革命闘争と革命党の事業の堅実で全面的な発展のために
 
 本論文は、一九七三年八月『前進』に発表された。革命的情勢への過渡期の成熟に備え、革命党の三つの義務をうちだし、二重対峙・対カクマル戦の革命的対峙段階戦取の展望をあきらかにした画期的な論文である。
 
 
 第一章 あらゆる面にわたる革命闘争と革命党のたたかいの堅実な前進
 ((A)早稲田解放闘争の全人民的な発展 (B)沖縄におけるたたかいの前進と定着化 (C)労働戦線における逆拠点化のたたかい (D)政治闘争と経済闘争での戦略的な前進 (E)あらゆる面での党建設の堅実な発展)
 第二章 戦後世界体制の解体的危機と革命的情勢への過渡期の成熟
 第一節 戦後世界体制の崩壊的危機のふかまりと世界革命の現実性((A)戦後世界体制の特質 (B)戦後世界体制の崩壊的危機のいっそうのふかまり (C)反帝・反スタ世界革命の現実性)/第二節 日帝の統治形態の反動的転換の攻撃と大衆の政治的活性化((A)日帝のアジア侵略と侵略体制の攻撃の全面的激化 (B)小選挙区制とあらゆる面での反動攻勢 (C)七〇年代階級闘争の革命的、内乱的発展)/第三節 革命的情勢への過渡期の成熟とそれに応じた党の三つの義務 ((A)レーニンの革命的情勢の規定の問題 (B)革命的情勢に応じた革命党の三つの義務の問題 (C)七〇年代中期の高揚と爆発の展望とわれわれの任務)
 第三章 革命の本格的な準備、二重対峙・戦略的前進・党建設のたたかいの一体的な推進
 第一節 基本戦略――総路線の物質化のたたかい((A)反帝国 主義・反スターリン主義の基本戦略のために (B)七〇年代革命の総路線の現実的な勝利 (C)基本戦略――戦略的総路線についての指導上の問題)/第二節 二重対峙・戦略的前進・党建設のたたかいの一体的な推進((A)二重対峙・対カクマル戦の革命的対峙段階の戦取 (b)基本戦略――戦略的総路線の物質化めざす戦略的前進 (c)革命的情勢に応じた党の独自の建設 (D)当面する秋のたたかいの圧倒的勝利めざして前進しよう)
 
 
 第一章 あらゆる面にわたる革命闘争と革命党のたたかいの堅実な前進
 
 最近における日本階級闘争の発展は、七〇年代中期の高揚と爆発の展望についてのわれわれの見とおしの前衛性と現実性、そこにむかってのわれわれのたたかいの決意と態勢の前衛性と現実性を、ひとかけらの疑点もなく、あきらかにしている。
 早稲田、沖縄、国鉄を焦点として圧倒的におしすすめられた二重対峙・対カクマル戦の重大な前進。小選挙区制粉砕・反動攻勢阻止、田中体制打倒のたたかいと、七三春闘をとおしての労働運動の革命的、内乱的な発展のたたかい、政治闘争と経済闘争の二つの闘争形態をとおしての戦略的前進のたたかいのたかまり。党指導部の建設とその指導の質の強化、党の指導系統の建設と、それをとおしての党の中央集権的な統一性の強化、非合法態勢の本格的な建設、労働戦線・学生戦線における党組織の建設とそれをとおしての党の政治的基礎の強化など、党建設のたたかいの重大な前進。七三年をとおしてかちとられはじめた、こうしたあらゆる方面でのわれわれの前進は、革命的情勢への過渡期の成熟に対応して、革命闘争と革命党建設の事業が、堅実で全面的な発展をたどりはじめたことを示している。
 
 A 早稲田解放闘争の全人民的な発展
 
 革命闘争と党建設のたたかいの堅実で全面的な発展のはじまりを示す第一の指標は、早稲田解放闘争の永続的なたかまり、その全人民的な発展である。
 第一には、早大解放闘争についてのわれわれの基本的な態度の前衛性と現実性がますます早大生と全人民のまえにあきらかになりつつあることである。
 反革命カクマルの全学連戦士・川口大三郎君にたいする虐殺は、反革命カクマルの戦略的な破産、早稲田の白色テロ支配の動揺にたいする予防的な反革命の攻撃であり、警察権力と結託した暴力的な思想転向の攻撃であり、権力とカクマルの共同した革命党絶滅の攻撃、辻・正田・武藤の三戦士にたいする虐殺の攻撃の継続であった。それゆえ、われわれの川口君虐殺弾劾・早稲田解放、反革命カクマルせん滅・警察=カクマル連合粉砕のたたかいは、あくまでも労働者人民の共同の正義のたたかいであり、その最後の勝利の日まで断じてやむことのない永続のたたかいでなくてはならないのであり、また、それだからこそ、早大四万学生をはじめとする全人民のこころをふかくとらえるものなのである。
 われわれは、早稲田解放闘争を本格的にはじめるにあたって、基本的な態度として、(1)川口君虐殺弾劾・早稲田解放、反革命カクマルせん滅・警察=カクマル連合粉砕のたたかいは労働者人民の共同の正義のたたかいであること、(2)それは、日本帝国主義国家権力と反革命カクマルにたいする二重の内乱的対時の最前線をなすものであること、(3)そのたたかいは、政治的な闘争形態とその継続としての武装的な闘争形態とを高度に統一したものでなくてはならないこと、カクマルのせん滅とは、流血のたたかいをとおして反革命カクマルの武装抵抗力を完全に粉砕しぬくことにほかならないことを明確に提起した。このようなわれわれのいっかんした基本的な態度こそ、早稲田解放闘争の真の勝利的発展を基礎づけている決定的な要素である。
 第二には、早稲田解放闘争の全人民的なたかまりがかちとられつつあることである。
 第一の基軸は、早稲田における反革命カクマルの武装支配が、ますます政治的な正当性をうしないはじめ、赤裸々な白色テロ支配としての本質をますますあらわにし、いちだんと破産を色こくしていることである。六、七月の政治決戦からの完全な脱落、動員力のたえざる低落は、政治的破産とその継続としての軍事的破産をますます深刻にし、かれらを「ひとかけらの政治的正当性もない白色武装襲撃」「技術的にのみ純化した陰湿な個人テロ」に追いこみ、そのいっそうの破産をおしすすめるものとなっている。
 第二の基軸は、早稲田において解放勢力が数千の規模で組織されはじめ、それが党の政治的、武装的な勢力と結びついて、反革命カクマルの武装支配を包囲し、その武装力を永続的にせん滅する情勢をつくりだしはじめていることである。種々の集会や示威行動をとおした早大生の圧倒的な動員と組織化、川口君虐殺弾劾・早稲田解放、反革命カクマルせん滅・警察=カクマル連合粉砕のたたかいや、反戦・反基地闘争、小選挙区制粉砕闘争、入管・狭山などのたたかいにたいする政治教育をおしすすめるたたかいと、早稲田への種々の形態をとつた連続的な登場、反革命カクマルの武装力の粉砕のたたかいの結合こそ、その当面するもっとも重要な環である。
 第三の基軸は、早稲田解放闘争にたいする労働者人民の関心と支持のひろがり、早稲田解放闘争そのものの全人民的な発展である。権力と反革命カクマルにたいする二重の内乱的対時の最前線としての早稲田解放闘争の位置と展望が、ますます全人民の実践的認識になっているのである。
 第三には、早稲田解放闘争、その解放勢力の指導的な政治勢力として、マル学同早大支部の建設のたたかいがしっかりと前進しはじめ、それを基礎として早稲田解放闘争の永続化と勝利の展望がたぐりよせられはじめていることである。わが学生戦線の拠点をますます強化し、不抜の拠点にうちかため、拠点支部――各支部の建設をいっそう力強くおしすすめるとともに、敵の拠点の危機・空洞化――逆拠点化のたたかいを成功的におしすすめることによって、学生戦線の力関係の劣勢を圧倒的に逆転させていく勝利の展望が、強大な早大支部の建設のたたかいと結びついて、いまようやく現実の端緒をにぎることが可能となってきているのである。
 
 B 沖縄におけるたたかいの前進と定着化
 
 革命闘争と党建設のたたかいの堅実で全面的な発展のはじまりを示す第二の指標は、沖縄における革命闘争と党建設の前進と定着化である。
 第一には、歴史的な七一年十一・一〇闘争の巨大な爆発のあと圧倒的に強められた権力と反革命カクマルの組織絶滅型の攻撃にたいし、沖縄の県党と革命勢力が不屈の英雄的たたかいをもって対峙し、党と革命勢力の基本的骨格をしっかりとまもりぬいていることである。
 日帝の七二年沖縄「返還」政策の根底的な粉砕をめざす七一年の十一・一〇闘争の巨大な爆発は、一方では、沖縄奪還闘争の永続化の不抜の戦略的拠点をつくりだすとともに、他方では、権力とカクマルの密集した反革命を決定的に強めるものとなった。沖縄の県党は建設の事業に着手して二年もたたないうちに、権力とカクマルの集中的な組織絶滅型の攻撃をくわえられた。党と革命勢力にたいするいっさいの反動の嵐のまえに、沖縄における若き革命的共産主義運動は、深刻な打撃をこうむり、少なからぬ屈服者と逃亡者を生みだした。
 しかし、沖縄の県党と革命勢力は、試練をのりこえて前進し、たぐいまれな戦闘的資質をうちかためた。七一年の十一・一〇闘争の偉大な勝利にたいする権力の組織絶滅型の全面的な弾圧、権力と結託した反革命カクマルの白色テロ襲撃――この二重の反革命に抗し、沖縄の県党と革命勢力は、二重対峙・対カクマル戦を断固としておしすすめ、早稲田・国鉄とならぶ二重対峙・対カクマル戦の最前線としての任務を確固としてまもりぬいたのである。
 第二には、五・一五体制とその諸攻撃にたいするたたかい、日帝のアジア侵略と侵略体制の攻撃、それと結びついた小選挙区制などの反動攻撃にたいするたたかいなど、戦略的総路線と三大政策の物質化をめざす全面的なたたかいが、県党の強力な指導のもとにおしすすめられていることである。
 沖縄における革命闘争の前進、とりわけ戦略的前進の任務におけるたたかいの前進は、基本的には、つぎ.のような構造をもつものとして展開されている。
 第一の基軸は、七〇年代革命の戦略的総路線にふまえた沖縄奪還のたたかいの全国的、全人民的な政治闘争としての推進、とりわけ沖縄への差別、抑圧、分断の攻撃にたいし、本土人民が階級的責務をはたしきることである。七〇年代中期の大高揚をめざす三大政策の核心的な課題のひとつをなす沖縄のたたかい、すなわち、「五・一五体制粉砕=沖縄奪還のたたかい、自衛隊派兵阻止・防衛二法粉砕のたたかい、沖縄をめぐるさまざまなたたかい」が、本土=沖縄をとおして正しく圧倒的にうちぬかれていることが、沖縄における戦略的前進の重大な前提条件をなしているのである。
 第二の基軸は、戦略的総路線にふまえた三大政策のたたかいの堅実で全面的な発展を沖縄においておしすすめていくことである。すなわち、(1)当面する「小選挙区制粉砕・反動攻勢阻止、田中体制打倒」のたたかいを中心に、三大政策にもとづく全面的、全人民的なたたかいを意識的・系統的にもちこむこと、(2)三大政策の核心的課題のひとつをなす五・一五体制粉砕=沖縄奪還のたたかいを原則的におしすすめること、(3)自衛隊派兵阻止・防衛二法粉砕のたたかいや、全軍労闘争、沖大闘争など五・一五体制のための諸攻撃にたいする階級的反撃をそれぞれ独自に強めていくこと――この三つの柱が、その主要な内容をなす。
 第三の基軸は、二つの方面からの本土=沖縄のたたかいの階級的団結を強めていくことである。すなわち、(1)権力とカクマルの全国的な力量の投入による二重の反革命的策動、中核派組織絶滅の攻撃にたいし、革命党と革命勢力もまた、全国的な力量をもって沖縄の県党と革命闘争をまもり、発展させるためにたたかうこと、(2)沖青委を中心とする在本土の沖縄青年運動と沖縄におけるたたかいとのいっそう強固な連帯をかちとり、相互に強めあっていくことである。
 第三には、沖縄県党の建設のための独自的な事業が、二重対峙・対カクマル戦、戦略的前進のたたかいと結びついて、意識的・系統的にとりくまれはじめたことである。
 沖縄における県党の建設は、一九六九年秋のたたかいのなかではじまった。沖縄における本土復帰闘争の永続的なたかまりと、本土における沖縄奪還、安保粉砕・日帝打倒のたたかいの爆発とが、ここに革命的な結合の組織的基礎をうちかためたのである。
 以後五年、沖縄の県党と革命勢力は、さまざまな困難、試練にうちかって、いくつかの分野における革命闘争の重大な勝利をかちとってきた。(1)嘉手納基地突入闘争など反戦・反基地のたたかい、(2)日帝の七二年沖縄「返還」政策の粉砕をめざす七一年十一・一〇闘争の巨大な爆発と勝利、(3)権力とカクマルの密集した組織絶滅型の攻撃にたいする二重対峙・対カクマル戦の勝利的な推進、(4)数度にわたる基地内決起をかちとり、沖縄における革命闘争と党建設の事業の不抜の拠点をつくりだしつつある全軍労のたたかい、(5)日帝の廃校攻撃をはねかえし、入試実力貫徹・再認可路線粉砕をとおして沖大の存続とその革命的拠点化をめざすたたかいの全学的、全県的な発展などがそれである。
 しかし、沖縄における革命闘争と党建設の事業は、いまだ端緒についたばかりである。革命闘争の指導的な推進部隊をなす県党は、沖縄における伝統的な「左翼」勢力である人民党、マルドゥ=カクマルにたいし、理論的力量、政治的力量、組織的力量の三つの面において対峙し、それをりょうがするに十分な力量をつくだすことには、いまだ成功しえていない。沖縄における党建設の事業の前進は、まさにこのような県党の劣勢と未成熟をしっかりと直視し、その根本的な克服をめざして県党建設の事業に意識的・系統的なとりくみを強めはじめたことそのものにあるのである。
 沖縄の県党は、全軍労の戦闘的労働者をはじめとする沖縄の労働者人民とかたく団結して、党建設の独自の事業を力強くおしすすめている。(1)党指導部の未成熟性とその徹底的な克服のためのたたかい。(2)闘争と学習の二つの側面のたたかいをとおして、党の理論水準、政治的、組織的力量を基礎からきずきあげるためのたたかい。(3)戦術左翼主義的な偏向にたいするたたかいをひきつづき強化し、闘争力と組織力の均衡ある発展をかちとるためのたたかいなど、県党の真剣で系統的な努力こそ、県党建設の事業の堅実で全面的な発展のもっとも現実的な基礎をかたちづくっているのである。
 
