もはや基地撤去しかない
米兵の強姦事件に怒り渦巻く沖縄
「米軍は沖縄から出て行け」シュプレヒコールで抗議(10月19日 キャンプ瑞慶覧石平ゲート前) |
10月19日午後6時より、米軍普天間基地・野嵩(のだけ)ゲート前で、16日の米海軍兵士2人による集団女性暴行致傷事件を糾弾する集会が開かれ300人が参加した。
集会は毎週金曜日に実施されているオスプレイ配備にたいする抗議行動とあわせておこなわれた。また、宜野湾(ぎのわん)市役所で集会をひらいた市職労の労働者100人が、デモで野嵩ゲート前の抗議行動に合流した。
集会で、普天間爆音訴訟団の島田善次団長は「沖縄だけでなく、昨日、韓国でも米兵の暴行事件が起きている。米軍基地があるからだ。もはや基地撤去しかない」と怒りをあらわにした。
ヘリ基地反対協の安次富(あしとみ)浩共同代表は「在日米軍が夜間外出禁止になったが、 そんなものではごまかされない。米軍基地を撤去しなければ安心できる街にはならない」と発言。
集会後、総勢400人が、野嵩ゲートからキャンプ瑞慶覧(ずけらん)・石平(いしひら)ゲートまでデモ行進。「米軍は沖縄から出ていけ」「悪しき隣人はいらない」とシュプレヒコールをあげた。石平ゲート前では、全員が怒りのこぶしを振り上げた。
米総領事館に緊急抗議 10・19大阪
10月19日、午後6時から、大阪米総領事館前で、MV22オスプレイの沖縄への配備と日本各地で予定している低空飛行訓練に対する緊急抗議闘争がおこなわれた。また16日の沖縄の米兵による強姦事件に対しても強く抗議した。よびかけは沖縄意見広告運動、辺野古に基地を絶対つくらせない大阪行動、沖縄の高江・辺野古につながる奈良の会、沖縄とともに基地撤去をめざす関西連絡会、京都沖縄県人会。200人が米領事館前で抗議の声をあげた。
横断幕をひろげ抗議行動(10月19日 大阪市内) |
「大人の責任」を果たそう
さようなら原発集会に6千5百人 東京
10月13日、〈さようなら原発集会in日比谷〉が、東京・日比谷野外音楽堂でひらかれ、6500人が参加した。主催は、「さようなら原発」一千万署名市民の会。
二度と原発事故をおこさせない(10月13日) |
人の手に負えない原発
落合恵子さん(作家・呼びかけ人)は、「いまこそ、『大人の責任』を果たしましょう。子どもは選んでいないのです。にもかかわらず、苛酷事故の今後を、推進の今後を、背負っていくのは子どもたちであり、これから生まれてくる子どもたち、何世代も先の子どもたちです。」と、メッセージを寄せた。
鎌田慧さん(呼びかけ人・ルポライター)、高橋哲哉さん(哲学者)に続き、発言した森園和重さん(子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク)は、人間の手に負えない原発は、「つくっても、再稼働してもいけない」と訴えた。
大間原発に反対している「あさこはうすの会」の小笠原厚子さんは、もう二度と福島のような事故を起こさせないでと発言。
そこが道になる
大江健三郎さん(作家・呼びかけ人)は、魯迅の言葉をひきながら「これから皆さんがデモを始めます。もしわれわれがデモをしているとすれば、それはもともと地上に道はなく、歩く人が増えればそこが道になるであろうということなのです。私たちがこれから大きい行進をすると道ができるのです。私たちが集まって歩くところに希望が生じる」と訴えた。
無限大のコスト
閉会のあいさつに立った吉原毅さん(城南信用金庫理事長)は、「原発ゼロは現実的な考え方ではない」という経団連、同友会、商工会議所をつぎのように批判。
「先般の原発稼働のときに関西電力は火力発電所を止めた。つまり電気は足りている。しかも多くの企業、電力会社はこの一年間で、原発6個分の電気設備を導入したという経済統計がある。」
「さらに、使用済み核燃料というのはとんでもない問題だということがよくわかった。原発敷地内のプールの中に置いてあるからとても危険。もういっぱいだ。六ヶ所村もいっぱい。そうなるともう処理できない。」
「処理できないものを経済的に言うと、『無限大のコストがかかる』という。無限大のコストを、例えば30年間かけて処理すると、無限大÷30=無限大です。それを法務計算書に入れたら、すでに原発は大赤字なのです。そうすると大幅に電気料金を上げなければいけない。いま上げていないのは、将来発生するコストをカウントしていない。だから将来の子どもたちに付けを残しているだけ。これは正しい会計とは思えない。正しい会計をすれば、原発はすでに大赤字。電気料金は、今原発に頼る以上は、大幅に上がらなくちゃいけない。」
集会終了後、東京電力本店前〜銀座〜東京駅八重洲口を通って常盤橋公園までのコースでデモがおこなわれた。
汚染ガレキ焼却反対で
大阪市役所を包囲
横断幕をひろげ抗議行動(10月19日 大阪市内) |
10月17日、「ストップ!11月試験焼却 大阪市役所包囲行動」がおこなわれ、大雨をついて200人が市役所前に集まった。主催は、〈ちょっとまって!放射能がれき 関西ネット〉。この日は、汚染がれきの広域処理問題に取り組む人たちだけでなく、橋下大阪市政とたたかう人々にも広く呼びかけがおこなわれた。午後5時から6時まで、市役所前で集会をひらき、その後、南天満公園に移動し、再度の集会をひらき、大阪駅前までデモ行進をした。
広域処理は汚染(放射能、アスベスト、有毒物質など)の拡散だ。やめさせよう。
関電包囲行動弾圧
Mさんを不当起訴
(10月19日 大阪市内) |
10月5日、毎週金曜日の関電前行動に参加し、「公務執行妨害・傷害」の容疑で不当逮捕されたがMさんが、26日に起訴された。
関西電力本店前では、大飯原発再稼働後も毎週金曜日に千人規模の抗議行動がおこなわれている。この抗議デモを苦々しく思う警察権力の弾圧を許してはならない。罪を問われるべきは、原発事故を引き起こした政府・経産省・電力会社だ。Mさんを一日も早く奪還し、関電包囲行動をさらに発展させよう。
2面
原発・基地・排外主義と闘おう
沖縄と福島から特別あいさつ 10・21京都
10月21日、「『変えよう! 日本と世界』第6回反戦・反貧困・反差別共同行動in京都 」(主催:同実行委員会)が、京都市の円山野外音楽堂で開催された。関西各地から750人が集まり、ともに行動した。
中尾宏・代表世話人が主催者あいさつ。この集会の意義を3点(原発問題、沖縄問題、排外主義の動き)確認した。
