未来・第154号


            未来第154号目次(2014年6月19日発行)

 1面  民衆の手で安倍打倒を
     1日 大阪でシンポジウム開催    

     労働法制改悪やめろ
     国会を包囲して抗議行動

     秘密法を廃止しよう
     労組、市民団体が訴え 6日 大阪

 2面  争点 集団的自衛権(下)
     集団的自衛権(下)汐崎 恭介

 3面  生活保護 大阪市の人権侵害を追及
     全国調査団が市と交渉      

     JAL不当解雇撤回訴訟
     東京高裁が不当判決

     JR大阪駅前弾圧公判
     韓さんに求刑2年

 4面  寄稿 水戸 喜世子(大飯原発差し止め訴訟原告)
     「滅び行く恐竜」のきざし
     上級審でこそ勝たねばならない

     守れ!経産省前テント シリーズK
     再稼働を許さない1000日

 5面   検証 日本軍の性奴隷制度暴く
     韓国『慰安所管理人の日記』を発行      

     紹介 8・6ヒロシマ 平和の夕べ
     ―ヒロシマの継承と連帯を考える― (上)

 6面  視座 世界政治の焦点 ウクライナ(下)
     黒川祐次『物語 ウクライナの歴史』(中公新書)を読む
     清川 忠      

             

民衆の手で安倍打倒を
1日 大阪でシンポジウム開催

「STOP!安倍・集団的自衛権NO!」をかかげ大阪市内デモ(1日)

6月1日、「STOP!安倍」6・1シンポジウムが大阪市天王寺区民センターでおこなわれた。5月15日に安保法制懇の報告書が出され、安倍政権が集団的自衛権の行使容認に踏み込もうとするなか、会場には近畿各地から250人が集まった。参加者は、この集会で安倍政権の危険性と脆弱性を確認し、「戦争につきすすむ安倍打倒」の決意をかためた。
シンポジウムのパネリストは、纐纈厚さん(山口大学教授)、高作正博さん(関西大学教授)、永嶋靖久さん(弁護士)の3人、コーディネーターは服部良一さん(前・衆議院議員)。

主権者のたたかい貫く

纐纈厚さんは、政治学の立場から「安倍政権暴走の政治的背景とその根拠」について、つぎのように述べた。@天皇制が生きのびたことを含め、日本の戦後保守支配体制は戦前からの延長であること。A戦後、日米安保体制のもと経済侵略のなかで経済大国としてうまくいっていた。しかし、今日ではその限界につきあたり、安倍(とそのブレーンたち)は新たな保守支配システム(国家改造)を再構築しようとしている。B安倍の「積極的平和主義」は対米対等・対米自立を指向しており、対米間の軋轢が生まれてくる。Cこうした戦後政治を許してきたのは、欺瞞に満ちた戦後保守支配体制を打倒できなかった革新勢力とわれわれの責任。したがって、われわれの手で安倍を倒さなければならない。
高作正博さんは、憲法学の立場から「集団的自衛権の問題」について述べた。@主権者は国民であり、時の政治的権力者が勝手に決めるのは主権者の権限の「纂奪」にあたる。解釈改憲は違憲。A立憲主義(主権者の問題)と民主主義(有権者の問題)は異なる。主権者の判断は有権者の判断より優位にあり、「選挙に勝てばなんでもできる」というのはまちがい。B安保法制懇報告書で「我が国を取り巻く安全保障環境は大きく変化した」というが、安倍の「積極的平和主義」がそうさせている。Cたとえ「限定的」であったとしても、集団的自衛権の解釈変更は成り立たない。D主権者としてわれわれ自身が闘いを貫くことが重要だ。

会場から多くの質問がだされた

歴史問題がアキレス腱

永嶋靖久さんは、治安法攻撃の現状について述べた。@特定秘密保護法の次は共謀罪の導入を狙っている。A行為を罰するのではなく、行為に入る前に罰する。B2000年以降、警察と自衛隊の共同行動が頻繁におこなわれている。C治安法攻撃は戦争国家化と一体であること。
さらに、討論では以上の内容を深めた。纐纈さんは「韓国の若者は、日本が一番怖い国だと考えている」「日本の若者のなかでは、幸徳秋水が静かなブームになっている。彼の直接行動主義が若者に評価されている」と語った。高作さんは「集団的自衛権は日本を守るためではないから、日本を守るための必要最小限度に集団的自衛権を入れることはできない。解釈変更はできない」と明確に論じた。永嶋さんからは「今やアベノミクスがうまくいくためには労働者からの搾取・収奪を強める以外にはない。労働法制を抜本的に改悪しようとしている。これに対する闘いも同時に重要だ」という提起があった。
闘う側の課題として、以下の3点が提起された。@歴史問題が安倍の”アキレス腱”であること。A安倍のやり方は、かならず綻び(ほころび)が出てくる。そのためには粘り強く闘うこと。B “アキレス腱”にするために、われわれ自身が闘うことが重要だ。最後に、服部良一さんは「われわれの力で一日も早く安倍を倒そう」と討議を締めくくった。
シンポジウムの後、米軍Xバンドレーダー基地建設に反対する闘い、福島と三里塚を結ぶ闘いについて、2団体から「行動アピール」があった。集会後、難波までデモをおこない、市民に安倍政権との闘いを訴えた。

労働法制改悪やめろ
国会を包囲して抗議行動

「正社員ゼロ、残業代ゼロを許すな」(5日都内)

「正社員ゼロ」「残業代ゼロ」をもくろむ安倍政権が労働者派遣法の改悪を押し切ろうとしているなか、6月5日、国会前で「安倍政権の雇用破壊に反対する共同アクション」主催による抗議行動が開かれた。国会議員、弁護士、現場労働者らが次々にマイクを握った。
JALの不等解雇とたたかう原告団長の山口さんは、6月3・5日の東京高裁判決を受けて、次のように怒りを表明した。「企業が会社更生法を申請し、それが適用されれば、労働者のあらゆる権利はなくなるというとんでもない判決だ」。
また、客室乗務員組合の内田さんも「勝つまでたたかう」との決意を語った。
派遣労働の現場からはその厳しい実態が語られた。「時給は1000円。しかし作業着・軍手などは自己負担。交通費さえ出ない。となると実質1日6000円という人まで出る。必然的にダブルワークとなってしまうが、それでは働いて寝るだけの生活になる。これが“健康で文化的な最低限度の生活”と言えるのか。こんな派遣労働を一生続けさせようとする法改悪は絶対に許せない」と。
降り止まぬ雨の中で次々と集まった1000人の参加者はたたかう決意を込めた怒りのシュプレヒコールで集会を終えた。

秘密法を廃止しよう
労組、市民団体が訴え 6日

経産省前テントひろばはついに1000日をこえた。(8日 都内)