 C 労働戦線における逆拠点化のたたかい
 
 革命闘争と党建設のたたかいの堅実で全面的な発展のはじまりを示す第三の指標は、国鉄を先頭とする労働戦線において、権力と反革命カクマルにたいする二重対峙・対カクマル戦の戦闘態勢が前進し、労働運動の革命的、戦闘的な発展と、拠点支部建設を基礎とした強大な党組織の建設のための根底的なたたかいが力強くおしすすめられていることである。
 第一には、二つの十一月決戦の勝利にたいする権力、資本、当局の凶暴な弾圧、逮捕・投獄・首切り・処分の全面的・集中的な攻撃の激化、権力と反革命カクマルの密集した組織絶滅型の襲撃、民同と結託した反革命カクマルの組合内戦闘拠点にたいする官僚的統制処分の策動など、反革命勢力の一体となった攻撃にたいし、国鉄を先頭とする労働戦線において、党と革命勢力がその戦闘的戦列を防衛することに基本的に成功し、二重対峙・対カクマル戦の強大な陣型をかたちづくりはじめたことである。
 沖縄奪還、安保粉砕・日帝打倒をめざす労働者階級と人民大衆のたたかいは、七〇年安保・沖縄をめぐる決戦として、二つの十一月の爆発をかちとった。日本帝国主義のアジア侵略と侵略体制の道、安保の再編強化と沖縄の七二年「返還」政策にたいし、日本労働者階級と人民大衆は、革共同の革命的なよびかけにこたえて英雄的に決起し、二つの十一月決戦の勝利を頂点として日帝に深刻な打撃を与え、七〇年代階級闘争の永続的な発展の基礎をうちかためた。
 国鉄を先頭とする労働戦線において、党と革命勢力は、産別――職場の仲間たちに七〇年闘争の革命的意義を徹底的に宣伝・扇動し、労働組合としてのたたかいの戦闘的な展開をきりひらくとともに、独自の戦闘的部隊を創造的につくりだし、革共同の呼びかけと指導のもとに二つの十一月決戦のもっとも中心的な勢力としてたたかいぬき、みずからの階級的責務をみごとにはたしたのである。国鉄を先頭とする労働戦線における党組織とその指導下の革命勢力は、予想される深刻な打撃をも覚悟のうえで、政治闘争の革命的展望をうちかためるためにたたかいぬいたのである。
 権力、資本、当局の弾圧は、ただちにはじまった。反革命カクマルは、権力と結託して悪質民同と一体となって官僚的統制処分の策動をくりひろげた。
 しかし、党と革命勢力は、国鉄を先頭とする労働戦線において、二重対峙・対カクマル戦の英雄的な陣型をつくりだし、拠点と組織的骨格をしっかりとまもりぬき、公然・非公然の新しい組織配置をつくりだし、敵の攻撃を基本的部分において決定的にうちやぶったのである。権力、カクマルなどいっさいの反動勢力のはかない希望とは逆に、党と革命勢力は国鉄を先頭とする労働戦線において、二つの十一月決戦の勝利、十二・四以来の二重対峙・戦略的前進・党建設のたたかいの重大な勝利を基礎として、強力な革命的影響力と組織的力量をかちとりはじめており、いくつかの主要な分野においては、強大な党組織を建設する展望の基礎をうちかためはじめたのである。
 第二には、労働戦線において民同の反革命的補完物として一定の組織的な力量をつくりだしてきた反革命カクマルが、階級闘争の革命的、内乱的な発展、党と革命勢力の建設の事業の前進、労働戦線内外における二重対峙・対カクマル戦の陣型の強化のまえに、しだいに行きづまりはじめていることである。
 もともと労働戦線における反革命カクマルの一定の伸長は、七〇年安保・沖縄をめぐる政治決戦から戦線逃亡し、党と革命勢力のたたかいに敵対しながらも、その政治的な成果をかすめとるかたちでおこなわれたものであった。二つの十一月決戦の勝利にたいする権力の凶暴な弾圧、それと結託した反革命カクマルの背後からの武装襲撃によって、党と革命勢力の組織力量と活動力が部分的に後退せざるをえなかった一定の情勢のもとで、反革命カクマルは、あたかも革命的左翼の正統の代表者であるかのように登場しふるまってきた。
 しかし、反革命カクマルがもとより革命的左翼ではなく、民同の反革命的補完物いがいのなにものでもないことは、わずか数年のかれらの実践によって、はやくも完全にあばきだされてしまった。反革命カクマルは、民同悪質分子や協会派など既成左翼と一体となって、党と革命勢力を「労働運動」から排除するために卑劣な策動をくりかえしながら、協会派や日共とのあいだで合法左翼、組合主義左翼の主座をきそいあい、醜悪な非難をなげつけあっているにすぎないのである。
 国鉄における武蔵野線合理化計画にたいする屈服と協力、「上尾」事件を契機とした闘争放棄に見られるように、反革命カクマルの「左翼」性なるものは、革命的、戦闘的な労働者をあざむくためのものであり、労働運動の革命的、内乱的な発展を帝国主義と和解できるところでおしとどめようとする反階級的な策動いがいのなにものでもない。経済主義、組合主義の「左翼的な展開」――これこそ、革命的左翼を「ハミグシ分子」として敵視する反革命カクマルの本質である。
 それゆえ、国鉄を先頭とする労働戦線のいくつかの主要な分野において、従来は反革命カクマルの指導下にあった戦闘的労働者のあいだで重大な動揺が生まれはじめ、反革命の「拠点」が革命の「拠点」に逆転していく展望がはっきりと基礎づけられはじめているのは、まったく当然といわなくてはならない。「七〇年代はカク・共対決の時代」(権力との対決なき反日共!)という反革命の「妄想」は、「自・共の対決」を夢見る代々木とともに、階級闘争の革命的、内乱的発展のまえに色あせはじめているのである。
 第三には、二重対峙・戦略的前進・党建設のたたかいの全階級的な前進を基礎として、国鉄を先頭とする労働戦線において、拠点支部の建設を軸とした強大な党組織・革命勢力の建設のたたかいがおしすすめられており、反革命カクマルと党・革命勢力の力関係を根底的に逆転し、労働運動の革命的、戦闘的な発展をかちとる展望がしっかりとうちかためられはじめたことである。
 国鉄を先頭とする労働戦線における党組織の強大な建設は、当面、つぎのようなたたかいを基軸としておしすすめられている。
 第一の基軸は、労働戦線における党組織と活動家の理論武装を反革命カクマルとの対峙の視点を基軸として、徹底的におしすすめるたたかいである。
 第二の基軸は、戦術左翼、戦闘的経済主義の傾向にたいするたたかいをひきつづき強め、階級闘争の三つの闘争形態(理論闘争、政治闘争、経済闘争)の統一した発展、二重対峙・戦略的前進・党建設の三つの任務の均衡した前進の観点でいっさいの闘争を指導するたたかいである。
 第三の基軸は、味方の拠点をしっかりと不抜の拠点にうちかため、敵の反革命的「拠点」の危機・空洞化、その内側からの転覆をおしすすめるたたかいである。労働戦線における党組織の建設において、党は、正面における全階級的な二重対時・対カクマル戦、各産別・各職場における二重対峙・対カクマル戦の二つの面でのたたかいを正しく結びつけることによって、勝利的な前進の道をうちかためはじめている。
 第四の基軸は、労働戦線における拠点支部の建設にあたって、適切な規模とテンポをもった計画をさだめ、堅実で全面的な発展をおしすすめるたたかいである。
 
 D 政治闘争と経済闘争での戦略的な前進
 
 革命闘争と党建設のたたかいの堅実で全面的な発展のはじまりを示す第四の指標は、政治闘争と経済闘争の二つの分野における党の指導とたたかいの重大な前進である。
 第一には、七〇年代中期の高揚と爆発についての展望、戦略的総路線にもとづく三大政策の提起の正しさと前衛性とが、七三年前半期のたたかいをとおして、はっきりと照らしだされたことである。
 革命党の第一義的な任務は、情勢の基本的な動向、すなわち「歴史的発展の弁証法」(レーニン)を明確にとらえて、党と階級の戦略配置を正しくくみあげていくことである。われわれは、革命的情勢への過渡の成熟が、日本階級闘争の現実的な階級情勢を媒介として具体化する展望を「七〇年代中期の高揚と爆発」としてうちだし、その具体的な通路となるべき課題、当面するたたかいと戦略的総路線を結びつける基本的な指針として「三大政策」を設定した。日帝の小選挙区制攻撃の切迫化、反動攻勢の激化は、三大政策のいっそうの前進をおしすすめるものとして進行しているのである。
 第二には、当面する小選挙区制粉砕・反動攻勢阻止、田中体制打倒のたたかいを基軸として、日帝のアジア侵略体制の攻撃、それと結びついた反動攻勢にたいする政治闘争の壮大なたかまりがはじまったことである。
 第一の基軸は、反戦・反基地のたたかい、沖縄五・一五体制の根底的転覆=沖縄奪還のたたかい、自衛隊解体・兵士獲得・革命の軍隊の建設をめざす反軍のたたかいなど、日本帝国主義のアジア侵略と侵略体制の攻撃にたいするたたかいの定着化とその前進である。
 第二の基軸は、日本帝国主義の戦後支配体制の反動的転換、戦後民主主義的統治形態からボナパルティズム的な形態への反動的転換の攻撃の全面的な強まりにたいする労働者人民の巨大なたたかいのはじまりである。小選挙区制と反動諸法案の攻撃にたいする党と革命勢力の持続的で、不断に発展する政治闘争の経験は、このたたかいのもつ戦略的重要性をはっきりとわれわれに示している。
 第三の基軸は、日本帝国主義の入管法と入管体制の攻撃のあらゆる面での強まり、右翼学生を動員した在日朝鮮人へのポグロム的襲撃など、アジア人民にたいする排外主義攻撃にたいするたたかい、無実の石川一雄氏にたいする狭山差別裁判の攻撃、同対審答申にもとづく部落への差別・分断の攻撃など日本の労働者人民、被差別諸階層にたいする攻撃の全面的な強まりにたいする諸戦線のたたかいの前進である。日帝のアジア侵略と侵略体制の攻撃、政治支配体制総体の反動化の攻撃と結びついた在日アジア人民や部落民など被差別諸階層への抑圧・差別の強まり、日本労働者人民の政治的・イデオロギー的な動員の攻撃の強まりにたいする諸戦線のたたかいは、日本労働者階級とその革命党の解放能力そのものを根底的にとりかえすたたかいとしてすすんでおり、在日アジア人民の民族解放闘争の革命的発展、それとの日本労働者人民の革命的連帯の展望の基礎、被差別諸階層の人民の自己解放のたたかいの革命的発展と、それを先頭とする労働者人民の共同のたたかいの前進の基礎をいっそう強固にうちかためはじめている。
 第三には、七三春闘のとりくみをとおして、労働戦線における党組織の建設の本格的な前進と、それを基礎とした経済闘争への革命的とりくみが強められたことである。
 第一の基軸は、労働運動の指導原則についての再確立のためのたたかいの前進、党の労働戦線にたいする指導の態勢の決定的な前進である。
 第二の基軸は、春闘とその処分攻撃とのたたかいをとおして、労働戦線における党組織の活動が定着化しはじめていることである。日本帝国主義の搾取と収奪の攻撃の強まり、そのもとでの国民生活の貧困と窮乏のいちじるしい進行、賃金抑制と合理化、労働強化と労働災害、マル生運動とイデオロギー攻撃など労働条件のあらゆる面での悪化は、労働者の政治的反応のたかまり、経済闘争への参加の活性化をいたるところで生みだしている。わが同盟は、一方では、春闘にたいする独自の支援・防衛のたたかいを全党的にくりひろげるとともに労働戦線のそれぞれの分野において、経済闘争の革命的、内乱的発展と、政治闘争との正しい結合をつくりだすために本格的なとりくみをはじめたのである。こうした活動の革命的強化は、七三春闘にたいする権力の大量報復処分、労働運動の革命的、内乱的な発展にたいする予防的な弾圧の攻撃と、それにたいするたたかいをとおしていっそう強力におしすすめられはじめている。
 第三の基軸は、新国鉄再建十ヵ年計画をはじめとする日本帝国主義の合理化攻撃の戦略的基軸にたいする合理化粉砕闘争の戦略的、系統的な発展についてのわれわれの指導原則、「上尾」や「四・二四事件」をつきぬけた労働運動の革命的、内乱的な発展についてのわれわれの指導原則の前衛性と現実性が、ますます強くなりはじめたことである。七三春闘にたいする権力の大量処分の攻撃は、労働運動の革命的、内乱的発展にたいする敵の予防的な弾圧の政治であり、内乱的手段をつきつけることによって社共・カクマルの無力性と裏切りをひきだし、労働者の革命的たたかいにたいする共同の反動をつくりだそうとするものである。しかし、こうした敵の攻撃は、かれらの反動的意図をこえて情勢のいっそうの革命的、内乱的な発展を生みださずにはおかないのである。労働者階級の経済闘争は、党の革命的な指導原則にいっそう強く結びつくことによって、真の発展をかちとりうるのである。
 
 E あらゆる面での党建設の堅実な発展
 
 革命闘争と革命党建設のたたかいの堅実で全面的な発展のはじまりを示す第五の指標は、党建設の独自的なたたかいの圧倒的な前進がはじまったことである。
 第一には、四・二七弾圧以来の日本帝国主義の破防法攻撃とそれにたいするたたかい、十二・四以来の二重の内乱的対峙の発展のなかで、非合法・非公然の党指導部の建設、その指導系統の建設のたたかいが力強くはじめられ、党の指導の質の決定的な強化のたたかいがはじまったことである。いくつかの機会にあきらかにしてきたように、わが同盟の指導部は、四・二七破防法弾圧によって地下に追いこまれ、党は、地下の指導部とその諸党組織と、公然面の党組織、その臨時指導部とにひきさかれた。しかし、われわれは、二重対峙・対カクマル戦、戦略的前進のたたかいの激烈な展開のなかで、党指導部の真の建設とその指導系統の建設、その指導の質の全面的な強化をめざすたたかいをおしすすめることに成功したのである。
 第一の基軸は、非合法・非公然の党指導部とその一元的な指導の建設である。革命的情勢への過渡期の成熟の情勢のなかで、われわれが、非合法・非公然の党指導部の確立とその真の発展をかちとること、他のなにものとも分有することのない完全に単一の指導部、権力や反革命のいかなる攻撃によっても破壊することのできない党指導部をつくりあげるためにたたかうことは、まさに革命党の第一義的義務である。
 第二の基軸は、指導系統の建設である。日本帝国主義国家権力の破防法攻撃、警察=カクマル連合とそれを背景にした反革命カクマルの武装襲撃――この二重の内乱的な組織絶滅型の攻撃にたいし、党の指導系統を建設し、それを防衛し、さらにそれを強化していくたたかいである。党中央から党のいっさいの基礎組織にいたるまで、完全に中央集権的な指導の系統をつくりだし、党を統一した単一の党として発展させる保証は、まさに党の非合法・非公然の指導系統の建設にかかっている。
 第三の基軸は、党の指導の質の徹底的な強化である。すなわち、われわれは、一方では、党と革命勢力にまといついている合法主義、公然主義や戦術左翼主義、自然成長主義への屈服の傾向を徹底的に克服していくとともに、他方では、党のあらゆる面での指導の質を強化するために、本格的な前進をおしすすめなくてはならないのである。
 第二には、非合法・非公然の党指導部を基礎として合非の問題を正しく解決していくたたかいの強まりである。
 第一の基軸は、党の合法主義的、公然主義的傾向を徹底的に克服し、公然面をふくめ党のあらゆる活動に非合法の質をつらぬき、党の武装自衛をいっそう強めることである。
 第二の基軸は、××、××、××、××など、党の非合法組織、非合法活動の飛躍的な強化をはかり、それを全党の力でまもり、それぞれの独自の政治的基礎を拡大していくたたかいの前進である。
 第三の基軸は、革命的情勢に応じた党態勢の建設の観点から党の公然活動、党の合法的陣地の維持とその強化・拡大のたたかいを徹底的に重視することである。
 総じていうならば、われわれは、フランス「五月革命」や三〇年代のヨーロッパ諸党、また、戦後の日本共産党のように、非合法の党指導部、非合法の革命的準備なしに決戦的情勢にひきこまれた負の経験、スターリン主義者党や第四インターの敗北と屈服の経験をくりかえさないために、合非の問題の本格的な解決をめざすたたかいがはじまったのである。
 第三には、労働戦線と学生戦線を両軸として、強大な党組織の建設、その広大な政治的基礎をつくりだすためのたたかいが、計画的・系統的にはじまったことである。
 第一の基軸は、党中央の指導のもとに、全党が党建設の問題を独自の領域として確認し、労働戦線における党組織の建設の問題、学生戦線における党建設の問題について本格的なとりくみをはじめたことであり、また、そのための重要な指導上の措置がとられはじめたことである。
 第二の基軸は、労働戦線における強大な党組織の建設の問題、拠点細胞――拠点大支部の建設の問題が、労働運動の指導原則の革命的な構築と結びついてすすみはじめたことである。労働戦線における強大な党組織の建設とそれにもとづく広大な政治的基礎の獲得は、いまようやく六〇年代の経験を飛躍的にこえる壮大な展望ではじまりつつあるのである。
 第三の基軸は、学生戦線における強大な党組織の建設、拠点大学――拠点支部――各支部の建設のたたかいの本格的なとりくみである。
 戦後世界体制の崩壊的危機と日本帝国主義の体制的危機のふかまり、革命的情勢への過渡期の成熟のなかで、いまや、われわれは、革命闘争と党建設の壮大な展望をたぐりよせはじめたのである。党建設のあらゆる面での堅実な発展のはじまりは、そのもっとも重大な保証である。
 
 第二章 戦後世界体制の解体的危機と革命的情勢への過渡期の成熟
 
 こんにちの情勢の主要な特徴は、レーニンのいわゆる革命的情勢への過渡期の成熟である。戦後世界体制の崩壊的危機のふかまりと反帝・反スタ世界革命の現実性の強まり、日本帝国主義のアジア侵略と侵略体制の攻撃と、それに結びついた政治反動攻勢の激化、それにたいする労働者階級と人民大衆の反撃のたかまり――内外する二つの情勢のこうした発展は、そのことをはっきりと証明している。われわれは、反帝国主義・反スターリン主義の基本戦略、七〇年代革命の戦略的総路線にもとづくたたかいをひきつづき前進させ、革命的情勢への過渡期の成熟に応じた党の態勢の確立、革命闘争と党建設の事業の堅実で全面的な発展のはじまりをおしすすめていかなくてはならない。そのためには、こんにちの内外情勢の主要な特徴をはっきりと確定しておかなくてはならない。
 
 第一節 戦後世界体制の崩壊的危機のふかまりと世界革命の現実性
 
 こんにちの内外情勢の第一の主要な特徴は、帝国主義とスターリン主義の戦後世界体制の崩壊的危機のいっそうのふかまりであり、反帝国主義・反スターリン主義世界革命の現実性のいっそうの強まりである。
 わが同盟は、一九六六年の第三回大会において、情勢の基本的動向が戦後世界体制の根底的動揺と日本帝国主義の体制的危機のふかまりの傾向にあることを確定し、それに応じた党の戦略的、組織的な再武装をおしすすめることを決定した。その後の内外情勢の推移は、第三回大会における見とおしの正しさをはっきり証明している。ドル危機とベトナム危機を両軸とした帝国主義戦後体制の危機のはてしない進行、それに対応した国際スターリン主義運動の歴史的な破産のふかまり、後進国・半植民地における民族解放・革命戦争と帝国義国における内乱のたたかいの有機的な結合を基軸とした国際階級闘争の発展など、がそれである。
 「戦後世界体制の危機を反帝国主義・反スターリン主義世界革命へ!」「アジアを反帝国主義・反スターリン主義世界革命の根拠地へ!」「沖縄奪還、安保粉砕・日帝打倒!」「たたかうアジア人民と連帯し、日帝のアジア侵略を内乱へ!」の四つのスローガンを基軸とした七〇年代革命の戦略的総路線は、戦後世界体制の崩壊的危機のふかまりと国際階級闘争の発展としてすすんでいる反帝国義・反スターリン主義世界革命の現実性を、現実のたたかいに転化する重大な戦略的な通路としての意義をますますはっきりとさせはじめている。
 
