未来・第233号


            未来第233号目次(2017年10月19日発行)

 1面  安倍一強政治に終止符を
     沖縄高江 米軍ヘリ墜落事故弾劾

     安倍9条改憲にNO!
     3000万人署名の成功を

     未来を切り拓く三里塚の闘い
     故北原事務局長の遺志継ぐ
     10月8日成田市

 2面  非正規差別の撤廃へ前進
     郵政20条裁判で勝利判決
     9月14日 東京地裁

     堺市長選で維新が敗北
     もう「都」構想はいらない

     市民と野党の共闘を
     総選挙直前のロックアクション
     10月6日 大阪

 3面  寄稿
     東電に原発を動かす資格はない
     柏崎原発再稼働を許すな
     若狭の原発を考える会 木原恵子さん
                木原壮林さん      

     米軍基地撤去へ国際連帯
     パク・ヒジュ市議(韓国金泉市)が講演     

 4面  天皇による生前退位の意思表明について(上)
     日本国憲法上の問題とその合意
     八代 秀一

     短信
     サンフランシスコ市に「慰安婦」記念碑
     ー大阪市が設置反対で圧力

 5面  神戸で中野晃一さん(市民連合)が講演
     立憲勢力の意義と課題語る
     9月30日

     人らしく生きることを求めて
     生活保護基準引き下げ違憲訴訟

     優生思想と植民地主義は一体
     世直し研で斉藤日出治さんが講演

 6面  長期連載ー変革構想の研究 第2回
     1848年革命と共産主義者同盟@
     請戸耕市

     本の紹介
     『貧困世代〜社会の監獄に閉じ込められた若者たち〜』を読む
     藤田孝典著

       

安倍一強政治に終止符を
沖縄高江 米軍ヘリ墜落事故弾劾

 11日午後5時半頃、沖縄県東村高江の民間地に米軍大型ヘリCH53が墜落した。昨年12月名護市安部にオスプレイが墜落してまだ1年もたたないうちの重大事故である。沖縄県民の生命を危険にさらしながら進められている米軍基地の強化をこれ以上許すことはできない。
 総選挙で、安倍一強政治への怒りを解き放とう。森友・加計疑惑を隠蔽し、国政私物化を居直る安倍政権を打倒しよう。

改憲大連合許すな

こうしたなかで登場した小池新党=「希望の党」は、野党第1党の民進党を解体し、破産寸前の安倍改憲政治を救済する役割をはたしている。それは2015年戦争法反対闘争の高揚が作り出した「市民と野党の共闘」への大逆流だ。自民・公明・希望・維新の改憲大連合の登場を押し戻さなければならない。
民進党の解体を絶好のチャンスと見た安倍は、自民党の選挙公約で「憲法改正」を正面から押し出した。そこでは「自衛隊の明記」「教育の無償化・充実化」「緊急事態対応」「参院の合区解消」の四つをかかげている。「教育の無償化・充実化」や「参院の合区解消」は、憲法を改正する必要はない。
最大の問題は9条改憲に踏み込んだことだ。具体的には9条3項に「自衛隊」を書き込み、憲法の平和主義を根本から解体し、戦争国家へ全面的に転換するものである。

野党共闘候補に投票を

総選挙のもう一つの大争点は、森友学園事件、加計学園事件、そして自衛隊日報事件などで示された、安倍政権による国政の私物化に民衆の断を下すことだ。
 加計学園事件では「国家戦略特区」の問題性が浮き彫りになった。その実態は国内の特定の企業に便益を図るための「治外法権制度」である。特区の枠組みを利用してインフラ整備などに多大な税金が投入されている。首相周辺の関係者や一部企業の私利私欲のための制度が「国家戦略特区」である。このような制度は直ちに廃止すべきだ。
 今回の選挙の争点をあらためて明確にしよう。第一に9条改憲反対である。戦争法と秘密保護法の廃止。沖縄・普天間基地の使用中止。辺野古新基地建設の中止と高江のヘリパッド撤去の実行だ。
 第二に、森友・加計疑惑、自衛隊日報事件の全面解明である。
 第三に、原発ゼロに直ちに着手すること。稼働中の全原発を即時停止。福島第一原発事故の収束と被災者支援を最優先課題とする。
 第四に、消費税率10%引き上げの中止。「定額で働かせ放題(残業代ゼロ)」の高度プロフェッショナル制度導入を目指す労働法制改悪一括法案を阻止すること。
 市民運動、反基地運動、反原発運動、労働運動が力を合わせ、野党共闘の全員当選めざし、安倍一強政治に終止符をうとう。 

安倍9条改憲にNO!
3000万人署名の成功を


いま全国で『安倍9条改憲NO! 憲法を生かす全国統一署名』が取り組まれている。呼びかけは〈安倍9条改憲NO! 全国市民アクション〉。
“安倍9条改憲反対”の一点で広範な大衆運動をつくりだそう。9条改憲を阻止できるのは、大衆運動の力である。3000万人の力で改憲攻撃を吹き飛ばそう。

【全国市民アクション発起人】

有馬頼底 内田 樹 梅原猛 落合恵子 鎌田慧 鎌田實 香山リカ 佐高信
澤地久枝 杉原泰雄 瀬戸内寂聴 田中優子 田原総一朗 暉峻淑子 なかにし礼
浜矩子 樋口陽一 益川敏英 森村誠一
※署名用紙はインターネット「安倍9条改憲NO!」と検索すればダウンロードできる。

未来切り拓く三里塚の闘い
故北原事務局長の遺志継ぐ
10月8日成田市

10月8日、千葉県成田市で三里塚全国総決起集会が開かれ、710人が参加した。 集会では最初に、8月9日に亡くなった故北原鉱治さん(三里塚芝山連合空港反対同盟事務局長)に参加者全員で黙祷を捧げた。
反対同盟の萩原富夫さんは基調報告で「市東さんのたたかいの中に、農民闘争としての、そして全人民に通じる三里塚の魂がある。国策とたたかう三里塚・沖縄・福島を軸に、労働現場や生活のあらゆる現場でたたかいをつなぎ、安倍打倒へ共にたたかおう」と訴えた。
集会では反対同盟顧問弁護団、国鉄千葉動力車労働組合、全日建連帯労組関西地区生コン支部などが発言。
沖縄から安次富浩さん、若狭の原発を考える会から木原壯林さんが発言した。
反対同盟の市東孝雄さんと、遺族からのあいさつをおこなった北原健一さんの発言を紹介する

