未来・第57号


            未来第57号目次(2010年5月18日発行)

 1面  ”人間の鎖”普天間を包囲

     市東孝雄さん(三里塚・反対同盟)不当逮捕弾劾
     団結街道閉鎖ゆるすな ただちに現地へ

 2面  豪雨はねのけ3千8百人が「普天間を撤去せよ」
     5・15沖縄県民大会(宜野湾海浜公園 野外劇場)

     人殺しの基地なくせ
     韓国・沖縄・グアム・フィリピンが国際連帯
     5・15国際連帯の集い(宜野湾市民会館)

 3面  団結街道閉鎖阻止
     緊急結集体制を宣言 5・16三里塚

     沖縄・普天間包囲に連帯する京都の集い
     沖縄県人会が動く 5・15

 4面  危険が大 不経済 核兵器に直結
     「もんじゅ」運転再開ゆるされない
     小林圭二さん(元京大原子炉実験所講師)に聞く

     「沖縄基地撤去・9条改憲阻止」の共同行動ひろがる 5・3集会

 5面  検察 証拠36点を開示
     血液反応報告書などは出さず 狭山再審

     ギリシャ危機 財政破綻の責任どこに

 6面  ――なぜ侵略とたたかえなかったのか――
     32年テーゼの背景や意図を発掘
     『展望』弟6号雑賀論文を読んで

     本の紹介 『尋問の罠―足利事件の真実』
     権力犯罪に挑み冤罪うみだす構造あばく

       

人間の鎖&%V間を包囲

大雨洪水警報の中、1万7千人で人間の鎖がおこなわれ、完全につながった(16日午後 宜野湾市役所付近)



復帰後38年目を迎えた沖縄では、「沖縄の未来は沖縄に住む自分たちの手で決める」という意志がはっきりと浮かび上がっていた。

中部7市町村が主催
5月16日、普天間基地包囲闘争に1万7千人が参加し、「人間の鎖」が基地を完全に包囲した。この日は沖縄中部に大雨・洪水警報が発令されていた。にもかかわらず、基地包囲は成功した。
5年ぶり5回目の普天間包囲は、嘉手納基地などの大規模基地が集中する沖縄中部7市町村(宜野湾、沖縄、読谷、北谷、西原、中城、北中城)の首長によるはじめての共同主催で実施された。
またこの日、伊波洋一宜野湾市長と稲嶺進名護市長は、「普天間飛行場の県内移設に反対する宜野湾市・名護市共同声明」を発表した。

宜野湾・名護市長声明
「新たな米軍基地を断固として造らせてはならない」という固い決意のもとに、「普天間飛行場の代替施設の県内移設を断念すべき」「危険な普天間飛行場は一日も早く閉鎖・返還されるべきである」。
日米両政府が「安全保障や抑止力」を理由にして県民に基地負担を強制し、住民の安全をないがしろにしていることをきびしく断罪した。
普天間飛行場をかかえる宜野湾市と新基地建設候補地・辺野古をかかえる名護市の両市長が共同して県内移設反対を声明したことの意義は重い。
普天間基地撤去と新基地建設絶対反対の沖縄県民の意志は、今年1月24日の名護市長選での新基地反対派・稲嶺進市長の誕生、その後の全会一致の県議会決議、そして4・25県民大会への9万人余の大結集によってはっきりと示されていた。
これを踏みにじって、5月4日の沖縄訪問で「県内移設」を表明した鳩山首相に対する沖縄県民の失望や落胆は大きい。しかしそれ以上に、「本土復帰」後38年が経過した現在においても、国土のわずか0・6%の面積しかない沖縄に在日米軍基地の75%を集中させ、なおも負担を強いるという日本政府の沖縄への差別にたいする深い憤りが広がっている。

沖縄の未来は沖縄が決める

15日に宜野湾海浜公園野外劇場で行われた県民大会では、「復帰から38年たっても基地の島・沖縄の現状は何ひとつ変わっていない」という怒りの声が噴出。基地撤去を求める沖縄県民の運動は、必然的に、日米安保体制の維持・強化を国の基本方針とする日本からの決別に向かって進んでいる。冒頭で述べた「沖縄の未来は沖縄が決める」という自己決定権の要求である。
「普天間問題」はいまや沖縄の問題でなくなった。本土の人民にとって日米安保体制が必要なのか否かを問う問題だ。すなわち、いま日本のすべての人民は、「日米帝国主義の立場に立って沖縄人民の自己決定権を踏みにじる」のか、それとも「沖縄人民とともに日米帝国主義の支配とたたかう」のかという、二者択一を容赦なく突きつけられている。
沖縄人民を踏みにじって、日本人民の未来はない。沖縄人民の自己決定権を支持し、本土から日米安保体制を覆していくたたかいをつくりだそう。
〔2面に5・15県民大会と、同日開催された「アジアから基地をなくそう! とり戻そう普天間 国際連帯の集い」の発言要旨〕

市東孝雄さん(三里塚・反対同盟)不当逮捕弾劾
団結街道閉鎖ゆるすな ただちに現地へ

市東さん不当逮捕の瞬間。左から2人めが市東さん(17日午後3時過ぎ 反対同盟サイトより)

現地闘争翌日の17日午後3時過ぎ、三里塚現地で、三里塚芝山連合空港反対同盟の敷地内農民・市東孝雄さんと、支援の仲間一人が不当逮捕された。
成田空港会社(NAA)が、17日午後3時頃、まだ自分の土地になってもいない団結街道に、「20日から私有地につき通行をご遠慮下さい」なる看板を立てた。こんな暴挙は許さないと、市東さんと支援が当然の抗議。ところが、それにたいし千葉県警が理由も告げずに逮捕した。
NAAと千葉県警の行為こそ、団結街道閉鎖のための襲撃、市東さんの農地強奪のため犯罪だ。
市東さんを守れ。直ちに奪還しよう。全国から成田署へ抗議の集中を。 団結街道閉鎖ゆるすな。ただちに現地にかけつけよ。5・24第3誘導路公聴会粉砕へ。〔3面に関連記事〕