 A 戦後世界体制の特質
 
 戦後世界体制の歴史的な特質は、要約的に規定するならば、ロシア革命を突破口とした帝国主義から社会主義への世界史的な過渡期が、世界市場の基幹部を支配する帝国主義の延命と再編、国際共産主義運動のスターリン主義的な変質と、帝国主義への屈服と協力の二つの契機を基礎として、帝国主義とスターリン主義の平和共存的な形態に変容したものである。
 戦後世界体制の主要な発展基軸をなすものは、いうまでもなく帝国主義の戦後世界体制である。すなわち、それは、国際階級闘争の基本的な矛盾の爆発をヤルタ=ジュネーブ的に回避しつつ、アメリカ帝国主義の圧倒的な力量を基礎として、二九年恐慌とそれにもとづく世界経済のブロック的な解体、第二次大戦をとおしていっそう促進された資本主義の体制的危機を擬制的に解決したものであった。ドル・ポンド通貨制度と反共軍事ブロック=多角的な集団安全保障体制は、その両軸的な制度的保証であった。
 また、戦後世界体制の一方の発展基軸をなすスターリン主義は、ロシア革命を突破口としてはじまった世界革命を一国社会主義の理論と平和共存政策をテコにして決定的に変質させ、第二次世界大戦とその戦後革命の高揚をヤルタ=ジュネーブ的に封殺し、帝国主義の戦後的な再編と発展の協力者の役割をはたしてきたのであった。帝国主義の戦後的な発展に対応して一時的に成立したかに見えた「社会主義世界体制」なるものは、ソ連における過渡期の社会建設の一国社会主義的な歪曲と、その累積する矛盾を他のスターリン主義諸国に犠牲転嫁する機構を意味したにすぎなかった。
 かくして、戦後世界体制の一定の安定的発展の情勢のもとにあって、世界の階級闘争は、後進国・半植民地における民族解放・革命戦争と、帝国主義国における内乱的なたたかいを両軸として世界革命のさまざまな発展の局面を生みだしながらも、基本的には、帝国主義とスターリン主義の反革命的な協商によって圧殺されてきたのであった。一九五六年のハンガリア革命として先駆的に爆発した反スターリン主義の革命的蜂起もまた、反帝国主義・反スターリン主義をめざす革命的前衛を生みだす重大な衝撃をつくりだしたとはいえ、やはり帝国主義とスターリン主義の共同の包囲攻撃のまえに粉砕されたのであった。
 しかし、帝国主義とスターリン主義の戦後世界体制は、いかにその反動が強力であろうとも、帝国主義の段階論的な矛盾、世界革命への過渡期としての現代の危機を根底的に解決するものではなかった。いわば、戦後世界体制として形成された共同の反動は、現代世界の根底的な規定性をなす帝国主義段階の矛盾、世界史的な過渡期の危機の爆発を一時的にひきのばすことによって、いっそう深刻な矛盾の爆発を準備する過程となったのである。帝国主義の戦後的な再編、世界革命の過渡期のスターリン主義的な変質の二契機を基礎とした戦後世界体制の支配の一定の存続と発展は、帝国主義とスターリン主義という現代の強大な反動の勢力にたいし、全世界の労働者階級と人民大衆が、みずからの革命的な綱領と組織をもって本格的に革命を準備する必要を強く求めているのである。
 反帝国主義・反スターリン主義の世界革命戦略は、帝国主義とスターリン主義の戦後世界体制の根底的な転覆をとおして、労働者階級と人民大衆の完全な解放をめざす世界革命の事業を現代的に継承し、発展させようとするものであり、現代世界のもっとも根底的で、現実的な革命の道すじを示すものである。戦後世界体制の根底的な矛盾は、ただ反帝国主義・反スターリン主義の革命戦略にふまえた革命闘争によってだけ真の解決をもたらすことができるのである。
 
 B 戦後世界体制の崩壊的危機のいっそうのふかまり
 
 帝国主義とスターリン主義の戦後世界体制は、帝国主義の体制的危機とスターリン主義の歴史的破産の一体的なふかまり、そのもとでの階級闘争のあらたなたかまりを基礎として、こんにち、史上かつてない深刻な様相で危機をふかめはじめている。戦後革命のヤルタ=ジュネーブ的な制圧のあと、一時的な安定を見せた戦後世界体制は、いまや、なんぴとも疑いえないたしかきをもって、逆転なき崩壊的危機の道をころげおちはじめたのである。戦後世界体制の崩壊的危機のふかまりを示す第一の要因は、帝国主義の戦後体制的危機のとどまることなきふかまりである。
 第一には、ベトナム・インドシナ――アジア情勢を基軸にして進行している帝国主義の現代植民地体制、後進国・半植民地体制の決定的な動揺、流動化と激動化の情勢である。
 ベトナムにおける休戦協定の成立は、危機的情勢の解決、侵略と侵略戦争の中止を意味するものではなく、その継続・激化・拡大を示すものである。帝国主義のペテン的な息つぎと居直りの策動に屈服したいっさいの小ブル平和主義の潮流、反革命の潮流は、休戦協定があたかも「平和」をもたらすかのようなブルジョアジーのいつわりの政策を労働運動の内外にもちこもうとした。しかし、休戦協定の調印後のわずか数ヵ月の情勢の推移は、休戦が帝国主義の侵略と侵略戦争の攻撃の放棄をもたらすものではなく、また、民族解放闘争(民族解放・革命戦争)の屈服をもたらしうるものでもないことをはっきりと示している。
 そればかりか、帝国主義の侵略と侵略戦争の継続・激化・拡大と、そのための息つぎと居直りの策動は、ベトナム・インドシナにおける帝国主義の危機をいっそう促進させているばかりでなく、アジア情勢全般の流動化・激動化、現代植民地体制、後進国・半植民地体制の全面的な崩壊をいちじるしくすすめる重大な合図となっているのである。
 第二には、ドル危機、通貨危機のはてしない深刻化であり、インフレ・投機などあらゆる面での国民生活の貧困化、労働条件の悪化の国際的な広がりである。
 ドル危機、通貨危機として永続的にあらわれる国際信用の破局は、帝国主義の戦後的な再編成と発展の根底的条件をなしたアメリカ帝国主義の圧倒的な優位性の崩壊を基礎とするものであり、いわば国際信用の一方的な破壊を不断にくりかえすことによってアメリカ帝国主義の国際均衡の破産を他国に犠牲転嫁するものである。つまり、現代のドル危機、通貨危機は、帝国主義の戦後世界体制のもっとも根底的な矛盾の爆発としての意義をもっており、帝国主義の打倒なしにはけっして解決しえない世界史的性格をもっているのである。
 国際的な規模で広がりはじめたインフレ、投機の波は、帝国主義の世界経済の戦後的な再編と発展が根底的に破産したことを基礎とするものであり、労働者人民の犠牲のもとにその矛盾をしわよせしあうための帝国主義諸国間、独占体間の争闘の結果である。それゆえ、不況・インフレ・投機などあらゆる面での国民生活の貧困化、労働者人民への搾取と収奪の強まりは、帝国主義の戦後世界体制の崩壊的危機のふかまりを基礎とした帝国主義、独占体の反人民的な攻撃であり、その解決は、あくまでも帝国主義の支配の転籍のたたかいと結びついているのである。
 第三には、帝国主義における国内支配体制の腐敗と危機のふかまりである。
 アメリカにおけるウォーターゲート事件の露呈と、それを契機とした政府危機の深刻な進展は、帝国主義の国内支配体制の危機、その腐敗と腐朽のふかさをきわめて明瞭に示している。帝国主義の体制的危機のふかまりは、官僚的、軍事的な機構の膨大な成長とその独立化、それを基礎とした政府執行権力のボナパルティズム的な強大化の傾向をますます強めざるをえない。またそれは、労働者人民の気孔をおおいつくすことによって、労働者人民の政治的自由をいっそう権力の利益に従属したものにするとともに、政府執行権力の腐敗と危機をいっそう深刻なものにしている。
 ウォーターゲート事件に示される政府の腐敗と危機は、帝国主義の体制的危機と、それをのりきるための攻撃の内乱的な手段性に照応するものである。まさに、アメリカ政府は、国際政治における侵略と侵略戦争の政策、労働者人民にたいする弾圧の政策の継続として、ブルジョア政治委員会内の敵対者を「かたづけた」のであり、それゆえその破綻は、ただちに、深刻な政府危機、政治危機に発展せざるをえないのである。
 戦後世界体制の崩壊的危機のふかまりを示す第二の要因は、スターリン主義の歴史的破産のいっそうのふかまりである。
 第一には、帝国主義の体制的危機とその脱出策としての攻撃にたいするスターリン主義の対応無力性のあらわれ、分解と没落のいっそうのふかまりである。
 スターリン主義陣営の一国社会主義理論と平和共存政策にもとづく屈服と協力の政策、情勢の平和的な発展にたいする期待と展望にもかかわらず、帝国主義の戦後世界体制の崩壊的危機は、スターリン主義をその激動の過程に強制的にまきこまざるをえない。帝国主義は、体制的危機のふかまりとそれにもとづく内乱的な情勢の発展、革命と革命的手段なしには打開しえない情勢の深刻さをスターリン主義に徹底的につきつけることによって、スターリン主義の無力さ、反革命性を完全にひきだし、その分解と没落をいっそう不可避とするのである。
 第二には、帝国主義の反人民的な攻撃、侵略と抑圧、搾取と収奪の政治を継続するための息つぎと居直りの攻撃にたいする屈服と協力のふかまりである。
 スターリン主義は、一国社会主義理論と平和共存政策、それにもと・つく民族主義、改良主義、議会主義への埋没のふかまりの結果として、帝国主義の体制的危機にたいし、革命と革命的手段を対置することができない。そのため、帝国主義の体制的危機にたいするスターリン主義の対応は、多かれ少なかれ、帝国主義の体制的危機をかけた攻撃にたいし、屈服と協力の姿勢をもってするものとならざるをえないのである。
 第三には、スターリン主義の無力さのあらわれ、分解と没落の不可避的な進展、帝国主義にたいする屈服と協力のふかまりのなかで、労働者階級と人民大衆にたいするスターリン主義の権威と影響力の後退、スターリン主義の全面的な破産が、ますますさけがたいものになっていることである。
 帝国主義の体制的危機とそのもとでの攻撃の激化は、不可避的に、革命と反革命の分岐を労働者人民のなかに大量的にもちこむ。このような情勢のもとにあっては、従来は主として前衛的な分子のあいだで問題となっていたスターリン主義と革命的共産主義の分裂・対立は、全階級的、全人民的な範囲にまで急速に拡大されざるをえないのである。スターリン主義諸国の労働者人民、あるいは、スターリン主義者党の指導下の労働者人民においても、世界革命の問題、過渡期社会の政策の問題、権力をめぐる戦略・戦術の問題、党の態勢とたたかいの問題などが、広範な実践的関心に成長せざるをえないのである。
 まさに、このような情勢の発展こそ、スターリン主義の大衆的基礎の重大な危機であり、その権威と影響力の後退と解体の決定的な情勢をつくりだすのである。後進国・半植民地人民の民族解放闘争(民族解放・革命戦争)と帝国主義の労働者人民の内乱・内戦――蜂起のたたかいの各自の発展とその有機的な結合の発展は、スターリン主義とプロレタリア階級闘争の敵対的な対峙を全世界的にかたちづくらざるをえない。
 戦後世界体制の崩壊的危機のふかまりを示す第三の要因は、民族解放・革命戦争を主要な形態とする後進国・半植民地人民の民族解放闘争と帝国主義国プロレタリアート人民の内乱のたたかいを両軸とする世界革命の巨大なたかまりが、帝国主義とスターリン主義の根底的な打倒の展望をはらんで統一的に発展しはじめていることである。
 第一には、後進国・半植民地における民族解放闘争の巨大なたかまりである。
 帝国主義の戦後世界体制は、すでにのべたように、大恐慌とそれにもとづく世界経済のブロック的解体、第二次大戦をとおして促進された帝国主義の危機のふかまりにたいし、アメリカ帝国主義の圧倒的な力量を基礎として、それを擬制的に解決したものであった。それゆえ、それは、三〇年代以来の後進国・半植民地の経済的危機をもとより解決するものではなく、反共軍事ブロック=多角的な集団安全保障制度といわゆる後進国経済援助を二つの通路として、あらたな植民地体制、あらたな民族的抑圧をおしつけるものでしかなかった。
 後進国・半植民地の人民は、旧宗主国の植民地支配にたいしたたかうだけでなく、反共軍事基地と金融的従属関係を二つのテコとしたあらたな植民地体制、帝国主義の後進国・半植民地体制の攻撃にたいし、民族解放闘争のあらたな発展をもってこたえた。民族解放・革命戦争を主要な形態とする民族解放闘争は、帝国主義国におけるたたかいのたちおくれ、その腐敗と後進性によって、種々の制約を与えられながらも、また、スターリン主義の指導によって種々の歪曲と妥協を生みだしながらも、帝国主義戦後世界体制の有機的な一環をなす現代植民地体制、後進国・半植民地体制を根底からゆりうごかす主体的力量として不屈の前進をとげており、帝国主義国の労働者階級と人民大衆の革命的なめざめをよびかける重大な衝突として発展している。
 第二には、帝国主義国におけるプロレタリアート人民の内乱のたたかいのはじまり、労働者階級と人民大衆の階級的なめざめ、後進国・半植民地人民のたたかいとの連帯のめざめのはじまりである。
 第二次大戦後、西欧・日本をはじめとする帝国主義国のプロレタリア階級闘争は、帝国主義とスターリン主義のヤルタ=ポツダム的な制圧に屈服することによって、戦後革命の決定的な敗北を経験し、そのうえ、戦後帝国主義の経済的な発展がもたらした一定の条件のもとで、議会主義・経済主義・組合主義に埋没し、帝国主義の戦後的な延命、戦後的な階級抑圧と民族抑圧のまえに完全に屈服してきたのであった。しかし、帝国主義国における革命的前衛の一定の形成とそのたたかいの前進、後進国・半植民地における民族解放闘争の巨大なたかまり――この二つの主体的な条件は、帝国主義の体制的危機のふかまり、侵略体制の攻撃の激化と、それと結びついた政治反動の強まり、インフレ・投機など国民生活の貧困化、労働条件の悪化などの条件と結びつくことによって、労働者階級と人民大衆の広大な政治的活性化、階級的なめざめと国際主義的連帯のはじまりを広範に生みだしているのである。
 第三には、後進国・半植民地の人民の民族解放闘争と帝国主義の労働者人民の内乱のたたかいのたかまりとが、帝国主義とスターリン主義の戦後世界体制を根底的に打倒する展望をはらんで前進しはじめたことである。
 帝国主義の戦後世界体制の崩壊的危機のふかまりと、それにもとづくスターリン主義の歴史的な破産のふかまりとして進展する戦後世界体制の解体的危機は、いまや、民族解放闘争の巨大なたかまりと、それと連帯した内乱のたたかいの前進と結びつくことによって、世界革命への過渡期としての重大な展望をひきだしはじめたのである。民族解放・革命戦争を主要な形態とする民族解放闘争と、帝国主義国における内乱とが世界革命として統一的に発展し、帝国主義とスターリン主義の反動の支配をうちやぶろうとしている時代的な傾向こそ、現代世界を根底的に規定している主要な特徴である。
 ソ連・中国をはじめとする過渡期社会の困難を突破する条件、過渡期社会のスターリン主義的な歪曲を粉砕する現実の力は、ただ現代世界のこのような時代的な爆発力を根底的にときはなち、それと決定的に結びつくことによって、はじめて革命的に形成されるのである。
 
 C 反帝・反スタ世界革命の現実性
 
 反帝国主義・反スターリン主義の世界革命の現実性は、帝国主義とスターリン主義の戦後世界体制の崩壊的危機のふかまりとともに、ますます鮮明となりはじめた。
 すでに見たように、反帝国主義・反スターリン主義の世界革命戦略は、ロシア革命を突破口とした世界革命への過渡期の平和共存形態的な変容をうちやぶり、開始された世界革命の事業を最後の勝利の日までおしすすめようとするものであり、現代のプロレタリア革命の唯一の綱領的立脚点である。帝国主義とスターリン主義の戦後世界体制の歴史的特質についてのマルクス主義的な分析、その矛盾の真の実践的な解決の道すじは、ただ、反帝国主義・反スターリン主義の綱領的見地にたつことによって、はじめてなしとげることができる。
 同様にまた、帝国主義とスターリン主義の戦後世界体制の根底的な動揺のはじまりについての革命的な認識、その崩壊的危機のふかまりについての革命的な見とおしは、ただ、反帝国主義・反スターリン主義の綱領的見地にたつことによってのみ、はじめてなしうるものだったのである。いいかえるなら、戦後世界体制の動揺と崩壊についてのわれわれの見とおしの正しさ、われわれだけがそれをなしえたという現実は、反帝国主義・反スターリン主義の世界革命戦略の正当性と現実性、戦後世界体制の歴史的特質とその革命的な打倒の展望の正当性と現実性をはっきりと証明している。
 こんにち、内外の情勢は、三〇年代へのラセン的回帰の特徴をくつきりとえがきだしている。よく知られているように、三〇年代のプロレタリア階級闘争は、二九年の大恐慌とそれにもとづく世界経済のブロック的解体、国民生活の深刻な困窮化と労働条件の悪化のもとで、革命と反革命の内乱的な衝突を全世界的な規模でくりひろげた。欧米における階級闘争の革命的、内乱的なたかまり、後進国・植民地における民族解放・革命戦争のはじまりが、その主要な特徴をなすものであった。
 もとより、三〇年代における革命と反革命は、スターリンと変質したコミンテルンの指導によって革命の敗北におわり、プロレタリア階級闘争は、反革命と帝国主義戦争のもとで血の海にしずめられた。かくして、三〇年代的な選択として人類につきつけられた課題は、帝国主義の延命と再編、世界革命のスターリン主義的な変質という相互に規定的な現実を基礎として、決定的にひきのばされたのであった。
 しかし、こんにちにおける内外の情勢は、戦後世界体制の崩壊的危機のふかまり、すなわち、帝国主義・スターリン主義・階級闘争の三つの局面の発展をとおして、革命と反革命の内乱的な激突の情勢、三〇年代的な選択の課題を急速にひきよせはじめた。いまや、現代のプロレタリア階級闘争は、戦後世界体制の崩壊的危機のふかまり、そのもとでの三〇年代的な基底の現実化のなかで、三〇年代における革命の敗北を真にのりこえる実践的な任務、反帝国主義・反スターリン主義の世界革命戦略の正当性と現実性を真に貫徹する階級的な任務につきあたりはじめたのである。
 