毎月6の日に開かれている「秘密保護法廃止! ロックアクション」が6日夜、大阪市内(中之島剣先公園)であった(写真)。夕方、激しい落雷があり、その後も小雨が降り続くなかで集会が始まった。
共同代表の小谷成美弁護士があいさつ。事務局からの報告を受け、次に発言に立った新聞労連の伊藤さんは、7月5日、6日の両日、大阪市内で開かれる「秘密法に反対する全国ネットワーク第2回全国交流集会」への参加を訴えた。
最後に1分間スピーチを6団体・個人がおこない、デモに出た。デモ時には、雨もほぼ上がり、「秘密法を廃止しよう」と訴えながら350人が西梅田公園まで行進した。
次回7月6日は、大阪弁護士会が主催する「野外集会」に合流し、集会後、〈秘密保護法廃止!ロックアクション〉としてデモ行進をする。

7・6野外集会 
平和主義が危ない! 秘密保護法廃止!!
 と き:7月6日(日) 午後3時〜4時 
 ところ:大阪・扇町公園
 主 催:大阪弁護士会
※集会後、午後4時から〈秘密保護法廃止! ロックアクション〉がデモ行進。



2面

争点 集団的自衛権(下)
集団的自衛権(下)汐崎 恭介
大阪

安倍政権は22日に会期末を迎える今国会中に、「集団的自衛権の行使」を容認する閣議決定を強行しようとしている。9日には、菅官房長官が閣議決定の原案作成に着手したことを明らかにした。先月20日から始まった自民・公明両党による与党協議は、10日から集団的自衛権をめぐる本格協議に入った。「閣議決定による憲法9条の破棄」という暴挙を許してはならない。

「非戦闘地域」の廃止

先月27日、政府は「安全保障法制の整備が必要」とする事例を与党に対して提示した。「武力行使には至らないグレーゾーンへの対処」「PKO活動」「集団的自衛権」の3つの領域にかかわる15事例(表1)である。そのうち、集団的自衛権に関わるものは8事例である。
3日の与党協議では、政府は04年から09年にかけておこなわれた自衛隊のイラク派遣の際に、自衛隊の活動範囲を制限していた「非戦闘地域」という概念の廃止を提案してきた(表2)。これは憲法9条による「最後の歯止め」を外す、重大な変更である。
自衛隊のイラク派遣の根拠法であるイラク特措法では、自衛隊の活動を次の二つとした。人道復興支援活動と安全確保支援活動である。人道復興支援活動とは陸上自衛隊がイラク南部のムサンナ州サマワでおこなっていた給水や医療支援などの活動である。
もうひとつの安全確保支援活動とは、イラクで展開する米・英軍に対する後方支援活動のことである。大規模な戦闘をおこなっている米・英軍の後方支援をおこなえば、その活動は「武力の行使」とみなされる。当然それは、武力行使を禁止している憲法9条違反となる。そこで9条との整合性をもたせるために持ち出されたのが、「非戦闘地域」の概念であった。すなわち「現に戦闘行為が行われておらず、かつ、そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる地域」における米・英軍に対する支援活動は「武力行使の一体化」には当らないというものである。
自衛隊がすでにイラクに派遣された04年11月、国会の党首討論で小泉首相(当時)が、「自衛隊が活動している地域が非戦闘地域」と答弁して物議を醸したこともあったが、イラク派遣中の自衛隊は1発の銃弾も放つことはなかった。だからこそ政府は、「非戦闘地域」という概念を廃止しようとしているのだ。

自衛隊を戦場に

(表2)の「3基準」を見てもらいたい。
最初の「戦闘が行われている現場では支援しない」というのは、「戦闘が中断していればよい」ということでしかない。つい先ほどまで激しい銃撃戦が交わされていたとしても差し支えないのである。つぎに「後に戦闘が行われている現場となったとき」というのは戦闘が再開され、現場に銃弾が飛び交う状態になったときということだ。そのときになって初めて自衛隊は撤退を開始するというのである。しかし、戦闘が再開された時点で部隊がすんなりと撤退できるであろうか。もしも、上官が部下の自衛隊員たちに「正当防衛」や「緊急避難」の名目で武器の使用を命じたならば、そのまま戦闘に参加することも十分に考えられる。
最後に、「人道的な捜索救助活動」であれば、「戦闘が行われている現場」で活動できることになっている。このような名目は、戦場でいくらでも見つけることができるだろう。こうして戦闘現場にかけつけた自衛隊の部隊が、相手から攻撃されないという保証はどこにもない。むしろ自衛隊のほうから、「自分たちの活動を防衛する」という理屈で積極的に応戦する可能性が高い。
このように政府が示した「3基準」は自衛隊の活動範囲に対する制限を解除し、海外での武力行使に道を開くものである。それはこれまでの自衛隊の海外活動の様相を一変させるような重大な変更である。憲法9条の規範性は事実上消滅する。

軍 部 の 暴 走

政府が提示した15事例については、すでに多くの批判がなされているので、ここではポイントだけを押さえておきたい。
まず「グレーゾーンへの対処」について。グレーゾーンとは「有事(戦争)とまでは言えないが、警察権だけでは対応できないおそれのある事態」を指している。政府が想定しているのは、中国が釣魚台(尖閣諸島)に武装集団を上陸させるという事態である。安保法制懇の報告書を受けて5月15日におこなった記者会見で安倍は、こうしたグレーゾーン事態にたいして「切れ目のない対応を可能にする」ことを強調していた。
これは大変に危険なことである。もし仮に釣魚台などをめぐって「グレーゾーン事態」が発生したとき、関係する諸国の政府が最優先でおこなうべきことは、これを武力衝突に発展させないことである。そのために政府は軍部の動きに対して制動をかけ、事態をコントロールするためにいったん立ち止まらなければならない。「切れ目のない対応」をとるのは最悪である。それは、軍部の独走を容易にし、「グレーゾーン事態」を武力衝突まで一気にエスカレートさせることになる。

PKFへの参加

次に「国連PKOを含む国際協力」について。自衛隊のPKO活動は、参加5原則よって制限が加えられている。それは@紛争当事者間の停戦合意の成立、A日本のPKO参加への紛争当事者の同意、B中立的立場の厳守、C1から3のいずれかが満たされない場合は撤収する、D武器使用は要員の生命等の防護のため必要最小限に限る、というものだ。
PKOに派遣された自衛隊がこの5原則を遵守し、その活動をこれまでどおり後方支援業務(輸送・建設)に限定していれば、「駆け付け警護」が必要な場面に遭遇することはまずありえない。
政府のねらいは、自衛隊をPKF(平和維持軍)に参加させることである。すでに01年のPKO協力法改正で武器使用基準が緩和されたのに合わせて、PKF凍結は解除されている。しかしその後も自衛隊のPKO活動は後方支援業務に限定されてきた。それは「『海外における武力行使』を避ける狙いだけではない」(半田滋)という。PKOに要員を派遣している国は、多い順からパキスタン、バングラデシュ、インド、エチオピア、ナイジェリア、ルワンダ、ネパールである。国連から兵士一人当たりに支払われる日当を外貨獲得の手段にしている国々だ。「その列に割り込むのは国際常識に外れる」(同)からだ。