父の遺志を継ぎ、同盟の一員として闘う
北原健一さん

8月の葬儀には全国から多くのみなさんがご会葬くださいましてありがとうございました。父がなぜ51年間たたかって来れたのか。またこれからもたたかおうとしていたのか。世の中の差別と抑圧、権力による暴虐に立ち向かい、同時に、この51年間のなかで失われてきた多くものをを取り戻すという希望が、父を動かしたのだと思います。この空を戻せ、この大地を戻せ、この空港を元の大地に戻せ。これが亡き父の思いであったと思います。
私は70歳になりますが、同盟の一員として頑張りたいと思いますのでよろしくお願いします。

三里塚闘争は 終わっていない
市東孝雄さん

本集会は8月9日に亡くなった北原鉱治反対同盟事務局長の追悼をかねておこないます。北原さんは信念を曲げず、正義を貫き、50年の長きにわたってぶれることなく、闘争を続けてきました。そのすごさに感服し、感謝しています。
反対同盟はいろいろなところに出向いて国策とたたかう人たちとの交流を図り、共に学びながらこれからも進んでいきたと思います。労農連帯、市民運動、学生と共に団結し、大きな輪を作りながら、反対同盟となら共にたたかえるという陣形を作るのが、私たち残された者の責任だと思っています。三里塚の空港反対が終わっていないんだということを世に知らしめる決戦の場であると思います。

2面

非正規差別の撤廃へ前進
郵政20条裁判で勝利判決
9月14日東京地裁

9月14日、東京地方裁判所民事第19部(春名茂裁判長)は、郵政産業労働者ユニオン(郵政ユニオン)所属の時給制契約社員3人が、労働条件における正社員との格差是正を求めて提訴した裁判で、その一部を認める判決を出した。

非正規の思い訴える

この裁判は、労働契約法に新たに加えられた20条に基づき、郵政ユニオンが2014年5月に東京地裁に提訴したもの。大阪地裁にも同年6月、大阪、兵庫、広島の8人が提訴し、今年9月27日に結審した。大阪地裁の判決は来年2月21日。
労働契約法20条とは、労働契約における雇用期間の有無によって、労働条件に格差を設けるのは不合理として禁止するというものだ。多くの労働現場で正社員(無期雇用)と同等の仕事をしながらも非正規(有期雇用)ということで労働条件が極めて悪い実態がある。非正規職の当該は、日々差別的な扱いを受けていることを実感している。この20条で非正規の思いを訴えることができるということで各地で裁判がおこされている。

判決を闘いの武器に

原告である郵政ユニオンの組合員は、長年郵便局で働き、正社員と同じかそれ以上の業務をこなしながらも、正社員には支給している手当や休暇を日本郵便が一切与えなかったことを不当として訴えていた。判決は、年末年始勤務手当、住居手当、夏期冬期休暇、病気休暇が契約社員に与えられていないのは不合理であり、労契法20条に違反するとして、損害賠償を一定の割合で認めた。
しかし、「直ちに契約社員の労働条件を正社員のものと同じにせよ」という求めは退けた。「同条に違反する労働条件は無効だとしても、直ちに正規の労働条件に変えなければならないという、補充的効力が同条にあるかについては明文規定がない」というのがその理由である。労働条件の不合理性の解消は、「労使間の個別的あるいは集団的な交渉の結果も踏まえて決定されるべき」とした。
判決を受けて原告、被告とも控訴している。郵政ユニオンはこの判決を武器に直ちに団体交渉に入ることを明らかにしている。

判決の画期的意義

原告が求めた損害賠償の総額が約1500万円に対し、裁判所が支払いを命じたのは92万6800円だったが、その額以上に意義を持つ画期的な判決であった。
求めた手当の一つ一つは切実なものであった。正社員は病気などの場合、有給で90日間(勤続10年以上の社員は180日)は病気休暇が認められているのに、期間雇用の契約社員は、1年度でわずか10日しか病休が認められていない。しかも無給である。原告の1人は言う。「郵政の期間雇用社員は、病気やけがをして年休を使い切ったら退職していた。壊れたら終わり。人扱いされていない期間雇用社員が安心して働くためには有給の病気休暇が必要だと感じていた」と。
また年末年始、年賀状の配達とその準備作業で、正社員には手当(年末は1日4千円、正月三が日は1日5千円)が連日支給されるが、契約社員には一切ない。「どんな職場でも正月の出勤は手当が支給されるのに、まさか郵便局でそんな扱いがされていたとは」と、この裁判の報道で初めて知ったという人も少なくなかった。
住居手当も正社員には月額最大2万7千円支給されるが、契約社員はゼロというのは不合理と判断されたことの意義は大きい。
さらにこの判決は、他の20条裁判で労働者側の訴えを退ける不当判決が続いてきたなかで、その流れを変えるものである。非正規雇用労働者の待遇改善を求めるたたかいを発展させる新たなきっかけになるだろう。

対総資本の最前線

郵政ユニオンの20条裁判は、正社員と非正規が一体的にたたかってきたところに特徴がある。東西いずれの裁判でも、原告と同じ職場で働く正社員労働者が、同じ仕事をしているにもかかわらず労働条件の格差が大きいことにたいして、差別的で不当であることを怒りを持ってきっぱりと証言した。被告日本郵便の証人である本社人事部課長や現場局の集配部長らの「契約社員は簡単な仕事しかやっていない」「契約社員は正社員になると責任が重くなるから、あえて契約社員でいて気楽にやっていたい者たちである」という証言が事実に反することを暴露したのだ。
20条裁判を始めた頃、労働者側の弁護団は、「この裁判は総資本対総労働のたたかいとなる。資本の側は総力でつぶしに来る」とこの裁判にかける覚悟を語っていた。まさに今回の東京地裁判決は20条裁判がきびしい攻防のなかでかちとった貴重な勝利である。(浅田洋二)

