倒そう、改憲めざす安倍政権
国会前で連日の行動
国会開会日に熱気あふれる総がかり行動(1月20日国会議員会館前) |
1月19日午後6時半から「安倍政権の暴走止めよう! 自衛隊は南スーダンから直ちに撤退を! 国会議員会館前行動」がおこなわれた。主催は、戦争させない・9条壊すな! 総がかり行動実行委員会。今年最初の19日行動は、翌日に通常国会開会を控えて、熱気あふれる行動となった。
はじめに、沖縄の風、民進、社民、共産の各党・会派から、あいさつがあった。糸数慶子参院議員は「まず、安倍政権打倒を皆さんと誓いたいと思います」と通常国会をたたかいぬく決意を述べ、「戦争の犠牲をもっとも多く受けた沖縄から言わせれば、憲法制定70年の節目に、憲法を変えていこうとする安倍政権は絶対に許せません」と改憲の動きの強まりに警鐘を鳴らした。
さらに、憲法共同センター、安保法制違憲訴訟団、東京MXテレビによる沖縄の反基地運動へのでっち上げ捏造報道に抗議するなかま、武器輸出反対ネットワークから発言があり、最後に、高田健さんからの行動提起を受けてこの日の行動を終えた。また、多くの発言者から、通常国会への共謀罪法案提出に対する怒りが語られた。
安倍政権の退陣を
翌20日、通常国会の開会日には、衆議院第二議員会館前に600人以上が集まり、「戦争法の発動を止めよう」「憲法破壊絶対反対」と声をあげた。
参院議員の福島みずほさんや伊波洋一さんらが「安倍政権打倒へがんばろう」と訴えた。
戦争をさせない1000人委員会の福山真劫さんは「南スーダンから自衛隊は撤退を」と、海渡雄一弁護士は「共謀罪新設は絶対に許されない。テロ対策のためというのはうそ。反対運動をひろげようと」と発言した。
高浜原発を動かすな
一千人が関電本店を包囲
1月22日
関電本店前を埋める参加者(1月22日 大阪) |
「高浜原発うごかすな! 1・22関電包囲全国集会」は、関西一円、福井、全国から1000人が集まり成功した。大阪高裁に、大津地裁が出した高浜原発3、4号機運転差し止め決定を守りぬくことを求め、関西電力は高浜原発を動かすなという大きな声が関電本店を包囲した。
午後2時から大阪市中之島公園でデモ出発前集会がひらかれ、400人が参加。若狭の原発を考える会・木原壯林さんが「反原発はもはや社会通念、民意である。政府・電力会社の心胆を寒からしめるような一大決起を」と主催者あいさつ。氷雨をものともせず関電本店に向けてデモに出発。デモの参加者は600人にふくれあがった。
大津地裁決定を守る
午後4時から大阪市北区の関電本店前で、関電包囲全国集会がひらかれた。
木原壯林さんの主催者あいさつに続いて、〈原発いらない福島の女たち〉山内尚子さんを先頭に、川内原発、玄海原発、伊方原発、泊原発など全国各地で反原発闘争をたたかっている団体、個人からの発言を受けた。インドから連帯メッセージも寄せられた。
〈福井原発訴訟(滋賀)を支える会〉共同代表・原告団長の辻義則さん、福井原発訴訟(滋賀)弁護団長の井戸謙一さんが発言。
井戸弁護士は、「関電は大津地裁ではたかをくくって、まともな反論もしなかった。大阪高裁への抗告では膨大な資料を提出し、本腰をいれてきた。弁護側も全力でたたかっている。何としても、大津地裁決定を守りぬく」と述べた。
呼びかけ団体の〈原子力発電に反対する福井県民会議〉事務局長・宮下正一さんが福井からバス一台で参加していることを報告し、ともにたたかうことを訴えた。
沖縄 辺野古
工事再開に陸海で抗議
今年こそ新基地を止める
キャンプ・シュワブゲート前に座り込む市民 (1月18日 名護市内) |
1月4日 沖縄防衛局は、正月休みのため一時中断していた辺野古埋め立て工事を、この日午後から再開。海上でオイルフェンスの設置に着手した。海上では、抗議船4隻、カヌー10艇で抗議行動を展開した。
5日 キャンプ・シュワブゲート前での抗議行動を再開。今年最初の抗議行動に市民400人が参加。市民は「今年こそ、辺野古新基地建設を阻止するぞ」と決意を新たに。
海上では、浮き桟橋が設置され、フロートを海上に設置する作業が見られた。
6日 米軍はオスプレイの空中給油訓練を再開した。昨年12月13日のオスプレイの墜落は、空中給油訓練中での事故である。墜落の原因究明なしで、わずか3週間での訓練再開に県民の怒りは頂点に達している。
7日 海上では、7カ月ぶりにフロートの設置が始まった。投棄されているトンブロックに固定する見込みである。海上行動隊は抗議船2隻、カヌー7艇で抗議行動。海保はすぐにカヌー隊を拘束した。陸上では、大浦湾が見える第3ゲートに市民100人が結集。海保とたたかっている海上行動隊を激励。「海上作業やめろ」「新基地造るな」とシュプレヒコールをあげた。
11日 海上行動隊が、基地内の浜でフロートに突起物を付けているのを確認した。これまでフロートに突起物はなかった。フロートを乗り越える抗議行動をけん制するものと思われる。海上行動隊は、抗議船2隻、カヌー17艇、ゴムボート1艇で抗議を続けた。
14日 フロートの突起物の正体が明らかになった。突起物付フロートは、金属製とみられる支柱に3本のロープを通し、抗議船やカヌーが進入することを防ぐ「海上フェンス」として用いるようだ。市民がロープを切断するなどした場合、「器物損壊」容疑で逮捕する可能性もある。
17日 キャンプ・シュワブ第1ゲート(工事用車両専用ゲート)から大型クレーン車2台とクレーン付きトラック2台が基地内に入った。昨年末に辺野古埋め立て工事が再開されてから、機材搬入が確認されたのは初めて。市民は車両の前に立ちはだかったが、機動隊50人にごぼう抜きにされた。海上でも抗議船4隻、カヌー12艇が抗議行動。カヌー隊12人は一時拘束された。
18日 キャンプ・シュワブゲート前座り込みの統一行動日を以前のように、水曜日と木曜日におこなうことを決定。この日、最初の統一行動日に市民170人が参加。雨の中、第1ゲート前で集会を開く。うるま市から大型バス1台で駆け付けた市民は「今年こそは止めたいと参加した。最後まで頑張ろう」と決意を述べた。
21日 海上のフロート設置は、昨年撤去前の位置まで延ばす作業が進められている。
しかし、ロープでつながれた突起物付「海上フェンス」に異常が見つかった。近くでフロートを見たカヌー隊からの報告によると「ロープが穴でこすれて切断していた」「ひっくり返ったフロートや横にずれている支柱を確認した」「ロープは10カ所で切断していた」。突起物付フロートは設置からわずか1週間で壊れた。
陸上では、第1ゲートから工事車両3台が入った。機動隊50人が座り込みの市民50人をごぼう抜きにした。
2面
焦点
「維新政治」とは何か(上)
剛田 力
別働隊?補完勢力?