特別あいさつは、山城博治さん(沖縄平和運動センター・事務局長)、武藤類子さん(福島原発告訴団・団長)から。
円山野外音楽堂に750人が集まった(10月21日 京都市内) |
基地をたたき出す
山城博治さんは、米軍普天間基地へのオスプレイ配備に対する政府の対応に怒りをたたきつけ、この国家に対して体をはって闘っていく必要性を訴えた。この間のオスプレイ配備阻止の闘いは、「65歳以上の人は、普天間基地ゲートに結集せよ」のスローガンのもと、島ぐるみで闘いぬかれた。しかし、「10万人の県民大会を開いても、国はその声をいっさい聞こうとしない」のだ。山城さんは、「沖縄戦で死んでいった20万人の魂はどうしたら浮かばれるのか」と問いかけた。「再び戦争をしようとする動きに対して、体を張って闘う。沖縄のすべての米軍基地ゲートを封鎖してでも、沖縄から基地をたたき出す」と、自ら身を呈して闘う決意を述べた。
原発事故の責任
武藤類子さんは、福島の現状を語り、「福島から事故は風化させられようとしている。事故は収束した、もう安全、という復興キャンペーンに子どもたちが再び利用されている。どうしてこういうことがおこるのか」と、国の対応を批判した。この憤りのなかで、「事故の責任はだれにあるのか、これが追及されていないからではないかという思いに至った。こうして、6月11日、福島原発告訴団をたちあげた」「目標は1万人。ぜひとも告訴人になってください」と訴えた。
金子勝さんが講演
「時代を問う―変えよう! 日本と世界」と題する講演で金子さんは現状を分析した。「1930年代的経済危機のなかで、新しい時代への動きがおきている。これからは、地域分散ネットワークシステム型の社会になる。」
「古いシステムの既得権益に縛られているのが経済界、官僚、政治家などの一部の人間。これに対して、我々はこの古いシステムを打ち壊していく事が求められている。」
「首相官邸前の行動は、新しい型の運動スタイル。このように、誰もが参加できる枠組みが必要だ」
「原発問題は、この古いシステムの象徴だ。国が原発を再稼働させたいのは、電力不足からではなく、電力会社の経営問題が理由だ。」結論として、「次の選挙は原発推進議員を落選させよう」という行動提起がなされた。
ほかには、衆議院議員・服部良一さんが議員活動報告、4団体からの連帯のあいさつがあった。また、趙博さんの歌が集会を盛り上げた。
国は住民を守らない
福島と沖縄。この闘いの中で、「国は信用できない、国は住民を守らない」という怒りが人々の中に広まっている。今、国家とはなにか、その支配の秘密が暴かれつつある。この情勢に共産主義者はどういう態度をとり、どう行動するのか。それが問われている。 集会後、繁華街の四条通りから河原町通りをへて京都市役所までデモ行進をした。(T)
地域に脱原発のうねり
阪神・北摂地区の11団体が発言
10・20伊丹集会
10月20日、兵庫県伊丹市のいたみホールで、「再稼働阻止・原発ゼロへ!」集会が開かれ800人が参加した。この1年、阪神・北摂地域で脱原発を取り組んできた11の団体が発言。
開会あいさつは原発の危険性を考える宝塚の会の中川慶子さん。「原発事故はまだ続いている。一致団結して闘おう」と訴えた。
衆議院議員の服部良一さんが国会報告。沖縄の金城実さんも「原発問題もオスプレイも根っ子はいっしょ」と発言した。
鎌田慧さんは講演で、「原発再稼働の裏には、儲かりさえすればよいという資本論理がある」と訴えた。
2分間スピーチでは、関東から避難中の女性が放射能の恐ろしさを訴えた。大阪市のがれき焼却に反対する仲間は、連日テントに泊まりこんで抗議していると報告。そのほか関電包囲行動をとりくむ仲間、福島のこども達のために保養キャンプをおこっている若者や学生が交代でアピール。裁判で再稼働停止を求めるグループ、地域の自然エネルギーのグループ、さらに労働組合の青年など、地域全体に脱原発運動が広がっていることが示された。
最後のまとめは保養キャンプの会場にもなっている宝塚大林寺住職の木下達雄さんがおこなった。
10月28日、〈許すな! オスプレイ配備、原発再稼働、橋下「維新」〉をかかげて、戦争あかん!基地いらん!2012関西のつどいがひらかれ、800人が参加した。 集会実行委が主催。先頭の横断幕は10・19緊急抗議時〔1面記事参照〕に掲げたもの(10月28日 大阪市内) |
門真三中『君が代』裁判 控訴棄却
「敗北感ない」原告・川口さん
10月18日、大阪高裁81号法廷で開かれた門真三中「君が代処分」取り消しを求めた裁判は、わずか20秒ほどで幕を閉じた。判決は控訴棄却。1審と同じく「卒業式等の式典に際して、『君が代』斉唱時の起立斉唱行為は、慣例上の儀礼的所作として受け入れられるようになっていた」と強弁した。
判決後、大阪弁護士会館において判決報告集会がおこなわれた。
報告集会で原告の川口さん(10月18日 大阪市内) |
思想信条の自由を侵害
原告の川口さんは「敗北感はありません。裁判を通して豊かに前進できたと思います。準備書面で太田弁護士が僕の思いを述べてくれました。黒田先生の意見書では、豊かに教育論を語っていただきました。これは大きな地平。きょうは、私が予想していたような判決でした。私が思想・信条の自由を侵害されたということを、裁判官はわからなかったし、わかろうとしなかったということだと思います。上告して頑張ります」と決意を表明。
国に命をささげよ
奥山弁護士は、判決文にざっと目を通したうえで、「判決は、1審をそのまま認めている。川口さんに何ら違反はなく、卒業式の進行や平穏を阻害したこともなかったのに、『具体的な支障はなかったとしても、指導違反があったので処分は正当』と言ったり、門真市では起立斉唱が慣例になっているという現状はないという指摘にたいしては『特定の地域で判断するものでなく(日本)全体で見て』判断…」など、問題点を指摘した。
控訴審で意見書を提出した黒田伊彦(よしひろ)さん(元大阪樟蔭女子大講師)は、「司法の独立性といっても所詮権力の一部。権力の統治機能として抑え込んだ」「国旗国歌を使いながら、心情的に愛国、国に命をささげるのが最高の価値であるという方向に誘導していこうとしているイデオロギーが基本的に表れている」、「民衆による草の根的質の天皇制とのたたかいが必要」と訴えた。
さらに、多くの支援者や3人の弁護士から発言があった。
破壊的教育改革をゆるすな
学校に自由と人権を!10・20集会