堺市長選で維新が敗北
もう「都」構想はいらない

9月24日投開票の堺市長選挙は、現職の竹山修身氏が16万2318票を獲得し、13万9301票の「大阪維新の会」永藤英機を破り当選した。マスメディアは、維新連敗・「都」構想打撃と論評した。
永藤は「市長になったら4年間は都構想の議論はしない」と争点化を避けた。そのため投票率が低下したが、NHKの出口調査で66%が「都」構想を考慮したと答えている。堺市民の「『都』構想はいらない」という意思は揺らいでいない。

維新のデマに怒り

維新は「停滞か、成長か」をキャッチフレーズに、「堺は借金が急増し停滞し続けている」とキャンペーンした。「維新が市長のところでは堺市にはない住民サービスがたくさんある」と現市政を攻撃した。こうした維新のデマ宣伝は市民の怒りを呼び起こした。
実質公債費比率(収入に対する借金返済額の割合)は起債許可団体に転落した大阪府が19・4%、大阪市の9・2%に対し堺市は5・5%にすぎない。市民1人あたりの市債残高は大阪市が86・7万円、堺市は46・8万円ではほぼ半分しかない。維新のウソを堺市民に見透かされてしまったのだ。

破産した新自由主義

橋下、松井の維新府政は、財政再建のためと、府民生活に直結した医療、福祉、育児、教育、中小企業支援などを、毎年平均で220億円の支出を削減した。その結果、08年から14年までの7年間で府債残高を5兆8288億円から6兆4136億円と増加させ、12年には起債許可団体に転落した。
緊縮政策で府民の消費は冷え込み、中小企業の経営は悪化し、経済のさらなる停滞を招き、格差・貧困を拡大、税収を年間平均2200億円も減少しさせ、財政危機を深刻化させた。これが新自由主義改革の帰結だ。

「都」構想に執念

維新政治は新自由主義的緊縮政策で年間2200億円もの税収減という失政だった。「大阪都」構想とは、府財政にあけた大穴を大阪市や堺市を廃止し、両市の税収を吸い上げて埋め合わせることを狙っていた。だがその狙いは、堺市では2度にわたる市長選の敗北で不可能と言って良いほど困難になった。しかし松井は堺市長選の敗北談話で「法定協議会の議論と堺市長選の結果は別だ」と語った。あくまで来年秋に再度住民投票を大阪市でおこなう考えを示した。
今回の堺での選挙が示したことは、投票率の低下にもかかわらず維新の票は減っていないことだ。明らかに独特のあり方で堅い組織票を作り上げている。大阪都構想めぐる大阪市での住民投票を再度やっても、そこで勝てばよいと考えるのは危険だ。前回(2015年)の住民投票に向かっての蜂起のような住民決起を思い起こそう。「都」構想をつぶし、カジノ万博に反対する大きなうねりが必要だ。(剛田 力)

市民と野党の共闘を
総選挙直前のロックアクション
10月6日大阪

雨の中、元気に御堂筋をデモ行進

10月6日、大阪市内で「戦争あかん! ロックアクション」がおこなわれた。2013年の秘密保護法反対運動を契機に生まれたロックアクションは、〈戦争あかん! ロックアクション〉として継続され、毎月6日におこなわれている。(秘密保護法は13年12月6日に強行成立)
まず「安倍政権を倒そうということで今日のデモをやろう」と主催者があいさつ。
つづいて司会から、「野党統一候補の実現をめざす大阪アピール」運動、4区の市民連合を立ち上げて活動を続けていることなどに触れ、総選挙についての発言があった。所信表明演説もなく、論議もしない冒頭解散は憲法破壊であり、森友・加計疑惑からの逃亡である。朝鮮民主主義人民共和国のミサイルと核問題を最大限利用し、避難訓練で住民を戦争に動員する体制を作っていこうとしていると指摘。そして今回の選挙は、単にモリ・カケ問題から逃げたのではなく、改憲を狙うものである。だから私たちはこの総選挙を徹底してたたかって市民と野党の共闘で自民、公明、維新、希望の改憲勢力に3分の2を取らせないようにしよう。戦争か平和か、改憲か改憲させないかが今回の選挙の争点だ。改憲政党を当選させないために市民の立場として統一候補を追求して、その候補を勝たせる努力をしようと呼びかけた。
つぎに朝鮮半島問題について在日韓国民主統一連合大阪本部の崔さんが発言した。経済制裁がたびたびおこなわれているが「北朝鮮」にたいする効力はなく、逆に「北朝鮮」はミサイル開発をするという悪循環に陥っている。制裁では解決しない。朝鮮戦争が1950〜53年までおこなわれ、今も休戦状態が続いている(戦争中の休戦状態)。休戦協定を平和協定に変えなければ解決しない。そのためにはアメリカと朝鮮が直接対話しなければならないと語った。
森友学園問題を考える会、「戦争あかん基地いらん関西の集い」実行委員会が、それぞれ裁判や集会への参加呼びかけをおこない、御堂筋デモに出発。雨の中、サウンド隊を先頭に金曜夜でにぎわう御堂筋を元気に行進した。(池内慶子)

3面

寄稿
東電に原発を動かす資格はない
柏崎原発再稼働を許すな
若狭の原発を考える会
木戸恵子さん
木原壯林さん

原子力規制委員会(規制委)は、10月4日、東電柏崎刈羽原発6、7号機の審査で、重大事故対策が新規制基準に適合しているとする「審査書案」を了承した。事実上の再稼働審査合格である。東電の原発としても、福島事故炉と同型の沸騰水型原発としても初めての再稼働承認だ。今後、1カ月のパブコメを経て、年内に正式決定の見通しという。 政府、規制委、電力会社は、これを皮切りに、次々に沸騰水型原発を再稼働させようとしている。