おおさか維新の会=日本維新の会(以下「維新」)を安倍政権の補完勢力、別働隊と評す人は多い。たしかに臨時国会での立ち振る舞いはどうみても「与党」だった。
はじまりは第2次補正予算案。続いてトランプ米政権誕生で死に体となるTPP承認案。そして年金カット法案と呼ばれる年金制度改革法案。維新は与野党が激突する議案に次々と賛成した。
カジノ解禁法案では自民党は維新と組み、連立相手の公明党抜きで初めて強行採決に踏み切った。公明党は賛否をまとめられず、自主投票、大阪選出の公明党議員は賛成票を投じた。自公政権における公明党の言う「歯止め機能」は喪失した。
戦略としての「野党」
維新は2014年衆院選後の首相指名選挙で「安倍晋三」に投票していない。閣僚ポストも渡されていない。法案提出前に審査する「与党の特権」も与えられていない。確かに形式上は野党だ。安倍が進める新自由主義的政策の先兵でありながら与党にならないのは維新としての戦略だ。
もともと改革者として売り出した維新は、大阪にとどまれば中央にたいする批判勢力というポーズをとることもできる。だが国政与党になれば化けの皮がはがれてしまう。維新がのし上がるためには「野党」であることが重要なのだ。
小選挙区制が96年に導入され、選挙区では与野党が1議席を争うようになった。政権批判票はほとんど野党第1党が獲得する。第三極といわれる少数政党は、保守党、みんなの党など次々に消滅した。生き残った政党も、全国的に堅い組織を持つ公明党と共産党をのぞき、弱小勢力に転落している。
民主党は例外のように見えるが、96年結党後すぐに、当時の野党第1党の新進党が内紛で解党し、吸収して野党第1党になった。
「野党」「改革者」面をして政権批判票を集め、一方で民進党内の改憲勢力を切り崩す。そして民進党を倒し、「野党」第一党に躍り出る。「野党」第1党であれば政権をにぎるチャンスが来る。これが橋下・維新の野望だ。
安倍が利用
安倍は昨年国会で「わが党は立党以来、強行採決をしようと考えたことはない」とまで臆面もなく強弁した。そしてTPP承認案や年金カット法などの採決を、民進党や共産党などの反対を振り切って強行したことについて、「強行採決」と認めていない。「野党である日本維新の会は出席し、賛成した」と採決の正当性を強弁する。
安倍の狙う改憲を実現するためには、改憲議員が3分の2ギリギリでは難しい。公明党が9条や緊急事態条項の改憲に賛成するか、安倍は確信を持てない。自民党だけでこれ以上議席を増やすことは困難だ。維新が「野党」のまま議席を大幅に増やし、さらに民進党を切り崩す。その結果、公明党をのぞいても7割以上の議席を確保できれば、公明党も乗らざるをえなくなる。これが安倍の戦略だろう。
しかし維新は安倍の単なる別働隊ではない。「僕は、競争を前面に打ち出して規制緩和をする。小泉・竹中路線をさらにもっともっと推し進める」と橋下が言うように、安倍にはできない極端な新自由主義路線を進めようとしている。
維新改憲原案
維新は、自民党を除いては唯一、具体的な「改憲原案」を既に作っている。2016年3月に発表した「憲法改正原案」では、「教育の無償化(第26条改正)、道州制の導入(第92〜98条改正)、憲法裁判所の設置(第75条に挿入)」が逐条改正案として作成され、三本柱とされている。
橋下は一貫して改憲論者であり、9条を非難してきた。維新もその綱領の基本方針第1項で改憲を掲げている。原案では、首相公選制や参院廃止が姿を消し、教育無償化を三本柱の一つとした。
転換の理由は 、「憲法改正が必要となる社会的事実が明らかな項目について、改正発議に向けた議論を直ちに開始するべきである。(中略)国論を二分する安全保障や危機管理の問題よりも、国民に身近で切実な問題を優先し、憲法改正に向けた選択肢を国民に示すべきである。私たちはそのような考え方の下、本年3月に教育の無償化、統治機構改革、憲法裁判所の3項目からなる憲法改正原案を取りまとめた」(2016年11月17日の衆院憲法審査会で、維新・足立康史)
本紙前号で高作正博氏が指摘したように、憲法改正の課題とはならないものを含めることによって改憲への市民の警戒感を薄れさせてしまい、9条改憲へのレールを敷いてしまおうというものだ。
カジノが、成長戦略?