 第二節 日帝の統治形態の反動的転換の攻撃と大衆の政治的活性化
 
 こんにちの内外情勢の第二の主要な特徴は、日本帝国主義のアジア侵略と侵略体制の攻撃、統治形態の反動的転換など政治反動の全面的な激化、インフレ・投機・公害など国民生活の貧困化、搾取と収奪攻撃の激化であり、それにたいする労働者階級と人民大衆の階級的な反撃のたかまり、政治的なめざめと活性化のひろがり、主導的政治勢力における革命と反革命の分岐と対峙の前進である。
 帝国主義とスターリン主義の戦後世界体制の崩壊的危機のふかまりは、その累積する世界史的な矛盾を日本帝国主義のうえに集中的にくわえはじめた。もともと戦後における日本帝国主義の発展は、(1)日米安保同盟政策を基本とする政治外交路線、(2)重化学工業化を基軸とする高度成長政策、そのもとでの国民生活の一定の改善、(3)戦後民主主義的な統治形態と、そのもとでの階級闘争の平和的な発展、を三つの条件とするものであった。いわば、敗戦とそれによる植民地の喪失、国内支配体制の動揺などによって深刻な危機のふかまりに直面した日本帝国主義は、日米安保同盟政策をとることをとおして帝国主義戦後世界体制に積極的に参加し、そのもとで高度成長と戦後民主主義的な統治形態を実現することによってその危機をのりきり、帝国主義的な支配を四半世紀にわたって継続してきたのであった。しかし、戦後世界体制の崩壊的危機のふかまりは、日本帝国主義の戦後的な条件のひとつひとつを根本的にゆるがしはじめた。日米安保同盟政策の動揺、高度成長政策の破綻、戦後民主主義的な統治形態の行きづまりが、すなわちそれである。
 戦後世界体制と日帝の戦後体制の体制的危機の深刻な進展のなかで、日本帝国主義とその政治委員会は、戦後的発展の条件の動揺・危機をのりきるための絶望的な模索をはじめ、いまや、その基本的な総路線を「アジア再侵略」の道に求めはじめたのである。もとより、日本帝国主義のアジア侵略の道は、アジア人民の民族解放闘争の英雄的なたかまりのまえに各所で深刻な困難につきあたっている。しかし、もはや日本帝国主義には、いかなる他の道ものこされてはいない。侵略と侵略体制の攻撃とそれに結びついた政治反動の激化、インフレ・投機・公害など国民生活の貧困化、搾取と収奪の攻撃の激化の道だけが、日本帝国主義にとって可能なただひとつの道である。
 それゆえ、日本帝国主義のアジア侵略の道と、そのもとでの反動攻勢の激化は、不可避的に、アジア人民と日本プロレタリアート人民の反撃のたかまりをよびおこさざるをえない。日本帝国主萌の体制的危機をかけた攻撃のひとつひとつが、あらたな矛盾を生みだし、それを強め、体制的危機をいっそう促進していく過程とならざるをえないのである。
 
 A 日帝のアジア侵略と侵略体制の攻撃の全面的激化
 
 日本帝国主義のアジア侵略と侵略体制の攻撃は、いまや、ベトナム和平をめぐるアジア情勢の流動化、激動化のなかで、いっそう凶暴なやり方で強められはじめた。ベトナム・インドシナ――アジアを基軸としたアメリカ帝国主義と日本帝国主義の共同侵略の継続・激化・拡大の攻撃、南朝鮮――台湾――タイを基軸とした日本帝国主義の独自のアジア侵略の強まり――こうした二つの面での日本帝国主義のアジア侵略、それに対応した日米安保同盟の再編強化、七二年沖縄「返還」政策にもとづく沖縄五・一五体制の攻撃の激化が、その主要な特徴である。
 日本帝国主義のアジア侵略と侵略体制の攻撃の激化を示す第一の要因は、日本帝国主義のアジア侵略の絶望的な強まりである。
 第一には、ベトナム休戦協定をめぐるベトナム・インドシナ――アジアの情勢の流動化、激動化のなかでのアメリカ帝国主義と日本帝国主義の共同侵略の継続・激化・拡大の攻撃の強まりである。米空母ミッドウェイの横須賀母港化の攻撃に見られるように、日米の両帝国主義のアジア侵略の野望、アジア支配の維持のための軍事力強化の策動は、休戦協定後ますます強くなっている。かれらは、協定が、侵略の維持・継続・激化・拡大のための息つぎ、居直りの攻撃であり、一時的な安定すらもたらしえないことをよく知っているからこそ、ひとときといえども侵略と侵略戦争の態勢をゆるめようとはしないのである。
 第二には、七・四声明をめぐる朝鮮情勢の流動化・激動化のなかでの日本帝国主義の朝鮮侵略・南北分断固定化・日韓体制強化の攻撃の強まり、中国の国連加盟、日中復交の新しい情勢のもとでの日本帝国主義の台湾侵略・「二つの中国」固定化・釣魚台略奪の攻撃の強まりであり、タイをはじめとするアジア全域への侵略の広がりである。
 日本帝国主義は、アメリカ帝国主義と共同してアジア全域にたいする侵略と侵略戦争の態勢、アジア後進国・半植民地体制を維持・強化するために策動するとともに、その一翼として独自の植民地支配の道を強く求めはじめ、そのための重大な足がかりを朝鮮――台湾の宗主国化の道に見いだしているのである。
 第三には、在日アジア人民にたいする入管法と入管体制の攻撃の強まり、民族的抑圧とポグロム的襲撃の強まりである。日本帝国主義は、戦後的発展の過程において、在日アジア人民にたいする差別・抑圧・分断・まっ殺の反人民的な攻撃を継続し、日本の労働者人民の排外主義的な動員の重大なテコとしてきたのであるが、日帝の体制的危機のふかまりと、そのもとでのアジア侵略の道の強まりのなかで、在日アジア人民にたいする民族的抑圧とポグロム的襲撃を決定的に強めはじめたのである。
 日本帝国主義のアジア侵略と侵略体制の攻撃の激化を示す第二の要因は、アジア侵略にむかっての安保同盟の再編強化の攻撃である。
 第一には、日米両帝国主義のアジア共同侵略の方向にむかっての日米安保同盟の再編強化の攻撃の強まりである。もともと日本帝国主義にとって、日米安保同盟政策は、敗戦にもとづく占領関係を同盟関係に転換させることによって、帝国主義の戦後世界体制に積極的に参加するとともに、アジアの共同侵略、アジア後進国・半植民地体制の維持・強化の一翼をになおうとするものであった。日本帝国主義の政治的・経済的な力量の一定の強化と、その新しい条件のもとでの体制的危機のふかまりのなかで、日本帝国主義は、日米安保同盟を日米のアジア共同侵略の攻守同盟としての方向へいっそう強くおしすすめようとしているのである。
 第二には、日米のアジア共同侵略、日本帝国主義のアジア侵略の方向にむかっての日本の基地網の再編強化の攻撃の強まりであり、日本の工業力・運輸交通手段・通信手段などの全面的な動員の攻撃の強まりである。日本帝国主義は、一方では、アメリカ帝国主義の要請をうけいれるかたちをとって国内の政治的合意をとりつけながら、他方では、独自の侵略的野望にそって安保の再編強化をはかり、基地網の再編強化、工業力・運輸交通手段・通信手段の全面的な動員のための準備に本格的にとりくみはじめたのである。
 第三には、自衛隊の帝国主義軍隊としての強化のための攻撃の強まりである。すでに自衛隊は、強大な兵力と火力をもつ世界で有数の軍隊である。日本帝国主義は、日米安保政策をもって過重な防衛負担を回避し、その生産力を高度成長過程に集中的に投入することを基本政策としながらも、同時に、警察予備隊――保安隊――自衛隊という成長過程をとおして、自衛隊を強力な反革命と侵略の恒常的武装勢力にそだてあげてきた。いまや、日本帝国主義とその政治委員会は、戦後的な発展をとおしてつくりださた政治的、経済的な力量を基礎にして、自衛隊の帝国主義軍隊としての徹底的な強化をかちとり、帝国主義諸国内の地位の上昇、アジア侵略と侵略体制の飛躍的な強化をかちとろうとしているのである。
 日本帝国主義のアジア侵略と侵略体制の攻撃の激化を示す第三の要因は、日帝の七二年沖縄「返還」政策にもとづく沖縄五・一五体制の攻撃の激化である。
 第一には、沖縄県民の本土復帰の要求を逆手にとった沖縄のペテン的な「返還」政策、沖縄――本土をつらぬくアジア侵略体制への沖縄――本土の労働者人民の動員の攻撃の強まりである。第二次大戦の最後の段階において、絶望的な沖縄戦を県民に強制し、多大な犠牲を生みだしたばかりか、戦後処理の過程においても、日米安保同盟政策の犠牲として沖縄の分離支配をゆるしてきた日本帝国主義は、不屈にたたかわれた沖縄県民の本土復帰闘争のたかまりのまえに、日帝の分離政策にもとづくアメリカ帝国主義の軍政支配の破綻があきらかとなり、沖縄奪還のたたかいが安保粉砕・日帝打倒の戦略的展望のもとに発展するのを回避するために、ペテン的な七二年沖縄「返還」政策をうちだし、それをテコとして安保の反動的大再編、アジア侵略体制への沖縄――本土の労働者人民の動員の攻撃をくわえてきたのである。
 第二には、沖縄にたいする五・一五体制の強制、動揺する米帝の沖縄基地を日米のアジア共同侵略の最前線基地として維持・継続・激化・拡大する攻撃の強まりである。日本帝国主義は、ペテン的な七二年沖縄「返還」政策によって県民の本土復帰・基地撤去――永久核基地化阻止のたたかいをすりかえ、日帝の政治支配のもとで侵略基地の島としての沖縄の現実を永久化しようとしているのである。
 第三には、自衛隊の沖縄派兵をはじめとする沖縄五・一五体制のもとでの諸攻撃の激化である。日米両帝国主義のアジア共同侵略の最前線基地、朝鮮・台湾を制圧し本土に直結する極東の軍事的カナメ石としての沖縄の厖大な基地網の拡大強化、久保・カーチス協定にもとづく自衛隊の沖縄派兵、県民の生活基盤を全面的に破壊するインフレ・投機・公害の攻撃の強まり、全軍労など沖縄の労働者にたいする合理化と組合破壊の攻撃の激化、沖大にたいする廃校攻撃などが、すなわちそれである。
 
 B 小選挙区制とあらゆる面での反動攻勢
 
 日本帝国主義のアジア侵略と侵略体制の攻撃の激化は、.それにたいするアジア人民と日本労働者人民の反撃のたたかいをもひとつの要因としつつ、小選挙区制をはじめとする反動攻勢の全面的な強まりをよびおこさざるをえない。日本帝国主義とその政治委員会は、佐藤時代の政治外交路線(アジア侵略、安保同盟、沖縄五・一五体制)をいっそう凶暴で、いっそうデマゴギッシュな方法でひきつぎ、おしすすめるとともに、あらゆる方面において反動攻勢を強めはじめたのである。第一には、戦後民主主義的な統治形態のボナパルティズム的な転換を画期する小選挙区制の攻撃の強まりである。
 すでに見たように、戦後日本帝国主義は、日米安保政策と高度成長政策の発展を基礎として、戦後民主主義的な統治形態を生みだし、そのもとで階級闘争の体制内的な包摂を実現してきたのであった。まさに、戦後民主主義は、帝国主義の戦後的な危機のなかで、それをのりきるためにとった特殊な統治の形態であり、労働運動内の主要な潮流をたえず議会主義の枠のなかに包摂しつつ、その事実上の承認と協力をとりつけ、強大な行政権力を基礎としてブルジョアジーの独裁を貫徹していくことを特徴とするものであった。
 しかし、日本帝国主義の体制的危機のふかまりと、そのもとでのアジア侵略と侵略体制の攻撃の激化、あらゆる面での反動攻勢の強まりは、戦後民主主義的な統治形態をブルジョア独裁の桎梏に転化させはじめたのである。野党に一定の反対闘争をゆるし、その代償として、最後的には重要法案にたいする事実上の承認と協力をとりつける、といった議会制民主主義の方法では、体制的危機のもとでの日帝の諸矛盾の累積に対処し、侵略と反動の政治を強権的におしすすめていくことは、もはや困難となりはじめたのである。
 それゆえ、日本帝国主義の小選挙区制の攻撃は、「議会制民主主義の再確立のための策動」(カクマル)などではもとよりなく、帝国主義の体制的危機のふかまりの情勢、侵略と侵略体制の攻撃の強まりの情勢に照応したブルジョア独裁の統治形態をつくりだすための「上からの内乱」的な攻撃、体制的な危機と命運をかけた至上命令的な攻撃いがいのなにものでもないのである。
 第二には、入管、優生、防衛、靖国、筑波=教育、国鉄、健保など、小選挙区制に示される政治反動、政治制度の反動化の実質を先どりする反動諸法案の攻撃の全面的な強まりである。
 これら一連の反動諸法案の攻撃は、それぞれ独自の反動的な狙いをもちつつも、全体として日本帝国主義の支配のあらゆる面での反動化をはっきり示している。日本帝国主義とその政治委員会は、小選挙区制の攻撃をとおして戦後民主主義的な統治形態からボナパルティズム的な統治形態への転換をもくろむとともに、そのより凶暴な侵略と反動の政治を先どりするものとして、一連の反動諸法案の強行成立をおしすすめようとしているのである。
 第三には、入管・狭山、天皇発言など排外主義・差別主義・権威主義の攻撃のかつてない強まりである。
 日本帝国主義とその反動的諸勢力は、体制的危機のふかまりとそのもとでの諸矛盾の累積を労働者人民に転嫁するために、一方では在日アジア人民にたいする民族抑圧、部落民をはじめとする被差別諸階層の人民にたいする差別・抑圧・分断・まっ殺の攻撃を強めるとともに、他方では、排外主義・差別主義・権威主義のもとへの日本の労働者人民の反動的動員をはかろうとしている。在日アジア人民にたいする入管法と入管体制の攻撃、国士館など右翼学生による在日朝鮮人民へのポグロム的な襲撃。無実の部落青年石川一雄氏と三百万部落民にたいする狭山差別裁判の攻撃、同対審答申にもとづく部落差別と融和・まっ殺の攻撃。天皇発言問題をテコとした天皇の政治的登場と自衛隊の本格的帝国主義軍隊としての強化の策動。日本帝国主義の排外主義・差別主義・権威主義をテコとした抑圧の強まり、動員の強まりは、いまやすべての面での反動化のもっとも重要な環をなしているのである。
 第四には、国民生活のいちじるしい窮乏化、搾取と収奪の攻撃の強まりである。
 その第一の基軸は、独占体を救済し、その矛盾をしわよせする財政金融政策の展開である。いわゆる日本列島改造論によって放漫財政――インフレ・投機・公害のいっそう凶暴なひろがりの口火をきった日帝・田中体制は、国鉄・健保・経済統制法など、独占体の矛盾をしわよせし、労働者人民の犠牲のもとに独占体の支配力を強める攻撃をつぎつぎとおしすすめている。
 第二の基軸は、インフレ・投機・公害など国民生活の直接の貧困化である。財政金融政策において、独占体を救済し、労働者人民の犠牲のもとに独占体の高蓄積をはかり、その支配力を強めようとする日本帝国主義の攻撃は、同時にまた、労働者人民の直接の国民生活の面においても、物価騰貴、食糧汚染のかたちをとって小生産者、小商工業者、消費者の生活の絶望的な貧困化をもたらしている。
 第三の基軸は、賃金抑制と合埋化、労働密度の強まりと労働災害の激増、企業防衛主義とマル生運動の攻撃など、労働者にたいする搾取と抑圧の強まりである。日本帝国主義とそのブルジョアジーは、戦後世界体制の崩壊的危機とそのもとでの日本帝国主義の体制的危機を主として労働者階級の犠牲のもとにのりきるために、労働者にたいする搾取の強化を飛躍的に強めはじめたのである。
 第五には、労働者階級の革命的前衛、党と革命勢力にたいする弾圧の系統的な強化である。
 党と革命勢力にたいする日本帝国主義とその国家権力による破防法攻撃は、危機のふかまり、階級的な対峙の情勢のふかまりのなかで、ますます全面的で系統的な性格をもってすすめられている。警察=カクマル連合のふかまりとそれを背景とした反革命カクマルの白色テロ襲撃の激化は、権力による破防法攻撃の特殊な手段をもってする継続、破防法攻撃の行きづまりを民間反革命の動員という内乱的な手段をもって突破しようとする凶暴な攻撃である。日本帝国主義とその国家権力は、革命党と革命勢力の組織にたいする絶望的な弾圧をすすめるために、一方では、それじしん一個の内乱的手段をなす破防法攻撃の全面的で系統的な発動をおしすすめるとともに、他方では、破防法攻撃の行きづまりを警察=カクマル連合、反革命カクマルによる白色武装襲撃という他のいっそう内乱的な手段を行使することによって突破しようとしているのである。
 
