辺野古新基地
工事強行に怒り広がる
安倍政権が沖縄を差別
「工事をやめろ」防衛省に緊急抗議 1月13日夕方、沖縄・辺野古現地の闘いと連帯して、防衛省に対する緊急抗議行動が行われ、200人が参加した。主催は「辺野古への基地建設を許さない実行委員会」 |
安倍政権によるあからさまな沖縄差別が続いている。政府が14日に閣議決定した2015年度の当初予算案では、沖縄振興予算が5年ぶりに減額となり、前年比162億円(4・6%)減の3340億円となった。今回の減額について自民党内部からは「政府とのパイプのある知事がいないことがどういうことか、分かるといい」という声が漏れている。新基地建設に反対する翁長雄志氏を選出した沖縄県民に対して、「思い知らせてやる」といわんばかりの態度を隠そうともしない。
沖縄知事選以降、安倍政権の主要閣僚は誰一人として翁長新知事と面会していない。14日の記者会見で官房長官・菅は、「翁長知事と会う予定はあるのか」という質問に対して「会いません」と断言した。沖縄県に対する安倍政権のこうした異様な対応は「政府の言うことを聞かなければこうなるぞ」と、他の地方自治体に対する「見せしめ」にしているかのようである。
辺野古で初の逮捕者
その一方で辺野古新基地建設費は、1736億円を計上した。前年の2・1倍の増額だ。
名護市辺野古の新基地建設の現場では工事再開をめぐって緊迫した状態が続いている。10日夜から11日未明にかけて、米軍キャンプ・シュワブに工事再開のためのミキサー車15台が入った。これに抗議する市民と警察がもみ合い、男性一人が「暴行」容疑をでっち上げられて逮捕された。このかんの抗議行動で初の逮捕者である。男性は2日後に釈放されたが、抗議行動を暴力的に抑え込んで、基地建設を強行しようという安倍政権の姿勢をはっきりとみてとることができる。
稲嶺名護市長が激励
そして15日午前0時ごろ、シュワブゲート前で、資材搬入阻止の抗議行動をおこなっていた市民を警察機動隊が、ごぼう抜きし排除を強行した。
前日の午後10時ごろ、「ゲート前に機動隊が集合する」という情報に市民ら100人が駆けつけ、50人でゲートを封鎖した。これに対して機動隊100人が襲いかかり、ごぼう抜きをはじめたのである。
こうした機動隊の暴力にひるむことなく、市民たちはゲート前に座り込んで資材搬入阻止行動を続けている。15日の午前中には、稲嶺名護市長がゲート前の抗議集会で発言。「手を携えて頑張っていきましょう。必ず道は開けます」と激励した。
新基地建設工事の暴力的強行は沖縄県民の怒りの炎に油を注ぐものとなるだろう。工事阻止へ向けて、全国から力を結集することが求められている。
自公、佐賀でも敗北
安倍政権のこうした強権的手法に対する反発は沖縄県以外でもわき起っている。「佐賀のことは佐賀が決める」。これをメインスローガンにした候補者が、自公推薦候補を破った。
11日に投開票がおこなわれた佐賀県知事選挙では、自民党県連の分裂選挙となった。結果は、自公推薦の樋渡元武雄市長が敗北。公示直前に立候補表明した元総務省官僚・山口氏が農協の支援を受けて当選した。自民党は、滋賀、沖縄に続いて3敗を喫した。
アベノミクスの正体が、首都・東京への富の一極集中と地方の疲弊を促進するものであることが明らかになっている。
「地方創生」などという一時しのぎの見え透いたごまかしはきかない。
今後も「地方の反乱」は続く。そこへ大胆に踏み込み、安倍政権打倒へ転機をつくりだそう。
米軍Xバンドレーダー搬入
本格運用開始に抗議
本格運用開始に抗議 (12月26日 米軍基地ゲート前) |
12月26日、京都府京丹後市にある米軍Xバンドレーダーの本格運用が始まった。米軍と防衛省は、もともと昨年10月搬入、12月運用開始と言っていたが、搬入についても運用開始についても地元住民への事前の通知はなく、事後通告だった。
交通事故と騒音
12月の運用開始に向けては、10月21日の搬入、同22日の在日米陸軍第14ミサイル防衛中隊の発足式から12月22日まで2カ月間に6件の交通事故が起きている。とりわけ10月27日の事故は電柱を根元からへし折り、12月22日の追突事故は、初めて地元住民に被害をもたらした。
また11月から始まったレーダー試運転では、レーダーの発電機からの騒音は、防衛省の言い方でも「想定外」であり、地元住民にとっては夜も眠れないもので、地元地区長らの抗議申し入れがおこなわれた。その後、消音壁などの対策を構じたが、騒音は変わらない。
こうした交通事故や騒音の現実では、本格運用の開始など認めることはできない。そもそも京丹後市も京都府も一昨年9月の受け入れを表明した時に、「住民の安心・安全が守られないなら受け入れ撤回もありうる」と言っていたのであり、本格運用開始は拒否すべきである。
年末のたたかい
12月23日には地元京丹後市で、「米軍基地いらんちゃフェスタin丹後」が開かれ、京丹後市民を中心に850人が参加。宇川憂う会と丹後連絡会がよびかけ、府民の会と近畿連絡会が協賛。
また12月26日には、米軍Xバンドレーダー基地反対・京都連絡会が間人(たいざ)の旧丹後町役場にある京丹後市の基地対策室に抗議の申し入れをおこなった。京都連絡会から6人が参加。宇川憂う会と丹後連絡会からも8人が同席した。
11時30分から約1時間かけて申し入れをおこなったが、この時点では、岩崎室長は、「米軍や防衛省からは何も言ってきてない、今日が御用納めなので、今日中には何か言ってくるだろう」と答えていた。交通事故が頻発し、騒音が解消されない現実では、本格運用は拒否すべきだと強く申し入れた。
オール沖縄の闘いに応え
全国で意見広告運動を
沖縄知事選での翁長雄志さんの圧勝を受けて、第6期沖縄意見広告運動スタート集会が、11月21日に大阪市内で開かれた。集会では辺野古現地の海上攻防戦、キャンプシュワブゲート前抗議行動のビデオが上映された。知事選と一体で辺野古現地攻防が連日闘われている姿に、200人の参加者は見入った。
冒頭に沖縄意見広告運動世話人の服部良一さんが、知事選での1万4800人の集会(故菅原文太さんも参加)に言及し、この中に勝利を確信し、10万票の大差は、仲井真の策動に完全にノーを突きつけたものだと断定した。
講演は、元宜野湾市長の伊波洋一さん。伊波さんもビデオの興奮冷めやらず、知事選と辺野古現地攻防を報告した。特に現地攻防での負けない決起が沖縄全体を勇気づけていることを、独自の写真入り報告レジュメを使って説明した。そしてこの辺野古の闘いは、当初は知事や市長も推進派だったが、それを県知事・県議会、名護市長・名護市議会、さらには主要都市の首長も、新基地建設反対に変わったことを誇らしげに報告した。
