未来・第93号


            未来第93号目次(2011年11月15日発行)

 1面  TPP参加を阻止しよう

     橋下・維新の暴走をとめよう
     11・27 大阪ダブル選の争点

 2面  女たちは立ち上がり つながる
     福島・全国から 経産省前すわりこみ

     「経産省前テントひろば」から

 3面  子どもだけでも避難を
     福島の住民が政府・原子力対策本部を追及

     警察・右翼の妨害ゆるすな
     <経産省前テントひろば>が抗議

 4面  沖縄の海と森に基地はいらない
     奈良市内で沖縄集会を開催

     投稿 日本を見捨てる富裕層

 5面  「良心の自由」を守れ
     学校に自由と人権を!集会

     投稿 創ろう みんなの総合福祉法
     日比谷公園に1万人こえる結集

     投稿 米軍が武装ヘリで防災訓練に参加

     本の紹介  「平和利用」の陥穽
     武谷三男編 『原子力発電』(岩波新書)

 6面  シリーズ 原発労働者は訴える 最終回
     全国から声をあげてほしい

     投稿 「重度障害」女性への性暴力でJR西社員に賠償命令

       

TPP参加を阻止しよう

野田首相は11日、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉への参加を表明した。
TPP推進派の主張は「参加しなければ産業の国際競争力が低下する」「自動車、電機など、すでにEUや米国とFTAを締結した韓国に遅れをとる」「企業が海外に移転し、国内産業は空洞化する」というものだ。こうした恫喝まがいの宣伝を、日本経団連会長・米倉らがさかんにおこなっている。
メディアに登場する評論家たちも、そろって「企業の海外移転は、雇用や労働者にもマイナス」などと発言しているが、冗談ではない。これまでも、トヨタなどの大企業は莫大な内部留保を持ちながら、その利益を労働者に還元したことがあるのか。彼らがやったことは、賃下げと非正規雇用の増大ばかりではなかったか。
たしかに輸出の増大や海外進出による企業の経常利益は増えた。しかしその反面で、労働者の賃金は下がっている(03年〜07年、0・3%減=厚労省)。非正規雇用は全労働者の38%を超え、年収2百万円以下が約23%(1千万人)に達し、生活保護受給者205万人超となっている。この社会の現状を改善するのではなく、さらに悪化させようとするのがTPPへの参加である。

米国のターゲットは日本
野田首相は「TPP参加で日本のGDPが2・7兆円アップする」と言うが、これにはまったく根拠がない。
TPPとは、リーマン・ショック後の不況で縮小した世界の需要を、なりふりかまわず奪い取ろうとする米国の帝国主義的政策にほかならない。
米国にとってTPPとは、自国の輸出拡大策であり、他国に対する窮乏化策なのだ。その最大のターゲットになっているのが日本なのである。TPPで成長を取り込めるはずがないのだ。
もしも日本がTPPに参加したとすると、参加10か国のGDPは米日で90%を占める。オーストラリアが5%、残り7か国は合わせても5%にすぎない。「取り込む」前提すらない。
また推進派は、10月に米韓FTAが締結されたことに危機感を煽っている。しかしオバマとイ・ミョンバクが肩を抱き合って「FTA締結を喜んだ」のもつかの間、韓国では労働者、農民の激しい抵抗が起こり協定批准の見通しは立っていない。

農業は壊滅
TPP推進派はしきりに「農業vs輸出企業」の図式を描き出し、農業への「保護政策」が経済成長を阻害しているかのように宣伝している。
実際には、例外品目(米、でん粉、バター、こんにゃくなど)を除き、農産物も含めた全輸入品目の加重平均でみた関税率は日米とも2・0%、世界で最も低い。
米国は自国農業に過大な保護政策をとっている。北米FTA、米豪FTAで自国の農産物は十分に保護している。自国の国益に反する外資導入も厳しく規制している。他国には横暴に利益を要求し、自国には十分な保護をおこなうという身勝手きわまる超大国の本領発揮である。
農業・農産物では農水省でさえ「農林水産物の生産額の激減、食糧自給率が現在の39%から13%程度まで落ち込む」と試算している。企業化、大規模化による農業が失敗に帰したことは、資本主義国でも「社会主義」国でも証明済みだ。
米国においても、過去200年間にわたる開拓によって北米プレーリーの肥沃な土壌は消失し、広大な砂嵐地帯だけが残されている。
TPPは、生物多様性と生態系の破壊を加速する。遺伝子組み換え作物の非表示化や、農薬使用など食品基準の規制緩和にも波及する。

医療も崩壊
医療にも影響はおよんでくる。TPP参加によって米国は「医療の市場化、営利化(病院の株式会社化など)」などを要求してくる。
米国はすでに「お金のない者は医療を受けるな」という社会になっている。なぜ日本が国民皆保険制度を危うくしてまでその後追いをする必要があるのか。

核心は日米同盟深化
米国にとっては、軍事はもとより経済・貿易も自国の権益第一である。
右の事情は、実は日本の支配階級は、充分に承知している。
では、なぜそこまで犠牲をはらってTPP参加にこだわるのか。それは、日本のTPP参加問題は、狭い意味での経済問題ではないからだ。日本の軍事外交戦略そのものなのだ。
野田政権は、国家戦略会議を新たに設置したが、その第1回会議が10月28日に開催された。そこで、日本経団連の米倉会長は、TPP参加について「TPPの交渉の参加は通商政策のみならず、外交、安全保障の基準である日米同盟の深化であるとか、あるいはアジア太平洋地域における安定的な秩序づくりといったことから不可欠な政策課題である」と明言した。
彼らは米国の庇護によって大企業の権益を確保するために、自国の労働者・農民をその生け贄として積極的に差し出すといっているのだ。
こんなことを日本の民衆は決して許さないだろう。TPP参加を断固として阻止しよう。

橋下・維新の暴走をとめよう
11・27 大阪ダブル選の争点

今月27日におこなわれる大阪市長選と大阪府知事選のダブル選挙は、地方自治体の首長選挙にとどまらない重要な位置を持っている。最大の焦点は、大阪市長選における橋下徹・前大阪府知事と平松邦夫・現大阪市長との一騎打ちである。
橋下は「大阪都構想」を前面に掲げて、選挙戦に突入した。「大阪都構想」について現段階で明らかになっていることは、@現在の大阪府を「大阪都」に変更する、A大阪市と堺市を解体し、特別区に分割して、大阪都に吸収する、B特別区には中核市並みの権限をあたえ、区長は公選制にするということだけである。
橋下の主張は、「古い体制のままでは、大阪は衰退の一途をたどる」と危機感を煽るだけで、「なぜ大阪都なのか」ということについて合理的な説明は一切なされていない。「大阪都になれば、東京都に肩を並べられるようになるのではないか」という根拠のない期待を醸成しているだけなのだ。