昨年12月24日のクリスマスイブ。安倍は橋下と昼食をともにした。維新代表で大阪府知事の松井一郎、官房長官の菅義偉も同席。話題は改憲とともにカジノ・統合型リゾート(IR)だと言われている。
IRとはカジノだけでなくホテルや国際会議場などが一体となった施設のことを指す。代表例は、シンガポールのマリーナベイサンズだ。
カジノ法成立の検討を開始したのは15年も前になる。2013年に自民党や当時の日本維新の会が法案を提出したが、14年の衆院解散で廃案に。15年に再提出した時は審議入りすらできなかった。
それを昨年12月15日強行採決した。今後1年以内に実施法案を策定するという。作業が容易に進まなかったのは市民の反対が強いからだ。ギャンブル依存症、暴力団の介入、犯罪資金の流入とマネーロンダリング、周辺の治安悪化、青少年への悪影響を懸念する声が大きい。
安倍はこれを成長戦略の目玉だとして強引に推し進める。しかしなにも生産しないギャンブルが成長戦略というのは資本主義の限界を自認するものではないか。
しかも成長というのもあやしい。シンガポールでもマカオでも業績は悪化している。ニュージャージー州はラスベガスに次いで全米2番目にカジノを合法化し、2013年にはアトランティックシティーで12のカジノが経営されていた。しかし14年には4件が倒産し、昨年には新大統領トランプの経営するカジノも倒産した。アトランティックシティーの貧困率は30%以上で州全体平均の3倍にもなっている。
経済成長のエンジンどころか、地域経済を破壊している。(つづく)
三里塚反対同盟
市東さんの農地死守
決戦本部を立ち上げ
三里塚芝山連合空港反対同盟は1月9日、新年旗びらきを成田市内で開催(写真)。新年の闘争宣言を発した。同時に市東さんの農地取り上げ策動に、強制執行阻止決戦本部(本部長・太郎良陽一さん)を立ち上げた。本部は市東さん宅「離れ」におかれ、翌日から臨戦日直体制に入った。
〔本部アピール要旨〕
空港会社、国家権力一体となった、あまりにも理不尽な「農地強奪」を許すことはできない。遠からず必至である「強制執行」を見すえ、行動開始を全国に呼びかけます。ぜひ、三里塚の大地に足を踏み入れ、行動をともにしましょう。三里塚には“未来を変える今”がある。未完成の空港のど真ん中で萩原さん、市東さんが意気揚々と畑を耕し、不屈に生き闘っている。今こそ「弱肉強食」「戦争と破壊」の政治を断ち切ろう。三里塚でスクラムを組み、社会を変えよう。
心を一つに農地決戦へ
関西実行委が旗開き
1月15日、三里塚決戦勝利関西実行委員会の2017年団結旗開きが開催され、60人が参加した。最高裁の上告棄却決定(昨年10月)により、市東さんの農地の強制収用執行迫る中で、三里塚現地から反対同盟の決戦本部長に就いた太郎良陽一さんを迎えての集いとなった。
最初に97歳の山本善偉関実世話人が、「たたかう仲間と一緒にスタートできる」と主催者あいさつ。
関西初登場で、三里塚現地から駆けつけた太郎良さんは、1977年の鉄塔決戦時に三里塚現地へ支援に入って以降の経緯、農民からの学びと交流などに触れながら、緊迫する市東さんの農地をめぐる情勢、第3滑走路新設などの空港拡張計画をめぐる現地の動き、推進派と地域住民との攻防などを明らかにした。そしてこのたびの「強制収用阻止! 決戦本部」の立ち上げに際して、「自分の生き方をここにかける」と宣言して本部長に就くに至った経緯と決意を語った。そして共にスクラムを組んで強制収用をさせないために、農地決戦をたたかおうと訴えた。
関西で50周年集会
連帯のあいさつは、部落解放同盟全国連合会の池本さんと、全日建連帯労組関西生コン支部の西山さん。西山さんは、2・12関西集会(三里塚闘争50周年)への参加・結集を呼びかけた。
関実事務局報告として松原さんが、市東さんの農地をめぐる緊迫した状況を訴え2・12集会への参加を要請した。
永井満代表世話人が乾杯の音頭。そして各団体・グループ、また各人からあいさつ・決意表明、さまざまな企画が披瀝され、参加者の交歓・交流が続いた。最後は、全員が輪になって「反対同盟の歌」を合唱した(写真上)。
3・26全国集会へ
2〜3月、市東さんの農地の強制収用をめぐる攻防は、2月14日の「執行停止」裁判の審尋、そして3月2日の「異議申し立て」裁判など裁判闘争(千葉地裁)と現地決戦態勢の確立(決戦本部)を中心に続く。そして2・12三里塚50周年の集会(関西)、3・26三里塚全国闘争(成田市内)を、大成功させよう。
3面
TPPが頓挫 東アジアは?
トランプ登場と新自由主義の破綻
1月21日、「トランプ登場で東アジアはどうなる? TPPの頓挫、新自由主義の破綻のはじまり?」と題する講演・シンポジウムが大阪市内で開かれた。主催は「ストップ! TPP緊急行動・関西」。冒頭に実行委員会を代表して服部良一さんが、TPP(環太平洋経済連携協定)が破産したいま、「緊急行動の締めくくりのこの集会」を契機に、今後もTPPやTPP的なものの復活といつでもたたかうための体制を堅持することを呼びかけた。
トランプサプライズ
トランプ登場でTPPが実質的に破綻した後の労働者人民のたたかいと生活の展望はどうなるのか。集会のメインは、元フィリッピン下院議員で、現在は京都大学東南アジア研究所客員研究員のウォルデン・ベロさんの「トランプ当選後の東アジアはどうなる?」と題する講演であった。はじめに、TPPの批判が4点にわたって提起された。
第1に、TPPは世界的大企業がISD(投資家対国家間の紛争解決)条項などを使って各国の主権を奪うものである。
第2に、日米によって発展途上国では知的所有権が強化される。TPPは自由貿易で関税を下げることに目的があるのではなく、先進国や大企業の力を強めることにその本質がある。
第3に、第1の経済大国・米国と第3の日本が中国を封じ込める意図を持つ。
第4に、オバマ政権の下では、米国のためにアジアとの経済連携の強化を図るものであった。それが「トランプ・サプライズ」で破産した。
日本人民への問い
トランプ勝利は、TPPを推進する民主党・オバマと、言を左右して結局はTPP推進に回るクリントンに、中間層や労働者の怒りが爆発した結果だ。彼らは、「リベラル民主主義」が自分たちにヒドイことをしたと思っている。
就任後最初にTPPを潰すと言ったトランプに約束を守らせる必要がある。トランプは日本と中国を為替操作国と断定し、「不当な取引をしている国」に関税をかけると保護主義をむき出しにしている。またトランプは、防衛費を負担していないとする他国に米軍のための費用を出させるとも言っている。マフィアがショバ代を取り上げるようなものだ。