10月20日、〈「日の丸・君が代」強制反対! 10・23通達撤回!「破壊的教育改革」を許さない!学校に自由と人権を!10・20集会〉が都内でひらかれ、200人が参加した。
登壇した主催13団体が紹介され、「教師に対する統制は子供の発達成長権を損なう」等の宇都宮健児さん(日弁連前会長)や落合恵子さん(作家)のメッセージが紹介された。
大内裕和さん(中京大学教授)は講演で、「日の丸・君が代」に疑問を抱かない世代が増えていく状況の中で、国論二分状態を維持し続けたと闘いの意義を明らかにした。そして、大学の授業で現状を語ると学生が教職を避けるほどにまでなった状況に至る経過を概括した。また、新自由主義や貧困の問題等への歴史的認識を深め、労働者の課題として立ち向かう必要性を訴えた。
休憩、アトラクションにつづき、大阪の被処分者である奥野泰孝さん(府立学校教員)が、人事委員会闘争を闘う7人のグループ「ZAZA」を紹介し、できることの枠を広げていく闘い方の必要性を語った。
講演でも大学秋入学の狙いが自衛隊ボランティアから徴兵制へ繋ぐことにあることが語られていていたが、『「子どもたちを再び戦場に送らない」ために!』を結語とする集会アピールを採択してこの日の集いを終えた。
子供たちを再び戦場に送らないために(10月20日 都内) |
3面
橋下の歴史歪曲に抗議
「慰安婦」問題研究の第一人者が反論
8月21日以来、橋下大阪市長による「慰安婦」問題の歪曲と差別発言が続いているが、8月24日には、「強制連行の証拠はない」ことの論拠として、「吉見さんも強制連行の事実までは認められないと言っている」と発言した。吉見さんとは「慰安婦」問題研究の第一人者である吉見義明中央大学教授のことである。
吉見さんは、1991年、防衛庁防衛関係図書館で、日本の官憲が慰安所の設置・運営に関与していたことを示す資料を初めて発見し、「慰安婦」問題における日本の責任追及の決定的な1ページを開いた人である。
大阪市役所で記者会見する吉見教授(10月23日) |
吉見教授が来阪
この橋下発言に対し吉見さんは、「明白な事実誤認であり、私の人格を否定し、名誉を毀損するものである」と橋下市長との面談を求めた。だが橋下市長はそれを拒否。吉見さんは、10月23日、東京から大阪市役所を訪れ、日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワークの人々とともに、市の政策企画室に橋下発言を撤回・謝罪するよう「抗議文」を提出し、記者会見もおこなった。
「強制連行」はあった
同夜、「橋下市長に反論!吉見義明さん語る〜「強制連行」はあった」という緊急講演会が市内で開かれた。短期間のよびかけにもかかわらず150人が参加。
吉見さんは、橋下発言に対して、4点にしぼって反論。
1、軍・官憲が直接連行したか、暴行脅迫による拉致があったかどうかの問題に限定するのは、木を見ず、森も見ない議論であること。2、慰安所経営を軍がしたことを、「現在の公安委員会による風俗営業の管理と同じだとする妄言」=軍が主役であることを知らない論議。3、強制の定義を極小化して「本人の意思に反して行われた行為(1993年の河野談話での定義)」を否定する論議。4、強制連行の「証拠」を日本の公文書に書いてあるかどうかだけに限定する論議、と4つに分けて、その一つひとつを歴史的事実、資料に基づいて説明した。
1では、インドネシア、中国、フィリピン、朝鮮、台湾全域で、軍・官憲が直接に、あるいは業者におこなわせていたことが、被害者の証言だけでなく米軍公文書、軍人・新聞記者の記録(出版物)にあること。民間人による誘拐、人身売買でも軍はそれを罰せず、被害者を解放もしていないこと。「公娼制度」と同じだとする論理に対しては「慰安婦」制度が形態的にも相違がある(居住、外出、自由廃業の「自由」がないこと)など、
2については、慰安所設置の軍命令があったこと(軍用での移送、建物の提供、慰安所規則の制定、軍による監督統制、食料日用品は軍が提供、利用は軍人のみ…等々)。
3、河野談話の定義は日本政府自身が記した定義であることを否定してはならない
4、北朝鮮による拉致被害者の場合、警察庁は「甘言により海外へ連れ出された後、北朝鮮に送り込まれた」ことを複数の証人等から供述証拠等を入手したこと」で「拉致」と断定しているが、橋下はこれを否定できるのかと反論した。
日本の国家犯罪
橋下発言のねらいは、「国家」の責任を回避することにある。「慰安婦」制度はあったことは認めるが、戦時の必要悪。管理をしただけで国としては強制連行していない。日本だけでなくどの国もやっていた…と。
吉見さんは、どこの国であっても、あってはならないことだが、とくに日本は明確に国としておこなった犯罪であることを強調した。そしてこの制度は、兵士自身をむしばみ、自己崩壊の道に追い込んでいったことを一人の兵士の日記を引用して紹介した。
いま日本がしなければならないことは、認知と謝罪をおこなうこと、賠償をおこなうこと、事実を歪曲する言動に対して公式に否定すること、史実を知らせ、次世代に伝えることであると結んだ。
専制のための暴論
橋下流「民意」を撃つ
「公務労働と教育政策」・「市政改革プラン」を問う10・24集会が、大阪市内で開催され250人が参加した。橋下「維新の会」の労働と人権問題を考えるネットワークが主催するこの集会はこれまで3回おこなわれてきたが、そのたびに賛同・参加する団体・個人が拡大している。公務員労働者がふんばり、民間の労働者がそれを自分のたたかいとして取り組むものとして、橋下に対するたたかいの重要な位置を占めつつある。
「今、大阪に起こっていること―その危険性」と題して帝塚山学院大学教授の薬師院仁志さんが講演。橋下は「民主主義は市場競争原理そのものです」と言い、選挙で勝ったものが民意だと独裁を正当化する。しかし民主主義は国民を勝者と敗者に分断するための制度ではない。議論による共同の意思の形成である。橋下の言う民意が、いかに専制のための暴論であるか鋭く批判した。
自治労大阪府本部、入れ墨調査非回答被処分者、朝鮮高級学校無償化を求める連絡会・大阪、リバティおおさかの灯を消すな全国ネット、大阪の男女共同参画施設をすすめる会などからの発言が続いた。被処分者は「本日、人事委員会に不服申し立てをおこなった。亡くなった大和田委員長の〈売られた喧嘩は受けて立つ〉という教えを守り、組合破壊とたたかう。橋下に謝罪させる」と決意を語った。さらに連携を広げ、橋下を倒そう。