その後、京都経ヶ岬の米軍Xバンド基地建設反対闘争、岩国基地拡張・オスプレイ配備反対の闘いなどの報告があった。 最後に、全港湾大阪支部委員長の山元さんが、沖縄の闘いが安倍政権を追いつめており、これと連帯する本土の闘いを作り上げるため、第6期沖縄意見広告運動を成功させようとまとめた。
沖縄意見広告運動は、このオール沖縄の闘いに応え、全国の労働組合や社会運動に沖縄の課題を持ち込み、また各地の辺野古行動・米軍基地反対闘争やオスプレイ配備反対の闘いと連携し、広く世論を喚起する運動だ。特に県知事選圧勝・総選挙での自民党全敗後も、菅官房長官を筆頭とする安倍政権は辺野古新基地建設に強権を発動してきている。また知事の面会を拒否するなど露骨な差別をおこなっている。これへの反撃として、5月翁長知事の訪米にあわせ米紙に、6月には沖縄2紙・本土2紙に意見広告を載せ、安倍政権の沖縄政策にNOを突きつけよう。
オール沖縄の圧倒的多数を背景に、フィリピンで米軍基地を撤去したように、米国世論も動かし基地を撤去しよう。民意を無視する安倍政権に対し本土における沖縄闘争の構築・発展を、第6期沖縄意見広告運動で実現しよう。
2面
38年目の団結野菜市
三里塚反対同盟から直送
年末恒例の三里塚団結野菜市が12月27日、日本キリスト教団明石教会で好天に恵まれて開かれた。前日三里塚現地で積み込まれたトラック満載の野菜を、前夜から泊まり込んだ事務局と明石住民の会のメンバーで教会の庭に運び込み、関西各地から集まった人たちで注文通りに仕分け作業がおこなわれた(写真)。
午前8時過ぎ、仕分け作業に先立って簡単な集会と打ち合わせが、明石住民の会の日原さんの司会で始まった。初めに永井満関西実行委員会代表が、関西実行委員会結成から始めて38回目になるこの野菜市で、現地で闘う市東さんや萩原さんが精魂込めた三里塚の野菜を食べて、一層ともにたたかう思いを強くしようと、挨拶した。
続いて野菜を運んできた三里塚現闘の人が三里塚産直の会からのメッセージを紹介した。メッセージは、関西での粘り強い取り組みに感謝するという言葉から始まり、市東さんの農地取り上げを許さない控訴審闘争と署名活動の報告、さらに3月4日市東さんの農地裁判控訴審弁論と3月29日の全国集会への結集を訴えた。とりわけ現地集会の会場は成田市役所下の栗山公園、あの成田市営グラウンドだった「戦場」で、成田第3滑走路計画などの攻撃に対して成田市のど真ん中に打って出ると決意を明らかにしている。
このあと事務局から、担当の人員と野菜の種類が告げられ、仕分け作業に移った。永井代表をはじめ住民団体が担当する落花生は手慣れたものだが、黒い土がついたサトイモ、ゴボウや、柔らかいホウレン草などは取り扱いに注意を要する。また落花生とほうれん草は、基本重量を小分けにするのに相当時間を取られる。なお、根強い人気の八つ頭が生育不良で取扱い無しになったのは残念という声が多かった。
注文数を各団体の区画に配る作業が9時を過ぎる頃に終わり、順次支払いのあと団体ごとに野菜を車に積んで帰るころには、会場近くの住民が仕分けで残ったおいしい三里塚の野菜を目当てに立ち寄り買い求めていく風景も恒例になっている。
関西で三里塚に思いを寄せる人々は、この野菜市で現地の野菜を食べ、新年をともに闘う決意を新たにした。1・11反対同盟旗開き、1・18関実旗開きを皮切りに2015年、三里塚の新たな闘いが始まった。
2月、市東さんが来阪
2月15日、エルおおさか(大阪市中央区)で「市東さんの農地法裁判は、いま」学習会がおこなわれる。主催は関西実行委員会。三里塚空港反対同盟の市東孝雄さんが訴えをおこなう。講演は反対同盟顧問弁護団の一瀬敬一郎弁護士。また成田空港による周辺地域の生活破壊の現状や有機農法を実践している市東さんの畑を紹介するスライドが上映される。このスライドは市東さんの農地裁判控訴審の意見表明の際に法廷で上映したものだ。 3月4日には控訴審第4回口頭弁論が開かれる。成田市役所横の栗山公園(旧成田市営グランド)で開催される3・29三里塚全国総決起集会に立ち上がろう。
2・15「三里塚農地裁判は、いま」学習会 Part2
と き:2月15日(日)午後2時〜4時半
ところ:エルおおさか南館1023室
(大阪地下鉄谷町線・京阪「天満橋」徒歩5分)
訴え:市東孝雄さん(農地法裁判当該)
講演:一瀬敬一郎さん(弁護士)
主催:三里塚決戦勝利関西実行委員会
積極的軍事主義に抗して
兵庫で1000人委運動始まる
昨年12月14日、「戦争をさせない1000人委員会・ひょうご」が神戸市内で学習会をおこない、210人が参加した(写真)。
この運動は大江健三郎さんや山口二郎さん(法政大学教授)などと自治労・日教組などの労働組合が呼びかけ、安倍政権の戦争国家化攻撃にストップをかけようと始まった運動で、兵庫県においても夏の段階から賛同募集が始まった。この日は浦部法穂神戸大学名誉教授や自治労兵庫県本部、兵庫県教職員組合、部落解放同盟兵庫県連の委員長などの呼びかけと、391人、152団体の賛同が公表された。
主催者あいさつの後、永山茂樹さん(東海大学教授)の「安倍内閣の積極的軍事主義は日本をどう変えるか」と題する講演がおこなわれた。永山さんは安倍自身が異なった概念をごちゃ混ぜにしながら、何としても「集団的自衛権」という言葉を閣議決定に盛り込むための、安保法制懇の報告書であり、7・1閣議決定であったと弾劾した。その上で、今後次の3つの分野で反撃していこうと訴えた。一つは、7・1閣議決定はこれまで憲法上できるとされた個別的自衛権の行使の上に、非戦の伝統を捨てて他国(特にアメリカ)の戦争に参戦できるようにしたものである。第二に、これまで警察力や海上保安庁が対処してきたグレーゾーン(=「武力攻撃に至らない侵害」)での自衛隊活用をねらい「一触即発」の危機をもたらすものだ。第三に、多国籍軍への参加と武力の行使に道を開くものだと、論断した。さらに永山さんは、13年12月の特定秘密保護法との関連、またアベノミクス=新自由主義の経済政策で社会や教育がどう変えられるかも論じながら、抵抗主体を全社会的に広げていこうと結んだ。
講演を受け、質疑応答がなされた。質問は若い世代にひろげるにはどうすべきか、広い兵庫県下の地域にどう運動を拡大するかで、これに対し主催者は、若い世代の参加をうながす活動案をねり、国会審議などにあわせ行動を提起し、県下各地に運動を広げていこうと答えた。
本の紹介
三里塚と出会い、静止画が動いた
発行/新空港反対東灘区住民の会
山本善偉さん |
山本善偉さんを知る人も知らない人にも、お薦めしたい。94歳、山本善偉。戦争末期、兵庫県学徒出陣壮行会。出陣学徒と送る学生、約1万人が集まった。山本青年は総代表として答辞を読む。「気恥ずかしくもあり、誇らしくもあった。ぼくには時勢を批判するような内容はなかった。それが当たり前だった」。
