留の不当性明らか
兵庫県警本部での抗議行動(2月16日) |
昨年11月21日、「詐欺罪」で不当逮捕された人民新聞編集長山田洋一さんの第1回公判が2月16日、神戸地裁で開かれた。
起訴状は、「詐欺罪」と言いながら被害者は存在しない。罪状認否で山田さんは、「詐欺罪はまったく当たらない」ときっぱり主張。「送金したことが罪というなら、その件で起訴すべき」と検察を鋭く批判した。
検事が証拠として示したのは銀行の入金記録のみ。詐欺にあった被害者もいない。裁判で争うべき証拠が存在しないのだ。傍聴席から「公訴棄却!」の声があがった。
今後の裁判では検察側の証人もいないようだ。弁護側証人も必要ない。5月にも論告・求刑という流れを確認して第1回公判は終わった。16日の夕刻山田さんは保釈された。
この日の午後、兵庫県警にたいする申し入れと抗議行動がおこなわれた。兵庫県警は全国4カ所で不当捜索をおこない、人民新聞社のパソコンや読者名簿などを押収したままだ。戸田ひさよし大阪府門真市議、木村真豊中市議を先頭に県警本部への抗議と申し入れをおこない、30人余りが県警本部構内で抗議のシュプレヒコールをあげた。
翌17日、「山田洋一さんを支援する会」の結成集会が尼崎市内で開かれ120人が参加した。前日保釈されたばかりの山田さんはこの間の支援に感謝するとともに、獄中での理不尽な扱いを弾劾した。そして今後とも新聞編集と活動にまい進する決意を述べた。
ついで長年の友人、金成日さんが若い頃の山田さんの写真や映像を流すと会場は沸いた。
戸田ひさよしさんとガリコ美恵子さんの対談、趙博さんの歌、木村真さんの訴えが続いた。連帯労組の西山直洋さんからは新たな弾圧の動きが報告された。
(久保井健二)
高校無償化 高裁で逆転勝利めざす 東京朝鮮高校生支援で集会
2010年に始まった高校無償化制度から朝鮮学校だけが除外されことを不当として全国5カ所で起こされた裁判で、大阪では勝訴したが、広島・東京では敗訴した。3月20日、東京高裁で控訴審が始まる。それを前に、2月18日、東京都の文京区民センターで「東京朝鮮高校生の裁判を支援する会 高裁での逆転勝利へ! 再決起集会」が開かれ、380人が参加した(写真)。
集会では弁護団が一審判決の不当性を解説した。裁判所が唐突に在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)を「反社会的団体」と決めつけて、「朝鮮学校を無償化から排除したのは適法」としたことを弾劾。朝鮮学校への偏見を国家権力があおるという現状を打破するために、社会的な運動の必要性が提起された。在日本朝鮮人人権協会は、国連の各種の機関から複数の勧告などが出されていることを報告。国際社会に理解を求める活動への注目を呼びかけた。集会ではこのほか、全国の朝鮮学校を訪問した活動の報告や高校生の意見表明などがおこなわれ、たたかい続けることを確認した。(北浦和夫)
2面
維新・都構想とどう闘うか
「保・革」をこえた共同めざせ
2月13日 大阪
大阪維新の会は、今秋、大阪都構想に向けた住民投票を強行しようとしている。これにたいして2月13日、大阪市内で「大阪都構想」住民投票とどうたたかっていくのかをめぐるシンポジウム「市民運動から考える大阪都構想」がひらかれた(写真下)。
主催は、どないする大阪の未来ネット(どないネット)。どないネットは2015年の住民投票が勝利した後、大阪維新の会による市民不在の新自由主義政策とたたかうために結成。幅広い市民やグループが情報を交換し共有するゆるやかな運動体だ。この日は発足1周年を記念する集会として開かれ、100人が参加した。
メインの講演は冨田宏治さん(関西学院大教授)の「大阪都構想をいかに止めるか」。 市民運動から、住吉市民病院問題について社会福祉士の中辻潔さん。万博・IR・カジノ誘致問題をカジノ問題を考える大阪ネットワークの藤永のぶよさん。都構想問題についてフリージャーナリストの幸田泉さんがそれぞれ報告。
不寛容ポピュリズム
冨田宏治さんは講演で、維新政治の背景としてとてつもない「格差と貧困」をつくりだした新自由主義グローバリズムをあげた。没落の不安を抱えた中間層が「自分たちの税金が年寄り、貧乏人、病人に食いつぶされている」と扇動され、大阪市内の42万票といわれるコアな維新支持層を形成している。維新による日本版の「不寛容なポピュリズム」であり、過激な新自由主義である。
維新が基盤とする「大阪」とは、例えば都島区などで規制緩和によって次々と建てられた高層タワーマンションの水圧によって、周辺の長屋や平屋のトイレが逆噴射している、そのような街である。その長屋住まいの住民たちを高層タワーの住民が見下している。まさに過激な規制緩和策が生み出した殺伐たる都市風景だ。
こうした政治と対決することは世界的共通テーマであり、そのキーワードは「寛容」である。冨田さんはポルトガルなど南欧で広がる反緊縮と再分配を求める先進的な政治運動に学び、「共同と組織力」をたくわえよう提起した。
新自由主義の失敗
次に大阪を舞台に「絵に描いたような失敗」が深刻な事態を招いていることを指摘。
@中央区や西区などの小学校で児童数が急増しパンクしている。その原因は、強引な学校統廃合の後、学校跡地に高層タワーマンションを建てたことで住民が急増したことによる。統廃合された学校に新住民の子どもたちが殺到。教室不足で悲鳴があがっている。
待機児童対策として園庭がないか、屋上園庭しかない保育園がつくられている。これらは今後も大問題となる。維新の支持層にも矛盾と痛みを強制するものとなっている。
A「身を切る改革」は維新政治のキーワードだがその破綻があきらかになってきた。維新は7年間で1551億円支出をカットしたことを「成果」として押し出すが、その一方で大阪府の税収は年間2000億円ペースで減り続けている。
福祉、教育、子育て、医療にかかわる予算を削減し、中小企業を支援する補助金をカットする緊縮策で府民所得が低下。税収のなかでも特に事業税が激減している。