2面

豪雨はねのけ3千8百人が「普天間を撤去せよ」
5・15 沖縄県民大会(宜野湾海浜公園 野外劇場)

鳩山政権に怒りのこぶし(15日午後 宜野湾海浜公園 上下とも)

居場所なくなった米軍沖縄に  伊波洋一 宜野湾市長

72年の復帰後、基地はさらに強化された。北谷町のヘリ部隊が普天間に入ってきた。90年代になるとフィリピンのクラーク基地から嘉手納に部隊が移り、その部隊の訓練場として毎日使われるようになった。これが沖縄の実態。
日本政府が歯止めをかけないから。他の国では閉鎖され、米国内でも5度にわたる閉鎖・再編が行われた。そのたびに居場所のなくなった米軍が沖縄に移駐してくる。その苦しみに、日本政府は全く無関心だ。これ以上許してはならない。

沖縄を差別する側にたつな  照屋寛徳 衆院議員

38年前の5月15日は今日以上の大雨。大雨の中で復帰の内実を糾弾する大会をやった。鳩山総理が、「5月末に普天間問題を決着をして五月晴れを迎えたい」といった。とんでもない。五月晴れどころか、県内移設という政治的暴風が吹き荒れている。
政権交代という無血革命を果たしたが、いま鳩山総理は実にだらしない。その失望と落胆は県民の大きな怒りに変わろうとしている。全国の皆さん、沖縄を差別をする側にたってはならない。私たち県民と真の連帯をして、米軍基地に反対するたたかいを全国で作っていこう。

5・23 鳩山を沖縄に入れない 山内徳信 参院議員

「沖縄返還なくして戦後は終わらない」「沖縄返還は核抜き本土並み」と誇らしげにいっていたが、核密約、基地自由使用の密約、返還の支払いは日本政府が出す。このようなまやかしの沖縄返還だった。
その延長線上にいまの鳩山総理の動きもある。「国外、少なくとも県外」といったが、回り回って辺野古に押しつけようとしている。
総理が23日沖縄を訪問したいといっているが、沖縄県民は、絶対に沖縄に入れない。話し合いをさせない。そういう決意だ。

人殺しの基地なくせ
韓国・沖縄・グアム・フィリピンが国際連帯
5・15 国際連帯の集い(宜野湾市民会館)

鳩山に怒りの炎ぶつける  安次富浩さん(ヘリ基地反対協)

04年イラク戦争で沖縄の海兵隊がファルージャを包囲し、住民を虐殺した。沖縄の海兵隊が担っていた。沖縄の基地がアメリカの侵略の発進基地として機能している。
鳩山首相が、「海兵隊の抑止力を学んだ」といってウチナンチューに基地を押しつけるのは許せない。首相に石を投げることはできないが、怒りの炎をぶつけることはできる。それが民衆の闘いであり、民主主義だ。
今の日本の現状を見るに、沖縄に負担を強いるという流れをどこかに持っている。マスコミが、日米同盟にひびが入るとかいって、私たちウチナンチューは醜いアヒルの子だと。醜いアヒルの子の結末は、白鳥として飛び立っていく。
私たちは、いずれ琉球政府のパスポートを持って飛び立ち、アジアの人びとと交流することになるかもしれない。辺野古のたたかいを通じて、沖縄の将来を、アジアとの絡みの中で考える状況にきている。

7月着工を阻止する  佐久間つとむさん(沖縄・東村高江)

この3年間、測量はされたが建設させていない。米軍は返還する代わりに新しく6つのヘリパッドを作るとしている。オスプレイを持ってこようとしている。一度作らせてしまうと、大変な危険を被るので反対。7月にも工事を始めようとしている。私たちは数が少ないので、非暴力だが、杭にしがみついて抵抗するようなことはやる。
ヤンバルは希少動物が多く生息する自然の宝庫。ヘリパッドを作ったら、ノグチゲラが安心して卵を産めない。ここで子供を育て、住んでいこうという人たちが運動を担っている。7月1日からやってくると思うが、新基地建設をとめるため協力をお願いする。

基地と支配から自由を
テリリン・フランシスコさん(グアム チャモロ・ネイション)

グアムの先住民チャモロを代表し植民地支配の現実を告発する

私たちはアメリカ市民だが、連邦政府の選挙権はない。自治も制限されている。私たちは、言葉も文化も習慣も失った。日用品の90%は輸入。輸出するものはない。
私たちの土地の3分の1を米軍が所有。米を食べるのに、耕す水田がないので、すべて輸入。
2014年までに8千人の海兵隊が沖縄から、1千人の陸軍が韓国から来る。新しく8万人(軍人・家族、建設関係者など)がグアムに入ってくる。新たに2200エーカー(東京都台東区と同じ広さ)もの土地を取る。人口増加はグアムの中で少数民族になっているチャモロの人権を脅かし、私たちの声がかき消される。
私たちは脱米軍、脱軍事主義を、自由を求めている。基地はいらない。

民衆の力が勝つ  コラソン・ファブロスさん(フィリピン 弁護士)

99年に新たな訪問協定ができて、米軍が訓練や休暇のためにフィリピンに来ている。訪問協定とたたかい、米軍を撤退させる。
私たちは92年にフィリピンから米軍を撤退させた。それはよいことだったが、その一部が沖縄に移ったことは残念。私たちはけっして米軍を沖縄や韓国に分散させようとは思っていなかった。
スービック基地の跡地ではガンなどの健康被害が出ている。有害物質が環境を汚染している。
アメリカ帝国主義の力は強大だが、私たち民衆の力はそれ以上だ。私たちが一つとなって、自分で決め、一つ一つ実行していくことが勝利につながる道だと信じている。

