戦争化する日本
武器輸出解禁、閣議決定で
秘密法廃止へ 4千人 大阪
「守れ憲法!許すな秘密保護法!関西集会」には 4000人が参加。集会後、2コースに分かれて市内をデモ行進(4月6日大阪市内) |
1日、安倍政権は「武器輸出三原則」を撤廃し、「防衛装備移転三原則」を閣議決定した。
新原則は、@輸出を禁止する場合の明確化、A輸出を認める場合の限定、厳格審査、情報公開、B目的外使用や第三国移転にかかわる厳正管理の確保の3項目。これを満たせば武器輸出を認める。新原則は、武器輸出を原則禁止してきた従来の政府方針を180度転換し、武器輸出を解禁するものである。共同通信の世論調査でも「三原則の緩和」に反対が66%にのぼり、賛成を大きく引き離していた。こうした重大な方針転換を、世論を無視して、閣議決定で強行するなど断じて許されない。
また新原則の前文では、安倍政権が掲げる「積極的平和主義」に基づくものであることを打ち出している。武器輸出の解禁は「集団的自衛権行使の容認」の動きと一体のものであり、憲法の「平和主義」を否定するものだ。昨年末に強行された特定秘密保護法に続く暴挙である。
安倍の暴走を許すな
こうしたなか、6日、「守れ憲法! 許すな秘密保護法! 関西集会」が立憲フォーラム、大阪平和人権センター、秘密保護法廃止! ロックアクションの三団体主催で開催され、4000人が参加した。
午後2時前から若者中心に企画された前段集会が開かれ、秘密保護法に対する怒りをロックの演奏と各参加団体からのスピーチで表した。秘密保護法に対する危機感と、廃止への決意が会場の共感を生み出した。
午後3時半から本集会が開始。大阪平和人権センターの代表、立憲フォーラムから辻元清美衆議院議員の発言に続いて、秘密保護法廃止! ロックアクションから服部良一共同代表が登壇した。
服部さんは「憲法改悪や秘密保護法を絶対に許すわけにはいかない。秘密保護法廃止を求める40以上の団体が結集して、毎月6日に行動を始めている。法の施行をさせない闘いが重要であり、廃止へ向けてともに行動していこう」と力強く呼びかけた。
続いて立憲フォーラム顧問の横道孝弘前衆議院議長が、国会報告。平和フォーラムの福山真劫共同代表は、東京での「戦争をさせない1000人委員会」結成と1000万人署名の呼び掛けに応えよう、そして全国に「1000人委員会」をつくろう、集団的自衛権行使を容認する憲法解釈変更の閣議決定に際しては国会を包囲する闘いをと呼びかけた。最後に連帯のあいさつとして大阪弁護士会代表からの発言を受け、大阪教組から集会決議が読み上げられた。閉会のあいさつと団結ガンバローの後、2コースに分かれたデモ行進に出発。大阪梅田周辺に「安倍の暴走を許すな!」「特定秘密保護法を廃止に!」「平和と人権を守ろう!」のスローガンが響き渡った。
「君が代」不起立で処分
東京・大阪で10名に発令
3月27日、東京都教育委員会は今春卒業式での「君が代」不起立などを理由に4名の教職員(中学校1名、都立高校2名、特別支援学校1名)の懲戒処分を決定し、28日に発令した。処分の内訳は、減給1名、戒告3名。
これで卒業式・入学式などで「君が代」斉唱時の起立・斉唱、ピアノ伴奏を強制する都教委の10・23通達(2003年)による処分者数は延べ461名となった。
31日、被処分者の会など4団体がよびかけ、都内で、卒業式処分発令抗議・該当者支援総決起集会が開かれ、80人余が参加した。
4月4日、都教委は、被処分者のうち退職者を除く3人を都教職員研修センターによびつけ、「再発防止研修」という名の、「反省」・転向を迫る組織的パワハラを強行した。研修センター前には、早朝から60人を超える支援者が集まり、5時間近くにわたり抗議行動をおこなった。
大阪で6名処分
3月27日、大阪府でも処分が発令され、府立学校6校で6人が処分された。全員が「戒告」。
発令の日、抗議行動が取り組まれた(写真)。大阪府教委が入る府庁別館前に50人が集まり、「不当処分を許さない」「撤回せよ」と声を上げた。
反TPPの統一戦線を
大野和興さんが講演
大阪市内の学習会で講演する大野さん(3月29日) |
3月29日、「ほんまやばいでTPP」学習会がエルおおさか(大阪市中央区)でおこなわれ、三里塚支援・市民グループ、大阪・兵庫の労組・反TPPグループなど80人が参加した。
TPP交渉が秘密裏に進行するなかで、それが日本社会にどのような影響を及ぼしているのか。TPPの真のねらいは何かを鋭く暴露し、闘いの展望をあきらかにする意欲的な企画となった。「ほんまやばいで! TPP2・16シンポジウム」に続く、関西における反TPP企画の第2弾である。
司会は全日建連帯労組関西生コン支部の西山直洋さん。講師は、農業ジャーナリストの大野和興さん。
TPPの「内部化」
大野さんはTPPの概要を説明したあと、4点にわたって重要な論点を提起した。
@生存権とTPPという視点、ATPP「内部化」として国家戦略特区(雇用の流動化、「雇用労働相談センター(仮)」)、「農地中間管理機構の創設」などを通した農民の農地からの排除の進行、Bアジア・世界で何が起こっているのか―韓国農民、台湾青年の闘い、タイの決起の意義―反TPP闘争の主体のダイナミックな登場、C闘いの方向。
米・日がTPPでねらうグローバル化と市場の囲い込み、農地・土地の強奪、資本による収奪とこれに対する闘いを参加者にわかりやすく明らかにした。
日本がISD条項駆使
その中で、従来、もっぱら「TPPによって日本がこうむる被害」という文脈で語られる反対論において欠落している「日本による加害」(トヨタ・三菱など日本発のグローバル資本がアジア・世界でISD条項を駆使しようとしていること)の指摘は重要であった。また「愛国論・国益論の反TPP」と闘う広範な反TPP統一戦線と、山形県で実践されている「地域自給圏構想」という新たな取り組みの提起もおこなわれた。
また、集団的自衛権や武器輸出三原則緩和、原発輸出の問題など「戦争化」する日本とTPPとの関係という視点を提起し、反TPP闘争の視野を広げた。これらの論点をめぐって大野さんと参加者との活発な論議もおこなわれた。
まとめとして、司会から労働組合の奮起が訴えられた。最後に、呼びかけ人の趙博さん(パギやん)による三里塚芝山連合空港反対同盟の歌「大地をうてば響きあり」で集会は締めくくられた。
ODAの軍事利用へ
安倍政権は3月31日、ODA大綱を見直し、ODAの軍事利用を解禁するための検討に入ったが、これはまさに今回の学習会で提起された「安倍TPP」の実行そのものである。