本書はいわゆる自分史とは異なる。三里塚と学徒出陣、そこにいたる時代の体験が確かな記憶で語られる。
「山本先生」の出発点と原点は、何であろうか。三里塚(闘争)に参加し「目からうろこが落ちた」というのは、述懐のとおり。三里塚を知り三里塚闘争に参加し、それは「終生のたたかい」となった。その時代背景。1920年に生まれ、日中戦争から日米開戦までの少年時代。大学に進んで2年余で学徒出陣、決意表明の答辞を読む。戦後は、関西学院高等部教師として生徒たちに寄り添い、同和教育に生活指導に一生懸命だった。『ライオン吼える』という表題は、いまの山本先生を知る人にはちょっとイメージが湧かないだろうが、関西学院で教え子たちには、ぴったりくるらしい。
「時代を見ながら」、しかし決然と時代に抗することはなく戦前戦後を生きた。50歳をすぎてから、はじめて三里塚(成田)空港反対運動に参加する。空港建設の暴虐、それに立ち向かう農民、支援の学生、労働者の闘争を知る。1976年、はじめて三里塚の地に行き「静止画が、突然ワーッと動いた」という。「人間の尊厳に生きる人たちが、ここにいる」と。
「ぼくは、そこにいる理由があった」
それから三里塚、部落解放運動、狭山闘争、沖縄…。「二度と、あの戦争を繰り返してはならない」という、40年におよぶ長く揺るぎない道を歩む。「ぼくは、なにも考えずに時代を見てきたな」という悔恨、自らへの怒りが「杖をついてでも、反戦平和のためにたたかいぬく、いま」につながる。目の前の現実、生きる人々に素直に向き合い、自ら行動に移し生きる。「本になるのは面映ゆい限りだった。しかし、できあがって読んでみると気負うでもなく卑下するでもなく、そのままのぼくがいた」と、自身は感想を述べる。 2011年5月、三里塚・天神峰現闘本部(撤去)裁判の控訴審傍聴の際、50人の人たちとともに「不退去」を理由に90歳にしてはじめて逮捕された。そのときのことを、「ぼくは、そこにいる理由があった」と語る。私たちも、「ここにいる、理由がある」と思い至る。(三木)
〔頒価1500円+送料100円、注文は新空港反対東灘区住民の会/FAX 078―841―6303〕 『ライオン吠える〜山本善偉の長い途〜』
秘密保護法
ひるまず、自粛せず
大阪で施行後初の行動
一昨年12月6日に秘密保護法が強行成立して以降、全国各地で秘密保護法廃止の運動がたちあがり、大阪でも毎月「6の日」行動=集会とデモがおこなわれてきた。反対運動がもりあがるなかで、昨年12月10日に秘密保護法はついに施行された。施行後、初めてのロックアクションが1月6日、大阪市内でひらかれ250人が集まった。
集会では、茨木市議の山下けいきさん、大阪弁護士会の太田弁護士、ロックアクション実行委共同代表の牧師、新聞『うずみ火』矢野編集長などが発言。ひるまず、自粛せず、さらなる反対の声を上げ続け、この悪法の乱用をくいとめよう。わたしたちは黙りません、あきらめません。26日からの通常国会で、集団的自衛権行使関連の法律の改悪をさせません。秘密保護法の廃止をかならず実現しようと誓った(写真)。次回は、2月6日、午後6時半。大阪中之島公園・水上ステージにて。
3面
2015年 新年のあいさつ (下)
民衆の力で政治を変えよう
原発は人類と共存しえない
「若狭の家」運営委員会 木原壯林さん
安全な原発など存在せず、原発は人類と共存し得ないことは、福島原発の惨状が実証している。現在科学・技術は原発を制御できるほど進歩していない。原発の再稼働は誤りであり、犯罪である。
しかるに、国民を欺く規制委は、科学的根拠も希薄な新基準で原発再稼働を審査し、全国の原発の適合判断を出そうとしている。高浜原発に関しては、合格通知にあたる審査書案を12月17日に発表し、2月には正式な適合通知=「審査書」を決定しようとしている。
どんな審査基準によっても、安全な原発はできないことは自明であり、「審査基準適合」判断は、電力会社の都合に合わせるデタラメ判断である。新基準で謳う過酷事故対策は、国際的には従来より求められてきたものであり、「世界で最も厳しい」とは真っ赤なウソである。「日本の原発は完全に安全である」と考えていた日本の規制当局が福島事故まで国際的要求を無視していただけである。
新審査基準による川内、高浜原発の審査結果は、@ほとんどがコンピュータ解析のみの結果であり、実証はしていない、A基準地震動を過小評価している、B汚染水流出防止対策を要求していない、C事故時の避難計画を審査対象外としているなど、電力会社が譲歩可能な条件=再稼働をさせるための条件への適合検査と言わざるを得ない。国民の安全など頭の片隅にもない。
再度の大惨事=地獄への扉を開ける原発再稼働を阻止するために、あらゆる創意と工夫を凝らして、大きなうねりを構築しよう。とくに、高浜での現地大闘争を波状的に展開し、電力消費地・大阪での関電本社弾劾1万人大集会を勝ち取ろう。
原発は、安倍政権の最も弱い環であり、恥部でもある。原発再稼働阻止を突破口にして、反動政権を打倒しよう。原発全廃の戦いは人間復興の戦いである。共に頑張りましょう。人類と地球の未来のために。
教基法改悪から7年
―安倍・橋下の思考停止、教育破壊許さない
大阪府立学校「君が代」不起立被処分者
奥野泰孝さん
2006年、教育基本法が改悪され「愛国心」が入ってきました。公布・施行は12月で、実質2007年から効力を持ったと言えます。7年後、その結果が出てきたのではないでしょうか。
昨年12月の総選挙投票率の低さ、そして自民党政権を倒せなかったこと。2007年1月発行の内田樹著『下流志向―学ばない子どもたち、働かない若者たち』では、思考停止になっていく理由について次のように分析されています。
「意味が分らないテクストに囲まれていて生きているのは、普通に考えればストレスフルな経験です。気になってしかたがない。そんなストレスを常に抱え込んでいたのでは、生物としてのパフォーマンスが下がる。だから選択肢は二つある。一つは、意味がわかるまで調べて、『無意味なもの』を『意味あるもの』のカテゴリーに回収する。もう一つは『無意味なもの』があっても『気にしない』という心理機制を採用する。弱い動物はショックを受けると仮死状態になります。そのように心身の感度を下げることで、外界からのストレスをやり過ごすというのは生存戦略としては『あり』なんです。」と。
ストレスフルにする方法は?恫喝(命令など)や暴力(減給や免職などの処分など)によって萎縮させる。不安にする。人事考課制度などを使い競争させ忙しくさせる、等。「私の仕事」と「社会」が切り離され、「私が生き残るため」に仕事をしなければならなくなる。それが教育分野で易々と進められています。