人殺しの飛行機落としたい  ムン・ジョンヒョンさん(韓国 牧師)

私の家は米軍基地があるグンサンにある。月曜から金曜、朝から晩まで飛行機の音が鳴り響く。この戦闘機が人を殺しに行く。人殺しに行く飛行機は撃ち落としたい衝動に駆られる。沖縄、グアム、ハワイ、米本土からきて訓練をしている。全世界で人殺しの演習をしている米軍は追い出さなければならない。これが私の意志。だから私たちはもっと頻繁に出会いを重ねていこう。
米国は、世界で自分が一番偉いと思っている。沖縄やグアムや韓国やフィリピンの人を下にみている。しかしその私たちが力を合わせれば、米国に勝てる。その日がくるまでたたかおう。

韓国見習い激しく闘おう
島田善次さん(牧師 普天間基地爆音訴訟原告団)

普天間基地撤去のたたかいは79年から始まった。私の娘が爆音でお乳を吸わなくなった。人間の住むところではないと、行政、司令官に会いに行った。
忍耐を要するたたかいだった。私が基地前に座っていると、こんな大きな基地が動くものかと笑われた。しかし、私はこの基地は必ず動くと思った。住民の中の基地など許せるはずがないから。必ず目が覚めると。
爆音やめよと裁判を起こした。わかったことは、日本政府は基地は提供するが、その運用には口出しできないと。米軍のやりたい放題。これが問題なのだ。
世界中から、肉欲の国の海兵隊を追い出したい。それが私の夢だ。私たちには金も地位もないが怒りがある。私たちはおとなしすぎる。韓国の方に見習って激しくたたかおう。物言わぬ民は滅びる。権力者が恐れているのは、物言う民だ。

3面

団結街道閉鎖阻止
緊急結集態勢を宣言 5・16 三里塚

「本日をもって、文字どおり、緊急結集態勢をただちにこの場から作り上げてほしい。反対同盟も逮捕を恐れず、身体を張って実力でたたかうことを宣言する。6月中の再度の結集をたたかい、それをバネに沖縄の9万を、この三里塚で実現しよう」。三里塚芝山連合空港反対同盟事務局次長の萩原進さんが、16日の現地闘争でこのように宣言した。
司会は鈴木謙太郎さん。萩原進事務局次長が基調報告(要旨別掲)、顧問弁護団の発言に続いて、市東孝雄さんが登壇。
「第3誘導路をつくって、いま以上の騒音で追い出しにかかる。それで屈服させようというのが向こうの狙いだ。しかしやられればやられるほど逆に『なにくそ!』っていうのが人間だ。やれるものならやってみろ」と決意表明。熾烈な攻防の中でいっそう闘志をみなぎらせていく市東さんの姿に、参加者も決意を新たにした。
また4・25沖縄県民大会に参加した市東さんは、「9万人はすごかった。あの勢いを三里塚に持ってきて、三里塚が正義のたたかいだということを明らかにしたい」と意気ごみを語った。
そして鈴木加代子さんのカンパアピール、さらに動労千葉の田中委員長、関西実行委員会の山本善偉世話人、部落解放同盟全国連合会、市東さんの農地取り上げに反対する会などのあいさつの後、デモに出発した。
デモは、清水の萩原さんの畑を出発、東峰部落の中を通り、団結街道へ。市東さん宅の前を通り過ぎると櫓が見え、「団結街道閉鎖阻止!」と大書されている。作られたばかりの団結街道の監視櫓だ。仲間が何人か梯子を上って櫓の上に。団結街道と、わん曲した誘導路が一望できる。これは市東さんの闘魂そのものだ。
デモはさらに現闘本部の前を通って、市東さんの南台の畑の前まで。反対同盟の緊急結集態勢の訴えにこたえ、6月闘争に全力で決起しよう。

市東さん宅に新たに建った団結やぐら。団結街道と、わん曲した誘導路が一望できる。写真右は関西実行委の隊列(16日 成田市天神峰)

奴らはもう打つ手がない  萩原さんの基調報告 要旨(抜粋)

あらゆる戦線で、この5〜6月、追いつめられた支配体制が、密集した反革命的な攻撃、常軌を逸した攻撃にでてきている。三里塚、沖縄、国鉄、労働者全体がそうだ。この5〜6月のたたかいが勝負を決する。
三里塚は、2〜3月のたたかいを戦闘的攻勢的にたたかぬいて、第3誘導路計画や団結街道廃道攻撃といった攻撃を引っ張り出した。
もうこれ以上のやり方はない。敵はわれわれを爆撃するしかないところにきている。奴らはもう打つ手がない。
だからわれわれは、それをひきずり出して、これを叩いて叩いて叩きつぶしていく。たたかいぬいて、ともに土手に転げ落ちても、彼らに飛びついてしがみついて、われわれが生き延びていく。そういうたたかいをするならば必ず勝つ。
そういう情勢を迎えている。そのために、いまたたかわずしていつたたかうのかと訴えたい。三里塚が、そういう情勢を迎えている。だから臨戦態勢に入ると宣言した。

沖縄・普天間包囲に連帯する京都の集い
沖縄県人会が動く 5・15

「京都で県人会ができて24年。交流・親睦を中心とする県人会が、はじめて基地問題をとり上げて集会を実現することができた。しかも近畿各県から郷友会・県人会が一堂に会して沖縄の実情を訴えるのは、これまでの県人会の歴史にあっただろうかと思うほどの出来事だ」(京都沖縄県人会会長 大湾宗則さん)
普天間包囲の前日、現地と連帯して、京都沖縄県人会が呼びかける京都集会が開かれ、250人が参加した。京都沖縄県人会、大阪沖縄県人会連合会、奈良沖縄県人会、近畿八重山郷友会、関西地区読谷郷友会、そして京都九州各県人会連絡協議会の各代表がそろって登壇。島ぐるみ闘争のうねりを本土とつなぐ要として、在本土の人びとが決起を開始した。
集会は二部構成で、第1部は、心に響く三線や島唄。また基地問題の映像上映。第2部は、主催者を代表して反戦・反貧困・反差別共同行動(きょうと)世話人の新開純也さんが、「鳩山の公約反故を許しているのは本土のたたかいの不十分さ。『鳩山は公約を守れ』と突きつけ、本土で沖縄と連帯したたたかいを」と訴えた。つづいて各県人会が発言〔要旨別掲〕。さらに伊波洋一宜野湾市長と稲嶺進名護市長の連帯メッセージを代読。連帯あいさつ、集会決議、最後にエイサーで集会をしめくくった。