われわれは、TPPの危険性やグローバリゼーションの問題をキャンペーンしてきたが、残念なことに、世界的に成果をあげたのはトランプや極右だった。われわれの課題は、新自由主義にたいする魅力的な対案を出すことであり、グローバルな反ファシスト運動をつくることだ。ベロさんは、20世紀の経験から、いったんファシストが権力をとったら永続きするとして、スペイン39年、ポルトガル40年の例をあげ、極右や排外主義とたたかうことを訴えた。
最後に、「日本でどうするかは私の責任ではないので、皆さんで検討を」と述べた。在日の研究者として安倍政権への批判を抑え、日本の労働者人民に新自由主義・グローバリゼーションとたたかうことを呼びかけたものであろう。
市民運動の力
第2の講演は、市民フォーラム2001事務局長の佐久間智子さんの「TPPのモデル、MAI(多国間投資協定)を頓挫させた市民の運動」と題する講演であった。
MAIは90年代前半にOECD(経済協力開発機構)で交渉が開始された最初の多国間協定である。すでにISD条項が埋め込まれており、しかもその中身は全然公表されなかった。そのMAIの隠された条項を、NGOが入手して公開して潰すことができた(当時、これを「ドラキュラ作戦」と呼んだという)。アメリカの企業弁護士が手の込んだ条文に仕上げ、交渉参加者すら分からないように仕組んでいた。例として、労働者のストライキや消費者の不買運動で被った企業の補償を国がするという項目などがあった。
反対運動が盛り上がったのは、暴露した条項の問題を自治体にアンケートしたところ、自治体の職員が外務省に問い合わせ、とんでもないものだとなった。しかし最終的にこの協定を潰したのは、フランスなどの国が及び腰になって国家間対立が発生したことだったと述べた。
社会的連帯経済
最後に、NPO法人AMネットの事務局長である武田かおりさんを進行役にして、講師の2人を軸に、パネルディスカッションがおこなわれた。その中でベロさんは、トランプ登場の背景に90年から2010年の20年間に米国で製造業の雇用が800万人失われ、米国で所得水準が下がったことがあると提起。しかしトランプが言うように関税を上げたら雇用が戻るというものでもない。他方で、私は保護主義が単純に悪いものとは思わない。ローカルに生産できるものは生産する進歩的保護主義は肯定できると述べた。
またASEAN10カ国+日・中・韓+オーストラリア・ニュージーランド・インドが進めているRCEP(東アジア地域包括経済連携)や日・EU、日・加のFTA(自由貿易協定)にもISD条項が盛られることは確実であり、多国間経済協定は投資家のためのものになっている。
新自由主義に対抗するためには、「社会的連帯経済」を求めるべきだ、という結論が提起された。
感想と結論
多国間経済協定はどう姿を変えようと、国家間対立を煽りたてるブロック化である。ISD条項や知的所有権という形で埋め込まれた条項は労働者人民にとって危険な「毒素条項」である。それは「途上国」の労働者・農民の搾取、抑圧の強化につながる。日帝・安倍政権と日本のグローバル企業がその主導的役割を果たしており、改憲・大国化とたたかうべき柱がここにあるのだろう。(落合薫)
阪神淡路大震災から22年
原発事故被災者とつなぐ
阪神淡路大震災から22年目を迎える1月17日を前に、1月15日、被災の激しかった神戸市長田区で「《生きる権利》《避難の権利》を求めて〜阪神淡路大震災22周年集会」が開かれ、104人が集まった。集会の前に、阪神淡路大震災からのたたかいや暮らし、仕事の様子をまとめたDVDを上映しながら狭山市民の会の仲間がギターを演奏した。
集まる場所
集会の最初に阪神淡路、東日本、熊本など震災で犠牲となった人々への黙とう。被災地雇用と生活要求者組合・長谷川正夫代表は「生きる権利、働く権利を求めて助けあってたたかい続けてきた22年。1昨年来、アベ政治を許さない行動にも参加してきた。これからも阪神被災地はたたかい続ける」と述べた。
「みなさんが、こうして集まる場を維持しつづけている、集まる場所があることが大事なこと。これからも力を合わせていく」と、全国金属機械港合同から中村吉政委員長が連帯を表明した。
特別報告「震災復興と居住権」を粟原富夫さん(神戸市議)がおこなった。粟原さんは、神戸市がURや民間から借り上げた「復興住宅」に住む被災者を追い出す裁判に踏み切ってきたことを弾劾し、「居住権は人間にとって最も大事な権利だ」と述べ、追い出し裁判への支援を訴えた。
憲法裁判として
講演は、原発賠償関西訴訟原告団代表の森松明希子さん。森松さんは、集会名称の「《生きる権利》《避難の権利》を求めて」という看板を差し示しながら、「これは憲法の生存権そのもの。それが保障されない現実を変えるために原発賠償訴訟に踏み切った」「原発事故による高放射線地域から避難する権利だけではなく、とどまって健康に生活する権利もふくめ憲法裁判としてたたかいます」と裁判の意義を語った。また自身が22年前、大阪で体験した阪神淡路大震災にふれ、「阪神淡路大被災の教訓を東日本大震災の教訓とつなげて語ることが自分の使命。国や行政がそれを継承していない」と話した。
反戦歌手・川口真由美さんの歌。被災地から宝塚保養キャンプ実行委員会、被災地労働者企業組合、ミニデイサービスの報告。企業組合・ミニデイサービスの仲間と川口真由美さんによる「ミネソタ」の替え歌「長田の卵売り」のパフォーマンス。最後に、関西合同労組・石田勝啓執行委員長がまとめと団結ガンバローで締めくくった。
南スーダンから撤退を 陸自第3師団に申し入れ
千僧駐屯地で申し入れを手渡した (1月22日 伊丹市内) |
1月22日、とめよう戦争―兵庫・阪神連絡会と市民団体が自衛隊第3師団駐屯地(伊丹市千僧)に「南スーダンからの自衛隊撤退、沖縄新基地建設に反対」「自衛隊員の人権を保障」などを申し入れた。10人が参加、今回で142回目となった。自衛隊側は申し入れを真摯に受けとめ、「関係部署に伝える」とした。
11月下旬、青森から新任務(駆けつけ警護や宿営地の共同防護)を付与され派遣され、2カ月が経過した。
南スーダンが内戦状態にあることは、国際的にも共通認識となっている。新任務を付与した自衛隊を派遣することは、現地に混乱と暴力を生み出すだけ。南スーダンへの「支援」とはほど遠い。PKO参加5原則からも逸脱している。
伊丹第3師団への申し入れ行動は、自衛隊イラク派遣に反対して始まったが、毎月の申し入れ行動に参加する市民が増えている。「南スーダンから自衛隊は撤退を」という声を大きくしよう。 (梶原)
4面
論考 政治と軍隊
チリ9・11反革命の再検討にむけて
田中 和夫
はじめに