これからの7年が大事です。まず2015年は、原発再稼働反対、辺野古の基地建設反対等、ネットワークを強め連帯して闘いながら、新しい社会の具体的目標を作り共有する取り組みが進められなければならないと思います。
私は、教育現場で「君が代」強制反対の闘いをしています。教員として公務員として信仰者として「国歌斉唱」時、起立斉唱できないのですが、そのことで戒告処分と減給処分を受けました。
処分取り消しの闘いは、大阪府人事委員会の裁決が春までに出るはずです。裁判は2月18日(水)16時半から、大阪地裁809号法廷で第9回口頭弁論があります。起立斉唱を命じる事が憲法違反であると訴えています。
多くの方に傍聴に来ていただきたく、よろしくお願いします。
100回目を迎えた水曜デモ
妨害に負けず参加増える
1992年に韓国ソウルの日本大使館前で始まった日本軍「慰安婦」問題の解決を求める水曜デモに連帯して、2006年10月から始まった大阪駅前の月一回の「水曜デモin大阪」は、新年1月7日で100回目を迎えた。同日、極寒のソウルでは23年目、1160回がおこなわれた。
日本敗戦から70年になる今年こそ、歴史に向き合い、戦争ではなく平和への道を歩みだそうという決意をこめて呼びかけられ、当日は、午後6時半から8時まで120人を越える人々が梅田ヨドバシカメラ前に結集した。
恒例の「水曜デモの歌」と水曜ダンサーズの「パウィチョロン(岩のように)」の踊りから始まり、主催者の日本軍「慰安婦」問題・関西ネットの報告に続いて、各方面からのリレートーク。ヘイトスピーチと闘う人々、南京大虐殺を伝え続ける人々、橋下市長の『慰安婦』・性暴力発言を許さず辞任を求める人々、沖縄・基地問題で活動する方、教科書問題にとり組む団体、若者を代表して20代の女性など、次々と安倍政権の歴史歪曲、人権侵害、戦争策動への怒り、それを跳ね返して連帯してたたかうという熱い言葉が発せられ、参加者全員が共有していった。
スピーチの合間にはジャンベと歌による韓国の民衆闘争歌「朝露」が唱われた。ハイライトは5人の在日の若者によるサムルノリ演奏だった。チャンゴなどの音色とリズムが、身体の芯まで凍らせるような寒さを溶けさせてくれた。街ゆく人たちも足を止め音色に聞き入り、一緒に身体を揺すらせ、チラシを受け取ってくれた。
8年の間には在特会や警察の妨害も数々あったがそれを乗り越え、参加者はどんどん増えている。安倍の攻撃と真っ向から向き合い、新たな気持ちでたたかおうという勇気をもらった100回目の水曜デモだった。
次回は2月4日(水)、韓国から青年たち(希望なび)も参加するそうだ。1人でも多くの結集を。(19〜20時、梅田ヨドバシカメラ前)。(森郁江)
関電前事後弾圧控訴審
映像で無実を証明
昨年12月22日、関電前事後弾圧控訴審第1回公判が大阪高裁でひらかれた。この裁判は、2012年10月5日、関西電力本店前でAさんが「転び攻防」で逮捕された際に抗議した松田さんが、後日(同年11月16日)令状逮捕された弾圧。
「犯罪」の事実なし
松田さんは1審で「公務執行妨害、器物損壊」により有罪判決を受けたが、そもそもこの弾圧は「公務執行妨害、器物損壊」という事実がない。この点を全面的に争っている。抗議したことを「公務執行妨害」とされ、Aさん連行車両にかけよって抗議した際にアンダーミラーがはずれたことを「器物損壊」とされたのである。
はじめに永嶋弁護士が「松田さんによる公務執行妨害罪は、成立しない」旨の要旨を朗読した。Aさんが逮捕された当日、関電本店前には、適法な公務なるものは存在しなかった。よって、Aさんによる「公務執行妨害」なるものは存在せず、警察がAさんを逮捕し、連行したことは、適法な公務ではない。その逮捕・連行に抗議した行為を「公務執行妨害」とする主張は成立しない。それゆえ松田さんの「故意」「共謀」「暴行」は存在しない。
続いて、服部弁護士が、「松田さんによる器物損壊罪は成立しない」旨の要旨を朗読した。1審判決は、アンダーミラー軸受けの経年劣化を無視しており、事実認定において誤っている。はずれたアンダーミラーを松田さんから受け取った警察官は、その場で容易にアンダーミラーを取り付けることができたし、外れる前と何ら変わりが無い状態に復元することができた。「器物損壊罪」は成立していない。
検事が「控訴棄却」を主張した後、被告側が、控訴審に向けて新たに準備した映像を上映した。アンダーミラーの軸受けが経年劣化した車両の場合、どうなるかを実験した映像だ。映像では松田さんと弁護人が登場し、実際にアンダーミラーの裏側から指1本で特定の方向に押すと、いとも簡単にアンダーミラーがはずれるシーンが出てくる。この動作を数回にわたり繰り返しおこなった証拠映像である。
1審で検察が出してきた証拠のなかに、Aさんを連行した車とは別の車だが、同車種(日産キャラバン)で、アンダーミラー軸受けに、ひびが入っている画像がある。
松田さんが抗議した際、アンダーミラーにさわったら、いとも簡単にはずれたことから、当時のAさん連行車のアンダーミラー軸受けに「経年劣化によるひびわれの存在」が疑われていた。今回の映像は、同車種で実際に軸受けにひびわれが発生している車でおこなわれたもの。
映像の上映をうけて、被告人質問がおこなわれた。
最後に、弁護人の弁論があり、永嶋弁護士は、1審判決では、松田さんがかなり力を入れてアンダーミラーをはずしたと認定しているが、実際は「力を入れることなく、スポンと外れる」、「器物損壊の故意はない」、よって器物損壊は無罪、と再度強調した。
4面
視座
白井聡 著 『永続敗戦論』を読む
米への屈服、アジアへの敗戦を否認
永続敗戦とは
これまでは戦後期から今日までを戦後体制(戦後レジーム)とか、アメリカ体制という言葉で認識してきたが、著者の白井氏は自らのイメージを形成するために、「永続敗戦」「永続敗戦レジーム」という新しい言葉を使っている。
アジア諸国にたいする侵略戦争を指導し、日本とアジア人民を苦難のどん底に突き落とした人間たちが、敗戦を「終戦」と言い換えて、敗戦の責任をとらず、戦後も権力の中心に居座ってきた、この連続と不連続を対象化している。
戦後体制(永続敗戦)は基本的に戦前(国体)との間には革命的断絶はなく、敗戦の代償として、アメリカに、「望むだけの軍隊を望む場所に望む期間だけ駐留させる権利」を保障し、沖縄を売り渡し(過去形ではない)、生き延びてきた支配体制である。
戦後の政治的指導者たちは「戦後レジームからの脱却」「自主憲法の制定」「日本を取り戻す」と言いながら、決してアメリカとは対立できない(底なし沼)まま70年をすごした。また対立もせず、そのイデオロギーは親米保守である。岸信介は「真の独立」、佐藤栄作は「沖縄が帰ってこない限り戦後は終わらない」、中曽根は「戦後政治の総決算」と言ってはいたが、決してアメリカから自由ではなかった。