4月下旬に予定されているオバマ訪日は、今後のTPP交渉の重要な節目となる。反TPP闘争の内容をよりいっそう豊かなものにしよう。そして成田空港反対闘争をたたかう農民・市東孝雄さんの農地取り上げを許さない闘いの展望を切りひらこう。TPP強行に進む安倍独裁との闘いを再構築しよう。
(労働者通信員 K)
2面
不起立処分取り消し訴訟
根津さんの請求を棄却 東京地裁
3月24日、河原井さん・根津さんの「2007年不起立処分」取り消し訴訟の判決があった。東京地裁・古久保裁判長。
河原井さんについては、「過去の懲戒処分の対象は、いずれも不起立行為であって積極的に式典の進行を妨害する内容の非違行為は含まれておらず、いまだ過去3年度の4回の卒業式等に係るものにとどまり、本件河原井不起立行為の前後における態度において特に処分の加重を根拠づけるべき事情もうかがわれない」から「停職処分を選択した都教委の判断は、処分の選択が重きに失する…、停職処分は裁量権の範囲を逸脱する」とした。
根津さんについては、「停職6カ月」処分を妥当とし、取り消さなかった。「積極的に式典や研修の進行を妨害する行為に係るものである上、国旗や国歌に係る対応につき校長を批判する内容の文書を生徒に配布する等して2回の文書訓告を受けているなど、過去の処分歴に係る一連の非違行為の内容や頻度等に鑑みると、学校の規律や秩序保持の必要性と処分による不利益の内容との権衡の観点から、停職処分を選択する…具体的事情があった。…本件根津停職処分は、前件の停職処分に比して期間が長いものになっているが、この点は、懲戒権者の裁量権の範囲内」とした。
3つの判断基準
2012年1月16日の最高裁判決が示した3つの判断基準がある。
@「職務命令は憲法19条(思想及び良心の自由)に違反しない」
A「戒告を超えてより重い処分を選択することについては、慎重な考慮が必要」
B「過去の処分歴等、学校の規律と秩序を害する具体的事情が処分の不利益よりも重い場合は重い処分も可」
このかん、Aを適用することで、戒告処分を超える処分が裁判で取り消されてきた。それ自体は、一定の運動の成果といえるだろう。
しかし他方で、根津さんに対してはBが適用され、いかなる重処分も適法とされてきた。今回の判決もその流れにあり、意図的な分断判決である。
良心的な教員を威嚇
根津さんは指摘する。「良心的な多くの教員を威嚇するには、Bを一人に適用することで十分なのだと思う。しかし、一人に累積加重処分をすることが定着したとき、この対象者はいくらでも広げることができる。最高裁判決Bは、教育行政に処分のフリーハンドを与えたのだ。」
どうなる沖縄の米軍基地
問われる本土人民のあり方
3月28日、関西沖縄戦を考える会の学習講演会が大阪市内でひらかれた。テーマは「どうなる沖縄基地問題」で、副題が“沖縄戦と新たな琉球「処分」”〜名護市長選と新基地建設をめぐって〜である。講師は、沖縄タイムス元論説委員でフリーライターの屋良朝博さん。
主催者あいさつの後、直ちに屋良さんの講演に入った。
屋良さんはまず、「沖縄基地問題と言うとき、そこに含まれている沖縄問題と基地問題を明確に区別して考えなければいけない」と強調した。その上で、今年1月の名護市長選挙の結果とその後に起こっている事態が示している意味について明らかにした。
名護市長選では、稲嶺進さんが4千票余りの差で勝利したことの画期的意義を指摘。本土では4千票差ということは、思ったよりも少ないのではないかという受け止めもあったが、これは「大勝利といえる」ことを、名護の政治状況と沖縄全体の動向を具体的に分析して説明した。そして「辺野古への基地建設反対」という名護市民の民意が鮮明になっているにもかかわらず、その直後に沖縄防衛局が仲井真知事の「埋め立て承認」を受けて調査や工事の入札公告をおこなったことや、菅官房長官が「普天間の辺野古移設は日米同盟の強化になる」と発言したことに対して、ここに沖縄県民の民意を平気で踏みにじる日本政府の民主主義否定の姿勢と、そうしても構わないという沖縄に対する差別がはっきりと示されている、と怒りを持って弾劾した。
日本政府の強い意向
続いて屋良さんは、普天間基地の辺野古「移設」という日米合意は、米軍の意向というよりも日本政府の強い意向だということを、米公文書資料や森本元防衛大臣の発言などを通して暴露した。そして日本政府の沖縄に対する差別が、1879年の琉球「処分」以来、沖縄戦を経て今日に至るまで一貫して維持されているということを歴史的な諸事実をあげて鋭く批判した。
最後に屋良さんは、基地問題について、主として海兵隊の役割と展開の実態をとおして明らかにした。
とくに重要なことは、日本政府は在沖米軍の「抑止力」を強調しているが、そもそも海兵隊は突撃部隊であり、「抑止力」としての機能を持っていないこと。しかも米軍全体の戦略見通しの中で海兵隊の役割が歴史的に低下してきていること。そして海兵隊のローテーション(運用展開)などの理由で、沖縄に海兵隊を配属しておかなければならない必然性は存在しないということを、映像資料などを使って証明したことである。
屋良さんの講演は、全体を通して、沖縄基地問題の核心を日本の沖縄に対する差別として明らかにし、在沖米軍基地についても海兵隊の米軍戦略における役割が低下していることを引き合いに出して、根底的かつ簡明に批判した。
屋良さんの講演を通じて感じたことは、日本の歴史的・構造的な沖縄差別に自決・自己決定権を主張して立ち上がっている沖縄県民の闘いに対して、本土の労働者・人民のあり方が厳しく問われているということである。本土人民の自己解放性をかけて沖縄県民の闘いと連帯した運動を全国各地につくり出し、力強く発展させ、沖縄差別の権化である安倍政権を打倒しなければならない。11月沖縄県知事選挙を見すえて、沖縄―本土を貫く闘いを巻き起こしていこう。 (島袋純二)
伊方原発の地元から
原発こそ出て行くべき
四国電力 伊方原子力発電所(4月9日撮影) |
2011年3月11日の東電福島第一原発の事故から、満3年が経過した。6基ある原子炉の廃炉は決定されたが、放射能汚染水の安全管理問題をはじめとして、事故の収束作業は試行錯誤の連続である。これは原発が、いまだに実験段階の代物であって、「実用」にはほど遠いという本質を露わにしている。
井戸川氏の決意
3月19日、伊方町中央公民館で、福島県双葉町の町長だった井戸川克隆さんが講演をおこなった。福島原発事故は、「自治体とは何か」「人間の社会、共同性とはなにか」という根底的な問いをつきつけるものであった。