選挙により政権を獲得した人民連合アジェンデ政権は、1973年9月11日、ピノチェット将軍を中心とするチリ4軍(陸軍・海軍・空軍・警察軍)の叛乱により崩壊した。この叛乱及びその後の弾圧により人権団体の調査によれば約3万人が殺害され、数十万人が強制収容所におくられ、約100万人が国外亡命を余儀なくされたというが、正確な数字は不明のままである。
その後、ピノチェットの軍事独裁政権は1990年まで続いたが、冷戦の終結で米国から用済みとして見捨てられたこともあり軍事政権は崩壊した。民政移管後は、キリスト教民主党、社会党などの連合コンセルタシオン・デモクラシア(注1)が20年にわたって政権を担ってきた。2009年右派連合ピニュラが当選したが、2014年には左派社会党の第2次バチェレ政権が誕生している。
アジェンデ政権は、1970年の大統領選挙で誕生した。世界で初めて民主的選挙で成立した社会主義として、日本共産党をはじめ「社会主義への平和移行」を唱える西欧の共産党から、その政策の現実性を証明するものとして注目されてきた。しかし一方では冷戦の真っただなか、キューバに続いて中南米に社会主義国家が誕生したことに危機感を強めた米国はCIAを使って、何が何でもアジェンデ政権を転覆させようと必死に暗躍し、結果、転覆に成功した。
この衝撃的なチリ反革命クーデターに関して、左右から多くの論評がなされたが、「革命的左翼」の側からの当時の見方は、「平和革命路線」の誤り、アジェンデ政権の裏切り、欺瞞性の結果といった批判的なものであった。まだ未熟でチリ情勢などほとんど知識を持ち合わせていなかった筆者などは、アジェンデ政権の崩壊についての「革命的左翼」からの論評の、あのような惨事であるにもかかわらず、鬼の首でも取ったかのような「平和革命なんぞ、それ見たことか」といわんばかりの態度に違和感を抱かざるを得なかったが、かといって反論すべき論理も持ち合わせていなかった。
映画『チリの闘い』
その後、映画『サンチャゴに雨が降る』『チリの闘い』などを見ているうちに、アジェンデ政権の欺瞞、裏切りがクーデター成功の原因とする見方は、いささか乱暴な論理ではないかと考えるようになった。もとより、歴史に対する専門的知識があるわけではないため、まだまだ理解できない状態ではある。
しかし、チリの反革命クーデターとは、40数年前の地球の裏側の遠い世界の過ぎ去った事柄ではなく、戦争態勢にひた走る安倍政権を見るとき、一見、政治的に中立であるかのような自衛隊が果たしてどのような可能性があるのかを考えるうえで貴重な教訓を含んでいると考える。チリの軍隊も、一部に労働争議の弾圧などをおこなった事実はあったにせよ、年中クーデターが絶えない中南米の軍隊と比較すると、「歴史的に政治には関与しない軍隊」と1973年まで言われてきた。それが、一夜にして凄惨な虐殺をいとわない軍隊に変身したのである。
1「新左翼」の代表的な論評
『チリの悲劇』では、チリ反革命について次のように述べられている。
トロッキーの人民戦線批判、「労働者大衆は左に向かっている。労働者党の指導部は右に向かっている。労働者党の指導部が大衆を裏切るのが敗北の原因だ。」
1970年アジェンデ政権成立以降のチリにおいて、大衆は左傾化し、工場占拠、農地の占拠を進めていた。しかし、アジェンデ政権は「ミジャス法」(注2)を布告し、占拠された工場の返還を押し進めようとした。
「社会主義への平和的移行」のために軍隊には手をつけない、議会は解散しない、資本主義体制の基礎には手をつけない保障を与えた。
支配装置は合法的に変更することができるという改良主義に根ざしている。
このようなマヌーバーは、闘争意欲を高め行動へと立ち上がる大衆をミスリードするがゆえに、マヌーバーではなく裏切りであった
アジェンデ政権は、「チリ軍隊は憲法に忠実な職業的軍隊であり、政治への不介入という伝統を持つ中立的存在である」という幻想をクーデターの直前までふりまき続けた。「再三のクーデター騒ぎに関しても「クーデターの危険は絶対にない」と言い続けた。「改良主義者の方針は、軍部をそっとしておくことが中立化させる道である」との方針であった。
『現代革命と軍隊』(小西誠著)は、第1章 「チリ・クーデターの教訓」で、9・11敗北の原因を、次のように総括している。
「チリ共産党のスターリン主義の反革命的綱領によるプロレタリア社会主義革命への敵対、暴力革命論への敵対により、人民の闘いが弾圧された。農地占拠、工場占拠、工場国有化は阻止された。」
「こうしてブルジョア・軍部はアジェンデの妥協的収拾と共産党の裏切りに助けられて、ほとんどの抵抗もなく、1973年9月11日のクーデターを、わずか1日で首都を始めとする都市への進行と制圧によって成し遂げたのである。」
「人民連合諸党は、軍部への対抗として彼らが考えていた『ゼネスト』と『工場占拠』のみか、一切の組織的抵抗を放棄するという驚くべき裏切りを行ったのである。」
「農民の土地占拠闘争と労働者の工場占拠、工場評議会の形成に結合し、これを拠点にプロレタリアート・人民の蜂起・権力奪取を遂行することが求められていたのだ。」
9・11敗北の原因を「チリ共産党のスターリン主義の反革命的綱領による」とした小西の見解は、個人的なものというよりは党派の見解に基づいていると考えられるが、いわゆる新左翼には共通したものと考えられる。
2 以上に関する私見
(1)事実誤認の原因
以上のような見解には、多くの事実関係の誤認がみられる。事実関係の確認、理解が不十分である。資料が限られているという制約があったにせよ、ずいぶんと事実と異なる部分がある。
可能な限り、事実関係を見極めたうえで、状況を検討しようとする姿勢に欠ける。何か、事実関係を探究することにたいする無関心さが垣間見える。チリ9・11の問題だけではなく、すべての問題にわたって共通して感じられる。このような、事実誤認が起きる原因としては、「まず教条ありき、イデオロギーありき」といった姿勢が問題だと思う。自分たちのイデオロギーに対して不都合なことには「それがなぜか」ということを探究する意欲がない。
事実関係を探究する作業には限界がある。また、多くの労力を要する。活動家は、現在の課題に忙しくて、時間も金もない。学者ではないから、限界はあるかもしれない。しかし、「なぜ?」という疑問を持たなくなった時に、真実から遠ざかってしまい、また、事実、現実からかけ離れることにより、大衆に対する説得力も喪失してしまう。
現在「なぜ、大衆からそっぽを向かれたのか?」について、「自分は正しい。時代が悪い。情勢が良くない。そっぽを向く大衆が悪い」としてしまっては、大衆の獲得は永遠に不可能であると思う。我々は「内輪」だけのほんの小さな世界を作り上げ、その中に浸って満足してしまってはいないだろうか?