驚天動地の行政改革
橋下と大阪維新の会は、「大阪都構想」を掲げて一体何をやろうとしているのか。それは小泉政権がおこなった規制緩和・民営化・社会保障費の削減・地方の切りすてを柱とする「聖域なき構造改革」を大阪で強行しようというものだ。それを彼らは「驚天動地の行政改革」と称している。国政レベルでいったん頓挫した構造改革路線の巻きかえしを地方政治レベルから図ろうというのである。
維新の会の市長選マニフェストで行革の対象にあげられているのは、交通機関、上下水道、ゴミ処理、病院、港湾、大学、動物園、博物館、図書館、体育館、幼稚園・保育所などあらゆる領域におよんでいる。
橋下は小中学校への学校選択制導入を公言しており、府知事時代から医療ツーリズムと混合診療の導入をめざしている。いずれも義務教育制度、国民皆保険制度の根幹を揺るがすものだ。

最低保障を撤廃
橋下らの主張に特徴的なのは、憲法25条を根拠とした地方自治体がおこなうべき住民に対する最低限度の保障(ナショナル・ミニマム)を「国の規制が地域の自由な発展を阻害している」ものとみなして、その撤廃をめざしていることだ。彼らは、大阪を経済特区にしてあらゆる法規制の埒外におき、「資本の無法地帯」と化そうとしている。
そして「民間にできることは民間でやる」という論理で、市営地下鉄をはじめ市のほとんどの事業を民営化(資本による私物化)しようとしている。これは市民の共有財産の売り飛ばしであり、生活の場としての都市機能の破壊である。
橋下は、こうした一連の施策を実現するために、「職員基本条例」を成立させ、首長の独裁的な権限の強化をねらっている。まさに大阪ダブル選は日本の行く末を決する政治決戦である。橋下・維新を打倒しよう。
(この項11月28日掲載)

2面

女たちは立ち上がり つながる
福島・全国から 経産省前すわりこみ

10月27日から29日まで、経済産業省の前で「福島の女たち100人の座り込み」がおこなわれた。「女たちはついに立ち上がり〜そして座り込む」という呼びかけを知ったときに私は、すぐに駆けつけようと決意した。

座り込み突入を宣言する呼びかけ人の方々。マイクをにぎる人見やよいさん(郡山市)、〈右へ〉蛇石郁子さん(郡山市)、佐々木慶子さん(福島市)、佐藤幸子さん(川俣町)、武藤類子さん(田村市)、椎名千恵子さん(福島市)
参加者が続々と集まってくる
座り込みの人びとがつながり、経産省前が埋まっていく
テント前の受付には、次々と参加者が(写真はいずれも10月27日 経産省本館前)

1日め 800人以上が座り込み

午前10時、経産省前には続々と女たちが集まりはじめた。9月11日以来、9条改憲阻止の会が経産省本館敷地の西北に、テントを張り、座り込みを続けている、その隣に新たにテントが設営され、そこが本部。座り込みを呼びかけた世話人の方たちが記者会見。「今まで何の運動経験もない女たちが、このまま放っておけば愛しい子どもたちの命が奪われると勇気をもって立ち上がった」と3日間の座り込み開始を宣言。テントを中心に左右の道路にそって女たちが座り込んだ。
マイクが回り、次々と女たちが語りはじめた。「事故以来、窓はあけず、洗濯物も部屋の中で干し、子どもは外で遊べない。そんな生活を想像してみてほしい」「除染ばかりが強調され、避難という選択肢が消されている」「自主避難者には補償はゼロ。避難したくてもできない」「子どもや妊婦さえ避難させようとしない」・・・国は行政は、福島の人間を見殺しにするつもりなのかと、訴えが続いた。
県外からの女たちも発言。大阪から同行したKさんが「福島の大事故が起きてもう原発はやめるのかと思ったら、まだ続けようという。絶対許せないと思って大阪から来た86才です。戦争を経験した世代として、ひ孫のためにもこの問題が片づくまでは死ねません」と熱く語り、大きな拍手が沸いた。
この日は経産省交渉や女性国会議員まわりなどがとり組まれた。
午後3時段階で、受付で記名した参加者は福島県(現在県外へ避難中の人も含め)70人、そして県外の女たち・男たちが735人。合計800人をこえた。

2日め 渡利地区住民が対政府交渉

10時前からすでに多くの人が集まり、午後に日比谷公園で開かれる「創ろうみんなの障害者総合福祉法」集会へ参加する人たちが次々と立ち寄って激励してくれた。この日も国会議員まわりや、午後は福島市渡利地区の住民たちによる対政府交渉への参加、それを外で激励する行動などがとり組まれた。
いわき市からきた女性たちを囲んで女たちの輪ができた。いわき市は原発の隣接地域だが、行政は「安全」を強調し、放射能への危機感を持つことが「気にしすぎだ」といわれる雰囲気が意識的につくられているなかで、彼女たちは「心配するお母さんたちの相談にいつでも乗れる場所」をつくった。あきらめず、ねばり強い、いわきの女たちの姿に出会い、とても励まされた。

3日め 人間のくさり

最終日は、記者会見、デモ、人間の鎖がおこなわれた。
デモは、日比谷公園から東京駅を越えて、神田まで。電車で、経産省前にもどり、人間の鎖。重たい課題でも、女たちのアクションは賑やかだ。色とりどりのバナーやのぼりが、いっそう活気を生み出す。3日間、座りこみ、語り合いながら、みんなの手は毛糸の指編みに忙しかった。〈命を軽んじ、ないがしろにする国、東電に向かって抗う決意〉をこめたロープ編みだ。最終日、それをつないで経産省を包囲した。
そのロープは、クロージング集会で、翌日からの「全国の女たち座り込み」にバトンタッチされた。

税金は子どもたちのために
いわき市出身の講談師・神田香織さんの言葉(1日目)が印象的だ。「今からでも遅くない。女たちは踏ん張る。笑顔を忘れない。税金は子どもたちを守るために全部使え。福島の人びとを支える全国ネットワークを作り出そう。男性は女たちを支えてともにたちあがれ」と。
原発のためには、福島の子ども・人びとを切り捨ててかまわないという政府と東電に、福島の女たちは怒りを爆発させた。国や東電に向けられたこの怒りは、それをのさばらせている不条理な社会への(つまり県外の私たちへの)問いかけでもある。(桜井)

「経産省前テントひろば」から

10日間 のべ4千人
10月下旬、「原発いらない」で繋がった女性たちが霞ヶ関に集結した。まず、「原発いらない福島の女たち」が立ち上がり、経産省前で10月27日から3日間座りこんだ。最終日は、「福島の子どもたちをこれ以上被ばくさせるな」と怒りのデモ行進をした。
翌30日からは「原発いらない全国の女たち」が続き、11月5日まで座りこみ、デモをした。
10日間で約4000人が集まった。