ありえない想定

最後に集団的自衛権にかかわる事例について。「米国に向け日本上空を横切る弾道ミサイルの迎撃」は技術的に不可能なので問題にならない。「国際的な機雷掃海活動への参加」とはイランがアメリカとの戦闘の一環としてホルムズ海峡を機雷封鎖した場合を想定してのことである。まずイランがアメリカに攻撃をしかけることはほぼありえない。また仮にアメリカとイランの戦争が勃発したとしても、戦場のまっただ中を航行するような民間のタンカーなどいない。実際に機雷除去が必要になるのは停戦後の話であって、集団的自衛権とは無関係である。
その他の事例では米艦が攻撃を受けた場合が想定されているが、超軍事大国である米国に攻撃をしかけるような国が一体どこにあるのか。事例で想定されているのは朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)であるが、政府の本音ではその可能性は100%ないと見ている。それが次の文章だ。
「だが過去におこなってきたように、かれら(北朝鮮)はまたミサイルの試射をおこなう可能性がある。しかしミサイル攻撃する可能性は、きわめて少ない。なぜなら、日本をミサイル攻撃すれば、安保条約によってアメリカがただちに反撃するからである」
これは昨年1月発行された『新しい国へ 美しい国へ 完全版』からの引用である。著者は誰あろう安倍晋三その人である。安倍はここで、「北朝鮮はアメリカの反撃を恐れて日本をミサイル攻撃しない」と明言している。「北朝鮮」が米本土に弾道ミサイルを撃ち込んだり、米艦を攻撃するようなことが決してないことを百も承知なのだ。
むしろいま世界で最も危険なのは相手の反撃を恐れる必要のないスーパーパワーを持った国家だ。それは言うまでもなくアメリカである。米ブラウン大の研究者グループが11年に発表した統計によれば、アフガニスタン戦争(01年?)やイラク戦争(03年?)によって米軍を中心とする多国籍軍は、17万2千人の民間人を虐殺している。もちろんアフガニスタンもイラクも米国に武力攻撃などしかけていない。米国による一方的な殺りく戦争である。
このアメリカの戦争に自衛隊を参戦させたいというのが安倍の願望だ。それは世界で最も危険な軍事同盟の登場となるだろう。それを阻止するのは日本人民の責任である。(おわり)

(表1)
5月27日、政府が与党に示した15事例
● 武力攻撃に至らない侵害(グレーゾーン)への対処
 @ 離島等における不法行為への対処
 A 公海上で訓練などを実施中の自衛隊が遭遇した不法行為への対処
 B 弾道ミサイル発射警戒中の米艦防護
● 国連PKOを含む国際協力など
 C 戦闘地域での多国籍軍への後方支援
 D 国連PKO要員らへの駆け付け警護
 E 国連PKOで任務を遂行するための武器使用
 F 領域国の同意に基づく邦人救出
● 「武力の行使」に当り得る活動
 G 邦人をのせた米輸送艦の防護
 H 周辺有事で武力攻撃を受けている米艦の防護
 I 周辺有事の際の強制的な停船検査
 J 米国に向け日本上空を横切る弾道ミサイルの迎撃
 K 周辺有事で弾道ミサイル発射警戒中の米艦防護
 L 米国本土が核兵器など弾道ミサイル攻撃を受けた際、日本近海で作戦を行う米艦の防護
 M 国際的な機雷掃海活動への参加
 N 武力攻撃発生時の民間船舶の国際共同護衛活動



(表2)
● 政府が定義している「非戦闘地域」
  「現に戦闘行為が行われておらず、かつ、そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる地域」
● 政府が3日に提示し、6日撤回した4条件
 @ 現に戦闘を行っている他国部隊への支援
 A 戦闘に直接使用する物品、役務
 B 戦闘現場での支援
 C 戦闘との密接な関係
  4条件すべてに当てはまる場合以外は戦闘地域での支援OK
● 新たな3基準
 (1)戦闘が行われている現場では支援しない
 (2)後に戦闘が行われている現場となったときは撤退
 (3)ただし、人道的な捜索救助活動は例外とする



3面

生活保護 大阪市の人権侵害を追及
全国調査団が市と交渉

5月28日、29日、大阪市生活保護行政問題全国調査団(団長:井上英夫金沢大学名誉教授 以下、調査団)が大阪市と、生活保護行政についての交渉をおこなった。同調査団の交渉には2日間で全国から延べ800人以上が参加した。調査結果については後日、調査団から発表されるが、以下、速報と感想である。

生きる権利を侵害

今回調査の最大の攻防は「保護申請時における就労にかかる助言指導のガイドライン」(以下、ガイドライン)である。このガイドラインはリーマン・ショック後の生活保護受給者の急増に対して、これを削減するための“武器”として大阪市が2011年1月から独自に実施しているものである。
今、大阪市ではこのガイドラインによってさまざまな権利侵害が発生している。以下は氷山の一角である。
例えば浪速区では、職場で倒れて失業し貯金も使い尽くし、公共料金はおろか家賃4カ月滞納で食べるものもほとんどなくなり、体調不良を訴える申請者に対し“就職したら生活保護を適用する”という違法な助言指導書を渡して求職活動を要求した。買い置きの米で1日1食でハローワークに通い、数社の面接を受けるも採用されなかったことに対し「稼働能力を活用していない」として申請を却下する事例が生まれている。

厚労省も指摘

今の雇用情勢は何十通もの履歴書を送ってもほとんど面接にすら至らない。ましてや、採用されるかどうかは本人の努力によっては達成不可能なことである。このため、厚労省は2011年度の平野区の監査において「被保護者本人の努力のみによっては実現可能性が不確実な指示は、厳に行わないよう所内において周知徹底を図」るよう指示を出している。しかし、大阪市はそれを承知でガイドラインに基づく違法な水際作戦・追い出し作戦をおこなっている。まさに“ふてぶてしい”のである。