やはり一人きりで生きることは不可能なのだから。「意識とは現実の関係性」である。その現実が喪失したときに残るものはなんであろうか。原発事故によって全てを失った福島双葉町に残ったのは、人間の住めない地獄だけだった。双葉町はもはや500年は人が生活できないだろうといわれている。
井戸川さんは原発事故とその後の事態を自己の責任として総括し、再稼働阻止の論理を構築した。彼は、原発事故の被害者のすべてを背負って、規制庁と対決している。彼の結論は、原発立地自治体が関係省庁に対して、「住民に避難を強要することは認めない」と宣言せよということである。つまり「後からきた原発を追いだすのが筋である」ということだ。
くわしくは、「伊方原発50キロ圏内住民有志の会」の制作したDVDを見ていただきたい。原発さよなら四国ネットワークなども、「みずからの生活と文化の基底を形成している環境から絶対に逃げない」という取り組みを実践している。
反原発派の立候補
伊方町長選挙のポスター掲示板 |
おりしも現在、伊方町長選挙戦中。
「原発の来た町――原発はこうして建てられた――伊方原発の30年」(斉間満著、南海日日新聞社)に、こういう文章がある。「原発の町・伊方町は、原発誘致問題が起きた71年には2人いた反対派町議会議員は、誘致の決まった後の75年以降は、立候補する者もいなくなっていた。」(中略)「原発のもたらした豊かさとは、不正と不法を繰り返す人々の知恵と策略なのか。汚れの豊かさなのか。」
選挙公示の4月8日、伊方町へ出かけた。20人を超えるなにやら勇ましい一団が、日の丸に必勝と書いたハチマキをして街宣をしていた。その立候補者は政策めいたことは語らなかった。4人の候補者中、3人は原発誘致の功労者だ。
翌日、「安心して出産・子育ての伊方、先進企業の誘致、農漁業伊方ブランド確立で町おこし。子供と仕事を一挙増加。だから原発廃止」という公約の主の選挙事務所に応援に行った。そこは昨日の「日の丸」の一団の街宣の近所だった。
事務所に入ると、支援者の一人が語った。「ああやっておどかしているんですよ。いままで、どんなに犠牲者がでてきたことか。命にかかわりますよ」。一日の応援を終えて、町の人の感想を聞いた。「まったく、よつどもえですね」。
福井県・大飯原発の再稼働阻止闘争から2年。今年の7月頃に、鹿児島・川内原発の再稼働のスイッチが押されるという。再稼働の最有力候補だった伊方での現地闘争は、町長選における異色の立候補者によって厚みを増したとは言える。このまま再稼働を許せば、いずれ事故は不可避である。とにかく「すべての原発の廃炉」を急がねばならない。
(南方史郎)
3面
寄稿
秘密保護法と改憲攻撃
第1回 秘密保護法の内容
永嶋靖久
秘密保護法廃止!ロックアクション (4月6日大阪市内) |
昨年末、安倍政権は特定秘密保護法を強行成立させた。この秘密保護法と安倍政権のもとで進められている改憲攻撃との関係について、大阪弁護士会の永嶋靖久さんから寄稿していただいた。第1回では、秘密保護法の性格、秘密法制の歴史について、第2回では、「解釈改憲」という手法で安倍政権が進める国家改造攻撃の中で秘密保護法がどのような意味を持ってくるのかが明らかにされる。(見出しは編集部)
秘密保護法は、特定秘密の指定・提供・取扱者の制限・適性評価・罰則などについて定める。内閣総理大臣始め各省大臣など行政機関の長は、必要に応じて、防衛・外交・特定有害活動の防止・テロリズムの防止に関する事項を特定秘密として指定する。政令(内閣の命令)があれば、無期限に秘密のままにしておくことも、また秘密のまま廃棄することもできる。行政機関の長が認めれば、他の行政機関や外国政府には秘密が提供されるが、行政機関の長が認めなければ国会は秘密を知ることができない。
国会議員も懲罰
現在検討されている国会によるチェックは、政府が秘密指定・解除の件数を国会に報告することだという。秘密を知った国会議員が、国会質疑でその内容を明らかにすれば懲罰対象になる(除名もあり得る)。
秘密保護法違反で起訴されても、検察官は外形立証しかしないから、政府が法律どおりに秘密指定したかどうか、裁判所では明らかにされない。
対象に歯止めなし
業務上知った秘密を漏らしたり、あるいは国の安全を害するおそれがあることに使う目的(「害する目的」ではない)で、秘密保有者の管理を害して秘密を知れば、犯罪になる。
処罰の早期化・厳罰化・拡大化は現代の犯罪と刑罰の大きな特徴だが、秘密保護法では秘密の漏えいや取得が実際にはなくても、共謀(目配せだけで成立)や煽動(ブログにアップするだけで成立)、それ自体が犯罪になる。
秘密保護法が反戦・反原発などの運動を標的にすることは容易に想像できるが、そもそも、何が秘密か分からないから、何が犯罪になるのか誰にもわからない。犯罪構成要件は極端に曖昧となり、一方で処罰対象に歯止めがかからず、他方で運動に萎縮をもたらす。
思想の統制管理へ
行政機関の職員などに対する適性評価は、家族の国籍や「精神疾患」「飲酒についての節度」「経済的な状況」などまで調査して、評価対象者を「秘密を漏らすおそれがある者」とそうでない者に区分する。
しかし、そもそも情報の秘匿とは情報の統制管理だ。秘密保護法は、「国家の安全が国民の安全だ」、「国家の安全のためには国民に秘密にすべきことがある」という思想に基づいて、情報の統制管理から逸脱する者を、国家の安全を脅かす者として、排除し、処罰する法律である。
秘密保護法は、適性評価の対象者だけでなく、広範な人々をすべて「国家の安全を脅かす者」とそうでない者に区分する。情報の統制管理は情報の操作と紙一重であり、情報の操作は思想の統制管理へとつながり、それは思想の統制管理から逸脱する者への排除・処罰に行き着くだろう。
秘密法は、政府が、議会や裁判所の統制を排除して、ほしいままに情報を統制管理し、情報に関わる者を監視し、広範な人々の政治的自由を(監視)抑圧し、さらには「国家の安全」の下へと「国民統合」を企図する法律に他ならない。(つづく)
松田さんの無実は明らか
大阪地裁は無罪判決を
2012年10月5日の関電前弾圧で、事後逮捕・起訴された松田耕典さんの裁判は、3月17日に結審し、4月28日に判決が出される。昨年10月21日に始まったこの裁判では、9回の公判を通じて影山警部(当時天満署警備課長補佐)をはじめとする警察官証言が信用できないことが判明し、被告の無実がますます明らかとなった。