 C 七〇年代階級闘争の革命的、内乱的発展
 
 日本帝国主義の体制的危機のふかまりのなかでのアジア侵略と侵略体制の攻撃、小選挙区制・反動諸法案や入管・狭山・天皇など政治反動のあらゆる面での激化、国民生活の窮乏化、搾取と収奪の攻撃――こうした日本帝国主義の反動攻勢の全面的な強まりは、労働者人民の政治的な反応のたかまり、政治的行動の活性化をいたるところで生みだし、階級闘争の革命的、内乱的なたかまりの展望を急速に成熟させはじめている。七〇年代中期の高揚と爆発の情勢にむかっての階級闘争のこのような発展は、それゆえまた、戦後民主主義の条件のなかにいっさいの存在理由を見いだしてきた既成左翼・社共の戦略的な破産をあばきだすとともに、内乱期の反革命・カクマルの危険な反階級的な役割をも徹底的にあばきだし、真の革命党と革命勢力の本格的な前進をうながさずにはおかない。
 日本階級闘争の革命的、内乱的な発展を規定している第一の要因は、帝国主義の側の攻撃が内乱的な手段をとってすすみはじめていることである。
 第一には、小選挙区制や反動諸法案の攻撃に見られるように、帝国主義の政治反動のあらゆる面での強まりが、その内容においてことごとく戦後民主主義的な統治形態を内乱的に破壊する質をもっていることである。日本帝国主義の体制的危機のふかまりと、そのもとでのアジア侵略と侵略体制の攻撃の全面的な強まり、その政治的な質に照応して、政治反動のあらゆる面での強まりが内乱的な情勢をひきださずにはおかない質をもちはじめているのである。
 第二には、日本帝国主義の政治の方法が、内乱的な情勢、内乱的な階級対峙をおそれず、むしろ、それを積極的にひきだすことによって、議会内反対派の無力性と裏切り、その戦略的な破産をつきだし、ブルジョアジーの独裁を赤裸々につらぬく方向を強くしていることである。「自由か、独裁か」という内乱的、挑戦的スローガンにもとづく恫喝の政治の強まり。「ブルジョア独裁か、プロレタリア独裁か」 「屈服の道か、内乱の道か」という戦略的な選択、三〇年代的な選択の帝国主義の側からの挑戦的なつきつけと、それにたいする議会内反対派の屈服の政治のふかまり。こうした政治的な構図こそ、危機にたつ日本帝国主義の政治の基本的方向を示しているのである。
 第三には、右翼諸勢力や反革命カクマルなど民間の反革命勢力の動員の強まり、議会内反対派や革命党・革命勢力にたいする白色武装襲撃の計画的、系統的な強まりである。日本帝国主義とその国家権力は、行政的・軍事的な官僚機構の強大化をはかり、それを基礎として統治形態のボナパルティズム的な転換の政治をおしすすめるとともに、それと結びつけて民間の反革命諸勢力を動員し、それを直接の内乱的手段として行使することによって、政治反動をいっそう強力におしすすめる武器にしているのである。
 日本階級闘争の革命的、内乱的な発展を規定している第二の要因は、労働者人民の政治的反応のたかまり、政治的行動の活性化である。
 第一には、小選挙区制、反動諸法案の攻撃にたいする労働者人民の政治的反応の広範なたかまり、政治反動に反対する政治闘争の巨大なたかまりの展望である。帝国主義の「上からの内乱」である小選挙区制の攻撃、統治形態の反動的転換を先どりする反動諸法案の攻撃にたいし、労働者階級と人民大衆、七〇年安保・沖縄闘争の広大なたかまりの経験、二つの十一月としてうちぬかれた決戦的な質をもった闘争の勝利の経験をひきつぎ、七〇年代中期の壮大な高揚と爆発の展望をひきだすものとして、つぎつぎとたちあがりはじめたのである。それは、ベトナム・沖縄・ミッドウェイ・派兵など日帝のアジア侵略と侵略体制の攻撃にたいするたたかいのたかまり、入管・狭山など排外主義と差別主義の攻撃にたいする諸戦線のたたかいのたかまりなどと結びつき、相互に強めあいながら、全体として政治闘争の革命的、内乱的なたかまりの重大な通路をつくりだしているのである。
 第二には、七三春闘として示された労働運動のたかまりの展望、国鉄労働者の無期限強力順法・長期大ストライキをめざすたたかいをめぐる内乱的な情勢のたかまりの展望である。労働者階級にたいする日本帝国主義の搾取と収奪、弾圧と抑圧の攻撃は、こんにち、(1)インフレ・投機・公害など労働者の生活環境の悪化、(2)賃金抑制と合理化、労働強化と労働災害、労資協調とマル生運動の攻撃など労働条件の悪化、(3)配転と処分、首切りと逮捕など労働者の政治的・経済的なたたかいにたいする弾圧の強化、の三つの面においてそれぞれ凶暴な強まりを示している。一方、日本の労働者階級は、政治的反応のたかまり、政治的行動の活性化、政治闘争の持続的な発展の情勢のなかで、政治闘争の中心勢力としての役割をはたすとともに、そのたたかいと結びつけて、スト権奪還・大幅賃上げ・合理化粉砕をめざす独自の経済闘争を革命的、戦闘的に展開しぬき、日本帝国主義の搾取と抑圧の攻撃にたいする内乱的な対時の情勢を準備しはじめている。日本帝国主義と労働者階級のこのような階級関係の形成は、政治闘争とならんで経済闘争の面においても内乱的な衝突が不可避であることをはっきりと示している。
 第三には、日本帝国主義の生活破壊、環境破壊にたいする労働者人民の共同のたたかいのたかまりである。空港、新幹線、道路、マンション、火力発電所などの建設に反対する住民のたたかい、公害・公害病・汚染などの生活破壊に反対する農漁民・住民のたたかい、インフレ・投機・買占めなどに反対する中小商工業者・住民のたたかいなど――日本帝国主義の独占擁護の政策、生活破壊と環境破壊の攻撃の強まりにたいするたたかいは、労働者人民の広範な部分をつぎつぎと政治過程にひきこみはじめ、それじしんとして一個の内乱的な情勢をつくりはじめているのである。
 日本階級闘争の革命的、内乱的な発展を規定している第三の要因は、階級闘争をめぐる政治的指導勢力の革命と反革命への分岐と対峙の前進である。
 第一には、社会党、共産党の戦略的な行きづまり、より広大な規模での破産の展望である。戦後民主主義的な統治形態のもとで野党第一党の地位をしめていた社会党は、日本帝国主義の統治形態の反動的な転換の攻撃の強まりのなかで、その物質的な基礎を急速に失いつつある。社会党の急激な後退のなかで、二段階戦略にもとづく「人民的議会主義」の道をとり、その強大な組織力を基礎として議会内に一定の勢力を進出させた日共は、外見上の躍進性にもかかわらず、日本帝国主義の内乱的な手段をも駆使したゆさぶりのまえに、つぎつぎと原則上の後退を生みだしながら、戦略上の行きづまり、より広大な規模での破産の展望を生みだしはじめた。日共の民族主義、議会主義への際限のない埋没は、帝国主義の側からの内乱的手段の行使、戦後民主主義からボナパルティズムへの統治形態の反動的な転換の攻撃にたいする抵抗力をますます弱め、失わせている。
 第二には、反革命カクマルの戦略的破産の深刻化であり、ひとかけらの政治的正当性もない白色テロ集団としての純化である。もともと反革命カクマルは、革命の旗をかかげて反革命の実践をおこなうかれらの本質からして、正当にも帝国主義の永遠の生命力を賛美し、その体制的危機の存在を否定することによって、かれらのペテン的な組織現実論なるもの、区別と連関論なるものを合理化してきたのであった。しかし、日本帝国主義の体制的危機をかけた統治形態の反動的転換の攻撃、内乱的手段を行使した政治反動のあらゆる面での強まりをまえにして、反革命カクマル指導部は、小選挙区制の攻撃のもつ歴史的な意義を合理的に説明することができなくなり、「議会制民主主義の再確立のための小選挙区制」という日帝・田中体制のデマゴギーにますますふかくすがりつかなくてはならなくなっているのである。その結果、かれらは、戦略的破産のなかでのいっそう反階級的な「生」を維持するために、警察=カクマル連合のふところにますますふかく逃げこみ、白色テロの技術的な純化にのみその役割を見いださざるをえなくなり、かくすることによって、二重対峙・対カクマル戦の激化をとおして内乱的な情勢をいっそう促進しているのである。
 第三には、わが同盟(党)と革命勢力の堅実で全面的な前進、日本階級闘争の革命的、内乱的な発展についての戦略的な展望の明確化である。日本労働者階級の人民大衆の政治的反応のたかまり、政治的行動の活性化の情勢は、一方において内乱的な情勢の発展を恐怖し、それに敵対する社共、カクマルの勢力、他方において内乱的な情勢の発展を歓迎し、それを革命的に前進させんとする勢力、すなわち、プロレタリア階級闘争をめぐる反革命と革命の分岐と対峙の前進を生みだした。日本帝国主義とその国家権力、警察=カクマル連合を背景とした反革命カクマル――この二つの反動にたいする二重の内乱的な対峙の発展は、日本階級闘争の革命的、内乱的な発展をもっとも根底的な意味においてしっかりと基礎づけているのである。
 
 第三節 革命的情勢への過渡期の成熟とそれに応じた党の三つの義務
 
 こんにちの内外情勢の第三の主要な特徴は、レーニンの、いわゆる革命的情勢への過渡期の成熟である。帝国主義とスターリン主義の戦後世界体制の崩壊的危機のふかまりと、そのもとでの反帝国主義・反スターリン主義の世界革命戦略の正当性と現実性の強まり。日本帝国主義の体制的危機とその反動的脱出策としてのアジア侵略と侵略体制の攻撃の強まり。それと結びついた政治反動のあらゆる面での激化。戦後民主主義的統治形態の反動的転換の攻撃の強まりと、それにたいする労働者人民の政治的反応のたかまり。政治的行動の活性化、主導的政治勢力における革命と反革命の分岐と対峙の前進。こうした内外の情勢の主要な特徴は、レーニンのいわゆる革命的情勢への過渡期の成熟を明確に基礎づけているのである。それゆえ、またそれは、革命的情勢への過渡期に応じた革命党の態勢の前進、レーニンのいわゆる三大義務の貫徹にむかっての本格的な準備を強く求めているのである。
 
 A.レーニンの革命的情勢の規定の問題
 
 まず最初に、レーニンのいわゆる革命的情勢についての規定の問題について再確認しよう。
 よく知られているように、レーニンは、第一次大戦の真っただなかという時点で、世界戦争が革命的情勢をつくりだしているにもかかわらず、第二インターの裏切り分子どもが、革命がまだおこっていないことをもって革命的情勢の存在そのものを否定し、革命的情勢のもとでの革命党の任務を否定してしまうことにたいし、「戦争を内乱へ!」の革命的スローガンのもとに全面的な批判をくわえ、独自に革命党の建設、革命闘争の本格的な前進をおしすすめていったのである。そのなかで、レーニンは、革命的情勢についてつぎのような明解な規定を与えている。
   「マルクス主義にとっては、革命的情勢なしには革命は不可能であり、しかも、どんな革命的情勢でも革命へみちびくとはかぎらない、ということは疑問の余地がない。一般的にいって革命的情勢の徴候はどういうものか? つぎの三つのおもな徴候をあげれば、おそらくまちがいはなかろう。
 @支配階級にとって、不変のかたちでは、その支配を維持することが不可能になること。『上層』のあれこれの危機、支配階級の政治の危機が、亀裂をつくりだし、それにそって、被抑圧階級の不満と憤激が爆発すること。革命が到来するには、通常、『下層』がこれまでどおりに生活することを『欲しない』というだけではたりない。さらに、『上層』がこれまでどおりに生活することが『できなくなる』ことが必要である。
 A被抑圧階級の貧困と窮乏が普通以上に激化すること。
 B右の諸理由から、大衆の活動力がいちじるしくたかまること。大衆は、『平和な』時期には、おとなしく搾取されるままになっているが、嵐の時代には、危機の環境全体と『上層』そのものとによって、自主的な歴史的行動にひきいれられる。
 個々のグループや党の意志だけでなく、個々の階級の意志にも依存しないこれらの客観的変化なしには、革命は――概して――不可能である。これらの客観的変化の総計こそ、革命的情勢とよばれるものなのである。このような情勢は、一九〇五年のロシアと西欧のすべての革命期に存在した。だがまたそれは、前世紀の六〇年代のドイツにも、一八五九――一八六一年、一八七九――一八八〇年のロシアにも存在した。けれども、これらのばあいには、革命はおこらなかった。なぜか? なぜなら、およそ革命的情勢があればかならず革命がおこるというわけのものではなく、ただ、つぎのような情勢からだけ、すなわち、右に列挙した客観的変化に主体的変化が結びつくばあい、つまり旧来の政府を粉砕する(またはゆるがす)にたる強力な革命的大衆行動をおこす革命階級の能力が結びつくようなばあいにだけ、おこるものだからである。この旧来の政府は、これを『失墜』させないかぎり、たとえ危機の時期であろうともけっして『たおれる』ものではない。これが、革命にたいするマルクス主義者の見解であり、それはすべてのマルクス主義によってなんどもなんども展開され、議論の余地のないものとみとめられたものである」(『第二インターナショナルの崩壊』国民文庫、三六〜三七ページ)。
 われわれは、レーニンのこの規定の革命的な精神をうけつぎ、それを現代の当面している情勢に創造的に適用していかなくてはならない。
 第一には、すでにおこなわれた分析でもあきらかのように、戦後世界体制の崩壊的危機と日本帝国主義の体制的危機のふかまりのなかで、「上層」=帝国主義的な支配階級が、従来どおりの方法でその支配を維持することがますます困難になりはじめており、それを反動的に打開するための攻撃が支配階級の政治の危機、その亀裂をつくりだし、それにそって「下層」=プロレタリアート人民の不満と憤激が爆発する情勢の展望がますます強まっていることである。
 第二には、労働者人民の貧困と窮乏が、インフレと投機、搾取と収奪の攻撃の強まりによって「普通以上に激化」しており、大衆の不満と憤激の爆発がますますさけがたくなる情勢の展望が生まれてきていることである。
 第三には、帝国主義の側の危機、それに対応したスターリン主義の危機によって、大衆の活動力がたかまり、ますます広範な部分が自主的な歴史的行動にひきいれられる情勢の展望がすすみはじめていることである。
 もとよりこんにちの情勢の成熟は、帝国主義とスターリン主義の時代的規定性をもつものとしてすすでいる。すなわち、第一には、帝国主義とスターリン主義の時代を根底的につらぬく世界革命の過渡期という時代的特徴を本質的な背景として、資本主義体制の延命のためには、アメリカ帝国主義を基軸とする戦後世界体制を是が非でも護持しようとする力がはたらき、矛盾の爆発を不断にひきのばそうとしていること、第二には、スターリン主義の裏切りによって大衆の「自主的な歴史的行動」への決起がたえずゆがめられ、さまたげられていることである。いいかえるならば、帝国主義の側においても、スターリン主義側においても、情勢の爆発を先どり的に制圧する努力がいちじるしく強く、それを回避するためならばどんなことでもする傾向がある、ということである。しかし、こうした傾向は、けっして革命的情勢への過渡期の成熟の存在を否定するものではなく、かえって、その深さと広さを示すものでしかないのである。
 