(2)事実関係
まず、アジェンデは共産党員ではなく、社会党員であり、必ずしも共産党の綱領を踏襲してはいない。
また、「農民の土地占拠闘争と労働者の工場占拠」はアジェンデ政権の方針に抗して大衆が実施し、それをアジェンデ政権が圧殺したかのごとく理解されている。しかし、企業の国有化を推進していったのはアジェンデ政権であり、大衆が実施したのに反対したというのは事実に反している。確かに、大衆の一部、党派の一部が次々に中小工場の占拠、住居の占拠を無政府主義的に実施したことに関して、政府としては無秩序な占拠には反対していたが、企業の接収、国有化を推進していった中心はアジェンデ政権であった。
アメリカの干渉
その過程で、もちろん大きな問題としては米国の干渉(チリの最大の外貨収入である銅の輸出への干渉、銅価格の暴落を誘導、その他経済制裁、反革命ストへの資金援助)が大きいとはいえ、アジェンデ政権の推し進めた「農民の土地占拠闘争と労働者の工場占拠」によって、農業、工業とも生産が大きく落ち込み、経済的に困窮した。
資本家、技術者を追い出した後、工場、鉱山ではまともに生産を維持することができなかった。農業も同様であった。大衆・一部党派は政治的意識だけが先行したが、資本家、地主を追い払ったあと、生産(鉱業、農業、工業等)活動を発展どころか現状維持すらできなくなってしまった。これらは、単なる米国の干渉だけの問題ではなかった。
経済的失政
レーニンの『国家と革命』では、社会主義になれば「普通の労働者」が簡単に生産管理ができるかのごとき記述があるが、実際にはロシアでは専門家・官僚を配置し、労働者管理をやめさせることにより、一時的な停滞から切り抜けた(それを裏切りと考えるべきかは別として)。同時に、強権的手段を徹底化させた。また、自前の軍事力の創設に成功した。それらの結果として、白軍/干渉軍との内戦に耐え抜いて権力を維持することができた(その過程をすべて肯定的に捉えるべきかは別に置いて)。
外貨が底を尽き、食料が市場に出回らなくなり、大衆の不満が極限化し、貧困層の支持は維持されたものの中産階級からの支持を失っていった。結局のところ、選挙でいえば、人民連合支持が30〜40%となり、中産階級をはじめとするそれ以外からは反発をこうむっていた。
このような脈絡の中で、キリスト教民主党は右派の国民党と共闘を組み多数派を形成、そういった政治情勢の中で、軍部における「立憲派」が支配力を失い(シュナイダー将軍の暗殺、プラッツ将軍の失脚、…)、クーデター派が軍内部を固め、内部の人民連合支持派を追い落とすなかで、クーデターの態勢を整えていった。
軍隊内の動向
もっとも肝心なところは、軍隊の動向は政治情勢に規定されて決まってくる。もし、人民連合の経済運営が、米国の干渉にもかかわらずそれを克服するような円滑さを維持し、国民をそれなりに食べさせることができ、政治的に大衆の支持を占めることができていたならば、軍隊内部における権力闘争においても、「立憲派」が敗れ去ることはなく、クーデター派が軍内部を統一することに成功しなかったかもしれない。
叛乱の予兆
また上記の2冊では、クーデター派が簡単に成功したかのごとき記述があるが、国家警察軍(2万3千人)の動向は簡単には決まっていなかった。9・11時点で軍事評議会に参加した国家警察軍司令官メンドーサは警察軍の序列はbVであったといい(海軍、空軍はbQ)、それだけ「立憲派」が優位を占めていたことを示している。
9・11も警察軍の動向で帰趨が大きく変わっていたのでは、といわれている。警察軍の支持を得ていれば、陸軍のクーデターがあったにせよ、工場占拠地区からの反撃によってクーデターを鎮圧できる可能性はあったといわれる。
あるいは、そうでなくとも当時のアジェンデ政権の生き残りのガルセスの回顧録などを確認すれば、アジェンデ政権は内戦の切迫を認識し、回避しようとはしていたが、内戦が避けられないという認識は持っていた、と考えるべきである。
『現代革命と軍隊』では、「一切の組織的抵抗を放棄するという驚くべき裏切りを行った」「最後の瞬間まで軍隊の叛乱に向き合おうとはしなかった」「軍隊は中立を守るものと決めかかっていた」かのような断定があるが、事実を歪曲している。
1973年9・11以前に軍隊の叛乱の予兆はいくつもあった。1972年初め、サンチャゴの街頭の壁に「ジャカルタが迫っている」という政治スローガンがぺたぺた張られていた。大部分のチリ人には理解されなかったであろうこのスローガンの意味は、1965年9月30日のインドネシア反革命のことである。その日以来インドネシア共産党は100万人殺害とも言われる徹底した粛清を受けた。この事件は1973年9・11のチリと著しく似通っていた。
1973年6月には一部の部隊がモデナ宮殿に向けた攻撃を起こしていた。この時は、軍部はプラッツ将軍が掌握しており、軍部全体の叛乱にはつながらず警察軍などにより簡単に鎮圧された。しかし、その後、経済情勢が悪化し、キリスト教民主党などの政治勢力のアジェンデ政権への批判、不満が益々大きくなるにつれ、軍内部においても立憲派(アジェンデ政権支持派)が孤立化して、ついにはプラッツ将軍が辞任せざるを得なくなっていく。
そして、軍内部において反政権派が勢力を固めていること、内戦の危機が切迫していることは政権側でも理解されていた。
内戦への備え
政権側としては内戦への備えとして、警察軍の支持確保と工場占拠の労働者の民兵化を想定していた。しかし、中産階級をはじめとする大衆の支持が十分ではなかったため、結果的には、想定したようにはことは運ばなかった。
信頼を置いていたはずの警察軍は軍事評議会側が獲得、工場労働者地区は各個撃破されてしまった。しかし、頑強な抵抗は相当期間継続された。それが、未曽有の虐殺/弾圧につながったものと考えられる。仮に簡単に制圧されてしまったものであるならば、あれほどまでに弾圧を受けてはいなかったのではなかろうか?
3 まとめ
何よりの問題は、工場占拠、国有化し、資本家を追い出した後に、きちんとそれまで以上に生産活動を実施できるのか? という問題、最終的には、権力奪取後も国民を食べさせていけるのか? という問題が根底にあると考える。
軍事的衝突に至った場合、軍隊の動向が最終的に重要である。そのため、軍隊に関する働きかけは重要である。しかし、情勢全般、特に経済情勢、その結果としての大衆の支持の獲得と切り離して軍隊内部への働きかけを考えても満足な結果は得られない。
これらの点に無関心で、「軍隊工作の方針の欠如」のみを極端化して問題視しても、根本的な解決にはならない。権力奪取後も、国民を食べさせていけるのか? それは、大衆の支持を確保できるのか? という問題に繋がる。
1973年チリでは、その点でうまくいかなかった点を問題としてとらえるべきではないだろうか?