関西の沖縄県人会・郷友会がそろい踏み。発言は奈良沖縄県人会の崎浜さん(15日 ウイングス京都)

「沖縄に基地おしつけるな」と訴え四条通をピースウォーク。写真中央は京都沖縄県人会会長の大湾さん(15日 京都市内)

大阪沖縄県人会連合会  会長 嘉手川重義さん

県人会は政治的に動くことはほとんどない。だがそんなことを言っておれないので参加した。
「基地をヤマトにもっていってくれ」とは、思っていても言わなかった。基地被害の大変さを知っているから。
ところが本土の人の中には、「基地の問題は自分たちの問題ではない」という人がいる。沖縄の基地による厳しい現実を知らなさすぎる。国民全体で解決してほしい。世界一危険な基地を早く本土に引きとってくれ――これはお願いではない。引きとれといいたい。

奈良沖縄県人会  副会長 崎浜盛喜さん

私は普天間高校の出身。軍用ヘリが校舎スレスレに飛んで、授業ができないどころか命の危険にさらされるような高校生活だった。
私の故郷の名前が基地に使われている。沖縄戦で、100人ほどが隠れていたガマに、米軍がガス弾を投げ込んで虐殺した。その上にキャンプ瑞慶覧がある。
キャンプシュワブのシュワブとは、沖縄戦で勇猛果敢に戦ったという米兵の名。彼らは、自分たちが戦いとった領土だとして占領を続けている。
戦後65年ずっと米軍の暴虐の中の生活を強いられている。しかしもう我慢の限界だ。
政府は、沖縄戦と同じように沖縄を犠牲にして、日米同盟を強化しようとしている。私たちは、これ以上、本土と安保の犠牲にはならない。自民党に杭一本打たせなかったのに、民主党にできるわけがない。辺野古に杭は一本も打たせない。

近畿八重山郷友会  会長 東民雄さん

鳩山首相の言動は沖縄の人間を愚弄するものだ。基地を一日も早くなくしていきたい。

関西地区読谷郷友会  会長 平安名常徳さん

私は小学校5年生まで石川市(現うるま市)にいた。宮森小に戦闘機が墜落し生徒11人を含む17人が犠牲に(59年6月)。子どもたちは、火だるまになり、熱いよ熱いよと叫び、校庭を駆けずり回って死んでいった。1年生はその光景の恐ろしさに助けることもできなかった。そのことで50数年たった今も苦しみつづけている人がいる。
大阪の橋本知事が、基地機能の一部を関西にと発言した。知事の常識を疑う。住民の生命と財産・安全を守るのが自治体の長ではないのか。「安全保障のために住民の犠牲やむなし」というなら沖縄戦と同じだ。
基地機能の本土移転は、普天間の危険を日本全土にばら撒くことだ。それは日本全土の沖縄化だ。ともにたたかおう。

京都九州各県人会連絡協議会  会長 杉山利秀さん

長い間苦しんできた沖縄の同胞とともにがんばる。

京都沖縄県人会  会長 大湾宗則さん

沖縄は長い間、頑張ってきたが、沖縄の人口は日本全体の1%に過ぎない。沖縄が思いっきり団結しても1%だ。
鳩山の公約反故は許せないが、1億3千万の中で、鳩山があんな発言をできない状況を作り得ていれば――そう思うと、本土にいる者がもっと頑張らねばと思う。
沖縄の運動がどこまで到達しているのか。
ワジワジーという方言がある。怒り、悲しみ、裏切られたことの悔しさ、心がしめつけられる苦しさをあらわす。
自主権を使えなかった沖縄の人たちが、あきらめねばならないのか、あきらめてはならないのかと自問する気持ち。薩摩が武力侵攻して、何ごとも薩摩の許可なくしてやれない。以来400年間、ワジワジーした状態に置かれてきた。
しかし、いま、沖縄は、主権者として自分たちが頑張れば切りひらけるのだということを実証して見せた。それが、辺野古のたたかいを背景に、名護市長選で、辺野古の海に基地を作らせないという稲嶺さんが勝ったことだ。6年前、オジイ、オバアが座り込んで、支援が駆けつけて、一本の杭も打たせなかった。そして名護市長選で勝った。
しかも稲嶺市長は、米軍再編交付金と手を切ると言い切った。新しいたたかいの息吹だ。沖縄はもうお金で顔をはたかれてひっくり返るようなことはない。
1億3千万人の中で沖縄県人会は、故郷の人びとと手を握って訴えつづけていきたい。

4面

危険が大 不経済 核兵器に直結
「もんじゅ」運転再開ゆるされない
小林圭二さん(元京大原子炉実験所講師)に聞く

高速増殖炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)の運転再開が今月6日に強行された。再開されるや故障が相次いでいる。「もんじゅ」問題の第一人者である元京大原子炉実験所講師の小林圭二さんにうかがった。〔編集委員会〕