歳出を削減することによって、その10倍近い税収を減らしている。そのため負債は6000億円増えた。異常事態としかいいようがない。府のばく大な借金を穴埋めするために、市税から年2000億円を府税に付け替えるのが「都構想」の隠されたねらいだ。
B貧困問題の犠牲が子どもたちに集中している。府の調査では、夏休みになると昼食を食べることができない児童が、門真市で全児童の32%、大阪市内でも20%となっている。貧困が子どもたちの健康と命を脅かしている。
今や「格差と貧困」という段階から「安心・安全」が脅かされる段階に入りつつある。水道や中央卸市場の民営化は水と食の危機であり、これを止めなければ大変なことになる。これらは維新支持層さえも揺るがす大問題だと指摘した。
Cそうした維新政治の行きづまりを打開する最後の手段が、「カジノ&万博」の誘致だ。これほど最悪で腐敗した政策はない。
草の根からの共同
このかんの各種の選挙結果を分析すると、「維新は大阪で力を落としている」という見方は危険であると冨田さんは言う。維新が府政や市政を握ってから丸8年がたつ。維新は府政、市政の政権政党である。単に「風」に乗った勢力ではない。強力な集票マシンを持った「モンスター組織政党」に変わっている。
こうした維新とたたかうために何が必要か。それは組織的なたたかいで〈42万票〉のコア層を切り崩すことである。「維新10年」の失政がしわ寄せがどこにいっているのか。子育て世代を直撃している。維新の支持層である中堅世代にとっても深刻な問題だ。維新の政権政党としての失政をその支持層に響くように暴露すること。小学校問題や八尾認定子ども園問題の暴露は重要だ。
失政の暴露と並行して、住民の草の根の要求とその実現を維新政治に対置する。その例として冨田さんは、大阪市南部の地域医療を幅広く担い、産科・小児科の拠点病院であり小児医療・周産期医療の中心となっている住吉市民病院の閉院に反対するママの会や地域の取り組みの重要さを強調した。
最後に維新政治にたいして「保・革」のかべを越えた「草の根の共同」の構築が求められていると述べて講演を結んだ。
市民革命の第2幕
今回のシンポジウムでは、「都構想」住民投票とのたたかいの方向がしっかりと示された。地域のなかに入り・市民の要求と結びつき「なにわの市民革命」(15年の住民投票における勝利)の第2幕を切って落とさなければならない。このシンポジウムで示された基本方向にそって、「大阪市存続」署名を推進しよう。それは15年の住民投票で実現した70万の反対票と70万の棄権票を再組織化する取り組みである。(森川数馬)
関西合同労組18春闘行動
最低賃金を1500円へ
9職場・2労働局に要求
関西合同労働組合は、1月21日の旗開き・春闘集会での論議に踏まえ2月15日、16日と18春闘要求書提出行動に取り組んだ(写真)。
15日は兵庫支部で5職場と兵庫労働局への要求書提出行動をおこなった。段ボール製造のA社では分会長がマイクを握り、本社で働く労働者に、組合結成直後の争議を通じて実現してきた前進と、@低賃金の改善、A有給休暇の取得を求める新たなたたかいへ連帯を訴えた。運送B社では、組合事務所を確保し、新たに2人が組合加入。賃上げ要求をおこなった。運送C社では、高裁での損害賠償請求裁判の結審を踏まえ、「差別配車などの不当労働行為をやめろ」という抗議行動となった。その際同じビル内の運送D職場にあいさつ。運送E社職場では当該組合員とともに未払賃金の協定書不履行とパワハラに抗議。
労働局へは、働き方改革推進法の4点についての労働局の見解と最低賃金1500円(時給)への引き上げに関する交渉を要求した。途中、短時間だったが、兵庫支部も参加している「安倍やめろ、改憲阻止」三宮マルイ前定例街頭行動の仲間たちと合流した。
16日は大阪支部。鉄鋼物流F社では、社前行動と要求書提出をおこない、運送G社では、会長・悪質労務の激しい組合嫌悪・排斥のなか、分会長が抗議文を突き付けた。電線製造H職場では女性組合員が、高齢者継続雇用を踏みにじって不当な雇い止め解雇をした経営者に団体交渉に応じるよう抗議。I職場(運送)では、組合員への巧妙な差別配車に抗議・要求書を提出。大阪労働局には最賃1500円(時給)の要求と介護職場や運輸職場の劣悪な賃金労働条件の改善を要求、見解を求めた。
2日間の行動には、「STOP貧困! 大幅賃上げを! 18春闘を地域市民と闘う! 安倍9条改憲NO! 戦争できる国NO! 働き方改革法反対! 最賃1500円に!」の横断幕を掲げ、23人の組合員が結集し、12カ所の職場、労働局、街頭行動に出た。中小零細、介護、運輸の労働者に、共闘を呼びかけた。(石田)
3面
焦点
現職陸上自衛官による裁判
反戦自衛官 小多基実夫
私達に命を張る義務はない
東京高裁が差戻しを決定
安倍首相は、戦争法によって自衛隊の任務を海外での武力行使にまで拡大しておきながら「9条に明記しても自衛隊の任務や権限に変化はない」という。これは真っ赤なうそだ。いうまでもなく、憲法改悪をしなければ不可能なことを自衛隊にやらせようとしているから憲法改悪をおこなうのである。現に安倍は、「自衛隊員に、憲法違反かもしれないが何かあったら命を張ってくれというのは無責任だ」と改憲の必要性について衆議院で答弁している。つまり9条に自衛隊を明記するということは、自衛隊員に「命を張れ」と憲法で規定するということなのである。
現職の陸上自衛官が「集団的自衛権による防衛出動命令には従う義務(つまり命を張る義務)がない」と裁判に訴えた。一審東京地裁は「現時点で出動命令が出る具体的可能性はない」と却下した(昨年3月)のだが、控訴審で東京高裁は「すべての現職自衛官が命令の対象になる可能性が非常に高い」「出動命令に従わなければ、免職を含む懲戒処分や刑事罰、厳しい社会的非難が想定され、重大な損害を受けるおそれがある」「損害を避けるには命令に従う義務がないことの確認を求める訴訟以外に方法はなく、訴えは適法である」と、「原審破棄」東京地裁への「差し戻し」の判決を下した(1月31日)。