原発輸出に反対
10月31日、日本・ベトナム首脳会談に合わせて官邸前で「ベトナムへの原発輸出反対」の抗議活動をした。日本語で「原発反対」とシュプレヒコールを上げて、ベトナム語で「ファンドイハッニャン!(原発反対!)」と続け、通過するベトナム車両にアピール。
輸出すべきは原発ではなく、原発事故の経験から得られた貴重な学びだと、なぜ認めないのか。ベトナムの子どもたちを放射能のリスクにさらしてはならない。

ランチタイムアピール
連日、昼食時の出入りをねらって女性たちがおこなった経産省別館玄関での「ランチタイムアピール」は、中の職員にも聞こえていたという。当事者の声は官僚に貴重な勉強になったことだろう。
11月2日には、前夜11時に玄海原発4号機が運転再開をしたのを受けて、参院議員会館で院内集会「今すぐ脱原発!『運転再開をすべきでない』4つの理由」を〈eシフト〉主催で開き、その後、有楽町にある九州電力の東京支社前でアピール。
5日には「避難の権利集会」が文京区民センターで開かれた。福島市渡利地区の住民が地元で高い放射線量を測定しているにも関わらず、相変わらず「除染」をかかげ、自主避難をした市民には一銭も出さないというのが、東電と政府の方針だ。
全国の女性たちが各地に戻った翌6日には「〜もうアッタマにきた!〜ふざけんな東電!11・6デモ」が時折小雨も降る中、実行された。海外のデモに倣い、パペットを作り人びとにアピールしたところ、沿道から手を振り、カンパをくださる方々もいた。

テント撤去を策動
このかん、右翼によるテント攻撃が激しい。経産省前テントに街宣車を乗り付け、1時間以上騒音を撒き散らしている。権力側が何とかして経産省前のテントを撤去したいのはわかっている。とうとう、テント横の立ち木に「国有地関係者以外立ち入り禁止」の張り紙がされた。不当逮捕をして、家宅捜索と称してテントを撤去する筋書きに乗らないよう、細心の注意が必要だ。〔11月9日〕(東京 K)

「〜もうアッタマにきた!〜ふざけんな東電!11・6デモ」。人形も登場して東京電力本社前に抗議(6日)


3面

子どもだけでも避難を
福島の住民が政府・原子力対策本部を追及

10月28日、放射能で汚染された福島市渡利(わたり)地区の住民らが、「渡利の子どもたちを放射能から守ってほしい」「避難を求める世帯には避難を。避難費用の賠償を」と要求し、参院議員会館で、政府・原子力災害対策本部との交渉に臨んだ。

衆院議員会館でおこなわれた対政府交渉(10月28日)

福島市渡利地区
渡利地区は、福島県庁から1キロも離れていない都市部の住宅密集地。阿武隈川を挟んだ対岸。福島駅からでも1・5キロ。この渡利地区が、放射能によって汚染されている。
住民らの独自の調査では、9月段階で、南相馬市で適用された「子ども・妊婦の特定避難勧奨地点指定基準」〔地上50センチの測定で、2マイクロシーベルト/時〕を超える地点が、178地点中の53地点にのぼった。
ところが、政府が8月下旬から始めた詳細調査は、同地区6千7百世帯のうち、1千世帯余りだけを調査対象とし、しかも、1世帯について2カ所だけを測定するというやり方。その結果は、指定の対象となる世帯が2軒あったが、その2軒が「避難の希望がない」との理由で―本来、指定には住民の意向は関係ないはずだが―、特定避難勧奨地点指定を見送るという決定となった。
10月8日、この政府決定を説明する渡利地区・住民説明会が行われた。政府は、この説明会を一部の住民にしか通知しなかったが、400人以上の住民が集まり、政府にたいして厳しい意見をぶつけた。説明会は大荒れに荒れ、深夜12時まで5時間かかっても収拾がつかなかった。〔説明会の様子は、本紙91号参照〕
住民らの憤りは収まらず、26日に地元で約90人が参加して市民集会を開催。28日には、約20人がバスで上京、県外の人びとと合わせて約300人が、国会前の参院議員会館に集まった。
住民は、政府に直接訴えれば、何かしらの応答があるものと、わずかの期待をもって東京にやってきた。その住民にたいする政府の対応、経産省の官僚たちの姿勢は、「とにかく除染」「避難はさせない」「再調査もやらない」「子ども・妊婦基準も適用しない」。一切、受けつけないという態度だった。

詳細調査をやり直せ
住民の要求は、「一部の世帯についてしか行われていない詳細調査は、やり直してほしい」ということ。
政府の詳細調査は限定的なものだったが、それでも特定避難勧奨地点の指定対象となる世帯が2軒あった。ところが、政府はその指定をも見送った。
「指定を見送ったのはどういった判断基準によるのか」と住民が問う。
政府は、「2世帯とも避難を希望しなかったため。また、地域の端に位置しているから」。
この答弁にたいして、住民が次々と批判。
まず、「避難の希望がない」について、「原子力災害対策本部の6月16日付文書に示された手続きと違う」と指摘。「まず国が指定をおこない、その上で、当該世帯が避難するかどうかを判断するという順序ではないのか。6月16日付文書にはそう書いてある。ところが、福島市については、この順序で行われていない。恣意的な運用ではないか。
では、伊達市では、各世帯に避難の意向をきいているのか。伊達市で聞いてないとすれば、福島市だけ違うやり方をするのはなぜか」。
官僚は答弁に窮し、うろたえて顔を見合わせる。
次に、「避難を希望しない」とされた2軒のうちの1軒の事情が住民から明らかに。その1軒はお寺で、檀家さんをたくさん抱えている。だから避難したくとも、避難できない。そういう事情なのだと住民が証言。
「避難を希望しないから」という指定見送り理由の恣意性が浮き彫りに。
さらに住民が、「『地域の端だから指定しない』というが、そのような判断基準も、6月16日付文書には書かれていない」。追い打ちをかけて、住民が、「『地域の端』というけど、渡利地区は、福島県庁から直線距離で1キロ、JR福島駅から1・5キロ。福島県の行政・経済の中心。われわれにとっては中心。認識が違う」と憤りを露わにした。

南相馬市と二重基準ではないのか
さらに、住民が強く不信を抱いているのは、「南相馬市において採用されている、子ども・妊婦の避難基準〔地上50センチの測定で2マイクロシーベルト/時〕が、なぜ福島市において適用されていないのか」ということだ。
国は、南相馬市や伊達市では、年間被ばく線量が、20_シーベルトを超えなくても、子どもや妊婦がいる世帯について、上述のような基準で特定避難勧奨地点指定の対象にしている。ところが、渡利地区には、この基準が適用されていない。