(注1)コンセルタシオン・デモクラシア チリの中道〜中道左派政党連合の名称。正式には「民主主義のための政党盟約
(注2)ミジャス法 1972年10月制定。占拠した工場や土地をもとの所有者に返還することを命令。ミジャスとは経済大臣の名前
図1 サンチャゴ市街地地図
アラン・トゥレーヌ「人民チ リの崩壊」筑摩書房1975 年
図2 サンチャゴ 工業地帯と「過激派」主要拠点
ロバート・モス「アジェンデの実験」時事通信社1974年(反人民連合の立場から書かれたものである)
関連文献
『チリの悲劇』国際問題研究会/編・訳 柘植書房 1974年
『マルクス主義軍事論(第2巻)現代革命と軍隊』小西誠著 新泉社 1982年
『アジェンデと人民連合』J・E・ガルセス著 時事通信社1979年
(著者ガルセスはアジェンデの私的顧問。人民連合の指導部は9・11の戦闘及びその後の弾圧の中でほとんどが死亡してしまった。アジェンデのブレーンで唯一の生き残り)
共謀罪を廃案に
御堂筋デモで訴え
1月19日 大阪
「なくせ戦争法」をかかげたデモ行進(1月19日 大阪市内) |
「戦争法を廃止へ!憲法こわすな!」おおさか総がかり行動@御堂筋デモが、1月19日大阪市内でおこなわれた。主催は、おおさか総がかり実行委員会。
主催者あいさつは中北龍太郎さん。「共謀罪は名前を変えても対象を絞っても中身は同じ。3度も廃案になりながら今国会で審議される共謀罪法案を何度でも廃案に追い込もう。
南スーダンに派兵された自衛隊を一日も早く南スーダンから撤退させよう。自衛隊員が死んだら安倍政権は憲法改悪に最大限利用するだろう。平和憲法を市民の力で守ろう。
高江、辺野古では沖縄差別の弾圧が続いている。墜落原因も分からないままオスプレイ飛行を再開している。安倍政権を今年こそ打倒しよう」と訴えた。
続いて大阪憲法会議・共同センターの山田憲司さんがマイクをにぎり、総がかり運動を地域に広げようと提案。「安倍支持率が依然高いがTPPやカジノ法など一つ一つの項目で見ると反対の方が多い。安倍支持とは逆転している。野党と市民のつながりをさらに拡大して平和な世の中を築こう」と発言した。
戦争をさせない1000人委員会(大阪)から山元一英さんが発言。韓国の人々がパク・クネを退陣に追い込んだ闘いに触れ、「運動のなかに南北統一を目指す運動をしてきた人たちがいる。『慰安婦』問題をやってきた人たちもいる。高高度ミサイルに反対する人たちも結集している。トランプは日本がもっと軍事負担をしろと言ってる。われわれは日米安保体制粉砕の行動として、この総がかり行動をやっていく。これからも結集を」と呼びかけた。集会後、夜の御堂筋を250人でデモ行進した。
安保法制を廃止しよう
京都で総がかり行動
1月19日
1月19日の京都総がかり行動は、今回は市民アクションの主催でおこなわれ、450人が参加した(写真)。市役所前でのスピーチでは民進党の福山哲郎参議院議員、共産党の倉林 明子参議院議員、社民党京都府連合の野崎靖仁幹事長が発言し、自由党の元衆議院議員豊田潤多郎さんからはメッセージが寄せられた。
主催を順番に交代している3団体は、共同センターを代表して全京都建築労働組合(京建労)の吉岡さん、1000人委員会を代表して仲尾宏さん、市民アクションを代表して佐々木さんが発言し、京都では文字通りの総がかりをあくまで貫き、安保法制廃止を実現していくことを確認した。
スピーチ後、四条河原町下がるまでデモ行進をした。
(短信)
地元自治会が運転延長反対意見書 高浜原発
関西電力高浜原発に隣接する福井県高浜町音海地区自治会は、昨年12月18日、高浜原発1・2号機の40年超え運転延長に反対する意見書を採択した。同22日には地区内主要3カ所に「高浜原発 運転延長反対」の立て看板を設置。今年になって1月10日には、同文ののぼり旗を3カ所に掲げた。同自治会は、のぼり旗の設置を他の地区にも呼びかけるといっている。
高浜原発1・2号機は、昨年6月、原子力規制委員会が、「運転開始から40年超となる老朽原発」としては、全国で初めて20年の運転延長を認め、関西電力は2019年以降に再稼働をめざすというもの。同地区は、入り口に高浜原発が居座り、事故時には原発に向かって逃げないと地区から脱出できない。
6面
投稿
「介護の切り捨て」許さない
命こそ最も大切な価値
土田花子
労働運動の再生をめざして
2014年秋、全日建連帯関西地区生コン支部、全港湾大阪支部、港合同のよびかけで「労働運動再生のための懇談会」が発足した。「関西生コン型労働運動」を多くの業種・産業に拡大し、労働運動の再生をめざす運動である。
関西生コン支部は長年、労働者を業種別に組織すると同時に経営者を協同組合に組織し、共同してゼネコン・セメントの巨大資本とたたかうことで、零細企業の共倒れを防ぎ、労働条件の高い水準を勝ちとってきた。この流れは関連業種であるバラセメント輸送・コンクリート圧送業界にも拡大、またトラック業界でも複数の労働組合が加盟して地道に運動を続けてきている。実践的に有効性が証明され、多くの業種・職種で必要性がますます高まっている状況の中で「懇談会」が発足し、まず介護部門での取り組みが始まった。
介護労働の実態
高齢者・しょうがい者の暮らしと命を支える介護労働にはコミュニケーション能力(人間的な関係をつくる力)、倫理性、幅広い知識と技術、経験の積み重ねが求められる。しかし約170万人の介護労働者の賃金は全産業平均賃金より月10万円も低く、社会的評価も決して高くない。たえず緊張を強いられながら心身を酷使する長時間労働、組み込みのサービス残業、深夜勤と不規則な交代勤務、訪問ヘルパーでは「登録型」など非正規雇用が8割近くで、主力は60代、70代の女性である。「潰れる」か「逃げだす」か、否、それさえ許されない現実のなかで、皆ヘトヘトだ。どの介護職場でも共通する深刻な問題が人手不足。ヘルパー資格者の1割以下、介護福祉士資格者の45%しか介護職に就いていない。根本原因は劣悪な労働条件にあるが、一向に改善されないため、人手不足と劣悪労働条件の悪循環は深まるばかりだ。増え続ける虐待はこうしたなかで起こるべくして起こっているのだ。
介護保険制度発足から17年で業界自体が若く、労使とも労働組合(集団的労使関係)の経験はないに等しい。「奉仕精神」が空気のように職場を覆い、労基法違反が蔓延している。なので労働相談も多い。個別事業主との間で問題を解決する取り組み、組合づくりの追求は重要だ。が、それだけでは如何ともしがたい壁が介護保険制度である。
安心できる介護を