現職陸上自衛官の命をかけた「命を張る」義務不存在確認のたたかいが、訴えの適法性という橋頭堡を確保したのだ。まさにすべての自衛官に「命を差し出せ」と迫る安倍政権の改憲を許すのかが、彼の決起による裁判で争われ、この東京高裁判決で勝利への突破口が開かれたのである。24万人の自衛官、100万人の自衛官の家族がかたずをのんでこの裁判に注目していることであろう。
振り返れば48年前、三島由紀夫がクーデターを画策して失敗した「改憲」=戦争国家化が、いままさに進行している。先日、韓国人の友人にこの三島事件にかんし、当時三島から改憲クーデターを訴えられた自衛官たちの冷静かつ良識ある反応について話したところ、その友人は驚きの表情で「自衛官が呼びかけに応じていたらクーデターが起きていた訳であり、一般自衛官の行動が三島のクーデターを阻止したといえますね」と言った。まさに普通の自衛隊員が三島クーデター=改憲を粉砕したのだ。そういうとらえ方が大切だと思う。改憲攻撃と一体の攻撃として「最高司令官・安倍首相」から「戦死の覚悟」を突き付けられている今日の自衛官やその家族は、半世紀近く前にクーデターを訴えられた兵士以上の危機に直面しているのだ。安倍改憲の先には「軍法会議」の設置がもくろまれている。それを許せば、普通の自衛隊員による決死の裁判闘争さえ不可能になる。ここで改憲を阻止し、それ以上の悪化を阻止するために、彼とともに東京地裁「差し戻し」審をたたかい、勝利するのが私たちの課題でなければならない。
改憲阻止のたたかいからこの人たちを排除するようなことがあってはならない。本当に戦争を止めようとするのであれば、今こそ自衛官のなかに入っていかなくてはならない。私も改憲反対の大きな渦に加わり、その輪のなかに自衛官を迎えられるよう活動したい。
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3千万達成へステップアップ
堺市民アクションの取り組み
2月10日
堺市では
全国市民アクションの署名活動に呼応し、堺市でも「安倍9条改憲NO! 堺市民アクション」が立ち上げられました。2月10日には3000万署名活動後半に向けての「ステップアップのつどい」が開かれました。この間署名活動に取り組んでいる人たち121人が集まり、教訓を共有し、さらに広げる取り組みを確認しました。
堺市での目標は20万筆です。現在市民アクションで集約されているのは約1万9000筆。ツイッターボードにひとこと書いてもらうことを通して会話を始めるなど、まちかどでの工夫した取り組みも紹介されました。戸別訪問で公明党支持者の署名もありました。大学の校門前や高校を対象にした取り組みも報告されました。「憲法クイズ」、「はがき署名」ビラなどの道具もさまざまに工夫されています。井戸端会議でも使える20分弱の学習DVD(540円)も上映されました。1988年に創価学会婦人部が編纂した『まんが・わたしたちの平和憲法』をマスプリントしてる人もいます。
集会では中京大学教授の大内裕和さんが「『若者の安倍支持?』にどう向き合うか」という演題で講演しました。その紹介をします。
大内裕和さんの講演
去年10月の衆院選出口調査で自民党支持は20代が50%と最も高かった。小泉政権末期では自民党支持率は30%前後しかなかったが、12年9月の世論調査で支持が不支持を上回り、12年12月に第2次安倍政権が誕生した。その後アベノミクスによる「景気回復」、「若年層の就職状況の好転」という宣伝が若年層支持を定着させている。
だが憲法9条改正は必要かという問いに、18〜29歳の男性は66%、女性は62%が「必要ない」と答えている。全世代で最も多い(17年、NHK調査)。若者は改憲に反対でも安倍支持が多い。
91年バブル崩壊後の「氷河期」時代のショックが大きい。学校卒業時に就職が決まらなかった。そのときと比較して現在を「景気が良い」と考える。「自分たちは仕事があるだけでありがたい」と。
アベノミクスの問題点を若年層に伝えることができるかどうかがポイント。有効求人倍率はリーマンショックで下がり、2009年7〜9月に底を打った。そこから、つまり民主党政権時代から上昇している。アベノミクスでもグラフの傾きに変化はない。アベノミクスの効果ではない。GDP成長率は05年基準で民主党政権時(10〜12年)は年6・05%、自民党政権時(13〜15年)は1・89%。
大人が若者の貧困をわかっていない。若者はまさに、今生きるための「戦場」にいる。憲法9条よりも25条(生存権)が切実な問題。戦後革新勢力の若者理解の不十分性が若者を平和主義や改憲反対から遠ざけている。
2017年9月以来の日本政治の激変によって<リベラル対極右>の対立構造が形成され、曖昧化されてきた対決軸が明確になった。しかし新自由主義に勝つにはリベラル(自由主義)に加えてソーシャル(社会主義)が必要。貧困層の固定化と中間層の解体が同時進行している。分断支配を打破する社会運動・政治勢力の登場が求められている。(堺市 坂田 彰)
メディアの任務は権力監視
金平茂紀キャスターが講演
滋賀
「これでいいのか日本! 滋賀集会」は、毎年2・11集会としておこなわれてきたが、第13回になる2018年は、2月12日に大津市の解放県民センターで、TBS報道特集キャスターの金平茂紀さんを講師に招き、会場からあふれる250人の参加でおこなわれた(写真)。
金平さんは、「曲がり角をまがってしまった日本! 〜いつか来た道を歩まないために〜」と題した2時間を超える講演と質疑に応答し、参加者は、これ以上敗北を重ねないために、小異を残して大同について共に頑張ろうと確認した。