そもそも10・5関電前事件は、第一現場ではタクシーとの接触回避のためAさんと城戸警察官がもつれて倒れた転倒事故であった。そのため、ペアを組んでいた警察官・瓜生は逮捕に向かうのではなく接触の有無確認のためにタクシーに駆け寄り、また他の警察官も城戸本人も含めだれひとり逮捕行為に移っていない。
しかし二人の倒れた姿を見た影山が、「Aが引き倒した傷害事件」として立件したのである。また第二現場(藤原商店自販機コーナー)では、氏名尋問に失敗した影山がAさんの袖をつかんで引きずり、「後ろの人に躓いて転んだ」事件で、Aさんには昨年8月に無罪判決が出ている。
また松田さんに係わる、引致車両のアンダーミラーを損壊したという器物損壊事件は、松田さんは外れたミラーを警官に返したのであり、元の場所に戻せば治り使えるミラーを、受け取りその場で「捨てた」(と証言した)林警察官こそ損壊の張本人だ。また影山は「1分間グリグリねじり壊した」と証言をしたが、車両検証では影山証言のやり方では壊れず、松田証言どおりミラーは外れ、ここでも警察官の証言は信用できないことが確定した。
そもそも10・5関電前の警察警備は、公開空地に影山ら私服警官が入り込み挑発を繰り返し、何かあれば市民を逮捕しようと狙っていた大阪府警公安三課と天満署が、脱原発闘争を破壊するために作り出した事件で、適正な公務など存在せず、それゆえ正当な抗議活動はあっても、公務執行妨害は存在しない。
全9回の公判・ビデオ映像・証言・検証を通じて、警官の証言はつじつま合わせばかりで信用できず、逆に弾圧の意図と松田さんの無実が証明された。松田さんは無罪だ。事実に基づくなら大阪地裁は無罪判決を出す以外ない。
4月28日(月)、午後2時、大阪地裁1004号法廷に集まろう。
関電前弾圧(11・16事後逮捕)裁判
最終意見陳述(要旨)
今日の論告求刑を聞いて、私は怒りに堪えません。なぜなら、検事はこれまでの公判の証拠や証言によって論告求刑をおこなうのではなく、断片的な証言・ビデオ映像などをもとに、推測にもとづいて文章を作り、論告をおこなったのです。
私は無実で無罪です。このことは本日の車両検証のビデオ上映も含めて、裁判の全過程を通じて証明されたと考えます。何よりも影山警部をはじめとする警察官の証言は事実ではなく、信用できません。とくにアンダーミラーが「損壊」されたとする時、影山警部は車の助手席という私の至近距離にいました。その人が「1分間グリグリとひねり壊した」と証言したのです。しかし車両検証でも、証拠とされたビデオ映像でも、この証言は事実と異なり、時間においても方法においても否定されました。またこのアンダーミラーは私の証言どおり左手で押しただけで外れ、私はそのミラーを警察官に返しました。アンダーミラーを捨てたのは林警察官であることも確定しました。
公務は存在せず
また、この日の関電前には、警察の適正な公務は存在せず、私は公務の執行を妨害していません。そもそも10・5関電前逮捕事件は、Aさんがタクシーに接触し警察官とともに転倒した偶発的な事故でした。それは、被害者と称する城戸警察官もふくめ、これを目撃したすべての警察官が逮捕行為に移っていないこと、2人の目撃証人の証言も事件性はないとしていることでも、証明されています。誰から見ても明白な偶発的な転倒事故を、影山警部が2人が倒れている姿を見て、「Aが引き倒した」として事件化し、逮捕・起訴したもので、適正な公務でないことは明らかです。
さてそれではなぜ、このようなタクシーに接触し偶発的に転倒した市民や、この不当逮捕に抗議した市民が逮捕されたのか。それは大阪府警公安三課と天満警察署が脱原発闘争を犯罪視し、逮捕・弾圧を企図していたからです。
この関電前弾圧と一体で、2カ月の間に10名もの市民が逮捕されました。大阪府警が脱原発闘争を犯罪視し弾圧を加えたことは明らかです。
不当な人権侵害
この裁判で問われているのは、まず第一に、この大阪府警の脱原発闘争つぶしの不当弾圧、人権侵害事件を、裁判所が容認するかどうかです。
第二は、全国の原発が停止の中で、唯一原発を稼働させた関西電力の犯罪性です。3・11福島原発事故の原因究明のないまま再稼働すれば、再びいつ事故が起こるかわかりません。にもかかわらず関西電力は市民の安全よりも経営を優先し再稼働をおこないました。この関西電力に抗議が集中するのは当然です。
三番目には、裁判所・裁判官自身も、原発稼働・再稼働を認めてきた社会的責任が、問われているということです。
四番目に、この裁判は本質的に原発の是非をめぐる裁判でもあります。関電前をはじめとする脱原発運動は、直接的には3・11福島原発事故を契機としています。この事故は大量生産・大量消費、自然破壊の現代文明に根底的な疑問を呈しました。事故が起これば数十万の人が故郷を失い、人類の手で制御できない放射能は10万年後の子孫にまで災厄を及ぼします。原発の存在、稼働・再稼働が人類にとり正当なのかどうかの判断が求められています。
最後に、不当逮捕に抗議するのは、憲法21条に保障された表現の自由を守る行為であり、憲法12条のいう「自由及び権利は、国民の不断の努力によってこれを保持する」行為そのものです。目の前で友人が何の理由もなく警察権力に拘引されようとすることを黙って見過ごすことは、人類が長い歴史でかち取ってきた、また憲法で保障された基本的人権の放棄を意味します。
私の行為は人権を守る行為であり、決して罪に問われるべきことではないと思います。
よって私は無実で、当裁判所は無罪判決を出すことが求められていると思います。
2014年3月17日
松田耕典
4面
何のための除染か(下)
飯舘村 住民説明会
請戸 耕一
地震、津波、そして原子力災害の直撃を受けた福島県南相馬市。今なお災害は継続し、問題は山積みだ。その南相馬市で、災害から3年を前にして市長選がおこなわれた。1月19日の投票の結果、現職の桜井勝延氏が、前市長の渡辺一成氏、前市議会議長の横山元栄氏を破って再選された。主要メディアは、この結果について、「脱原発候補が再選」「市政継続を市民が選択」と報じた。しかし、この選挙は、それほど単純な構図ではなかった。被災地の現状の複雑さというだけではない。そこで、選挙戦を振り返りながら、国の政策の内容や、この選挙の争点、住民の選択を検証してみたい。
(目次)
T 「復旧復興の遅れ」の現状
U 帰還促進の徹底―国の加速化方針
V 被災者切り捨てと開発依存
W 別れた住民の選択
X 「除染して復興」方針の見直しを
Y 中央依存・開発依存を超えて
V 被災者の切り捨てと開発依存(承前)
公共事業と企業誘致
そこで次に、渡辺氏の政策の中心である産業政策に立ち入って検討したい(『震災からの地域再生』岡田知弘 新日本出版社 12年5月 )。