維新の暴走にストップ
10月12日、「ストップ!ハシズム大集会 〜維新の暴走を許すな〜」が、大阪市内でひらかれ、会場は350人であふれた。主催は、WTC住民訴訟の会がよびかける集会実行委員会。
橋下とたたかっている6団体・個人が発言。日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク、思想調査アンケート訴訟、入れ墨調査不当処分の当該、放射能がれき広域処理とのたたかい、大阪府公衆衛生研究所独立行政法人化反対のたたかい、大阪市営地下鉄民営化問題、の六テーマが次々と訴えられた。
発言をはさんで、橋下批判の新作ビデオ上映、趙博さんのライブ、反ハシズム落語も上演された。
投稿
生きものと放射線は相いれない
川崎市で小出裕章さんが講演
10月14日、川崎市の幸市民館で小出裕章さん講演会が開かれ800人が参加した。川崎の市民運動「脱原発かわさき市民」が主催。
主催団体は「規約も代表もなければ事務局も置かない」という「自由な運動体」として昨年から活発に活動をしている。現在は首相官邸前金曜行動など中央の各闘争に参加する一方、地域では「さようなら原発1000万署名」を市内の駅頭で取り組み、この9月に1万筆を超えた(「脱原発かわさき市民」のチラシから)。また福島の子どもたちを川崎に招いた「サマースクール」の支援もおこなってきた。ユニークなノボリも話題を呼んでいる。「メーリングリストには高校生から84才まで約120名が参加しています」と紹介されたが、こうした運動形態は、今後の大衆運動の参考になるのではないだろうか。
DNAをずたずたに
講演のテーマは「小さきもののために、今、わたしたちに何ができるか」。講演の前には、福島から親子で避難しているママさん、川崎で子どもたちの放射能問題に取り組んでいる方、そしてサマースクールを運営している方の3人からそれぞれ感動的な詩や経験談がなされた。
そして小出さんが登場。最初に一見原発とは無関係と思われる問題から入った。「生き物の不思議」として講演が始まった。「私たち一人ひとりの命のはじまりは、母親からの万能細胞と呼ばれるたった一つの細胞です。それが細胞分裂を繰り返し、大人になった時には60兆個の細胞になり、それぞれの細胞が固有の役割だけを分担するようになります。遺伝情報(DNA)を正しく伝えていくことが、生き物の不思議の核心です。」
「細胞分裂を繰り返しながら正確に複製することで命を維持していくこと」、考えて見れば途方もないことである。
「正確に複製する」というが、「DNAは二重のらせん構造になっており、細胞分裂とは、このらせんがほどけながら全く同じ2本のらせんを複製していくのです。遺伝情報が書き込まれているDNA、このDNA分子の幅は2ナノメートル、長さは合計で約1・8メートルです。1ナノメートルとは10億分の1メートル。では、2ナノメートルを0・2ミリメートルの細い糸と仮定すれば長さはどのくらいか、みなさん、わかりますか?」と小出さんは会場全体に質問を投げかけた。答えは「180キロメートル」!。こんな距離の糸がこんがらがらずにほどけ、そして全く同じ糸に複製していく。これが60兆個なのだ。小出さんは「私は無神論者ですが、まさに神業としか思えません」と説明した。
だからこそ、これから成長していく子どもたち、この子どもたちこそがほんとうに大切なんだということが良く理解できる。放射能はこれをズタズタにしてしまうのだ。「放射線のエネルギーは巨大であり、生きものと放射線は相いれない」のである。
しきい値はない
「学問の到達点」として小出さんは「被曝のリスクは低線量にいたるまで直線的に存在し続け、しきい値はない」と言う。
「子どもを被曝から守らなければならない理由」は、「何よりも子どもには、(1)原子力を選んだ責任がない、(2)子どもは放射線感受性が高い」ということ。
そして、放射性物質は「除染」などできない、「移す」ことしかできない。人は基本的に被曝を覚悟するしかなく、「食物も程度の違いだけで、汚染を受けていない食べ物はすでにない(!)」から、「東電に食品の汚染度合を正確に測定・公表させ、猛烈な汚染食品は原子力を進めてきた人たちに食べさせる。残りを汚染の度合いごとに「60禁」「50禁」・・・「10禁」と仕分けし、子どもには汚染の低いものを食べさせ、高いものは大人が食べる」と提案。「このような事態になった責任は政府、東電、原発メーカー、そしてマスメディアにあるが、私たち自身も原発体制を当たり前のこととして甘受することでその原発体制を支えてきた責任は逃れえない」とも。
ここで多くは報告できないが、小出さんのわかり易い話ぶり、優しい人柄もわかり、また「原子力を止めても停電しない」など具体的な多くの知識も得られ、貴重な講演であった。(神奈川U)
4面
寄稿
航空自由化と成田空港(下)
市東さんの農地強奪攻撃の本質
新空港反対東灘区住民の会事務局長 松原康彦
前号に続いて、新空港反対東灘区住民の会事務局長・松原康彦さんの寄稿を掲載する。政府と成田空港会社は成田空港の完成をめざして、三里塚空港反対同盟の市東孝雄さんの農地を強奪するための裁判を進めている。なぜ今、政府がこのような強硬手段に訴えようとしているのかを暴き出す。
巨大な利権
では、国交省は自由化を拒むことで何を守ろうとしたのか。それは国交省がもつ巨大な利権である。
それまでの空港整備の時代は終わったとして、「空港整備法」が、08年「空港法」に改正された。それについてこういう指摘がある。「08年に施行された新しい法律であるにも関わらず、『指定』、『認可』、『立ち入り検査』といった用語が出てくるのは、効率的に民間資本を活用しようとする社会情勢に逆行するものと感じざるを得ない。・・・(中略)・・・空港整備法から空港法への転換という大きな制度変更であるにも関わらず、制度設計の検討は手短に行われて、法律が制定された印象を受ける」〔注1〕と。
日米航空交渉が基本合意に達する2009年末のわずか1年あまり前のことだ。ここに、必死で自らの利権を守ろうとした国交省の姿が見てとれる。
また、こういう指摘もある。「このように(成田)空港内での営業権は権益化しており、国交省のOBを受け入れている企業や、空港会社の資本とOBを役員にしているファミリー企業によって独占されている。『天下ったOBは高額の報酬と運転手付きの専用車、個室を与えられ、子会社を渡り歩いて一生安泰なのである』(『週刊ポスト』 03年3月7日号)。「成田空港会社が『国交省の本丸』と称される所以である」〔注2〕。