しかし、その間アメリカの尾を踏んだ政治家がいたが、その多くは失脚してきた。田中角栄は米国の頭越しに日中国交回復を実現して失脚し、金丸信は北東アジア経済圏構想で失脚し、鳩山由紀夫内閣は普天間基地の県外移設と東アジア共同体を掲げて自壊し、第1次安倍政権は靖国・「慰安婦」問題で自壊した。
このように、アメリカにたいして膝を屈しながら、他方ではアジアにたいしては尊大な態度で臨み、南京大虐殺や日本軍「慰安婦」の強制を否定し、靖国参拝を強行するなど、戦争責任も敗戦も否認し、自らの信念を満足させているのが戦後日本の保守的政治指導者であった。このように相反する矛盾した戦後政治を著者は「永続敗戦」と名付けた。
本音の政治へ
著者は、戦前の体制と戦後の体制の違いについて次のように語る。天皇制は犠牲を強いるシステム=国民に死ねと言えるシステムだった。天皇は敗戦の責任をとらず、国民(さらにアジア人民)への謝罪もせず、国民の生命を守るためではなく、国体護持の危険回避のためにマッカーサーに這いつくばった。その結果生まれた戦後体制(戦後民主主義)は国家が国民に死ねとは言えないシステムであり、誰も犠牲を要求する道理を持たないにもかかわらず、今日の政治指導者はこの戦後体制(永続敗戦レジーム)を維持したまま犠牲のシステムを構築しようとしている。
戦後体制の大前提を支えてきた高度経済成長が頓挫し、日本経済のアジア1強が崩れ、2枚舌をもってする政治が矛盾を拡大し、「本音の政治的展開」を不可避とする時代が始まったという。とりわけ2011年3月11日がそのメルクマールだという。
何をなすべきか
著者は最後に「何をなすべきか」と問い、「問題は、それ(戦後体制)を内側からわれわれが破壊することができるのか、それとも外的な力によって強制的に壊される羽目に陥るのか、というところに窮まる。前者に失敗すれば、後者の道が強制されることになるだろう。…われわれは前者の道をとるほかない」としている。
しかし、著者は「内側から破壊する主体」とは何か、「外的な力」とは何かについては、曖昧にしたまま述べていない。
まずは「外的な力」について考えてみよう。
戦後保守(自民党や民主党など)は一貫して、戦後体制(永続敗戦レジーム)の守護者として、戦後の国体を維持してきた。その中には前述のような例外もある。田中角栄、金丸信、鳩山由紀夫などだが、いずれもアメリカの逆鱗に触れて失脚した。第1次安倍内閣も靖国・「慰安婦」問題でアメリカからリコールされ政権を投げ出した(第2次安倍内閣以降はこの点を総括して、アメリカとの対立を避けている)
しかし、戦後レジームからの脱却を掲げる安倍、そして橋下、田母神のような極右勢力や在特会が前面に立ち、「尖閣」(領土)問題、靖国問題、「慰安婦」問題などで戦後保守の殻を砕き、戦後体制と矛盾をきしませながら、極右政治を志向している。
著者が言う「外的な力」とはこの極右勢力のことをさすのだろうか、それともアメリカなどの国外勢力のことをさしているのだろうか、文脈からは見えてこない。
革命的左翼の責務
次に、「内側から破壊する主体」について考えてみよう。
では左翼勢力の立ち位置はどこにあるのだろうか。共産党は敗戦直後の戦後革命期に米軍を解放軍と規定し、その後転じて「反米愛国路線」をとるのだが、結局は釈迦の手のひらの上の孫悟空のごとく、戦後体制を左から破壊する姿勢は見受けられない。60年安保や70年安保では体制内的なたがはめに躍起となり、常にたたかう人民の前に立ちはだかってきたように、彼等が指導する戦後労働運動、学生運動は危機に立つ戦後体制の救済者としての役割を果たしてきた。
1950年代末期に社共の批判派として形成された革命的左翼は、1960年代に「戦後世界体制の根底的動揺」という時代認識に立ち、70年安保・沖縄闘争をたたかいぬいたが、日帝の高度経済成長によって左翼勢力全体が体制内(総評→連合)へと収斂され、突出部分としての革命的左翼は治安弾圧によって押さえ込まれてきた。
戦後「国体」はアメリカによる敗戦の帰結を無制限に受け入れたが、アジアにたいしては敗北の事実を否認し、経済発展の優位が低下することによって、日本の戦後体制(永続敗戦レジーム)が終焉を迎えようとしている。3・11から始まった新たな時代=本音の政治的展開の時代認識を新たにし、私たちこそが「内側から破壊する主体」として躍り出なければならない。(杉山哲生)
国家的貧困ビジネス
カードで生活保護費支給
大阪市は昨年12月26日、全国で初めてプリペイドカード(以下、カード)による生活保護費の支給を今年4月からモデル事業として実施すると発表した。
これに対して即座の反撃がおこなわれた。1月8日、生活保護問題対策全国会議(代表幹事:尾藤廣喜弁護士)(以下、全国会議)は厚生労働省で記者会見して、カードによる支給は違法であるだけでなく、その背景には大手金融資本による国家的な貧困ビジネス化があることなどを明らかにした。全国会議は1月末をメドに賛同団体を募り、違法なモデル事業を即刻撤回するよう橋下市長に要望書を提出する。
カードによる支給は違法
生活保護法31条は、「保護費は金銭給付によって行う」と定めているが、その趣旨は「金銭給付により各人の自由購入に任せることが適当である」ところにある(小山進次郎「改訂増補・生活保護法の解釈と運用」442頁)。
しかし、カード(いわゆる電子マネー)は「その金額に応ずる対価を得て電磁的に記録された情報であって、その記録者との契約関係に基づき一定の範囲で金銭債務の弁済としての効力を有するもの」であって、金銭(貨幣)そのものではない。したがって、カードによる支給は「金銭給付」にあたらない。金銭給付でない以上、カードをもって金銭給付とすることは違法である。希望者だけに限定するとか、3万円だけだといくら弁明しても違法であることには変わりない。
不便と命の危険の強要
カードはカードの加盟店でないと使えない。小さな商店や食堂、銭湯などではとうてい使えない。また、アレルギー、糖尿病、腎臓病などのために特定の専門店でしか入手できない食料を使わざるを得ない人たちは、健康だけでなく命の危険にさらされる。
行政による管理支配
カードを使うと受給者がいつどこで、何を購入したのか、食生活から趣味・嗜好品に至る日常生活のすべてが行政に把握され、生活全般を管理・支配される。大阪市は希望者に限定するとしているが、行政と受給者との圧倒的な力関係の差を利用し、申し出に名を借りた事実上の強制がおこなわれていくことは明らかである。
金融大資本の食い物