以下が渡辺氏の主要な産業政策である。
・交通インフラの整備
・企業と連携し農業生産法人の設立と規模拡大への支援
・自動車関連企業、成長産業である医療機器やロボット産業の誘致
・商店街の集約再編で商業ゾーンの形成
・復興の起爆剤としての火力発電所の誘致
復興に結びつかず
渡辺氏の掲げる政策は、被災地に限らず、地方の発展のためとして掲げられる、よく見るスローガンと変わりない。そして多くの人が、こういう政策に「成長」や「発展」のイメージを持っているのも事実だろう。本当にそうなのか。少し詳しく検討してみたい。
自動車関連企業、成長産業である医療機器やロボット産業とは、グローバル経済に対応し、規模が大きく、成長を追求する産業だ。それらの企業は、言うまでもなく、東京に本社を置くグローバル企業、あるいは海外に拠点を置く多国籍企業だ。そして収益の最大化を目的にしている。地域で生み出した利益の大半は本社のある東京や海外に移転し、企業内に留保される。地域にはほんの一部しか循環しない。
雇用という点でも同じだ。たしかに一定の雇用は生まれるだろう。しかし、進出してきた企業は、一部の技術者や管理者を除いて、大半が人件費は安くいつでも首を切れる非正規雇用で占められる。
また、進出してきた企業は、グローバル競争対応で、様々な優遇措置や規制緩和を要求してくる。賃金、税制、解雇、環境などで特区的な制度だ。既に復興特区制度が始まっているが、経済同友会は意見書で、特区での優遇措置が不十分として、適用要件の緩和や税制優遇の延長などを要求している。〔13年10月7日 意見書〕
これらは、地方が繰り返し経験してきたことだ。とりわけ、「構造改革」は、グローバル企業の本社機能が集中した大都市中心部の隆盛の対極で、地方の農林漁業、製造業、商業の疲弊と衰退を招いた。それを、再び繰り返すのか。グローバル企業や多国籍企業を誘致しても、それは、地域の持続的発展に結びつかないし、被災地の持続的な復旧・復興に結びつくことにはならない。
福島県相馬市にある東北電力の原町火力発電所(今年2月撮影) |
企業型農業
企業と連携し農業生産法人を設立し、規模の拡大を支援するという。
曰く、「南相馬市では7割の農業者が離農を考えているので、TPPを見据えて『攻めの農政』を展開する」という。
隣りの宮城県では、農業への新規参入を積極的に進めている。野村ホールディングス、サイゼリア、カゴメ、IBM、GEなど、外食産業ばかりか農業に無縁と思われるグローバル企業が、農業生産法人を設立し、植物工場などを始めている。
これも、企業誘致のところで見た通り、外国や東京に本社を置く企業が、地域の契約農家を組織し、生産物の加工工場をつくり、それらを販売する店舗を設置するということをやったとしても、その利益は、ことごとく東京や外国の本社に流出し、地域には一部しか循環しない。
「農業の六次産業化」も、それを担う主体が誰なのかによって180度違ってくる。グローバル企業が主体なら、地域は疲弊するだけだ。
「攻めの農政」とはグローバル競争対応で、農産物輸入で痛めつけられ、津波と塩害と放射能でやられ、希望を失っている農民を支えるのではなく、農業の主体を農民から企業に移すということだ。誰のための復興か、誰のための農業かが明らかに転倒している。
火力発電所の経済効果
相馬地方に2つの火力発電所があり、浜通り全体に火発と原発が並んでてきたが、その経済効果は限定的だった。
建設期間中の就労など一定の効果はあった。しかし、完成後の雇用規模や市町村の財政規模が急速に縮小した。そのため、立地自治体は、交付金や補助金を当て込むしかなく、さらに原発の立地を求めるという悪循環に陥った。
火発も原発も、東京・首都圏への集中・集積や、グローバル企業の収益には貢献するが、地域への分配はわずか。住民が受け取る所得は非常に小さい。電力会社の本社は、東京電力は東京に、東北電力は仙台にあり、その所得はこの地域の外に出て行く。むしろ長期的には地域の衰退を促進するものでしかない。
これは、脱原発ということで、再生可能エネルギーを導入したとしても問題は同じだ。被災地外の企業が発電設備を運営すればその利益は地域には残らない。
人口減少対策
ところで、渡辺氏は、火力発電所誘致などの一連の産業政策をもって、人口減少対策の目玉としている。さきほども言ったように、火発も原発もずっとあったが、人口減少もずっと続いてきた。火発も原発もどんな大規模な事業も一時的にはどうあれ、趨勢としては人口減少を食い止めることはできなかった。それどころか、今や、東京も含め、日本全体が人口減少時代に突入している。
人口増加と経済成長が全く疑う余地のない前提だった高度成長期の政策を描いても、それは、今日には通用しないだろう。むしろそういう前提に立たない発想が求められているのではないか。この点は【Y】で再論したい。
「復興」と開発主義
こうして見ると、渡辺氏が描く復興とは、誰のための復興なのかという疑問を抱かざるを得ない。「復興」という言葉は使われているが、現に被災した住民の復旧・復興は主眼ではない。あるいは、住民の多くが依然として立ち直れていない状況のうちに、災害を奇貨として公共事業や企業誘致といった開発政策を推し進めてしまおうとしているようだ。復興に名を借りた悪しき開発主義と言わざるを得ない。
渡辺氏は、「市政が、国・県・双葉郡と連携していないで孤立してしまっている」「これでは住民の声を届けることもできない」と桜井批判をしている。たしかに横山、渡辺両氏とも自民党、中央の政権も自民党。対する桜井氏は、民主党に近い非自民。こうした中で、「中央とのパイプの回復」は横山、渡辺両氏の政策の中心をなしていた。
区域再編や除染や賠償の問題などを巡って住民の批判や要求があり、それに突き動かされて桜井市政は政府との交渉をしている。が、上で見て来たように、政府の方向は、〈福島の原子力災害問題への関わりは早く終わりにしたい〉というのが基本だ。政府にとってみれば、〈住民の批判や要求をいちいち取り上げるな〉と桜井市政のやり方に苛立っていることは想像に難くない。実際、官僚たちが「また桜井かよ」「あいつはクレーマーだな」と罵っていたという話が聞こえている。そういう官僚たちが、意図的に問題をネグレクトし膠着させているとさえ見ることができる。
ただ、これに対する住民の受けとめは様々だ。「『たたかう、たたかう』というけど、こっちはそれで迷惑してんだよ。『たたかう』から、もらえるものももらえないんだよ」という声も聞かれる。