金平さんは冒頭、名護市長選の敗北について、名護だけの問題でなく日本全体の問題。資金と宣伝力と動員力を持った者が選挙で勝つあり方をつくられた。改憲国民投票の前哨戦だと話した。また権力におもねるメディアを激しく批判し、かつて筑紫哲也さんが、「メディアは権力を監視すること、少数者の意見を尊重すること、多様性を確保することが任務だ」と語っていたことを紹介。参加者は金平さんの話に引き込まれ、このきびしい現実に本気になってともにたたかおうと決意を固めた。(多賀信介)
【定点観測】
安倍政権の改憲動向
1月25日 (衆院本会議、「資金力のある団体などが広報宣伝活動を展開し、世論誘導に歯止めがかからない恐れがある」との質問に)、「広告、放送を含めた国民投票運動は基本的に自由とし、投票の公平さを確保するための必要最小限の規制のみを設ける」(安倍答弁)。
1月26日 「9条1、2項はそのままにして自衛隊だけ追記するのは、国民に憲法を守るとのイメージを与えるための政略的なごまかしだ。…いまさら明記する必要はない。そもそも理念、哲学に基く論理がない」(小沢一郎・自由党共同代表)。
1月26日 「…現在の権力者が憲法から自由になろうとしているかのような姿勢での改憲提案は、憲法を憲法でなくしてしまうもの。『憲法は国民が公権力を縛るためのルール。定義が間違っている方とは議論のしようがない』(枝野・立憲民主代表)というのは、本質的な論点であり、健全だ」(小林節氏)。
1月30日 (衆院予算委)「(改憲は)最終的には国民投票で決する。国民がその権利を実行するために国会で議論を深める必要があり、私たちにはその義務がある」(安倍答弁)。
1月30日 共同通信の1月電話世論調査。「安倍首相の下での改憲」に反対54・8%(12月調査より約6ポイント増)、賛成33・0%だった。
2月7日 自民党憲法改正推進本部・全体会合で「戦力不保持と交戦権否認を定めた9条2項を維持しながら、自衛隊の存在を明記する安倍首相(党総裁)案」で意見集約を開始した(2項削除案を推す意見も強い)。
2月15日 「(安倍首相は)自衛隊を憲法に書くだけで何も変わらない、と大うそをついて国民をだまそうとしている」(枝野・立憲民主代表)。
2月19日 「戦力不保持や交戦権否認を定めた9条2項を削除、陸海空自衛隊を保持すると明記する」石破案を自民改憲本部に提出した。自民改憲草案は「国防軍」としているが、「国民に抵抗感が強ければ、名称にこだわらない」(石破)とした。
4面
寄稿
韓国・参与連帯 安珍傑さんに聞く 最終回
小川房雄(ジャーナリスト)
意見のちがいを最小化する
日韓の連帯
安珍傑 今後NGOや労働運動、そして労働運動に近い勢力は、日韓で協力して、北の問題はありますが、いやむしろ北の問題があるからこそ、よりいっそう共同でとりくむ闘争を考えていくべきだと思います。
日本と韓国は、労働者の過労問題、非正規問題、派遣労働者問題など共通した課題が多い。この前、大阪のユニオンの事務所に貼ってあるポスターが韓国とまったく同じなのにはびっくりしました。脱核・脱原発の問題、平和の問題、非正規の問題、最低賃金、過労の問題など韓国とまったく同じスローガンが書かれていました。これには驚きとともに、少し悲しさを感じました。
日本の労働者や民衆も、新自由主義政策の被害者である。大企業、財閥によって経済的に支配されている。安倍や朴槿恵がやってきたことによってともに苦痛を受けているのが日本と韓国の民衆だと思うと、悲しくなるとともに、一体感もわいてきます。やはり連帯していかなければいけないと思いました。
韓国・ソウル市内にある参与連帯本部ビルでインタビューに応じる安珍傑さん |
公営放送をまともにするスト
KBS(韓国放送公社)とMBC(文化放送)は公営放送なんですが、日本の産経新聞に匹敵するような主張をしています。「社長は退陣せよ」などのスローガンを掲げて労働者がストライキでたたかっています。公営放送をしっかりさせることは、労働運動にたいする不信を取り払っていくことにつながると思っています。
いま韓国ではTHAAD問題と、公営放送をまともにさせるための公営放送ストライキが重要な問題になっています。
100%の民衆の支持をめざす
―平和路線を貫くことについて「私自身覚醒した、悟った」とのことですが、ご自身の体験についてお聞かせください。
安 私は1991年に大学に入りました。その当時の韓国社会は全斗煥や盧泰愚というファッショ政権の雰囲気が残っていました。だから私も鉄パイプを持ち、火炎瓶を投げるというたたかい方をしてきました。金泳三、金大中、廬武鉉といった政権の時にも、民衆の同意を得られないたたかいをいくつかやってきました。李明博政権や朴槿恵政権にたいしては、「強力な闘争をしなければいけないのではないか」という主張もありました。
2008年のろうそく集会は大衆的に取り組まれたのですが、なかには、おとなしく集会に参加していることがもどかしく感じているグループもいました。彼らが警察が暴力行為を働いていないのに、警官を殴ったりすることがあったんですね、全体の方針とは関係なく。そのことがマスコミによって大々的に報道されて、ろうそく集会そのものへの民衆の支持を失ってしまいました。
またセウォル号事件の追悼集会でも、事件の責任を問うために青瓦台に向かったんですが、それにたいして警察が阻止線をはりました。これにたいして暴力的とまではいきませんでしたが、警官隊とデモ隊が体でぶつかり合うということがありました。それを見ていた人びとは、「追悼集会なのに、どうして警察とぶつからなければならないのか」という疑問を持ったのです。
2016年から2017年にかけておこなわれたろうそくデモでは、必ず朴槿恵を権力の座から引きずり降ろさなければならない。そうであれば、100%の民衆の支持を得なければいけないと。そのためには衝突は避けなければならない。徹底的に平和的に集会をおこなおうと思ったのです。