このモデル事業は三井住友カードと富士通総研が提案してきたものを大阪市が全国に先がけて採用したものである。この事業の提携先はアメリカに本社を置くVISAと(株)NTTデータである。VISAはクレジットカードを柱とする決済手段の国際的ブランドで、(株)NTTデータは情報サービス事業で日本の業界最大手である。
アメリカでは2012年には年間100億ドル以上の児童手当や公的給付がVISAのカードなどによって給付されている。この実績にふまえてVISAと(株)NTTデータは「今回のモデル事業を通じ、大阪市同様に全国の自治体への展開を進め、(略)政府の日本再興戦略における具体策の一つである、公的分野での電子決済の利用拡大を含むキャッシュレス決済の普及を目指す」としている。
保護費は全体で3兆円を超える。カード化されていけばカード利用による莫大な手数料が上記4社に入ってくる。それだけではない。カード契約している巨大スーパーなどにもばく大な利益が転がり込んでくる。まさに、金融大資本は200万人を超える受給者を新たな巨大市場として食い物にしようとしているのである。
行動と団体賛同を
全国会議は多くの団体の賛同を求めている。賛同署名は全国会議のホームページからメールでできる。受給者に対する抑圧と差別を作りだし、食い物にするこんなモデル事業を許してはならない。労働組合も含めて多くの団体の賛同が求められている。
大阪市の背景には全国化をたくらむ厚労省・国がいる。1月9日、厚労省は生活保護基準のさらなる引き下げ方針を打ち出した。巨大資本には法人税を大幅に減税し、他方では、声を上げにくい受給者に狙いを定めた攻撃を強めてきている。その先頭を切ろうとしている橋下大阪市長の犯罪性は明らかである。
差別分断を許さず、受給者への攻撃を自分たちへの攻撃として受けとめ、今後の申し入れ行動に参加しよう。(Y)
5面
書評
羊頭狗肉・仲井真元知事を擁護
宮台 真司 ほか 『これが沖縄の生きる道』
極右安倍のお友達
表題に惹かれて図書館から借り、読み進めると宮台のうさんくささが鼻につき、投げだそうかと思いましたが、いちおう最後まで読むことにしました。
なぜかと言えば、「日本にやってきた在日韓国・朝鮮人の大半は、日本で一旗揚げにやってきた人たちです。…日本支配が背景だったにせよ、彼等は半島での差別がいやで自発的に日本にやってきた人たちです。1960年代以降、日本の左翼がこれを敢えて全員が強制連行されてきたかの如く喧伝」(91p)と話しており、これは歴史修正主義者や極右安倍のお友達だと確信しました。
誰が、いつ、どこで言ったのか(書いたのか)を明確にしないで、このように語ることによって、デマの発信者になっていることです。ならば、この宮台なる人物が沖縄問題をどのように考えているのかをチェックしてやろうと思い直し、読み進めました。
仲井真にシンパシー
仲井真の変節(普天間基地の辺野古「移設」容認)にたいして、宮台はアイヒマンの「私の立場にいれば、誰でも同じことをするはずだ」「良心はあったが、役に立てようがなかった」を引用して擁護しています。
また、「仲井真さんを裏切り者と糾弾するだけでは何も解決しない」(124p)、「仲井真知事を単なる裏切り者とすることに違和感がある」(146p)と仲井真に親近感を寄せています。さらに、「自分ができないことを他人(仲井真のこと)に期待する無責任なふるまい」(124p)と辺野古新基地に反対する人々を「無責任だ」となじっています。
そもそも、前述のアイヒマンの言葉は稲嶺名護市長の存在によって粉砕されているにもかかわらず、不変の原則であるかのように主張しており、まさにレトリックです。
条件闘争
そして宮台は「大事なことは絶対反対の闘争をしないことだ」「こちらとあちらの利害を調整して落としどころを探る」(153p)と言い、そもそも辺野古新基地には反対していません。これを「沖縄の生きる道」だと説教をたれているのです。
別のところで、宮台は「大多数は声高に『反対』と叫ぶだけの思考停止。…結局は墓穴を掘る帰結になることを言いっ放し」(174p)と辺野古新基地反対運動に憎悪すら感じているようです。
宮台は「(辺野古新基地反対闘争は)ゼロか100かの自慰的な戦い…絶対反対の闘争をしても、自分たちの目的を達成できなければ意味はありません。条件闘争という回り道をしても、絶対反対では獲得不可能な目標を達成できればOK」(161p)とあらかじめ敗北(辺野古基地建設)を前提にして論述しています。さらに「今は国と事を構えず、戦略的協調によって国からの利益を維持するが、その間に国からの利益に頼らないでもやっていける自立的経済圏の樹立」(163p)と述べているように、宮台は辺野古新基地を容認し、条件を取ればよいと言っているのです。これでは、仲井真とまったく同じです。
構造改革派の論理
ではこのような宮台の主張はどこからきているのでしょうか。宮台は構造改革派の影響を強く受け、マルクス主義とりわけ革命的左翼に強烈なコンプレックスを持っているようです。
宮台はグラムシを解説して、「政治は経済に依存するというより、文化に依存します。経済行為も歴史を経て作られた社会的文脈を前提とします。グラムシの最終目標は…市民社会による政治社会の止揚です。経済はそのための手段でしかないので、どうとでもあり得る。政治が文化に依存し、経済が文化に依存するのだから、時間をかけて文化的前提を変えるしかない」(159p)と述べています。
マルクス主義(唯物史観)から完全に撤退しています。
オール沖縄の意味
対談者の仲村さんは「最低限県外移設で保革を超えて、超党派で結集するのがオール沖縄」「オール沖縄が連帯する最低条件が県外移設」(288p)と話していますが、宮台は話の腰を折るように、「オール沖縄はオキナワン・アイデンティティで連帯」(288p)だからダメだと言い、「オール沖縄」としてたたかう翁長さんにけちをつけています。
この本は沖縄知事選の直前の10月に、仲井真を応援し、翁長さんを落とすために出版されたようです。しかし、沖縄人民は10万票の差を付けて翁長さんを選択しました。
かなり無駄な時間を費やしましたが、構造改革派の沖縄問題についての姿勢を確認することができたのが、収穫と言えます。(田端登美雄)
投稿
「ノーベル平和賞」の虚構
マララさんと『花月草紙』
マスコミはノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイさんを諸手を挙げて賞賛している。ノーベル平和賞は佐藤栄作が受賞したし、バラク・オバマも受賞した。このような人に授与されるノーベル平和賞には公平性はなく、いかほどの価値があろうか。
「(マララさんと)同じユスフザイ氏族に属し、心から親しみを感じている」というアドナン・ラシードさんはマララさんに「あなたは不公平な国際機関のステージで正義と平等を求めた」という手紙を書いた。