そういう声を受ける形で、横山、渡辺両氏は、与党議員や中央官僚と連携すれば問題は解決するとアピールした。
莫大な利権
もっとも、「中央とのパイプ」を強調するのは、復興交付金や補助金が念頭にあるからだろう。復興交付金は、15年までに19兆円が予定されている。南相馬市への配分額は13年末段階で518億円。防災集団移転、災害公営住宅、圃場整備、道路整備など。
この復興交付金を受けるには、県や市町村が事業計画をつくり、復興庁に申請するわけだが、それを審査し優先順位をつけて可否を決めるのは中央官僚だ。
もともと中央は、交付金や補助金で地方自治体を支配する構造を作ってきた。法律上は対等のはずだが、実質は全くの主従関係だ。生活道路、公民館、医療施設と何をするにしても、補助金による支配を受けてきた。
地方自治体の側は、補助金獲得のために、首長を先頭に手土産を携えて陳情に明け暮れ、地元選出の国会議員も「口利き」で地元にお金を引っ張って来ようとする。結局、地方自治体は本当に必要かどうかを考えることをやめて、中央官僚の言いなりでハコモノを乱造し、財政破たんに追い込まれていった。
これが、「中央とのパイプ」の実像だろう。「中央とのパイプ」とは、金による支配だ。そして、そこに群がって利益を得る者がいる一方で、本当に必要なところには届かない仕組みになっているのだ。
安倍政権は、経済対策の柱の一つとして、国土強靭化を掲げ、膨大な予算を道路や堤防などの大規模な公共事業につぎ込んでいる。それが、例えば、宮城県などで復興の名の下に、住民が反対しているにもかかわらず、巨大堤防の建設となっている。復興に名を借りた開発主義の典型だ。
渡辺氏らが訴える「中央とのパイプの回復」というのは結局、復興に名を借りて、巨大開発を南相馬市にも引っぱってきたいという意味にしか見えない。渡辺氏は、もともと市長時代、ハコモノ行政を推進し、身内に利益を還流した上に、市の財政を危機に陥れたという批判を受けている。
「復興の加速」というが、その本当の姿はこの辺にあるのではないだろうか。 (つづく)
5面
直撃インタビュー(第23弾)
原発をとめる 社会は変えられる
〜ボクが東電前に立ったわけ
園良太さん
園さんは、言葉も行動も早い。が、時々立ちどまり、考えながら話した。インタビューの日は、秘密保護法に抗議し不当逮捕された仲間への救援、支援行動を終わってかけつけてくれた。紙面の制約で、全文を約半分に短縮した。補足というよりも、前提に『ボクが東電前に立ったわけ』から、印象に残る一文を紹介する。「やれることは全部やらないとね」「原発は、なぜとめられなかったのか。問題の根は深く被害は深刻」「ぼくは人と関係を結ぶ、表現することが苦手だった。でも、問題の根源を学び行動すれば、ぼくたちは無力じゃない。他者は信頼できるし、現実は変えられる」。〔聞き手・文責=本紙編集委員会/2月中旬、東京都内〕
イラク、アフガニスタン報復戦争に疑問、街へ出た
―園さんは30代前半世代。社会運動への参加は10年余。「若い世代」といわれます
両親が全共闘世代。家に「そういう本」がけっこうありました。中学生くらいから、あまり難しい本は別にして70年当時の写真集、映画評とか雑誌など、その時代の「香り」を残している本を読みました。とりあえず「反抗的人間」の原体験、玄関口だったのでしょうか。写真集などは、見ているだけで伝わってきましたね。
そこから社会的な関心を持つようになりました。同じころ、仲良くしていた友だちにストレスからか暴力を振るわれ、人に会うのが嫌になり閉じこもりに。時代的にも阪神大震災、神戸の連続児童殺傷「少年A」事件、地下鉄サリン事件などが立て続けに起こり、いろいろ考えました。
「少年A」は事件時にニュータウンに住んでいました。高度経済成長下の新しい都市居住形態。その代わりに昔からの地域性を失い、戦後の都市化を象徴した地域です。なぜ、神戸の事件がそういう地域で起こったのか。自分が感じていた閉塞感に重なりました。高校は「横並び主義」のような環境。それにもなじめず学生運動や戦後史などの本を読みあさりました。そのあと定時制に転校。働きながら来ている人、昔ながらのヤンキー、歳をとってから勉強し直す人、必死に受験勉強をして心を壊した人など、さまざま。図書館が発行していた新聞に文章を書く。そういう自己表現をたどりました。
小林よしのりの『戦争論』などが流行り、ネット右翼的になった人もいましたが、ぼくはそっちには行きませんでした。それまでの読書経験から戦争には反対でしたし、小林の核心的主張である「戦前の自己犠牲の精神が、戦後失われたから現代社会が腐敗した」は、間違いだと思ったからです。
2001年に9・11。「どう考えても、報復攻撃はおかしい」。アフガニスタン、イラク戦争に反対するデモへの参加が大きな契機と、継続になりました。日比谷に5万人集まったこともありましたね。ベトナム反戦の時代以来だといわれました。若い人たちも多く、ぼくもビラ配りやデモ・スタッフなどやりました。
それまでぼくは、他者に対し自分を閉じていたのですけど、そういう社会的運動を通して気持ちが開いていきました。人と話したり街へ出たり、ビラを渡したり。そこで自己を形成していったように思います。それが、運動参加が一過性に終わらなかった理由だったと思います。
ブッシュは、フセイン打倒で終わりにしようとしたが、当然にも終わらない。一度始まった問題、例えば自衛隊の海外派兵が恒常化するとか…。一方で街頭に出た人たちは、生活や仕事に帰らざるを得ない状況も起こる。しかし、続けなくてはならない。そうすると「一人」の意識、行動がけっこう大きな意味をもってきます。
就職のころは20年続いた超氷河期。格差社会ということが蔓延しフリーター、ニートにならざるを得ない若者が急速に増えていました。ぼくもその一人。いろんな就職活動をするも失敗し、そのままフリーターに。
直接行動の広がり、社会を変える、希望はある
―『東電前に立ったわけ』に、くわしく書かれています
3・11のときは、ぼく自身は大きな「被害」はなく、家に帰れないということもなかった。外に、街に出てみよう、「何か助け合うことができるのか」と。そのとき、あらためて権力の暴力性、欺瞞性を実感しました。すぐに福島事故の隠蔽、安全、責任逃れ、自粛キャンペーンが始まる。12日に、自分も発言者の一人だった思想運動の講座が予定されていましたが、できるのか、集まれるのか。「イベント中止、自粛」ムードがひどかったので、むしろ「やろう。いま批判、発信しなければ」ということに。そして原発が爆発、「安全」報道を見ながら「これは大変」と思いました。フリーター労組の仲間で集まって情報を集め、これは重大事故、大問題だということがわかった。だけど、市民の側は交通やインフラが不通とか、行動が出遅れました。