ガイドラインめぐる攻防

一番悪質な対応をしているのは浪速区である。調査2日目の午前、上記の30代の男性当事者も参加して浪速区との交渉が行われた。当事者の男性は「同じように求職活動をしているのに、なぜ1回目は却下で、弁護士が同行した2回目は認めたのか。理由を教えてほしい」と訴えた。しかし、浪速区は「あなたの件は審査請求中であるから答えられない」と回答を拒否し続けた。不誠実な対応に参加者から激しい弾劾の声があがった。
厚労省は、「大阪市のガイドラインは生活保護法27条2項に基づくものであり、申請段階でハローワークに何回行けと強制したり、行かなかったら申請を却下するという不利益処分はやってはならない」としている。
これは、法27条が不利益処分をすることができる「法定受託事務」なのに対し、ガイドラインの根拠たる27条2項は不利益処分ができない「自治事務」という違いがあるからである。
調査団からガイドラインの根拠条文を聞かれた浪速区の課長は4条と答える無知ぶりだった。もちろん他の出席者も答えられなかった。
29日午後、本庁との交渉が天王寺区役所大ホールで行われた。本庁は、ガイドラインはあくまでも撤回しないと回答したが、厚労省の指摘や調査団との交渉によってガイドラインは“お願い”しかできないことが明らかになり、ハローワークに週何回行けというようなことは間違っていると認めざるを得なかった。

成果を上げた項目

調査団は受給者に本来負担する必要のない介護サービスの利用料を自己負担させていたケースが西成区で40件、生野区で24件など大阪市全体で133件もあることを指摘し、全額返還するように求めた。市は介護保険の自己負担強要は誤りであることを認め、検討すると回答。これは翌日、NHKの朝のニュースでも報道された。
本庁との交渉の中で、扶養の「めやす」は強要できないことが明らかになった。しかし、本庁は、「めやす」はすでに職員で実施しており、職員以外に対しても時期は定めていないが実施すると回答した。これが強行されれば扶養義務をめぐって申請者と扶養義務者との間でさまざまな問題が起こらざるをえない。

崩壊する実施体制

大阪市のケースワーカー(以下、CW)の要員不足は400人を超える大規模なものである。ちなみに昨年度、大阪市は厚労省から481人の増員を指示されているが、無視し続けている。厚労省もこのような大阪市を黙認しているのが現状である。
厚労省は1人のCWが担当する受給者は80世帯と定めている。しかし、大阪市は2004年、稼働年齢層に対しては1対60、高齢世帯には1対380とする独自基準を打ちだした。これは現場に過重負担を強いるものであるため、淀川区は2011年、「元の厚労省基準に戻せ、職員の病気休職は独自基準が原因だ」と激しく本庁を批判し、浪速区も2013年、独自基準を批判し厚労省基準に戻せと本庁に要求している。
CWは社会福祉主事の資格が必要であるが、調査団の活動によって無資格率は48・4%、経験年数3年以下のCWが61・9%にものぼることが明らかになった。

社会保障と労働運動

社会保障の「岩盤」は生活保護法であり、労働法制の「岩盤」は労基法である。いずれも憲法に直接根拠をもっている。しかし、今、この両方の「岩盤」に対して激しい攻撃がかけられている。
従来、社会保障の運動と労働運動は手を携えることはほとんどなかった。しかし、今、死活的に求められていることは社会保障の運動が労働運動を応援し、労働運動は社会保障の運動を応援するという形で、互いがしっかりと手を結んでいくことである。この必要性を強く実感したことが今回の調査の一番の感想である。(大阪 Y)

JAL不当解雇撤回訴訟
東京高裁が不当判決

6月3日・5日両日午後、東京高裁前に、不当判決に対する怒りのシュプレヒコールが響き渡った。集まった人々からは口々に「司法は死んでしまったのか」「企業側だけの論理で労働者は好き勝手に首を切られてしまう」などと抗議の声が上がった。
JAL不当解雇撤回を求める裁判の控訴審判決公判が6月3日(客室乗務員71人)・5日(パイロット70人)の両日ひらかれた。原告団・現役の組合員・支援者400人あまりが高裁前に結集し、判決の行方を見守った。だが、両判決とも「控訴棄却」の不当判決だった。断じて許すことができない。

解雇4要件を否定

今回の判決では、「整理解雇4要件」は「更生手続きにおいても適用される」とはじめに述べながら、実際にはこれを完全に否定している。
原告・弁護団は、控訴審の中で、整理解雇が強行される以前に人員削減目標を110人も超過達成していたこと、さまざまな不当労働行為が繰り返しおこなわれたことなどを証人の証言と事実を通して一審を超える詳細さで明らかにしてきた。ところが高裁は、原告側主張に何一つ答えず、「管財人が判断したのだから合理性がある」と一言で切り捨てるまったくでたらめなものだった。パイロットの判決では、「更正計画は債権者である金融機関から融資の継続を受ける条件。この計画の中に整理解雇も含まれているのだから解雇は正当」などと事実に反することまで言っている。「更生計画」では、人員削減を含めた「コスト削減目標」が規定されているのであって、「整理解雇を必ずおこなえ」などとはなっていない。
こんな判決がまかり通るならば、更生手続きに入った瞬間から労働法の適用除外ということであり、資本による偽装倒産やり放題の社会になりかねない。これは、安倍独裁政治の掲げる「世界一企業が活動しやすい国」を司法が追認した歴史的犯罪判決である。

JALでは何が?

今、LCCにおけるパイロット不足が問題となっているが、JALやANAでも事態は変わらない。JALでは急遽、新人パイロットの訓練を再開した。さらに、客室乗務員の3分の1を新人が占めている。中堅やベテランは大勢の新人を教育しながら安全運行を確保するという過酷な状況に置かれている。整備部門では18件もの整備不良が続発。5日の判決当日もシステム障害で欠航があいついだ。そのため、国交省から「業務改善命令」が出される事態となっている。JALは直ちに不当解雇者全員(165人)を職場復帰させなければならない。
解雇されたパイロットは怒りと無念の思いを次のように語っている。「私は、国の要請に応じて自衛隊を中途退職してJALに就職した。そのあげく不当解雇された。これが国の航空政策に従ってきた結果だ」。
原告全員は、上告して闘う意思を固めている。(東京 F)

JR大阪駅前弾圧公判
韓さんに求刑2年

2日、第4回公判がひらかれ、論告求刑、最終弁論、被告人意見陳述がおこなわれ、結審した。
検事は、他の場所でもビラまきはできた(わざわざ大阪駅前でやらなくてもよい、という意味)など、人権感覚ゼロの問題発言を連発し、韓さんに懲役2年を求刑した(「11・13がれき弾圧裁判」の求刑を含む)。
最終弁論で弁護人は、「大阪駅当局による過剰な規制に対しておこなわれた韓基大さんの抗議は正当であり、韓さんは無罪。抗議は口頭でなされ、有形力は行使していない。」と述べた。
韓さんは、最終意見陳述で「駅職員の行為は、表現の自由を保証する憲法21条の1項に違反していて制止権限などなく、鉄道営業法の趣旨を読み違えて、あたえられた権限を濫用した。駅職員の業務は違法に行われていて、不当であるので、法の保護をうけるものではなく、私の行為は威力業務妨害罪にはあたらない」、「そもそも本件は、すべてが大阪府警の公安三課が主導するでっち上げでしかなく、事件などではない」、「被害者を自称する者から被害届けさえ出させれば、事実の有る無しにかかわらず、どんなことでも事件に出来てしまう司法の腐敗は救い難い。猛省を求める」と述べた。判決公判は7月4日、午後3時、大阪地裁201号・大法廷。