――再処理工場の問題性は

小林圭二さん
再処理工場は、原発の使用済燃料を化学薬品で溶かし、その中からプルトニウムを分離し取り出す工場です。取り出したプルトニウムを高速増殖炉の燃料にするためのもので、決して使用済燃料を処理・処分するための工場ではありません。
再処理工場の問題点は、危険性と核兵器物質の製造行為そのものだということです。
危険性では、日常的に環境へ垂れ流す放射性物質の量が原発より桁違いに多く、1日に垂れ流す量は福井県大飯原発1基が1年間に出す量とほぼ同じです。
事故としては1999年のJCO事故のような臨界事故が起こりやすいことおよび、レッドオイルと呼ばれる爆発しやすい物質ができやすく、旧ソ連のウラルの核惨事のように爆発によって大量の放射性物質がばらまかれ、環境を広くかつ強く汚染させ、人びとを長期にわたって被ばくさせる危険があります。

――「もんじゅ」そのものの問題性は

「もんじゅ」の冷却系の概念図。右側の「水・蒸気系」の配管内は水・水蒸気だが、「一次冷却系」「二次冷却系」(濃い灰色と薄い灰色)には、危険な液体ナトリウムが使われている
「もんじゅ」の問題点は、@危険性が大きい、A経済的に成り立たない、B核兵器製造に直結する、の3点にまとめられます。
危険性は、炉の性質が暴走しやすく、水と爆発的に反応し空気に触れると燃える危険物の液体ナトリウムを冷却材に使い、地震に弱く、燃料は放射能毒性の強いプルトニウムを使うことです。いずれも今の原発(軽水炉)にはない危険性です。このように危険が大きく多種多様に渡るため、安全対策の装置や運転にお金がかかりすぎ、経済的にも成り立ちません。
また、燃料の周囲を囲むブランケットでは、核兵器に極めて適した超核兵器級プルトニウムが作られ、使用済燃料とちがい再処理が極めて容易です。さながら核兵器製造工場です。

――故障が頻発しているのはなぜですか。うまくいく見通しは

「もんじゅ」は1995年の事故後、14年5カ月にわたり停止していました。その間に機器や材料の老朽化が進みましたが、点検できない個所が数多く残されていること、点検終了後にも数多くの点検漏れが偶然見つかるなど職員の能力不足や組織の欠陥が改善されていないこと、長期の停止中に経験者が退職等で5分の1にへってしまったこと、などが故障頻発の直接の原因になっています。
しかし、そもそも安全対策があまりに大がかりで複雑を極めているため、「もんじゅ」はとても人の手に負える代物ではありません。したがって、今後もうまくいく見通しはありません。それは「もんじゅ」に限ったことではなく、先行していた欧米各国でも同じでした。だからこそ米英仏独各国は高速増殖炉開発から手を引いたのです。そのことが、うまくいく見通しのないことを示しています。

――なぜ再開を強行するのですか

日本は、当初から高速増殖炉を原子力開発の中心に据えてきました。政府は、主要国がすべて撤退したのに「もんじゅ」事故後も高速増殖炉開発政策を見直しませんでした。原子力政策を実質的に作ってきたのは担当官庁の科学技術庁(現在、文部科学省に合体)ですが、日本では、官庁が自分の政策を変えることは決してありませんでした。
新政権の「事業仕分け」でも、「もんじゅ」見直しとされながら、内閣の政治判断で再開と結論されてしまいました。
「もんじゅ」の再開をのぞむのは、第一に、やめれば自身の存在理由を失う、あるいは大きく減ずる担当官庁であり、第二に、それにつけ込み地域振興や利益誘導の切り札に使おうと目論む立地自治体、第三に、高速増殖炉開発をやめれば崩壊する原子力学界、第四に、高速増殖炉開発継続によって仕事を得られる原子力メーカーです。電力会社は、口では高速増殖炉開発を言ってますが、本音は迷惑施設と考えているでしょう。
彼らは、「もんじゅ」をやめると高速増殖炉開発は途絶え、二度と再起は困難と考えているでしょう。そうなると、プルトニウムは要らなくなり、それを取り出す再処理工場もいらなくなります。あげくの果て、軽水炉の使用済燃料も“資源”ではなくなりやっかいな核のゴミでしかなくなります。そんなものを引き受けるところはないでしょうから、使用済燃料の行き先がなくなり、軽水炉の運転にも悪影響を与えかねません。
以上のような危機感の下で原子力の産官学が固く結束し、運転再開にもっていったと考えられます。さらに、底辺には、日本が必要あらばいつでも核武装できる潜在力を維持し続けるねらいが隠されているでしょう。
高速増殖炉は将来も実現する可能性が極めて乏しいことは明白ですが、それでも、先行各国の例に見るように、政治的判断がなされなければ中止にいたりません。今回の政権交代が好機だったのですが、現政権は「事業仕分け」の対象にしながらその結果を無視して再開を決めてしまいました。

――これからの課題は

「もんじゅ」が運転再開すると必ず事故を起こします。前に述べたように、すでにその兆候が現れています。それがもし大事故につながれば、チェルノブイリ原発事故の再現となるでしょう。まず、危険性から「もんじゅ」の運転をただちにやめ、廃炉にすべきです。
高速増殖炉開発を推進する立場からも、「もんじゅ」は必要のないものになっています。「もんじゅ」の経済性が悪い(軽水炉の5倍高価)ため、現在描かれている実用炉像は、「もんじゅ」とは似てもにつかぬ型に変更されています。実用化を目指すはずの「もんじゅ」の役割は失われ、動かすだけ無駄です。運転と維持だけに毎年200億円以上(1日約5500万円)の税金投入が必要になる無駄使いはやめるべきです。
超核兵器級プルトニウムが容易にできる「もんじゅ」の運転は、世界の国々に核への恐怖を与えます。一方、核武装をしたい国にとっては格好のお手本となるでしょう。国際的な道義としても、「もんじゅ」の運転は許されません。

「沖縄基地撤去・9条改憲阻止」の共同行動ひろがる
大阪 5・3集会

冒頭、9条改憲阻止の会・関西代表の小川登さんからたたかいの意義が簡潔に提起された。つづいて、名護市議会議員で、辺野古新基地建設に体をはってたたかってきた東恩納琢磨さんの「名護市民投票から市長選挙勝利の地平」と題する講演があった。