西洋の価値観とイスラムの価値観が対立している時、西洋からマララさんに与えられた「賞」はなにを意味するか。そこには、ノーベル平和賞を利用して、イスラムに対する批判、西洋の意志が込められていると見るべきだろう。このような賞は西洋から歓迎されるかもしれないが、イスラムからは歓迎されないだろう。
ラシードさんは最後に、「あなたに、郷里に戻ってイスラムと地元の文化を学び、近くの女性メドルサ(神学校)に入り、コーランを学び、イスラムと同胞の苦しみのためにペンを持ち、少数のエリートが新世界秩序の名の下に世界中を奴隷化しようとしていくことを糾弾してほしい」と締めくくり、内在的な変革を求めている。
日本のマスコミはマララさんを賞賛することによって、一方的に西洋(国連)を是とし、イスラムを非とすることに加担しているが、200年以上前の『花月草紙』(松平定信著)が分裂している世界を見る視点を教えてくれている。現代語訳をつぎに記す。
(ある人が)蝦夷(えみし)の人に米のご飯を食べさせたところ、とても喜び、こぼしながら食べている。
「おい。米は命をつなぐものなのに、なぜ、そんなに粗末にするのか」と聞いたところ、「私たちは米を主食にして生きているのではありません。鮭という魚を食べて生きていますので」と言う。
「それならば、鮭を食べて生をはぐくんでいるのならば、鮭を尊ぶべきではないか。いま、あなたの足にはいているものは鮭の皮でできているのではないか」と言ったところ、しばらく首をひねっていたが、「あなたの履いているわらじとかいうものは、米がなる草ではありませんか」と言いかえされてしまった。蝦夷だからといって軽蔑してはいけないとその人は言ったそうです。
わが国の人は他の国のことを知りもせず、蝦夷の人の外見がわが国の人と異なっているからといって、彼らがとてもおろかで物を知らない人々であると思う人が多い。それで中国の人であろうが、蝦夷の人であろうが、ただ外見が違うだけで面白がり、聞き慣れない言葉を聞いては、また笑う。(T)
キューバの偉大な闘争
エボラ拡散防ぐ
『プレシアン』2014.11.2より
韓国のネットメディア「プレシアン」は、2014年11月2日付の記事で、エボラ拡散を防ぐためのキューバの努力について報じている。そこでは「キューバの姿が世界を感動させている一方で、世界の指導国家を自任する米国は、エボラの恐怖に怯える恥ずかしい姿を見せている」と断じている。以下、記事の要約を紹介する。
キューバから医療支援
AIDS以後、40年ぶりの最大医療災難であるエボラ拡散防止の先頭に立った国はキューバだ。1万5千人の医師、看護師がエボラ震源地である西アフリカ派遣に志願した。キューバ保険当局は、この中の461人を選抜し、3週間の訓練後、10月初めから派遣している。
これだけではない。キューバは、10月20日首都ハバナで、〈米州人のためのボリバル同盟(ALBA)〉緊急首脳会談を開き、エボラ予防・拡散防止のために、必要な医療陣を送り、医療装備を支援する計画について話し合った。今後エボラを治療する過程で、キューバ医療陣が感染することが確実だが、キューバ医療陣は固い覚悟で臨んでいる。
軍隊を送った米国
エボラに対するオバマ政権の初対応は、軍隊の派遣だった。アフリカ司令部に所属する米軍550人をリベリアなどに派遣して、全部で4000人を派兵する予定だ。致命的な伝染病が広がっているのに、医療陣ではなく軍隊を派遣するのは異常ではないのか。こうしたオバマ政権の姿は、この機にこれらの国々に対する政治・経済的支配を強化するためだと評価されている。
米国では、エボラ対策支援がおこなわれている西アフリカから帰国した医療陣を、事実上「罪人」や「囚人」として取り扱い、一部の州では、西アフリカでエボラ感染者と接触した人は、無条件に21日間、隔離する措置を取っている。
しかし、「3週間無条件隔離」という措置は、「エボラ感染者でも、症状を出るまでは感染力がない」という米国疾病統制センターの発表と相反する。これへの「過剰対策」という批判を避けるのは難しい。
米国との関係正常化
一方、米国の『ニューヨークタイムス』の社説では、「エボラ退治の戦線に最も多い金を寄付した米国が、最も献身的な寄与をしているキューバと外交的断絶状態にあるというのは恥ずかしい」とし、「今回の事態を契機に、オバマ政府はキューバとの即刻的な国交正常化が、短所よりは長所が遥かに多い」と強調した。米有力紙がキューバとの関係正常化を公開的に要求した事は驚くべき変化だ。
国際主義
さる50余年間、米国の経済制裁のなかでも自主と平等の精神で人間らしい社会を作りながら、中南米をはじめとして国際社会に革命的変化を引き起こしているキューバについて、ベネズエラのある政治学教授がこんな言葉を語った。「キューバが持った資源と言えば、勇気と品位、そして教育の他にない。この英雄的な島国は、今回のエボラ退治闘争を通して、もう一度、真の国際主義とは何かを国際社会にみせている」。正しい言葉だ。
6面
シリーズ 新成長戦略批判〜D
農業改革は必要か?(上)
「自由競争」がもたらすもの
主食用米の6月末在庫と相対取引価格の推移 |
「農業改革」が始まった
安倍首相は農業を「成長戦略」の中心に位置づけ、2013年12月に「農林水産業・地域の活力創造プラン」を閣議決定した。輸出の促進、6次産業化の推進、農地の集積による生産コストの低減などにより、日本農業の競争力を強化しようというものだ。それは、これまでの「農業保護」を撤廃して「農業改革」を断行し、大規模な企業的経営体や企業そのものに日本農業を担わせようとするものである。
一方で、戦後農政の根幹を担ってきた農協や農業委員会といった組織を、抵抗勢力としてつぶしてしまおうという動きもおこっている。
TPP交渉が始まって、コメや乳製品、肉などの農産物の関税撤廃がアメリカから要求され、多くの農家が不安を感じている中での「農業改革」である。果たしてこれはどんなものなのか。長い間日本農政の中心を占めてきたコメの実態をみることで検証していきたい。
米価の大幅下落
コメの価格が大幅に下がっている。スーパーの店頭には、今年の新米で1500円/5sを切るコシヒカリが目玉商品として定着して売られている状況だ。古米やブレンド米ならいざ知らず、新米がこれほど安く売られることはかつてなかった。たしかに消費者にとってはコメの価格が下がることはいいことかもしれない。しかし生産者である農家はどうであろうか。
コメは一般的に農家が地域の農協(JA)へ出荷し、農協の連合会である全農などの集荷団体が卸売会社へ販売する「委託販売方式」がとられ、その価格が一般的な指標として用いられている。昨年の9月末で1俵(60s)あたり12481円、前年同時期と比して2390円の下落で、価格が公表されるようになった2006年以降最低となっている。これで農家はやっていけるのだろうか。また主食であるコメの価格がこのように不安定な状況でいいのだろうか。