4面

寄稿 水戸 喜世子(大飯原発差し止め訴訟原告)
「滅び行く恐竜」のきざし
上級審でこそ勝たねばならない

福井地裁は大飯原発の運転差し止めを命令(5月21日)

私は今年の1月22日福井地裁で、第6回口頭弁論で意見陳述をさせてもらいました。私の住む高槻市は80q圏にあって、琵琶湖の水の恩恵があってこそ日々の暮らしが成り立っている近畿圏の実情を伝えました。
いったん事故で琵琶湖が汚染されることがあれば、最低100年は回復不能であること、近畿中部の経済圏は崩壊せざるを得ない事実を訴えました。これは、いまも東北の山の線量測定をしている友人の専門家から、折に触れ直接聞いている知見に基づくものです。山の汚染は除去不能であり、とりわけ湖のように流出口が限られている場合は湖底への蓄積は深刻なのです。

原告の訴えが届いた

原告はこうやって法廷ごとに20分ほどの時間をもらい、なぜ自分が原告になって大飯原発を止めたいと思っているのかを、縷々裁判長や関電の弁護団に向かって語りかけてきました。大飯原発から数qのところに住む住民の、逃れようのない地理条件から来る不安、福島で被災し原発難民になった人の打ち消しようがない健康不安について。近年多発している基準地震動をこえる地震に原発は耐えられないこと、使用済み核燃料プールの構造の弱さについて、原告たちは訴えました。裁判長は少々の時間超過があっても黙って聞いていましたが、判決要旨を読んだいま、樋口裁判長は無表情な中にもしっかり耳を傾けておられた事を理解しました。訴えはほぼ判決文に反映されたといっていいと思います。高槻は「余裕で」250q圏内(注1)。高裁でも引き続き、原告として関電を追及します。
樋口裁判長は、時に顔をあからめて関電代理人の弁護団を叱責しました。「地震の被害予想をどう考えているのか、極めて基本的なことなのに、いまだに答えていない。使用済み燃料プールが堅固なものに囲まれていないという指摘についても、なぜ期日までに答えない!?」。関電側のやる気のなさに、点差が開きすぎた野球観戦をしている気分にさせられました。異様な光景にも見えました。論理で勝てっこないのでジャッジ(規制委員会)との裏取引に賭けているんじゃない? と傍聴席からささやきが漏れることもありました。
結審当日になって初めて黒っぽい背広姿の関電社員の一団があらわれ、傍聴席の三分の一を占領してしまったので、抽選漏れで法廷に入れない一般の傍聴者が続出。何という横柄さ。私は執拗に職員に抗議しましたが、次は大法廷を用意するというので、やむなく納得。関電社員は若くて秀才然とした青年たちでしたが、やっていることは判決前の裁判長に圧力をかけに来たわけですから、さながら暴力団の振る舞い。関電の傲慢さと自信のなさを見る思いでした。

事実だけを論拠に判決

肝心の判決当日は被告席に関電側代理人の姿はなく、傍聴席にまばらに背広姿があっただけでした。大差で負けた野球の試合でも最後に整列をし、互いの健闘をたたえるのが礼儀というもの。法に対する畏敬すらかなぐり捨てた姿は、まさに「滅び行く恐竜」を見る思いがして夜明けの予感がしました。
判決の内容については、項目ごとに丁寧に読み込む作業をしている最中で、この稿には間に合いませんでした。判決文と「滅び行く恐竜」は、「他の工業施設と違って原発という装置は(物理的に、技術的に)最悪を想定して備えねばならない」という考え方で共通しています。これまでの「国の専門家がその程度なら安全だというのだから安全としよう」というお決まりの原発裁判との決定的な違いです。この判決のもう一つの強みは、事実〈フクシマ・チェルノブイリ・発生した地震強度など〉だけを論拠としている点です。高裁といえども、事実を否定はできないでしょう。

正しい声を受けとめよ

判決から一夜明けて寝覚めの何とさわやかなこと。判決が夢ではなかったことを朝刊の一面トップで確認し、関電本社への申し入れ行動を共にするために、大阪行きの特急電車に飛び乗りました。「判決を重く受け止め、控訴の愚をさけられたい」と申し入れをするためです。他の地元スタッフは同じころ、福井県庁への要請行動にむかいました。
関電本社ではあらかじめアポが取ってあったにもかかわらず、弁護団と原告団を迎え入れたのは椅子もテーブルもない牢屋のような一室でした。城のような瀟洒(しょうしゃ)な大ビルディングにこんな部屋があったとは。庶民が知っている礼儀作法もわきまえぬ世間知らずの城主に、「経済」より大切なものがあることを解ってもらうのは至難の業だと直感したことでした。人格権を脅かす最大の公害が原発であり、万が一にも大事故の可能性があるものは動かしてはならないとする、余りにまっとうな法の諭(さとし)を、謙虚に聞いてほしいと願いましたが、現時点では無理でした。「朕(関電)が法なり」の時代は終わったというのに、彼らはまだ自覚できないようです。
外では勝訴を聞いて駆けつけた市民たちが高らかに「関電は負けました!!」と声をあげていました。そう、まず潔く負けを認めるところからしか始まらない。なぜ負けたのか少し頭を冷やし、この判決文を読め。噛んで含めるような判決文は、まっとうな言葉で満ち満ちている。ゆめゆめフクシマの過ちを犯さないための警告の書として、関電は念仏のように繰り返し読まなければならない。何万年にもわたり土と海を汚染し、人の健康を蝕み、暮らしを破壊する大量殺人装置を所有し、運転している当事者の責務として。
「あなたたちは法の場で、負けました?」というシュプレヒコールが大阪の青空に、いつまでもこだまとなって鳴り響いた。高裁・最高裁でこそ、勝たねばならない。頑張ろう。