「再稼働ありき」の規制委員会

規制委の田中俊一委員長(当時)は今年7月、小早川智明社長ら東電の新経営陣を呼び、「福島原発の廃炉をやりきる覚悟と実績を示さなければ原発を運転する資格がない」として、福島第一原発の汚染水対策などを主体的に取り組むよう求め、東電の社会的・道義的責任を問う姿勢を示していた。ところが8月、東電が社長名で「主体的に関係者に向き合い、廃炉をやり遂げる」「福島原発の廃炉と柏崎刈羽の安全性向上を両立させる」という内容の文書を規制委に提出するや、これをあっさり受け入れた。たんなる「決意表明」の文書だけで、東電は原発運転に適格としたのである。この文書には、東電の決意は書かれていたが、具体的な汚染水対策、廃炉作業の説明はなかった。
規制委の更田豊志新委員長は9月22日の就任会見で、「福島に対する思いを持ち続け、最善をつくす」と述べたが、東電の「決意表明」をどのような尺度で受け止め、どう評価するのかの説明はなかった。
一方、9月26日、東電福島第一原発1、2号機の廃炉工程が3年遅れることが明らかになった。また28日には、福島第一原発1〜4号機周辺の地下水くみ上げ井戸の水位計設定のミスによって、4月から高濃度汚染水が外部に漏えいしていた可能性が大きいことが明らかになった。東電はそれらの事実を認めた。
それでも、更田委員長は「技術的に再稼働の能力があるか否かだけで判断した」と釈明し、適格性をめぐる論議を抜きにして、「新規制基準」に適合すると判断した。このような再稼働ありきの規制委の姿勢は許されるものではない。
なお、東電は、福島事故に伴う損害賠償や汚染水処理、除染などの費用を自力で工面できていない。そのような東電に巨大なリスクを抱える原発を新たに動かす資格などない。
福島事故処理費は想定していた額の2倍の21兆5千憶円に膨れ上がっている。これは税金や電気料金で賄われる。再稼働によって再び事故が起きれば、さらに重い国民負担を強いられることは明らかである。

新潟中越沖地震で破損
過去に放射能漏れ事故

2007年7月16日、新潟中越沖地震が発生した。この地震の強さ(加速度)は、2058ガル。東電が想定していた834ガル(設計値)を大きく超えた。そのため不均等地盤沈下が起こり、3号機の変圧器で火災が発生した。消火は困難をきわめ、鎮火まで2時間を要した。一方、6号機では制御棒2本が引き出すことができなくなり、緊急時の手順を適用して、事故から4カ月以上たった11月27日にやっと引き出すことができた。
また7号機の排気塔からは、地震発生から7月18日夜まで、放射性ヨウ素の放出が検出された。その原因は操作ミスよって、タービンの軸を封じる箇所から復水器内の放射性物質が排気塔に流れでたためと報告された。
この他、次のようなトラブルも報告されている。
@10月17日、炉内点検中の7号機で、制御棒1本が引き出せないことが判明した。
A10月21日、点検中の7号機の原子炉建屋2階で、コンクリート壁にひびが入り、放射能を含んだ水が漏れだしているのを作業員が発見した。水は、幅約1ミリ、長さ約3・5メートルのヒビからもれていて、検査の結果、250ベクレルの放射能が検出された。
B09年5月、7号機で、緊急時に炉内に冷却水を送る冷却系などに不具合が生じる事故が起きた。 
このように危険な柏崎刈羽原発の再稼働は、「胴体着陸した飛行機を再度飛行させるようなものだ」と言える。
なお、活断層の専門家である渡辺満久氏は、07年9月、地球観測衛星「だいち」のデータを分析して、「柏崎刈羽原発は、活褶曲という地形の下に潜む断層の真上にあるようだ」と発表している。

地元自治体は「再稼働の必要なし」

米山隆一新潟県知事は、今年4月、医師団体の会合に招かれ、「(原発は)地域経済の貢献が大きいという話もあるが、なくてはならないものではない」「東電が目指す6、7号機の再稼働を中止した場合に失われる利益は、農業や製造業の活性化で補完したい」と述べた。
また、九電川内原発の再稼働を容認した三反園鹿児島県知事が「原発を止める権限はない」と話した点について米山知事は、「『権限がない』と知事がいうのは困る。法的にも、知事には住民の安全を守る義務があり、東電と新潟県を結ぶ協定を根拠に、運転停止を求めることができる」と説明した。
さらに、「もう1回事故が起きれば、人も、お金も対処できなくなり、日本が終わるということを肝に銘じるべきだ」と原発の再稼働を批判した。
9月6日、規制委による柏崎刈羽6、7号機の「新規制基準審査」は適合のめどとなったが、これにたいして米山知事は、新潟県独自で行っている福島第一原発事故の検証作業が終わるまでは、再稼働の議論に応じない方針を示した。また、地元住民の東電への不信も根強く、米山知事は、「こちらとして(再稼働を)認めると言うつもりはない」と断言した。
一方、篠田昭新潟市長は9月7日の記者会見で、「東電には世界最大級の原発を再稼働してほしくない。無理筋だ」と述べ、「福島第一原発事故を起こした東電は、原子力事業者としての適格性に欠ける」との考えを強調した。さらに、篠田市長は、07年の中越沖地震による柏崎刈羽原発で起きた火災が鎮火するまでに長時間を要したことを挙げ、「日本海側に人が来なくなるような大変な風評被害を受けた」と指摘した。
そして「規制委は、『安全』の面で判断されると思うが、県民と市民は安心感を持てない」とし、規制委は県民や市民の立場には立っていないと批判し、再稼働に反対するとともに柏崎刈羽原発を廃炉にすべきとの考えを改めて示した。

沸騰水型原発を再稼働の突破口に

柏崎刈羽6、7号機の再稼働を許せば、運転を休止中の他の沸騰水型原子炉の再稼働を認めてしまうことになりかねない。
更田規制委員長は、柏崎刈羽原発に導入する「新冷却装置」をすべての沸騰水型原発に義務付け、「新冷却装置」導入を条件に、女川原発(東北電力)、浜岡原発(中部電力)、志賀原発(北陸電力)、島根原発(中国電力)など、沸騰水型原発を次々と「新規制基準」適合とすることをもくろんでいる。「福島に対する思い … 」と述べた更田委員長の本心が見えてくる。
なお、「新冷却装置」とは、重大事故によって格納容器内の圧力が高まったときに格納容器が破裂するのを防ぐための循環冷却システムである。規制委はフィルター付きベントに代わって、第一の選択肢と位置付けている。これは単なる目新しさで国民をだますもので、重大事故が防げるものではない。
福島原発事故から6年半たった今でも、廃炉作業は延期の連続で、何一つ解決していない現状で、危険極まりない原発の再稼働をおこなおうとする国、東電、規制委を許してはならない。

