十 第四インターの分解と中ソ対立について
    ――とくに西派系の諸君へ――
 
 第四インターナショナルは、その親スターリン主義的本質に規定され、中ソ対立の激化にともなってソ連派と中国派に大別される分解と再分解を不可避とした。その日本支部を名のる西分派も、この影響をもろにかぶり、悪無限的分解過程に突入したのである。本論文は、第四インターの分解が、スターリン主義の批判と克服の中途半端さにあることを指摘し、反帝・反スターリン主義への結集を呼びかけている。西分派のなかの一分派労闘同(労働者階級解放闘争同盟)のわが同盟への結集(六三年)は、これに応えたものである。
 
 
 中ソ論争を契機として全面的に露呈した国際スターリン主義運動の対立と分解は、革命の根拠地=ソ連の一国社会主義論にもとづく官僚制的変質と世界革命運動のスターリン主義的な歪曲に抗してたたかうすべての革命的共産主義者のまえに、あらためて<反スターリン主義の綱領的、組織的意義はなにか>という問題を根本的に提起している。
 かつて、一九三〇年代には、スターリン的人格において統一されていた帝国主義との共存政策と反プロレタリア的一揆主義は、いまや、フルシチョフと毛沢東という二人格にそれぞれの要素の表現をみいだしているかにみえる。このような状況は、疑いもなく、スターリン主義の分解と没落の一階梯をなすものであろう。
 だが、革命的マルクス主義で武装された革命的プロレタリア党のための闘争のいまだ未成熟な今日的条件のもとでは、このようなスターリン主義反動の自己矛盾の激化は、かえって、帝国主義とスターリン主義の二重の抑圧のもとで苦悩している各国プロレタリア運動ならびに民族解放運動をして、必然的に@帝国主義の擬制的繁栄を前提とした構造改革路線か、A後進国における急進的民族主義に依拠した反米闘争路線かの、強力な影響のもとにむかわせるであろう。しかも、後進国革命の激発に世界プロレタリア運動のいっさいの活路が存在しているかのように主張し、先進国プロレタリアートの任務をこのような後進国革命の後方兵たん部に矮小化しようとしている毛沢東路線は、にもかかわらず、先進国プロレタリア運動の社会民主主義・スターリン主義的衰退に絶望した後進国人民ならびに先進国プロレタリアートの急進主義的翼をして、このような路線との結合をかなりの程度において実現せしめているのである。
 だが、北京を軸として展開しているこのような毛沢東路線は、東南アジアを中心として、後進国人民の巨大な急進主義的要素を動員しながらも、帝国主義的支配のもとで極度に強制されてきた民族経済の後進性の打破を、世界市場の革命的転覆との関連においてとらえることができず、<自力更生>のスローガンのもとに、貧困と低劣な生産力を前提として、孤立的に「社会主義」を建設しようとして試行錯誤をくりかえしているのであり、実際には、エジプト・ガーナ・アルジェリア・インド・ビルマなどにおける後進国革命の国家資本主義的発展とネオ帝国主義的再編成の過程にかんして、なんらの実践的批判を対置しえぬのみか、インドネシア・パキスタンなどにおいて、ボナパルティズム的な権力の粘土の足にまで堕落してしまっているのである。
 以上の事実からもあきらかのように、毛沢東路線は、そのみせかけの<左翼性>にもかかわらず、後進国革命と先進国革命との弁証法において「民族解放闘争」をとらえることができないのであり、その根底には、明白に一国社会主義論にもとづく革命のソ連の官僚制的変質――その結果としてのソ連官僚政府による東欧諸国ならびにアジア諸国にたいする官僚主義まるだしの<従属国>的結合の強制――と先進国革命へのスターリン主義的裏切りにかんする徹底的な無自覚がよこたわっているのである。だからこそ、<革命を徹底的に遂行する>気のあるはずの北京官僚は、クレムリン官僚にたいする自己の反発を、一国社会主義論と平和共存政策の創主者である死せるスターリンにたいする郷愁としてしか表現しえないである。
 したがって中ソ両国の特権官僚による国家的分裂にまで発展しょうとしている国際スターリン主義運動の対立と分解は、同時に、第四インターナショナル(=トロッキー教条主義)の立脚点の根本的特徴をなしている<反スターリン主義の二重性>の理論、ならびに、その綱領的表現としての<反帝・労働者国家無条件擁護>の決定的な再検討を不可避的に提起しているのである。なぜならば、いぜんとして第四インターナショナルとその各国支部が反マルクス主義的な<国有財産物神論>に基礎をもつ<スターリン主義の二重性>の理論を根本的に克服しえないならば、かれらがその主観的意図においていかにレーニン・ボルシェビズムの継承者たらんと欲していたとしても、実際にはスターリン主義反動の<左翼的補完物>をなすにすぎず、国際スターリン主義運動の対立と分解の深化とともに、不可避的に第四インターナショナルの対立と分解に直面せざるをえないのである。