東電と政府は、はじめから情報を遮断し「大丈夫」ということだけ流す。13日、14日といっせいに計画停電が始まる。戒厳令そのもの。福島を置き去りにし「いまは国難、挙国一致」と、批判の声を黙らせる。警察、自衛隊の全面展開、被曝労働者の英雄視、「募金しよう」とか、こんな短期間で「戦争体制」のイデオロギーに埋められてしまうのか。ひどいムードでした。裂け目をつくらなければ。このままでは福島は置き去りにされ、封じ込められてしまう。「起ちあがろう!」と人々に呼びかけながら行動していきました。
東電に政府統合対策本部があったので抗議に行こうと、急きょ東電を地図で調べ、3人で行って東電前の歩道でプラカードを出したら、すぐに警察に排除されました。しかし、市民メディアの人たちがネットで生中継、行動はどんどん広がった。あの直接行動は、いまも意味をもっていると思います。
「隠す」という権力を、打ち破る
―反原発運動のいま、これからについてどう考えますか
核兵器の転用が原発です。最近は「シングル・イシューでいいのか」といわれます。学生運動もないし、「安全キャンペーン」にくみする研究者も多い。メディアは出さなくなった。考える土壌を奪われ、分断されています。しかし焦らずにやるしかない。「放射能に被害はない」とか「がんばろう日本」とか、そういうプロパガンダの全開をぶち破りたい。人間の命の問題。半永久的に汚染が続く。人間は、ずっと重いものをかかえていくことになってしまった。
イラク反戦、非正規雇用、年越し派遣村、反弾圧といろいろかかわってきました。そのなかで原発事故が起こってしまった。しかも、事実や情報は徹底的に隠される。隠すということが権力であり、資本の金儲けの根幹になっている。それを粉砕しないと、人がリアルに殺されていくと思います。子どもの被曝、労働者の被曝。実際に殺されています。「仕事、仕事。経済、経済」というけど、これだけの大事故が起き、住めない状況があるのに、なかったかのようにされてしまっている。被害が正しく伝えられれば、とても再稼働など許せるはずがない。
ぼくは、本当にゲバ棒一つ持ったこともないのに「過激だ」とかいわれるような状況になっています。反原発運動も大きな集会やイベントの繰り返し、空洞化した運動になっては原発をとめることはできないなと思います。それだけで何かをやっているような気持ちになるという傾向。政治家に頼る傾向。侵略戦争、加害、米軍基地とか、三里塚48年とか。三里塚は以前から知ってはいましたが、昨年から現地に行くようになり、その積み重ねを知り、つながるべきと思いました。
そういう問題とつながらないとき「シングル・イシュー」という弱さが現れるのではと思います。
―麻生邸見学ツアーなど、旧来の運動からは発想できないですね
「麻生邸見学ツアー」は、フリーター労組から声があがりました。リーマンショック以降、多くの労働者、生活者が苦しんでいます。それは、当時の麻生首相の責任だろう。麻生に団体交渉を申し込もうと、一度申し入れたけど無回答。もちろん戦争責任もある。 それなら「資産62億円という渋谷の麻生邸」を見に行こうと。歩き始めると、すぐにぼくを含め3人が不当逮捕。いま国賠訴訟をたたかっています。
沖縄の底力に学ぶ
原発は原発だけの問題ではないですよね。沖縄の米軍基地を「ヤマト」が押しつけたように、大都会が地方に押しつけてきた。原発に反対しながら、自分たちの足もとにある米軍基地にも反対しなければ。とくに関東、東京、神奈川にはいっぱいある。沖縄のたたかいに安易に連帯するということじゃないけど、やっぱりあの底力にはきちんと学びたい。そこが弱いと、すぐに原則がガタガタになってしまいます。
TPP、秘密保護法、集団的自衛権容認など、根底はつながっています。連帯、合流していかなくちゃ。フリーター労組とか派遣村は、ずっと直接行動をやってきましたから、そういう思いは強いです。
これまでの闘争をリスペクトし、世代を超えたい
―運動の広がりとともに世代間、意見や方法の差がいわれます
ぼくは自分を左翼、レフトだと思っていますが、ぼくらは党派性をもった左翼としてのリアリティはない世代です。そういう体験があるのは90年代くらいまで。体験を持たない世代が圧倒的という現実があると思います。同時に、やっぱり人々が組織的につながるというのは一つのあり方。ほっとけばバラバラのまま。党派や組織、運動がそれぞれあるというのはいいけど、社会運動が大きく拡がったとき、お互いが方向を曲げずに連携し合っていくという経験、方法は積み重ねていかなければ…。
たたかってきた事実、歴史、教訓は、世代間格差をいうよりもプラス、マイナスもきちんと継承し、伝えてほしい。何もしなかったのなら、失敗もないでしょう。権力やメディアは、それらをすべて抹殺し、「なかった」ことにしている。「左翼と、党派嫌い」だけが残っているというのでは、前へ行けない。70年代からの40年をどう総括するか、その世代、その後の世代だけなく、ぼくらにも共通する社会的な課題だと思います。
【その りょうた】
1981年東京都生まれ。フリーター。2002年からイラク反戦、反基地運動やフリーター全般労組などに参加。2008年「麻生邸ツアー」を企画、不当逮捕され国賠訴訟中。逮捕者の救援に携わる。2011年3月18日から仲間とともに東電前抗議行動。「電力会社前」行動は全国に広がった。沖縄・反基地、ヘイト・スピーチ反対など。著書『ボクが東電前に立ったわけ』(三一書房)など。
6面
民衆の切実な課題となる
最低生活保障(下)
高見元博
社会保障の解体
そもそも「公助」という言葉自体がおかしい。国が責任を果たすことを「助ける」とは言わない。例えば、借金を返すことを「お前を助けてやる」などと言わない。それと同じことだ。主体の責任をごまかすための言葉だ。
2013年12月5日に成立したプログラム法(持続可能な社会保障制度の確立を図るための改革の推進に関する法律)には「公助」という言葉は跡形もない。自助努力の強調のみが目立つ。「自助・自立のための環境整備」に社会保障を切り縮めている。社会保障制度の全面解体と考えてもおかしくない。自助努力で生きる以外にない社会が目指されている。
さらに、2012年9月11日の報道ステーションでは自民党の石原伸晃衆院議員が、社会保障費抑制の具体策を述べるなかで尊厳死に言及している。
富裕者課税論
財源がないといわれるが本当か?