米軍基地撤去へ国際連帯
パク・ヒジュ市議(韓国金泉市)が講演

10月7日、京都市内で「米軍Xバンドレーダー基地撤去! 沖縄・韓国と連帯する10・7京都集会」がひらかれ、60人が参加した。主催は、米軍Xバンドレーダー基地反対・京都連絡会。
集会には韓国金泉市(慶尚北道の南西部にある市)の市議パク・ヒジュさんが参加し講演した。パクさんは今年4月と9月の星州(慶尚北道星州郡)へのサードミサイルの強行搬入について、怒りを持って糾弾し、その攻防について報告。4月搬入時に追加搬入があることはわかっていたので、その後9月までは24時間の監視態勢を取った。そのため燃料の搬入が滞り、米軍は燃料の空輸をせざるをえなくなった。
質疑応答でパク・ヒジュさんは、サードミサイルは射程範囲にソウルは入っておらず、韓国のためのものではない。日本のXバンドレーダーは日本のためのものではない。米軍の世界戦略のためのものだ。東アジアの平和は東アジアの民衆の対話で実現できる。サードミサイルやXバンドレーダーを共同で撤退させよう、と訴えた。集会後は市内デモにくりだした(写真上)

4面

天皇による生前退位の意思表明について(上)
日本国憲法上の問題とその合意
八代 秀一

〔序〕問題意識

昨年8月8日、天皇明仁は象徴としての行為が負担になったが故に、生前退位を希望するとの意思表明をおこなった。世間では、生前退位という政治的概念が用いられたこの行為を当然のこととし、その内容については同情さえ示している。しかし、天皇の行為と政治的権能については、日本国憲法だけがそれを規定している。すなわち、
第4条1.@天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行い、A国政に関する権能を有しない。
したがって、昨年の天皇の意思表明行為について考察する基礎は、ここにしかない。その考察のポイントは、この意思表明行為と[第4条1.@]が言う国事行為との関係、この行為が[第4条1.A]の規定に抵触しないかどうかということであろう。
前者の問題にとりかかる前に、明仁自身、今回の行為がそこに属していると考えている象徴としての行為と国事行為の関係から始めたい。その上で前者、後者の順で議論を進め、最後に今回の明仁の行為において前提とされた象徴理解と日本国憲法が規定する象徴概念との差異と、それが今回の問題意識群の文脈で持つ含意を検討しようと思う。
「この憲法の定める国事に関する行為」と同義なものとして「象徴的行為」および「象徴としての地位にもとづく(ともなう)行為」という表現が、憲法学上で使用されている。本稿では簡単のため「象徴としての行為」という語のみを使用する。

〔1〕象徴としての行為と国事行為

これには2つの見解がある。1つは通説とされるもので、憲法学の有力者や内閣法制局がこれを採用している。それは、天皇の行為には私的行為と公的行為があり、後者には国事行為と象徴としての行為があるというものである。さらに通説によれば、[第4条2.@]を担保するために、第3条「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣がその責任を負う」が規定されているように、象徴としての行為についても[第3条]が準用されるものとする。
もう1つの見解(これを非標準説と呼ぼう)は、[第4条1.@]を文字通りに解釈し、{天皇の行為}={国事行為}とするものである。ただし、この見解の場合には、国事行為を直示的に定義した[第7条]の内の十「儀式を行うこと」における「儀式」を、通説のように、「天皇主宰の儀式」とだけに解せず、国会開会式における「おことば」なるもののように、儀式的意味しか持たない天皇の行為をも含むものと解する(注1)。
[第4条1.@]の解釈の点でも、[第7条十]の解釈の点でも非標準説は自然なものであり、先に言及した通説が様々な技術的問題(注2)を含む点を考える時、筆者は非標準説をとりたいと思う(議論上のつごうで〔2〕では通説も使用する)。そうすると、通説で象徴としての行為に含まれるものの多くは[第7条十]の儀式として解釈可能となる。
しかし自明のことであるが、明仁が象徴としての行為の眼目にしたかったであろう災害の被災者への「お見舞い」、そして今回の意思表示などは[第7条十]の行為には含まれない。したがって明仁が眼目にしたかった行為、それをおこなうことが大いに負担であると言っている行為は非国事行為ということになる。
(注1)ちなみに、国会の主宰者は両院議長である。また通説は[第7条十]を天皇主宰の儀式と解することで、例えば「大葬」などの天皇家の、いわば私的行為を国事行為化するのである。
(注2)高橋和之「天皇の『お気持ち』表明に思う―『象徴的行為』論への困惑」(『世界』2016年12月/87〜98ページ)

〔2〕昨年の天皇の意思表明は、どんな行為なのか

通説を仮定すれば、天皇の意思表明は象徴としての天皇による公的行為であり、かつ国事行為ではないので象徴としての行為ということになるように思われる。はたしてそうであろうか。〔1〕で通説について述べた点を言いかえると、通説は公的行為の規準を内閣の助言と承認においていると言える。国事行為に関する[第3条]を援用することで単なる私的行為と区別された公的行為の概念を構成しようとしたといえるからである。
そこで意思表明に内閣の助言と承認があったのかが問題となる。天皇から内閣に生前退位の希望が伝えられていたといわれるので、内閣がこの希望それ自体を承認していたとは考えられる。しかし、宮内庁職員のNHK記者へのリーク、そしてそこからのスクープ報道という意思表明形態を内閣が承認、ましてや助言したとは考えにくい。それを示すかのように、宮内庁長官の更迭が天皇の意思表明後におこなわれている。
したがって、その内容についてはともかくとして、その表明形態には内閣の承認はなく、この意思表明行為は通説をもってしても公的行為とは言い難いのである。それ故、当然にも象徴としての行為でもなく、非公的行為という意味で、ただの私的行為に他ならない。
非標準説に従えば、〔1〕の最後ですでに述べた議論から明らかなように、昨年の天皇明仁の意思表明は非国事行為である。(つづく)