 B 革命的情勢に応じた革命党の三つの義務の問題
 
 つぎに、革命的情勢に応じた革命党の態勢、革命の本格的な準備のための党の三つの義務の問題について再確認するとしよう。
 レーニンは、革命的情勢の規定を与えた前記の論文において、革命的情勢に応じた党の態勢の問題、革命闘争を本格的に準備するための党の基本原則の問題について、つぎのような一般的解答を与えている。
 「ここではすべての社会主義者の、もっとも議論の余地のない、そしてもっとも基本的な義務が問題なのである。すなわち、革命的情勢が存在することを大衆のまえにあきらかにし、それの広さと深さを説明し、プロレタリアートの革命的自覚と革命的決意をよびさまし、プロレタリアートをたすけて革命的行動にうつらせ、この方向で活動するために革命的情勢に応じた 組織をつくりだすという義務が、それである」
 「人民を鼓舞しゆすぶり、資本主義の崩壊をはやめるために危機を利用すること。今日の諸党が自己のこの義務を履行しないことはかれらの裏切りであり、かれらの政治的死であり、自 己の役割の放棄であり、ブルジョアジーの側への移行である」(国民文庫、四一ページ)。
 われわれは、レーニンのこの提起を、革命的情勢のもとでの「主体的な変化」をうながすために、全力をあげて能動的にたたかう革命的精神をうちだしたものとして真剣にうけとめ、その実践を本格的に準備するたたかいをおしすすめる重大な基本原則としていかなくてはならない。すなわち、(1)革命の問題、革命的手段の問題の真向うからの提起。革命にむかっての宣伝、扇動の全面的展開。(2)革命的行動への移行の促進。革命的行動の可能的着手、その計画的、系統的強化。
(3)非合法的基盤、非合法的組織、非合法的活動の創造、合非の問題の正しい解決、がそれである。
 もとよりわれわれは、レーニンによって提起された三つの義務を機械的に確認するのではなく、その明瞭な原則的確認にふまえて、それを現在の情勢のもとで具体的、創造的に適用していく実践的方法にたたなくてはならない。第一には、党そのものがいまだ建設の途上にあることを徹底的に重視しなくてはならない、ということである。われわれは、レーニンのいわゆる三大義務をしっかりと堅持し、その可能的な着手をあらゆる方法で追求しながらも、こうした義務の実践にとって絶対的な基礎をなす党建設の事業を独自に徹底しておしすすめなくてはならないのである。第二には、情勢そのものが過渡的、端緒的な段階にあることをはっきりと見すえ、レーニンのいわゆる三大義務の本格的な実践にむかって堅実で全面的な準備のたたかいをおしすすめることである。われわれは、時期尚早の決起にひきこまれることなく、また情勢.の急速な爆発に不意打ちをくうことなく、情勢の確実な進展にそって一歩一歩じっくりと前進しなくてはならない。第三には、敵権力の弾圧の複雑な構造に正しく対応していくことである。われわれは、党の非合法的組織、非合法的活動、非合法的基盤の独自の建設のために全力をあげてたたかい、全党の組織と活動を非合法の質で武装するためにたたかうとともに、党の合法的陣地、合法的活動を徹底的に重視し、そこにおいても強大な前進をかちとっていかなくてはならないのである。
 社共――カクマルの基本的な誤りは、その体制内的左翼としての本質に規定されて、革命的情勢への過渡期の成熟というこんにちの情勢のもっとも主要な特徴をみとめることができず、それゆえまた、レーニンのいわゆる三つの義務、革命的情勢に応じた革命党の任務の問題を実践的な課題としてとらえることができず、その結果、情勢の内乱的な兆候に恐怖し、権力の内乱的な手段をかけた攻撃に屈服してしまい、革命の本格的な準備のためにたたかう革命党と革命勢力にたいし、権力と結託して敵対せざるをえないところにある。階級闘争の平和的発展期においては、一見して量的な差異に見えたものが、革命的情勢においては革命と反革命の関係としてあらわれるのである。情勢は、急速なテンポでこうした時代にちかづきはじめたのである。
 レーニンのいわゆる革命的情勢についての規定にふまえて、こんにちの内外情勢をとらえるならば、すでにいくたびも確認してきたように、世界的な規模で革命的情勢への過渡期が成熟しつつある、ということができる。同時にまた、レーニンのいわゆる三つの義務、革命的情勢に応じた党の原則的な態度にふまえて、七〇年代中期におけるわれわれの任務を規定するならば、すでにいくつかの問題の検討において示唆してきたように、革命の本格的な準備の推進、革命的情勢に応じた党の態勢の本格的な建設にある、ということができる。
 
 C 七〇年代中期の高揚と爆発の展望とわれわれの任務
 
 それでは、七〇年代中期の展望とそこにおけるわれわれのたたかいは、一般的にいってどのような性格のものになるであろうか。
 第一には、七〇年代の中期をとおして、戦後世界体制の崩壊的危機とそのもとでの日本帝国主義の体制的危機が、ますますふかまっていくであろうということである。いいかえるならば、七〇年代中期の情勢の特徴は、革命的情勢の過渡期のいっそうの成熟である。七〇年代中期の高揚と爆発の展望を条件づけている情勢の主要な特徴は、いかなる意味でも一時的なものではありえない。
 第二には、七〇年代の中期をとおして、階級闘争の上昇、内乱的な情勢の成熟が、持続的につづくであろう、ということである。いいかえるならば、七〇年代中期の階級闘争の特徴は、革命的情勢の過渡期の成熟に応じた主体の側の発展期、革命闘争と革命党の建設の事業の堅実で全面的な発展の時代である。
 第三には、七〇年代の中期をとおして、内乱の情勢、権力と反革命カクマルにたいする革命党と革命勢力の二重の内乱的対峙が、ますます、全社全的な性格をもちはじめるであろう、ということである。いっさいの政治勢力が、その政治的、組織的力量を全面的にぶつけあい、その存亡と主導権をうばいあう時代が、ますます確実なテンポですすみはじめているのである。
 第四には、七〇年代の中期をとおして、急激な爆発的情勢がおとずれる可能性が存在している、ということである。情勢の持続的な上昇を基礎とし、そのうえにおとずれる情勢の急激な爆発がどのような規模のものになるか、それを予測することはあまり有効なことではない。しかし、こんにちはっきりといえることは、急激な爆発がいったん生まれたならば、それは多かれ少かれ、権力と反革命の強力な内乱的反動をよびおこし、それをめぐつて情勢のいっそうの爆発的な拡大がはじまるであろうことである。
 第五には、七〇年代の中期をとおして、革命党と革命勢力が「高揚への上昇の傾向をしっかりとつかまえて、一歩一歩しっかりと前進」し、爆発の情勢に応じた「態勢を計画的、系統的につくりあげていく」であろう、ということである。時期尚早の決起にひきこまれることなく、みずからの計画にしたがって系統的にたたかいをおしすすめ、そのなかで、情勢によって不意をうたれることのないよう、革命的情勢に応じた党態勢の建設にむかってしっかりとした目標を設定し、堅実で全面的な前進をかちとることが、七〇年代中期の情勢を最後的に決定するのである。
 それゆえ、七〇年代中期の高揚と爆発は、主体的な契機を基軸に規定するならば、革命党と革命勢力が基本戦略――戦略的総路線とそれにもとづく三大政策を指針として、二重対峙・戦略的前進・党建設の三大任務の一体的推進をかちとっていく過程の政治的表現にほかならないのである。こうした意味においても、七〇年代中期の高揚と爆発の展望は、確実にわれわれの手ににぎられている。
 
 第三章 革命の本格的な準備、二重対峙・戦略的前進・党建設のたたかいの一体的     な推進
 
 革命的情勢の過渡期の成熟というこんにちの情勢のもとで、レーニンのいわゆる三つの義務の実践的な貫徹をめざしてたたかうとすれば、われわれの当面する任務は、革命の本格的な準備、革命的情勢に応じた党の原則的任務をかちとっていくために、全力をあげてたたかうことでなくてはならない。反帝国主義・反スターリン主義の基本戦略――戦略的総路線と、それにふまえた三大政策を指針とし、その物質化のために(二重対峙・戦略的前進・党建設)の三大任務の一体的な推進をかちとっていくこと、革命闘争と革命党建設の事業の堅実で全面的な発展をいっそう徹底的におしすすめていくことが、その具体的な内容をなすものである。
 
 第一節 基本戦略――総路線の物質化のたたかい
 
 革命的情勢への過渡期の成熟というこんにちの情勢のもとで、レーニンのいわゆる三つの義務の実践的な貫徹をめざして革命を本格的に準備していくためには、われわれは、まずもって、反帝国主義・反スターリン主義の世界革命戦略、その今日的な適用としての七〇年代革命の戦略的総路線の物質化をかちとっていく観点に徹底してたちつくさなくてはならない。わが同盟の基本戦略と戦略的総路線にふまえ、その物質化としてたたかいぬかれてはじめて、現代世界の矛盾は根底的に解決され、労働者階級と人民大衆の完全な解放を真にかちとることができるのである。
 
 A 反帝国主義・反スターリン主義の基本戦略のために
 
 現代のプロレタリア革命の基本戦略は、反帝国主義・反スターリン主義である。この綱領的立脚点は、基本的には、三つの構成部分からなりたっている。
 第一には、マルクス主義にふまえたプロレタリア解放のたたかいである。すなわち、資本主義社会において労働者階級は、人間社会の使用価値の真の主体的な源泉であるにもかかわらず、資本家階級の富を増殖するための賃金奴隷としての歴史的地位を与えられているにすぎない。このような環境を労働者階級に強制している条件は、生産手段の資本家的な所有と、そのもとでの労働力の商品化である。資本主義社会の国家は、本質上、虚偽の共同性にもとづいて資本家階級の独裁する国家であり、資本家による労働者人民の搾取と収奪を保証する機関であり、労働者人民の反抗を鎮圧する組織的暴力である。それゆえ、労働者階級はいっさいの搾取と抑圧をなくすことによって自分の解放をかちとることができる、という世界史的な使命についての自覚にふまえ、世界革命、すなわちプロレタリア独裁と資本家的私有財産のプロレタリア的止揚をとおして、いっさいの階級的搾取、いっさいの民族的抑圧をなくすためにたたかうのである。われわれは、プロレタリア階級闘争の究極の目的を堅持し、その完全な実現をめざしてたたかうのである。
 第二には、帝国主義とスターリン主義の現代世界を根底的に打倒し、ロシア革命で開始された世界革命を現代的に貫徹していくたたかいである。すなわち、現代の労働者階級と人民大衆は、ロシア革命によって世界革命が開始されたにもかかわらず、世界市場の主要な部分において帝国主義の支配、その階級的、民族的な抑圧がつづいており、また、社会主義をめざす世界革命がスターリン主義的にゆがめられているためいぜんとして解放されてはいない。帝国主義とスターリン主義の戦後世界体制は、世界革命の前進に敵対する反動の機構であり、搾取と抑圧が完全になくなることをはばんでいる最大の障害物である。それゆえ、全世界の労働者階級と人民大衆は、みずからの真の解放をかちとるためには、帝国主義とスターリン主義の現代世界を根底的に打倒しなくてはならない。われわれは世界革命の原則を堅持し、その完全な実現のためにたたかうのである。
 第三には、反帝国主義・反スターリン主義世界革命の一環としての帝国主義国家権力の永続的な打倒、過渡期の労働者国家のスターリン主義的な変質(スターリン主義国家)を永続的に打倒していくたたかいである。
 すなわち、労働者階級と人民大衆は、本質上、インターナショナルな存在であるが、現実的には、個々の帝国主義国家や個々のスターリン主義国家の支配のもとにおかれている。それゆえ、労働者階級と人民大衆はみずからの真の解放をかちとるためにはまずもって、当面する国家権力の問題を解決しなくてはならない。特殊個別的にいうならば、われわれは、反帝国主義・反スターリン主義の世界革命の一環として、日本プロレタリア革命の綱領を堅持し、その実現のためにたたかうのである。
 
 B 七〇年代革命の総路線の現実的な勝利
 
 帝国主義とスターリン主義の戦後世界体制の崩壊的危機、日本帝国主義の体制的危機とそのもとでの日帝のアジア侵略、という内外の情勢にたいし、反帝国主義・反スターリン主義の基本戦略を具体的に適用したものが、七〇年代革命の戦略的総路線である。この戦略的総路線は、基本的には四つの構成部分からなりたっている。
 第一には、戦後世界体制の危機を反帝国主義・反スターリン主義世界革命に転化することをめざすたたかいである。このたたかいは、帝国主義とスターリン主義の戦後世界体制にたいする綱領的態度を、その危機という具体的な情勢にそって具体的な道すじに確定化したものである。いいかえるならば、反帝国主義・反スターリン主義の基本戦略を戦後世界体制の崩壊的危機の情勢のなかで世界的な規模で規定したものである。この戦略的総路線において、当面もっとも主要な実践的な課題をなすものは、後進国・半植民地における民族解放闘争(民族解放・革命戦争)と帝国主義国における内乱(プロレタリア革命)の結合である。帝国主義の侵略と弾圧の政治に抗し、また、スターリン主義の制動と歪曲をうちやぶり、この課題の真の貫徹をはかりうるかどうか――ここに世界革命の重大な岐路が与えられている。
 第二には、アジアを反帝国主義・反スターリン主義世界革命の根拠地に転化することをめざすたたかいである。このたたかいは、世界革命におけるアジアの戦略的な位置、アジアにおける民族解放闘争の革命的な発展と日本帝国主義下における内乱のたたかいの前進の結合のもつ戦略的な意義を積極的に規定したものである。民族解放・革命戦争を主要な形態とするアジア人民の民族解放闘争は、パレスチナ解放の任務のためにたちあがったアラブ人民のたたかいとならんで、戦後世界体制の崩壊的危機をつきだす巨大な戦略的拠点となっている。われわれは、たたかうアジア人民と連帯し日帝のアジア侵略を内乱に転化するたたかい、日帝の入管法と入管体制の攻撃、日帝のアジア侵略と侵略体制の攻撃にたいする決死的な闘争をおしすすめるとともに、在日アジア人民の民族解放闘争の革命的発展、アジア人民の民族解放闘争の革命的発展、それとの日本労働者人民の連帯を実践的な基礎として、アジア人民の民族解放闘争の革命的発展、日本帝国主義打倒をめざす内乱のたたかいの革命的前進、アジアの反帝国主義・反スターリン主義世界革命の根拠地化への革命的な前進の展望をおしすすめていかなくてはならない。
 第三には、沖縄奪還、安保粉砕・日帝打倒をめざすたたかいである。このたたかいは、基本戦略における日本プロレタリア革命の戦略を沖縄奪還、安保粉砕など革命への過渡的な課題との関連で簡潔に規定したものである。いいかえれば、日本帝国主義とその国家権力の打倒、プロレタリア独裁権力の樹立の問題を結節環として日本革命の戦略的課題を実践的に配置していくものである。それゆえ、このたたかいは、日本の労働者人民の共同の課題を示すとともに、民族抑圧の廃絶をめざす在日アジア人民のたたかいの問題、部落の完全解放をめざす部落民のたたかいの問題など、いわゆる諸戦線的な課題の戦略的位置づけ、それらの全人民的課題化を示す基礎をつくりだしているのである。
 第四には、たたかうアジア人民と連帯し、日帝のアジア侵略を内乱に転化することをめざすたたかいである。このたたかいは、後進国・半植民地の人民の民族解放闘争と帝国主義国における労働者人民の内乱を結合していく観点にたって、主として日本労働者人民の日帝打倒の展望を規定したものである。この展望は、それゆえ、アジア人民の民族解放闘争の革命的発展と日本労働者人民の連帯の問題と、日帝のアジア侵略を内乱に転化していくたたかいの問題の統一として与えられている。われわれは、このたたかいを真におしすすめることによって、他のすべての戦略的総路線上のたたかいの基礎をもしっかりとしたものにすることができるのである。
 
 C 基本戦略――戦略的総路線についての指導上の問題
 
 反帝国主義・反スターリン主義の基本戦路、七〇年代革命の戦略的総路線の意義と構成についての以上のおおよその位置づけにふまえて、最後に指導上の問題にかんして若干の確認をおこなうことにしよう。
 第一には、基本戦略――戦略的経路線を一個の全体としてとらえる問題である。基本戦略――戦略的総路線のなかから特定の個別的な課題をとりだしてきて、その強調をもって全体にかえるのではなく、その特定の個別的な課題と結びつけて、可能なかぎり、基本戦略――戦略的総路線の全体の観点をそれじしんとして系統的、全面的にもちこむようつとめることである。
 第二には、全体の観点から個別の課題をとらえる問題である。われわれは、個別の課題をかかげてたたかう場合、その固有の戦線を持続的につくりだし、その固有の基礎を独自に広く、深くつくりだしていくのであるが、その際、党の指導の問題としてとくに留意しなければならない点は、個別――全体でなく、全体――個別の観点がすべての基本とならなくてはならない、ということである。一例をあげるならば・特定の個別の課題がプロ独なしには達成できないことの観点だけでなく、プロ独の側から特定の個別の課題の戦略的位置をとらえていく観点が重要である。
 第三には、学習の問題である。基本戦略――戦略的総路線の問題は、すぐれて実践的な問題であるとともに、それじしん、一個の科学上の問題である。それゆえ、基本戦略――戦略的総路線を全体として理解するためには、科学にふさわしいやり方、すなわち独習と共同学習を両軸とした学習の方法がとられなくてはならないのである。
 第四には、基本戦略――戦略的総路線のためのイデオロギー闘争の問題である。基本戦略――戦路的総路線の原則的見地をまもり、それを労働者階級と人民大衆の主導的な思想にまでおしひろげていくためには、われわれは、ブルジョア・イデオロギーの種々の傾向、社共――カクマルの反階級的な見解にたいし、戦闘的な思想闘争を系統的、全面的に強めていかなくてはならない。そうすることによってはじめて、われわれは、労働者人民のなかにもちこまれたブルジョア・イデオロギー、日和見主義と反革命の理論と影響を粉砕し、われわれの基本戦略――戦略的総路線の真の権威をかちとることができるのである。
 
 第二節 二重対峙・戦略的前進・党建設のたたかいの一体的な推進
 
 反帝国主義・反スターリン主義の基本戦略、七〇年代革命の戦略的総路線の物質化をめざし、革命闘争と党建設の事業の堅実で全面的な発展、革命の本格的な準備をかちとっていくためには、われわれは、二重対峙・対カクマル戦、戦略的前進、党建設の三つの任務の一体的な推進をねばり強くおしすすめていくことが必要である。われわれは、この三つの任務の一体的推進、その調和ある発展をつくりだすことによってはじめて、革命的情勢への過渡期の成熟という情勢に正しく応じた党の態勢を今日的につくりだしていくことができるのである。
 こんにち、二重対峙のたたかいの主要な課題は、鉄壁防御と革命的報復を結合した革命的対峙をたたかいとることによって、二重対峙・対カクマル戦を戦略的防御の段階から戦略的攻撃の段階への過渡としての革命的対時の段階におしすすめることができるかどうか、という点にかかっている。帝国主義国家権力と反革命カクマルにたいする二重の内乱的な対峙の全体の動向は、いまや、このたたかいの勝利的な前進いかんにかかっている。この当面する実践的な任務を見すえつつ、二重対時の全体的な任務をおおまかに規定するならば、およそつぎのとおりであろう。
 