しかし、国交省利権として巨大なのは、なんといっても「空港整備特別勘定」である。
「空港整備特別勘定」は、国の一般財源(税金)への依存度は12%に過ぎないといわれ、その規模は毎年4000〜5000億円といわれている。「道路特別勘定の一般財源は66%、港湾特別会計の一般財源は70%の割合であることを踏まえると、空整特会は、他の特別会計と比べて圧倒的に受益者負担で成り立っている」〔注1〕、特異な自主財源なのだ。
しかも、「空港使用料と航空機燃料税は、JALとANAの負担がそれぞれ900億円。一般会計経由のものを含めれば、両者の負担はそれぞれ1000億円を超えていた」〔注3〕という。実に、JALとANAが「空港整備特別勘定」の4割から5割を負担している。そこでは「空港整備勘定は、・・・航空官僚や交通族議員の利権の温床」と断じている。
こういう指摘がある。「路線開放の圧力はますます高まり、日本の空港が各国の航空会社との競争にさらされ、しのぎを削る。そんな競争に、JALやANAが勝ち残れるか。国交省は、そこに不安が残るから、思い切った政策を打ち出せないまま、逡巡しているように映るのである」〔注4〕と。
国交省が、2009年末、アメリカによって基本合意に追い込まれるまで、実は自らの利権とJAL、ANAとの関係で自由化を拒み続けていたのである。
大量解雇の撤回を求めてたたかうJALの労働者たち(8月31日大阪市内) |
自由化要求
25年を超える日米航空交渉の中でかたくなに「成田空港の自由化」を拒み続けてきた国交省が、なぜ2009年末になって突然「自由化」に基本合意したのか。
その大きな背景は、09年8月末、「官僚主導ではなく、政治主導を」を標榜する民主党政権が成立したことだ。ゴリゴリの新自由主義者・前原誠司が国交相に就任し、「自民党時代の航空行政やJAL再建策の否定」〔注3〕を目標とすることを隠そうともしなかった。そして前原の肝いりで「JAL再生タスクフォース」が立ち上げられた。それ自体は、年末を待たずに失敗し前原失脚の一因ともなったのであるが。
民主党政権は、多額の税金を「つなぎ融資」として投入しながら、「倒産」を理由に不当極まる日航パイロットや客室乗務員の大量解雇を強行して、発足したばかりの「企業再生支援機構」によるJAL再建へと突っ走っていった。
さてJALの破綻をめぐってズタズタにされた国交省は、ついにそれまで堅持してきた路線を放棄し「成田空港自由化」の方針へと崩れていった。それが2009年末の基本合意、2010年10月協定締結への流れを生み出したのだ。
航空政策という超一級の「国策」をめぐってのこの転換は、「国のあり方を壊す」と言われるTPPへの参加と表裏一体のものとして強行された。この点で、成田空港の自由化がもつ政治的重大性を、私たちが三里塚闘争の中でつかみ切れてこなかったことが重大な意味を持ってしまっていることを指摘せざるをえない。
ここで一つ触れておかなければならないことがある。1952年以前、アメリカは占領下で日本の空を独占し、9社のアメリカの航空会社が自由に飛び回っていた。古い日米航空協定では、この事実を前提に、アメリカの民間航空法にある「祖父権条項」〔注5〕を根拠に、国際線におけるアメリカ航空会社の枠をそのまま維持できるように要求した。実に、自由化される2010年まで、成田空港で27%もの飛行枠を、それも都合のいい時間帯にアメリカは確保していたのだ。1984年に開始された日米航空交渉における日本の要求の一つが、この差別の解消だった。
ところが、1990年代から航空機の能力が改善されアメリカ本土から中国、アジアへ直接飛べるようになったことと、成田空港の使い勝手の悪さから、「成田空港パッシング」といわれるように、成田を経由しないで中国、アジアへ直行する便が増え、成田空港のアメリカの枠は空いているというのが実情だ。
では、なぜアメリカはそれでもなお「成田空港自由化」を求めたのか。実は、ここに「成田空港自由化」の本質がある。
今、アメリカにとって我慢がならないのは、日本の官僚主導による保護主義的政策である。航空産業の圧倒的な力量差をテコにして、航空政策における日本の保護主義を徹底的に破壊し、日本市場全体を新自由主義的競争の中に引きずり込むことにその最大の目的がある。まさに、TPPと表裏一体の問題なのだ。
「国策」の正体
国交省(航空局)が長年にわたって日米航空交渉の中で「成田空港自由化」を拒み続けた論理も、アメリカによる自由化の要求も、そしてそれに追随した日本政府の論理も、私たちのくらしや自然そして平和、そういったものへの考え、配慮などただの一片もない。あるのはそれぞれが属する、きわめてごく一部の人間たちの利権を守ろうとする「国策」でしかない。その点では、繰り返し指摘しているようにTPPと一体のものだ。
また、沖縄に対する新基地建設とオスプレイの配備に象徴される、沖縄への差別的、植民地的政策と一体のものだ。それはまた、「3・11」をすでになかったことにして(昨年末の「収束宣言」)、アメリカの核政策に追随しようとする、輸出も含めた「原発政策」と一体のものだ。
首相官邸包囲をはじめとした全国100カ所に膨れ上がったという「再稼働反対」「すべてを廃炉」の声。これに恐怖して野田政権が掲げた「脱原発」の方針を、アメリカの恫喝のもとにわずか数日で取り下げたことが何よりもそのことを物語っている。
これほど私たちを愚弄するTPP、沖縄、福島(原発)を巡る国策と、航空政策をめぐる国策とは「同じ穴のムジナ」であり、そこには人びとのいのち、くらしへの配慮などあろうはずがない。
旅客機を頭上ににらみながら空港反対の全国集会が行われた10月7日 成田市内) |
くらしと人権を破壊
100年間、親子3代で耕し作り上げてきた市東さんの農地。強制収用さえできなかったこの農地を、違法の限りをつくし、偽証までやって、農地を守るべく作られた農地法で奪うという、こんなことが民主国家、法治国家といわれる日本で起こっているのだ。こうした卑劣な策動のために、地域住民との約束をも反故にして地域の重要な入会林を破壊して(結局何の役にも立たなかった)第2誘導路の建設を巨額の税金を投入して強行し、市東さんはじめ空港敷地内に住む住民に圧力をかけてきた(2007年)。それでも動じないと見るや、今度は軸となる市東さんの居宅を第1誘導路とで挟み込む第3誘導路の建設を強行し、来春3月31日にも供用を開始しようとしている。それによって現在の便数の2割以上も増やして27万回とし、極限的な騒音地獄と振動、悪臭で市東さんを住めなくさせようとしている。これが住民に対して国のやることであろうか。これほどの人権侵害、憲法違反があるだろうか。