デモの申請が通らなければ警察が阻止線を張ります。これまでだったらそれにぶつかっていったんですが、今回は、不許可になった事案をすべて裁判所に提訴しました。裁判所に私たちの要求を認めさせて、少しずつデモ申請が通る範囲を広げていきました。そして最終的には青瓦台の100メートル手前までデモの許可を勝ち取ったわけですね。そういう取り組みをやりました。
今後も情勢しだいでは、体を張ったたたかいも必要になるとは思いますが、その際には民衆の意識状況を注意深く分析しながら、戦術を判断しなければならないと思っています。
数百人の運営委員会
―今回のろうそく集会を組織する際、円卓会議という形でかなりの大人数で運営し、しかも多数決でなく満場一致の方式をとったと聞きました。
安 私たちはさまざま規模の連帯の取り組みの経験を持っています。そこでは多数派の意見、少数派の意見、急進的な意見、穏健的な意見などさまざまな意見が出されます。行動への参加者が多くなればなるほど、討論を通して可能なかぎり意思一致をはかることが必要になります。そうしなければ、突出した行動を取る人たちが出てきます。そうなると、産経新聞のような保守系マスコミの攻撃にさらされてしまいます。だから、討議を通じて闘争路線、デモコース、集会内容やスローガンまで統一します。もちろん参加した市民が自分の言いたいことを叫ぶというのは大事なことですが、集会スローガンを統一することについては、集会の参加団体に属する人たちには合意をしてもらいました。とくに大規模な集会をやるときには、団体間の合意というのは重要です。
朴槿恵政権退陣国民非常行動の運営委員会は、円卓会議みたいなものですが、その規模は百人から数百人、市民も入れて2千人になることもありました。なるべく多くの団体が運営に関与できるようにして、最大限の意見集約を可能にしました。このような議論によってそれぞれの意見のちがいを最小化させるという作業をやったことが、今回のろうそく集会を成功させるのに大変役に立ちました。
―意見の違いを最小化させるための討議というのはどういうものですか。
安 約百団体の代表者が百人ほど集まって会議をするわけですが、最終的には、大きな団体がまとめ役をします。民主労総、参与連帯、民弁(民主社会のための弁護士会)といった団体が、話を聞いた後で議論を整理をします。議論されるのは、デモコースをどうするのか、ここで警察が阻止線を張ったらどう対応するのかといったことです。それを時間制限なしに議論します。みんなが2008年のろうそく集会をつぶされた経験を共有していますので、急進的なグループも、今回は民衆の多数に受け入れられる方向でいこうということで同意してくれました。これが大変ありがたかったと思います。
世界の運動を見ると、急進派と穏健派の間で対立し、極端な場合には殺し合いになるということもあります。韓国も内部対立はひどい方ですが、今回は、急進派が、民衆的な戦術を取ることに共感してくれたのがよかったですね。そこには「何よりも朴槿恵政権を必ず倒さなければならない」という合意があったからだと思います。
北朝鮮の核問題か
―北朝鮮の核問題については韓国、日本、アメリカの民衆、加えて北朝鮮の民衆も含めて、力を合わせて問題の解決に当たらなければならないと思います。そのことについて展望をお聞かせください。
安 私も学生のころは金日成主義に近い運動をやっていました。しかし、北について学べば学ぶほど、最近の北のやっていることが南韓や日本の運動にとって役に立っていないという思いを強くしています。
アメリカの対北敵対政策が北をこのように追い込んでいることは十分理解できますが、北が武力示威を繰り返すことがどういう結果をもたらしているでしょうか。安倍に口実を与え、トランプが韓国に大量の武器を売リ付けるという結果になっているのです。そして文在寅政権を難しい立場に追い込んでいます。
ですから、私たちも「祖国は一つだ」と思っていますが、運動をやってきた人間の立場から見ても、北にたいしては理解しがたい状況になっています。
しかし原則は「対話と妥協」だと思っています。何よりも北・米間の国交樹立なり、平和条約というのが必要だと思っています。
そこには中国の動きもあります。だから市民的なレベルで言ったら、中国の市民も巻き込んで、「絶対に戦争や軍事行動はだめだ」という声を上げていかなければならないと思います。北にたいしては自制を訴え、トランプにたいしては、最近よく言われている「軍事的なオプション」を絶対に使わせないように声を上げていかなければいけません。
ですが金正恩が私たちの言うことをなかなか聞いてくれないのが難しいところですが、とりあえず私たちは、北とアメリカが平和条約を結び、国交を樹立すべきだと強く要求していかなければいけないと思います。
「わが町労働権取り戻し」
―非正規雇用の問題について市民運動が支援を模索している例として、「わが町労働権取り戻し」というお話がありました。
安 民主労総が、大企業労組中心の運動をやっていることには内外から批判があるところです。民主労総は非正規・未組織戦略室を置いて一所懸命やっていますが、やはり民主労総が取り組むのは大規模な闘争です。町の零細企業で労働組合をつくるところまで手が回らないんですね。相談も全部に応じることができるわけではありません。
だったら自分が住んでいる地域については、自分たちで労働相談やろうということで、東大門区で学生運動出身者が労働相談を受けましょうということになったのです。
未払い賃金があったら労働者の相談にのる。労組をつくりたいということだったら組織化の相談もする。学生運動出身者がそういうことを始めています。組織化の相談だけではなく、使用者側が組合結成を妨害できないよう、先手を打って外から宣伝するということに取り組んでいます。
そういう外から支援する方法と、もう一つは、80年代やっていたような偽装就労ですね。ホームプラスという大手スーパーがあるんですが、実際にそこに入って組合を作っています。また宅配労組をそういう形で作りました。就労してなかから作るというパターンですね。