(短信)
サンフランシスコ市に「慰安婦」記念碑
―大阪市が設置反対で圧力

一昨年の9月22日、米国サンフランシスコ市市議会で「慰安婦」記念碑設置が満場一致で可決され、今年9月22日に市民らの手で記念碑除幕式がおこなわれた。この記念碑は日系、韓国系、中国系を含む現地市民らが、過去の過ちを記憶し、人身売買や女性への暴力に反対するために市内での設置を求めていたもの。
これにたいして、吉村洋文・大阪市長は、今年2月と3月に、サ市のエドウィン・リー市長に書簡を送り、設置を中止させるよう要求していたが、9月29日、再度書簡を送り「この記念碑をサ市が認める場合は、大阪市は姉妹都市を解消する」と圧力をかけた。
リー市長は、10月2日付書簡で「公職にあるものとして、たとえ批判にさらされても地域に対して応えていくことが責務」と返答。吉村市長は「(碑文の内容が)日本政府の見解と違う」「姉妹都市関係を根本から見直さざるを得ない」と恫かつした。
両市は姉妹都市提携から今年で60周年を迎える。

5面

神戸で中野晃一さん(市民連合)が講演
立憲勢力の意義と課題語る
9月30日

9月30日、神戸市内で市民連合の中野晃一さん(上智大教授)の講演がおこなわれた。演題は、「アベ政治をやめさせるとき、社会は変わる」。主催は、〈こわすな憲法! いのちとくらし! 市民デモHYOGO〉、〈安保関連法に反対するママと有志の会@兵庫〉など5団体で構成する実行委員会。安倍9条改憲が真っ向から問われる解散・総選挙のただなかで、参加した400人の聴衆に感銘と勇気を与える講演だった(写真)
以下、講演要旨を掲載する。

「改革保守」の正体

安倍政権は崖っぷちに追い込まれていた。賞味期限が切れてもいた。都議選後、自民党など保守全体の危機が露呈した。そのなかで登場した小池新党は「改革保守」を称するが、実体は日本会議とつながるような存在だ。
1989年に土井たか子の「山が動いた」という事態が起こった。以来、自民党は単独過半数を失ってきた。93年に政権交代が起きた。しかしそれはもちろん革命政権などではなかった。
その後、小泉が出て、自民党政権への支持率を80%にまで回復させた。メディアを使って動員する典型的なポピュリズムだった。
今回、民進党のリベラル派は「トロイの木馬」を考えていた。つまり小池新党のなかに入って操ることができるという甘い考えだ。私は、リベラル派が新党を立ち上げることを考えた方がいいと助言してきた。21年の歴史がある政党を解党して、小池に全部提供するとは思わなかった。

選挙後のたたかい

身ぎれいに「身内だけで」というのは働かないのではないか。「リベラル新党」だけに期待するのもダメだと思う。自由党の玉城デニーは「希望の党」に入らないと言っている。沖縄の立場からしたら小沢について行けないのだろう。
デモに比べて選挙は面倒なことが多い。しかし小選挙区制を廃止するためにも、小選挙区で勝つしかない。
小泉政権の時から「保守の劣化」が目立ってきた。靖国参拝、歴史修正主義などが出てきた。自民党が政権を失ったとき、利権的組織悪が減った。そのとき、自民党を熱心に支えたのが日本会議。自民党はそのとき決定的に右傾化した。
民主党の幹部も保守が衣替えした存在だ。
社会党・共産党はかつて国会の3分の1を持っていたが、今は合わせて3%から5%の存在でしかない。
そのようななかで2年前、安保法制にたいする抗議行動が大きくなり、野党共闘が成立した。2014年、総がかり行動で、市民社会のレベルで野党行動が初めて立ち上がった。
15年5月には、シールズ(自由と民主主義のための学生緊急行動)ができた。15年9月19日まで、ママの会やシールズなど市民運動の力で野党共闘を引っ張った。政党はほっておいたら共闘するはずがない。
「選挙で安倍政権を倒す」というのはデモと比べて見えにくい。今回はそれを突かれたが、事態はまだ流動的。比例区で立憲主義と平和主義の票を掘り起こすことが重要だ。安倍対小池の対決構造の幻想を打ち破ることだ。その力は1人ひとりの自覚した市民運動の力にある。

自立した個人が核に

―講演を聴いて、改憲阻止勢力の危機に動じず、屹立する姿勢に感銘を受けた。その勇気と不屈さ、運動にコミットし、弾圧に引かない覚悟にたくましさを感じた。
特に憲法闘争について述べた点が重要だ。今回の解散は、単なる権力闘争の技術論や数合わせではなく、安倍自民党が少々減っても9条改憲を貫こうとするたくらみに基づいている。安倍が「退路を断っている」のに、改憲阻止勢力がそうなっていないという弱点を突かれているのである。
民進党や小池新党の内側からの分析も鋭い。本質的に旧来型の政党構造にポピュリズム的要素を加えているだけの存在だ。そのうえで、安倍自民党の「護憲派」「リベラル」壊滅作戦や保守二大政党体制への野望をとらえる必要がある。
講演で市民運動の「新しい民主主義」と提起されたものに、われわれがどう肉薄するか。自立した個人が核になると同時に、社会に根付いた運動体をどうつくり出すかが課題だ。(文中敬称略)(鳥居強右)