三里塚では、昨年、暫定滑走路の北延伸(2500メートル化)が強行された。直後、効率性から国交省は、暫定滑走路を着陸専用とし、その結果、便数が一気に増えただけでなく、凄まじい騒音地獄が出現した。空港北側の成田市民、南側の芝山町民から直ちに「約束が違う」と怒りの声が上がった。すると国交省・成田空港会社は、わずか一か月で着陸専用を中止し、便数を緩和させた。三里塚反対同盟の闘いとの合流を恐れたからであろう。
しかし、2013年の27万回化、翌年30万回化(実に現状の1・5倍)は、東峰地区住民はもとより、空港北部(成田市)、空港南部(芝山町)に恐ろしい騒音地獄を必ず出現させることになる。
私たちは、こんな理不尽な攻撃を、人のいのちを、くらしを何とも思わない政治を許すことはできない。いま三里塚闘争で、このことが一点の曇りもなく問われているのだ。(了)
注1 『航空グローバル化と空港ビジネス』2010年7月 同文館出版刊 野村宗訓・切通堅太郎共著
注2 『生まれ変わる首都圏の空港』2009年3月 交通新聞社刊 杉浦一機著
注3 『JAL再建の真実 再上場の功罪を問う』2012年9月 講談社現代新書 町田徹著
注4 『血税空港』2009年5月 幻冬舎新書 森 功著
注5 祖父権条項=アメリカの民間航空法401条・特定路線運航権の恒久的認可
5面
三里塚・市東さんの農地法裁判
結論ありきの裁判を強行 10・15千葉地裁
110月15日、市東さんの農地法裁判、第20回口頭弁論が千葉地裁で開かれ、反対同盟、関西実行委員会など100人をこえる支援者がかけつけた。千葉市中央公園で決起集会をひらき、デモで千葉地裁に向かった。
この日は空港会社側証人の尋問。市東さんから農地を不正に取り上げる手続きを強行した当時の国交省・成田空港課長の石指雅啓証人である。
多見谷裁判長は、「石指証人の勤務地が神戸であり、要職(現・第5管区海上保安本部長)にある」からと、千葉地裁への出廷を免除。千葉と神戸をテレビで結んで「証人尋問」を強行した(ビデオリンク方式=性犯罪被害などの被害者保護のためなどに使われる例があるが、一般の民事ではきわめて異例)。証人擁護、尋問妨害は明白だ。
裁判長が「きょうは、その話(抗議)は聞きません」というのを、市東さん弁護団が一蹴。「ビデオリンク方式は不当。裁判長忌避の結論が、まだ最高裁で出ていない。欠陥裁判だ」と弾劾した。
石指証人は「住民の方々とは話し合いを続け、(うまくいかなかったが)滑走路北伸を決めた」などと、「話し合い」自体が一方的で形式だったことを自己暴露した。
多見谷裁判長は、傍聴席にばかり注目し「はい何番目、静かに。退廷」と、市東さん側尋問はもとより会社側主尋問の際も内容を聞いていたのか、まったく疑問である。「結論ありき」の裁判進行であった。
この日、石指証人が「テレビ出演」した神戸地裁前でも、関西実行委員会、住民団体、関西合同労組など15人がビラ配布と抗議行動をおこなった。
次回(11月12日)は萩原進さん。12月10日は市東孝雄さんが証人出廷する。傍聴に駆けつけよう。
千葉地裁をデモで弾劾(10月15日) |
投稿
すべてが空港を拒んでいた
10・7三里塚集会の翌日 現地を調査
三里塚現地集会(10月7日)の翌日、「怒りネット」の仲間、そのさらに仲間、案内をしてもらった関西実行委員会の松原さんら総勢10名で現地調査をしました。最近に現地集会に来るようになった人たちも含め、前日の集会に参加した6人、「三里塚に来るのは10年ぶり」という人もいました。
岩山記念館(大鉄塔跡)から、鈴木謙太郎さんのお墓参りをしたあと、加代子さんのお話を聞き、横堀の小屋、小泉さん、島村さん宅前を通って東峰墓地で大木よねさんのお墓参り。開拓道路、東峰神社、市東さん宅前の監視台から市東さんの南台の畑と現闘本部があったところ、第3誘導路建設が進む様子を見て、仕事から帰って来た市東孝雄さんにあいさつ、南台の畑に行きました。
最後に北原さんを訪ね、お話を聞きました。岩山記念館から見る景色はすっかり変わってしまい、4000m滑走路の誘導灯が去年完成、記念館に迫っています。日本の保護主義を解体したいアメリカに迫られ、成田空港を自由化し、完成を目指して工事を急ピッチで進めています。
住み続ける
鈴木加代子さんからは、菱田の用水闘争についてお聞きし、「本質を見抜き、たった一軒反対したじいちゃん(幸司さん)は、先を見る目があった。そして跡を継いだ父ちゃん(謙太郎さん)は、一軒だけの反対派として一貫して反対の姿勢を変えなかった。身内が言うことじゃないかもしれないが、偉大だった」と話しました。
新しく鶏を飼っているのをたずねたところ、「父ちゃんが亡くなって出て行くと思われていた。女所帯となめられる。だから住み続けるぞ、ってね」。出て行け、という圧力、嫌がらせは前からだけれども、謙太郎さんが亡くなってからは質を変えて激しいようです。「がんばって」と心で叫び、力が入りました。
横堀の小屋は、一般道からの道がくねくね長くなってトンネルもできていました。ここは警備員がおり、このあとずっとコソコソと私服車がつきまといました。横堀からは、空港をはさんで向こう側に市東さんのお宅や東峰神社などが見えます。
東峰墓地は萩原さん、島村さん、石井さんと大木よねさんのお墓があります。入植した新しい村なので墓石はありません。しかし、すべてのお墓に供えたばかりの花があり、大切にされていることが分かります。
開拓道路はほんとに奥まで長く、「本当に空港に突き刺さってるな〜」と思います。東峰神社には、空港会社によって切り倒され植え直した木立が伸び、空港会社が再三「切ってくれ」と言ってくるそうです。
市東さんのお宅の近辺は、飛行機が通るたびにタイヤが焼け焦げるような臭いに覆われます。騒音だけではないのです。監視台からの景色は、怒りしかありません。現闘本部は跡形もありません。市東さんの南台の畑を取り上げることを前提に、第3誘導路の建設が進んでいます。前日の集会デモの時、高い場所に機動隊が集合していたことに気付いた方もあると思いますが、全体が高く盛り土されています。ものすごい土の量です。あちらの山を崩し、こちらに積み上げ、コンクリートで固める。大地の破壊です。そして、いまの誘導路と第3誘導路とで市東さん宅を囲い込み、住めなくして追い出そうとする嫌がらせです。