零細事業所は入ってつくるのは難しいから、外で相談するという形が多いのですが、急いで組合を作らなければならないときは民主労総に任せておられないので、自分たちでやりましょうということです。私も地域のメンバーで、会費を月々1万ウォンずつ払っています。
日本にはフリーター労組や青年ユニオンがありますが、そこから影響を受けて、韓国でもアルバイト労組とか、青年ユニオンが作られました。そこでは自分たちで組合をつくることもやりますけれども、組合を作りたいという人を外から支援するという取り組みもやっています。そういう形で影響を受けています。(おわり)
5面
論考
海自と帝国海軍の連続性
悲願の航空母艦保持へ
鈴木一郎
海上自衛隊の念願
固定翼機搭載空母の保有
最近、護衛艦「いずも」型の甲板をF35B(垂直離着陸型のF35戦闘機)が使用できるように甲板の耐熱改修をおこない搭載させる検討が浮上してきた。従来は、「いずも」型はあくまでヘリ空母であり、垂直離着陸型戦闘機の搭載はあり得ない、と公式には表明してきた。しかしながら、旧海軍の主力空母蒼龍や飛龍と同等サイズで、全通甲板の空母に垂直離着陸型戦闘機を搭載しないはずはなく、隠然と企図していることは明らかであった。
海上自衛隊は、戦後、取りあえず掃海部隊を温存し、それを中心として復活を遂げた。しかし、かつての海軍が空母の戦力を主体にして華々しい「戦果」を上げたことを受け継いで、海上自衛隊にとって固定翼機を搭載した空母を保有することは念願であった。空母の保有を幾たびも試みては挫折を繰り返してきた経緯がある。
海自は空母を保有していないにもかかわらず、通常の陸上機よりも脚の強度が高い練習機で、急角度の着陸訓練を昔から継続している。いつかは空母を保有する日が来ると備えてきたのだ。最初は全通甲板の輸送艦「おおすみ」。次に「ヘリ空母」の「ひゅうが」。そしてようやくヘリ搭載の「いずも」にたどり着いた。
F35Bの搭載は、遠方に進出した空母に、攻撃的性格を付与する。それは海上自衛隊の性格を根底的に変更するものとなる。
旧軍の伝統
陸自、空自と海自の相違
陸海空3自衛隊と旧軍との関係は、明確に異なる。
1945年敗戦後、一切の軍事組織を解体するという占領政策にもかかわらず、復員関係省庁や米軍情報機関などに旧軍機関が残り、軍隊の再生を画策した。
米国は1950年の朝鮮戦争の勃発時、予想外の「南側」の劣勢に際して、当初の日本の非軍事化方針を転換した。しかし、連合国軍総司令部(GHQ)は1950年7月急きょ創設した警察予備隊において、戦史編さんのための歴史課に集めた旧陸軍参謀本部作戦課長服部卓四郎らが画策する旧陸軍を再生する案を拒否した。陸自と日本陸軍とは、十分にはつながっていないのだ。GHQは陸軍の主要幹部を新たに創設した警察予備隊の幹部に入れることに難色を示し、差し当たっては警察官僚が主要なポストを占めた。
一方で旧海軍のグループは、戦争末期の米軍の「飢餓作戦」により敷設した周辺海域の機雷除去に米海軍が日本海軍の掃海部隊を必要とすることを契機に、厚生省第2復員局総務部として人員を残すことに成功した。さらには、朝鮮戦争において元山上陸作戦を実施するにあたっての機雷除去の必要性から、極秘で日本側の掃海部隊を朝鮮戦争に参戦させることを必要とした。こうして、旧海軍は組織として生き延びることに成功した。海上自衛隊が日本海軍の伝統を受け継いでいるという由縁である。陸、空自は、一部には旧軍の出身者を含んではいるものの、組織としての連続性はない。
空自は、主要幹部が陸海軍の航空関係者から構成されてきたせいもあり、必ずしも旧軍との組織的な継続性が明確ではない。陸、空自は米軍が作った米軍の補完的軍隊という色彩が色濃い。
「伝統」継承の意味するもの
―反省なき「伝統」
軍隊において、伝統を受け継いでいるとは、どのような意味があるのか?
設立当時、陸、空にも旧軍関係者は主要幹部として、結局は多数が採用された。しかし、それはあくまで、個人が採用されたものであり、組織が温存されたものとは別物である。確かに、陸、空でも、訓練期間に旧軍の軍歌を積極的に取り入れたりするものの、組織的伝統は断ち切られている。
他方で海上自衛隊の特に艦船部門(航空部門に比べ)では、現代においても戦前の「常識」が息づいている。それは隠然と鉄拳制裁が是認されたりすることなどに象徴的に表れている(陸、空自では少なくとも建前では暴力制裁は否定されている)。これらに見られるように、「軍隊」としての「伝統」が根付いている。何よりも、海上自衛隊には、かつて旧海軍の「輝かしい」戦歴を受け継ぐものという考え方が息づいている。これにたいして、陸、空はいまだに戦争をしたことのない「軍隊」としての負い目があり、実戦を経験しないことにはこれを払拭することができない。
かつての旧陸海軍は、多くのアジア民衆に塗炭の苦しみを味あわせた犯罪的組織であり、到底肯定することはできない。それが、何らの反省もないまま生き延びていることは許すことはできない。反省しない者は、また同じ過ちを平気で繰り返す。多くの方に、今一度、自衛隊の創成の詳細な過程を知ってもらい、現在でも生き延びているゾンビ=海上自衛隊の存在を認識していただきたい。
参考文献
『軍事史(下)』藤原彰著 2007年、社会評論社。
著者は1922〜2003 陸軍士官学校卒、中国戦線に従軍、陸軍大尉で復員。戦争体験を深く反省することを基本にしながら、日本における軍隊について詳しく述べている。「天皇制と軍隊」(青木書店)、「中国戦線従軍記」(大月書店)、「餓死した英霊たち」(青木書店)などの著作がある。
『よみがえる日本海軍』ジェイムス・E・アワー著 1972年、時事通信社。
著者は1941年生まれ、1963年海軍少尉任官、掃海艇、駆逐艦乗員。1972年博士課程論文として本書を執筆。レーガン政権に対日安全保障に関する専門家として参加。この著書は、あくまで「米国の自由と民主主義」を正義とする立場から述べられているが、海上自衛隊の誕生に関する詳細な経緯を知ることができる。