地上50センチで5・4マイクロシーベルト
住民が「政府の測定でも、地上50センチで5・4マイクロシーベルト/時を記録した世帯があった。この世帯について、どのような検討がなされたのか。指定しなかったのはなぜか」と、政府・現地対策本部が測定を行った際に手渡された記録紙を示しながら迫る。
政府は、「その世帯は、地上1メートルでは2・2マイクロシーベルト/時だった。(だから検討の対象にならない。)地上50センチはあくまでも参照基準」と言って逃げる。
「子どもの背丈を考えたら、50センチの高さの線量の方が重要だ」と住民が反論。政府は、何も答えることができない。
さらに、「国の詳細調査で、地上50センチで2マイクロシーベルト/時を超える世帯は何世帯あったか。そのうち、子どものいる世帯は何世帯か」と問う。
政府は、2マイクロシーベルトを超える世帯については、「渡利で162世帯、小倉寺(おぐらじ)で118世帯、南向台(なんこうだい)で29世帯」と答えるが、子どものいる世帯については、「把握していない」。
これにたいして、「《子ども妊婦に配慮》というが、一体どこが配慮しているのか。全然そうなっていないではないか」。「南相馬の子どもと福島市の子どもとで、放射線にたいする感受性に差があるとでもいうのか。うちの子どもは、耐性が強いとでもいうのか」。
住民の怒号がやまない。

悔しい 泣いた でもあきらめない
2時間近くにわたる政府との交渉を終えて、引き続きその場で、事後集会が行われた。渡利を朝7時に出発しバスを仕立ててやってきた住民が次々と発言した。いくつかの発言を紹介する。
○若い男性
僕は、7歳の娘がいる。移住するかどうかずっと妻と相談して、今日まできた。渡利は線量が高くて、子どもたちはマスクをして通っているし、半年以上、外で遊んでいない。先日も、娘が、「パパ、自転車、乗りたい」と言う。「まだ放射能があるからね。ごめんね」と言った。自転車も一輪車も半年以上、物置に入って埃を被っている。その中で子どもたちは過ごしている。
うちの娘も、他の子どもたちも、何とか救いたい守りたいと思って、今日はやってきた。
○中手聖一さん(「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」代表世話人、渡利で働いて30年、渡利に住んで10年)
今日、交渉したのは、経産省。これはほんとうにひどい。
4月、文科省が「子ども20_シーベルト通知」というのを出してきた。この問題を一生懸命やって、子ども20_シーベルト基準というのを文科省に撤回させた。
だけど今日のは、経産省による「新たな20_シーベルト」問題だ。
今日はっきりと分かったのは、経産省は、子どもに20_シーベルト/年を被ばくさせるということだ。とんでもない。絶対にこれを撤回させて、渡利の子どもを守りたい。

渡利の問題は全国の問題
今回の交渉では、全国から集まった約300人が、住民とともに声をあげた。
渡利の問題は、一部地域の問題ではない。住民が直面している問題は、放射能汚染をめぐる国策、「国策のために棄民する政策」との鋭い対決点だ。
ここには、戦後日本が進めてきた地方にたいする植民地支配ともいうべき差別が貫かれている。戦後日本は、沖縄に基地を押しつけ、福島に原発を押しつけて成り立ってきた。
沖縄の人びとが、「基地は本土に持って行け」と突きつけている。ずっと黙って耐えてきた福島の人びとから、「原発は東京に持って帰れ」「送電線を切ってやりたい」「放射性廃棄物は東京で処分しろ」という声もあがり始めている。
この訴えには、戦後日本のあり方にたいする根本的な告発がある。本土に住み、都市に暮らしてきた人びとにとって、それは、厳しい突きつけをはらむ。それを受け止めて、沖縄の問題、福島の問題を自らの問題として考え始めることが、日本全体の大きな変革への一歩になるだろう。

「子どもだけでも避難させて」と訴える渡利地区の住民(10月28日)


警察・右翼の妨害ゆるすな
<経産省前テントひろば>が抗議

東京―全国の原発反対行動の拠点となっている〈経産省前テントひろば〉にたいして、警察と右翼が一体となって妨害行為をくり返している。
9日には右翼数十人が押しかけ、2時間にわたってテントに侵入するなどの妨害をおこなった。
12日には警官と経産省の警備員60人がテントの周囲にバリカなるものを張って、「関係者以外の者の立ち入り禁止」等の札を張り巡らせた。夜、8時過ぎには、再度右翼がやってきて一触即発の状況になった。
こうした動きにたいして〈テントひろば〉は9日、抗議声明を発表。13日には緊急声明を発した。テントの意義をひろめ、テント運営への参加、活用を呼びかけている。
警察・右翼の妨害をはね返し、9・11以来60日間をこえて座り込みをつづける拠点となっている〈テントひろば〉を守ろう。

4面

沖縄の海と森に基地はいらない
奈良市内で沖縄集会を開催

「辺野古の海に基地はいらない!高江の森にヘリパッドはいらない!11・5沖縄集会」が、奈良市内で開かれた。主催は、高江につながる奈良の会。

辺野古から
集会では、安次富(あしとみ)浩さん(ヘリ基地反対協共同代表)が辺野古の闘い、山城博治さん(沖縄平和運動センター事務局長)が高江の闘いについて、それぞれ報告した。二人からの現地報告を受け、200人の参加者は「沖縄の基地の問題を私たちが我が事として捉え直し」(集会決議)、共に闘う決意を固めた。
安次富さんは次のように述べた。沖縄の反基地の闘いは一貫して住民運動であり、直接民主主義の闘いだ。その集約が辺野古の闘いでもある。辺野古の海での闘い(2004年から闘われている)の成果が、昨年1月の名護市長選であった。〔以下、別掲〕

高江から
山城さんは、2007年7月以来の高江現地での闘い、特に昨年12月22日からの攻防を臨場感をもって語った。沖縄防衛局の官僚は「日米で決めた事だから」と言うだけで、なぜ米軍ヘリパッドを高江に作る必要があるのかは、まったく住民に説明しないまま、問答無用に工事を始めた。今年12月14日に、「通行妨害禁止の仮処分命令」の本訴が結審になる。このあと、工事を再開してくる可能性が大きい。今後、オスプレイ配備反対の声を沖縄県民全体の声にしていきたい。11月中に、オスプレイ配備反対県民大行動実行委員会(準備会)をたちあげる。私たちの力で政治を我が手に取り戻していこう。〔山城さんの発言要旨は次号掲載予定〕