名護に生きたたかう

東恩納さんは、97年名護市民投票の際に、このままでは、自分は基地建設に手を染めることになるからと、建設業の仕事をやめ、生活とたたかいを一体でたたかってきた思いを、静かな口調で語った。
地元住民の意志は辺野古新基地に反対だということが、市民投票で明らかになったにもかかわらず、その後、「振興策」と引きかえに基地容認の市長が選ばれ、新基地建設計画が推進されてきた。この13年、名護と沖縄北部はこの基地建設・北部振興策に翻弄されてきた。
しかし、今年1月の市長選では心を一つにして勝利し、「基地はいらない」という民意を確定できた。
9万人を集めた4・25県民大会の意志を体現して上京した沖縄代表団との面会を拒否した鳩山首相が、5月4日に訪沖するというが、何のための訪問か。稲嶺名護市長は、密室ではなく市民とともに会う。
海兵隊はアメリカ市民を救う軍隊で、抑止力ではない。これから生まれてくる子どもたちのためにも、私たちがちゃんとしなくてはならない。

さまざまな運動から

集会の後半は、団体・個人からアピールがおこなわれた。
「辺野古に基地を絶対作らせない大阪行動」から「大阪駅前の宣伝行動が3百回をこえた」と報告。集会よびかけ人の小林圭二さんが「もんじゅ」の運転再開強行を弾劾。排外主義と対決し日本軍「慰安婦」問題解決のためにたたかう「水曜デモ」の仲間から発言。排外主義を許さない5・30関西集会実行委員会からのアピール。門真三中「君が代」処分をただす会、釜ケ崎日雇労働組合、全日建連帯労組関西地区生コン支部。最後に実行委員会のまとめとインターナショナルの斉唱でしめくくり、デモに出発。 多数のプラカード、メッセージボードを手に、元気よく大阪駅前までデモ行進をおこなった。 〔労働者通信員 M〕

東恩納さん(左端)とともに大阪市内をデモ(3日)

5面

検察 証拠36点を開示
血液反応報告書などは出さず 狭山再審

狭山事件第三次再審請求審の3者協議が5月13日、東京高裁(岡田雄一裁判長)であり、検察が、証拠36点を弁護側に開示した。証拠開示がおこなわれたのは第2次再審請求審中の88年9月以来22年ぶりだ。
開示された証拠は、

・石川さんが取調べにたいし「自白」する内容を録音したテープ9本
・証拠の一つとされた脅迫状と比較するための石川さんの直筆の領収書などの文書
・目撃情報が記された報告書など。

しかし殺害現場の血液反応報告書や、現場を撮影した8ミリフィルムなどは、「見当たらない」などとして開示されていない。
記者会見で弁護団は、「開示された証拠から矛盾点を見いだし、一刻も早く再審開始につなげたい」と話し、石川さんは、「まだ隠している証拠があるはず。一日も早く証人尋問などの事実調べをして、再審決定を出してほしい」と述べた。
(なお、4回目の3者協議は、9月中旬におこなうことが決まった。)

まだ隠している証拠
昨年12月の高裁による「証拠開示勧告」と、今回の検察による「証拠開示」の実現で、さらに一歩、再審開始にむかって前進した。
昨年来の石川さんの渾身の決起と、それにこたえてたたかう部落解放同盟全国連合会をはじめとする狭山闘争をたたかう人びとの成果だ。
しかし力をぬいてはならない。弁護団や石川さんが記者会見で訴えているように、「再審開始につなげ」なくてはならない。「まだ隠している証拠」を出させなくてはならない。そして「一日も早く再審決定を」出させなくてはならない。

霞ヶ関に3千人 12日
3者協議の前日、12日、霞ヶ関一帯はかつてない熱気に包まれた。全国連をはじめとする狭山闘争をたたかう団体、市民、労働者およそ3千人が、東京高裁と東京高検にたいし「証拠を開示せよ」「再審を開始せよ」の声をたたきつけた。
全国連と、たたかう仲間は早朝から決起、高裁前では石川さん夫妻や、埼玉の仲間、徳島からかけつけた住民の会の仲間と交歓。要請団の代表が高裁建物にはいってからも、外から差別裁判糾弾のコールを続け、高裁の内外でたたかった。
高検では担当の山口検察官にたいし厳しく詰めよった。

東京高裁包囲デモに出発する全国連と共闘の仲間(12日 都内)

5・23狭山全国統一行動へ

13日の「証拠開示」はこのような大きなうねりの中でかちとられた。
1963年5月23日、無実の部落青年・石川一雄さんは、狭山事件の犯人として不当逮捕された。以来、「誘拐殺人犯」の汚名をきせられたまま47年になる。その悔しさ、憤りはいかばかりか。
しかも、部落差別による予断と偏見のみが「犯人」とした論拠なのだ。
「狭山事件」は、まぎれもない権力による差別犯罪だ。しかしそれは同時に、そのような差別犯罪をいまだに許し、差別社会を支えているわれわれの「犯罪」ではないのか。
部落問題とは差別する側の問題なのだということを、いま一度問い直す必要がある。全国連や部落大衆、なによりも石川さんの糾弾をそのようにとらえることから、われわれのたたかいは始まる。
「証拠開示」情勢で狭山闘争は新しい段階にはいった。「5・23狭山全国統一行動」が、全国連から呼びかけられている。これにこたえ全力で取り組もう。

ギリシャ危機 財政破綻の責任どこに

世界恐慌情勢のなかで、ギリシャの国家経済が破綻的危機を迎え、ギリシャ国会が財政再建のための法案を通した。
これに抗議して、「ギリシャ公務員連合・ADEDY」と民間企業労組連合組織「ギリシャ労働総同盟・GSEE」などが12日にゼネストをうち、20日にも再度決起を呼びかけている。

