八 総力あげてベトナム・日韓をたたかいぬこう
 
 
 六五年二・七のアメリカによる北ベトナム爆撃(北爆)はベトナム侵略戦争の決定的拡大を意味すると同時に、米本国をはじめ全世界にベトナム侵略戦争反対の怒りの渦を巻きおこした。日本においてもベトナム・日韓のたたかいが日本階級闘争の戦闘的高揚、大衆的拡大の推進軸となり、総評、中立労連、社会党に社青同、都学連を加えた「四・二六国民総決起集会」(日比谷)――米大使館前坐りこみデモには、じつに五万余の労働者人民・学生が決起した。本稿は、そうしたあらたな高揚局面を前に発せられた緊急アピールである。発表時署名は革共同全国委員会・政治局。
 
 ベトナム侵略戦争は日に日に深刻の度を加えている。
 アメリカ帝国主義は、南ベトナムにおける植民地支配の失敗をとりもどそうとして、ますますその植民地戦争を凶暴化し、冒険主義的な策動を拡大している。だが、アメリカ帝国主義のこのような侵略と抑圧の政策は、ベトナム人民の抵抗闘争をいっそう不動のものとするとともに、全世界の労働者人民の内部に巨大な憤激をひきおこすだけである。
 アメリカ本国では黒人解放運動の高揚と結合してベトナム出兵反対の大行動がおこっており、ベトナム政策を再検討しろという声がジョンソン当選の左翼的(中間的)支柱をなした知識人のあ小だにもまきおこっている。このようなアメリカにおける反戦・反植民地闘争の成長は、五〇年――五三年の朝鮮戦争当時の米国内世論の動向とは明確な変化を示している。過日のジョンソン声明は、アメリカ内外の反戦・反植民地闘争の発展に混乱をもちこみ、残忍きわまる植民地戦争による一定の軍事的勝利を確保し、植民地支配の再確立という政治的勝利を確保しようとするものである。
 いまや、ベトナム人民と連帯し、ベトナム侵略戦争反対の国際的な反戦・反植民地闘争を展開することは、全世界人民の共同の責務である。とりわけアメリカ極東戦略の中枢であり、兵たん基地である日本でのたたかいは、世界帝国主義反動の心臓部であるアメリカでのたたかいとともに、きわめて重大である。いわゆる「義勇軍」問題は、この核心的課題を無視し、ベトナムでの限定的戦争によって解決しようとする反労働者的、反人民的な官僚的政策である。
 日本帝国主義の支持を保障としてはじめて東南アジアにおけるアメリカ帝国主義の植民地支配は可能なのである。したがって日本における米大使館抗議デモを突破口とする反戦・反植民地闘争の前進は、ベトナム侵略戦争を阻止しベトナム人民の勝利を不動のものとするばかりでなく、アジア・全体の政治的局面を根底的に転換する決定的鍵をなしている。
 だが、日本におけるベトナム侵略戦争反対闘争の現状はどうだろうか。
 たしかに総評を中心として数多くのベトナム侵略戦争反対の抗議行動がたたかわれてきた。その先頭には疑いもなく昨年の原潜闘争のなかで登場した戦闘的労働者がたっている。
 しかしながら、対決点なき政治行動という既成左翼のカンパニア主義は、集会に結集した戦闘的労働者のエネルギーを無意味に消費し、労働者人民大衆に内在するベトナム侵略戦争への怒りを行動に組織する実感的バネを解体している。日本共産党の腐敗した官僚どもは、中国共産党に追随して、口先ではモスクワ留学生デモを賛美しながらも、実際には「警視庁の不許可」を理由に大使館デモを放棄し、そのうえ総評系デモへの参加すら抑えて参院選挙に没頭している。
 だが問題は総評=社会党、日共などの既成の公認指導部の政策にあるだけではない。まさに問題は、このような既成左翼の停滞を突破すべき任務を担っている革命的左翼が、ベトナム侵略戦争反対闘争の明確な戦術的展望をうちだしえないでいた点にあるのだ。
 われわれは、日本におけるベトナム侵略戦争反対闘争の停滞を自分自身の問題として反省し、事態の根本的な局面転換をはかるために総力をあげてたたかわねばならない。対決点なき政治行動という危険をまずわれわれの内部から徹底的に克服し、当面する行動の突破口として、明確に「米大使館すわりこみ」闘争を提起しなければならない。総評――中立労連を中心とする四月二〇日、四月二六日の統一行動の戦闘化のために十全な処置をとるとともに、四月二八日の都学連の大使館前すわりこみデモを労働者大衆の圧倒的な支援状況のもとで大衆的にかちとれるよう援助せねばならない。
 四月一三日の鉄鋼労連の統一ストは、春闘情勢に決定的に新しい局面をきりひらきはじめている。他方、ILO批准と関係国内法改悪をめぐる闘争は全電通近畿地本執行部の全員退社にみられるように既得権放棄と幹部だけの労働運動の危険を増大させるとともに、法改悪をまたず、すでにその攻撃は国公・地公の仲間たちを襲いはじめている。このような賃金闘争と権利闘争の激化は今春闘をきわめて厳しいものにしており、ベトナム侵略戦争反対闘争とのあらたな結合の条件をつくりだしている。賃金闘争と権利闘争の波とベトナム侵略戦争反対闘争の波を倍複することによって四、五月闘争の力を決定的に強めていくことが可能だ。
 したがって、われわれは、米大使館デモを突破口としてベトナム侵略戦争に反対する政治スト、武器輸送拒否のたたかいの展望をうちかため、同時に、五月中旬に予想される日韓基本条約の調印阻止のたたかいをめざして日韓会談反対闘争の再武装のために重大な考慮をはらわねばならない。「今日のベトナム、明日の日韓」という大衆の直感にふまえ、ベトナム侵略戦争反対のたたかいのなかに大胆に日韓会談反対の扇動をもちこみ、五月調印、九月批准という佐藤内閣との闘争をうちかためよ。
 六五年参院闘争は、四、五月の春闘、ILO・ベトナム・日韓のたたかいの硝煙消えやらぬなかでたたかわれ、同時に、秋の日韓闘争の直接の前哨戦でもある。われわれにとって、四、五月のベトナム・日韓の政治闘争を総力をあげてたたかいぬくことなしには参院選挙闘争もありえないのだ。同盟の全組織的力量をかけて四、五月をたたかい、四、五月闘争をたたかいぬいた戦闘的労働者の前衛として、六月選挙において信任を問われるのであって、断じてその逆ではない。だからこそ、四、五月を全力あげてたたかったすべての戦闘的左翼にとって六月の選挙闘争は不可欠のたたかいの場となるのである。
      (『前進』二二九号一九六五年四月一二日に掲載)