 事実、一九五三年における<加入戦術>をめぐる第四インターナショナル書記局(パブロ派)と合衆国社会主義労働者党(キヤノン派)の分裂、一九六二年における<後進国革命の評価>をめぐるヨーロッパ書記局派とラテン・アメリカ書記局派の分裂は、あきらかに、第四インターナショナルが、国際スターリン主義運動の対立と分解にそってしだいに二要素に自己を分解し、再編成しつつあることを示しているのである。
 すなわち、ヨーロッパにおいて、スターリン主義党(フランス・イタリア共産党)ならびに社会民主主義党(イギリス労働党・ベルギー社会党など)に長期的加入戦術をとることによって、その全体的左傾化を夢みながらも、フルシチョフ的非スターリン化に幻想をまきちらし、構造改革路線ならびに社民的改良主義の<左翼的補完物>になりはてているヨーロッパ書記局派にたいして、ラテン・アメリカ書記局派は、後進国において集約的に爆発する経済的危機と政治的動揺にもとづき、中国共産党式の遊撃戦の拡大をとおして帝国主義打倒を実現しようとし、あげくのはては、フルシチョフにむかって核兵器をもってする世界革命戦争を要求するという、超毛沢東路線にまで行きついてしまっているのである。
 しかも、この第四インターナショナル両派は、相互に反発しながらも、いぜんとして、否、ますます、<反帝・労働者国家(じつはスターリン主義官僚制国家)無条件擁護>を綱領的スローガンとして教条化しつつ、ソ連官僚政府の反プロレタリア的核実験と核武装の強化にたいして、ともに革命的空語をもって支持し、美化するための先兵をかってでているのである。
 国際スターリン主義運動の対立と分解を革命的プロレタリア運動の創成の過程に転化するためには、それゆえ、全世界の革命的プロレタリアは、このような第四インターナショナルの親(プロ)スターリン主義的な限界と無意味な分裂をのりこえて、<反帝国主義・反スターリン主義>の戦略的立場にふまえた革命的プロレタリア党の創成にむかう必要があるのである。同時に、このような革命的プロレタリア党の創成のためのたたかいは、第四インターナショナルの限界をこえてすすみつつある欧米の革命的諸潮流の多くが、いぜんとして、サークル主義的状況にあまんずるか、大衆運動内の戦闘的グループに自己の任務を限定してしまっている現状において、より積極的な意義をもっているのである。まさに、今日、帝国主義とスターリン主義の二重の抑圧のもとに苦闘しているプロレタリアートにとって、スターリン主義の二潮流にたいする相対主義的な二者択一では、いかなる解放の道もけっしてみいだしえないのである。
 今日、わが国においても、第四インターナショナルの綱領的立場を支持する部分は、周知のように、これまでパブロ派とつながる太田派とキヤノン派につながる西派に大別して分裂していたが、第四インターナショナルの分裂を反映して、太田派はパブロ派からラテン・アメリカ派に移行しており、西派も一昨年から<加入戦術>をめぐって西=鎌倉派と全国派に分裂している。だが、このような分裂は、第四インターナショナルの基本的誤謬になんの検討も加えることなしに、経験主義的に結果的誤謬の責任をなすりつけあっているにすぎない以上、なんの成果も生みだしえず、たえず無原則的な解体を深めながら、同族意識のみをたよりに結合を保持するという状況に低迷せざるをえないのである。
 西派系の諸分派の今日的な危機は、たとえ中央体制の御都合主義的な再編成によって一時的にのりきられたとしても、それはより深刻な危機と衰退を準備する以外のなにものでもないのである。
 したがって、西派系および太田派系のすべての分派にとって、いま、いかなる困難も、いかなる俗物的配慮もこえて、まずなしとげられねばならないところのものは、国有財産=社会主義の神話にもとづく<スターリン主義の二重性>の閉鎖的循環論を決定的に検討することであり、それは同時に、自己の政治的、組織的実践を、革共同の第一次・第二次分裂との関連においてとらえかえすことである。
 事実、このような深刻な過程は、西派系の一分派である労働者階級解放闘争同盟において全同盟的に開始されており、それは不可避的な力学をもって西派系および太田派系の各分派にさまざまな影響を拡大しているのである。このような総括を真になしとげるならば、昨年から今春にかけて進行したわが同盟と山本派の分裂(革共同の第三次分裂)が深刻な分裂のキズをいまなお部分的に残しながら、なお過去のいっさいの分裂よりも急速に、同盟の政治的・組織的・戦闘的力量の回復をかちとり、革命的共産主義運動の新しい局面をきりひらきつつあることの意義もより明白となりうるであろう。
         (『前進』一四七号、一九六三年八月一九日 に掲載)