世界恐慌の深化

今世紀に入って08年まで、統一通貨ユーロのもとで、ギリシャ経済は年平均4%程度の成長をつづけて順調にみえた。
しかし、08年金融恐慌と、その前の右派政権によるユーロ加盟のための公的債務隠し(注)が露呈して信用が崩壊。10年物の国債利回りが10%をこえた。ギリシャがかかえる負債残高は、GDPの1・1倍以上の2970億ユーロ(約35兆円)だという。
ポルトガルやスペインなど財政赤字をかかえる国の国債まで金利があがりはじめ、ユーロそれじたいの信用にもかかわる事態となっている。
その結果、全世界で同時株安となるなど、世界恐慌情勢がいっそう落ち込む危険性が叫ばれ、日本の財政赤字問題にまで波及しようとしている。
(注)公的債務が対GDP比で3%以下というユーロ加盟条件をクリアするため、今や13%にもなっている累積債務を長年隠しつづけてきた。政権が中道左派に代わって実態が暴露された。

歳出削減と増税

これにたいし、5月19日の国債償還期限を前に、独仏をはじめとするEUとIMFが、3年間に合計14兆円規模の支援を決定。EUが加盟国支援をするのは初めて。IMFにとっても過去最大の支援額となる。
これ以外に、EUは、今後の破綻国のためにと、13兆円規模の「欧州安定化メカニズム(ユーロ防衛基金)」創設まで決定した。
この緊急支援の見返りに、中道左派政権(全ギリシャ社会主義運動・PASOK)がIMFに約束させられた条件とは、厳しい歳出削減と増税を組み合わせた財政再建策。公務員削減や賞与廃止、付加価値税増税などの緊縮策関連法が6日に成立した。
これはいわばワシントン・コンセンサスのEU版だ。現状でもギリシャの所得水準は、欧州主要国の6割程度。それにたいして、いっそうの強搾取と労働運動への統制、人民にたいする増税攻撃、年金支給を遅らせるなどの福祉切り捨てが強行される。
それを中道左派政権にやらせるというものだ。

独仏資本の餌食に

マスコミは、脱税とストライキが元凶のように宣伝しているが、この国家財政破綻の責任はどこにあるのか。
ギリシャの財政赤字は今次の恐慌にはじまったものではない。
独仏帝国主義は、対米対抗的に勢力圏拡大をねらい、ソ連を封じ、かつ、中東につながる要衝として、81年、ギリシャをECに取りこんだ。ギリシャは海運力利用と武器輸出先として、独仏資本の餌食とされてきた。
それ以来、積み重なってきた債務は、EUへの信用と高利回りをめあてに、独仏とスイスの金融資本が同国債を買い込んできたものだ。今回のEUとIMFによる支援は、ギリシャ国民への支援ではなく、すべてこれらハゲタカ資本に支払われる。
また、産業資本家たちは、80年代からEC域内で相対的に労働コストの低いイタリアやスペイン、ポルトガルに生産移転をはじめ、EU指令で統一労働基準が広がるのを嫌い、90年代から域外のポーランドなど東欧に進出し、EU加盟が拡大するとトルコやウクライナに移転している。そうすることで低賃金労働力の確保と労働運動の忌避をつづけてきたのだ。
ギリシャとともにPIGSと呼ばれて国家財政の危機が問題とされているイタリア、スペイン、ポルトガルは、ギリシャとともに、独仏帝国主義の踏み台として使い捨てられてきた地域だといえる(ただし、帝国主義国であるイタリアは特殊な位置にある)。
恐慌下で超緊縮財政を強要し、労働者に犠牲転嫁する攻撃には、正当性も合理性もない。

新自由主義との対決

ユーロ圏に入ったがために独自の金融政策をとれないギリシャ政府は、年2回の年金特別給付金廃止や、女性の受給年齢を男性と同じ65歳に引き上げる年金制度改悪を準備して、帝国主義の先兵となっている。
労働者は、年金受給額が平均30%も減額されることにたいして反発を強めている。社共的勢力に加えて戦闘的左翼も一定の勢力をもっているギリシャは新自由主義攻撃とのたたかいの最前線となり、火ぶたが切られているのだ。(あ)

6面

――なぜ侵略とたたかえなかったのか――
32年テーゼの背景や意図を発掘
『展望』第6号 雑賀論文を読んで

「日本共産党・32テーゼと全協の〈天皇制打倒〉綱領」(『展望』第6号)は、『展望』『未来』に雑賀一喜さんが寄稿した一連の戦前運動史研究の一里塚。日本共産党の32年テーゼ=天皇制打倒綱領とその「実践」を事実に即して分析、批判している。
党や綱領を研究する場合、特定の党派や個人ではなく、階級の歴史的経験をとおして検証することが重要だ。革命的蜂起はもちろん、争議やストライキ、権力や反革命との内乱や自衛武装、閉塞的な状況での地下水脈的な組織化などの膨大な経験なしに「人民革命」は成功しないからだ。
雑賀論文では、天皇制とロシア・ツァーリズムの比較に、その視点が生かされている。

生硬な戦術

戦前のたたかいでは、30年秋、東洋モスリン亀戸工場ストライキの教訓が豊かに語られ、それとの関係で、工場代表者会議、「革命的反対派」戦術、反失業闘争、「米よこせ闘争」などが紹介されている。
日本共産党の生硬な戦術が、〈ぶっかき〉〈囲い込み〉〈引き回し〉として批判されている。
「記念日闘争」「カレンダー闘争」といわれる街頭カンパニアに終始したこと、「満州事変」にたいする反戦闘争では、ソ連防衛に解消する待機主義的日和見主義が暴露されている。