 A 二重対峙・対カタマル戦の革命的対峙段階の戦取
 
 二重対峙の任務をたたかいぬいていく場合、まず最初に確認しなければならない点は、それが、革命党と革命勢力の直接の存亡そのものにかかわる絶対不可避のたたかいである、ということである。それに勝ちぬかないかぎり、われわれのたたかいのいっさいはありえない、そういう種類のたたかいである。
 もともと帝国主義国家権力と反革命カクマルにたいする二重の内乱的対峙の情勢の発展は、二つの十一月決戦を頂点とする日本革命的共産主義運動の歴史的な前進の到達点、あらたな前進の跳躍台を示すものであり、日本階級闘争の革命的、内乱的な発展の重大な水路をなすものである。しかし、われわれが同時にここではっきりさせておかなくてはならないのは、二重対峙のたたかいにわれわれが耐えぬき、勝ちぬいてはじめてそういいうる、ということである。帝国主義国家権力と反革命カクマルの密集した反革命的な攻撃、内乱期の組織絶滅型の攻撃の強まりにたいし、革命党と革命勢力の存亡をかけてたたかいぬき、それに勝利しぬいたとき、われわれは、革命的情勢に応じた党の態勢、革命に勝利しうる、党のもっとも核心的なものをつくりだすことができるのである。
 つぎに確認しなければならない点は、二重対時のたたかいをもっとも根底的に規定しているものは、権力と党の対峙の情勢、すなわち破防法を頂点とした権力の系統的な弾圧と、それにたいする党と革命勢力のたたかいである、ということである。
 破防法攻撃の階級的本質は、ブルジョア的私有財産制度とそのためのブルジョア独裁の維持を目的として、階級闘争の革命的、内乱的なたかまりを予防的に鎮圧するために革命党の思想的、組織的な活動を弾圧し、もって革命党と革命勢力の思想的、組織的絶滅、階級闘争の体制内的な沈静をはかろうとするところにある。戦後の日本階級闘争との関係でより具体的に規定するならば、それは、(1)戦後民主主義の反動的な本質、その反動的転換の基軸、(2)戦前の治安維持法、占領下の団規令を継承した革命の予防鎮圧法、(3)日帝の世界政策、アジア侵略・安保同盟・沖縄五・一五体制を讃持するための法制的な支柱、(4)「公共の安全」の名のもとに在日アジア人民、日本の被差別諸階層の人民にたいする敵対を組織する法イデオロギー的な武器、(5)革命党と革命勢力を孤立させる治安政策上の手段、という五つの特徴をもつものであった。
 破防法のこのような反動的な本質とその役割は、朝鮮戦争のさなか日共に適用されて以来、戦後日本階級闘争の平和的発展のなかで十数年にわたって後景にしりぞいてきた。しかし、七〇年安保沖縄闘争のたかまりと、それを突破口とする七〇年代日本階級闘争の革命的、内乱的な発展は、破防法攻撃の現実性をひきだすとともに、権力による党の組織絶滅の攻撃を本格化させはじめたのである。
 日本帝国主義国家権力による革命党と革命勢力にたいする組織絶滅型の攻撃、七〇年代階級闘争の革命的、内乱的な発展にともなって、ますます系統的に、ますます全面的に強められている弾圧と、それにたいする革命党と革命勢力の存亡をかけた攻防のたたかいこそ、二重対峙の激化の情勢の第一の主要な契機であり、そのいっさいの基底的な契機である。
 さらに確認しなければならない点は、対カクマル戦を勝利的に推進していくたたかいが、二重対峙のたたかいの当面する最重要の任務となっている、ということである。
 反革命カクマルの白色武装襲撃は、かれらじしんが「権力が首根っこをとらえ、われわれが急所を狙う」・と自認しているように、権力の弾圧の政治との関連でとらえるならば、国家権力による破防法攻撃を他の手段、つまり民間反革命の内乱的な動員によって継続し、その行きづまりを打開しようとしたものといえるであろう。反革命カクマルの白色武装襲撃を基本的にささえている条件は、こうした権力と革命党の対峙、それを基礎とした警察=カクマル連合である。
 しかし、同時に、見ておかなくてはならない問題は、対カクマル戦が、それじしんに固有の発展法則をも有している、という事実である。それゆえ、われわれは、権力と党との対峙、警察=カクマル連合の現実をしっかりと見すえながら、対カクマル戦の独自の前進をかちとっていかなくてはならないのである。二重対峙・対カクマル戦とは、こうした意味において、二重対峙下での対カタマル戦を二重対峙の最先端としてたたかいぬくことを規定しているのである。
 以上の確認のうえにたって、二重対峙・対カクマル戦を勝利的におしすすめていくための当面する指導原則を整理するならば、およそつぎのとおりであろう。
 第一には、二重対峙・対カクマル戦の絶対戦争としての政治的性格をしっかりと見すえ、反革命カクマルの本質とその動向、カクマルせん滅・警察=カクマル連合粉砕のたたかいが労働者人民の共同の正義のたたかいであるゆえんを系統的に暴露していくことである。反革命カクマルの弱点は、本質的には反革命であるにもかかわらず、革命の旗をかかげて活動しているところにある。われわれは、反革命カクマルの理論と実践の反動性を系統的にあばきだし、かれらの手からひとかけらも残さず政治的正当性をうばいつくすためにねばり強くたたかいぬかなくてはならないのである。
 第二には、それが軍事の指導原則に立脚した一個の戦争、一個の内乱であることをつねにふまえて、反革命カクマルせん滅・警察=カクマル連合粉砕のたたかいをおしすすめていかなくてはならないことである。戦争の本質は、政治の他の手段をもってする継続である。戦争の特質は、その独自の手段の特殊性、すなわち、敵戦闘力のせん滅をもって敵の抵抗力を解体し、味方の意志を掟として敵に強制するところにある。われわれは、それゆえ、敵の目的、その態勢の強さと弱さ、味方の目的、その態勢の強さと弱さの客観的な力関係の認識にふまえて、戦争の軍事目標を明確に設定し、敵戦闘力のせん滅・味方戦闘力の保持と強化をとおして持続的に力関係を逆転させ、敵の完全な打倒までたたかいぬかなくてはならない。戦争の客観的な法則にふまえた戦争の指導原則の明確化、デモのような政治的大衆行動とはおのずから別個のそれじしんの固有の特殊的法則性をもった戦争の特質の明確化、これこそ、われわれがひきつづき強めていかなくてはならない重大な実践上の課題である。
 第三には、二重対峙・対カクマル戦の革命的対峙の段階をすべての力をかたむけてかちとらなくてはならない、ということである。すでに多くの機会に確認されてきたように、二重対峙・対カクマル戦は、持久的な性格をもっているたたかいである。圧倒的に劣勢な味方が、圧倒的に優勢な故に対峙し、戦争をもって戦争をやしない、戦争をもって味方の戦闘力とその政治的基礎をたえず強め、敵の完全な打倒をかちとる、という独自の発展性格をもった一個の戦争である。われわれは、昨年春、速戦勝利論と戦争回避論(×・××精神)という二つの敗北主義の克服をとおして、反革命カクマルにたいする戦略的防御戦争の不敗の戦略と態勢をつくりあげることに成功した。われわれは、この基礎のうえで、味方の拠点を敵の攻撃からまもりぬき、敵の拠点にたいする革命的進攻思想にたった総力戦をくりひろげ、二重対峙・対カクマル戦の重大な前進をかちとってきた。いまや、われわれは、このたたかいを一歩すすめ、戦略的防御から戦略的攻勢への過渡としての革命的対峙の段階をかちとらなくてはならない。われわれのプログラム、われわれのヘゲモニーをもって、戦争の段階をじっくりと前進させるのである。
 第四には、革命的対峙のたたかいの基礎を前進させるものとして、味方の拠点の強化・不抜化と、敵の拠点の動揺・危機・空洞化=逆拠点化を決定的におしすすめていかなくてはならない、ということである。味方の拠点の強化とその不抜化の問題は、敵の包囲線の突破の問題とならんで、戦争の基盤問題を、正しく解決していくうえで最重要の課題である。同様に、敵の拠点の動揺・危機・空洞化=逆拠点化の問題は、敵の戦争基盤の後退、味方のそれの前進という二重の意味で、敵に決定的な打撃を与えずにはおかないのである。早稲田、沖縄、国鉄を三つの柱とする敵の拠点をゆさぶり、それを逆に味方の拠点にかえていくたたかいは、そのもっとも主要な内容をなしているのである。われわれは、この二つのたたかいの前進の基礎のうえに、空白地をうめ、敵の弱体な「拠点」を解体していくたたかいのいっそうの発展をかちとることができるのである。
 第五には、味方の鉄壁防御をいっそううちかためるとともに、敵の襲撃にたいする革命的報復を本格的におしすすめ、革命的対峙の段階への真の突入をじっくりとかちとっていかなくてはならない、ということである。本来的にいって、防御はそれじしんとして専守防衛を意味するものではなく、待ちうけと攻撃を結びつけたものである。われわれは、革命的対峙戦の突入をかちとり、おしすすめていくために、防御の盾をいっそう強固なものにしなくてはならない。敵の襲撃にたいしては、容赦ない待ちうけの逆襲をくわえ、敵に強烈な打撃をくわえてやらなくてはならない。同時にわれわれは、有効な機会をとらえてたえず積極的に攻撃の槍を敵にむかってつきださなくてはならない。ひとかけらの政治的正当性ももたない反革命カクマルの武装襲撃、技術的にのみ純化されたイスラエル型の陰湿なテロ攻撃にたいし、われわれは、その反動的な本質を徹底的に政治暴露するとともに、本格的な報復の権利を、襲撃をその場で逆襲するだけでなく、その根拠にむかっても行使するであろう。このたたかいがどんなに激烈で長期なものであろうと、われわれは、革命的対峙段階への突入をたたかいとり、その維持をとおして弱いものから強いものへの転化、戦略的総反攻の準備を本格的にかちとっていく勝利の過程として、それを積極的におしすすめていくであろう。
 
 B 基本戦略――戦略的総路線の物質化めざす戦略的前進
 
 戦略的前進とは、二重対峙・対カクマル戦と革命党建設の二つのたたかいの基礎のうえに、独自に基本戦略と戦略的総路線の物質化をかちとるたたかいであり、基本戦略――戦略的総路線と、それにもとづく三大政策を指針にして政治闘争と経済闘争の革命的、内乱的な発展をかちとり、侵略の内乱への転化、プロレタリア独裁にむかって労働者階級と人民大衆を獲得していくたたかいである。
 (1)当面する戦略的前進の指針は、基本戦略――戦略的総路線とそれにもとづく三大政策である。
 基本戦略――戦略的総路線の問題にかんしては、すでにおおよその説明がおこなわれているので、ここでは三大政策についての指導上の位置づけの問題について若干あきらかにするとしよう。
 第一には、三大政策とは、階級闘争にかんする党の政策である、ということである。すなわち、それは、三大政策という一個の指導体系をなしているのであって、個別的な闘争課題のよせあつめを意味するものではないのである。
 第二には、労働者人民の怒りと要求を基本戦格――戦略的総路線に結びつける指導上の指針である、ということである。すなわち、労働者の怒りと要求を、その個別的な課題にそくしてたたかいぬくとともに、その根本的な解決にむかって、それらを基本戦略――戦略的総路線に結びつけ、その一環としてたたかうのである。それゆえ、それは、日共のように大衆の諸要求を行政上の政策などにつくりかえ、その改良的実現を自己目的化するのではなく、あくまでも革命の問題と結びつけ、その観点から指導していくのである。
 第三には、革命闘争の副産物としての改良の問題をも正しくとりこんだものである、ということである。三大政策の見地は、諸要求を革命の問題ときりはなす方向でとりあげる改良主義とはまさに逆に、労働者人民の怒りと要求を革命の問題にたえず結びつけ、その観点からたたかいぬくことによって、その革命闘争の副産物として改良の問題をも正しく解決していくのである。
 それでは、一個の全体として党の政策、指導上の指針をなしている三大政策は、その各自の分野において、どのような役割をはたしているのであろうか。
 第一の政策は、日本帝国主義の政治外交路線、日本帝国主義のアジア侵略と侵略体制の攻撃にかかわるたたかいである。すなわち、アジア侵略・安保同盟・沖縄五・一五体制の攻撃、そのもとでの基地や自衛隊などの強化を粉砕することをめざすたたかいである。たとえば、当面するミッドウェイ横須賀母港化阻止などの反戦・反基地闘争や防衛二法=自衛隊沖縄派兵阻止のたたかいは、第一の政策の一環として三大政策にくみこまれ、基本戦略――戦略的総路線の物質化としてたたかいぬかれるのである。
 第二の政策は、日本帝国主義のアジア侵略と侵略体制の攻撃と結びついた政治反動のあらゆる面での激化をめぐるたたかいである。すなわち、それは、大別して二つの方面のたたかいからなりたつている。ひとつは、小選挙区制など戦後支配体制のボナパルティズム的な転換をめざす反動攻撃にたいするたたかいであり、もうひとつは、入管・狭山・天皇など民族抑圧や差別・分断の攻撃の強まり、排外主義・差別主義・権威主義への労働者人民の政治的・イデオロギー的な動員の攻撃の強まりにたいするたたかいである。当面する反動諸法案粉砕のたたかいは、全体としてとらえるならば、統治形態の反動的転換の政治を先どりしているという面で、第二政策の前者の型に対応しているが、個々の法案としてとらえた場合、三大政策のそれぞれの部分にそって主として問題になるのである。
 第三の政策は、労働者階級をはじめとする諸階級、諸階層のたたかいである。労働者階級の独自の経済的なたたかい、すなわち、賃金抑制と合理化、労働強化と労働災害、労資協調とマル生運動などの攻撃にたいするたたかい、当面する処分粉砕・スト権奪還・合理化阻止のたたかい、大学法と大学法体制の攻撃を粉砕し、学生運動の革命的、戦闘的発展をめざす学生のたたかい、農業破壊と農地収奪の攻撃にたいする農民のたたかいなどが、すなわちそれである。
 以上、われわれは、三大政策の三つの分野のそれぞれの役割を主として課題との関係でかんたんに特徴づけたのであるが、すでにのべたように、それぞれの分野、それぞれの課題を三大政策の全体的な観点に結びつけ、あらゆる方面から革命を本格的に準備していかなくてはならないのである。基本戦略――戦略的総路線にもとづいて三大政策のいっそうの理論的、実践的な深化をかちとっていくことは、われわれの戦略的前進にとって、重大な前進水路をつくりだす役割をはたしているのである。
 (2)政治闘争は、エンゲルスのいわゆる階級闘争の三大形態、すなわちイデオロギー闘争、政治闘争、経済闘争のひとつをなすもので、レーニンによってその基軸的な位置を与えられたものである。われわれは、戦略的前進の展望をいっそう豊富化する見地から、政治闘争と経済闘争のそれぞれの主要な役割とその両者の関係について、ここにかんたんに確認しておくことにしよう。
 政治闘争とは、権力をめぐる闘争であり、ブルジョアジーの独裁をプロレタリアートの独裁におきかえることをめざす闘争である。もとより政治闘争は、情勢の歴史的な発展に応じて、直接に権力を奪取することが任務となっている場合、革命的情勢あるいはそれへの情勢の接近のなかで革命闘争の本格的な準備が問題となる場合、平和的情勢のもとで党の原則をまもりながら、大衆的な基盤をおしひろげることが主として問題となっている場合、などにわかれるであろう。しかし、プロレタリアートの革命的前衛党は、いかなる情勢の発展段階にあっても、権力をめざし、それを基準として政治闘争をおしすすめていくのである。
 それゆえ、われわれは、戦略的前進の主要な闘争形態をなすものとして政治闘争をたたかっていくためには、たえずつぎの指導原則にたつことがたいせつである。
 第一には、プロレタリア階級闘争の究極の目的を明瞭に提起し、それとの関係で種々の段階の政治闘争、個々の政治闘争を位置づけていくことである。労働者階級と人民大衆の完全な解放が共産主義の達成いがいにありえないことをつねにはっきりさせ、それをかちとっていく観点から政治闘争をたたかうのである。
 第二には、ブルジョア国家権力を打倒し、プロレタリア独裁権力を樹立していく観点からいっさいの政治闘争を指導していくことである。日本革命の戦略問題と関連して規定するならば、日本帝国主義のアジア侵略を内乱に転化し、プロレタリア独裁をかちとっていく共産主義の政治がすべての原則的指針とならなくてはならないのである。
 第三には、プロレタリアートの武装闘争、蜂起と革命戦争の問題は、政治闘争の特殊な継続であり、あくまでも、共産主義の政治がその指導原理とならなくてはならない、ということである。もとより軍事の問題は、それじしんとしての特質をもっており、武器の準備など、その固有の領域においてなされねばならない課題は少なくない。しかし、われわれは、この面においても、いっさいの自然発生性を克服するために共産主義の政治を強力につらぬきとおしていかなくてはならないのである。
 第四には、プロレタリアートの政治闘争の主要な組織形態をなすものは、革命党の活動である、ということである。われわれは、組合などの経済闘争、権利闘争の継続としての政治闘争と革命党の政治闘争との次元の相違をはっきりとつかみとらなくてはならない。いわゆる組合主義的政治闘争は、主として組合的な経済闘争、権利闘争の継続として政治闘争を設定しようとするものであり、権力をめざす政治闘争の広大な発展に敵対し、ブルジョアジーへの労働者人民の奴隷の状態を永遠化しようとするものである。
 第五に、政治闘争の戦術問題は、プロレタリア独裁権力をめざす武装蜂起を準備する観点、侵略を内乱に転化していく共産主義の政治の観点から計画的、系統的にうちだされたものでなくてはならない、ということである。日本階級闘争の戦術問題として規定するならば、それは(二重対峙・戦略的前進・党建設)の一体的推進をかちとるものとして解決していく必要があるのである。
 こんにち、われわれは、三大政策を指針として反戦反基地闘争や沖縄奪還闘争など日本帝国主義のアジア侵略と侵略体制の攻撃にたいするたたかい、小選挙区制など戦後支配体制の反動的な転換にたいするたたかい、入管・狭山などいわゆる諸戦線のたたかいをおしすすめている。われわれは、このすべての分野、このすべての課題をたたかいぬくにあたって、それを共産主義の政治、すなわち、共産主義の解放原理に立脚し、侵略の内乱への転化、プロレタリア独裁権力樹立をめざす政治闘争と計画的、系統的に結びつけ、その観点から指導を強めていかなくてはならないのである。
 (3)経済闘争とは、労働者階級の直接の経済的利益をまもり、改善するための集団的なたたかいであり、労働者階級と人民大衆の完全な解放をめざすたたかいの一翼をなすものである。
 経済闘争の主要な形態をなすものは労働組合運動である。しかし、現代においては、多くの場合、労働組合の指導部は、経済闘争を労働者階級と人民大衆の完全な解放をめざすプロレタリア階級闘争に敵対し、労働者を資本家階級の奴隷の状態におしとどめるために「たたかう」のである。いやそれどころか、かれらは、労働者の直接の経済的利益をまもり、改善することについてすら真面目にとりくもうとせず、労働者の要求に敵対するのである。こうした現実のもとにあっては、労働者階級の経済闘争は、真の革命党の指導を基礎とすることなしには、労働者の直接の経済的利益をまもり、改善するたたかいという面でも、労働者階級と人民大衆の完全な解放をめざすプロレタリア階級闘争の一翼としてたたかうという面でも、真の階級的な前進をかちとることはできないのである。
 それゆえ、われわれは、一方では労働組合運動にたいし、党の独自活動をとおして共産主義の政治、侵略を内乱に転化しプロレタリア独裁をかちとることをめざす政治闘争を系統的にもちこむとともに、他方では、労働者階級の経済闘争をかちとる観点から現実の経済闘争を指導し、たたかいぬき、当面その総括点を労働戦線における党組織の建設の前進、それを基礎とした労働組合運動でのヘゲモニーの前進にまとめあげていかなくてはならないのである。また、経済闘争・権利闘争の対政府闘争、政治闘争としての発展にたいしては、政治闘争を経済闘争・権利闘争の継続としてだけ承認しようとする組合主義の政治や、革命に敵対する改良主義の政治の立場からではなく、侵略を内乱に転化し、プロレタリア独裁をかちとることをめざす政治闘争の立場から、その革命的、内乱的な発展をめざしてたたかうのである。
 社会党支持か、政党支持の自由か、という反動的で反階級的な論争の現実にたいし、われわれは、労働戦線における党組織の建設の前進と、それを基礎とした労働運動の革命的、内乱的な推進をとおして、「党と労働組合のより緊密な接近」(シュツットガルト大会)の課題を実践的に解決していかなくてはならないのである。侵略の内乱への転化、プロレタリア独裁樹立をめざす真の革命党が、その主要な勢力として労働戦線における強大な党組織を建設し、それを基礎として労働運動の革命的、内乱的発展をかちとることなしには、党と労働組合の問題の解決は、けっしてありえないのである。
 ところで、反革命カクマルは、労働組合運動の領域において、政治闘争の問題でも、経済闘争の問題でも、民同の反革命的補完物としてもっとも有害な役割をはたしている。
 第一には、政治闘争にかんするレーニン的概念に敵対し、革命の問題と機械的に切断された政治闘争、すなわち、ブルジョア独裁を前提し、そのもとでの奴隷の権利を確立することをめざす改良主義の政治闘争を、「マルクス主義」の商標をつけて売りまわっていることである。
 第二には、組織現実論なる裏切り的、ペテン的な詭弁をもって、労働者の経済闘争を改良主義の枠内にかこうことを要求し、労働者階級と人民大衆の完全な解放をめざすプロレタリア階級闘争の過程と結びつくことに「ハミダシ」の名のもとに反対していることである。
 第三には、現代における経済闘争の主要な課題をなす合理化の問題において、資本家的合理化の戦略的基軸(国鉄でいえば新十ヵ年計画)に屈服し、それとの対決を完全に圧殺していることである。それゆえ、かれらは、口先では「合理化反対」のスローガンをとなえるが、その内実は改良的要求の改良主義的対置でしかないのである。
 革命の名で革命に敵対する反革命カクマルの反階級的な本質を徹底的にあばきだし、かれらの動揺・危機・空洞化をとことんおしすすめ、かれらを労働戦線から放逐していくことは、いまや、労働運動の革命的、内乱的発展をかちとっていくうえで、まったく欠かすことのできない最重要の実践的任務なのである。
 