人らしく生きることを求めて
生活保護基準引き下げ違憲訴訟

9月7日、生活保護基準引き下げ違憲訴訟第10回口頭弁論が大阪地裁大法廷でひらかれた。雨のため事前の街頭宣伝は中止となったが、今回も傍聴席は満杯だった。

原告が意見陳述

意見陳述は57歳のAさんがおこなった。Aさんは高校中退後、おすしの製造工場などで働き1987年に結婚したが、夫から殴る、物を投げつける、ののしるなどの激しいDVを受けていた。夫は家にお金を入れず、家計が苦しいと訴えると「俺が稼いだ金を俺が使うのは当然や」と罵倒し、Aさんがパートに出ると夫はAさんの稼ぎの分だけ家にお金を入れず、Aさんの帰宅予定時間が1分でも遅れたら罵倒した。夫のDVに苦しめられているとき、Aさんと子どもたちの心の支えとなったのが拾ってきた猫だった。
あまりのひどさに生野区役所に生活保護の相談をしたが「夫との籍を抜くか、1年別居しないと保護は受けられない」と違法かつ誤った指導を受け、当時知識のなかったAさんは生活保護をあきらめざるをえなかった。
05年の冬、家計は一層厳しくなり、夫の罵倒もひどくなり、家庭のピリピリした雰囲気を感じたのか下の子が血便をするようになり、上の子が包丁を持って後ろから夫をにらみつけているのを見て、このままだと上の子が夫を殺してしまうと思ったという。 Aさんは思い切って子どもたちといっしょに家を出て自分の母親がいる府営住宅に転がり込んだ。その過程で支援団体を知り、生野区の違法かつ誤った指導を弾劾して生活保護を受けられるようになった。
夫と居るときはピリピリしていた子どもたちが「大の字になってこんなにゆっくり寝られたん初めてや」と笑顔で話すようになったという。
しかし、引き下げにより生活は苦しくなり、食費を切り詰め、服は破れたら繕って使い、人づきあいも控えるようになった。
それだけでなく、引き下げ前は小銭をためたお金で、DVでつらかった時に心の支えとなった家族同然の猫を病院に連れていくことができたが、今はそれすらもできなくなったという。Aさんは、引き下げによってこんなわずかなことすらあきらめろというのは、これで本当に文化的な生活といえるのかと裁判長に強く迫った。
「健康で文化的な最低限度の生活」とは「人らしく生きることができること」であり、「食えればいいってわけじゃない」という志賀信夫・大谷大学助教の新しい考え方が今こそ問われていることを考えさせる意見陳述だった。

弁護団の意見陳述

弁護団は、保護基準引き下げが社会権規約に反することを述べた。社会権規約は条約であり法律の上位に位置するものであること、社会権規約委員会は「最低限度の生存を確保することは国家の最低限度の中核的義務であり、これは即時に履行しなければならない」としていることを指摘し、保護基準引き下げを弾劾した。

いま大阪市の浪速区など、いくつかの区で生活保護を申請しただけで、その人の顔写真を撮るというとんでもないことがおこなわれている。こんな違法なことは絶対許してはならない。
次回期日は12月11日午後3時、大阪地裁大法廷。(矢田 肇)

優生思想と植民地主義は一体
世直し研で斉藤日出治さんが講演

9月25日、第17回世直し研究会がおこなわれた。斉藤日出治さん(元・大阪産業大学教授)が「われわれの内なる優生思想を考える〜優生思想と植民地主義」というテーマで、原発と優生思想について講演した。
日本は中国を侵略し、海南島で住民虐殺をおこなった。日本では、この歴史は存在しないものにされており、われわれは事実さえ知らない。戦後の社会は、この国家犯罪を否認する形で成り立ち、過去の植民地主義を反省してこなかった。
2011年3・11福島原発事故によって、福島の住民は被ばくを強制され、生活のすべてをうばわれた。これは金銭的な賠償で解決するものではない。原発事故は自然災害ではなく、日本国家と企業(東京電力)による国家犯罪だ。
この原発事故によって、被ばくによる不安から福島では妊娠女性の出生前診断が増えた。古井正代さん(脳性まひ者の生活と健康を考える会)は「障碍者は生まれてこない方がいいのか」と問いかけ、被ばくの恐怖から無意識に広がる優生思想にたいする批判を発信してきた。
原爆問題についても同じだ。侵略戦争の帰結として広島と長崎への原爆投下があった。被爆者は被害者の視点だけでなく、加害者の視点で問題をとらえている。
しかし戦後社会は、植民地主義の否認のうえに、原爆と原発、被爆と被ばく問題を生みだした。侵略犯罪を隠蔽した支配者は、広島・長崎の被爆を対置して侵略犯罪の隠蔽をおこない、「被爆国だから原子力の平和利用」のキャンペーンのもとに原発を推進してきた。この結果、福島原発事故がおきた。植民地主義の延長線上に原発災害があったのだ。
戦後、優生保護法と人口調整政策のもとに優生思想がずっと生き続けてきた。原発事故で生まれた優生思想は、戦後社会における植民地主義の問題と密接につながっている。
昨年、津久井やまゆり園事件がおきた。3・11以降の社会状況のなかで、優生思想を生みだす意識が新たに芽生えてきている。行きづまる社会のなかで、障碍者を「弱くて無力な者、存在してはならない者」とする思想が生まれている。
新自由主義のもとで、市場社会が人々の心を分断し、計算合理性や効率性のみを追求する思想が社会全体に広がっている。科学技術の進歩は、生命と死をも操作できるようになった。優生思想は無意識な形で社会に存在している。豊かな人間社会を取り戻すために、優生思想を超えていく社会をめざさなくてはならない。(津田)

6面

長期連載―変革構想の研究 第2回
1848年革命と共産主義者同盟 @
請戸 耕市

革命家マルクス

いうまでもなくマルクスは革命家である。ところが、研究者たちは、往々にして、マルクスを、文献考証から思弁的にとらえようとする。例えば、『ドイツ・イデオロギー』の前後での思想的な断絶とか、『資本論』へ向かう概念の発展とか。それも重要だが、その次元だけではマルクスには迫れない。マルクスは、現実の運動の渦中に飛び込んで悪戦苦闘し挫折もし、その中で、マルクスの理論も曲折・変遷している。
さて、マルクスが組織と運動に中心的に関与した時期が、40年近くの活動の中で2回ある。そこに焦点を当てたい。ひとつは、1848年革命前後の「共産主義者同盟」、いまひとつは1860年代の「国際労働者協会(いわゆる第1インターナショナル)」。この二つは対照をなしている。ここにはマルクスの革命論の転回がある。
そこで、連載第2回〜第4回では、「1848年革命と共産主義者同盟」における革命論を見たい。今回は1848年革命を概観する。