台湾でハンスト

〔付記〕この判決の翌日、台湾では林義雄氏(注2)が死を決意した無期限ハンストに入ったというニュースを偶然耳にした。第4原発(日本のメーカーが作ったもの)の稼働(1号炉)、建設(2号炉)を阻止する目的で。民衆は無期限座り込みでその義挙に呼応した。一面識のある私は呆然とし、衝撃を受け涙した。座視できないと友人、知人のありったけのお力を借りて、馬総統あてに「即時原発からの撤退を」の請願書と署名をもって台湾にとんだ。幸いにも到着直前に、馬総統は林義雄氏を訪ね第4原発の凍結を表明。成功裡にハンストを解くことができた。しかし、台湾では今も戒厳令下に建てた古い原発6基が稼働中であり、それは数年後には40年の寿命を迎えるので、闘いは終わったわけではない。
台湾の民衆の決起に日本の市民が声を上げたことを、「自由時報」はじめ「年代TV」など台湾メディアでは報道してくれた。馬総統から総理府第一局を通じ、思いがけず「提言に感謝します。非核のくに(家郷)づくりに国中の英知を集め、エネルギー政策を作る全国会議を開きます」という趣旨の返信が、請願文の起草者、西田勝教授のもとに届いた。
林義雄氏からも感謝の手紙が届いた。何よりも、メディアを通じて第4原発に反対する日本人の存在を、広く台湾人に知ってもらえたのは嬉しいことだった。フクシマに世界一の義捐金を送って心を痛めてくれた台湾民衆になにがしかのお返しができたことも嬉しかった。
私は、いま樋口判決を友人に依頼して漢語訳してもらっている。英文、韓国語訳も準備されている。(6月1日/剱岳山開きの日、登山基地にて)(みと・きよこ)

(注1)判決で「広範囲に事故の影響が及ぶ」と、その圏内に住む原告の訴えを認めた。

(注2)林義雄(Lin Yi-hsiung)1941年生まれ、弁護士、政治家、民主進歩党元主席。第4原発国民投票運動を提起。今年4月、第4原発廃止を訴え無期限ハンストに入る。
〔小見出し・注は編集部〕

守れ!経産省前テント シリーズK
再稼働を許さない1000日

経産省前テントひろばはついに1000日をこえた。(8日 都内)

6月6日、経産省前テントひろばは1000日目を迎えた。この日はあいにくの雨だったが、双葉町の原発被害者で、詩人の小島力さんを囲むイベント「千客万来」が持たれた。
そして8日は明治大学リバティーホールで「STOP再稼動! テント1000日! 6・8集会」が開かれ、300人が集った。
集会は「地図を片手にしたあらたな訪問者が何人も出てきていることに新しい流れを感じる」という司会のあいさつから始まった。

「忸怩たる思い」

テント代表の淵上さんからは、「国からの立ち退き提訴に対して断固として受けて立つ」「当面の課題である川内原発再稼動阻止にも取り組んでいく」と決意が語られた。その発言の中で「再稼働阻止が未達成な中での1000日目がめでたいのか」という忸怩たる思いを述べた。この淵上さんの思いにたいしては、他の発言者から、おめでとうではなく「1000日間の取り組みへの感謝とお礼」が表明された。
また北海道から寄せられたメッセージは、「再稼働を許さないという蓄積の1000日だった」として、テントひろばのたたかいの意義を見事に表現していた。

東京は原発当事者

福島から駆けつけた参加者がつぎつぎと発言をおこなった。登壇した講談師の神田香織さんは「首相が嘘をついて講釈師が本当のことを言ってどうする」と安倍首相を鋭く批判。原発事故が人々の生活に及ぼす深刻な影響をあらためて思い知らされる内容だった。このほか、「先日の福井地裁判決は250キロ圏の住民に原告資格を認めた。東京はいくつもの原発の当事者だ」という指摘もなされた。

5面

検証 日本軍の性奴隷制度暴く
韓国『慰安所管理人の日記』を発行

昨年8月韓国で、『慰安所管理人の日記』が発行された。『日記』を残した朝鮮人男性は、1942年夏から44年末までの東南アジア滞在中に慰安所3カ所の帳場で働いた。日記には、慰安婦の管理や、軍や役所との折衝などの日常生活がつづられている。現在、堀和生京大教授と木村幹神戸大教授が日本語訳を進めている。『日記』には1922年から1957年までの36年間のことが書いてあり、男性が1943年、44年の部分に日本軍政下のビルマ(現ミャンマー)、シンガポールで慰安所の経営に携わったことが記されている。しかし、朝鮮で募集に携わったであろう1942年の日記は欠落している。8月7日付『毎日新聞』で報道された「慰安所従業員の日記」抜粋に依って、その内容を検討する。(須磨 明)

軍が慰安所を管理

『日記』から読み取るべきことは、慰安所経営に軍が関与していたという事実である。日記には、収入の報告、コンドームの配布、性病管理、前線への移動、「慰安婦」の就業・廃業、内地帰還にはことごとく軍(兵站)と警察が関与していることが記されている。
既報のスマラン事件関係資料を見ると、慰安所開設には「慰安所の開設さるる場所の衛戍地司令官よりの申請たること」「使用区分(将校或は其の他)」「医務関係らの監督」「使用期間」「料金」などの許可条件を付している(第16軍山口兵站参謀の証言)。民間にお任せではないのだ。
『日記』を具体的に見ていくと、「航空隊所属の慰安所2カ所が、兵站管理に委譲された」「(慰安所)一富士楼が兵站管理となり」「インセインの慰安所2カ所が兵站管理になった」「司令部命令に勝てず、慰安所をイェウーへ移すことになった」と記録されている。
慰安所管理が兵站部の担当であったことは以前から知られており、特別新しい情報ではないが、日本軍関係者が語らない中で実態を把握するための具体的な情報である。
スマラン事件被害者は慰安所入口には「サック使用なき方には慰安婦の使用を厳禁 防衛隊」と書かれた紙が貼られていたと証言しているが、『日記』でも、「慰安婦の検査も兵站の軍医がする」「連隊本部医務室から衛生サック1000個」「今日の検査の結果、病気だった○千代と○子の2人が不合格」と書かれている。
このように、「慰安婦」の衛生管理(性病検査)は兵站の軍医がおこなっていた。軍は戦力維持の観点から慰安所を設置し、性病に罹った「慰安婦」の「営業(ママ)」を禁止した。

押し寄せる将兵

1月9日の『日記』には「18人中16人が性病検査で合格した」、8月10日には「組合費として経営者は30円、慰安婦は1人2円で計62円を払った」との記載から計算すると、この慰安所には少なくとも16人の「慰安婦」が存在していたことになる。
管理人は毎週兵站司令部に「営業日報」を提出し、軍医務室へ行き、400個から1000個のコンドームを受け取っている。16人の「慰安婦」を抱える慰安所で、1週間に1000個を使用したのであれば、1人の「慰安婦」は1日に10人の客をとらされたことになる(400個の場合でも1日4人)。なんとむごい性奴隷の強要か。
しかも、『日記』には、就業・廃業には許可が必要であり、帰国には「内地帰還旅行証明書」が必要であった、「(結婚して、慰安所を)出た春代、弘子は、兵站の命令で再び慰安婦として金泉館に戻る」となど書かれているように、「慰安婦」にされた女性はがんじがらめに管理され、離脱の自由はなかったのである。『週刊ポスト』(2013年9月20日)は映画を見に行ったから自由だったなどと書いているが、このような皮相な見方は的を射ていない。