2・11建国記念日反対集会
安倍、維新の「教育再生」と対決
集会後、大阪駅前までデモ行進 |
「建国記念の日」反対!「日の丸・君が代」処分撤回!「戦争する国」づくりをすすめる教育を許さない!2・11集会が大阪市内でひらかれ、300人が参加。
初めに、〈「日の丸・君が代」強制反対・不起立処分を撤回させる大阪ネットワーク〉代表の黒田伊彦さんが集会の意義を提起。
今年は明治150年にあたると大宣伝して「明治の精神に学び日本の強さを再認識する」と言っているが、これは再び戦争する国家として政治と国民の精神構造を作り替えようとするものだ。新天皇即位に伴う諸儀式は国家神道として引き継いだ宗教儀式である。卒・入学式における「君が代」斉唱の強制は、天皇のための戦争遂行の共同意思形成のツールだった。戦前の思想に回帰し戦後の憲法原理による民主主義を破壊する、安倍政権とそれを補完する大阪維新の会らによる「戦争する国家への現代版国民精神総動員運動」を許さず、希望と真実の教育を作り出そうと提起した。
夜郎自大がはびこる
続いて京都大学教授の駒込武さんが講演。
「夜郎自大」(自分の尺度でしかものを見ず、自分の実力も世間の広さも知らずに、仲間のなかで尊大に振る舞っている小人物のたとえ)が伝染病のように広がって、それを行政が止めようともせず、助長している。教育をゆがめる力がどのように働いてきたかを、森友学園と朝鮮学校という対照的なケースを同時に射程に入れて考えると背中合わせの関係にあると、補助金裁判に意見書を書いた立場から詳しく論理立てて話した。
学校教育法第1条に定める「一条校」と「各種学校」の違いを明らかにして、塚本幼稚園・瑞穂の國記念小学院は「一条校」であるから政治的中立性を厳しく問われるべき、それにもかかわらず、自民党総裁・総理の夫人が名誉園長・名誉校長として名を連ね、多額の公費補助がなされた。朝鮮学校は「各種学校」であるから行政は政治的中立性という観点から「設備・授業」について基本的に干渉できない。それにもかかわらず政治的中立性原則違反などを理由として公費補助を打ち切られる。大阪維新の会や自民党の私的な利害のために排外感情を刺激し利用し、法の下の平等を無視し、行政による不当な差別をおこなっている。
安倍晋三や大阪維新の会が推進する「教育再生」は「日本再生」のためのもの。その場合の「日本再生」とは、瑞穂の國記念小学院の教育方針が象徴しているように自分の尺度で「ニッポン、スゴイ」と威張り、これに唱和しない他者を差別し排除するもので、「夜郎自大」な態度は好戦的な空気の土台となる。「夜郎自大」な態度を克服するためにも森友学園と朝鮮学校を同時に射程に入れながら教育にかかわる普遍的な尺度を追求する必要があると提起した。
森友問題の責任追及
休憩後、川口真由美さんと沖縄から駆けつけたヤスさんのミニライブ。名護市長選は、相手方の卑劣な選挙戦により敗北したけど、辺野古新基地反対という県民の意思は負けていない。勝利するまであきらめないで頑張ろうと歌って会場は盛り上がった。
続いて〈森友学園問題を考える会〉木村真豊中市議の特別報告。これまでの活動で、昨年4月開校予定は阻止し、塚本幼稚園では教育勅語の暗唱はしていないのを確認している。虚偽答弁をして国税庁長官になった佐川に怒りの声をあげよう。2月16日、確定申告初日に、国税庁をはじめ、全国各地の国税局前で抗議行動をしようと提起した。
各団体から連帯アピールの後、集会決議を確認して、大阪駅方面までのデモで多くの市民にアピールした。
6面
韓国の兵役拒否者に聞く
軍国主義再生産する徴兵制
2月9日 大阪
2月9日夕方、大阪市内で「国家と徴兵制―韓国の兵役拒否者に聞く」というタイトルの集会がおこなわれた。主催は同実行委員会。群馬、東京など遠くからも参加があった。
呼びかけ人代表として〈「子ども脱被ばく裁判」を支える会・西日本〉代表、「高浜原発3・4号機即時停止・仮処分」裁判の原告である水戸喜世子さんが開会あいさつ。続いて韓国ソウル市の成均館大学講師であり梨花女子大講師である藤井たけしさんから問題提起を受けた。藤井さんは日本人としては初めて「歴史問題研究所」の研究員となり、韓国現代史を研究している。
軍隊は何のために
軍隊は戦争のために存在しているというのが「常識」だが、そこから疑うべきだと言う。現代の戦争において、はたして何十万もの歩兵が必要だろうか? 戦争は国家が最も強い時期と考えられているが、実際は最も弱っている時期である。だからこそ戦争に負けると革命に繋がったりする。銃を国民に与えて、その銃口がどちらに向くのか分からない場合徴兵制は無理である。
韓国では植民地支配されていた1930年代から徴兵制の話は出ていたが、兵士が必要なのにもかかわらず実施されなかった。実際に徴兵が実施されたのは52年9月である。同年の大統領選で現職の大統領である李承晩が圧勝し、住民を十分統制できていると判断したのである。
53年に朝鮮戦争の休戦が成立してからも徴兵は続けられた。61年の軍部クーデターによって軍人が政権を握るようになってから62年に兵役法が全面改定され、兵役拒否者を厳罰に処し、兵役拒否者を雇用したものも処罰すると決められた。また63年には選挙法が改定され、兵役拒否者の被選挙権を20年はく奪することが明記された。
このように徴兵制を社会統制手段として用いている。例えば67年6月に実施された国会議員選挙の不正にたいし、学生運動が活発化したとき、兵役を忌避している大学生を除籍するよう国防部は各大学に要請した。学生を軍隊に送ることによって統制するのだ。こういうやり口は80年代に「緑化事業」という名で全面化された。
韓国では徴兵制は戦争のためではない。漠然と「平和」を唱えるだけでは軍隊批判にならない。だとするなら軍隊批判はどのような取り組みとなるべきだろうか?