多くの中小零細介護事業所は、介護保険制度のもとで、国が決定する極めて低価格の介護報酬をほぼ唯一の収入源として経営をやりくりしている。2015年4月、政府は介護保険法「4大改悪」と過去最大の介護報酬引下げを強行した。そのために、特に小規模事業所で閉鎖・倒産件数が過去最高を記録。「障がい福祉サービス」も介護保険と一体化して改悪する動きが進んでいる。
介護労働者の職場を守り、生活と権利、介護の質と量、「利用者」の尊厳と権利を一体のものとして勝ちとらなければ「安心できる介護」はない。そのためには介護保険制度・政策を変えるたたかいが必要である。
労働運動が主導し、事業主も組織し、介護(医療)業界全体を巻き込んで力を結集できれば、国・自治体を揺り動かす展望と可能性が見えてくる。
そこで介護労働者、労働組合、事業者、市民、誰でも参加できる組織として立ち上げたのが「安心できる介護を! 懇談会」である。2015年5月、初めて「介護保険法4大改悪と立ち向かう」学習集会を開催した。
介護保険は国家的詐欺
介護保険制度の大きな問題点は介護サービスの利用増が保険料に跳ね返る仕組みにある。なかでも65歳以上の保険料を高く設定したうえ、年金から天引き、保険料のために生活費、命を削っている高齢者は多い。
政府・自治体は介護サービス利用制限(給付削減)と介護報酬引き下げ、保険料値上げを重ねてきたが、介護保険制度をつくった当時の厚生省高官まで「国家的詐欺」と指弾するように「保険料あって介護なし」をめざしている。
2015年4月施行の「4大改悪」のひとつが要支援者への生活援助とデイサービスを制度の枠から外して市町村事業に移行する攻撃だ。無資格者や住民ボランティアによる低価格のサービスを自治体の責任でやらせる、または切り捨てさせるものだ。いわゆる「要支援切り」だ。大阪市は4月施行だが、新規の要支援者の大半が訪問介護において現行と同じサービスを受けられない、介護報酬は25%減という事業案を出しており、見直し・撤回を求め続けてきた。自治体自らが介護労働者の「処遇改悪」を促進するものでもある。
制度解体に反撃
さらに安倍政権は今国会で、福祉用具、住宅改修、生活援助の原則自己負担導入などの「軽度者(要介護2まで)切り」の介護保険法改悪案上程を狙っていた。要介護認定者は65歳以上の2割弱、そのうち6割強を保険から切り離すものでまさに介護保険制度解体攻撃だ。
福祉用具業界が立ち上がり、昨秋には署名が23万筆を超えた。全国でさまざまな運動が展開され、260近い地方議会で意見書可決が相次いだ。「安心できる介護を!懇談会」もネット署名を呼びかけ、大阪社会保障推進協議会や研究者とともに「介護・福祉総がかり行動(準)」を立ち上げた。昨年11月25日には「介護の切り捨てアカン! 本気の大集会」を250人の参加、140団体・135個人の賛同で成功させ、大阪市と厚労省に提出する「共同アッピール」を採択、全国に発信した。相呼応するように東京でも11月11日介護保険制度を守ろうと市民の大集会が開かれエールを交換した。12月5日厚労省アクションでは街宣、1万4千筆弱の署名と共同アッピール提出、直接交渉とインパクトある行動を展開した。
大きな不安と怒りの声に包囲され、政府は昨年12月「軽度者切り」は一旦の先送りを発表。が、生活援助は来年からの介護報酬見直しのなかで実質的切り捨てを狙っている。今国会上程の改悪案には自己負担3割導入を盛り込んだ。2017年度予算案では70歳以上の高額療養費(医療)の負担増とともに高額介護サービス費の自己負担増が盛り込まれている。総じて保険給付削減、社会保険からの介護納付金引き上げ、自己負担引き上げのオンパレード、年金カット法の施行とあわせて高齢者の首をジワジワと絞めあげていく。
今国会上程の改悪案には自己負担3割導入を決定。他方で、人手不足を解消させる処遇改善策(最低でも月10万円の賃上げが必要)は皆無である。
当面の課題として、◆介護保険法改悪―3割負担導入に反対し、◆来年にむけて審議される介護報酬改定で報酬引き下げと生活援助などの切り捨てを許さず、◆大阪市の「要支援切り」に粘り強く抗し、◆介護労働者の労働条件改善のたたかいがある。5月12日「介護・福祉総がかり行動」を正式に立ち上げ、これ以上の介護切り捨てを許さない大集会が呼びかけられている。介護労働と介護切り捨てを許さないたたかいは「今の社会において命を最も大切な価値としていく」実践であり、戦争の対極にある。地域で介護事業者、労働者、利用者・家族や住民に地道に訴え、声を集めて「総がかり」を実現していこう。命を守る運動と戦争を許さないたたかいが一つになるとき、大きな力となって安倍の改憲を押し返すことができる。
多くの皆さんの参加を呼びかけます。
労働ニュース
●米ファストフードの従業員ら、トランプ氏の労働長官指名に抗議
最低賃金を時給15ドルに引き上げるよう求める労組が支援するデモ活動組織「15ドルへの闘い」は12日、ファストフード大手CKEレストランツ・ホールディングスのアンディー・パズダー最高経営責任者の次期労働長官への就任に反対し、CKEの運営する「カールス・ジュニア」や「ハーディーズ」で抗議活動。
トランプ米大統領の熱心な支持者であるパズダー氏は、最低賃金引き上げや労働条件をめぐる政府の規制に批判的なことで知られる。「15ドルへの闘い」は、4年間の活動を通じてカリフォルニア州やニューヨーク州での最低賃金の大幅な引き上げに貢献。レストラン産業は、米国の最低賃金で働く労働者が最も多い業界。(1月12日)
●関電課長の過労自殺で関電社長に出頭指導
運転開始から40年を超えた関電高浜原発の1、2号機の運転延長をめぐり、規制委員会の審査に対応していた関電課長職男性が過労自殺した(昨年4月)問題で敦賀労働基準監督署は、関電の岩根社長に出頭を求め「全管理職の労働時間」を適切に把握するよう指導していた。男性は40代、1カ月の時間外労働は最大200時間に及んでおり、過労自殺として労災に認定。
企業や組織内で「管理職」とされていても、裁判などで管理監督者に認定されない事例が多いなか、異例の指導。
(1月15日)
●上位8人資産、下位50%と同額 貧富の格差拡大でNGO警告
国際非政府組織(NGO)オックスファムは16日、世界で最も裕福な8人と、世界人口のうち経済的に恵まれていない半分に当たる36億7500万人の資産額がほぼ同じだとする報告書を発表した。
報告書は、8人の資産が計4260億ドル(約48兆7千億円)に上り、世界人口73億5千万人の半分の合計額に相当すると指摘。1988年から2011年にかけ、下位10%の収入は年平均3ドルも増えていないのに対し、上位1%は182倍になったとしている。(1月16日)