「奈良の会」が発足
開会のあいさつで、主催者代表は、「この集会に来られた方々は自分たちの場所や団体でいろんな闘いをやっていると思います。沖縄の基地問題について、この奈良の地で共に闘っていけたらいいな、と思います。力をあわせて、いっしょにやっていきましょう。」と提起した。
この集会をもって、「沖縄の高江・辺野古につながる奈良の会」が発足した。沖縄現地の闘いは、来年6月をみすえた最大の攻防に入っている。この時に、このような形で奈良で闘う陣形ができたことの意義は大きい。この集会が「奈良の会」としての闘いのはじまり。闘いはこれからだ。集会には、服部良一衆議院議員から共に闘うメッセージがよせられた。

「辺野古の闘いは直接民主主義の闘い」と語る安次富さん(5日 奈良市内)

安次富浩さん(ヘリ基地反対協共同代表) 発言要旨

〔文責・小見出しは編集委〕

日米両政府は、96年のSACO合意によって、米軍普天間基地を辺野古の海に移設するということを押し付けてきた。それで私たちは、97年12月に名護市民投票をやりました。その市民投票では勝ったのですが、何と、当時の市長は、海上基地建設の受け入れをして辞職してしまった。それ以来、名護市民は苦しい闘いを強いられてきた。
海上に新基地を造るために辺野古のリーフを埋め立てる。リーフというのはサンゴ礁でできているから、ボーリング調査をしてどれだけ強度があるか測る。その調査を私たちは体を張って止めた。こうして、辺野古の海上基地を断念させた。それが2004年4月19日から1年半かけてです。

反対派市長が誕生
去年1月の名護市長選挙において、海にも陸にも基地を作らせないという稲嶺進市長を誕生させることができて、一挙にこの問題で勝てるんじゃないかと、運動が高揚していくわけです。
去年の9月、名護市議選で、定数27のうち基地建設反対派が16で、いわゆる誘致派は11。逆転したわけです。今まで我々が過半数以下だったのが16になった。
去年の11月には県知事選挙がありました。仲井真知事は、「辺野古への基地移設容認では知事選を闘えない」という自民党サイドからのアドバイスがあって彼は政策を変えた。
悔しい結果として仲井真知事が約34万票、私達の伊波さんは29万票。選挙では負けたけれど、仲井真知事は「県外移設」と言ってるわけだから、これを合わせた63万票が沖縄の民意(辺野古新基地反対)として去年11月にはっきり出たわけです。

野田政権は新基地建設へまっしぐら
野田政権は、この12月に、辺野古新基地建設に向けた環境影響評価書を提出すると言っている。仲井真知事が埋め立てを許可するかどうかというところまで彼らは突っ込んできている。ここで決定的に闘って勝利すれば、もう本当にこれ以上の成果はない、最後の闘いだ。
このままいったら辺野古新基地建設はなくなるんじゃないかということで、誘致派は、北部振興策を求める大会を名護市で先月の25日に持ちました。今日と明日、民主党の前原政調会長が沖縄入りして誘致派と会う。この前原が、選挙で負けた前名護市長を東京に呼んで密談をしている。
2日前に今度は誘致派の中心たる辺野古区の区長、行政委員会、この人達が辺野古テント村に来て、迷惑だから撤退してくれと申し入れてきた。
今年の4月には沖縄防衛局が、名護事務所を辺野古に作った。で、高江と辺野古で暗躍を始めています。事務職員6人で。

辺野古移設は幻想
いまのアメリカは、ベトナム戦争が終わったあとの経済破綻どころじゃない。累積赤字がもう半端じゃない。国防費の削減が議会の中で課題になっている。
米上院軍事委員長のレビンは、グアム移転は、膨大な予算がかかりすぎるといって、予算を凍結している。支出できない。彼は、沖縄に視察に来て、キャンプ・シュワブの高台から辺野古の埋め立て予定地を見た。彼は、あんなに素晴らしい環境のいい海を埋め立てれば、沖縄県民が反対運動をするのはわかると。辺野古移設は幻想だ、非現実的だと議会で報告している。
私たち市民運動団体が平和運動団体も含めてアメリカへ直訴しに行きます。首都ワシントンやニューヨークまで行ってデモや座り込みも出来ればと思っています。そのための運動が始まりました。
同時に、今焦点となっている12月の闘いを、オスプレイ配備反対の闘いと環境影響評価書を出させない闘いとを結合しながら、大きくしていきたい。
今、県と宜野湾市は、欠陥機オスプレイ問題について公開質問状を防衛省に出してるけどまともな回答は出ていません。

あなた方自身の闘い
「沖縄の闘いが日本を変えるんだ」という表現をするヤマトの人達がいる。違うでしょ。あなた方自身の闘いが日本を変えるのであって、私は沖縄の闘いで精一杯です。すぐに沖縄の闘いに委ねるんじゃなくて、自らの闘いの中から沖縄の闘いと結びついていって欲しいということです。



投稿 日本を見捨てる富裕層

10・8付の『週刊ダイヤモンド』に次のような特集が組まれていた。
放射能汚染を嫌って、日本を離れようとする富裕層が増えていると言う。
「日本を見捨てる」という意味には、資産を海外に移転する、移住を試みる、というものがある。ちなみに、「富裕層」というのは、金融資産のみで1億円以上を保有している層のことを言うのだそうだ。野村総合研究所の調査(2007年)では日本全体で90万世帯、世帯数の割合でいうと1・8%に過ぎない。しかし、国内個人資産の20%強を保有していると言う。
富裕層は、放射能汚染が心配なので、できれば海外へ生活の場所を変えたいと言う。これだけなら至極当然な感覚だと思うが、では原発に対してはいかに考えているのだろうか。
この記事は、放射能汚染が心配という話が重要なポイントになっている。にもかかわらず、原発の是非に関する話がこの記事には1行も書かれていない。放射能汚染が心配と言うならば、論理的には当然原発の廃絶と来るはずだ。それにもかかわらず何の言及もないところから、この記事の編集においては、原発の廃絶にはまったく無関心であることが読み取れる。
では、原発について何も書かれていないが、これら放射能汚染が心配な富裕層は原発の廃絶が必要と考えているのだろうか。
何も書かれてはいないが、彼らは間違いなく原発の存続、再稼動は当然であり、廃絶はもってのほか、と考えているとして間違いない。富裕層が富裕になった原動力は原発の拡充を始めとするこれまでの自民党政権の政策によっているのだから。自分たちの繁栄の基になった原発を否定などするわけがない。
原発事故がなくとも、原発を稼動させるため、海外での採掘現場から始まる多くの被曝労働が存在する。これらに対して海外脱出を図る富裕層は無関心である。誰かが犠牲になっているなどということに、まったく無関心である。そして無関心であること対して、恥ずかしいと言う感覚を持ち合わせていない。
彼らの頭には、お金がないから日本で生活せざるをえない大多数の貧乏人のことなどまったく眼中にない。自分たちさえよければ、という利己主義が恥ずかしげもなく語られている。多くの人々が、放射能汚染のない世界を目指そうと原発の廃絶を訴えていることに対して、自分達だけが汚染から逃げればいいというようにしか、自分の資産を維持しようということにしか関心がない。それを恥ずかしいと思う感覚がない。
富裕層は、原発の廃絶・存続などで騒がない。その代わり、黙って自分及び家族は汚染された日本からの脱出を考えている。
対して、「在特会」が原発に賛成するのは、放射能汚染など心配無用と言うのだろうか。そんなことはない。客観的にみて、数々の調査結果は、広範囲において人体に影響を及ぼす汚染が継続していることを示している。しかも、公表されている結果は、おそらくは実際よりもはるかに控えめなものになっているものと思える。
「在特会」は、実際には自身が放射能汚染に曝されながら、放射能を安全として、原発推進を唱える。しかし、原発について実は一番積極的な富裕層は、黙って、放射能汚染を避けようと、本人、家族の日本からの脱出を画策する。
現状に不満を抱く見捨てられた者が、偽りのイデオロギーに煽動され、国家の政策に都合のいい政策(例えば原発推進)に振り回される。実際には、自身も犠牲になりながら。その一方で、権力の実体に近い部分は現実を理解しながらも、何の良心もなく自己中心的に振舞って恥じることを知らない。
「在特会」などが、原発の廃絶に反対しているが、この雑誌の記事をどう読むのだろうか。「在特会」のメンバーに聞いてみたい。(東京 読者K)