ルイ・ボナパルト

共産主義者同盟は、1847年6月にロンドンで、亡命ドイツ人をはじめとする各国の共産主義者によって結成された秘密結社。ブリュッセルで活動していたマルクス、エンゲルスも参加。共産主義者同盟の綱領である『共産党宣言』を48年2月に刊行。折しも48年革命が始まったときであった。
48年革命とは、フランス、ドイツ、オーストリアなどヨーロッパ全域に波及した同時革命。産業革命の進展、社会矛盾の拡大と恐慌の発生というなかで、王政復活と反動支配にたいして、自由主義と民族独立を求める反乱が燃え広がり、49年まで続いた。
フランスでは、48年2月にパリで市民が蜂起、王政が倒されて共和政の臨時政府が成立。6月には市民ではなく労働者が政府にたいして大規模に蜂起し、激しいバリケード戦がたたかわれる。
しかし他方で、48年4月の初の男子普通選挙では予想に反して急進派・社会主義派が少数にとどまり、同年12月の初の大統領選ではナポレオン1世の甥ルイ・ボナパルトが圧勝。さらにルイ・ボナパルトが1851年12月にクーデターを起こし独裁へ向かうも、人民投票では圧倒的な支持を受けるという結果になった。
また、プロイセンでも軍隊と市民が大規模に衝突、自由主義政府ができるが、労働者の台頭を恐れるブルジョアが旧支配層と手を組み、軍隊によって革命が圧殺される。

渦中に飛び込む

話は前後するが、2月革命開始の報がもたらされるや、亡命者たちはパリに集結。マルクスはブリュッセルからパリに、さらにドイツ3月革命でケルンに入り、事実上の同盟機関紙となる日刊の『新ライン新聞』編集発行に奮闘、バリケード戦や自治権力に加わる同盟員や労働者を鼓舞し続けた。1849年5月まで新聞発行に尽力するが、革命の波が引いていくなか、マルクスにも国外追放処分が下され、やむなくパリに亡命、パリからも追放されロンドンへ。

ロンドンに亡命

ロンドンには、革命に敗れた亡命者たちがあふれていた。マルクスもそのひとり。
問題は、激動をくぐりぬけた者が、この展開をどう総括しどういう教訓をつかみ取るかだった。特に、当初、革命の展開は、『共産党宣言』の想定のように進むかに見えたが、結果は、フランスではルイ・ボナパルトに簒奪され、ドイツでは旧支配層とブルジョアが手を組んで圧殺された。想定とは大きく違う展開となった。
この総括の議論の中で、この時期のマルクスの革命論の輪郭が浮かび上がってくる。それはどういうものか。次回はそれを見てみたい。(つづく)

本の紹介
『貧困世代〜社会の監獄に閉じ込めら?れた若者たち〜』を読む
藤田孝典著 講談社現代新書

五つの誤った若者論

第1章。不安障害を持ち生活保護で暮らす34歳の女性の食費、1日260円3食の究極の工夫メニューが写真付きで紹介されている。保証金・礼金・敷金なし、畳2、3畳の脱法ハウス=「レンタルオフィス」という新たな貧困ビジネスがあることを初めて知った。生活困窮の若い女性にとって、性風俗産業が「セーフティーネット」として認識すらされていると指摘されている。
「これほどまでに追い詰められている社会が、かつてあったか」と筆者は絶句する。
第2章。五つの誤った若者論として、@働けば収入を得られるという神話(労働万能説)、A家族が助けてくれるという神話(家族扶養説)、B元気で健康であるという神話(青年健康説)、C昔はもっと大変だったという時代錯誤認識、D若いうちは努力するべきで、それは一時的苦労だという神話(努力至上主義説)。それに丁寧に反論する。
Bでは、若者が受診する最も多い診療科は、精神科・神経科。若者の死因のトップが自殺というのは、世界で日本だけ。世界で若者が最も生きにくい国であると指摘する。Cでは、生まれた環境で人生が決まってしまう。日本はすでに、頑張れば報われる国ではなくなっている、と。

ブラックバイト

第3章。ブラックバイトの定義は、「学生生活と両立ができないバイト」(大内裕和)。学生の親からの援助は、10年前に比べて40万円(/年)減に。1日の生活費は2460円(90年)から、897円(14年)に。国立大学の授業料は5万円(70年代)→30万円(00年)→国立53万・私立73万(14年)。奨学金利用者は52・5%、7割が有利子貸与だ。
奨学金返還滞納者33万人。滞納額は900億円に上る。卒業時に平均約400万円のローン地獄に。滞納金制度のため元金が返済できず、65歳になっても奨学金を返済している話はとても笑えない。
日本の国内総生産(GDP)にたいする学校教育費の比率は4・9%、OECD28カ国中24位である。高等教育以前では最下位。そういう学生にブラック企業がハイエナのごとく襲いかかるのである。日本の教育政策の愚劣さ、低劣さに開いた口がふさがらない。

追い詰められる若者

第4章。「パラサイトシングル(25〜35歳)」は、英・独・仏では10%強、スウェーデンは4%、日本は40%。北欧の福祉理念は「福祉は住居に始まり住居に終わる」だが、日本は「家をもつこと」に執着、短絡する。
ワーキングプア(年収200万円、全労働者の24%)の77・4%は、家から出られない状況である。「社宅・その他」に住む若者たちのうち、ホームレス経験者は23・4%。公的低家賃住宅が多い国ほど若者の世帯形成率が高いのに、日本では単身の若者は、そもそも公営住宅に入居できない。結婚も難しい。
若者向けの公的低家賃住宅政策が絶対に必要と説いている。この指摘は、ともすれば抜け落ちる非常に重要な指摘だ。
第5章。提言@、新しい労働組合への参加と労働組合活動の復権(社会的労働運動の必要性)。提言A、スカラシップ(給付型奨学金)の導入と、富裕層への課税(累進課税制度の強化)。提言B、子どもの貧困対策とも連携。提言C、家賃補助制度の導入と住宅制度の充実。提言D、貧困世代は闘技的民主主義(シャンタル・ムフ)を参考に声を上げようと、単なる学者じゃない運動実践家らしい大切な提言だ。
(村越)

(注)「闘技的民主主義」とは、敵対関係はそれぞれの卓越性を競い合う闘技関係へと変換されねばならないというもの。