つぎにミュージシャンであり〈徴兵制廃止のための市民の会〉ソウル支部長で兵役拒否者への支援運動をしているアン・アキさんから韓国の徴兵制が抱える問題点についての話を聞いた。
旧日本軍の精神
韓国の徴兵制度は旧日本軍の精神を受け継いでいる。90年以降人口減少が続いている韓国で、現在も60万の兵力を維持しようと韓国国防部は徴兵検査基準を下げ、その一環として補充兵役対象者と免除者さえ徴兵の対象者にした。韓国の徴兵制は本来の機能を喪失し、それ自体存在するための制度になっている。
これは旧日本軍の残滓として問題であるだけでなく軍国主義の再生産を意味する。東アジアの軍備縮小と世界平和のために必ず廃止すべきだ。そして私たちにこう問題提起した。徴兵制だけでなく、過去と同じ国家動員システムが日本で再び復活したら、みなさんはどうするのですか。
戦争なき社会へ
続いてクロストーク。東京在住でベ平連の「良心的脱走兵」の逃走支援組織(JATEC)に強い関心をもって卒業論文を書いた若者と兵役拒否者のアン・ジフヮンさん、〈戦争なき社会〉を立ち上げた反戦・平和運動活動家のチェ・ジョンミンさん、先述のアン・アキさんが登壇。
ベ平連の論文を書いた若者は韓国の徴兵拒否者支援について語った。2012年に韓国からフランスに亡命する人が出てきた。彼が日本でその話をすれば韓国に届くだろうと思って、アン・アキさんや雨宮処凛さんに相談して東京で実現できた。韓国では入隊する前に自殺する人がいるという。
アン・ジフヮンさんが発言。兵役拒否をしようと思った決定的な契機は2000年代はじめ、平沢米軍基地拡張移転の時、直接軍人が村人や平和活動家を鎮圧する流血事態があった。国家や軍隊がどういうものであるか、強烈なイメージを残した。それは自分だけでなく多くの兵役拒否者がそうだった。次の世代になると龍山惨事という事件があった。強制退去をさせようというなかで住民と警察官が焼死した。国家暴力を経験するなかから兵役拒否をするようになった。
チェ・ジョンミンさんは、兵役拒否の運動を立ち上げた経過や武器取引反対運動について話した。最初に運動として兵役拒否をする人たちが現れたのは90年代半ばから。08年、キャンドルデモを鎮圧する戦闘警察のなかから兵役を拒否する人が出てきた話は興味深かった。(池内慶子)
国に奪われたアイヌの遺骨
差別と抑圧の北海道開拓史
2月4日 東京
2月4日「北方領土の日」反対! アイヌ民族連帯! 関東集会が東京・渋谷区で開かれた。主催は〈「北方領土の日」反対! 「アイヌ新法」実現! 全国実行委員会(ピリカ全国実)・関東グループ〉。
冒頭、司会者が「文科省に報告されただけでも国内各地の大学に、返還されていないアイヌの遺体が2000体ある。北大だけでも1000体。東大は遺骨だけでなく、土葬された遺体から血液も盗んでいった。阪大も京大もやっている。京大は奄美や沖縄からも遺骨を奪っていった。おじいさんやおばあさんの遺影を掲げているお宅があると思うが、その方たちと同世代の遺骨だ」と弾劾した。
集会の基調報告では@「北方領土の日」に反対しよう A「慰霊・研究施設」建設反対、遺骨はコタンに返せ、差別研究を許すな B「明治・北海道150年」式典に反対しようの3点にわたって報告。アイヌへの差別・抑圧の歴史とその居直りを弾劾した。
今年8月5日、札幌で「北海道150年」式典が予定されている。また10月に「明治150年式典」が開かれる。これらに反対する行動を呼びかけた。
講演は平取「アイヌ遺骨」を考える会・共同代表の木村二三夫さんがおこなった。講演要旨は次の通り。
先住民族はアイヌ
私は1949年、平取町で生まれた。人口は多い時で1万2千人強(現在5千人)、そのうち1割強がアイヌだった。学校の生徒はほとんど和人で、クラスの50人中アイヌは4、5人。いじめの的になった。
私はアイヌの問題には無関心を装っていたが、たまたま通りかかった新冠町姉去、(現在の大富地区)で、車を停めたところの崖下に小さな碑を見つけた。そこには「旧土人学校跡地」と書かれていた。それ以降、何かに背中を押されるようにアイヌ強制移住や遺骨返還の問題に取り組んできた。
北海道「開拓」時のの日本人の艱難辛苦は確かにあった。その一方でどれほどのアイヌの汗と憎しみがしみついているか。タコ部屋労働者の朝鮮人、中国人の犠牲があったということがどれほど認識されているのか。アイヌにとっては不平等と屈辱の歴史だった。
全道で20カ所以上のアイヌの強制移住がおこなわれた。姉去から50キロ上流の旭地区への移住が悲惨だった。
アイヌにとって大地は神からの借り物で、必要最小限の資源を採る生活で十分だった。「御料牧場」開設にあたって、天皇の名のもとにアイヌをだまし、牛馬のようにこき使い、どう喝と暴力で立ち退かせた。70世帯300人が、言葉にできない苦労を強いられた。これは強制移住のほんの一部だ。
過去に目を閉じる者に未来はない。私たちの子孫のために正しい歴史を語り継ごう。遺骨の所有者はアイヌであり、国や大学ではない。墓から盗んだ遺骨は自分たちの手で元に戻すのが人の道だ。遺骨返還訴訟では心ならずも和解したが北大からの謝罪はない。北大はわずかな移送費と埋葬費用の負担で済んだ。
北方四島返還運動に関わる若者に「先住民族はアイヌ」という正しい歴史を伝えてほしい。アイヌの遺体も「拉致」されたままだとわかってほしい。
講演資料として会場で配られたアイヌの旧姉去住民の嘆願書には「(移転を断ろうとすると)御料の重役の方が立退かなければ家を焼き拂ふとか、打ちこわすとか又それだけの権利があるとかの話につき止むを得ず涙と共に長く住みなれた姉去村を立退くことにあきらめました」とある。(向井信一)