「河野談話見直し」

一昨年(2012年)12月、安倍首相は「河野談話の見直し」に言及し、昨年5月、橋下大阪市長は「銃弾が雨嵐のごとく飛び交う中で…慰安婦制度が必要なのは誰だって分かる」と発言し、今年1月NHK籾井会長は「戦時だからどこの国にもあった」と発言し、これを受けて橋下大阪市長は「まさに正論」と相槌を打った。
「軍の関与の下に女性の名誉と尊厳を傷つけた」とする河野談話の実相が『日記』の中で疑いようもなく証明されているのに、今なぜ、安倍首相、橋下大阪市長、籾井NHK会長らが「慰安婦」必要論や「強制連行はなかった」論に固執するのか?
それは安倍政権が戦争の出来る「普通の国」として、集団的自衛権、武器輸出、領土拡張主義(釣魚台、独島の略奪)、自衛隊の国軍化、靖国・天皇制の復権など戦前の軍国日本の姿をめざしているからだ。

私達の決意

4月10日、吉見義明中央大学教授、林博史関東学院大学教授が外国特派員協会で会見をおこなったことが報道されている。その中で、吉見さんは@河野談話の見直しをやめよ、A全関係資料の確認と調査、Bすべての被害女性の聞き取り調査、C誠意ある謝罪と補償と教育を求めた。その上で、河野談話を否定するような言論に対しては、政府としてきちんと反論することを求めた。
侵略戦争遂行の過程で、戦力保持のために「慰安婦」必要論が生まれ、多数の女性が犠牲を強いられた。私達は絶対にこの道に踏み込んではならない。そのために、被害者に対する謝罪と補償、そして再び同じ過ちを繰り返さないための歴史教育が必要なのだ。それが戦後に生きる私達の決意でなければならない。

『日記』の中で軍の関与を示す部分
(2013年8月7日付 毎日新聞より重引)
1943年
 1月12日 連隊本部へ行き、慰安婦の収入報告書を提出した。
 1月13日 連隊本部医務室から衛生サック(コンドーム)1000個を持ってきた。
 3月14日 金川氏(注:慰安所経営者)は司令部命令に勝てず、慰安所をイェウーへ移すことになった。
 7月19日 インセインにいる...航空隊所属の慰安所2カ所が、兵站管理に委譲された。
 7月20日 村山氏経営の慰安所、一富士楼が兵站管理となり、村山氏と新井氏は兵站司令部に行ってきた。
 7月26日 インセインの慰安所2カ所が兵站管理になった後、慰安婦の検査も兵站の軍医がすることになった。
 7月29日 ...(慰安所を)出た春代、弘子は、兵站の命令で再び慰安婦として金泉館に戻ることになったという。
 8月26日 兵站司令部で5日間の日報を提出し、サック800個を受け取った。
1944年
 3月31日 慰安婦、真○を連れて特別市保安課旅行証明係に行き、内地帰還旅行証明願を提出させた。
 4月12日 特別市支部へ行って、金川○玉と島田○玉の2人についての内地帰還旅行証明書を受け取った。
 4月18日 ...金○順の就業許可のため特別市警務部保安課に行ってきた。  6月17日 宋○玉のことで特別市保安課営業係、坂口氏のところに行ってきた。
 9月26日 保安課営業係に金○愛の廃業同意書を提出し、証明を受け取った。



紹介 8・6ヒロシマ 平和の夕べ
―ヒロシマの継承と連帯を考える― 

「8・6ヒロシマ 平和の夕べ」の案内、呼びかけを紹介する。
―1948年夏、初めて被爆女性大会が広島市内で開かれた。米軍占領下、「原爆、被爆」の文字を伏せ「傷痍婦人協力大会」として、参加者8人。当時の状況下では、きわめて勇気がいる「半年に1回の無料健康診断、生活困窮者の救済」などの要求を決議、政府に送付した。参加者はその後、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の圧力で実現はみなかったが、被爆女性団体の結成に奔走した―。
今年は被爆69周年。ゲスト・スピーチは落合恵子さん。朴南珠さん、水戸喜世子さん、日塔マキさん(福島)が話す。三浦裕美さんが、昨年に続き被爆ピアノを演奏する。演奏曲は「一本の鉛筆」「死んだ女の子」ほかの予定。来年の被爆・戦後(沖縄戦)70年にむけた企画も始まっている。核と原発の廃絶へ、次世代に引き継ぐ「70年目」になるだろう。

呼びかけ文(要旨)

今年もまた、暑い夏がやってきます。ヒロシマは来年、被爆70周年をむかえようとしています。被爆者にとって苦難の70年であり、多くの被爆者がすでにその命を終えました。悲願である「核廃絶」を見届けないままの、無念の死です。
福島原発事故から、もう3年です。いまだ事故の収束はまったく見えず、故郷を追われた福島の人々の苦闘は続いています。福島の子どもたちの甲状腺癌は、70人をこえています。それにもかかわらず、国や電力会社は原発の再稼働を準備し、原発を輸出しようとしています。
1945年の広島、長崎の被爆、1954年には第五福竜丸がビキニ環礁で死の灰をかぶり被爆、久保山愛吉さんが亡くなりました。その年、杉並の女性たちが中心となって核実験反対、核兵器廃絶のための署名運動が起こりました。その運動が始まって60周年、そして被爆70周年のプレ企画として、今年はすべて女性たちの発言としました。平和講演は、粘り強く反原発と福島の人たちへの支援活動をしている落合恵子さんが、そして、あの日、広島で電車に乗っていて被爆した朴南珠さんが体験を語ります。みなさん、今年も集い、ヒロシマの地から核兵器廃絶、反原発の声を世界に発信しましょう。

8・6ヒロシマ 平和の夕べ
 と き:8月6日(水) 
午後3時開場
午後3時半 開会
ところ:広島YMCA・国際文化ホール
〔路面電車「立町」下車、北へ7分〕
発  言:落合恵子、三浦裕美(被爆ピアノ)、朴南 珠(在日 韓国人被爆者)、水戸喜世子、日塔マキ(福島から)
 ※参加費1000円 託児あり(有料)
  連絡先:〒731―3161
  広島市安佐南区沼田町伴309 
  電話 090―1338―1841 
  FAX 082―848―9533
  メール heiwanoyuube@excite.co.jp