多くの農家は赤字に
農家が農協に出荷すると概算金(仮渡金、最終的に販売価格が確定すれば追加払いがある)が支払われるが、米価低迷の影響を受けて、今年は昨年より2〜3千円も安い8〜9千円代となった。仮に最終精算が10000円/60sだとすれば、10アールあたりの農家収入は約90000円となる。コメの生産には全国平均60sあたり約10000円の費用(物財費のみ)がかかるので、この時点で既に農家は所得ゼロ、ないしマイナスとなってしまう。農協に出荷せず自分で売っている農家も、これよりは高いものの大幅に価格を下げられていることは間違いない。
米価の仕組み
なぜ米価がこれほど下がったのだろうか。
現在の米価は市場で決定されており、需給によって価格は変動する。しかし主食であるコメの価格が不安定であることは農家にとっても消費者にとっても好ましいことではない。そのため、国が毎年コメの生産数量目標を決めて、需要に見合った生産をおこなうようにしている。
この目標は、毎年のコメの需要量(消費量)を勘案して2014年度は765万トンと決められた。この765万トンを今度は都道府県別に割り振るのだが、これはこれまでの目標数量や実際の生産量、また毎年6月末の在庫量(いかに売れたか、または売れ残ったか)などから判断して決められる。
このように決められた都道府県ごとの数量は市町村段階まで降ろされ、最後は農家(実際は農家組合などの集落ごと)まで割り振られるのである。これが生産調整とか計画生産といわれるものだ。この数量を農家が守って生産をしている限り、生産が大幅に過剰になることはなく、価格も安定するという仕組みだ。
過剰感が漂うコメ市場
しかし実際はこれを守らないで目標以上に生産する(かつてはヤミ米といって違法だった)農家は存在するし、仮に目標数量を守ってもコメは農産物であるいじょう当然豊凶がある。
これはコメの作況指数(平年を100)で示され、これが上がって豊作になるとコメが過剰になる(1ポイントにつき約8万トン)。2014年産はこれが101となり、目標以上に生産された過剰分が15万トン、豊作による過剰分が9万トンとなり、目標量より24万トン多い789万トンの生産見込みとなった。
これに加えて更に、2013年産以前のコメの在庫の問題がある。毎年6月末時点の在庫量を農水省が調査するが、それが2013年6月で222万トン、これに2014〜2015年にかけての需要量(消費量)が778万トンと推計されており、このままいけば2015年6月は233万トンの在庫を抱えると推計される。平年は大体180〜210万トン程度で推移しているので、この在庫がいかに多いかがわかる。
つまり、前年産のコメが大量に余っている中で、今年も計画より多く生産され更に豊作分も加わった、ということだ。市場には過剰感が漂い、米卸の買い意欲は失せたままで、先にあげた米価の大暴落になっているのだ。
他方でコメの生産費は上がる一方だ。農業資材(燃料、肥料、農薬など)の多くはその原材料を輸入に頼っており、この円安で生産費は大幅に上昇している。このまま行けは生産費すらまかなえない農家が続出するだろう。
再生産可能価格の維持
こうした米価下落に対して国は何らかの措置をしているのだろうか。
コメは常に農政の中心であり、日本の主食としてかつては食糧管理法により国が全量を管理し、政府が全て農家から買い上げて消費者に販売していた。農家への支払い価格は生産者米価、消費者への販売価格は消費者米価とよばれていた。生産者米価は全国の農家の実態を調査して設定されていたが、その過程には農民の春闘といわれた「米価闘争」という運動があった。
その運動により生産者米価は、コメの再生産が可能となる価格として設定されていたので、農家は安心して生産に励むことができたのだ。しかし、生産者価格が消費者価格を上回る逆ザヤが進行し、いわゆる食管赤字が膨らみその処理に莫大な費用を要したこと、食生活の変化でコメの消費量が年々減ってきたこと(ここ50年間で約半減し現在は60s/年)などから、1994年には「新食糧法(主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律)」による枠組みに変わった。その基本は「農業者・農業者団体・行政が適切に連携して生産数量目標の達成に向けて取り組むとともに、水田の有効活用により自給率向上を図るため、主食用米の需要拡大、米粉用米や飼料用米等の生産・利用の拡大に取り組む」(農水省:米穀の需給及び価格の安定に関する基本指針)となったのである。
つまり、主食としてのコメ(主食用米)の生産は計画的におこなうとともに、それ以外の食糧(麦・大豆、飼料用米など)も増産して、40%以下にまで低下した食料自給率を上げていこうというものだ。これは国の責務として必ずおこなう必要があるとされたことなのである。(つづく)(斉藤 優)
フランスは何のために「団結」するのか
パリ市内の週刊新聞『シャルリ・エブド』が襲撃された事件で9日、オランド仏大統領はテレビ演説で「団結こそがわれわれの最大の力」「フランス国民よ立ち上がれ」と呼びかけた。いったいフランスは何のために団結しようというのか。
ここ数年のフランスの振る舞いを見れば、「起こるべくして起こった」と思った人も多いだろう。まず思いおこされるのが、2011年3月のリビア空爆である。カダフィ政権を打倒するために米英に先駆けて空爆を実施したのがフランスだった。政権崩壊後、リビアはいまも無政府状態が続いている。
次いで2013年1月、今度は西アフリカのマリ共和国内の反体制勢力を空爆。このフランスの軍事介入の停止を求める勢力が、アルジェリア南東部の天然ガス関連施設を襲撃した。この事件でプラント建設大手「日揮」の社員など日本人10人が死亡。そして昨年9月、フランスはアメリカに続いて、シリア・イラクの国境地帯で勢力を拡大しているイスラム国に対する空爆に参加した。
リビア、マリ、シリアいずれもフランスから独立をかちとったかつての植民地であり委任統治領であった。こうした諸国への宗主国然としたフランスの帝国主義的ふるまいが、中東やアフリカ諸国の人びとから強い反感を買ったとしてもなんら不思議ではない。
事件の本質はけっして「表現の自由」をめぐる問題ではない。オランドは14日、空母シャルル・ドゴールをイスラム国空爆に参加させる意向を表明した。彼の呼びかける「団結」とはムスリム人民を殺りくする「団結」だ。かつて「アルジェの戦い」を経験したフランス人民はこの「呼びかけ」にどう答えるのだろうか。(K・T)