5面

「良心の自由」を守れ
学校に自由と人権を!集会

主催16団体が登壇「10・23通達を撤回せよ」(10月22日 東京都内)

03年に都教委10・23通達がだされてから8年。
10月22日、「東京の教育を変えよう! 学校に自由と人権を! 10・22集会」が都内でひらかれ343人が参加した。主催は、10・23通達関連裁判訴訟団16団体からなる集会実行委員会。
実行委員会から開会あいさつの後、講演「『君が代』裁判が問いかけるもの」をジャーナリストの斎藤貴男さんがおこなった。東京、大阪で強行されている新自由主義「教育改革」の危険性に警鐘を乱打し、教育は子どもの人権、子どもの未来のためにある、と訴えた。
休憩をはさんで、「東京・教育の自由裁判弁護団」の澤藤統一郎さんが「最高裁判決と、これからのたたかい」を提起した。個人の尊厳を国家権力から守るために憲法は存在する。憲法理念からいって、「日の丸・君が代」は、強制してはならない。都教委が03年以降強行している「君が代」処分に関する最高裁判決が、5〜7月に立て続けに出された。この一連の判決は、憲法19条(思想及び良心の自由)に反するものであるが、別の「必要性、合理性」なるものを持ち出して、厳格な審査基準もないままに、処分は合憲であると強弁している。最高裁は、自信を持って判断したのではない。大きな世論で、覆すことはできると提起した。
特別報告@「大阪府『教育基本条例』『職員基本条例』案とのたたかいの現状」を「日の丸・君が代」強制反対ホットライン大阪の井前さんがおこなった。
特別報告A「日航『整理解雇』とのたたかい」を日航不当解雇撤回裁判原告団長であり、キャビンクルーユニオン委員長の内田妙子さんがおこなった。
作家の赤川次郎さんがメッセージを寄せ、「裁判官の意見や、新聞の社説などには『問題はあるかもしれないが、これくらいのことは我慢しては』という言い方がみられます。しかし、一旦『心の中へ立ち入る』ことを許せば、次はさらに泥靴で心の中へ踏み込んでくる。それを拒むには、この一歩を拒否することです。『日の丸・君が代』の問題は決して入学式と卒業式だけのことではない」とよびかけた。

投稿 創ろう みんなの総合福祉法
日比谷公園に1万人こえる結集

10月28日、東京・日比谷野外音楽堂と周辺に、「障害者」を先頭に1万人以上が集まった。この夏、障がい者制度改革推進会議のもとにおかれた「総合福祉部会」が、障害者自立支援法にかわる新法である総合福祉法に向けた「骨格提言」を出したことを受けて、「創ろう みんなの総合福祉法を!」と題した集会。メイン会場の日比谷野外音楽堂は満杯になり、入りきれない人は近くの第2会場に集まった。
集会では、55人もの委員で構成された総合福祉部会で、立場の違いを越えて「骨格提言」をまとめた意義が強調されていた。実際、「骨格提言」の内容は、画期的と言える内容で、これを短期間にまとめたことはものすごいことだ。「障害者」の主体を軸において、「障害者」福祉の根本的な転換を打ち出している。
しかし、この提言を受けて実際の法案(来年国会提出予定)を作成しているのは、厚労省の官僚だ。厚労省は、総合福祉部会での議論の渦中で、今年2月と6月に、否定的な内容の「コメント」を出している。先日「怒りネット」がおこなった厚労省交渉〔本紙前号に投稿掲載〕でも、骨格提言では否定されている「『障害』程度区分」の認定について、これを護持する姿勢を示している。
野音での多くの発言では、この「厚労省官僚との攻防」の緊張感と決戦局面という情勢認識を打ち出すものは少なかった。大陣形を維持するために、激しい対決方針を打ち出すことが困難という一面をかいま見た。
他方、第2会場では、もっぱら現場からの発言が多く、厚労省官僚の抵抗に危機感を燃やし、運動の高揚を呼びかける発言が多かった。現場の声は切実であり、迫力がある。ここに依拠して、さらに闘いを進めることだ。
さらに運動を強めて、骨格提言の内容を反映させた総合福祉法を実現しよう。(YH)

投稿 米軍が武装ヘリで防災訓練に参加

10月29日(土)、東京都総合防災訓練(東京都、小平市、西東京市、武蔵野市、小金井市)が小金井公園をメイン会場におこなわれた。
同訓練に対し「米軍・自衛隊参加の東京都総合防災訓練に反対する実行委員会2011」が結成され、東京都及び各市当局に対し「米軍・自衛隊参加の防災訓練反対!」申入れがおこなわれ、強行された訓練への現場でも監視行動がなされた。
9月1日「防災の日」に警視庁が行った都内98カ所での大規模な交通規制、前日28日から先行して開始された「避難生活体験(宿泊)訓練」、29日当日早朝から終了までの全過程が監視され、午後の報告集会で都内―近県から結集した数十名の参加者に報告された。集会後は会場の上之原会館からJR武蔵小金井駅前を通るデモがおこなわれた。
集会での監視報告によれば、自衛隊は、東日本大震災での「活躍」を宣伝するブースの開設。軍用無線の展示、カレーの炊き出し、入浴支援、物資輸送などをおこない、米軍は陸軍(座間)、海軍(横須賀)、空軍(横田)からそれぞれ武装ヘリ各1機を出し、会場まで救援物資の食料等を空輸したということである。
特徴的なことは、@「東日本大震災では避難所に物資が届かなかった」ということで、それを課題化したことである。そのため、A自治体や消防など参加者に訓練の想定を明らかにしない「ブラインド実動訓練」が実施された点である。
大震災での自衛隊、米軍の出動を契機にして、軍隊による「救援活動」が当然視されることになり、そのことで戦争動員と統制・治安弾圧の「国民保護」体制が整備されようとしている。今後、全国でこの分野の闘いがますます重要になってくるであろう。(東京 O)