日本では累進課税で、高額所得者ほど税金をたくさん支払っていると思っている人が多いのではないか?
ところが所得税負担率は年収1億円くらいを境に下がっていき、100億円以上の収入の層の税率は14%なのだ。図を見ていただきたい。年収が多い人ほど税率が下がり、税金を支払っていないのだ。適切な累進課税をすれば財源はあるのだ。
「生活保障法」案
ではどうすれば良いのか?
一つの考え方として、日弁連「生活保護法改正要綱案『生活保障法』案」というものがある。2008年11月18日に発表されている。その中身は、
@水際作戦を不可能にする制度的保障
A保護基準を国会で決める民主的コントロール
B権利の明確化。「保護」という言葉そのものがスティグマを生んでいる
Cワーキングプアに対する積極的支援。収入が最低生活費の1・3倍未満の人に対して、資産を問わず、住宅給付、医療給付、自立支援給付(現行の生業扶助にあたる)を支給する
というもので、現行制度の歪みをできるだけ正し、権利としての福祉を法律化しようとするものだ。現行制度に対する対案として有効なのではないかと思う。ただ、保護基準を国会で決めるといっても、様々な差別感情を基盤にした今の国会では何も良いことはない。そもそもこの法案が通るような政治の改革が前提だ。
どう闘うか
ではどう闘うのか?
1 不服審査請求第二弾
4月の引き下げに対する不服審査請求を再度取り組もう。3月に送られてきた保護決定通知書をなくさないようにしていただきたい。
2 集団違憲訴訟
先行して取り組まれているところもあるが、全国的にはこの夏に取り組まれる。大阪では5月12日と14日に事前説明会がおこなわれる予定なので是非参加していただきたい。
3 捕捉率を上げる
ワーキングプアや低年金で生活保護以下の収入だと制度を利用できるはずだが実際には捕捉率は低い。これは制度を利用できることを知らなかったり、水際作戦やスティグマの存在が大きく影響している。同行支援などの支援が必要だ。
また、スティグマを取り除く社会的運動が必要だ。実際には社会運動家、労働運動活動家が偏見を持っていてスティグマを作り出している面もある。意識改革はすぐに取り組まれなければならない。マスメディアも活用しながら、世論を変えていく努力で、社会を動かそう。
最低生活保障は生活保護当事者だけの問題ではないことを見てきた。スティグマを取り除くには、当事者だけに任せるのではなく、多くの民衆の参加が必要だ。低所得の多くの民衆にとって自分自身の問題としてある生活保護の問題にもっと目を向けよう。
〔本稿執筆にあたり『生活保護から考える』稲葉剛著(岩波新書)、『間違いだらけの生活保護「改革」』生活保護問題対策全国会議編(明石書店)を参考にした。時間のある方は、原著にも当たられたい。〕
投稿
農地裁判、控訴審始まる
市東さん堂々の陳述
市東さんの農地裁判控訴審当日、東京高裁に向かってデモ行進(3月26日 都内) |
市東孝雄さんの農地裁判「控訴審第1回口頭弁論」を前に、3月23日、東京・芝公園で全国集会が開かれた。全国から950人、署名は8000筆以上集まった。 発言に立った市東さんは、空港側の不当性を弾劾し、「今の私の問題は全国の農民の問題」「あらゆる運動の垣根を超えて連帯しよう」とよびかけた。 また同盟各氏・諸団体の力強い発言、名護市議の川野純治さんや経産省前テントひろばの淵上太郎さんらの発言が続いた。デモでは多くの人の注目を集めた。少しでも多くの人に興味を持ってもらえればと感じた。 この日「異常」だったのは権力、公安や私服たちだ。公園の周りを取り囲み、入口には屯してデモにははりつく。コース各所の歩道橋上を見上げるとずらりと並んで見下ろしていて気味が悪い。初めて参加した人にはかなり衝撃だったようだ。普段の弾圧・嫌がらせも許せないが、消費税が上がるっていうのにこんな連中が税金を無駄遣いしているということにますます怒りがわく。 そして26日はいよいよ控訴審の第1回弁論。私は傍聴できなかったが、市東さんは堂々と陳述し、三里塚の畑の土を裁判長に示したそうだ。 この日も公安・私服たちは集まってきた。ところで「どや顔」(勝手に得意げな顔)という言葉がいまいちわからなかったのだが、参加者の「どうして公安ってどや顔なんだ」という発言に納得する。 裁判で空港側は、一審千葉地裁で棄却された「仮執行宣言」を請求しなかった。しかしあくまで今のところであり口頭弁論終結まで油断できない。「緊急性がない」等言っているが、この裁判自体卑怯であり、市東さんにとっては緊急性もなにもない。 それから三里塚の闘いを人に話すと「あの人たちはすごい」というだけだったり、特別視してしまう人がいるが、この人たちもここに暮しがあり「普通の人」だ。「普通の人」でも国家権力と本気で闘えば負けないのだと、私は勇気(?)を貰った。農地を守りきり、空港絶対反対、廃港めざして各地と連帯して闘おう。 (Y・S)