 ※賛同をお願いします 1口 千円 
  郵便振替 01330―7―47740
  「反戦・平和研究集会実行委員会」



6面

視座 世界政治の焦点 ウクライナ(下)
黒川祐次『物語 ウクライナの歴史』(中公新書)を読む 清川 忠

ウクライナの歴史から

9世紀に現在のウクライナの地にルーシというスラブ人の国ができた。ルーシとはスラブ古語でロシアを意味する(逆にロシアとはルーシのギリシャ語化したものである)。この国は988年にキリスト教を国教とし、11世紀には約150平方qの版図を誇る欧州最大の国となった。スラブ人の国としてはロシアやポーランドより古い。13世紀にモンゴルに征服され、徹底的に破壊され収奪されたため、スラブ人の国としては後から勃興するモスクワ公国やポーランドがルーシの後継国家と自称して争うようになった。しかもこの地がロシア帝国に併合されたのち、ソ連時代を含めて、この地を「小ロシア」などと差別的に呼ぶようになったのである。
15世紀ごろからウクライナの地にコサックの自治国家が出現した。ウクライナやロシア南部のステップ地帯に住み着いた者たちが出自を問わない自治的な武装集団をつくりあげた。ウクライナのルーシの遺民が核となり、ポーランド・リトアニア・ロシアの農奴身分の者が苛斂誅求(注1)に耐えかねて逃亡し、コサックの群れに投じた。「コサック」とは、もともとトルコ語系統の言葉で、トルコ・タタールの正規の組織された軍から離れて勝手に行動する「自由な戦士」を指した。その社会は平等と自治の原則に貫かれた共同体であった。重要事項は戦士となる男子全員の会議(ラーダ)で決定し、首領となるヘトマンも全員によって選ばれた。ウクライナの住民の半数以上がコサックに登録するまでになった。しかし1654年にはモスクワの保護国となり、1783年にエカテリーナ2世によってウクライナはロシア帝国に編入された。ウクライナ人は民族のアイデンティティをコサックの独立・自治の共同体に求める。現在のウクライナは国のレベルでコサックを国歌において祖先として謳い、国章や貨幣にも描き、国民的英雄として敬愛している。 19世紀、ウクライナの民族運動と社会主義は先進的であった。1890年には、オーストリア帝国に組み込まれたウクライナのハーリチナ(ドイツ語ではガリツィアという)地方でウクライナ最初の社会主義政党「ウクライナ急進党」が結成された。同党は、近代ウクライナ史上はじめてウクライナの統一・独立を標榜した。ウクライナ社会主義の代表はドラホマノフであった。彼はジュネーブに亡命し、出版・宣伝活動をつづけた。彼の主張は、ウクライナの将来像を、フロマーダ(コミューン)の連合による連邦制とし、ポーランド社会主義者の「大ポーランド主義」を批判し、ロシアのナロードニキの中央集権主義とテロリズムをも批判した。彼の影響は大きく、前記「ウクライナ急進党」をはじめ、民族民主党、社会民主党、ウクライナ革命党などはすべてその影響のもとに結成された。1905年革命でウクライナの農民運動を指導したウクライナ社会民主同盟(スピルカ)もしかり。1917年の中央ラーダを担った「ウクライナ社会民主労働者党」「ウクライナ社会革命党」のいずれもウクライナの自治、ウクライナ語・文化の自由とスラブ人の連邦国家を主張した。ハルキフをはじめとするロシア化した都市につくられたボリシェビキ主導のソビエトは、ロシア人やユダヤ人の少数の労働者を結集しただけであった。

ウクライナの現況

最後に、本書と服部倫卓著『ウクライナ・ベラルーシ・モルドバ経済図説』によって、ウクライナの現況を確認しておく。
96年の統計で、人口構成は、ウクライナ人77・8%、ロシア人17・3%、その他4・9%。母語は、ウクライナ語67・5%、ロシア語29・6%、その他2・9%。宗教は、正教(モスクワとキエフ両総主教庁派を合わせ)68・1%、東方カトリック(ユニエイトと言われ旧ソ連時代も禁止)7・6%、キリスト教全般7・2%、無宗教・無回答13・5%。旧ソ連時代を含め、ウクライナ語絶滅政策がとられたため、ウクライナ人でロシア語しか話せない人がかなりいる。
地域別:西部はオーストリア・ポーランドに支配された時代が長く、ソ連領となったのは45年以降、ナショナリズムが強く、農村主体で貧しい。南部は穀倉地帯で黒海沿いは海運・港湾が中心。東部はロシア語使用が優勢、とくに東南部は旧ソ連最大の重化学工業・軍需工業地域で、経済的に優勢。中部・北部は中間的で、キエフ以外は貧しい。
経済的には東部の重工業を基盤とした新興財閥が国の経済を牛耳っている。とくに鉄鋼業は世界第8位の生産国、世界第3位の輸出国で商品輸出の32%を占める。技術的には後進的で生産性が低く、またロシア資本に乗っ取られるケースも多い。農業は中世以来の肥沃なステップ・黒土地帯で、2000年代以降にも穀物輸出国として台頭、食物油の輸出も世界有数、ただし品質が低く、飼料用が主。
GDPは91年−99年の間マイナス成長で、旧ソ連でもっとも長期化。2000年以降、初めてプラスに転じたが、即バブルに突入、08年世界経済危機をNIS諸国(注2)やロシアより強く受けた。2010年現在、独立前を28%も割り込んでいる。独立後、人口が11・7%も減っている。移住者は増えているのに、出生率が低下、死亡率拡大のうえ、男性の平均寿命が、1990年に66歳であったものが2010年には63歳まで低下している。
エネルギー事情では、石炭と一部天然ガスは自給できるが、石油と核燃料はロシアに依存。GDP比で消費量、排出量が多い(つまり無駄が多い)。天然ガスのパイプラインは、2000年代前半までは、ロシアの欧州向けガス輸出の80%前後はウクライナ経由のパイプラインを通っていた。その使用料とウクライナ自体の購入をめぐって2006年と2009年の2度にわたってロシアと「天然ガス戦争」を展開した。ロシアはそれ以降、ウクライナを通らないパイプラインの敷設に全力を挙げ、この面からウクライナを締め上げている。
電力では、1986年のチェルノブイリ原発事故にもかかわらず、2007年現在で原発依存が47・2%で極めて高い。4カ所15基の原発が稼働中。
チェルノブイリ事故では、192トンの核燃料のうち4%が大気中に放出され、ヒロシマ型原発500発分の放射能が広がった。しかも史上空前の事故は当初隠蔽され、何万という人がいまだ後遺症に苦しんでいる。またウクライナは旧ソ連第一の重化学工業地帯であったが、工場・鉱山の排出する汚染物質は垂れ流しで、ウクライナ南部、東部は旧ソ連有数の汚染地帯となり、住民の健康問題が深刻になっている。チェルノブイリ事故とこの環境汚染がソ連体制への不信を極限にまで高めたことは確かである。(おわり)

(注1) 苛斂誅求
税金をむごたらしく取り立てること

(注2) NIS諸国(12カ国)旧ソ連邦からの独立国家群(アゼルバイジャン、アルメニア、ウクライナ、ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、グルジア、タジキスタン、トルクメニスタン、ベラルーシ、モルドバ、ロシア)