自衛隊と米軍の防災訓練参加に抗議デモ
(10月29日 東京・小金井市内)

本の紹介 「平和利用」の陥穽
武谷三男編 『原子力発電』(岩波新書)

科学史にも技術論にも縁遠く、武谷三男氏は名前を知っている程度だったが、福島原発の大事故によって、あらためて原子力をどう考えるのかを突きつけられ、本書を手にすることになった。電車内被爆者で戦後平和運動に深く関わってきた米澤鐵志氏の話を聞く機会があり、「(原水禁、反核運動のなかで)日本共産党はソ連核実験を擁護した。『平和利用は可能か』と論争があり、武谷三男門下の多くの原子力学者が『公開、民主、自主』を原則に平和利用を考える方向になった」と指摘した(『展望』第9号に収録)ことにも触発され、本書を読んだ。
私自身も60年代後半に原水禁運動に参加し、民青幹部と激しい論争になった。
「社会主義と核」は悩ましい問題を突きつけた。「ソ連の核兵器は死の灰を出さない」とは論外だが、「『社会主義』を無防備にしていいのか」ということと、「社会主義とは何か」という問題が重くあった。「社会主義と核」「人民の科学」「平和利用」「安全」と確かに重なっていたが、当時どれだけ迫れただろうか。
アイゼンハワーが「核兵器と平和利用」を言い、中曽根康弘や政府・資本が率先して日本の原子力発電推進に走ったのは、そのとおりである。しかし私たちの側にも、いくつもの無知と油断がなかったか。「推進勢力は悪」「自分たちは反対してきた」と無反省には言えない。推進、再稼動に全力をあげる勢力が確固としてあるなか、私たちは再び「安全なら」という陥穽に落とされてはならない。

安全を求める思想
本書は、日本が次々に原発を建設し始めた1970年代(76年初版)に出版され、近年は書店に在庫もなく、あまり読まれていなかったのではないか。今回の事故をうけ4月に再販された。
武谷三男氏は著名な物理学者であり、当時「進歩的研究者」の代表であった。この本にも「原水爆実験に反対する全国民的な運動に、科学的武器を与えたのは武谷三男である」と他の執筆者がふれている。いま問題になっていることは、ほとんどすべて指摘され警告されている。「原発のしくみ」「つきまとう死の灰」「厳しくなる許容量。比例(値)説、しきい値説よりも、(病気の発見など「有益」への)がまん量である」「巨大化と事故」「クローズド・システムは可能か(ここでは原発の密閉性という狭義ではなく核燃料サイクル、死の灰閉じ込めという全体)」「どうしても原子力か」と危険性をくわしくのべ、原子力発電に反対している。
しかし、序文冒頭からいきなり違和感を覚えた。「原子力利用の長い道のりは焦るほど、遠い夢になる。原子力はまだ人類の味方ではなく、恐ろしい敵なのである」「現代はいまだ原水爆時代であって原子力時代ではない」「…平和利用も不用意にやられたら、人類を滅亡にまねく」「原子力平和利用は、原水爆を克服しない限り人類のものとはならない」(序文)、「『公開、民主、自主』の3原則を守る以外に、日本の原子力の将来はない」(結び)としている。著者たちは一所懸命に危険を警告しているが、危険を言うほど、安全を求める思想が浮かぶ。
最近、「武谷三男さんに学ぶ…専門的知識やデータを持たない市民にとって武谷さんの指針は途を開く…」(『社会新報』9月21日号)という一文を目にした。そう手放しには読めない。この半年、原子力・原発本が数多く出されたが、遡って丁寧に読むべき1冊である。『展望』(前出、第9号)米澤氏講演録とともに、「反原発・反核闘争の前進のために」(青野芳洋論文)に、基本的な批判がされている。合わせて参照されたい。(俊)

6面

シリーズ 原発労働者は訴える 最終回
全国から声をあげてほしい

東京電力の恥部

東京電力の闇というか恥部を見てきたね。とくに検査は恥部を見ちゃう仕事だね。
見ていて一番見苦しかったのは、通産省の役人が立ち会いに来たとき。「こちらにどうぞ」って椅子に座らせる。東京電力の社員が3人も4人も寄ってたかって、おろし立てのヘルメットを「失礼いたします」って被せて、顎ひもまで締めてやってる。そして新しい靴を履かせてやる。本当に重要な部分に、役人でもエライさんが来るときはそうだね。
原子力のことを何も分からない役人が東京電力の適当な説明を受けて、「あー、オッケー、オッケー」。あとは仕事が終わってから接待。見ていたら本当に嫌になるね。
ああいう人たちのために俺たちがこうやってヒドイ思いをしているのかと思うと、ほんとに情けない。

ヤクザが幼稚園児に見える

俺の名前が出ちゃうとマズイね、やっぱり。ものすごい圧力が来るだろうから。
実際、消させる人間もいるからね、自殺に見せかけて。どう考えても状況的におかしいだろうというのがあるからね。すべてがグルだから。会話するにしても、何するにしても、そういうのが心の縛りになっている。
怖いよ。その辺のヤクザが幼稚園児に見えるくらい怖い。殺されないまでも、何かあったら逃げられない。佐藤栄佐久知事も逃げられなかった。プルサーマルを容認しなかっただけ。それで抹殺された。
いまでも電力会社に勤務している人間は、へたなことを言ったら自分の生活がなくなる。そうなると何も言えない。普通の会社で内部告発をして、どっかに飛ばされるというようなレベルではない。