闘うしかない
最後に、三里塚第一公園に散歩に出かけていた北原さんを訪ねました。夕陽がキラキラして「寺子屋・北原」という感じのリラックスした雰囲気の中、お話を聞きました。「いまの若い人は、生きられるかどうか分からない大変な時代。闘うしかない」「三里塚は、『障害者』も闘うところ。これからも来てください」と話しました。全員と握手を交わし、三里塚をあとにしました。
見てきたところは、すべて空港完成を阻んでいます。その中で市東さんの南台の畑が、いま農地法裁判で不正の限りを尽くして取り上げられようとしています。現闘本部の時のように、仮執行を付けさせてはなりません。反対同盟は、裁判闘争を現地闘争と一体に構える、と私たちに傍聴や千葉地裁を包囲するデモに参加するように要請しています。全力で応えましょう。主体的決起を。(I・G)
大阪から生活保護を考える
弁護士会がシンポジウムを開催
10月17日、「たたいてどうなる!?今、大阪から生活保護を考える」集会(主催:大阪弁護士会、共催:日弁連、反貧困全国キャラバン2012大阪実行委員会)が大阪市内でひらかれた。
基調講演「大阪市の貧困と生活行政」を松崎喜良・神戸女子大教授がおこない、つづいて生活保護受給者二人からの報告と、保護費切り下げは何をもたらすかというリレー報告がおこなわれた。
社会保障の解体に警鐘を鳴らす(10月17日大阪市内) |
社会保障制度を破壊
参加して、もっとも強く感じたことは、貧困・生活再建問題対策本部事務局長の小久保弁護士が報告した社会保障制度改革推進法(以下、推進法)の持つ意味である。
この法律は6月15日の民主・自民・公明の3党合意で突然登場し、消費増税法と一体で成立した。小久保弁護士によれば、これは今後の社会保障解体の基本法となるような性格を持つものである。社会保障は憲法25条で国の責任とされているが、推進法によって、国の責任を放棄する基本原理の大転換がおこなわれた。社会保障を消費税の範囲内にするという枠をはめ、すべての社会保障を切り捨て破壊していくための基本法なのだ。
8月17日、政府は来年度予算の概算要求基準を閣議決定した。そこには社会保障費を聖域視せず抑制するという基本方針と、特に保護費の見直しで財源をねん出することが明記されている。この政府方針を受けて社会保障切り捨ての大きな動きが始まっている。
保護費引下げ
推進法で「社会保障の主たる財源は消費税と地方消費税とする」と明記された。これにより社会保障を充実させるには消費税を増税するしかなく、消費税を増税させたくなければ社会保障を切り下げるしかない、そういう構造を推進法は作り出しているのである。また同法で、これまで事実上の聖域であった生活保護制度の見直しをおこなうと初めて明記された。
社会保障費削減の最初のいけにえにされようとしているのが生活保護法である。声をあげにくい受給者にねらいを定め、受給者を「特権階層」として叩き、マスコミを大動員した生活保護バッシングで労働者の中に分断を持ちこみ、改悪しようというのである。
影響が深刻に
基調講演で、大阪市の受給率が高くなったのは貧困に対する抜本的対策を取ってこなかったことに原因があり、受給者を叩いてもいやがらせにしかならないこと、橋下市長の提言は受給者切り捨てであり貧困の拡大はさらに深まるという指摘は印象的だった。
保護費切り下げがボディブローのように労働者に致命的な影響を与えていくというリレートークの指摘も重要である。
例えば、小中学生の就学援助制度は保護費を基準に要件を定めている。保護費が下がればこれまで利用できた生徒も利用できなくなっていく。介護保険料、医療費の上限、公営住宅家賃減免等々にも影響していく。また、保護費と連動している最低賃金の引き下げにつながっていく。これは労働者全体に影響していく深刻な問題である。
分断を乗り越え
いくつかの課題がある。それは、ワーキンングプアといわれるもっとも苦しい思いをしている層の一部に、生活保護受給者への強い差別意識があることだ。最低賃金ギリギリの時給800円で一生けんめい働いても、家賃、水光熱費、医療費等を差し引けば、手元に残る金は生活保護費以下という現実が差別意識を生みだしている。橋下市長は、先の大阪市長選挙で「生活保護世帯と低所得世帯の不公平の是正」(維新八策)を掲げて受給者を「特権層」としてたたき、一部の若い層の支持を得たともいわれている。
本来スクラムを組むべき者同士が対立していることは敵を利するだけである。苦しい思いをしている者どうしがスクラムを組んでいけるように労働組合は闘っていく必要がある。(大阪・Y)
6面
寄稿
陸自「ヘリ談合疑惑」の真相
ヘリ市場めぐる日米の争いが背景に
元自衛官 鈴木一夫
談合疑惑」の経緯
9月4日、東京地検特捜部は、陸上自衛隊向けの次期多用途ヘリコプターの契約をめぐり、官製談合防止法違反の疑いで防衛省や契約先の川崎重工業(略称KHI)の家宅捜索を実施した。
KHIは2012年3月に、防衛省から陸自向けの次期多用途ヘリを受注した。これは、陸自の現用多用途ヘリUH―1Jの後継機となるものである。
東京地検は、防衛省技術研究本部で当該品の入札選定に必要な仕様書を作成していた佐官級幹部から、事情聴取を実施している。防衛省側がKHIに対して競争相手の富士重工(略称FHI)の資料を流したり、KHIが有利となるような仕様書を作成したという容疑だ。なおヘリ生産企業としてはこれら2社と並んで三菱重工(略称MHI)がある。
ヘリと固定翼機
ヘリは速度、航続距離、積載量のどれをとっても固定翼機(いわゆる飛行機)に劣っている。
固定翼機に比べ、構造が複雑で価格も高く、操縦も難しい。また、戦闘状態においては、地上からの攻撃には固定翼機に比べはるかに脆弱である。
しかし、滑走路なしで離発着できる、ホバリング(空中での停止)できるなど、固定翼機ではできない性能を有しているため、軍事用でも民間用でも欠く事ができない存在なのである。
ヘリの保有状況(陸自)
多用途ヘリ
・UH―1J、UH―1H 145機(ベル社製ライセンス生産 FHI)
・UH―60 34機(シコルスキー社製ライセンス生産 MHI)※海自・空自でも各種任務に保有。しかし高価。
輸送ヘリ