スターリンの狙い

戦前日本共産党の「綱領」については、各国共産党の綱領策定の基準となったコミンテルン第6回大会の「世界綱領」と、日本共産党の31年テーゼ、32年テーゼをとりあげている。成立の背景や意図について、重要な発掘がある。
31年テーゼについて、たんに「プロレタリア革命」論になったからいいといった単純な問題ではないことを学んだ。
32年テーゼの「天皇制打倒」綱領と、日本共産党の「反天皇制」闘争の批判が、雑賀論文の白眉だ。32年テーゼで「天皇制打倒」をはじめて戦略目標に掲げたのは、スターリンが、日本軍の後方撹乱のために小作争議に目をつけた結果であることを、初めて知った。
天皇制について、政治権力の相対的自立性をとらえながらも、「絶対主義」と規定した問題性や、「機構」だけしか見ず、「共同体の家長」とする虚偽のイデオロギーを見なかったことを、「革命の主体たるべき労働者人民との関係性においてとらえようとしない」からだと批判している。卓見と思う。
全協の「戯画的『実践』」、「伝導ベルト」.論に表される「党と労働組合の関係」のとらえ方、女性・被差別部落民・在日朝鮮人民のたたかいを、「社会主義」に比べて次元の低いものとして切り捨てたことなどが、この「天皇制打倒」綱領の実践的批判として展開されている。
30年代への「らせん的回帰」として、新自由主義攻撃の全面化とその破綻が問われ、ソ連崩壊によって社会主義・共産主義像の再構築が必須の課題となっている今日、もっとも学ぶべき点と考える。

転向と綱領

最後に、革命党にとって命のかかる裁判闘争や転向の研究を、32テーゼと「天皇制打倒」綱領との関係でおこなっている。
スターリン主義の敗北と破綻を内から批判し、のりこえていくうえで、この部分はもっとも重要だ。戦前の日本共産党が「天皇制打倒」を掲げながら、その実、天皇制とたたかうことができなかったことは、日本の革命運動にとって深刻かつ重大な問題だ。
32年テーゼの内容と作成過程を反面教師とした、「綱領はいかに作成されるべきか」の5点の指標は、わが革命的共産主義者同盟再建協議会にとって実践的な綱領を確立するとき、必須の視点が提起されている。

30年代ドイツの教訓

なお「社会ファシズム」論にたいする批判が、左翼社民を主要打撃の対象としたことだけを批判する「人民戦線万歳」的にならないためには、次のような歴史的事実をおさえておく必要があるのではないか。雑賀さんのスターリン主義批判を主体的に受けとめるために指摘しておきたい。
1930年代のコミンテルンとドイツ共産党(KPD)が「社会ファシズム」論におちいった背景には、帝国主義各国、とくにドイツ帝国主義との関係を悪化させたくないスターリンの思惑があった。
そのためにとくにドイツでは国家権力との激突を回避、ついには、KPDがプロイセンの社民党政府を打倒するために、ナチスと共闘するところまで行きついた。
また当時のドイツの国内では、組織労働者に依拠する社会民主党(SPD)にたいして、失業者の党・KPDと、没落する新旧中間層に加えて一部は労働者を基盤としたナチスとの公然たる「共闘」関係が成立していた。イデオロギー的にも、「ベルサイユ体制打倒」「ドイツの民族的解放」を掲げる点で、KPDとナチスには共通性があった。民族主義・排外主義との闘争が革命党の試金石となるという教訓だ。(野沢 健)

本の紹介 『尋問の罠―足利事件の真実』
権力犯罪に挑み冤罪うみだす構造あばく

『尋問の罠』を読んで衝撃を受けた。足利事件の冤罪被害者・菅家利和さんと、二審から弁護を担当した弁護士・佐藤博史さんの共著。
「足利事件―DNA再鑑定へ」という見出しが新聞に踊った08年10月16日のわずか12日後、「飯塚事件」の犯人とされた久間三千年さんが死刑を執行された。
「飯塚事件」とは、足利事件の1年9カ月後の1992年、福岡県飯塚市で起こった二幼女誘拐殺人事件。
久間さんは、一貫して無実を訴えていたが、科警研のDNA鑑定により有罪とされたという。足利事件に続き、飯塚事件でも科警研の誤鑑定が暴露されれば自分の首がとぶ――法務省と検察庁はこのことを恐れたのだ。
筆者の佐藤弁護士は、「完全にブレーキの利かない殺人マシーンとなっている」とこれを断罪している。
足利事件の再審決定においても、科警研の誤鑑定を暴露した本田克也筑波大学教授の新鑑定は不問にふされたままだという。「自白」と辻褄が合わない目撃証言をもみ消すなど、警察・検察のでっちあげはすさまじい。ひとえに自己保身のためである。
しかし、さらに驚くべきは、証拠調べひとつせず、彼らの権威に遠慮し、屈従してきた裁判所というもののふがいなさだ。裁判所の秤は、裁判官の良心によって揺れるものでは決してない。正義を実現できるのは権力に拮抗する人びとのたたかいのみだ。
権力犯罪に挑み、冤罪を生み出す構造を暴露するたたかいを切り開いた菅谷さんたちに心から連帯したい。
狭山再審の扉がこじ開けられようとしている。東京高検による証拠隠しを徹底糾弾し、全証拠を明るみに出すために、石川さんと共にたちあがろう。(NN)

『尋問の罠―足利事件の真実』

菅家利和(足利事件冤罪被害者)/佐藤博史(弁護士)共著
角川書店(角川oneテーマ21 新書版)09年9月刊 705円+税
《 目 次 》
第一章 私はなぜ、虚偽の自白に追い込まれたのか ―菅家利和
第二章 「足利事件」とはどのような事件だったのか ―佐藤博史
第三章 私はやってない!獄中から家族に宛てた手紙 ―菅家利和
第四章 弁護人、検察官、裁判官はなぜ無罪を見抜けなかったのか ―佐藤博史
第五章 DNA鑑定までの長い道のり ―佐藤博史
第六章 釈放後の思い 「私の十七年を返してほしい!」 ―菅家利和
第七章 裁判所は真実を闇に葬るつもりなのか ―佐藤博史