南相馬の復興のために

――原発に批判的になったのは


それは、事故後のこと。ホールボディーカウンターの問題だ。俺は3月4月の段階で受けておかないと、将来、補償問題になったときに証拠が残らないなと思って、まず福島大学に問い合わせたら、「受け付けていません」という答え。県の放射線にかんする窓口に相談すると、あっちこっちの病院の名前を教えてはくれるけど、そこに電話をかけても全部断られる。
「なんでホールボディーカウンターを受け付けてくれないんですか」って聞いたら、「いまここに住んでいる住民は内部被ばくの可能性はないから検査する必要がない」と、全部の病院・機関が口をそろえて同じことを言う。
その後、原発近くに自宅があって事故後に帰宅したり、他の原発に移ったりした作業員が、何千人も内部被ばくしていたという報道があった。それでもう一度、同じ所に電話をかけまくった。
「何日間とか何時間しかいなかった人間があれだけ内部被ばくしているのに、何で俺らはしていないと言い切れるのか」と。そしたら、「さあ、そういう情報があるんですか」と、保安院が言ってたからね。発表したのも保安院の委員長だったんだけど。あの対応で、「ああ、もう信じられない」と思った。

――原発はこれからどうしたらいい


極左的なことを言っちゃうと、「いますぐ全原発を止めて廃炉にしろ」という論議もあるよね。でもそれは現実的には無理だろうと思う。
代替エネルギーというのを国会でどんどん進めてもらって、研究者にも、もっと効率のいい物にしてもらう。そういう中で、これくらいの物ができたら、じゃあ原子炉を何基壊せるからと順次廃炉にしていく。そういうやり方が一番いいと思う。

――南相馬については


仲間内で遊びの話で盛り上がっても、結局、最後はこういう話になって、まいったなあという話になる。
普通にこう話をしていても、家に帰れない人がいるわけ。20キロ圏内で。ふざけた話をしていても長続きがしない。どっかで引っかかっていて心の底から笑えない。

――県外の人たちへ一言


たしかに食糧や水をもって来てくれたこととか、ガレキ撤去に来てくれていることとか、すごくありがたい。ただ、南相馬市民がどんなに団結して騒いだって、たかだか何万人にすぎない。全国の人間が一斉に声をあげてくれないと国は動かない。
物資支援やガレキ撤去もあるが、それよりも国を動かしてもらう、それに力を貸してもらえるというのが、被災地にとっては復興への一番の力になるのかなと思う。(了)

投稿 「重度障害」女性への
性暴力でJR西社員に賠償命令

07年から08年にかけて、JR西日本社内で、「脳性まひ・障害1級」の「重度障害者」女性である里美さんに対する性暴力事件が起きた。その裁判(民事)の控訴審判決が、11月4日に大阪高裁で言い渡された。
判決で大阪高裁・坂本倫城裁判長は、事件を性暴力と認め、被告(上司A係長)に100万円の支払いを命じた。一審・神戸地裁龍野支部での原告全面敗訴判決を覆した。裁判長は、里美さんの4年間の一貫した主張には真実があると認定した。
しかし、最初の事件後の性的関係を性暴力と認めなかった。外形的に親しげに見えるメールだけを根拠に、恋愛関係だったというのだ。最初はレイプで始まり恋愛に発展したという信じられないストーリーを描いている。
また同時に訴えられていたJR西日本会社にたいしては、賠償の必要なしとした。「勤務時間外に起きた事件には会社の使用者責任はない」とし、また、セカンドレイプだった会社による事情聴取を「不適切だった」としながらも、違法性は問えないとした。会社のヒエラルヒーが勤務時間後も継続することを見ない、不当な判決だ。会社の門を出た後でも使用者責任はあるのだ。ましてや、「重度障害者」で、女性で、契約社員の人と、上司の関係の強制性は勤務時間と関係なく存在する。
さらにPTSDに罹病していることについては、一審での証言に出てこないなどとして、PTSDの本質に踏み込むことなく却下した。里美さんが今でもJRのロゴをみるだけで苦しくなり、JRの電車に乗れないなど、PTSDに苦しんでいることを見ない不当判決だ。
里美さんは会社の責任を問い、上告の意志を表明している。

事件の概要
里美さんは、06年に障害者雇用促進法に基づく雇用枠でJR西日本に1年単位の契約社員として採用された。最初の事件は、07年11月22日から23日にかけて起きた。22日の会社の営業のための社員旅行(かにかにツアー)の帰り、上司A係長は、スナックに来いと里美さんに命じ、酒に酔った里美さんが寝入ったところをタクシーでホテルに連れ込み、手に剃刀を持って性暴力におよんだ。
Aはその後も「しゃべったら次の契約はないぞ」と脅しながら、関係を継続することを強要した。障害者雇用促進と言っても、「重度障害者」に就職する機会などめったになく、いったん職を失えば再就職などできずに家族もろとも生活に窮することになる。Aはその弱みに付け込んだ。
それから数カ月、里美さんは一人で苦しんだ末に会社のセクハラ相談室に相談した。会社は延べ10時間も聴取したが、それは加害者Aの語ったストーリーに沿って、里美さんの証言をねじ曲げるものだった。事件をなかったことにするために、里美さんの口を封じようとしたのだ。JRの隠蔽体質のあらわれだ。それをきっかけに職場でのイジメを組織し、職場の同僚もわずかの例外を除いてイジメの側に立った。自己都合退職に追い込み、事件の跡を消すためだ。
里美さんはAと共に会社も訴えた。ところが、神戸地裁龍野支部は、10年6月、性暴力を認めず、里美さん全面敗訴の判決を下した。事件後に里美さんとAとの間で交わされたメールが親しげに見えるという外形的事象のみを取り上げて、二人は恋愛関係だったとしたのだ。
性暴力の被害者が身を守るために加害者に対して一見親しげなメールなどを送るということは、よくあることなのだそうだ。加害者に同調したふりをして誤解させた方が身を守れると思うからだ。まして、「重度障害者」の里美さんは、多くの「障害者」と同様、養護学校の教育で処世術として「『健常者』に可愛がられる『障害者』になれ」と刷り込まれていた。
性暴力事件では、このようなメールの存在が壁になることが多い。里美さんの事件でも同様で、賠償を命じた高裁判決でも、最初の事件までのメールは社員同士の親しさに過ぎないとしながら、事件後のメールは恋愛関係の親しさだと認定した。

たった一人の裁判
里美さんがたった一人で始めた裁判だった。一審の最終局面で、里美さんから「障害者」団体のホームページ掲示板に、SOSが発せられた。そこから、多くの「障害者」や女性に支援が広がり、さらに里美さん自身が関西合同労働組合に加入して、支援の輪を広げていった。
控訴審に合わせて、「里美さんの裁判を支える会」が結成され、多くの人々による支援陣形が作られていった。
支援署名は8500筆以上集まった。裁判の傍聴も毎回80人以上が集まり、裁判長は大法廷の使用に踏み切った。
たった一人で始めた裁判が、控訴審では多くの支援者が応援するまでになった。支援陣形をさらに強め、不当な高裁判決を覆す最高裁闘争の陣形を作ろう。(TM)