・CH―47チヌーク55機(ボーイング社製ライセンス生産 KHI)※空自でも救難用等に使用。
対戦車ヘリ
・AH―1Sコブラ 90機(ベル社製ライセンス生産 FHI)
・AH―64D アパッチ 13機(ボーイング社製ライセンス生産 FHI)※当初60機調達予定が予算難のため契約打ち切り
観測ヘリ
・OH―6D 90機 (ヒューズ社製 ライセンス生産 KHI)
・OH―1 38機(国産KHI製)※これが、今回の疑惑に関連する機種である。
その他では、海自空自で救難、掃海、輸送等の用途に各種ヘリを保有している。自衛隊以外でも、警察、海上保安庁、消防等が同様のヘリを多数保有している。例えば警察は警視庁がベル412、206を中心に15機、大阪府警で6機、その他の県警は1〜3機保有している。ちなみにベル412、206は軍用のUH―1の民間用である。
固定翼機ではありえないことだが、ヘリの場合には、警察、消防等軍隊以外でも使用する機種は軍用とほぼ同じである。海上保安庁などもこのUH―1の民間用のベル212等を中心に70機ほど保有している。総じて最も多いのはUH―1クラスのヘリである。
多用途ヘリ取得の経緯
軍用ヘリには、観測、輸送、救難、攻撃、掃海等多くの用途がある。固定翼機では用途ごとに基本設計が根本的に異なるのに比べ、ヘリでは、一つの機種を少し変更して各種の用途向けに変更することが多い。
それらの中で、最も多くの用途に使用しやすく機数を大量に保有しているものを多用途ヘリという。西側諸国では、UH―1シリーズが代表的である。陸上自衛隊も現在まで多用途ヘリとしてUH―1を使用してきた。
ヘリに於ける米国航空機会社と日本航空機会社のライセンスの関係は、基本的に三菱=シコルスキー社、川重=ボーイング社、富士重=ベル社となっている。
一方、多用途ヘリとしてはUH―1が従来、最も優れていた。以上の理由から日本も多用途ヘリとしてUH―1を選定し、ライセンス契約の関係から富士重が契約を受注し生産をしていた。
国産化を追求
日本は帝国主義国として、米国からの支配を打ち破っていく為に、軍事的に最も重要とされる航空機の生産分野において、戦後続いてきた米国製品のライセンス生産によって蓄積した技術を基礎にしつつも純国産の装備品を取得することをねらってきた。
かつて、支援戦闘機F2取得の際、日本は純国産機の取得をめざしたが、米国の圧力により、F2は結局F16を母体として開発したものにせざるを得ない結果となった。その後、対潜哨戒機P3Cおよび輸送機C1の後継機の開発においては、現在のところ国産化の方向で開発がすすんでいる。
ヘリの分野でも、以前から米国製ライセンス生産から純国産の開発という路線を追求してきた。どうみても攻撃ヘリにしか見えないOH―1を「観測ヘリ」と銘打って開発し、何とか取得にこぎつけた日本帝国主義としては、これを基礎にして発展させ、多用途ヘリ、そして最終的には攻撃ヘリの開発に繋げたいという構想を持ち続けてきた。
OH1の多用途ヘリ化
従来、観測ヘリとしてはヒューズ社(現在はボーイング社が吸収)製のOH―6であり、KHIがライセンス生産していた。そのOH―6の後継機種としてOH―1を「観測ヘリ」として独自開発してきた。これは、米国等との関係を考慮しての欺瞞的な方策という見方が一般的だった。そして、実際に試作機が出来上がってみるとその意図はほとんど丸見えになった。
OH―1はOH―6とはサイズが違いすぎる。このようなヘリを多用途ヘリ、更には攻撃ヘリへと発展させていくのはヘリ開発の世界では自然な流れでもある。
さらに、これを多用途ヘリとして完成させることができれば、警察、海上保安庁、消防等へも販路を広げることは容易であり、場合によっては民需型として輸出も可能となる。
国産化することにより価格もライセンス生産に比べ大幅に低下でき、また有事における米国からの制約を軽減させることにもつながる。
防衛産業の力関係
航空機産業では、三菱、川重、富士重の企業規模の比率は大体1:1/2:1/4と言われている。これは、これら会社間の力関係の大きさと見て取れる。普通はFHIがKHIに対抗することは困難である。今回の検察の動きは国内の力関係の常識を越えている。
不可解な捜査
今回の「談合疑惑捜査」は不可解であり、F2の開発時に米国から横槍が入ったのと同様の意図が感じられる。すなわち、軍用航空機の日本国産開発は極力阻止するという米国の意図である。対潜哨戒機及び中型輸送機については、日本の国産開発を許してしまった感がある。しかし、ヘリの領域においては、UH―1クラスの多用途ヘリの開発を阻止しなければ、単に軍用ばかりではなく警察、消防、その他の民間ヘリの分野においてまで今後日本での市場を喪失してしまう。
技術系の佐官級幹部が技術研究本部に異動してきたことを、談合と結びつけることは無理な話である。これら佐官級幹部には、機種の選定権限はないし、彼らに利害関係もない。自衛官の再就職は、川重が個人的に恩があるから決めるようなものではなく、防衛産業と就職援護関係が相談して、一定数の退職者の面倒を防衛産業に割り振って頼んでいるものである。退職者本人と防衛産業との義理などの個人的関係でなされているものではない。
この「談合疑惑」に関わる話から、米国の「日本帝国主義の米国からの離反の阻止および航空機市場喪失の阻止」といった意図を感じざるを得ない。
日米軍事演習に反対しあいば野で集会とデモ
「軍事演習をただちにやめろ」高島市内をデモ行進(10月27日) |
10月27日、滋賀県高島市住吉公園において、「日米合同軍事演習反対! 10・27あいば野集会」が、「フォーラム平和関西ブロック」と「2012あいば野に平和を!近畿ネットワーク」の共催で、300人の参加でおこなわれた。 2012あいば野に平和を!近畿ネットワーク代表・野坂昭生さんが主催者あいさつ。
「今回の陸上自衛隊饗庭野演習場における日米合同演習は、10月24日から11月7日までの15日間行われ、陸上自衛隊約600人、米陸軍約750人。饗庭野の日米合同演習は12回目。今回が過去最大規模だ」「饗庭野演習場には、都市型戦闘訓練施設などがあり、オスプレイの訓練が行われる可能性も高い。オスプレイ配備に反対する沖縄や岩国、そして韓国の反基地闘争に連帯し、日米合同軍事演習を即刻中止させるためにたたかおう」と訴えた。
そのあと「ピースリンク広島・呉・岩国」の世話人・新田英樹さん、服部良一衆院議員が発言。集会後、高島市内をデモ行進した。