 C 革命的情勢に応じた党の独自の建設
 
 革命党建設の独自のたたかいは、二重対峙・対カクマル戦、戦略的前進の絶対的な基礎をきずきあげるたたかいである。
 革命党建設のたたかいを今日的におしすすめていくうえで、われわれが当面はっきりと確認しておかなくてはならない点は、われわれの党はまだ建設の途上にある、というきわめて明確な事実である。そこから、われわれは、あいまいさのない結論をもつことができる。すなわち、(1)われわれの建設しつつある党は、どのような歴史的任務をはたそうとしているのか、(2)それは、どのような性格と構成をもつものなのか、(3)それは、どのようにして建設されるのか、の三点をはっきりと設定し、そこにむかってしっかりと前進していかなくてはならない、ということである。
 まず最初に、われわれは、われわれの建設しつつある党の歴史的な任務をあきらかにしなくてはならない。
 第一には、共産主義的な究極目的をはっきりかかげ、労働者階級と人民大衆の完全な解放、すなわち、共産主義の勝利のために最後までたたかう党でなくてはならない、ということである。
 よく知られているように、革命党の特徴は、共産主義者の政治的結集体という規定にもっとも簡潔に表現されているが、このことは、党がまずもって共産主義者の存在、階級意識で武装された労働者の存在を絶対的な条件としていることを意味している。いいかえるならば、革命党を根底的にかたちづくつている力は、そのメンバーの一人ひとりの自発的な階級的自覚であり、共産主義的な究極目的を明示し、その勝利のためにどんな困難をものりこえてたたかう、という決意と展望である。階級闘争の総括と共産主義理論の学習の統一をとおして共産主義的な自覚をたえず生きいきと生みだすことによって、党の歴史的任務のすべての根源をなす共産主義的解放をめざすたたかいはその実践的基礎をつくりだすことができるのである。
 第二には、階級闘争をとおしてプロレタリア独裁をかちとり、それを維持するための党であり、また、プロレタリア独裁をかちとり、それを維持する共産主義の政治の能力をもった党でなくてはならない、ということである。共産主義的な究極目的の実現のためには、当面われわれは、ブルジョア権力を打倒し、プロレタリア独裁をかちとることが不可欠の任務となる。党は、共産主義の意識、共産主義の理論に正しく立脚しているだけでなく、共産主義の政治、すなわち、ブルジョア独裁を打倒し、プロレタリア独裁をかちとる政治において、すぐれた能力をやしなうことが必要なのである。
 第三には、労働者階級の種々の団結の形態のなかで、もっとも高いものでなくてはならない、ということである。すでにあきらかのように、労働者階級は、労働組合をはじめ多くの団結の形態をもつのである。しかし、こうした種々の団結形態にたいし、党は最高の団結形態をなしている。共産主義者の政治的結集体としての党は、職業上、産業上の一致を基礎とした労働組合組織、資本にたいする現実の関係の一致を基礎とした労働組合組織とは異なり、資本主義の打倒と共産主義的解放の達成、そのための当面する結節環をなすプロレタリア独裁の樹立、という共産主義的意識と共産主義的政治を唯一の共同の立脚点とする共産主義者の団結形態であり、ただ革命の勝利にのみ未来を見いだす革命家の団結形態である。だからこそ、党は現実の直接的利益の一致を基礎とした労働者の種々の組織にたいし、共産主義の意識、共産主義の政治を系統的にもちこむことができるのであり、また、労働者階級の全体の利益のいっかんした代表者として、労働者の個々のたたかいにたいし、真の援助と指導を与えることができるのである。
 つぎに、われわれは、党の性格と構成の問題についてあきらかにしなくてはならない。
 第一には、党の中央集権的な性格と構成について明確にしておかなくてはならない。党の組織構成上の主要な部分をなすものは中央委員会と細胞(支部)である。党の中央委員会は、党という一個の生命体において頭部をなすものであり、党の活動を全体として総括し、その基本的な方針にもとづいて全党を指導することを独自の任務としている。細胞(支部)は、党の基礎組織であり、労働者階級の労働の状態、人民大衆の生活の状態にもっとも密接した形態で、党の一翼として系統的に活動し、労働者階級と人民大衆を党に不断に結びつける役割をはたすものである。
 県委員会、地区委員会や産別委員会は、党中央と基礎組織を結ぶ中間の党指導機関であり、党中央委員会の指導のもとに、その所属下の党組織を単一の党の指導系統に集中するものである。党を種々の傾向の集合体、種々の党組織、党機関の集合体ではなく、あくまでも中央集権的な一個の統一体として建設していかなくてはならないのである。
 第二には、党派闘争と党内闘争をとおして党の統一と純化をたえず前進させていく問題である。党派闘争は、共産主義の意識、共産主義の政治をめぐる闘争のもっとも純粋な形態である。レーニンがいうように、「敵対的な階級間での闘争は不可避的にそのある段階で政治闘争となる。階級間の政治闘争のもっとも純粋で、完全で、はっきりした形の表現は、政党間の闘争である」(『社会主義政党と無党派的革命運動』)。それゆえ、われわれは、党派闘争をとおしてプロレタリア独裁をめざす政治闘争の前進をかちとっていくとともに、党のプロレタリア的な統一と純化をかちとっていかてはなくならない。系統的で戦闘的な党派闘争を真におしすすめることによって、党は、その戦列を強め、労働者人民の政治的前進をおしすすめることができるのである。
 同様に、われわれは、党内闘争を正しくおしすすめることによって、党の団結と階級的強化を本当にかちとることができる。党の原則上の問題から闘争戦術や組織戦術の問題まで、われわれは、党内の誤った意見について、それがどんなに小さなことであろうと、徹底して討論し、党の統一と団結を絶対的に強めていく方向で解決していかなくてはならないのである。党内闘争は、党の統一と団結を強め、党の活動を活性化していく重大なテコである。
 第三には、階級闘争の歴史的発展段階に応じて、党の態勢と戦術を原則的で、柔軟に転換していける指導の能力の問題である。党は、情勢のいかなる段階にあっても、プロレタリア独裁をめざす政治闘争をいっかんしておしすすめなくてはならない。しかし、おれわれは、その戦術問題にかんしては柔軟に情勢に対応することが必要である。すなわち、階級闘争の平和的発展期においては、共産主義の原則をしっかりとまもりぬくとともに、主として合法的で大衆的な活動において広大な権威と影響力をまもることに努力をおおきくはらうのである。また、階級闘争の革命的発展期においては、レーニンのいわゆる三つの義務を具体的、実践的におしすすめていくことに主要な関心がむけられるのである。党は、歴史的発展に応じた活動の重点の転換について、たえず原則的で柔軟な回答をもたなくてはならない。
 第四は、党の基幹部分を構成するカードル(幹部)養成の問題である。党の生命力を基本的に基礎づける実体的な要素は、カードル(幹部)である。党の指導機関、党の基礎組織にどれだけカードルが配置されているか、党においてどれだけ一定の経験と能力をもったカードルがそだっているか、これらは、党の政治的、組織的能力の前進にとって決定的な要素である。われわれは、カードルの養成の問題を党の実体的基礎の前進の問題の最大の前進水路として決定的に重視しなくてはならないのである。
 最後に、党の建設をどうすすめていくのか、という過程の問題についてあきらかにしなくてはならない。
 第一には、党建設の問題が独自の性格をもった課題であることをはっきりさせ、その固有の性格に応じた独自のたたかいとして意識的、系統的におしすすめていくことである。党建設のたたかいの独自性にたいする過小評価は、およそ組織問題を科学としてとりあつかうことにたいする日和見主義の結果である。
 われわれは、理論的研究と経験的総括の統一をとおして党の組織問題のもつ法則的なものを徹底的につかみとり、その前進的な適用と発展をかちとっていかねばならない。
 第二には、共産主義の理論の学習の問題、階級闘争の総体的課題についてのトータルな学習の問題を徹底的に強めていくことである。すなわち、われわれは、共産主義的な自覚、階級的な団結を強めていくことを党建設の第一義の課題としなくてはならないのである。
 第三は、党としてのたたかいを今日的におしすすめ、そのたたかいをとおして党建設を独自にかちとっていく問題である。われわれは、真空のなかに存在しているわけではないので、まず党の建設をかちとり、しかるのちに党としての闘争にとりくむというようにすすむことはできない。たとえ、建設途上にあろうとも、その一定の政治的、組織的力量にふまえて、われわれは、今日的に党としての闘争にとりくまなくてはならない。われわれは、そのような「党としての闘争」を現実の組織的力量にふまえてたたかいぬき、その政治的な成果にふまえて、それを党建設にたえず結びつけていくのである。二重対峙・対カクマル戦と戦略的前進を二つの大きな柱とする「党としてのたたかい」は、このように積極的に位置づけていくならば、その勝利的前進そのものが党建設の決定的な精練過程に転化するのである。
 第四には、党建設の当面する課題を、党指導部の建設とその質の強化、党の指導系統の建設のたたかいとして集約していくことである。すなわち、われわれは、党中央から基礎組織の一員までのあいだの指導系統の建設をひきつづき強化し、そのなかから党のカードルを不断に養成していかねばならない。党建設の前進、勢力増強の前進の問題は、指導系統の建設とその質の強化の問題として現実には解決されていくのである。
 第五には、党の非合法の態勢、非合法の諸機関の建設を革命を本格的に準備する観点、内乱・内戦――蜂起をたたかいとる観点で大胆におしすすめるとともに、労働戦線における党組織の建設、拠点経営細胞――巨大支部の建設の問題、学生戦線における党組織の建設、拠点大学――拠点支部――支部の建設の問題を両軸として、党の政治的基礎の圧倒的な強化をかちとっていかなくてはならないのである。
 
 D 当面する秋のたたかいの圧倒的勝利めざして前進しよう
 
 七三年秋のたたかいは、七〇年代中期の高揚と展望にとって重大な意義をもつものになるであろう。われわれは、七三年前半におけるたたかいを断固としてうけつぎ、あらゆる面でのたたかいをひきつづき強めながら、その圧倒的な前進をかちとっていかなくてはならない。
 秋のたたかいの第一の柱は、反革命カクマルにたいする革命的報復、それを合図とした二重対峙・対カクマル戦の革命的対峙の段階への突入を全力あげてたたかいとることである。
 鉄壁の防御=反撃態勢をもって敵の襲撃を的確に失敗させ、いっさいの正当性を失った襲撃者にたいして、正義の鉄槌をうちおろす逆襲戦をたたかいぬくとともに、敵の根拠の奥ふかく革命的報復の刃をつきさす独自のたたかいをすすめること、これこそ、こんにちにおける二重対峙・対カクマル戦の最大の任務であり、したがって、当面する秋のたたかいにおけるもっとも基軸的で、先端的なたたかいなのである。
 十一・八一周年にむかって早稲田解放闘争の永続的なたかまりをかちとり、あらゆる方面から反革命カタマルを包囲し、革命的報復の着実な前進をとおして革命的対時の激烈な過程をがっちりとたたかいとることである。
 第二の柱は、秋の壮大な運動上のたかまりにたいし、六、七月政治決戦をうわまわる巨大なたたかいをかちとることである。
 第一には、ミッドウェイ横須賀母港化の攻撃にたいする反戦反基地闘争を先頭にして、日本帝国主義の反動的な政治外交の攻撃にたいしたたかいぬくことである。
 小選挙区制粉砕・反動攻勢阻止のたたかいのなかで、深刻な戦略的破綻を露呈したカクマルの、小ブル平和主義まるだしの「中仏核実験反対闘争」「反戦・反基地闘争」によるのりきりをゆるさず、革命的な反戦・反基地闘争の爆発によってカクマルを圧倒的にりょうがし、日米帝のベトナム・インドシナ――アジアへの共同侵略のあらたな激化の策動をうちくだいてゆかねばならない。
 第二には、小選挙区制攻撃のいっそうの強まりのなかで、小選挙区制粉砕、反動諸法案阻止のたたかいをつらぬいていくことである。
 第三には、諸戦線のたたかいのいっそうの前進をかちとることである。とくに、入管法粉砕・朝鮮高校生襲撃粉砕のたたかいを軸に、入管闘争の質的飛躍、路線深化をかちとるたたかい、また、九月にせまった狭山差別裁判再開第一回公判闘争にたいし、日帝・寺尾体制(寺尾=カクマル連合)の「早期結審・死刑判決」の策動を粉砕し、裁判の全面的なやり直しをかちとるたたかいの勝利のために必死の闘争態勢をかちとることである。
 第四には、日本帝国主義の大量の春闘報復処分にたいし、処分粉砕、スト権実力奪還、反合・運転保安のたたかい、「上尾」や「四・二四」をつきぬける無期限強力順法・長期大ストライキ闘争の大爆発をもってこたえ、社共――カクマルの裏切りをのりこえて前進することである。
 第三の柱は、二重対峙・対カクマル戦、秋の諸闘争をとおして、独自に党建設をおしすすめることである。
 党の中央集権的な指導系統、党の武装をいっそう強め、強大な党の建設にむかってひきつづき前進すること、そのなかで幹部党員・党員・活動家・読者のあらゆる面での圧倒的な前進をめざし現実的で堅実な建設のプランをおしすすめること、ここにすべての前進が準備されているのである。
           (『前進』六四六号一九七三年八月六日 に掲載)